引っ越すとき大変だってそれ一番言われてるから。
やってまいりました深夜の薬草学教授室。了承も得ずに扉を開けて開口一番。
「どうか助けてください」と、僕はキメ顔でそう言った。……陰険鷲鼻エコ贔屓教師こと、スネイプ先生に。
心の底から嫌そうに眉間に皺をよせられたんですけどね!当たり前だよなぁ? 期末試験直前のどちゃクソ忙しいときにこんなこと言われたら誰だってキレるっしょ。少なくとも僕なら無言でお帰り願うね。なのにお優しい僕らの寮長は、そのしわくちゃのしかめ面を僕に向けてくれるんだ。
「吾輩は暇ではないのだ、ポッター。面倒ごとを押し付けるのならば、他に相談する相手がいると思うが?」
“あはっ、ご存知でしょうスネイプ先生。僕はとっても友達が少ないんですよ。それに、一緒に人殺しをしようなんて頼める相手は、先生の他には一人もいないんですよ”
「ポッター。いますぐにここから出ていけば、そのふざけた冗談の代償は減点だけに済ませてやろう」
ひくひくと唇の端を引きつらせ、こめかみをおさえる仕草。自分の不快感をこれでもかと伝えるその仕草が、僕はひどく気に障った。スネイプ先生は、話すことはなどないと言いたげに薬品棚をいじりだす。
わかっている。僕はこの人がなにをしてきたのかわかっている。今も、こうするしかないんだろうと知っている。それでも、ふつふつと胸の内に沸く怒りをこらえるのが苦痛だった。
「ふざけてなんかいませんよ、先生。冗談でもない。
―――僕と一緒にクィレルを殺してください。」
振り絞るようにつぶやかれた一言は、静かな教授室によく響いた。
「冗談でなければ尚のこと悪いとわからんのか、ポッター。その頭の病気を治すために聖マンゴ病院に行きたいと言うのならもう少しだけ待つがいい。休みの間に好きなだけ入院しろ」
そう言ってスネイプ先生、嘲笑一つ。こ、こいつぅ~! わし鼻へし折ってやりたいくそぉ…僕が何も知らなかったらな! いや知ってても折ってやりたいけどな!! よくそんなこと言えるってもんだよ僕はもうマジギレまできてんだよ? 喧嘩売ってんなら買ってやるよおらぁん!?
「そうですね、僕は頭の病気みたいです。ヴォルデモートがクィレルに憑りついていて、賢者の石を求めているなんて、僕と、僕の大切な姉の命を狙っているだなんて、そんな馬鹿げた冗談を本気にしているんですから」
スネイプ先生は手を止めた。改めてこちらに向き直り、僕を見た。
ここまで言ってようやっと、僕を見た。すごく、すごく嫌そうな顔をして…それでも、僕を見た。
「苛立ってますか?」
「もちろんだとも。この忙しい時に、聞き分けのない小僧が狂った妄言を吐きながら居座ろうとしているのだからな。今すぐ、怒鳴り散らしてやりたいとも」
「ああ、そうですか。よかったです、お互いに分別があって。僕も部屋に怒鳴りこみたかったんですけどね。さすがにそれはご迷惑かと思いやめたので」
半分くらいは冗談。もう半分? もちろん本気に決まってんじゃん。
「知ってましたよね、先生。
クィレルが何者なのかも、何をしようとしているのかも。
クィディッチの試合のことをあなたは事故だといった。
でも、あなたとクィレルが呪文を唱えていたことを、僕は知ってます。
トロールが野放しになっていたあの日、何食わぬ顔で僕を叱りましたね。
でも、その裏であなたがなにをしていたか、僕は知っています。
そして今、分水嶺になってまであなたのことを信じています
もう一度言わせてください、スネイプ先生。
どうか、助けてください
僕と一緒に、クィレルを、ヴォルデモートを殺してください。
―――お願いします」
僕は頭を下げた。祈りながら、頭を下げた。どうか神様お願いします。
どうか僕の望みをかなえてください。
長い沈黙が部屋を支配した。どれくらいそうしていたかわからない。
やがて、スネイプ先生が口を開いた。
「……仮に。仮に、貴様の妄想が正しいとして……なぜ我輩を頼る。なぜ我輩ならば動くと思うのか。
そんな義理が我輩にあると思うのか。我輩が貴様らを…ポッターを憎んでいるのだと、わからんのか」
