時の流れが早すぎるってはっきりわかんだね…なきそ。
お勤めぇ! ご苦労様です!!
…いやだれがムショ勤めじゃい!!
いや確かに長く過酷な診療所生活だったけどもさぁ! きつかったけどさぁ!!
ベットの上は退屈だし!
アーニやドリーのこと気になるのに動けないからもどかしいし!
飲まされる薬は苦すぎるし! マズ苦すぎるし!! まずくて苦すぎるしさぁ!!
とにかく飲まされる薬がもう苦くて苦くて苦すぎるしさぁ!! 飲みたくないって言ってもマダム・ポンフリーが許してくれないし! 患者が治るなら他どうなってもいいと思ってないかあの人? このっ…医療従事者の鑑がよぉ…! 本当にありがとうございました!!!
祝! 病人卒業!
いろいろあったけどハーミーのおまじないで元気になったからなぁ!
僕はもう切り替えていく!
というわけで、めでたく診療所から脱出した僕が真っ先にやったこと。それはもちろん、ドリーに会いに行くことである。いやさぁ…僕があの後興奮しすぎたせいで体調悪化なんてさせたからさぁ…あの後ずっと面会謝絶だったんすわ。だからさ…ドリー成分がよ…足りてねんだわ!
というのは半分冗談で、試合投げ出してでも命救ってくれた僕の女神様に五体投地でお礼を言う以上に大切なことがあるだろうか? いや、ない(迫真)。
神様相手にするときはお礼超大事ってそれ一番言われてるから。しかしうーんどうしよう、恩が重なりすぎて返済完了の見込みがたたないんだよなぁ…。
僕の拝み倒しお礼ムーブを苦笑いで受け入れてくれたドリーはやっぱり女神。ありがとう僕の飼い主様…いっぱいしゅき…ところで僕のせいで試合負けちゃったけど周りからなんかされたりしてない? もしそんなことしてくる奴がいたら物理的に立てなくして君の前に引きずってくるけど…あ、大丈夫だったの? ほんとに? 嬉しいけどちょっとなんか…意外なんだけど??
あるぅぇー…? なんか、平和…平和じゃない? あんなにグリフィンドールとスリザリンでピリピリしてたのにさぁ。僕とドリーが試合の責任問われてスリザリンからぼこぼこにされたり、グリフィンドールのイキりが有頂天に達してスリザリン生徒たちが爆発するとか…そんな最悪の想定をしていたのだけれど、なんかこう、平和じゃないか? いったいどうしたんだホグワーツ。あの頃のお前はもっと邪悪に輝いていたぞ!
僕が不思議そうに考え込んでいると、ドリーが説明してくれた。なんと、アーニーが僕の所有権の請求を取り下げたのである!! それマジ!? しかも他寮の生徒たちも、ドリーについてとやかく言うどころかそっとしているらしいのだ! それママママジ!?!? おいおいどういうことなんだよ…説明されたのに困惑が止まらないんだけど加速してるんだけど…。
「トミーが箒から落ちた時、私は勝利を捨ててあなたを助けたでしょう? 思うところがあったみたいよ。あれだけ好き勝手に言っておいてね。頭が痛いったらないわ。…私はシーカーとしての役目を放棄したというのに、勝利を手放したというのに、スリザリンの皆が責めてこないのは意外だったけれど」
どこか遠くを眺めながら、ドリーはつぶやく。
“…ごめんね、僕のせいで”
「必要もなく謝るのはやめなさい。それよりも…」
ドリーは何かを言いかけて、やめた。
それから深くため息をついて、手をひらひらさせて追い払う仕草をした。
僕がきょとんとしていると、僕の飼い主様はそっぽ向いたまま言い放ったのだ!
「しばらくどこかに行ってきなさい。考え事がしたいのよ、一人でね」
僕はピシりと固まって、頭のなかでもう一度言葉を再生した。しばらくどこかに行ってきなさい。シバラクドコカニイッテキナサイ。シバラクドコカニイッテキナサイ。何語だ…? 魔法界特有のスラングか? あ、あ。
がんばって他の意味をひねり出そうとしたのだけれど、残念なことに他の結論は出なかった。
つまり、ドリーは僕がいるとじゃまなのである。
僕は目の前がまっくらになった…。
口の端から血を流しながら一人校内をさまよう哀れな負け犬、それは誰でしょう?
