二人の魔女
森の中で一人の少女がたたずんでいる。少女は青色の短い髪をしていて、腰には銃を携えている。
「死んでいるの?」
そう尋ねる少女の目の前には、赤い長い髪をした少女が倒れている。
「……生きてるよ」
赤髪の少女は答えた。
とある大陸、デッカランド。
ここではほとんどの女性が、いわゆる魔法を使うことができ、彼女たちは魔女と呼ばれている。
魔女たちは、依頼を受け、魔物退治や人命救助などを行うギルド、魔女ギルドを生業としている。
その存在は大陸で暮らす人々には欠かせないものとなっていた。
この日も一人の魔女が依頼を受け、ギルドが存在する都市、ドマンナカから、東にある森、ポカの森に赴いた。しかし少女には思いもよらぬ出会いが待っていた。
「いやー、腹が空いて死ぬとこだった。ありがとな!」
赤髪の少女はサンドイッチを口に運びながら言った。
「別に構わないわ、サンドイッチの一つや二つ。で、何でこんなところに倒れていたわけ?」
青髪の少女は尋ねた。
「それが、昼寝してたら荷物を盗まれちゃって、食糧も取られて行き倒れてたんだ」
笑顔でそう答える彼女を見て、青髪の少女は呆れた。
「魔物が潜む森の中で昼寝なんて、普通じゃ考えられないわね」
「そうか? まあ、なんにせよ助かったよ。ウチの名はフレイ」
フレイは手を差し出した。
「……ウォルタよ」
ウォルタは仕方なくその手を握った。
「あなた、一人でこんな魔物の潜む森に入って来たのよね。もしかして魔女?」
「ああ、そうだよ。これから都市に行って、ギルドに登録するところなんだ」
それを聞いてウォルタはますます呆れた。
「そんな大事な用事の途中で……先が思いやられるわね」
「むっ、それは余計なお世話だな。というか、お前も魔女なんだろ? なんてギルドに所属してるんだ? 仲間は?」
その質問に、ウォルタは間を置いて答えた。
「ギルド名はヴィネア。仲間は……いない。私一人よ」
「一人? それはおかしいな。ギルドってのは大勢の仲間からなるものだと聞いたんだけど」
ウォルタは一瞬言葉に詰まった。
「いいじゃない。一人でもギルドはギルドよ。それよりあなた、森は一人で抜けられそう?」
「ああ。けど退屈だから一緒について行っていいか?」
ウォルタは頭を抱えた。
「言っておくけど、私はこれから森に潜む凶暴な魔物を退治しなきゃならないの。あなたを守りながらは戦えないわ」
「大丈夫、足手まといにはならないよ。なんたってウチにはこの魔法剣が……あれ?」
フレイは辺りを見回し、荷物が盗まれたことを思い出した。
「はぁ、まあ魔女とはいえ、丸腰の人間を放っては置けないわね」
ウォルタは渋々フレイと行動を共にすることにした。
「なぁ、その銃がウォルタの魔導具か?」
ウォルタの横を並んで歩くフレイが尋ねた。
「そうよ。ちなみに私の魔法の属性は水」
ギルドに所属する魔女は皆、魔導具と呼ばれる物を持っている。
魔導具とは魔女たちの魔力をより強力な物に変換することのできる武器のことである。
「へぇ、遠距離型か。ウチは剣で近距離型だから相性ばっちりだな」
フレイは剣を振り回すフリをした。
「あんた、まさか一緒に戦う気? 素手でどうにかなる相手じゃないわ」
「冗談だよ。でも一人でなんとかなるのか、その……なんて奴だっけ?」
「ポカツリー。巨大な樹木型の魔物よ。私の水属性とは相性が悪いけど、まあなんとか倒してみせるわ」
ウォルタは腰の銃を強く握りしめた。
「残念。ウチの火炎魔法なら一撃だったんだろうけど。あーあ剣さえあればなぁ」
フレイは首の後ろに腕を組んで空を見上げた。
「ねぇ、あなたその剣探そうとは思わないの? 荷物はともかく魔導具は貴重品でしょうに」
荷物を盗まれたにも関わらず、呑気なフレイが気になり、ウォルタは尋ねた。
「そうしたいのは山々だけど、あてがないからね。寝てて取った奴も見てないし」
「ふーん、そうなの。ん?」
ウォルタは突然、足を止めた。
「どうかしたのか?」
同じく足を止めたフレイが尋ねた。
「……そこの草むら、何かいるわ」
ウォルタは腰のホルスターから銃を抜いて構えた。
それとほぼ同時に、ウォルタの目の前の草むらから灰色の体毛におおわれた狼の姿をした魔物が飛び出し、ウォルタ達に向かって襲い掛かった。
しかし、その攻撃を二人はとっさにかわした。
「ポカウルフだわ。話に聞いていた通り、攻撃的ね!」
「おい! あれ!」
フレイはポカウルフを指さして言った。
ポカウルフは口にカバンらしき物をくわえていた。
「ウチのカバンだ。間違いない!」
「……返しに来てくれたみたいね、ご親切に」
「とてもそうにはみえないけどね……」
ポカウルフはカバンを振り捨てると、再び二人に襲い掛かった。
