鬼殺の隊士はとにかくモテたい   作:KEA

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19話

ニコニコと笑みを絶やさないその姿は、ある意味上弦の参以上に不気味だった。

それでも恐怖で身体が震える、などという事はない。

背後にはカナエがいる。その事実が泡沫を奮い立たせる。

 

カナエに触れて、透け透けで身体の具合を見て分かった。

少なくとも死にはしない。だが、今すぐに動ける程軽い訳でもない。

奴の気を彼女に向けさせるな。己に集中させろ。

倒さなくていい。夜明けまで持ちこたえれば此方の勝ちだ。

実際、夜明けまでの時間はそう長くは無い。

少しでも持ち堪えれば、日の光が差し込む。

 

「君の事は知ってるよ。猗窩座殿と戦った隊士だよね」

 

扇で口元を隠しながら、相変わらずの笑みで上弦の弐はそう言った。

奴から話をしてくれるのは嬉しい。

 

「……そうだ。取り損ねたけどな」

 

「あのお方が怒っちゃってさ、君と出会ったら確実に殺してこいって上弦全員言われてるんだよねえ」

 

好都合だ、と泡沫は思った

。ならアイツは俺を無視してカナエに向かうことはない。

自身を殺してからカナエを殺しに行くはずだ。

 

スッと、上弦の弐は片腕を此方に見せてきた。

斬り飛ばしたはずの腕はとっくに再生を果たしている。

驚きはしない。猗窩座なんて瞬く間に腕が生えたのだから。

あれ? と童磨は頸を僅かに傾げた。

確かに腕はしっかりと再生した。だが、普段よりも再生速度が遅い気がする。

これが彼の呼吸の能力によるものだろうか、と。

 

「君の焔の呼吸だっけ? 珍しいね。立て続けに見たことのない呼吸を見れて俺は嬉しいよ」

 

「ああ。どうせ見納めになるんだ。好きなだけ見てから死んでくれ」

 

「いやいや、猗窩座殿を倒せなかったんだから俺に勝つなんて到底無理だよ」

 

「そんなのはやってみないと……」

 

構えていたはずの泡沫の姿が掻き消える。

消えたと錯覚させるほどの速度で上弦の弐の傍まで突進した彼は、大きく刃を振るう。

 

「――わからないだろ!」

 

振るわれた刃を扇で打ち払う童磨。

 

 

成程。確かに速度も威力もそれなりにある。

先ほど戦った柱よりも実力があるのかもしれない。

だが、それだけだ。突出した何かがあるとは思えなかった。

過去に殺した柱の方がまだ強かったかもしれない。

 

(彼が日の呼吸の使い手か確かめろ、とも言われていたっけ)

 

あり得ないことだが、万が一奴が日の呼吸の使い手なら確実に殺せ。

 

それが全ての上弦に命じられた事。

だが、童磨からしてみればどんな呼吸を使おうが関係はない。

何も考えずに此方に突貫している彼を哀れに見る。

 

(詳しく彼女から俺の血鬼術について聞いておけばよかったのに)

 

その程度ならこちらから手を出さずに眺めていただろう。

多少情報が流れたとして、こちらに勝てる道理などないのだから。

 

今だ目の前で斬撃を繰り出す彼に、童磨は言葉を放った。

 

「ほら、そろそろ呼吸だって苦しくなってきたんじゃない?」

 

帰ってきたのは沈黙。最早こちらに返答する気力もないのか。

最初の攻撃に比べると、速度も威力も落ちている。

 

(猗窩座殿を追い詰めたって言ってたけど……うん。彼、弱いね)

 

彼がどんな呼吸を使おうと殺してしまえばそれで終わりだ。

 

血鬼術 ()蓮華(れんげ)

扇を振るい、砕けた花のような氷が泡沫へと降り注ぐ。

泡沫はそれら全てを弾き、躱していく。

 

後ろに跳躍した泡沫は、大きく呼吸を繰り返した。

深く、大きく何度も繰り返す。

ゴオオ、と炎が燃え盛るような独特の呼吸音が響き渡る。

 

「――え」

 

童磨の動きが止まった。

まるで化け物を見るかのような目で泡沫を見ている。

淀みなく日輪刀を構えるその姿に異常は見られない。

それはつまり、血鬼術の氷が体内に入っていないことを示している。

 

「君、呼吸してなかったの?」

 

息を止めて、全集中の呼吸による身体強化を使わずに上弦の弐である自分と戦い、散り蓮華を打ち破った?

 

「いやいや、人間の出来る動きじゃないでしょ」

 

「失礼な事を言うな。人間だよ、俺は」

 

効果範囲外で呼吸し、範囲内に入ると同時に呼吸を止める。

言うのは簡単だが、果たしてそれを実行できるだけの隊士がどれだけいる?

