トロールは臭い(確信)
12:ハロウィン3
そのあと僕は逃げるようにハーミーと別れた。夕食時の大広間に踏み込めば、ねっとりとした視線を感じる。な、なんすか…。顔を向ければそらされるものの、視線はしっかりと僕に注がれている。なんと教師陣からもだ。なんなのその若いって良いわね~みたいな顔は? 脳天気にしやがってくそう。
いや、そんなことよりも僕の美しい守護女神さまに許しを請いにいかなきゃならない。ドリー、僕の懺悔を聞いておくれ! そうして無防備にちかづいた僕のネクタイを、ドリーは力強く引っ張って息がかかるくらいに顔を耳元に近づけた。そして、とろんとしそうな甘い声でささやいた。
「しつけが足りなかった? ごめんなさい、飼い主の責任よね。言ってわからないかわいい飼い犬くん…これからしっかり調教してあげるからね……」
やばいちょっとゾクゾクした! なにこのドキドキ! 恐怖かな? いやむしろなんというかこう…期待に満ちた何かというかこう…ってヤベー扉開きかけてんじゃねーか! あわてるなこれは罠だおちつくんだたかが金髪美少女がこちらを調教しようとしてきてるだけだ! うん、ダメそう!
ドリーは隣の空いている椅子を軽くたたいて座るように促す。僕がおそるおそる座ると、頭を優しくなでられた。
「あら、お座りはできるのね。おりこうさん…えらいえらい」
あっ、これやばい! 堕ちる! だってアダルティだもん雰囲気が! ピンクゾーンみたいだよいまのこの光景! 11歳が出していい色気じゃねーぞ! 僕…ぼくこんなの知らないよぉ…ママにだってなでられたことないのに…!
理性が陥落しかけた甘い拷問の時間は、誰かが僕のローブの首元をぐいっと引っ張ったことで終わりを告げる。ドリーの手が引き剥がされて僕は強制的にのけぞった体勢になり、見上げた視界の先にはいたのはアーニャだった。顔をむんずと掴まれて、目と目がくっつくんじゃないかってくらいに詰め寄られる。あ、アーニャ…さん?
「トミーはずっと、私の弟だよ」
そう言って目を舐められた。比喩ではない。眼球を、舌で、レロって…。いとしいアーニャ、我が姉よ。弟くんはそういう背徳的なのはちょっと…。ていうかこれマーキング? マーキングだよねこれ! 僕の意思はどこ…ここ?
ドリーがつかみかかるよりも早くアーニャはものすごい力で僕を椅子から引き倒し、あっというまに赤獅子のテーブルまで拉致した。僕はアーニャの膝の上に猫みたいに座らされて、料理をひときれひときれ口に突っ込まれる。二人羽織がうまいねアーニャ。なんて正確なフォークさばき…。
「組み分け帽子がまちがえたのよ。まったく…」
逃げだそうにもアーニャががっちりホールド抱き枕。僕は大広間の視線を一身にうけながら奇妙な食事をしている。おっ、うらやましいか? え、同情する? ありがとう…。というかどうしてくれんだこの空気をよぉ! 温かく見守るべきなのか止めるべきなのか揺れてる微妙なこの空気をよぉ! 僕は泣きそうだぜアーニャ! ほらドリーが青筋たてて取り返しに来たじゃん! ああー…もう滅茶苦茶だよ! だれか、誰でもいい助けてくれ、だれかーッ!
「トロールがぁ! 地下室に――……あぇ? なんです、この空気は」
せんきゅークィレル! くたばれヴォルデモート! いまなら僕、ラクに殺してやってもいい!!
トロール侵入の知らせを受けてざわめく大広間。くしくも赤獅子の席に座ったことで気がついたのだが…ハーミーがいない。あっれーおかしいぞー。ちゃんと謝ってこう、うやむやになったと思ったのになぁ。なんて考えて、近くにいた赤獅子の生徒に尋ねてみる。
「あらやだきになるの? きゃーっ! あのうわさって本当なのね! ああ、うんごめんなさい。えーと、噂話が恥ずかしいから一人になりたいって言ってたわよ! …アタシ、二人のこと応援してるからね!」
僕は弾かれたように立ち上がった。…アーニャにがっちりと腕を掴まれた。ちょっとまって放して…力強いなアーニャ!