「フレイ! 私の後ろに!」
ウォルタはフレイの前に立ち、銃を構え、その銃に自らの魔力を込めた。
そして銃に刻まれた魔法陣が発光すると、ポカウルフ目掛けて青い弾丸が放たれた。
その弾丸は見事命中し、ポカウルフはその場で光の粒子となって消えた。
「……すげー、流石はギルド所属の魔女だ」
「大したことないわ、これくらい。それよりカバンの中身は……無事とは思えないけど」
フレイは振り落とされたカバンに駆け寄り、その空っぽの中身を見てその場に固まった。
「……まあ、荷物だけでよかったじゃない。こんなところで昼寝して命があっただけでもラッキーよ」
「そうだな、今後、昼寝は場所を考えてしようと思う。それより……」
フレイはウォルタの方を振り返った。
「また助けられちまったな。ありがとな!」
「……別に構わないわ、魔物の一つや二つ」
二人は再び森の中を歩きだした。
ウォルタとフレイはポカの森の中を歩き続けていた。
「で、その魔導具の剣はカバンとは別なのよね?」
「ああ、いつも腰に付けてたんだ。さっきのポカウルフは持っていなかったし、こっちは見つかりそうにないな」
「あっさりしてるわね。魔女にとって魔導具は必需品なのに」
ウォルタはため息をついた。
「しかし、さっきのウォルタかっこよかったよな。ウチ、銃の魔導具使いなんて初めて見たからさ」
「そう? 別に魔女の間じゃ珍しくないわ」
するとフレイは突然、立ち止まって言った。
「決めた! ウチ、ウォルタのギルドに入る! ダメか?」
「ダメ」
ウォルタは即答だった。
「ガーン! なんでだよ一人より二人のほうが楽しいはずだ!」
「私は一人がいいの、今までも一人でやって来た。これからもそれは変わらないわ」
ウォルタはフレイを置いて先に歩き出した。
「あっ、ちょっと待ってよぉ」
やがて二人は森の最深部へと入って行くのだった。
「随分と深い所まで来たな」
より一層と生い茂った周りの樹木を見て、フレイは言った。
「ここからはいつポカツリーが現れてもおかしくないわ。注意して」
ウォルタはより警戒を強めた。流石のフレイも周囲の異様な空気を察知したのか、身構えるように歩いた。
「ポカツリーはテリトリー内に自分の根を張っているわ。地面からその根が飛び出したら、奴が近くにいる証拠よ」
「いきなり出てくるのか? 心の準備のしようがないな」
「意外ね、あなたにもそんなものが必要なんて」
「失敬な! 意外と繊細なんだぞ」
フレイは口をとんがらせた。
「そ、そう悪かったわね、とにかく気を付け……」
ウォルタがそう言いかけたとき、轟音と共に、地面を割って巨大な一本の木の根が、二人の前に現れた。
「こ、こいつが?」
「ええ、お出ましのようね」
ウォルタが銃を構えようとすると、フレイが前に出た。
「何よ?」
「ここはウチが」
そう言うとフレイは右手のひらから火の玉を生み出し、目の前の木の根目掛けて放った。火の玉は命中し、木の根は炭となって崩れた。
「大したもんだろ、守られてばかりじゃないよ」
フレイはウォルタの方を振り返った。しかし、その背後で同じく巨大な木の根が大量に現れたのだった。
「ええ、大したものね、それ全部もお願いできるかしら?」
「……それはちょっと遠慮したいかな」
木の根は二人目掛けて襲い掛かった。
「もう何本目! 切りがないわね」
木の根相手に二人は苦戦を強いられていた。何本倒しても、次から次へと根は大地を割いて現れるのだった。
「これじゃこっちの体力が持たないよ!」
魔導具は魔女の魔力を効率よく、より強力なものに変換するもの。魔導具を持たないフレイはウォルタに比べて魔力の残量も少なく、魔法の威力も弱くなっていた。
「こうなったら本体を直接叩くしかないわ。木の根を辿れば本体につくはず。フレイ走るわよ!」
「それしかなさそうだ!」
二人は木の根の出現する方向を辿って、また、木の根の襲撃をかわしながら、走った。やがて二人の目は木の根の本体、ポカツリーを捉えたのだった。
「で、でけぇ、その辺の樹木とは比べものにならないよ!」
フレイの言葉通り、ポカツリーは通常の樹木の何倍もある、巨大な木の形をした魔物である。
「資料で姿は知ってたけど、さすがに本物は迫力があるわね」
と、巨大な樹木を見上げる二人をよそに、ポカツリーは自身から生えた巨大な多数の枝を、二人目掛けて高速で伸ばした。二人はなんとかこれをかわし、枝たちは辺りの地面を裂いた。
「……行くわよ!」
ウォルタが銃を構え、標準をポカツリー本体に定めると、銃に刻まれた魔法陣が発光し、青い銃弾が放たれた。
「……嘘⁉」
ウォルタの放った銃弾は命中した、しかし、その命中箇所には傷一つついていなかった。
(相性が悪いっていってもここまでくらわないなんて!)