 

「カナエからお前の血鬼術について聞いた。氷の血鬼術だ、と」

 

戦いの最中、こんなにベラベラと喋るのは泡沫の趣味ではない。

隙が少しでもあればスパッと頸を斬って終わらせてしまいたい。

上弦の弐はそんなに甘くは無い。

時間稼ぎをする為にはなんだってするつもりだった。

せめて、柱級の誰か。二人ならまだいけるかもしれない。

 

「彼女に目立った傷が無かった。多少は切り傷はあったがどれも致命傷には至っていない。なのに彼女は血を吐いていた……氷とは言うが、実際は毒みたいなものだろ」

 

「あんな短い間にそこまで分かってたのか。いやあ、すごいねえ」

 

「で、だ。どうして俺がこんなに長々と喋っていたか分かるか」

 

「うん? 君もお喋りが好き……ってわけじゃあないのかな?」

 

「本当は夜明けまでの時間稼ぎだった。だが今は違う……お前を殺す準備はもう整った――なあ、しのぶ!」

 

泡沫は童磨の僅か後方見つめながらそう叫んだ。

まさか、と童磨は振り返りながらその扇を振るう。

だが、振り返っても其処には誰も存在しない。

闇だけが広がっていた。

 

「なんだぁ、はったりか」

 

「はったりだと思うか!!」

 

再度視線を泡沫に向ければ、彼は日輪刀を構えながらこちらへと駆けていた。

仲間がいると嘘を吐き、意識を自分から逸らしてその間に頸を斬る。

もはやそんなウソくらいしか手段が無いのか、童磨は彼を哀れんだ。

 

「流石に騙されないよ? 随分と幼稚な作戦だ――」

 

――瞬間、童磨の後方から紫の液体を含んだ注射器のような物が数本、童磨の頸に突き刺さった。

 

「……あれ?」

 

声が反響して聞こえた。

視界が定まらない。身体に力が入らない。

血鬼術が――使えない。

 

「卑怯、なんて言うなよ。元来鬼の有利な夜、頸以外は擦り傷で済んじまうお前たちと殺し合ってるんだ。これくらいは目ェ潰ってもらう」

 

突き刺さった注射器から液体が流れ込んだのを見て、泡沫は走りながら勢いよく日輪刀を童磨に向かってぶん投げた。

一直線に突き進む日輪刀。このままだと胴体に突き刺さるだろう。

あれくらいなら避ける事は造作もない――筈だった。

 

童磨は理解した。これは藤の花の毒だ。

もしも下弦の下位の鬼や有象無象の鬼なら致命傷を受けるほどの猛毒。

だが童磨は上弦で、更に上から数えた方が早い上位の存在だ。

この程度の毒では数秒身体の動きが止まる程度。数秒血鬼術が使えない程度だ。

現に既に解毒は終わりかけている。

 

だが、その数秒。戦いの数秒は途轍もなく重要だ。

僅かながら動けないその瞬間に日輪刀が突き刺さる。

 

激痛が童磨を襲った。

唯の人間なら、その痛みの衝撃で死んでしまうのではないかと思わせる程の激痛。痛みが思考を妨げる。

咄嗟に血鬼術を使おうとして扇を振るおうとした瞬間、腕が跳ね飛ばされる。

童磨に突き刺さった日輪刀とは別の刀を泡沫は握っていた。

 

花弁のような鍔を持つ、半ばから折れている日輪刀。

赫い刀身へと変化しているソレで両腕を斬り飛ばされていた。

 

「血鬼術を使う際、必ず扇を振るっていたのを見逃すはずないだろ」

 

炎のような痣を揺らめかせながら、カナエの日輪刀でその頸を狙う。

 

「血鬼術、霧氷(むひょう)睡蓮菩(すいれんぼ)――」

 

「遅い!」

 

焔の呼吸 (ろく)ノ型 火輪(かりん)

 

身体ごと回転しながら放たれた焔を纏った一撃は、童磨の頸を斬り捨てた。

 

「――まだだ!」

 

上弦の参との戦いで、頸を斬った程度じゃ死なないことは経験済み。

 

胴体に突き刺さったままの己の日輪刀の柄を握りしめる。

 

焔の呼吸 ()ノ型 白日紅焔(はくじつこうえん)

 

胴体をそのまま左右に斬り捨て、次いで水平に振るう。

四つに分解された胴体がドチャリと音を立てて地面に転がった。

 

闇の中から数多の注射器が降り注ぐ。

別れた胴体に一本ずつ、斬り飛ばされた頭に二本。

 

程なくして崩れていく様を見て、漸く泡沫はその場で膝をついた。

倒れそうになった所を、注射器を投げつけた人物――しのぶが抱き起した。

 

「……大丈夫ですか?」

 

「俺は焔の使用で身体が死ぬほど疲れてるって感じ。俺よりもカナエを」

 

「手当はしてきました。命に関わるような怪我もしていません」

 

「……よかった」

 

「数日は安静にした方がいいでしょうけど……さ、帰りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それでね! 泡沫さんったら、私を抱き抱えて『後は任せろ』なんて!」

 

「きゃー!」

 

ベットの上で両手で頬を触りながらくねくねと事の顛末を話すカナエに

女性陣は悲鳴をあげる。

喉と肺を痛めてしまったせいで、暫くは全集中の呼吸もままならないとのことで、カナエは療養中だった。

 

「やめてください……どうかこれ以上話をしないでください……」

 

直ぐ傍で土下座をしながら話の中断を懇願しても、カナエはやめてくれなかった。

話の主導権はカナエが握っているし、女性陣は話の続きを期待している。

つまり――蝶屋敷に、彼の味方は存在しなかった。




戦闘開始から結晶ノ御子や霧氷・睡蓮菩薩を使われたら戦いにならずに負けてました。

今後の投稿について

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