無人島でローン返済してただなも……。
全額払い終わっただなもおおおおおおお!
とある森の中。
月は雲に覆われ、灯りもなく辺りは暗闇が広がっている。
刃が風を切る音と、何かが切り飛ぶ音が森の中に響き渡った。
「ちっ……!」
切り飛ばされた片腕を一瞬見やり、舌打ちをする。
その一瞬の間に距離を取っていたはずの男が目の前に迫っている事に鬼は戦慄した。
ボコンという歪な音を立てながら新たに生やされた腕。
男に向かって繰り出した掌底は容易く避けられ、お返しとばかりに今度は両腕が切り飛ばされる。
悪態をつきつつ、刀を振り切ったまま無防備な状態の男に蹴りをお見舞いする。
鬼の膂力で放たれたそれは、当たれば骨だって砕ける。当たり所が悪ければ内臓だって唯ではすまない。
が、それを予期していたのか、あっさりと上半身をずらして回避されてしまった。
「血鬼術さえ使えりゃ……!」
鬼の血鬼術は非常に強力なものだった。
触れたものをどんなものでも塵芥へと変える物だ。
それは日輪刀も例外ではない。
少しでも触れれば、あっという間にこの男は塵となって消え失せる。
――筈だった。
再度生やした腕で掴みかかろうとしても、奴に全ての動きが読まれている。
思考が読まれていると錯覚しそうなほど、この男は鬼の動きを阻害していた。
頭の中に思い浮かんだ戦法を試そうとしたその瞬間、動きを潰される。
一旦後方に下がろうと思った瞬間、距離を詰めてくる。
常に鬼の一手先二手先を潰しにかかってきていた。
血鬼術は協力なものだが、触れなければ意味がない。
そして要である腕も即座に切り落とされる。
明らかに一方的な戦いだ。
それも、鬼ではなく圧倒的に人間が優位という異常なものだ。
だが、そこで疑問が一つ発生する。
この男は明らかに――認めるのは鬼にとって癪だったが――己より強い。
それこそ姿を悟られる事なく頸を撥ねる事だって可能だったはずだ。
なぜこの男は真正面から挑んでくる?
まさか正々堂々と勝負をしようという訳ではないだろう。
次の瞬間、右足が跳ねとんだ。
もう終わりだ。頸を撥ねられる。
大きく体制を崩して倒れそうになる。
そんな隙をこの男が見逃すはずもない。
それでも、一矢報いるためにも無我夢中で腕を振り回す。
だが、それらも全て避けられ――背後から衝撃が走った。
鬼は自分の体を見下ろした。
見れば、刀が背中側から突き刺さっている。
鬼は知らなかったが、それは水の呼吸の型の一つである雫波紋突きというものだった。
女が鬼の心臓を一突きしていた。
そして、異物が抜けていく感触。
刀を鬼の体から引き抜いた女は大きく鬼から距離を取る。
なんだ? 何をした?
たかが心臓を突いた所で何になる。
鬼がその程度で死ぬはずがないだろう。
まさか女に一突きさせるために時間を稼いでいた?
何故そんな無意味なことをする。
まるで意味が分からない。
明らかに殺す気のない男に、殺意たっぷりに心臓を突いてきた女。
両腕、足も無事に生え、心臓だってもう戻りつつある。
ああ忌々しい。こんな奴らに手間取る己に鬼は腹を立てていた。
今すぐにこの二人を殺して――。
一歩踏み出そうとしたその瞬間、鬼は膝から崩れ落ちた。
突然頭痛に襲われる。
あり得ない。
鬼が頭痛などという症状に見舞われる訳がない。
それは人間が患うものだ。鬼はどんな怪我を負ったって頸を切られなければすぐに再生する。
病気などにもかかる筈はない。
「ぐっ……! 何、だコレは……!」
その場に跪き、左手で頭を押さえる。
それでも痛みが治まることは無い。
「頭痛がする……は、吐き気もだ……くっ、ぐう……! この俺が……気分が悪いだと……?」
鬼は混乱していた。
人間よりも強いのが鬼だ。
なのに、どうしてこんなことになっている?
「この俺が、あの女に心臓を刺された程度で……立つことが、立つことができないだと!?」
ブルブルと震える右手を地面に叩きつける。
血鬼術を用いて陥没を引き起こし、逃げる算段だった。
――血鬼術が、発動しない。
「頭痛に吐き気、と……それじゃあお薬増やしておこうか」
男がそう言った次の瞬間。トスッという軽い音が聞こえた。
短剣のような物が鬼の額に突き刺さる。
痛みに悶える中、何かが注射されていることだけは理解できた。
最早全ては手遅れだ。隊士の服装を見た瞬間逃げるべきだったんだ。
短剣の内部が全て入り、鬼は其処で意識を落とし――生命活動を停止した。
仰向けに倒れこんだ鬼が動く気配がない事を確認し、傍に近寄る。
額と心臓付近に紫色の斑点のようなものが出来ている。
「んー……まだ量が足りないみたいだ」
短剣を額から引き抜いてみれば、中にあった藤の花の毒は全て無くなっていた。
しっかりと機能しているようで一安心だ。
「もう少し鞘の濃度を濃くして……嫌でもそれだと……」
ブツブツと一人呟いているしのぶちゃんを尻目に、この藤の花戦法について考える。
少なくとも、しのぶちゃんが使った量で動きを大きく阻害して、血鬼術も発動させない。
それにプラスした量を鬼にぶち込めば、この程度の鬼は殺せる、と。
……これ、量産化は無理そうだなあ。
鬼一匹に使う量が相当だ。しのぶちゃん一人が運用するならともかく、これを隊士全員に配布してしまえば藤の花が無くなってしまう。
全員には無理だが、少数には十分回せるだろう。
問題は誰に使ってもらうか、だ。
戦力増強の為に甲や柱か。
それとも生き残る確率を上げるために新人の隊士達か。
そのあたりもお館様に相談したい。
「――泡沫さん、本日もありがとうございました」
独り言が終わったのか、しのぶちゃんが大きく頭を下げた。
別に気にしなくていいよ、と軽く手を振って応える。
鬼一匹を確実に殺せる、と判断出来るまではこうして一緒に任務を行っていた。
「しのぶちゃんはアレだなあ……自分の呼吸を作った方がいいのかもしれない」
「自分の呼吸、ですか?」
可愛らしく首を傾げるしのぶちゃん。
いや、だって君雫波紋突きしか使ってないじゃん。
それなら突き主体の自分だけの呼吸編み出した方が良くない?
そう告げれば、苦虫を嚙み潰したような表情をした。
かわい……いやそれは可愛くねえわ。
「確かに作ったんですけど……まだ使いこなせそうになくて」
「え? もう出来てんの?」
「え? まぁ、はい」
泣きそう。
俺がどれだけ必死に自分の呼吸作ったと思ってんのよ。
それこそ血反吐吐く思いだったんですけど?
現に鍛錬中に意識飛んだりしてたんですけど?
あーやだやだ。これだからこんな天才嫌ですわ。
しのぶちゃん確かに頭おかしいもんな。
自分の筋力じゃ頸切れないから毒で殺そう! ってなる普通?
「何か失礼なこと考えてませんか?」
「なんでもないです。はい帰ろう」
「……何考えてたか詳しく説明してもらいますからね」
「ひえっ」
ちょっとラクーンシティに行ってきます。
今後の投稿について
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