鬼殺の隊士はとにかくモテたい   作:KEA

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16話

「――――焔の呼吸 ()ノ型 仄日閃耀(そくじつせんよう)

 

円を描くように振るわれた日輪刀の先に、広範囲の焔が襲う。

頸が斬り落とされなければ問題はないと判断した猗窩座は、勢いを殺さず焔の中を突っ切ってきた。

型を出し終えた瞬間の隙を見逃さずに技を放つ。

それに気づいた泡沫は咄嗟に後方へと下がろうとするが、間に合わなかった。

 

破壊殺 脚式(きゃくしき) 龍閃群光(りゅうせんぐんこう)

 

避けることも受け流す事も叶わず、連続蹴りを諸に喰らう。

胴体に三発目の蹴りが入った時、視界が大きくブレた。

轟音と共に水平に吹き飛ばされた泡沫は、大木に激突してへたり込んだ。

 

「…………」

 

振り抜いた足を戻しながら猗窩座は傷ついた身体を見下ろす。

数多に付いた傷は音を立てて戻りつつあるが、灼ける様な痛みは尚も続いている。

傷の治りも僅かに遅い。これはどういうことだ?

 

猗窩座が立ち止まっている間に、泡沫は首を左右に振って意識を覚醒させる。

 

「(……一瞬、気失ってた、のか。

あばら骨が何本か折れたな……って、アニメや漫画みてーな事考えちゃったな)」

 

蹴りの一発は左腕に入り、骨が折れている。刀を握ることは叶わないだろう。

残りの二発は胴体だ。こちらもあばら骨が数本折れてしまった。

臓器が損傷しなかったのが不幸中の幸いと言える。

 

「死ぬな、夕凪」

 

こちらに歩いてきながら、猗窩座がふざけたことを言った。

やった張本人の猗窩座が言うか、と言おうとした瞬間血が口から溢れ出した。

視界が僅かにぼんやりとしている。

額も切れたのか、左眼に血が入ってきた。

最早痛みも感じないが。

 

……何時間、戦った?

これ以上戦い続けるのはちとキツイ。

呼吸で無理やり身体を動かすにも限度ってもんがある。

このまま戦い続ければ確実に死ぬだろう。

 

紐で首からかけていた狐の面が目に入る。

思い出すのはこれまでの事。特訓した事や、藤襲山の試験。任務の日々。

走馬灯という奴だろうか。

 

此処で死んだら、鱗滝先生に合わせる顔がない。

まあ死んだら合わせる顔も糞もないんだが。

 

――まだ、目的も果たせていない。

人々も救って、女の子にモテる。どっちも果たせていないんだ。

 

「そのままだと本当に死ぬぞ。鬼になると言え……!」

 

猗窩座の戯言を聞き流して、ゆっくりと立ち上がる。

右手で力強く日輪刀を握りしめ、左手を腰に持っていく。

 

「――俺には目的がある。鬼になったら、絶対に果たすことのできない目的が」

 

その眼を見て、猗窩座は背筋が凍り付くのを感じた。

何だコイツは。絶対に俺を殺すという強い意志を感じさせる眼。

なのに、ほんの少しも闘気が出ていない。

 

「……決着と行こうじゃあないか、猗窩座」

 

グッと腰を落として、赫く染まった日輪刀を水平に構える。

思い出すのは、試験の時に共闘した少年。雷の呼吸を用いていた子。

自身の体力的に、戦えるのはほんの僅か。ぶっつけ本番だが、やるしかない。

 

「残念だよ。夕凪……鬼にならないというのなら、若く強いまま――死んでくれ」

 

泡沫の背後から、僅かながら日が射そうとしていた。

もうすぐ夜が明ける。

 

「――焔の呼吸 一ノ型・(かい) 天照一閃(てんしょういっせん)

 

「術式展開 破壊殺・滅式(めっしき)

 

お互いが一直線に進み――そして激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……泡沫さん」

 

胡蝶しのぶは森の中を駆けていた。

此処まで全速力で訪れたせいで、僅かに疲弊しているが仕方がない。

直ぐにでも戦っているあの人を援護しなければならない。

 

(まあ、でもあの人だし……案外終わってるんじゃ……)

 

あの人の強さは途轍もない。

なんなら笑いながら「来るの遅いよ」なんて嫌味も言われてしまうかも。

でも、そんな未来が一番いい。

私達の行動は全部杞憂で済んで、無事に一人で鬼を倒せていた、みたいな。

そうなったら三人でゆっくり帰ろう。富岡さんはいいや。

 

