初めてルビなるものを振ってみました。
後々前話のする予定。
「お疲れ様だったね、義勇。報告ありがとう」
「……それでは、失礼します」
お館様に報告を終えた冨岡は、一礼して産屋敷邸を去る。
その様子を耀哉は見送った後、東北の空を見た。
「鬼となっても、人を、家族を喰らわなかった鬼、か。鬼殺隊に入隊できれば、産屋敷家が残してきた記録上二匹目……いや、二人目の鬼になるだろうね」
そう呟いて、記憶している数多の書物の中の一冊を、頭の中の図書館から引き抜く。
記録によると今より昔、鈴鹿午前という鬼女と、ある鬼殺隊士が恋に落ちたということがあったそうだ。
二人はめでたく、とはいかずとも結ばれた。当然、最初はその隊士と、特に鬼の鈴鹿午前は他の隊士達から受け入れられなかった。
鈴鹿午前はそれまで人を喰っていたのだから、当然の反応だっただろう。何度も何度も隊士は、仲間達に彼女は安全であると訴えたが、聞く耳を持たれなかった。
しかしその中でも、隊士は妻と共に多くの任務を生き抜いてきた。
ついには柱の地位まで与えられるようになり、隊士は炎の呼吸を独自派生させた愛の呼吸を使う愛柱に。鈴鹿午前は鬼の力をより強力なものにする鬼の呼吸を作り出し、鬼柱となった。
二人の間には子供も産まれ、幸せの真っ只中にいたそうだ。
しかしある時事件が起こった。
その事件により鬼柱の鈴鹿午前は鬼殺隊からの信用を失い、討伐されることになる。
妻と子供のために命を投げ打って、愛柱は一人鬼殺隊に対抗した。
愛柱の抵抗の結果、鬼柱・鈴鹿午前並びに彼女らの子供たちは姿を消し、愛柱は他の柱たちとの戦いの末、呼吸の乱用による心臓、肺破裂により死亡。
炎柱と鳴柱は引退せざるを得ない傷を負い、水柱と岩柱は全治二ヵ月の負傷を負った。
愛柱は愛に狂い、愛のためにその命を燃やした。
今となっては、産屋敷家当主のみが知る話である。
「蜜璃のはおそらく先祖返りだろうね。ただどうしても、
恋の呼吸や怪力は、努力や先祖返りで説明がつく。だがしかし、鬼の呼吸は鬼が編み出した呼吸法であり、人間には到底扱えるものではないはずだ。
「彼女はどう遡っても、鬼とは関係のない家系だ。心に鬼が棲んでいるというのは、鬼の呼吸を使えることと関係がありそうだが……。しかし問題は、何故心に鬼が棲んでいるのか。その鬼は何故
フフっと耀哉は笑みを零す。
鬼舞辻の情報を探してはいるが見つけきれていない今、謎解きは彼の楽しみの一つであった。
日が沈んで少しした頃。
鬼の痕跡を求めて西へ走った
もう林に入ってから半刻程歩いただろうか、さすがに無言に飽きてきた夜永は、警戒心を解くことなく話し始めた。
「ねぇ『
『さぁ?僕には親とかいないからなぁ。気づいたときには君の心の中にいたからね』
そっかぁ、と『
……いやいや、どんな人なんだろうねって意見を求めたのに。考えるのをめんどくさがったのか。
『それはそう…、き……け……うが……い。……が…る』
「え?なんて言ったの『
鈴虫の奏でるハーモニーにも飽きてきているのだから、話し相手がほしかったのだけど……。
珍しいこともあるものだね。まぁ『
「それはそうと、昔から思ってたけど私の血って不思議よね。体外に出て少ししたらすぐ固まっちゃう。こんな風に」
腰に差した紅昏い刀を引き抜き、左手首に当てながら引く。
傷から大量の血が流れだし、流れ出た血はすぐ固まっていく。
傷はみるみるうちに小さくなっていき、数分もすると消えてなくなった。
あはは、ふしぎぃと思うだけで、痛みや自分を傷つけた行動に疑問は感じなかった。
しかしふと、頭の中に、ある疑問が湧いた。
「あはは、ねぇ『
刀がドクッドクッと拒否するように脈打ちだす。
そんなことは気にすら留めずに夜永は自分の心臓を刀で貫いた。
「……かぷっ」
そんな可愛らしい音が夜永の喉から漏れる。
意識が薄れ、視界がぼやけていく彼女は、想像より可愛い音だった、と感じていた。
「やはり、血鬼術は直接人間にではなく、間接的に人間に作用するものに限る。他の十二鬼月は直接的なものが多すぎるのだ」
他の鬼へ溜め息を吐きながら、林の奥から右眼に下弦参と刻まれている男が出てくる。
その男が指をパチンと鳴らすと、林中の鈴虫の鳴き声がピタリと止む。
鈴虫は血鬼術によって創られたものであり、その鳴き声には睡眠作用があった。
ある一定時間音を期させた相手の思考に干渉する血鬼術であり、夜永に自身の体質と血の特殊性についての疑問、それに付随し強烈な探求心を植え付けたのだ。
どこまでなら回復できるのか?どこまでなら傷つけてもいいのか?どこまで?どこまで?どこまで?傷をつけた時の音や、体の調子はどうなるのか?どうなるの?どうなるの?どうなるの?