――そう、僕だよ。
あの見栄っ張りで寂しがりで四六時中そばにいて欲しがるドリーからお暇をだされたはいいものの行く当てもなく、ただ放心状態でぶらぶらとするしかない敗北者…うるせーっ! やめやめろ…! まだ勝負ついてないから…! おい何見てんだよ道行く生徒ども。嗤えよ…いつもみたいに嗤ってみろよホラ。いつも噂やら陰口やらいってんだろホラ。
そうだよぼっちだよ嗤ってみろよホラァ!!
―――今、僕を嗤ったか…?(二重人格)
うっぐぅぅぉぉぉ…ああああ…く、崩れ落ちそうだ…膝を折ったが最後、二度と立てなくなるタイプの奴だ…。あわわ、慌てるな…まだ慌てるような時間じゃない! 愛想つかされたとかじゃないから! 違うから!ちがうよね…? もしかしなくても迷惑しかかけてないとか、お荷物ぅ…だとか…そろそろ飽きられてるとか…ダメだ、動悸がしてきた。おっかしいな~身体は苦いお薬で治したはずなんだけどなぁ!! だめだ立てない。僕はここに倒れ伏して餓死するんだ…。
まあどれだけ内心で発狂してても結局はドリーの命令通りにひとりさんぽするしかないんですけどね。
はあああああさみしい。ほんっとさみしい。さみしい通り越してもはや虚しい。カップ焼きそばを湯切り時にぶちまける行為の10倍は虚しい。あんまりだ…ドリーにひっついてたい…30秒に一回は名前呼びたい。ごめんそれはさすがに嘘。けどまあ、こんだけ頭の中いっぱいにされちゃあ、たまったもんじゃないや…。
そうして廊下をぶらぶらしていたら、中庭にたどり着いた。ちょうど時間はお昼休みになったところ。どいつもこいつも腹すかせて食堂へまっしぐらだ。ちょうどいいや、少し休んでいこう…。
大きな樹に背中を預けて、能天気に雑談しながら歩く生徒たちをながめてみる。僕があれくらいのころって何考えて生きてたっけなー…だめだわっかんない。覚えてないや。なんか楽しそうでうらやましいな。見たくないから目ぇ閉じよ…。てか今日いい天気じゃない? 最近あったかくなってきたな…もうちょっとで春が来るんだもんな、そりゃそうか。あー…世界で一番無駄な時間の使い方してる気がする。やらなきゃならないこといっぱいあるんだけどなー…はぁ…つかれたん。
なんて、意味もなく先のことを考えては無表情の下で百面相。それすらに疲れてうとうとと。
「あ」
間の抜けた声に目を開けてみれば、アーニーが僕のほうに近づいてきていた。友達と食堂に行くところだったんだろうけど、別れてきたみたい。僕が起きてしまったのが残念そう。イタズラでもするつもりだったのかな。
アーニーは少し逡巡して、それから僕の隣に座った。
「ドリーは?」
“一人になりたいんだって。だから僕も一人”
「…ほかに友達いないの?」
“いないよ。…そんな顔することなくない?”
「もうちょっと人づきあい覚えないとあの鷲鼻ワカメみたいになるわよ」
あそこまでこじれたくはないと、僕は笑う。
そんなに悪い人じゃないんだけどね言ったところで、面倒な性格をしてるのは事実だし無駄なことか。うーん、やめとこやめとこ。身から出た錆ってことにしとこ。
ご飯食べに行かなくていいのって聞いたら、アーニーはポケットからキャンディを取り出した。ダイアゴン横丁で一緒になめたあのキャンディだ。懐かしいなぁ。今度は僕が渡される番。
僕がそれを受け取ると、アーニーは少しだけ笑った。
“どこから仕入れたの?”
「上級生とのコネってやつでね。ほら、これが人づきあいパワーよ」
“なるほど…そりゃ、大事だね”
ふたりで飴をなめながら、ぼうっと空を眺める。静かで心地のいい時間。何年ぶりだろうな、こんな風に何も考えないでいるの。
「…ドリーのことだけどさ」
アーニーがひとりごとみたいに話し出す。
「あいつ、いやな奴だけど。ほんとうに最低な性格してるいやーな奴だけど。トミーの味方をしようとしてるのは、まあ…認める。誤解してた。一部についてはだけど」
“…ほらね。だから言ったでしょ、お姉ちゃん”
「あのねぇ! 言っとくけど、今までのことは謝らないからね!」
僕がからかうと、怒りんぼのアーニャはぷりぷりしてる。
「あいつがほんっっっとにムカつくやつなのは変わりないの!
