医務室の天井が僕を見下ろしている。
まただ。僕はもううんざりしていた。そのまま眠ってしまいたかった。
けれど、ダンブルドアがそばの椅子に座っている。今すぐ失せろと言いたいけど、喉がかすれてうまく声が出ない。
あぁ、腹立たしくて死にそうだ。
ダンブルドアは、僕が目を覚ましたと気がついて話し出した。
「君は…まさに狡猾じゃな、トミー。わしらの思惑も、ヴォルデモートの悪意も…君はすべて看破して見せた。
そして、わしが動かないとみるや…クィレルを排除させるためにあらゆる手段で謀ったのじゃ。
わしを脅迫するために賢者の石を盗み、杖を取らせようとした。
もっとも、わしは君がヴォルデモートに利するなどとは思っておらん。
あの石は、返してくれなくてもよい。友人も納得してくれるじゃろう。
セブルスの心を見抜き、情に訴えかけて操ろうとした。
ひょっとすると、君はセブルスときみのご両親の関係を知っていたのかもしれんな。
しかし、すでに彼は十分すぎるほど注意を払っていた。これ以上など、望むべくもない。
ハグリットがドラゴンの卵を隠し育てていたことを魔法省に告発したのも君じゃろう。
呼び出されて、わしは驚いた。あの件は、君のお姉さんが上手く隠してくれたはずだったからの。
君はやつと対決する機会を得た。死地に飛び込んででも、奴を倒したかった。…姉よりも早く。
君はだれよりも怒っておったのじゃな。もはや我慢などできないと、だれよりも」
「…なにもしらないガキを、よくやったとでも慰めに来たってわけでもないんでしょ」
僕は痛む身体をむりやり起こす。マダム・ポンフリーが遠くで憤慨している。どうせ無理を言って話そうとしたのだろう。
誰も喜ばない職権乱用しやがって。ああ、くそ。だめだ。身体が痛い。それでも…それでも言ってやらなくちゃ気が済まない。このクソ野郎につきつけてやらないと…気が晴れない。
「僕はあの時、聞きましたよね…忘れたなど言わせない。全部話した後に、あなたに聞いた。
自分が何を言っているのか、わかっているのか?ってさ。
その上で僕を狡猾だって言うんだ…ねぇ、僕を非難したいんですか?
素直に信頼してくれたのなら、もっとうまくいったとでもいいんですか。
あなたが僕らに何をしたのか知らないとでも思っているんですか?
そんなわけない。僕はあの時、言ったはずだ。僕は知っていると…はっきり伝えた。
それでもすっとぼけるつもり? そんなになぶられたいんですか?
なら、お望みどおりにしてあげようか。
生まれた時から僕らを利用していたよね。僕らを虐待するとわかりきっている家庭に預けた。
たっぷりいたぶって満足した? そっちのほうが後が楽だもんね。
他人にいたぶらせた後に、自分がさも理解者であるかのように善人面をして装えば、懐柔しやすいもんね。
そして騙してホグワーツへと連れてきた。両親の仇が潜む牢獄の中に、さも楽園であるかのように。
言ってて吐き気がしてくるよ。
みぞの鏡をあんな場所に置いたのは、家族の亡霊が見せたかったんでしょ。
いたずらに家族愛を煽って楽しかった? 幸せだったかもしれないなんて教えて気持ち良かった?
始めから無かったのではなく、奪われたんだと教えたかったんだもんね。
それを奪ったやつが近くにいると、教えたかったんでしょ?
ねえ、そんな時に命を狙われて危機感などもってしまえば、そして誰も頼れなければ。
大切なものがまた奪われるだなんて、一度でも思ってしまったら、自分が何とかしなくてはならないと思わせるに十分だよ。目論見通りだね。
自分が何とかしなくてはならないと思わせるに十分だよ。目論見通りだね。
あなたはしっかりと下準備をして…運命の子が闇の帝王を憎み復讐をする下地を作り上げた。
そして、僕はしくじった。あなたを動かせなかった。あいつを殺せなかった。
うん………まぁ、よかったね。拍手してあげようか。
おめでとうございます。アーニーは人を殺したよ」
「…君がそう思う気持ちもわかる。じゃがそのような意図で行われたわけでは決してない。
わしらは、君たちを守ろうとしておった。
……しかたがなかったのじゃ」
しかたなかった?
また、しかたなかったなんて言ったのか、こいつは。
あはっ。はははっ。
もうそんな気力どこにもないと思っていたのに。
僕はまだ怒れるんだ。こいつをなじるためなら、僕はいくらでも怒れそうだな。
勘弁してくれよ。ほんとうに…ほんとうに!
