今日も病室へ訪れる。
真夜中という事もあり、何も音がしない。
あるのは、私の呼吸とあの人の呼吸だ。
身体中に包帯を巻いて横になっている。
穏やかに寝息を立てている彼の傍らへと近寄った。
ギシ、と床が僅かに軋んでも起きる気配はない。
椅子に座ってその寝顔を眺める。
こうしてみると、ただ寝ているだけのように見える。
本当に……眠っているだけだったら良かったのに。
彼が昏睡状態に陥ってもう二週間になる。
身体を酷使したことによる反動だろうと言われていた。
それでも、一抹の不安は拭えない。
この昏睡状態が血鬼術によるものではないと誰が証明できるだろうか。
あの上弦の参がそういった能力を持っていたとしたら?
だとしたら、あの鬼を倒すまで彼が目覚めることはない。
そう考えたら、身体が僅かに強張る。
返しきれない恩だって、まだまだある。
このまま衰弱して死んでしまったら。
暗い考えを振り払うように頭を振る。
駄目だ、どうしても悪い方向へと考えてしまう。
それに血鬼術なら、もっと身体の状態が悪化していても可笑しくはない。
今の彼は高熱がある程度だ。
……程度、と言うには聊か高温過ぎるが。
今日もこうして、彼の額へと手を伸ばす。
「……熱い」
穏やかに眠っていることだけが救いだった。
これで少しでも苦しんでいる素振りを見せていたら、絶望していただろう。
こちらの苦労も知らずに、普段寝るかのように寝ている。
濡れた手ぬぐいを桶から取り出し、程よく絞る。
水滴が落ちなくなったのを確認して彼のおでこへとそれを乗せた。
「早く、目を覚ましてくださいね」
傍らには、どっさりと山積みになった荷物がある。
嗜好品であったり、菓子類であったりと非常に様々な物が雑多に置かれていた。
共通点はどれも直ぐに傷んだり、早めに消費しないといけないものだ。
彼にお世話になった隊士達の見舞いの品。
誰もが一刻も早く目を覚ますことを信じている。
願っているという方が正しいかもしれない。
これで期限が切れちゃうから、と私たちが平らげたと知れば悔しい顔をするだろう。
「……じゃないと、無くなっちゃいますから」
桶を持ち、椅子から立ち上がる。
もうそろそろ、私も自室へ戻って眠らないと。
「――ん、んんー……」
微睡みの中、意識がゆっくりと覚醒していく。
俺はどうなった? あの鬼は? 此処はどこだ?
もしかして死んだのか? あの出血の量だ。あり得なくはない。
「いてっ……!」
身を起そうとして、激痛が走る。
どさり、と再び倒れた。
痛みがある、という事にまず安堵を覚えた。
きっと死んでたら痛みなんて感じないだろうから。
己の体を見れば、包帯がグルグルと巻かれている。
誰かが手当てをしてくれたのだろう。
今が何時かは分からないが、少なくとも大体半日以上は眠っていたのだろう。
窓からは太陽ではなく月明かりが差し込んでいる。
僅かに開いている窓から程よい風が心地よかった。
どしゃ、と何かを床に落としたような音が響き渡った。
身体に痛みが走らないように、ゆっくりと音の元凶へと首を向ける。
桶が床に転がっており、大量の水が床を濡らしている。
水が大きく跳ねたのか隊服に染みを作ってしまっていた。
そんなことも気にせず、ゆっくりとした足取りで彼女はこちらへと近づいてくる。
「おはようって、そんな時間帯でもないかああああああ!!!」
駆け寄ってきたしのぶに力強く抱き締められる。
それはもう力強く。少なくとも病人にしていい力ではない。
俺が痛みに悶えている中、震えながら彼女は口を開いた。
「もう、起きないかと思ったんですよ」
「もう一回寝ちゃいそうだから力を緩めてくれ」
「あっ、それは困りますね……ふふ」
ぺしぺしぺしと彼女の肩を叩いて俺が死にそうなことをアピールする。
ようやく解放された俺はもう一度横になった。
感極まって抱き締めるとか俺のこと好き過ぎじゃない? いやーもうモテてきたかな? これはモテ期来ちゃったかな俺ェ!
なんて思うわけないけどな!!!
もうこの世がそんなに優しくないってことは分かってんだよ。
上弦も倒してモテ期到来とか絶対あり得ないね、絶対。
「半月も寝たきりだったんですよ?」
「は? 半月とか、え、マジ?」
「はい、マジです」
「うっそでしょ。マジかよ半月も寝てたのか俺」
半月、半月かあ……。
友人が半月ぶりにようやく目を覚ましたってことだもんな。そりゃ抱き着くわ。
「心配かけたみたいだ、悪い」
そんなに身体ボロボロだったのか、と改めて驚く。
「五体満足であの上弦も倒せたんだ。万々歳だな」
「え?」
「え?」
いや、無事に倒せたよね? 俺頸斬ったよね?
視線でそう問いかけると、彼女は気まずそうに視線を逸らして口籠った。
「……逃げられました」
「は?」
「確かに頸を斬ったようですが、上弦の再生力は相当なようです」
頭が落ちないように支えているうちに恐らく繋いだのでしょう、と彼女は続けた。
俺は天井を仰ぎ見て絶望した。
あんだけ頑張って、倒せなかったと。
今回の戦いだって、不意打ちで勝ちを狙ったようなものだ。
次は確実に見切られるだろう。そんな予感があった。
もっと、もっと鍛えなければ。
真正面から奴と戦えるように。
頸を跳ね飛ばした上で、全身を切り刻めるように。
奴の再生力など無意味な程に。
「次こそ、確実に仕留める」
いずれは無惨を倒すのだから、参程度に苦戦してはいけないのだから。
そう俺は決意を固めて――。
「――――しのぶー? 何か凄い音したけど、どうかしたの?」
俺が寝ていたであろう病室に、カナエが入ってきた。
目を覚ましている俺を見て、目をパチクリとさせていた。
手を挙げて挨拶しようとしてやめた。
どの程度身体を動かせるかも分からん。無理に動かして激痛とか嫌だし。
「まあまあまあまあ! 目が覚めたのね!」
パタパタとこちらへと駆け寄ってくるカナエ。
両腕を大きく広げていることから、何をしようとしてるのかは直ぐに分かった。
「おい、待てよ。それ以上……それ以上近づくなアアアアアアア!!」
二度目の強烈な抱擁を喰らって、俺は大きな悲鳴を上げた。
なんなのこの姉妹は。俺を絞め殺す気なの?
「姉さん! 病み上がりだから!!!」
「良かった……本当に良かった……!」
「人の話聞いて!!」
涙ぐみながら抱き締められて男冥利に尽きるけども。
マジで死ぬから。痛いから。
「――おい、今何時だと思って……」
眉を顰めながら入ってきたのは、額に包帯を巻いた錆兎だった。
額以外に目立った怪我はない。軽い怪我でもして此処にいたのだろう。
「錆兎ォ! 引っぺがしてくれ!」
年下に助けを求めるとか年上としてとか、そんな事を言っている場合ではない。
錆兎は俺に目を向けて、大きく目を見開いた。
目元の涙を拭い、微笑んでこちらへと近づいてくる。
「……おい、待て。なんだその両腕は。広げてるんじゃあねえ!
やめろ、やめ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!゛!゛!゛!゛」
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