アーニーに関する別視点のようななにがしです。
(番外編なので読み飛ばしてもとくに問題は)ないです。
箒のスピードをぐんとあげる。クィディッチは好きだ。飛んでいる間、私はとても自由になる。何も縛りつけるものはない。ただ青空と私がある。杖を振って呪文を覚えてなんて、面倒くさい。魔法といえば、やっぱり楽しくなくちゃだめだろう。
(そうよ、楽しくなくちゃ。私もトミーも…もう自由になったはずなんだから)
何も考えられなくなるくらい速く飛ぼう。私のこの苛立ちを振り切れるくらいに速く。そしてトミーの手を取って、空まで連れて行ってあげよう。ここはこんなに自由なんだって、わたしの弟に教えてあげよう。
金色の羽の生えた小さな球体、スニッチが視界の端に入る。腕の先から体の中心まで一つになって、それに向かってつき進む。
捕まえるんだ、追いかけて手を伸ばして、掴むんだ。
もっと速く。もっと前へ。
なぜ逃げるかはわからない。
なんのために追うのかもわからない。
でも――そうしたいと私は思うから。
1 変化
「ドリーってほんとにムカつく! なんなのよ、人の弟を!」
私は友人達にこぼす。思い返されるのは魔法薬学の合同授業だ。わし鼻の陰気くさい教師。いけすかないスリザリンども。わかりきったイヤな感じ。予想どうりのスリザリン贔屓。ただでさえイライラする場所だったのに、ドリー・マルフォイのせいで最悪だ。
ドリーはイヤな奴だ。血だの家だの一方的な理屈で偉ぶって、他人にもそれを押しつけて支配する。悪口、嫌味、多分陰湿ないやがらせもやるだろう。まるでダーズリーの叔母みたい。
でもそれ以上にムカつくのが、無知な人の弟をたぶらかして横取りしようとしていること。
それだけでも許せないのに、ベタベタひっついてトミーに触る。これがいちばん許せない!
(気に入らない! 純血だとか、家柄がどうだとか…そんなことで人を見下して傷つけて! あんないけすかない女トミーが気に入るもんか!)
なんて私の内心も知らないで、トミーはデレデレと鼻の下を伸ばしながらしっぽを振る。
笑顔で相槌をうち、話をあわせてごきげんとり。頼って褒めて持ち上げて…まるで取り巻きだ。
これも私を苛立たせる。
トミーがわざとらしくドリーを褒める。
ドリーが得意げになって小馬鹿にする。
トミーはそれにすら冗談とお礼を返して、また頼る!
(トミーはそんなことしないのに。…あと私にはそんな風に頼ったことないのに!)
…というのは置いておいて。
純血主義なんてトミーは大嫌いだ。生まれで差別をされるなんて思想は絶対に嫌いだ。親がいないというだけで苦しめられたんだ。そんなものを讃えるなんて死んでもごめんだ。それでもトミーは笑顔で賛同する。
なにかされてしまったんだろうかと…不安になる。
いまのトミーを見ていると胸がざわざわする。
例えば、弾き慣れたピアノの鍵盤を叩いたら全く違った音が出たときのような疑問。
ぶっ壊れてしまったのではないかと胸をざわめかせる不安。
修理しようにも手出しすら出来ず、やり方もわからないイラだち。
(…怖い。トミーが別人になっていくみたいで)
私の知っているトミーが、嘘で塗りつぶされていく。
やりたいこと、言いたいこと、感じたことを全部抑えつけてる。
何かを内側にため込んで気持ちをもてあそんでる。イヤだと言うのをこらえている。
それが嘘だというのは、いまはまだわかっている。
でも嘘をつき続けた狼少年がだれにも信じられなくなったように、いつか私はトミーのことを信じられなくなってしまうかも知れない。それが…私はイヤだ。
(あのダーズリー家からぬけだせたのに…その結果がこれなの?)