きっと心底不思議なんだろうな。僕は思わず笑ってしまいそうになる。僕は、あなたと母の約束を知らないはずだもんな。
でもね、先生。僕はそんなこと関係なしにしても、あなたを頼りたい理由があるんだよ。
「知らないんですね、スネイプ先生。なんで僕がこんなに、ずっとあなたを頼るのか。
きっと、先生にとっては取るに足らないことだったから、わからないんですよね。
あなたははじめて僕たちのために怒ってくれた人だからです。
アーニーのために、怒ってくれた人だからです」
僕は顔を上げた。スネイプ先生は、ひどく驚いた顔をしていた。自分が何を言われたのか、わかっていない顔をしていた。僕は言葉を続ける。
「ホグワーツに来るまでの11年間、誰も僕らのことなんか助けてくれませんでした。
毎日、毎日。それこそ物心すらつく前から…僕は叔父のバーノンやいとこのダドリーに罵られて殴られていました。アーニーはずっと貶されていじめられてやせたままでした。
やめてといっても誰もやめなくて、助けてといってもみんな知らん顔で僕たちは二人だけで地獄にいるみたいだって思っていました。
それでも…僕は何とかできるつもりだったんです。自分がどうにかできると。けど、どうにもならなかった。僕はしょせん子供だった。なにを言っても子供のたわごとで、あいつらのほうがえらかったんです。
僕はほんとうに、頭がおかしくなるかと思った。アーニーは不思議な力が自分にあると気がついてたんです。その力で、あいつらのことを“黙らせる”ことができると。僕は恐ろしかったんです、先生。アーニーがいつかダーズリーたちを殺してしまうって…恐ろしくて、気が狂いそうだった。だから僕はいつも怒っていなければならなかったんです。目も耳も口もふさいでやりすごしたくても、逃げたくても、どれだけ恐ろしくても。アーニーより先に怒らなければいけなかったんです。
けれど、そんな僕を見てアーニーはとても傷つくんです。僕が彼らを殺さないでくれと願うから、あの子は怒らないように我慢するしかないんです。できもしない我慢を、ぶつけたい怒りを無理に抱えるんです。そして爆発しそうになって…僕はそれを止めようとして…つまり…僕らは二人きりじゃどうしようもなかったんです。
アーニーがやるくらいなら、僕が。僕がやるくらいなら、アーニーが。そんなことになるのが恐ろしくて、地獄で耐えるしかなかったんです。二人きりじゃどうしようもなかったのに、誰も助けてなんてくれなかったから…。
だから11歳の誕生日、あなたが来てくれて僕がどれだけ感謝したか、わかってくれますか。
どうして僕があなたの靴にキスをしたくなったのか、わかってくれますか。
あなたは僕の、僕たちの救いの神さまなんだ。
僕たちとってもあなたに感謝してる。
アーニーは素直じゃないし、あなたが嫌味ばかり言うものだから、イタズラばかりするんだ。
僕はあなたのことが好きだから、事あるごとに頼ろうとするんだ。
僕たち、とってもあなたになついてる。
ねぇ、先生。どうにかなってしまったんです。
僕は、頭がおかしくなってしまったんです。
自分ではもうどうしようもないところまできてしまったんです
だからあの時みたいに助けてください。
あの時と同じように助けてほしいんです。
先生、どうか――――どうか、お願いします。
どうか―――」
Please―――……と、頭を下げて何度繰り返しただろう。
ぽたぽたと、涙が床にこぼれおちる。
こうして頼むことがどれだけ残酷なことか知っている。
あなたがどれだけ傷つくかも僕は知ってる。
それでも僕は、何度も繰り返した。何度も、なんども。
「―――寮に戻れ、ポッター」
「お願いしますッ!!!」
「我輩は戻れと言ったのだッ!」
「いやだッ!!」
耐えきれずに、僕は叫ぶ。はじかれたように顔をあげて、足元に縋りつく。
「たすけてください、スネイプ先生! おねがいします、なんでもします! 僕にできることならなんでもしますからっ! アーニーが僕をたすけようとするんです。ヴォルデモートと闘おうとするんです! 僕はそんなの耐えられないのに! 止めようがないのに!!