なのに勝負ははっきりしないで私の勝ちってことになるし! 弟の命の恩人になっちゃったし!
トミーがすやすや診療所で寝ている間にね、私はあいつに頭下げて謝ったのよ! そしたら、あいつっ…お礼を言えって! “私の弟を助けてくれてありがとうございました本当に感謝しています、でしょう?”だなんて! あーもう! 思い出させないでくれない!? どうにかなりそう!」
“ドリーらしいなあ。…それでお礼は言ったの?”
「言ったわよ!!」
(わぁー大変そうだなぁ)
「顔に出てるっつの!」
ぺしんと僕の頭を叩いて、アーニーは不満そうに姿勢を崩した。僕はうれしくて笑ってしまう。
“これからは二人とも仲良くしてくれるってことでいいんだよね?”
「トミー。お姉ちゃんはね、例え魔法が世にあったとしても、起こりえないことはあると思う。これがその最たる例よ」
あぁ、そんなことを言わないでおくれよ、いとしいアーニャ! 奇跡も魔法もあるんだよってスローガンを無邪気に信じる弟がここにいるんですよ! え、実際どう思うかって? 無理っしょ笑。
水と油どころかマッチとガソリンだよ逆に相性いいわ笑。まぁでも、話してみたら意外とウマがあいそうなものだけどなぁ。
「けどね…ほんとに、感謝はしてる。こうしてトミーと話せてるから」
アーニーは息を吐いた。
きっと今、いろいろ思うところがあって悩んでるんだろうな。ドリーにも、僕にも。悩んでるのは僕だけじゃないない。当たり前か。
…まぁ~? それはそれとして弟くんとしてはいつでも橋渡しするから、ドリーとは仲良くなってほしいにゃあって勝手に思ってるよ! 気軽に声かけてほしい。うぇるかむうぇるかむ!
「それで? 私にばっかりしゃべらせるつもり?」
“そうだなぁ。じゃあ、もうすぐ学期末試験だけど大丈夫そう?”
「…この話はやめにしましょ」
“アーニー…”
弟くんはしんぱいになっちゃったぞう。ハーミーみたいに100点の壁とかいう謎の存在を越えろとは言わないけど、せめて進級くらいは楽勝にしてほしい。世の中の口うるさい親御さんがた、これが親心ってやつなのね…僕もようやっと理解できたわ。
「そ、そんなことよりもよ! 私と話すべきことがあるわよね。
たとえば…クィディッチの事件の首謀者について、とか」
“僕が知ってるわけないよ。いきなり箒に振り回されて、なにがなんだかって感じだし”
「そんなわかりやすい嘘でごまかされてほしいわけ?」
アーニーは軽く鼻をならした。
うーん、困った。どこまで掴んでるかはわからないけど、シラは切らせてもらえないのかな。
うーん…とりあえず頼み込んでみよう。人生はじめてのお姉ちゃんへのおねだりだ。
“そこをなんとかお願いできない?”
「だめ」
“……アーニャ、お願い”
「………だめ」
“おねえちゃん、お願いぃ……”
「だ、だめだってば……はい、もうだめ。それなしね。なし」
ちょっと許してくれそうだったんだけどな…渾身のおねだりが通じなくて僕はかなしい。
話してくれるまで動きませんーラをにじませながら、アーニーは僕をじっと見つめる。僕も目を合わせたまま動かない。
僕もまた、何があっても話しませんオーラをにじませるのだ。
「トミーの悪い癖だよ。自分がなんとかしなくちゃって一人でなんでもかんでも抱え込んで無茶するの」
“うぐっ…”
「私がどんなに心配してるか、ほんとうにわかってる?」
“わ、わかってるよ…”
「わかってないよ。というか、わかってやってるならなおのこと悪い」
アーニーは呆れたようにため息をついた。そして、言葉をつづけた。
「クィレルなんでしょ。トミーのことを…いや、私もか。私たちのことを悪意をもってつけ狙ってるよね。なんか視線が気持ちわるいと思ってたけど、まさか殺そうとしてくるなんてね」
え、怖っ…なに言い出してんの…なに知ってんのどこまで知ってんだアーニー!?
驚いた僕の反応を見て、アーニャは目を細めた。あっ…もしかして僕の反応をみて勝手に判断するってコト!? や、やめるんだ…そんなことしちゃいけない!! 僕のうすうすポーカーフェイスが君に通じるわけないだろ!! いいかげんにしろ!!