ここなら私たちは幸せになれるはずだ。
暴力もなく、罵声もなく、辱めもない。
食事に困らず、寝床に困らず、追い出されることもない。
私たちを受け入れてくれる人々がいる。
朝起きて、顔を洗って、友達にあって、授業を受けて、みんなで遊んで、家に帰る。
何からも脅かされることもない。
それが私たちが11年間望み続けてきた平穏。
幸福の屋根の下。
私はすっかり安心しきり、幸せだと言って眠れた。
(でもかわりにトミーがどんどん変わっていってしまう…)
私はとても不可解で、不愉快で、イヤな気持ちになる。
トミーにはなにか考えがあるのかも知れない。
それでいいと納得しているのかも知れない。
でも私はそんな辛そうなトミーを見ていたくない。
(心配でどうにかなっちゃいそう。組み分けのときトミーはなにかを諦めてる顔をしてたし…なにかあるんだ、きっと。…って、なんで私がこんな思いをしなくちゃいけないのよ、もう!)
うだうだ考えるのもういやだ。
もうダーズリー家の連中に怯えなくてもいい。
私たちはもう自由になったはずなんだから。
私はもう自分の心を抑えつけたくないし、トミーにも幸せになって欲しい!
それで十分なんだ、きっと。
(じゃあ…まずは私の心に従わなきゃ!)
あのボロッちい帽子はなんとしても破く!
トミーに嫌なことを押しつけてるであろうスリザリンの連中は引き剥がす!
トミーが辛そうにしているから原因を探って取り除く!
トミーをグリフィンドールに組替えさせる!
まずは手始めに人の弟にべたべたとひっつくドリーを引き剥がそう。トミーとあんな奴が仲良くしてるなんて普通にイヤ! あとトミーがデレデレするのを見てるの、なんかイヤ!
「人の弟にベタベタ触るのやめてくれない? 見ててムカつくんだよね、スリザリンの嘘つき女」
昔のトミーみたいに、ドリーに向かってつっかかる。
トミーが驚いて私をみる。ずっとこうしてみたかった。今、ちょっとワクワクしてる。
ドリーが私を睨み付ける。イヤな奴で、トミーが嘘をつかなきゃいけない相手に遠慮してやる必要なんてどこにもない!
魔法の世界に来てまで、私はがまんなんてしていたくない!
「私の弟、返しなさい!」
そして私はホグワーツで初めての喧嘩をすることになった。
今日を私の喧嘩とイタズラの日々のはじまりにしよう、今までのぶんを取り返すみたいに。
……まあ、その結果としてトミーが診療所送りになったけど。
ご、ごめんねトミー。だって、ドリーがこれみよがしに挑発するから!
あーもう、なんか私が悪いみたいじゃない!
「ドリーってほんとに、ムカつくーっ!!」
2 ハロウィンの裏側
「ねえアーニー! トミーが告白したってホント!?」
「あのマルフォイの犬がか? ウソだろ」
「アーニー、なんか知らないか? いちおうお前の弟だろ?」
私はぷりぷりと怒りながら、野次馬どもにいいかえす。
「いちおうじゃないし犬でもない! 私の弟! わ・た・し・の・お・と・う・と! ちょっと放っておいてよ! 考えごとしてるんだから!」
みんなはそんな私を見て楽しそうに笑う。あーもう、ムカつく!
あれからすっかり時がたち…ハロウィンになるころには、トミーの評価はドリー・マルフォイの飼い犬になってしまった。私の心配は実現しつつある。トミーがどんどん嘘に覆い隠されていってしまう。
でも、今回の噂はどうなんだろう。ドリーが喜ぶ類いの話じゃないし…そもそもハーマイオニーとトミーはどういう関係なの? 告白したって本当に? 一言くらいお姉ちゃんに相談してくれても…。
(というか…いろいろ言いたいことはあるけれど、それ以前に!)