「どこに行くのトミー、危ないから寮に帰らなきゃ。今日はお姉ちゃんと同じ部屋でねよっか」
むりでーすそれ校則違反ですぅー! 悲しいことに振りほどけそうにないので事情を話して説得を試みる。ハーミーがぁなんかぁ、一人で校内にぃ、いるかもお?みたいなぁ。トロールぅ、まじ危なくない?みたいなぁ? だからぁちょっと探しにぃ……アーニャ、目のハイライトを消さないで! 怖い!
「勝手なことをしないでくれるかしら、アーニー・ポッター…わたしの飼い犬よ、それは」
うわぁぁぁご主人様だああああ! 二人はすぐさま火花を散らしあい、いつものように口論を始めた、僕の腕を引っ張り合いながら、口々に僕の所有権を主張しあう。やめて、僕のために争わないで! 本気でそんなこと思う日が来るとは驚きだがまったく嬉しくない。ついに僕は我慢できなくなって叫んだ。
”いい加減にやめてくれ! どうか行かせてくれよ! ハーミーともう二度と会えなくなるかもしれないんだ!”
…え、なにこの沈黙は。なにこの空気は。くそっ、こんなところにいられるか! 僕は女子トイレに行かせてもらう! 力のゆるんだ二人の腕を振りほどいて僕はかけだした。背後からざわめきが聞こえる。あー…今夜は帰りたくないな!
13:ハロウィン4
走りに走って女子トイレ! 聞こえてくるのはハーミーの悲鳴! やっぱり事前救出間に合ってないじゃないか! 突撃となりの女子トイレ! 緑のでっかいなにがしが、こんぼう片手に大暴れ! ハーミーは個室の中に身を隠し、頭を低くして必死に棍棒から身を守っている。 がんばれ、ハーミーがんばれ! 今なんとか助けてみせるとも!
いやなんとかって何だよ…と杖を抜きながら思う。トロールほんとにデカイ。デカイやつって本当に…それだけで怖いね。よくハリー達こんなやつ倒したな。とりあえず石を投げつけて注意を引きつけ、ハーミーから目をそらさせる。トロールがこっちを向いた(なんてマヌケ面なんだ!)。脳天気なつらしやがって憎たらしい奴め。僕とて今まで遊んできたわけではないぞ。
避けられない戦いに打ち勝つためにスネイプに頭を下げて頼み込み(忙しいのにごめんな!)、戦闘用の呪文を教わっておいたのだ! その数なんと3種類! くらえエクスペリアームス! ステューピファイ! そしてこれが今必殺のスネイプ直伝セクタムセンプラだァーッ! 杖先から数々の赤い閃光が飛んでいき、悪しきトロールを打ち貫く! これをくらって立っていた奴はいない(生き物に撃ったことないからな)!
ダメみたいですね。トロールはくらりとよろめいて棍棒を落としかけ、その太い首にいくばくかの裂傷を刻んだ…だがそれだけだった。トロールはもちろん怒った。そして明確な敵意をもって僕をにらみつけると棍棒を振りかぶった! だ、ダメみたいですね!
ああ、天国のお父さんお母さんごめんなさい。僕はホグワーツの女子トイレの壁の染みになって生涯を終えます……なんて諦めるわけがない! なんとか横に飛んで棍棒をかわす。たたきつけられたタイルが粉々になって飛んできて、僕の肌をきりさいた。僕がミンチになったらアーニャはどうなる! ハーミーも危ないんだぞ、がんばれ! たいして効かない呪文を乱れ打ちトロールの動きを鈍らせて、時間をかせぎながら考える。どうやってこいつを倒せばいい?
