「お休み?」
この日の朝、起床したばかりのフレイが、あくびをしながら言った。
「ええ、そうお休みよ。ここの所毎日、仕事だったでしょ。だから、今日一日は思い切って休日にすることにしたの」
朝食の準備をするウォルタが答えた、
「なるほど、お休みか……」
フレイは寝ぼけまなこをしばたかせながら、つぶやいた。
「さぁ、朝食の用意できたわよ。とっとと食べて、休みを満喫しましょう!」
ウォルタがテーブルの料理を手でさして言った。
「お、おう! いただきまぁす!」
席に着いたフレイは体の前で両手を合わせると、目玉焼きにかじりついた。
朝食後、ウォルタは居間の椅子に座り、読書をしていた。しかし、どうにも字を追うのに集中できないのは、先ほどからその近くを、フレイが行ったり来たりとウロウロしているからだ。
「……あの、フレイ、ちょっといいかしら?」
ウォルタが手元の本から目を離して、フレイに尋ねた。
「うん? なんだウォルタ?」
立ち止まったフレイがウォルタの方を振り向いて言った。
「単刀直入に聞くけど、あなた、さっきからなにやっているの?」
ウォルタが顔に冷や汗を浮かべながら言った。
「え、ああ、ちょっと考え事をしてたんだよ。今日一日何しようかなぁって」
フレイが頭をかきながら答えた。
「はぁ、そう……」
ウォルタが口をあんぐりと開けて言った。
「いやぁ、なんか仕事があるのが普通だったから、いきなり一日休みとなると、何したらいいかわかんなくなっちゃって、ハハハ」
「……そういうものかしら。別に深く考えることないわよ。自分のやりたいことをすればいいだけよ」
「やりたいこと?」
「そうよ、やりたいこと。何かないの?」
「……あるにはあるけど」
「何よ?」
「……ウチ、ウォルタと一緒にどこかに出かけたい!」
「却下」
ウォルタの即答に、フレイは膝から崩れ落ちた。
「なんでだよぉ! 一緒にどこか行こうよぉ、ウォルタぁ!」
フレイはウォルタの座る椅子に手をかけて、泣きついた。
「いやよ。私は、今日一日、買い込んだ本を読むってことに決めてるんだから。それに、休日は外に出かけず、家でゆっくり過ごすのが、私の信条だもの」
ウォルタは涼しい顔でフレイにそう告げた。
「なんだよそれぇ、つまんないの」
フレイが口を尖らせて言った。
「つまる、つまらないは人の勝手でしょ。だいたい、出かけるってどこに行くのよ」
「うーん……そうだ! 映画館なんてどうだ!」
「映画館?」
フレイの言葉にウォルタの心が揺らいだ。
「そう、映画館。最近、街にできたっていうやつだよ。ウォルタも行ってみたいって言ってたじゃん!」
「……映画館ねぇ」
「いいじゃん、ウォルタ、行こうよ!」
フレイがウォルタに詰め寄った。
「……まったく、あなたといるとゆっくり読書もできないのね。ほら、とっとと支度するわよ」
ウォルタは椅子から立ち上がると、背伸びをした。
「やったぁ! ありがとう、ウォルタ!」
フレイは笑顔で礼を言った。こうして、フレイに説得されたウォルタは、フレイと共に家を出発したのだった。
「……すごい、行列ね」
街の映画館に到着したウォルタは入口にできた長蛇の列を見て驚いた。
「へぇ、すごいな。そんなに人気なのか、映画ってのは」
同じく行列に驚いたフレイが言った。
「……フレイ、あなた、映画ってなにか知ってるの?」
ウォルタがフレイに尋ねた。
「いや、知らん」
フレイはきっぱりと答えた。
「やっぱり、そんなことだろうと思ったわ。いい、映画っていうのは劇場に設置されたスクリーンに写真を連続して映し出すことで、あたかも写真の中の物や人物が動いているように見せるものなのよ」
「スクリーン? よくわからんが、写真が動くのか?」
フレイは首を傾げた。
「ま、百聞は一見に如かず。見てみれば分かるわ。実際、私も本物を見るのは初めてだし」
ウォルタがそう言った後に、二人は行列の最後尾に移動した。そして、数分後、ウォルタ達は、劇場内に入った。
「いやぁ、いよいよだなウォルタ!」
席に着いたフレイが上映を待ちきれんばかりに体を震わせた。
「そうね、長く待たされた分、しっかりと元は取らせてもらうわ」