森の中の開けた場所、太陽は僅かに昇っているが鬼がまだ活動できる微妙な時間帯だ。

漸く辿り着いた其処には、見覚えのある後ろ姿が見えた。

 

日輪刀を地面に突き刺し、それを支えにするように座り込んでいる泡沫。

後ろ姿だから分からないが、身動き一つない事から意識がない事がわかる。

まさか、死んでいる訳がない。

 

そしてそんな彼の背後に――紅梅色の短髪の鬼が、両手で己の頸を抑えて蹲っていた。

 

「――――」

 

奴が、恐らくは上弦の参。

 

頸を斬り落とすギリギリで限界が来てしまったのだろう。

ならば、再生される前ならまだ勝機は……。

ゆっくりと、鬼は立ち上がった。頸からは血が未だに溢れているが、ほぼほぼ切り口が塞がってしまっている。

鬼は拳を握りしめ、座り込む彼にそれを叩き込もうとして――。

 

「――駄目っ!!」

 

気づけば駆けだしていた。脇目も降らず、ただ走る。

鬼の拳から庇う様に、泡沫の背中に覆いかぶさる。

そうしてから、上弦など簡単に人体など貫くだろう事に思い至った。

 

 

 

待てども待てども、その拳が振るわれることは無かった。

恐る恐る振り返れば、当たる直前で寸止めしている鬼の姿が其処にあった。

 

ブルブルと震えている様子に首を傾げるしのぶだが、この好機を逃す理由はない。

即座に日輪刀を構え、勢いよく突き出した。

 

猗窩座は反射的にそれを避け、突き出された刃を裏拳で側面から殴り折る。

パキン、という甲高い音が森の中に響き渡った。

 

――私も泡沫さんも殺される。

 

実力が違い過ぎた。

泡沫さんの日輪刀は折れていなかった。

この数時間、この鬼に見切らせる事無く戦い続けたという証拠だ。

こんな、鬼に数時間も……。

 

鬼はしのぶを一瞥した後、森の奥へと走っていった。

鬼が奥へと消えるのと同時に、朝日が二人を照らした。

 

「……どうして?」

 

確かに時間は迫っていただろう。

だが、十分に二人を殺す時間はあった。

……いや、今はそんなことはどうでもいい。

 

未だに日輪刀を握りしめたままの泡沫の様子を伺う。

気を失っている様子だった。

 

血は大量に出てるが、五体満足で生きている。

上弦を相手にしてこの生還は鬼殺隊初の快挙なのではないだろうか。

服を脱がし、医療道具を出して応急手当を施していく。

治療も終わりまで差し掛かったところで、二人が此処にやってきた。

 

「――すまない、遅くなった」

 

「しのぶー! 泡沫さんは……」

 

遅れてやってきた冨岡義勇と胡蝶カナエをジト目で見つつ、説明をした。

 

「上弦は逃げていきました。泡沫さんは……応急処置はしましたが……」

 

まだ完全に無事とは言えなかった。

戻ってちゃんとした手当てをするまで安心はできないだろう。

泡沫を背負うのは冨岡に任せ、後はすぐにでも戻るだけ。

 

「――生きていてくれて、本当に良かった」

 

カナエは血で汚れた泡沫の頬をゆっくりと、優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お前には失望した。猗窩座」

 

本を読み進めながら、猗窩座を見る事もなく無惨は淡々と告げる。

 

「唯の、日の呼吸の使い手ですらない隊士すら殺せないのか」

 

「……申し訳、ありません」

 

「誰が口を開いていいといった?」

 

「…………」

 

「挙句の果てに、最後の技すら完璧に見切られていたではないか」

 

メキメキと身体が圧し潰されるように崩れる。

血が地面に染み込んでいく。

 

「もういい。下がれ……さっさと青い彼岸花の情報を集めてこい」

 

無言でその場を去る猗窩座にため息を漏らす。

まさかあそこまで役立たずだとは思わなかった。

だが、奴が日の呼吸の使い手ではないと分かったのは良い。

もしも日の呼吸だったのなら黒死牟を向かわせていただろう。

 

「奴が口走っていた目的……それは何だ?」

 

私を、無惨を殺すまで死ねないと意気込むのなら分かる。

あの異常者の集団は私を殺すことに躍起になっているからだ。

それなら目的などと濁さず、普通に言うだろう。

 

「奴の目的とやらが分かれば……こちらに引き込めるかもしれんな」

 

読んでいた本を閉じて、本棚へと戻した。

 

 

 

 

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