鬼殺の隊士はとにかくモテたい   作:KEA

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2話

正直、子供を隊士として育て上げることに少し抵抗を覚えていた。

当たり前だ。誰が好き好んで子供を殺し合いさせたいと思う?

 

だが、それらも承知の上で彼ら彼女らは儂のもとを訪れる。

基本的に子供を育てるのに一年はかかる。一年もあれば情は移る。

鬼と戦い、死んでほしくないと思ってしまう。

 

それでも儂ら育手は鍛えるしかない。隊士は常に慢性的に不足気味なのだから。

ある日、友人から手紙が届いた。子供を送るから育ててほしい、と。

この育ててほしいという意味は、つまりそういうことだ。

 

そうして儂のもとに訪れた少年の名は泡沫夕凪。

友の頼みとは言え、嫌……友の頼みだからこそ、断りたかった。

もしこれで彼を最終選別に向かわせ、帰ってこなかったら?

 

自分が殺したようなものだ。

最終選別が終わり、帰りを待つ時間が一番恐ろしい。

疲れて、帰るのが遅いだけだと自分を誤魔化して待っているのが一番辛かった。

 

彼を、泡沫を山に置き去りにした。

数多の罠を仕掛け、時間内に帰ることが出来ないように。

友の手紙には、彼が何か秀でた才能があるという事は書かれていなかった。

つまりはただの子供だ。

 

多少は痛い思いをするだろうが、死にはしない。

それにその程度の痛みで諦めるのなら隊士には向いていない。

彼が夜明けまでに帰ってこないように祈りつつ、儂は家で彼の帰りを待った。

 

予想を反して、彼は戻ってきた。

これまでの子供の誰よりも早く、儂の元へと。

その眼には、絶対に鬼殺の隊士となる、という強い意志を感じた。

 

ここまでされては、儂も腹を括るしかない。

儂の持つすべての技術をお前に教えよう。

最高の剣士へと育て上げよう。

 

――だから、どうか死なないでほしい。

 

今の儂には、教える事と祈る程度の事しか出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この一年で夕凪は見違えるほどに強くなった。

 

そこで最後の条件である岩を斬る事を提示する。

岩を斬れば最終選別に行く事を許可する、と。

 

その時の夕凪の顔は今でも覚えている。

まるで『そんな簡単な事でいいんですか』と言わんばかりに訝し気に儂と

岩を交互に見て、首を傾げる。

 

その様子を見て確信した。この子は今までの誰よりも強い。強い剣士となるだろう、と。

 

 

 

 

 

だが、予想に反して彼が岩を斬ることは無かった。

彼は岩を斬らずに家に戻ってきて、何時ものように晩飯の支度をする。

 

きっと心の奥底にある、最終選別に行ってほしくないという儂の思いを見透かされているのかもしれない。

そういった直感に人一倍強い子だから。儂の心の準備が出来るまで、待っていてくれる気なのだろう。

 

だが、儂の決心がつく前に新たな子が来てしまった。

冨岡義勇と錆兎という名の少年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺と冨岡義勇は同時期に鱗滝さんに弟子入りを果たした。

同じ年齢で境遇も近かった義勇とはすぐに意気投合し、仲が深まった。

俺たちより一歳年上である泡沫さんは兄弟子にあたる。

 

鱗滝さんが言うには、呼吸法も型も全て会得していると言っていたが。

全てを教えられ、後は最終選別に行くだけなのにどうして未だに此処にいるのか、それが理解出来なかった。

とは言え、あの人も時折俺たちのことを鍛錬してくれる。その点には感謝している。

 

なぜ岩を斬らずに鱗滝さんのもとにいるのか謎は深まるばかりだ。

最終選別に行く程の実力もないのだろうか。

それとも岩が斬れない?

それはない。あれだけ呼吸もしっかりして、型も出せるのならば簡単に岩を斬り裂くだろう。

あれ程教えるのが上手いのなら、最終選別を突破するだけの力はある筈だ。

五か月程経った頃、思い切って泡沫さんに聞いてみた。

 

「何故泡沫さんは最終選別を受けに行かない?」

 

ピタリと泡沫さんの動きが止まった。

俺の方へと視線を向け、次いで顔を顰める。

……何か悪いことを言っただろうか。

 

そう思った時、泡沫さんは口を開く。

どうやら言葉を選んでいるようだった。

 

「……俺は慎重なんだ。出来うる限りの準備をしてから行きたい」

 

「もう十分だろう。最終選別を生き延びる程度には力が付いているのは分かってる!」

 

つい声を荒げてしまった。悲しかったからだ。

憧れていた男が臆病だった、などと。

 

「――ああ。最終選別は生き延びることが出来るだろう。だがそれがなんだ?」

 

最初は言葉の意味が理解出来なかった。何を言っている?

