翌日、ウォルタ、フレイ、アンの三人は、ザワの森の南に位置する、サラ川近辺に来ていた。
「今日の仕事はこの川の周辺にあるサラ石の収集よ。この辺りには、魔物の目撃情報はないから、気を付けるとしたら、ちょっと川の流れが強いことぐらいかしら」
「大丈夫ですわ。万が一ウォルタ様がお怪我をなされても、これがありますから」
アンは肩から小さなカバンをかけていた。
「なんだ、それ?」
フレイが尋ねた。
「救急バッグですわ。これでわたしくしが、ウォルタ様のお手当をして差し上げますの。あくまでウォルタ様のためですからね!」
「はい、はい」
フレイはこのやり取りに、もう慣れたと言わんばかりに流した。すると、ウォルタはフレイに近寄り、耳打ちをした。
「あんな態度取っているけど、小さな女の子なんだから、いざというときはたのんだわよ」
「心配すんなって、分かってるよウォルタ様!」
フレイはニヤニヤした顔で答えた。
「……次その呼び方したらはたくわよ」
三人は石探しに赴いた。
「あったわ。あれね」
ウォルタは川辺に堆積した数十個のサラ石を指さした。
「ウォルタ様、わたしくしがとってきてもよろしくて?」
「ええ、構わないわ。お願い」
ウォルタの了承を得るとアンは石のそばに近づいた。
「なんだよ、ウォルタの仕事を近くで見るんじゃなかったのか?」
「ふふ、地図の件といい、本当は私たちの力になりたいのかもね」
「ま、本人はウチらじゃなくて、あくまでウォルタのためと言うんだろけどね」
石を袋に詰めたアンが二人のところに戻ろうとしたとき、三人の頭上を大きな影が覆った。そして、その影の主は二人とアンを遮るように地上に降り立った。
「……魔物⁉ なんで、こんなとこに!」
ウォルタは目の前に降り立った、大きな鳥のような生物を目にして言った。
「なんでもいい! それよりアン! そこ動くなよ!」
そう叫ぶと、フレイは魔物の横から周り込みアンに駆け寄った。しかし、魔物は翼を大きく羽ばたかせた。それによって発生した突風に、アンは流れの急な川へ吹き飛ばされた。
「きゃあぁ!」
「アン!」
フレイは地面を蹴って跳躍し、川に落ちるアンを抱きかかえた。しかし、そのまま二人は川へと落ち、流されて、見えなくなった。
「嘘よ、そんな、なんで……」
一人、取り残されたウォルタは動揺を隠せなかった。しかし、ウォルタをよそに、魔物は再び大空へと舞い上がり、川下の方へと飛び立った。
「まさか二人を追う気?! させないわ!!」
ウォルタは銃を魔物に向けたが、魔物は驚異的なスピードで銃の射程距離から飛び出した。
「……なんてこと、私がアンに同行を許したばっかりに…………いや、今は二人を追わなきゃ!」
ウォルタは川下へと走り出した。
「……う、うーん…………はっ!」
「目が覚めたか?」
アンが目を覚ますと、そこには覗き込むフレイの顔があった。目覚めた場所は森の中だった。
「あの……わたくし!」
「大丈夫、落ち着けよ。ウチら二人とも生きてるよ。まあ、だいぶ流されちまったみたいだけどな」
フレイは動揺するアンに笑顔を向けた。
「は、はあ」
アンは呼吸を整えるとフレイに言った。
「フレイさん、その……助けて頂いて、ありがとうですわ」
今までのアンの態度からは想像できない言葉に、フレイは目を丸くした。
「な、なんですのその信じられないようなものを見る目は、わたくしがせっかくお礼を言って差し上げているというのに!」
「ごめん、ごめん、ちょっとびっくりしちゃってさ」
フレイはそう言うと、ひと呼吸おいてアンに尋ねた。
「なぁ、アンはどうしてウォルタのファンになったんだ?」
「……一か月ほど前、わたくしの村が魔物に襲われたとき、ちょうど仕事で村にいらしゃってたウォルタ様が、村で暴れていた魔物を一人で退治してくださったのですわ」
「へぇ、そんなことがあったんだ」
「ええ。そのとき、直接お会いはしなかったのですけど、魔物相手に立ち回るウォルタ様が麗しくて、気づいたらファンになっていましたの」
「わかる、わかる、ウォルタってかっこいいもんな」
「わかってくれますの?」
アンはフレイに尋ねた。
「もちろん、ウチさ、森で行き倒れているところを、ウォルタに助けられたんだ。見ず知らずのウチにサンドイッチ分けてくれてさ、そんとき思ったんだ、こんなこと平然とできる奴ってかっこいいなって」
