「――あぁ……まだ眠いな」
目を擦りながら頭を振って、少しでも睡魔を飛ばしつつ布団から這い出る。
時刻は既に昼過ぎのようだった。
鬼が活発に行動するのは基本的に夜間。
どうあがいても昼夜が逆転してしまうことは多々ある。
任務をやっている最中は緊張感や高揚感で眠くなることは無いが。
朝方帰ってくるとその緊張も抜けて一気に疲れが来る。
屋敷に入ってから意識が飛んで気づいたら寝ていた、なんてこともしょっちゅうだ。
その日もそうだった。
玄関に入った記憶はあるが、其処からは朧気。
顔を洗って意識をハッキリとさせ、今日の予定を再確認。
まあ、任務が無ければ鍛錬か甘味処に行くくらいしか予定もないけれど。
「……ん? 何の音だ」
無駄に広い廊下を歩いていた時、僅かに音が耳に届く。
とんとんとんと小刻みに聞こえる音を頼りに発生源を辿れば、それは台所からしているようだった。
台所を覗き込めば、可愛らしい美少女がご飯を作っていました。
真菰ちゃんでした。
え、なにそれ怖い。
俺一人暮らしだよね、此処俺の屋敷だよね?
「――あ、泡沫さん。もう少しでお昼ご飯、出来ますよ」
こちらを振り返りながら微笑む、割烹着を着た真菰ちゃん。
天使かな?
はい可愛い。可愛いの前では全てが些事ですね。もはや抱きしめて屋敷中を走り回りたい。
世の男全てに自慢して回りたいまである。
俺の妹弟子がこんなに可愛いんだぞ、と。
美少女を眺めるのが俺にとって最上級の娯楽なのでは?
どんなに怪我負ったり疲れててもこの笑顔見れば死んでない限り働けるわ。
「……そんなに見つめて、どうしたんですか?」
しまった。見つめすぎて不審がられてしまった。
何でもない、と言って俺は居間へと戻る。
そして座った時に気が付いた。
いや、可愛いから騙されたけど可笑しいじゃん。
俺が不審がる側ですよね。ここ俺の家だもん。不法侵入者よ?
可愛いからって許される事でも限度ってものがあるからね?
俺は騙されんぞ。ハッキリと言ってやらんといかんぞこれは。
「お待たせしました」
そう言ってお盆を持って現れた真菰ちゃん。
はい可愛い。もはや隊士を引退して真菰ちゃんと結婚を前提にお付き合いするのも有りなのでは?
お盆の上には白米と味噌汁、焼き魚と定番な物が並んでいた。
あれだね、朝ご飯的なメニューだねこれは。
頂きます、と両手を合わせてからご飯に手をつける。
……うまぁい! 美少女が作ったご飯というだけでも美味しいのにマジで美味しいわコレ。
こんな美味しいの食べるの久しぶりかもしれない。
半分ほど喰った所で正気に戻った俺は真菰ちゃんを問い詰めた。
「……なんで俺の屋敷にいるんだ?」
「……え?」
俺の問いに、ニコニコと食べる様を見ていた真菰ちゃんはキョトンと首を傾げた。
可愛い。もうどうでも――良くない。あぶないあぶない。流石にもう同じ過ちは踏まないからね。
「数日前に、ほかの人と一緒に此処に住む許可を……」
「……俺が、出した?」
コクリと頷く真菰ちゃん。
少なくとも嘘は吐いてる気配は感じない。
これはあれかな、もしかして俺が帰って来てほぼ意識が無かった時かな。
ああ辞めて、そんなションボリした顔しないで、罪悪感が凄いから。
「……ごめん、起きたばっかだったからちょっと記憶が微妙だった。確かにそんなことを言った気もする」
言われてみれば何か誰か屋敷に訪れてた気がしなくもない。
でもグッジョブ。これなら不法侵入じゃないからセーフですわ。
真菰ちゃんの手料理も頂けたし寝ぼけてた俺ナイスだわ。
「泡沫さんは、普段どんな過ごし方をしてるんですか?」
「俺? 俺は日中は鍛錬して夜は任務って感じかな。時折甘味処に行ったりもするけど……真菰ちゃんは?」
「私は……この後錆兎と義勇の二人に鍛錬を付けてもらおうと――」
は? もう呼び捨てする仲なの? おいおいおいおい、どーいうこったよ。
これは俺ぶち切れ案件よ? 手ェ出してんじゃねえぞあの二人。
これはちょっと俺も鍛錬に混ぜてもらわなければいけませんねコレは。
「その鍛錬、俺も参加させてもらっても良いか?」
「え、泡沫さんもですか?」
「呼吸については詳しくは教えられないけど、立ち回りとかだったらまだ教えられるだろうし」
「是非! あの二人もきっと喜ぶと思いますし……」
ほう、あの二人も喜ぶとなァ?
その端正な顔面をぶん殴ってやるからな錆兎義勇。
覚悟しておけよ。
「――どうしたどうしたァ!? 俺如きにそんなンじゃ下弦だって討ち取れないぞ!」
鋭い打撃音が鍛錬所に響き渡る。
泡沫を前に、義勇と錆兎は地面に倒れ伏していた。
「くっ……!」
ジンジンと痛む脇腹を抑えながら、それでも木刀を構えて錆兎は立ち上がる。
それに連動するように義勇も立ち上がって泡沫を睨みつけた。
「……行くぞ、義勇」
「……ああ」
二人の連携を前にしても、泡沫は一歩も引かなかった。
それどころか攻撃の合間に反撃し、悪い箇所を指摘してくる余裕すらある。
「何処を攻撃するか、敵が何処を狙っているか、それらを瞬時に判断しろ。
じゃないと――ほら、判断が遅れたな?」
泡沫に攻撃を仕掛けていた筈なのに、気が付くと義勇は空を見上げていた。
遅れて顎に鋭い衝撃が走り、意識が飛びそうになる。
チラリと視界の端に映る泡沫を見れば、木刀を振り上げた姿が僅かに見えた。
攻撃が躱され、木刀の振り上げを顎に当てられたのだろう。
それは分かったが、動きが何一つ見えなかった。
「もう終わりか!? だらしないな!」
泡沫の挑発する台詞に、消えそうな意識を歯を食いしばって耐え、辛うじて受け身を取って地面を転がる。
乱れた呼吸を必死に整えている今も、錆兎はたった一人で泡沫に喰らいついていた。
三人の鍛錬……というより戦闘を見ていた真菰は、最早何も言えずに見る事しか出来なかった。
少なくとも今の真菰ではついていけない次元の戦いであることは真菰でも理解できた。
だが、いずれはあの高みへと到達する為にも真菰は三人の戦いをジッと見続ける。
気づけば真菰以外にも大勢の隊士が三人の戦いを眺めていた。
真菰と同じように驚いている隊士も多い事から、あの三人は隊士の中でもやはり上位に位置する実力者なのだろう。
「……泡沫って戊じゃなかったか?」
「少なくとも甲じゃなかったはずだけど……あの二人相手にあそこまでやれんのかよ」
三人の戦いは、他の隊士の闘志に容易く火を付けていた。
あの戦いから見て学べることは非常に多い。
「……私も、頑張らないと」
それから数分後、漸く泡沫に一撃を加えたことで鍛錬は終わりを迎えた。
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