大広間に入ってきたトミーが、瞬く間にドリーにしつけられ始めている。
トミーとドリーがどういう関係なのか、私にはもうわからない。
もはやただの学友とか取り巻きとかそういう域を超えている気がする。
なに? しつけとか言い出すのが魔法界のスタンダートスタイルなの? 冗談でしょ…。
(まさか本気で人の弟を自分の犬にでもする気? どこまで人をバカにすれば気がすむのよあの女! トミーほんとに弱みでも握られて…あーもう、見てられないっ!)
がまんができなくなって、なんだかアダルティな雰囲気を醸し出しつつある二人にずかずかとつめよる。
そしてドリーの手をトミーの頭からひっぺがし、私はトミーの顔を無理やり私に向けた。
トミーはキョトンとしたまま見つめ返してきた。
(…どこまで汚されてしまったのだろう、私の弟は。やっぱり手段を問わずにドリーから引き剥がそうかな…間違いなく弟に悪影響だから…)
思わず手に力がはいる。
私が目を離したから…組み分けに異議を唱えなかったから…側にいてあげられなかったから…いろいろな思いがかけめぐる。私はなんだかつらくてたまらなくなってしまった。
「トミーはずっと私の弟だよ」
ゆっくりと唇がまぶたに近づいていく。
そして舌先が目に触れた。ちょっとしょっぱい。
トミーはまるで抵抗せずに、されるがままで受け入れた。
…なんかドキドキする。ついやっちゃったけど、絶対これいけないことだ。
(なにしてんのよ私! 何すんなり受け入れてんのよトミー! 変なことしちゃったじゃない…というかなんで拒まないのよ! こういうアブノーマルなのお姉ちゃんどうかと思う…!)
心の叫びと謎の背徳感に赤くなる顔を隠しながら、トミーをひっつかんでグリフィンドールのテーブルまで引きずっていく。もはやスリザリンにトミーを置いてはおけない。ついでに私の恥ずかしさも隠さなければならない。
私はとりあえずトミーを膝にのせて抱きしめてみる。
私の方がまだ背が高い。いずれは抜かれるのかも知れないけど…ちょっと優越感。
(なんだろう、このフィット感。こういうのが…というのは行き過ぎだけど、心配とかしないでトミーと一緒の寮で普通にホグワーツで過ごせてたら…やはりあの帽子はいつか燃やそう)
「組み分け帽子が間違えたのよ、まったく…」
トミーの口にフォークを近づけてみると、素直に口を開いてどんどん食べる。
なんだかひな鳥にエサを与えているみたい。…やっぱりこれはこれでありかも。
しかしドリーが怒りながらやってきたことと、クィレルがトロールが逃げただなんだと叫んだことで、私のかりそめの幸せは消えていった。もうすこし甘やかしたかったのに…。
叫んで気絶したクィレルいわく…トロールが逃げて校内を徘徊しているらしい。
それを聞いたトミーはハーマイオニーの居場所を近くの女子に尋ねると、勢いよく立ち上がった。
私はすかさず腕を掴む。ものすごくイヤな予感がする
「どこいくのトミー。危ないから寮に帰らなきゃ。今日はお姉ちゃんと一緒の部屋で寝よっか」
振りほどくのを諦めたのか、トミーはしどろもどろに説明をした。要約してみよう。
“ちょっとハーマイオニーが心配だからトロールが徘徊する校内を探しに行ってくるね!”
…いや行かせる訳ないでしょ、思わず目から光消えたわよ!
なんで自分から危険につっこもうとしてんのようちの弟バカじゃないの!?
「勝手なことをしないでもらえる? アーニー・ポッター…。私の飼い犬よ、それは」
私が必死に腕をつかんで引き止めていると、ドリーがいけしゃあしゃあと所有物発言をしながらやってくる。今はそれどころじゃない! しかも、さらっと人の弟を犬扱いするなムカつく!
