「はぁ……」
都市ドマンナカにある、魔女達、行きつけの食堂。そこで食事中のウォルタは深いため息をついた。
「いやー、ここの食堂のカレーは最高だな!」
向かいの席に座ったフレイは、大きめの皿に盛られたカレーライスを頬張っていた。
「……」
「どうしたんだウォルタ? いつにも増して浮かない顔だな」
無言のウォルタが気になりフレイは尋ねた。
「いつにも増しては余計よ……実は最近困ったことがあってね」
「困ったこと?」
「ええ、その、いわゆる熱狂的なファンってのが、私についちゃったみたいで……」
フレイはカレーをすくうスプーンを握る手を止め、目を丸くした。
「おいおい、まさかそのファンに好かれすぎて困っちゃう、なんて言うんじゃないだろうねぇ」
フレイはニヤついた顔をウォルタに向けた。
「そんなわけないでしょ! ……そのファンがここのところ毎日、私にサインを求めに来るのよ」
「いいじゃないかサインぐらい、書いてやれよ」
「……書いたわよ。何十枚と」
ウォルタが眉間にしわを寄せてそう言ったとき、ウォルタの背後から、声が聞こえてきた。
「ウォルタ様ぁー!」
その声の主は、水色の髪をした小柄な少女だった。
「……来たわね」
ウォルタの顔は一段と陰りが増した。
「ウォルタ様! 今日の分のサインよろしくお願い致しますわ!」
少女はウォルタに色紙とペンを差し出した。
「……あのね、私、あなたには何十枚とサイン渡したはずだけど」
ウォルタは右手で頭を押さえながら、少女の方を振り返った。
「いいえ、ウォルタ様のサインは何枚あっても足りませんわ! 是非ともお願いしますわ!」
少女はテーブルの上に、色紙とペンを置き、深くお辞儀をした。
「この子が?」
「……そうよ」
すると、少女は今気づいたかのようにフレイの方を向き、言った。
「初めまして、わたくし、アンと申します。あなた、ウォルタさんのお友達でいらっしゃいまして?」
「うん、まあ、そんなとこかな。フレイっていうんだよろしく。よかったらウチがサインしようか?」
フレイが机の上の色紙とペンに手を伸ばそうとすると、アンはそれらを取り上げた。
「結構ですわ。わたくし、ウォルタ様以外の魔女の方に興味ないんで。それにお友達となれば、わたくしのライバル同然じゃなくて?」
「ら、ライバルぅ?」
フレイの頭の中は疑問符でいっぱいになった。
「フレイ、これで分かったでしょ?」
ウォルタはうなだれたながら、フレイに同意を求めた。
「うーん、でもまあ、好かれるってことはいいことなんじゃないか?」
フレイは笑顔でそう答えた。
「……あんたねぇ」
ウォルタは観念したのか、アンから色紙とペンを取ると、渋々サインをした。そしてそれをアンに渡して言った。
「いい、私のサインはこれで最後よ。分かったら、もう私に付きまとうのはやめて」
「はい! ありがとうございますわ!」
アンはお辞儀をすると、色紙を抱きかかえ、去って行った。しかし、アンの熱烈なアピールはこれでは終わらなかった。
次の日も、その次の日もところ構わず、アンはウォルタの前に姿を現し続けた。そして、一週間が過ぎたある日。
「お帰りなさいませ、ウォルタ様」
自宅に帰った、ウォルタとフレイの二人を、アンは笑顔で迎え入れた。
「うわぁ!! なんで私の家にあなたがいるのよ! どっから入ったの⁉」
ウォルタは絶叫した。
「それは……秘密です! それより、お昼食の支度ができてますわ。腕によりをかけて作りましたの。今日は外で何も食べてきてないはずですわよね?」
アンはそういうと、テーブルの上のごちそうを手のひらで指した。
「なんで、あなたがそのこと知ってるのよ! フレイ! この子を外につまみ出して!」
「まあ、何も食ってないのは事実だし、ありがたく頂こう」
そいうと、フレイはテーブルの上のごちそうに手を伸ばしたが、その腕はアンによって掴まれた。
「ダメです。このお料理はあくまで、ウォルタ様のために作ったのですから」
「えー、なんだよケチだなぁ」
そのやりとりを見ていたウォルタはの怒りはとうとう爆発した。
「アン! あなた、ちょっとそこに座りなさい!!」
そのあまりの迫力に、アンは思わずその場に座り込んだ。ついでにフレイも。
「あなたは私のファンだなんて言っているけど、明らかに行動が異常だわ! いったい何が目的なの?!」
ウォルタはアンに顔を近づけ、問い詰めた。
「別に、他に目的はありませんわ。わたくしはただ一途なウォルタ様のファンですわ」
アンはウォルタの目をまっすぐ見てそう答えた。
「……気になってたんだけど。あなた以前、ザワの森に変な箱を置いたりしなかった?」
「箱……ええ、木の実の場所を記した地図を入れて、そばに置きましたわ。あのときのわたしくしは、まだウォルタ様に話しかける勇気が出なくて……せめてお仕事の力になれたらと思いまして」
アンは照れながらそう答えた。
「あの時の地図、あれ、アンのおかげだったのか。ありがとなアン!」
フレイはそういうとアンに握手を求めた、しかし、アンにそれは無視された。
「あなたのためじゃありませんわ、わたしくしはあくまでウォルタ様のために……」
「あーもう分かったわ」
アンの言葉を遮り、ウォルタは言った。
「あのときの地図はありがとう、とても助かったわ。でも私に対するあなたの行動は行き過ぎよ」
「……ごめんなさい」
ここで初めてアンは反省の色を見せた。
「……でもまあ、せっかく私のファンになってくれたのだから、お礼になんか一つお願い事を聞いてあげるわ」
「お、お願い⁉」
アンは顔を上げて、目を輝かせた。
「ええ、その代わり、そのお願いを叶えたら今後、私に付きまとうのは控えること。いい?」
「はい!」
アンは笑顔で返事をした。
「よろしい、なら願いを聞こうじゃない」
「はい! わたくし、ウォルタ様のお仕事にご一緒して、目の前でその活躍を拝見したいですわ!」
予想外の返答にウォルタは一瞬頭を抱えた。
「いいじゃん! 明日の仕事、連れってやろうよ」
フレイは笑顔でウォルタに提案した。
「はぁ、特別よ」
三人はアンのごちそうでお腹を満たした。