ウォルタは長時間の行列で疲れた脚をさすりながら、席に着いた。そして、しばらくして上映が始まったのだが。
「おい! ウォルタ、見ろよ! 写真の中の人が動いてるよ!」
感動のあまり席から立ち上がったフレイがスクリーンを指さして言った。
「だからそう言ったでしょ! ていうか、座りなさい! 後、大きい声出さないの! 他の人の迷惑でしょ!」
ウォルタはフレイを制しながら、周囲の客に頭を下げた。そして、映画も終盤に差し掛かったころ。
「……うっ、ぐすっ、ううう、ぐずずず」
映画の内容に心を打たれたフレイはその顔を涙と鼻水で濡らしていた。
「……ちょっと、フレイ、汚いしうるさいから鼻水すするのやめなさい。これで、かんで」
ウォルタ小声でそう言うと、フレイにちり紙を差し出した。
「……ご、ごめん、ぐずっ、ありがとう……ぎゅるるる!」
フレイの勢いよく鼻をかむ音が劇場内に鳴り響いた。
「……ごめん。やっぱうるさいからかまないで」
ウォルタは頭を抑えながら、フレイからちり紙を取り上げた。
「……いやぁ、映画って最高だな!」
上映終了後、館内を出たフレイが涙で赤くなった目をこすりながら言った。
「そ、そうね……誰かさんのおかげで、ほとんど内容が入って来なかったけど」
ウォルタが小声でつぶやいた。
「ん、何か言ったか」
フレイがきょとんとした顔で尋ねた。
「別になんでもないわ。それより、次はどこに行くつもりなの?」
「うーん、特に考えてなかったけど……腹が減ったし、昼飯にするか!」
「アバウトね……まあ、ちょうどお昼時だしいいんじゃない。店のあてはあるの?」
「そうだな、よし! あの店にしよう、最近見つけた、とっておきの場所だ。きっとウォルタも気に入るよ!」
フレイが笑顔でそう言った。
「私が気にいる場所? 面白そうじゃない、行ってみましょう」
「おう!」
こうして数分後、二人はある店のテーブルに着いていた。
「いやぁ、ここのカレーはうまいなぁ! 食堂のカレーに勝るとも劣らない味だ! ……あっ、店員さん、ライスおかわり!」
幸せそうにカレーを頬張る、フレイが言った。
「……なによこの店、カレーしかないじゃない」
メニューから顔を上げた、ウォルタが眉をひそめながら言った。
「そりゃあ、カレー屋さんだからね」
ライスのおかわりを受け取ったフレイが答えた。
「あなた、さっき私も気に入るとかなんとか言ってたじゃない。私、カレーは好きでも嫌いでもないんだけど」
「えっ、そうなのか! カレーはみんな大好きだから、ウォルタも気に入ると思ったのに」
フレイは目を丸くして驚いた。
「視野が狭すぎよ! 誰もがみんな、カレーが好きな訳じゃないわ!」
ウォルタがフレイに詰め寄った。
「うう、知らなかった、ごめん……」
フレイはがくっと肩を落とした。
「……ま、まあ、たまにはカレーもいいかも知れないわね。店員さん、チキンカレーひとつお願い」
ウォルタはため息混じりにそう言った。
「ウォルタぁ!」
フレイの顔に笑顔が戻った。
「まったく、世話が焼けるんだから」
ウォルタがフレイに笑顔を向けた。
「へへ、よし! ウチもおかわり!」
「食べすぎ、太るわよ」
ウォルタはフレイに釘を刺した。
「あのさぁ、ウォルタってどうしてギルドを作ったんだ?」
食事を終え、近くの公園のベンチに腰掛けたフレイが尋ねた。
「何よ、突然」
隣に座ったウォルタが眉をひそめた。
「いや、聞いたことなかったからさ、ウォルタがギルドを作った理由」
「……別に大した理由はないけど、多分、姉の影響だと思うわ」
「姉? 姉ちゃんがいるのか?」
「ええ、私の姉も魔女なのよ。姉は幼い頃から魔女に憧れていてね、私にもよく魔女の話をしてくれたの。魔法で人々を助けるヒーロー、それが魔女だって耳にタコができる程聞かされたわ」
ウォルタ笑顔を浮かべながら話を続けた。
「それでかしら、私が魔法を使えるようになった日に、散々聞かされた姉の言葉が蘇ってね。私が手にした魔法は誰かのための力だって、そう思ったら、じっとしていられなくて、気づいたら都市に出てギルドを作っていたわ」