「犬じゃない! トミーは私の弟だって言ってんでしょうが! あっち行ってなさい変態女!」
「なっ…誰が! それをいうなら貴方でしょう! 実の姉のくせにあんなことをするなんて、何を考えているのかわかったものじゃない!」
「あれはあんたたちが変なことしてたから…あーもうっ! 今それどころじゃないのよ!」
そしてギャアギャアと口論が始まる。
ああ…こんなはずではなかったのに、いろいろと…。
(もう文句言う奴を全員たたきのめしてトミーをグリフィンドールに入れてしまおうかな…。後のことはそれから考えればいいや…)
などと私が諦めの境地に入っていた時だった。
トミーが、吠えた。
"いい加減にやめてくれ! どうか行かせてくれよ! ハーミーにもう二度と会えなくなるかも知れないんだ!"
そしてトミーは私たちの手を振りほどいてかけだした。
告白じみた叫びにざわめく大広間。騒ぎを収めようとする監督生。
呆然とするドリーを横目に、私は焦りながらトミーを追いかけ始める。
(――トミーのバカ! 自分が死んじゃうかも知れないって考えないの!? なんで自分から首突っ込むのよ! 本当に命をかけるほどハーマイオニーが好きなの? それとも…トミーが隠しているなにかに関係があるの!? とにかく追わなきゃ!)
私は必死になってトミーを追いかけた。
しかし…トミーの足取りは速く迷いなく、あっというまに振り切られてしまった。
思わず舌打ちがこぼれる。
(がむしゃらに走り回る? ひとりになれる場所にヤマ勘をつける? でもトミーはハーマイオニーがどこにいるのか確信してる。どうやって? あーもうわかんない! ムカつく!)
イラだって髪をかき上げしゃがみ込んだときだった。
遠くで行われている口論を耳がひろった。
静かに近づいてみると、二人の男が剣呑な雰囲気でにらみ合っていた。
(スネイプと…クィレル? なんでこんなところで…)
トミーとトロールの対決に駆けつけることは出来なかったけど…かわりにホグワーツに隠された別の秘密を私は知ることになった。
3
“ごめんね”
トミーが私にそう告げたとき、疑惑が確信に変わった。
トミーはやっぱりなにかを隠している。私たちに関わる重要なことを、ひとりで背負い込もうとしている。昔みたいに私を庇って、なにかに立ち向かおうとしている。
私はそれがつらくて、かなしい。
(トミーはいつも私を頼ってくれないね。私からイヤなものを取り上げて、ふたりぶんも怒ろうとする。そのせいで自分がどうなるのかも構わずに…私がどう思うのかも構わずに)
自分が傷つくよりも私が傷ついた方が痛いから、トミーはいつも私を庇う。
臆病でわがままで優しい弟は、昔から何も変わってない。
自分がイヤなものを引き受けて、私だけを幸せに送り出そうとする。
(でもトミー、私はもうイヤになってきちゃったの。トミーが傷つくのも、それをがまんするのも…)
ダーズリー家から抜け出したことで、ホグワーツに来たことで、私もトミーも幸せになれるんだと私は思っていた。そうして期待したぶんだけ裏切られる。高くのぼったぶんだけ落ちていく。そんな悪寒がずっとつきまとってはなれない。
私にとっての幸福の屋根は、トミーにとって何なんだろう。
もしきっと…これ以上なにかあったなら。私はもうがまんできない。
トミーの嘘を、隠し事を、そのままにしてあげられない。
私はもう庇われたままでいられない。
(信じさせて。大丈夫だと私に言うのなら、心配しなくてもいいんだって思わせて)
雪がちらちらと降ってくる。まるで私たちを覆い隠すように。
雪は嫌いだ。寒くて、綺麗で…大事なものが埋まってしまいそうになるから。
0
クリスマスは素敵な日だなんて誰が言い出したんだろう。
ことのきっかけは私がいとこ用のケーキをつまみ食いしたといういいがかりだった。
豚のように食いしん坊ないとこの頬には証拠がまだくっついていて、あまりにもわかりやすすぎて。私はやってないと認めなかった。
そして繰り広げられる麗しい家族愛。叔父が腕をまくって私を怒鳴りつけ、叔母が心底大事そうにいとこを庇い、元凶のいとこが私を見てほくそ笑む。
それを私は拳を握りしめてにらみつける。
どうしようもなくイライラして、自分の中の怒りを扱いきれなくて。視界の端でケーキナイフが浮いた。なら、どうすればいいか――
“――メリークリスマス、たっぷり召し上がれ!”