フレイはウォルタと初めてであったことを思い出して言った。
「だからウチはウォルタのギルドに入った。あいつの力になりたいと思たんだ。今のアンと一緒でな」
フレイは笑顔でそう言った。
「ひ、人の気持ちを勝手に決めつけないでくれませんこと!」
アンは顔を真っ赤にして言った。
「ははは! ……さあ、いつまでもここにいてもあれだし、ウォルタと合流しないとな」
フレイがそう言ったとき、二人の上空を再び大きな影が覆った。
「アン、こっちだ!」
フレイとアンは密林の中を駆け抜けていた。先ほどの鳥型の魔物が、二人を追ってきたのだった。
「しつこい奴だな、こうなったら!」
フレイは剣を抜くと、それに魔力を込めた。そして、地面に向かって斬撃を放った。その衝撃により、辺り一面に土煙が舞い、一時的に魔物の視界から、二人の姿が消えた。
「今の内! 来い、アン!」
「はい!」
アンの手を引いてフレイが走り出そうとしたとき、フレイの右足に激痛が走り、フレイはその場に倒れ込んだ。
「フレイさん!」
アンは倒れたフレイの脚を見てぎょっとした。フレイの脚には、大きなアザができていた。
「お怪我を!」
「なぁに、これくらい……」
フレイは痛みをこらえ、立ち上がろうとするが立てなかった。すると、アンは肩にかけた救急バッグから、道具を取り出し、フレイの手当てをし始めた。
「……それ、ウォルタのためのモノじゃなかったのか?」
フレイは痛みをこらえて言った。
「勘違いしないでくださいまし!わたくしがウォルタ様なら、こうすると思っただけですわ!」
「へへ、そうだな」
フレイは笑みを浮かべた。そして手当てを受け終わると、アンに言った。
「鬼ごっこはもうやめだ。アン、なるべく遠くへ逃げろ、ウチは今からあいつを倒す!」
フレイは脚を引きずりながら、歩き出した。
「無茶ですわ! まだ、傷が!」
フレイはアンの方を振り向いて言った。
「あんなに上手い料理を作れる、器用なアンの手当てを受けたんだ。もう、全快だよ!」
アンにそう言い残すと、フレイは土煙を振り払い、魔物の前に姿を現した。
「やい! デカ鳥! そんなにウチが食いたきゃここまで来なよ!」
フレイが魔物にそう言い放つと、その挑発に乗るかのように、魔物はくちばしを大きく開けて、フレイに向けて突進してきた。
「……そう、いい子だ!」
フレイの振り下ろした炎の剣が、魔物を切り裂いた。
「アン! フレイ! 無事だったのね」
二人を見つけたウォルタは急いで駆け寄った。そして、アンを抱きしめると言った。
「ごめんなさい。危険な目に合わせてしまって」
突然抱きしめられたアンの顔は、蒸気を噴き出さんばかりに、赤くなり、その場に膝をついた。
「おいおい、ちょっとファンサービスが過激すぎるよ」
フレイが笑って茶化した。
「わ、私はただ心配で!」
ウォルタも顔を真っ赤にした。すると、呼吸を整えたアンが言った
「……ウォルタ様のせいではございませんわ。ご一緒させていただきたいとお願いしたのは、わたくしの方ですもの……それに、フレイさんが守ってくださいましたから大丈夫でしたわ」
アンはフレイと視線を合わせて笑い合った。
「そう、フレイ……ありがとうね」
「へへ、改まって礼を言われるとくすぐったいな。さあ、仕事はまだ終わってないんだ、とっとと済ませて帰ろう!」
「……そうね!」
「はいですわ!」
夕暮れの中、三人はサラ川を後にした。
数日後、食堂で食事中のウォルタの背中に、フレイの声が響いた。
「ウォルタぁ! 助けてくれぇ!」
「どうしたのよ?」
「それが……」
フレイの背中に声が響いた。
「フレイさん! 今日の分のサイン、おねがいしますわ!」
フレイが振り返ると、そこには色紙とペンを持ったアンが立っていた。
「ちょっとアン、サインはもう何枚と書いただろう! いい加減にしてくれ!」
「いいえ、フレイさんのサインも何枚あっても足りませんわ。是非ともお願いしますわ!」
アンはキラキラした目で、フレイに訴えった。
「そんな目されても、ウチは限界だ! ウォルタ、何とか言ってやってくれぇ!」
「好かれるってことはいいことなんでしょ、よかったじゃないファンができて」
「そんなぁ!」
「フレイさぁん!」
それからも、アンの熱烈なアピールは数日間続いた。