ウォルタは開いた両手を見つめながら言った。
「……誰かのための力か。なんかいいなそれ! それで、その姉ちゃんは今どうしてるんだ?」
フレイが尋ねた。
「さあね、私と同じく魔女に覚醒したらすぐに家を飛び出して、それっきりよ。なんせ、私なんかよりずっと魔女に憧れていたからね。とはいえ、親からすれば姉妹そろって親不孝な娘達よね」
ウォルタはそう言って苦笑いを浮かべた。
「そうなのか……でもそんな姉ちゃんなら、きっとどこかでギルドを作って元気にやってるんじゃないか?」
「かもね。そう言えば、聞いたことないと言えば、フレイ、あなたの故郷ってどこなのかしら?」
ウォルタはふと思いついたようにフレイに尋ねた。
「あれ? 言ってなかったけ。ウチはさ、海の向こうの小さな島から来たんだ」
フレイが空を見上げながら答えた。
「海の向こう? あなたそんなところから来たの?」
「ああ、ここの都市みたいに便利な物は何にもなかったけど、自然がいっぱいでさ。だけど魔物なんかいなくて、平和な所だったよ」
「そうだったの。海の向こうね……私は生まれも育ちもこの大陸だから、海になんか出たこともないわ」
「そうなのか。ウチはよく船で隣の島なんかに行ったことがあるけど、ウチの故郷とも、この大陸とも違う雰囲気の場所がいっぱいでさ、面白かったよ!」
「そう。機会があれば行ってみたいわね、フレイの故郷や、その海の向こうの島々に」
「あ、あのさ、ウォルタ、その時はさ……」
「分かってるわ、一緒に、でしょ」
「へへ、ああ!」
「さぁ、食休みはこれぐらいにして、次に行きましょう」
そう言うと、ウォルタはベンチから立ち上がった。
「ああ……って次ってどこ行くんだ?」
同じくベンチから立ち上がったフレイが言った。
「……やっぱり考えていなかったのね」
ウォルタはため息をついた。
「あははは……ごめん」
フレイは頭をかきながら謝罪した。
「まあいいわ、どこも当てがないのなら、せっかくの機会だし、私のとっておき場所に連れてってあげるわ」
「ウォルタのとっておきの場所? どこなんだそれ?」
「それは着いてからのお楽しみよ。まあ、いいから着いて来なさい、ここからだとちょっと遠いけど」
そうして公園を離れた二人はしばらく歩いた後、とある高台へとやって来た。
「ウォルタぁ、まだなのかよ」
ウォルタの後ろを歩く、フレイが両手で膝を抑えながら言った。
「もう着いたわよ。ほら見てみなさい」
そう言うウォルタに促されて顔を上げたフレイの眼下には、夕日の光に紅く照らされた、街の姿が広がっていた。
「す、すげぇなんだこれ!」
フレイは目を丸くして驚いた。
「ね、綺麗でしょ」
ウォルタも夕日に照らされた街を見下ろしながら言った。
「ああ、知らなかったこんな場所があったなんて……」
「ふふ。ここはね、私が一人でギルドを始めたばかりの頃、よく来ていた場所なの。仕事で失敗をして、心が折れそうになった時も、ここの景色を見れば、また明日も頑張ろうって気になれたの」
「へぇ、そうなのか。この景色がいつもウォルタを支えてくれてたんだな」
「そうよ……今のあなたと一緒でね」
ウォルタはぽつりと呟いた。
「ん、なんか言ったか?」
「別に、なんでもないわ。さて、もう遅いし、帰って夕食の準備をしましょう。今日のメニューは焼きそばよ!」
「やったぁ! ウォルタの作る焼きそばは絶品だからな。楽しみだ!」
こうして二人は、夕焼けの中、帰路に就いた。
「はい、おまちどおさま。ウォルタ特製焼きそばの完成よ」
フレイの目の前のテーブルに湯気の立ち込めた焼きそばが置かれた。
「うまそおぅ! じゃ、早速、いただきまぁ……」
そう言って焼きそばに箸を伸ばしたフレイをウォルタが制した。
「待って、たまには乾杯でもしない。飲み物はオレンジジュースだけど」
そう言うと、ウォルタはフレイと自分のコップにジュースを注いだ。
「いいね! やろやろ!」
そうしてウォルタとフレイは各々コップを手に取った。
「では、ギルド、ヴィネアの益々の活躍を願って、乾杯!」
「乾杯!」
二人は手にしたコップを打ち鳴らした。