「どこまであなたは醜いんだ…。どこまで、あなたは…お前は醜いんだっ!!!
なあ、しかたないだなんて、まだ本気で言っているのか?
―――僕に本気でそれを言っているのかッ!
あの時、僕が助けをもとめたのに、動かなかったというのに、アーニーに押し付けたくせに、人を殺させたくせにっ!!
アーニーに押し付けたくせに、人を殺させたくせにっ!!
アーニャがやつと殺しあうのは、“しかたがない”だなんてのたまっておきながら、
お前はまだ庇護者ヅラをするつもりかっ!
どこまで、きさま、よくもっ!
――っ……!!」
僕はうめき声をあげてうずくまる。
目の前の男を殴ろうとして、身体が言うことを聞かなくて、痛みが駆け巡ったから。
薄汚い手がすりよってくる。僕は、力を振りしぼってその手を弾き飛ばした。
必死に僕は睨みつける。お前が憎いんだと教えてやる。何もかもが憎いんだと教えてやる。
「ねぇ、教えてくれないかな。偉大なる魔法使い様なんだろ?
僕がお前に死ねといってなぜ悪いんだろうね。
アーニーの代わりに傷つけといってなにが悪いんだろう。
ははっ…そんなに庇護者ヅラがしたいなら、杖を取ってヴォルデモートに立ち向かえばよかっただろ。
老いが何だというんだ? アーニャがいくつだと思っているんだ…。
それでお前が死ぬんだとしても、なんだっていうんだ。
頼りになるお仲間に跡を継がせればいいだろ。
お前の手下はいったい何人いるんだ? ヴォルデモートの手下は何人だ?
僕の大切な姉は、この世にたった一人しかいないのに。
意地になってアーニーにやらせたいほど、そんなに手駒が足りない?
なら集めればいい。きさまら魔法族は魔法を撃てるじゃないか。
死の呪文を撃てよ。殺せるだろ。誰が撃っても、かわりゃしない。
一人で勝てないんだったら、全員で殺しにかかればいいだろうが。
それで何人死のうが、知ったことじゃない…。
あぁ、そうか。自分たちは血を流したくないってんだね。
闘いなんておぞましいと、身がすくんでしまっているんだ。
脅かされているのはきさまらなのに、立ち向かいたくもないから、予言だなんてばかげたことを信じ込んでるんだろ。
予言だなんてばかげたことを信じ込んでるんだろ。
たいそうなことだ…すごいよ、納得だ。
そりゃあ、アーニーに押し付けたくなるわけだ。
ねぇ、やっぱり僕に教えてよ。
僕が、死ねといってなにが悪いんだ?
きさまらに、アーニーの代わりに死ねといってなにが悪いんだ?
きさまら魔法族のクソどもに……勝手にくたばれといってなにが悪いんだ?」
「やめるのじゃ、トミー。言ったはずじゃぞ。その先には何もない。
…わしは今の君と同じ目をした人物を知っておる」
ああ。だめだ。
僕を見つめる青い瞳が憎い。その怯えた目を抉り出してやりたい。
こんな見え透いた嘘をつくこの男が、僕は憎い。
「なら、僕は死んでしまったほうが都合がよかったんだな」
「何を言うのじゃ、トミー!」
「僕の名前を呼ぶな、汚らわしいっ!
お前が誰を思い浮かべているのかわかる。そして、そいつの気持ちも! 最低の気分だ…本当に」
僕は、アルバス・ダンブルドアが憎いんだ。
「こうなるとわかってたんだ。お前はこの結末をわかっていた……。
僕がどれだけ助けてほしかったか、どれだけ怒っていたのか…知っていたんだ。そうなんだろ?
同じ目をしてると言ったよね。
なら、僕がどれほどお前たちに怒り、憎んだかわかるよね。
あいつが怒っていたことを知ってるのなら、わかるんだよね。
アーニーの手を汚させてしまったとき、僕がどれだけ絶望したか…わかっていたんだ。
僕とあいつの戦いにも、どうせ間に合っていたんだろう。そのくせ僕が死ねばいいと静観していた。
僕の怒りが利用されるくらいなら、第二の闇の帝王ができるくらいなら、いっそのこと死んでくれたほうが都合がいいから。
僕が死ねばアーニーは復讐に囚われるだろうね。ヴォルデモートを殺すためだけに生きていくだろうさ。
ああ。そうか。そのほうが、お前に都合がいいものな!!
お前は僕らがどうなろうとどうでもいいんだ……アルバス・ダンブルドア。
誰かが闇の帝王を、トム・リドルを殺してくれるなら、他の何もかもがどうでもいいんだ。
そうだろ?