だから弟は、トミーはケーキをいとこの顔にたたきつけた。
そして私たちは怒れる叔父に家を文字どおり叩きだされ、雪の降りしきるプリベット通りを歩く羽目になった。凍えるくらいに寒くて、私たちは身をよせあいながら歩いた。
“ごめんアーニャ。ついやっちゃった”
トミーは私に謝ってくる。返事代わりに頭を小突く。トミーのせいだけど、私のせい。私たちはいつもそうだ。やるせない。
ふと、よその家を見てみれば楽しいパーティーの真っ最中。
暖かい屋根の下、飾り付けられた部屋の中で子供がはしゃぐ。親たちはそれをみて嬉しそうに笑う。
悔しくて、悲しくて、言葉をこぼした。
「きっと、もう愛してくれる人なんていないのかもね。パパもママも…死んじゃったし」
“いるよ…どこかに。愛されて生まれてきたよ。愛されたから生きている。どこかに、きっと…僕らを愛してくれる人…僕らを守ってくれる人”
自分に言い聞かせるように、トミーはつぶやいた。
その様子はとても小さく見えて、私は怖くなった。
そっと手を握って、歩き続ける。
私たちは空き家を見つけて玄関先にしゃがみ込んだ。
しばらくふたりで灰色の空を見上げた。雪は憎たらしいくらい綺麗で、冷たくて。
雪を止めてくれるように神様に祈ったのだけれど、空は変わらずに雪を降らせ続けた。
私はトミーを抱きしめる。
少しでも暖かくなるように。震えなくてすむように。
トミーは私に庇われることをすこし嫌がったけれど…どこか安心したように私に身をゆだねた。
「ねえトミー。庇わなくていいんだよ。怖がりなこと、知ってる。イヤなこと、知ってる。無理しなくていいよ。トミーが傷つくの、つらいよ」
弟はなにも返さない。
弱々しく私の手を握り、涙ぐんでがまんしている。
「私に変な力があるのは知ってる。トミーが何を怖がっているのかも、たぶん。でも…それでも私はトミーが傷つくのがいやだよ。だって、私はトミーのお姉ちゃんで…トミーのことが大好きだから。弟を守るのは姉の役目でしょ、ちがう?」
“ちがう…”
「ちがわない。そりゃあ、ダーズリーのことは怖いし…殴られるなんてイヤだけど…でも、トミーを守るためなら私はきっとできるよ。この力だって、いつか使いこなせるようになってみせる。そしたらトミーのこと守ってあげられるよ。だから、お姉ちゃんに任せていいんだよ」
“…やだ”
「聞き分けのない弟はお姉ちゃん嫌いになっちゃうかもよ」
“…それもやだ”
トミーのちいさな背中をなでながらため息をこぼす。
私がどれだけ幸せを願っているのか、わがままな弟はわかってくれない。姉の心、弟知らずだ。
トミーがぽつりとつぶやいた。
“アーニャのことを守ってあげられないのがいやだ”
「じゅうぶん守ってくれてるよ」
目を真っ赤にして鼻をすすりながら、トミーは首を横に振った。
“ぜんぶ僕がなんとかしてあげたいんだ。アーニャにイヤなことがあるのが許せないんだ。だって…なんでこんな目にあわなくちゃいけないかわからない。普通の奴らに石を投げられて、親なしだっていじめられて、誰も庇ってくれなくて…僕らが彼らに何をしたっていうんだ? なんでアーニャが傷つかなくちゃいけないのか、僕にはわからないんだ。納得…できないんだ”
「納得って…しかたないじゃない。現にそうなってるんだから」
“…じゃあしかたないって言葉、僕きらいだ”
「苦労するわよそれ…」
トミーの怒っていることは、なんとなくわかる。
でも…なんとなくだ。
だって私たちは生まれたときからそんなふうだった。