だから助けてください、僕はあなただけが頼りなんだ! 他の誰も頼れないんだ!
ハーミーにもドリーにも言えるわけがない、頼れるわけがないっ!
僕をたすけてくれって、一緒に闇の帝王と殺し合いをしてくれなんて!
あの子たちに何かあったら家族になんていえばいいんだ! 殺されたって文句の一つもいえやしない! みんなまだ子供で、大切にされてるんだよ!
なのに、どうして、僕が!! こんなことに巻き込まなくちゃいけないんだ!
そしてそれは、それはアーニーだってかわらないはずなんだっ!
たとえ両親がいなくたって、選ばれた子供だからって関係があるものか!!
――――愛されるべきなんだっ!! 守られるべきなんだッ!!
助けてください、スネイプ先生!! アーニーを助けてください!!
おねがいします……」
荒い呼吸をしながら、スネイプ先生は僕を見下ろしている。
父親譲りのハシバミ色の瞳を見ている。きっと今、ジェームスの面影を僕に見ている。
けれどどうか、僕を見てくれ。父のことでなく、僕を見てくれ。
アーニーのことを見てくれ。母のことでなく、あの子を見てくれ。
どうか目をそらさないで。どうか。死んだ母との約束なんかじゃなく、僕らのことを。
「せめてあなたくらいは言ってくださいよ……あの子は大切にされていいんだって、庇われてもいいんだって。
僕は言ってほしいんだ、他の誰でもなく、あのとき僕らを救ってくれたあなたに。
あの子を守るって、死んだ両親の代わりに言ってほしいんだ……。
だからどうか。どうかーーー
Please―――……」
それでもスネイプ先生は答えなかった。
黙って目を閉じて、力を抜いて、首を横に振るだけだった。
僕は静かに謝って、彼から離れた。
「変なことを言ってごめんなさい、どうか忘れてくださいね」
そして部屋から出て行って、声を上げて廊下で泣いた。
まあ、大方予想通りだったんですけどね。
ダブルスパイはつらいなスネイプ先生…でも八つ当たりくらいはさせてもらうぞスネイプ先生…僕はマジで何とかしてほしかったんだからな。
やっべ―どうしよう手詰まり感ある…あるよねとかさぁ、いやいやおいおい。おいおいおいおいおい!!! まさかまさかだよ。僕ちゃんってばさ…日和ってない?
こちとら転生チーターなのによぉ! たかだか死にかけのハゲ頭と、ニンニクくせぇ教師ごときによぉ、日和ってるやついるぅ!? いねぇよなぁ!!!
いえ、ここにいます(迫真)。クィレルWithヴォルデモートなんて正面切って倒せるわけねーだろ。腐ってもDADAの教師と闇の帝王だぞどんだけ強いと思ってんだ。だからあのクソ爺も日和ってんだよ。
こちとら魔法界はいりたてのペーペー一年生だっつの。マッチ考えた奴頭おかしいだろどうなってんだよバランスはよぉ~。これもう死ゾ…。
あーあ、僕に愛の呪いがあればな~せめて透明マントさえあればなぁ…。なんて嘆いたところでね。僕の額に傷跡がはえるわけでもないし、アーニーが貸してくれるわけもないし。どうしようもねぇんだよなぁ。
もうあきらめるか。アーニーと一緒に仲良くおててつないでさ、禁断の廊下でちゅっちゅすればいいか。いやーそれはちょっとな。ぜったい嫌っすわ、ははは。
僕は姉が大好きなので。
片割れが傷つくくらいなら、死んだほうがましだと思っているので。
お互いにそう思ってしまっているので。
あとはもう、どっちが先にたどり着くかってだけなので。
「…日和んな日和んな! シャァッ! 闇の帝王潰すゾ!!!」
たとえ勝算がなかったとしても、やらない理由にはならないのだ。
スネイプ先生情緒壊れちゃったってそれマジ?
マジです。