僕が大切にするものをどれだけ踏みにじろうと、どうでもいいんだよな!!
そうだろ! この、クソったれの、老いぼれめ!!
臆病者の人でなし! お前がヴォルデモートを殺さなかったから!
…くたばっちまえ。そうとも、くたばっちまえ!
お前も僕の敵だ! お前もヴォルデモートと何も変わらない!
―――くたばれアルバス・ダンブルドアっ!!」
もうだめだ。止まらない。
全部、全部、全部、全部。
頭で違うとわかっていても、しかたがないとわかっていても。
そうではないと知っていたも。僕は目の前の男が憎い。
怒りの捌け口が欲しい。
「――――二度と僕らに触るな。僕の前から、アーニーの前から消え失せろっ! 僕らを見捨てておきながら、全部終わってからすり寄って媚びを売ろうとしやがって!
お前のような汚らわしいやつなど見たくもない! 二度と僕たちの前に現れるなっ!! 醜く穢らわしい魔法使いどもめ! きさまらが始めた理不尽にアーニーをまきこみやがって! きさまら皆殺しにされようが、僕の知ったことかっ!
どいつもこいつも、言ってほしいなら、言ってやるよ! くたばれ!くたばれ!くたばっちまえ!! 僕らに触るなっ!アーニーに、僕の大切なものに触るなっ! 二度と僕らに触るなぁぁぁっっッッッ!!!」
僕の絶叫に耐え切れず、マダム・ポンフリーが駆けつけてくる。彼女は僕を抑えつけようとする。怒りをなだめて、ベッドに寝かしつけようとする。だから僕は暴れた。魔法をつかって部屋をめちゃくちゃにして、邪魔するものを吹き飛ばして、半狂乱で部屋から飛び出して走った。
傷跡だらけのぼろぼろの身体を引きずって、ただ廊下を走った。すれ違う生徒たちが驚いて僕を見る。うんざりだ。お前たちみんなうんざりだ。身体が痛い。傷跡が開いてずきずきと、血をにじませている。心が痛い。大事なものが奪われて、僕の心はばらばらになってしまった。そのまま僕は中庭へと飛び出した。折れた足がまだくっついていなくて、僕は無様にすっころんだ。みじめに這いつくばる僕を見る目。目。目。目。いいかげんにしてくれ。いいかげんにしてくれよ。耐え切れなくて僕は叫んだ。
僕たちが何をした? お前たちになんの義理があるんだ!
僕たちはただ生まれてきただけだ。わけのわからないことを押し付けるな!
ただ幸せになりたかっただけなのに、幸せになってほしかっただけなのに、なぜこんな目に合う…。
誰か僕たちをまもってくれよ。アーニャをまもってくれよ!
愛されたから生き残ったんだろ……。
なのに、ちっとも救われやしないじゃないか。
みんなが僕を遠巻きに見ていた。そのうち教師が来るだろう。そして僕を引きずって、医務室へと連れ戻す。ばか騒ぎは終わりです。さあ、早く日常に戻りなさいと手を叩く。僕はそれをわかってる。
けど、もう僕は逃げ出したかった。全部だめになってしまったから。僕がだめにしてしまったから。だから這いずって僕は逃げる。足を引きずって僕は逃げる。
僕はもうどこにもいたくない。
僕はもう醜さに耐えられない。
僕はもう何も信じたくない。
僕はもう傷つきたくない。
僕はもう…怒りたくない。
ほら、マクゴナガル先生が血相抱えてやってきた。みんなが道を開けて彼女を通す。僕の腕をつかんで引きずり上げる。そして言うんだ、「立ちなさい、ポッター! 医務室に戻りなさい!」ほらね、僕知ってるんだ
「離して」と叫んだ。「やめて」と叫んだ。「放っといて」と叫んだ。「助けて」と叫んだ。ひとつもかなったことがないんだ。僕はもう疲れたんだ。叫ぶことにも、疲れたのに。それでも僕は叫ぶのをやめないんだ。それしかできないとわかっているから。
マクゴナガルが僕に杖を向ける。
ほら、いつもそうだ。僕が叫んだって聞いてもくれないくせに。僕のことなんか見ないくせに。僕のことなんか知らないくせに。僕のことを大切になんかしないくせに。わからないままに、力づくで僕を支配する。
僕は、すべてを踏みにじられてようやく叫んだ。
僕は叫んだ。
たすけて、アーニー。
たすけて、ドリー
たすけて、ハーミー
だれでもいい。
Please―――……
赤い光が僕を飲み込む。
そしてまた医務室の天井が僕を見下ろしていた。
一人除いて全員の思惑が爆散したとかそれマジ?
マジです。