言葉が足りないと気づいたのだろう。泡沫さんはそのまま続けて言った。

 

「最終選別を生き延びる事は鬼殺隊に入るための最初の条件だ。

最終選別を突破することが最終地点ではない。そこからが始まりなんだよ、錆兎」

 

頭を思いっきり殴られたような感覚だった。

そうだ。最終選別を生き抜くことが最後ではない。

 

「臆病者と言われてもそれは仕方がない。だが、元柱である先生に教えを乞うには

今しかないんだ。本来柱は忙しい。一般隊士に割くような時間はない」

 

ああ。彼はこの五か月努力していたんだ。

それも分からず、俺はただ臆病者だと思った。

最終選別に怯え、行きたくないと子供のように駄々をこねているのだと。

とんでもない馬鹿者だった。

 

「それじゃあ、俺は鍛錬に戻る」

 

「待ってくれ!」

 

踵を返して此処を離れようとした泡沫さんを呼び止める。

いや、つい呼び止めてしまったというのが正解か。

彼は黙って俺の言葉を待つ。

 

「――貴方の型を見せてほしい」

 

不意に出たのはそんな言葉だった。

兄弟子である彼がどんな動きをするのか、見たいと思った。

 

「……そろそろいいか」

 

彼は小さく呟いて、刀を――日輪刀を引き抜く。

刀身は仄かに水色を帯びていて奇麗なそれを構え、壱ノ型から順々に繰り出していく。

 

それは正に完璧だった。

俺の想像する理想の動きよりも更に洗練された其れを次々と出していく。

以前、鱗滝さんが呟くように言っていたことを思い出す。

 

――夕凪と同じ訓練をすれば、お前たちは死んでしまう。

 

あの人と俺たちでは練度が違う。違い過ぎる。

俺たちの訓練の難易度が三だとして、あの人の難易度は十を容易く超えている。

鱗滝さんの殺す気の罠の数々を退け、きっと今に至るのだろう。

 

最後の拾ノ型を使っている際には、周りの大岩をあっさりと切り捨てるほどの威力だった。

……彼はもう、鱗滝さんの教えを全て身に着けている。

全ての型を目に焼き付けるのに必死だった俺は、お礼もあまり言えずにその場を離れた。

 

その日の鍛錬を終え、鱗滝さんに彼の事を話す。

拾ノ型で幾度と岩を斬ったということを伝えれば、鱗滝さんは淡々とそうか、と呟く。

 

「夕凪は最終選別に行く気だろう。だから最後にお前に自身の技を全て見せた。

兄弟子として出来る最後の事をしたのだろう」

 

そうか。遂に行くのか。

それなら、最終選別に行く前に義勇もあの動きを見ておいた方がいいだろう。

俺が何を言おうと思っているのか察したのか、茶飲みから口を放しながら義勇は首を振る。

 

「俺はいい。俺は……最終選別から帰ってきたら見せてもらう」

 

「ははは! そうだな。その時はきっともっと良い動きになってるだろうしな」

 

義勇は帰ってくる事を信じて疑っていなかった。

俺たちよりも強いあの人が負けるなどという場面は想像出来なかった。

 

「――ただいま戻りましたーっと」

 

戻ってきた泡沫さんを鱗滝さんが抱きしめながら最終選別に行く事を許可した。

顔に波の模様が刻まれた狐の面を手渡された泡沫さんは嬉しそうにそれを受け取る。

 

「最終選別、必ず生きて帰ってこい。全員でお前の帰りを待っている」

 

「……はい。必ず、生きて帰ってきます」

 

強い決意を感じさせる声音だった。まるで自分自身に言い聞かせてるようにも聞こえた。

大丈夫だ。きっと生きて帰ってくる。その時にはまた鍛錬してもらうのもいいかもしれない。

 

 

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