「ウォルタ! ならウチが!」
フレイは右手のひらから生み出した火の玉を、ポカツリーに放った。その火の玉はポカツリーの体に僅かだが傷をつけた。
「よし、これを当て続ければ!」
フレイは希望が見えたと言わんばかりに笑みを浮かべた。しかし、その希望は一瞬で砕かれた。ポカツリーはフレイを真似る様に、自らの枝を手に見立て、火の玉、それもフレイの放ったものより大きなものを、フレイに向かって放ってきたのだ。
「ちょ、何で?!」
「フレイ!」
しかしその火の玉は青い閃光によってかき消された。ウォルタの放った銃弾だ。
「ケガは?」
「……ないけど、なんでこいつも火の玉を?」
「樹木の魔物が火炎の攻撃、これは何かありそうね」
「……ん、あれは!」
フレイはポカツリーの胴体の右側に何か光るものを見つけ、叫んだ。
「あれ、ウチの剣だ!ウチの剣が刺さってる」
「なんですって!」
ウォルタも光るものが剣であることを確認した。
「……なんで盗まれた剣がこんな危険な森の最深部に?」
「何でもいい、とにかくあれさえ使えればこんな木、一撃だ!」
フレイは剣に向かって走り出そうとした。
「待って!」
ウォルタはフレイの肩を掴んだ。
「剣は私が取りに行く。あなたは私に向かってくる枝どもの排除をお願い」
「……分かった!」
ウォルタはそういうとポカツリーに刺さった剣目掛けて突っ走った。そのウォルタを狙って枝たちが襲い掛かかるが、それらはフレイが放つ火の玉を前に僅かながら退いていった。そしてウォルタは剣のもとへたどり着き、その柄を掴み、引き抜いた。
「やった!」
しかし次の瞬間、地面から小さな根のようなものが現れ、ウォルタの足に絡みつき、ウォルタを宙ぶらりんにするような形で持ち上げた。
「ウォルタ!」
「フレイ!」
ウォルタはフレイの足元に抜き放った剣を投げた。
「よし!待ってろ、これで……」
フレイが剣を握ると剣に刻み込まれた魔法陣が発光し、刀身が炎をまとった。フレイはその剣を構えたまま、樹木の化け物に向かって、大地を蹴って飛翔した。
「くらいやがれぇ!」
フレイの振り下ろした剣はポカツリーの胴体を真っ二つに切り裂いた。そして斬撃と共に放たれた火炎は、その真っ二つになった胴体に燃え広がり、ポカツリーは光の粒子となって消えた。
「ホントに一撃とは、まいったわね」
根から解放されたウォルタは、辺りに舞った光の粒子を見て、ポカンとしていた。
「いや、ウォルタが剣を渡してくれたおかげだよ。二人の勝利だな!」
剣を担いだままのフレイが、ウォルタに笑顔を向けた。
「……フレイ、その、あなたを足手まとい扱いして悪かったわ。今回の仕事、私一人じゃ果たせなかった」
ウォルタはフレイの方を向いて言った。
「誰かと力を合わせる。それがギルドには必要なのかもね」
「だろ? さっきからそう言ってんじゃん、そっちのほうが楽しいって」
「ふふ」
二人はポカの森を後にした。
翌日、都市ドマンナカのウォルタの家
「起きなさい!フレイ、仕事行くわよ!」
「……うーん後、30分……むにゃむにゃ」
「はぁ、やっぱり先が思いやられるわね!」
二人の魔女の物語は始まったばかり。