“な、なに言ってるのさ…”
「あいつの狙いは賢者の石だよね。スネイプと裏でこそこそやりあってる。スネイプは敵なわけ? トミーが怪我して動揺してたけど……あぁ、味方なんだ。ふぅん」
“ちょ、ちょっと待ってよアーニャ。こういうのよくないって”
「聞いても何にも言わないし、心配かけさせても死にかけても平気な顔してる弟に遠慮することなんてないでしょ」
“えぇ……”
うそ…僕の姉、容赦なさすぎ…? もっとこう、スネイプ先生への冤罪とかないんですか? 紆余曲折を経てほしいんですけど? もっと時間をかけてくれないと困るんですけど!? 直感で物事を判定して状況把握するのやめてよぉ…僕は泣いちゃうぞアーニー!
「ここまで言っても認めないつもり? 私はもうわかってるよ、なにが起こってるのか」
“永遠の命がほしくて、有名人が嫌いなんじゃないの”
「はぁ…わかった。じゃあもう全部言うよ。クィレルは私たちのことを殺したい。なぜなら私たちが生き残った双子だから。賢者の石を求めてる。なぜなら死んだはずのヴォル――」
「その名前を呼ばないで、アーニー」
アーニー、言葉をつまらせる。
「…お願いだから、その名前を呼ばないで。聞きたくないんだ」
アーニーはすこし顔をふせて、何かをこらえた。
そして僕の目をしっかり見据えて、聞き分けのない子供に言い聞かせるように、はっきりと言葉を紡ぐ。
「じゃあ、助けてって言って。抱え込んでいることを話してよ。それがどんなことでも、二人でいっしょになんとかすればいい。いろんな人に相談して、できることを全部やろう。そしたら絶対何とかなる。一人で抱え込んでも、トミーが傷つくだけなんだよ!」
「なんでアーニャを巻き込まなきゃいけないってのさ!」
思わず鋭くなった声。
でも、アーニャは変わらず僕を見つめてる。同じくらい鋭い声で、アーニャは告げる。
「私がそうしてほしいからだよ! 私のかわいい弟が幸せでいてくれないと、くるしそうにしてると! 私がつらいからだよ!!」
そう言って、アーニャは僕を抱き寄せた。
「トミーがしあわせでいてくれないと、私はしあわせになんかなれないんだよ…」
そういって僕の頭をなでるアーニーは、ちょっとだけ姉っぽく見えた。
お姉ちゃんみたいだというと、「ほかの何だっていうのよ」と怒られた。…草。
「アーニャ」
「…なに?」
「僕、アーニャのこと愛してるよ。…ほんとに、ほんとだよ」
目を赤くして黙り込んでしまったアーニー。
いつも元気そうで楽しそうだったからすっかり忘れていたけれど、とても寂しがりやだもんね。
はぁー、僕はいったい何をしているんだ。こんなに大事なお姉ちゃんを悲しませてさ。
いとしいアーニャが嬉しそうに笑う。どこか自慢げで、見ているこっちまで嬉しくなってしまう。
「…わかってる」
「うーん、わかってないと思う」
「ちょっと、なによそれ。わかってるってば!」
ムキになってほほを膨らますアーニーをみて、僕はくすくすと笑った。
いいや、きっとわかってないと思う。こちとら生まれてこのかた後方父親面お気持ち爆発系男子なのだ。ただのシスコンとは格が違うのだよ。僕がどれくらい君のことを大切に思ってるか、そう簡単に推し量ってほしくはないんだって。
「とにかく! お昼終わっちゃうし、話を戻すけどね…!」
それでも口を割らない聞き分けのない弟に、アーニーは今後どうしたらいいかを言って聞かせた。
クィレルは超警戒すること。一人にならないこと。何かあったらすぐにアーニーに伝えること。絶対に一人で何とかしようとしないこと。
僕はいつのまにか姉を心配性にさせてしまったらしく、何回返事をしても本当にわかってんのかこいつって顔をされてしまった。信用というものはあまりにもはかない…。え?落としたのは自分?いやーちょっと、わかんないっすね。
とにかく久しぶりにアーニャと話して嬉しかったんでおっけーということで。
じゃあ僕はドリーのとこに帰るから。え? あんまりべたべたするな? 人の目を気にしろ? う、うーん…前向きに検討させていただきます。はっはっは。弟想いのアーニャ、お小言一つ。僕も心のなかで嫌味を一つ。
でもね、アーニー。
君は僕の幸せを知らない。
アーニーちゃん裏で大冒険してるってそれマジ?
マジです。