他の場所なんて知らないからわからない。
「そりゃあ…私だってこんな場所いやだよ」
私はゆっくりと語り出す。ぐずる赤子をあやすように。
赤ん坊のころに両親が死んじゃって…叔父叔母の家に引き取られて。
ずっと階段下の物置に一緒につめこまれてる。
誰かが上を通るたびに埃が落ちてくる。
モーニングコールは階段上のタップダンス。
埃まみれの目覚めは最悪。
まるまる太った豚みたいに大きい叔父のダーズリー。いつも私たちを怒鳴りつけて、気に入らないことがあったらぶったりもする。マトモな教育に熱心で、イヤなことをいつも押しつけてばかり。反抗したらすぐに力尽くで罰がやってくる。一日じゅうクローゼットの中に閉じ込められたこともあった。ふたりでえんえん泣いたっけ。
細くてガリガリのコウモリみたいな叔母のペチュニア。私をなぜか目の敵にしてくる。悪口、影口、人格否定なんて当たり前の悪い口を標準装備。あれやれこれやれと注文をつけて小間使いをやらせては、どれだけがんばっても文句ばかり。やらなかったら叔父に言いつけると脅してくる。超がつくほど大っ嫌い。
叔父によく似た小太りの豚いとこのダドリーなんてもう最悪。甘やかされすぎた反動で、なんでもかんでも好き放題。叔父をかさにしていつも私たちを痛めつける。いきなりぶったり、髪を引っ張ったり、私たちのものを盗んだり。やめてといっても楽しそうに嗤うだけ。遊びはんぶんに私たちを傷つけて、心の底から楽しそうに嗤うだけ。
プリベット通りの人たちは誰も私たちを助けてくれない。私たちが親なしだから。こどもが何を訴えたって、叔父叔母がぴしゃりと言ってしまえばそれでお終い。複雑な家庭のじじょーってやつだ。私たちのために、わざわざ首突っ込んで来る人なんていやしない。
「並べてみたら、確かにいやなことばっか。いや、ひどい場所ね」
“…だからいやなんだ”
「でも、しかたがないこと。なんでも思い通りにはならないし、どこかには私たちよりもつらい人がいる。世界は広いって学校で習ったでしょ?」
"たぶんそういう意味じゃないよ、その言葉"
「いいの。 それでも、私は恵まれてるほうだから。だってそばにトミーがいてくれる。しかたのないの中にすこしだけ救いがある」
だから私は平気なんだって、トミーをぎゅっと抱きしめてあげる。
「臆病で優しくてわがままな弟がいるから大丈夫だよ。親がいなくたって、イヤなことばっかりだって…トミーが一緒にいてくれたら、お姉ちゃんは平気だから。ね?」
“僕が守れなきゃやだ…”
「甘えん坊。わがまま。自分勝手」
“弟だからいいんだい”
「開き直んじゃないわよ…」
そして私たちは笑いあった。
雪は変わらず降っていて、身体は冷たいままだったけど…心はすこしだけ暖かかった。
トミーは私の目をしばらく見つめて、言った。
“やっぱり僕、アーニャがしかたないっていうの…いやだ”
「私だってトミーが傷つくなんていやにきまってるじゃない。お互いさまよ」
“それでも僕はいやなんだ。知ってるのにがまんなんて……僕にはできないよ”
「あーもう…泣かないでったら…」
“泣いてない…”
「はいはい」
笑いながら私はトミーのほほの涙をぬぐった。
トミーはわかってないね。
私がどれだけ弟の幸せを願っているのか。
トミーが幸せじゃないなら、私が幸せなわけがないのに。
トミーはきっとわからない。
雪はいつになってもやまない。いつになっても…。
寒くて、でも綺麗で。だから雪は嫌いだ。
でもトミーくんお姉ちゃんのこと大好きってそれマジ?
マジです。