その結果が心臓を自らの刀で一突き、である。
「無惨様のおっしゃる通りにここで待っていた甲斐があった。雰囲気が一般隊士のそれではない。柱などの階級が高い者だろう。さて、死体は持ち帰りゆっくり喰うか」
その鬼は血鬼術からもわかるように、慎重な性格の持ち主であった。きちんと刀が心臓を貫いていることを今一度確認し、死体を担ごうと近づく。
しかし、ドサッという音と共に突然世界が回転する。
男の視界は先ほど足元にあった雑草で覆われていた。
「……?私は、転んだのか?」
まったく、私も詰めが甘いと反省し、起き上がろうとするも、手が動かない。いや、てだけではない。身体が動かないのだ。
「がはっ、がはっ、……はぁ。ったく、肺に血が入ったらどうしてくれる。運動能力低下じゃすまねぇぞ。俺のモノに何してくれてんだ、お前」
その鬼の視界の端で、ゴボッと血を盛大に吐きながら、『手に刀を持った夜永』は立ち上がった。彼岸花の羽織は朱く染まり、瞳を真っ赤に染めながら、彼女は鬼を睨む。
「お前、いつのまに!?いや、確かに心臓を貫いているのは確認した!何故鬼でもない、唯の人間のお前が生きている!?」
有り得ないことを目撃した鬼の眼が大きく見開かれる。
何時如何なる時も慎重さに重きを置いていた鬼は、これまで安全に人間を喰らってきた。自分の血鬼術ならリスクなど払わなくとも、ご飯は自らの手で死んでいってくれるのだから。
とはいえ、今や頸だけになったこの鬼も、下弦の参、十二鬼月である。その身体能力も下級の鬼とは比べるまでもない。いくら死体と思っていたからといえ、こんなにあっさりと、気づく間もなく頸を落とせるだろうか?
そんな“有り得ない現象”を体験した鬼は、先の様に叫ぶのも無理はなかった。
その鬼を睨みながら、淡々と『
「なんでって、俺が鬼だからに決まってんだろ。寝ぼけてんのか?下弦の鬼なんてやはりこの程度か。以前夜永が戦った下弦陸の方が余程マシだった。……“いい加減死ねよ”。俺は気が立ってんだ。お前のせいでな」
強く、『
この感じは、この恐れは、まるで、あの方のようではないか、と。
塵になりながら、鬼は最期の瞬間まで恐怖を覚えたまま消えていった。
「……はぁ、ったく、無茶しやがって。無意識的に心の壁を厚くして心の防御力を上げたつもりかこの身体は。あの鬼は精神、頭に干渉してくるタイプだったから、俺の言葉が届かなくなった瞬間冷や汗出たぞ」
心の中で気絶している夜永に
心臓はまだまだ本調子には程遠い。
こんな状態で体を明け渡せば、忽ち
そんな、妹を想う兄のような思考を巡らせていると、手に力が入らなくなっていることに気づく。
「刀を振るうの速すぎたか。あんまり鬼の力で治癒するのも、体力を消耗しすぎるから不味いか」
刀を鞘ごと消し、もう一度しっかりと羽織を着なおして、帰路に着いた。
次の日の朝。
アオイが屋敷の門を開けると、そこに真っ赤に染まった彼岸花の羽織を着た人物が倒れていたそうな。