僕はトロールを倒せる呪文を知らない。でも構わない。魔法使いにとって大事なものは感情と意思だ。杖は便利な道具。魔法は技術の結晶。でもそれだけ! 魔法力の爆発には杖も呪文も必要ない。きっと初めて魔法を使った人は、そのどちらも持っていなかった! 感情と意思だ! あの日みたいに怒るのだ! 生まれ直してから一度だけ、心の底から怒った時のように!
(秋の夕暮れ。ジュニアスクールの帰り道の公園。ダドリーたちとのいつもの喧嘩。いつも通りの敗北。いつも通りじゃない結末。ゴミ箱に捨てられたポルノ雑誌。好奇心にわくいじめっ子たち。おびえるアーニャ。地面に押さえつけられた僕。救いを探しこちらを眺めている通行人たちを見た。僕らの教師と目が合った。僕は助けてと叫んだ。そして彼女は―)
バチバチと音を立てながら杖から火花が散りはじめた。赤い閃光が色を変えていく。
(謝った。何事もなかったかのように歩き出した。僕らは取り残されて、ダドリーがアーニャを押さえつけて、二人の顔が近づいた。取り巻きどもの騒ぎ立てる声! アーニャが放してと叫ぶ! うるさいとダドリーが頬を打った! そしてブランコはひしゃげて壊れた!)
ばん。と、大きな破裂音とともに紫の輝きが杖先にともった。どろりと杖の中に感情がとけだしていくのがわかった。輝きはまたたく間に黒く染まる。”殺せ”と誰かが囁いたきがした。僕のおたけびとともにほとばしったこの世で最も原始的な魔法は、黒い炎線にかたちを変えてトロールの身体を貫いた! トロールは巨体をぶるりとふるわせると、苦悶の表情をうかべながらもがき苦しみ…そして音を立てて倒れこんだ。
……僕はなにをした? いや、いまはそれよりもハーミーだ! 僕がハーミーの名を呼ぶと、彼女は崩れたトイレの個室の残骸から声をあげた。ああ無事で良かった。僕はハーミーを引っ張り出して、震える身体を抱きしめた。ぎゅうと抱きしめ返された(わかるよ、怖かった!)。しばらくたって落ち着いたのか、ハーミーはもう大丈夫と言って離れた。僕はこのままが良いなあと本音をこぼすと、そっぽを向かれてしまった。なぜ!
トロールの倒れ込んだ音を聞いて、マクゴナガル先生たちが走ってきた。僕らは当然問い詰められる。僕はなんとかうまく説明をして…説明…せつめ…むり! わかんない! しかたないのでそのまま伝えよう!
ハーミー探しに来ました! トロールと戦いました! よくわかんない魔法がでてなんとかなりました! ハーミーかわいかったでーす! …ふ、ふざけてないですスネイプ先生。マジです許してくださいお願いします! そうだ、セクタムセンプラ効かなかったんですけど責任とってくださいよ! え、ただ僕の力量不足? そう…ところで足大丈夫? 今日はお互い大変でしたね! あー! ごめんなさい余計なことはもう言いませんから追加課題はやめてくれ!
僕がそのようにスネイプ先生にいじめられている間に、ハーミーもマクゴナガル先生に何故トイレにいたのか問い詰められる。何故もクソもあるかトイレだぞと横やりを入れようかと思ったが、下品だったのでやめた。ハーミーは顔を赤くしてちらりと僕を見た。マクゴナガル先生は追及をやめた。ズルい! かわいい! 許した!
そしてマクゴナガル先生は避難勧告無視とかで僕たちを減点したが、愛がどうのこうの人を思う気持ちがどうこうといってめっちゃ加点してきた。なにそのツンデレムーブ。ところでニンニク臭いんで帰っていいですか? 寄り道するな? はーい今日はしませんとも!
そして僕らは二人で帰路についた。ハーミーと夜の学校を歩くのは二度目だが、あんなことがあったばかりだから気恥ずかしくって僕らはあまり話せなかった。でも手はずっと繋がれていた。寮塔の前で別れ際にありがとうとお礼を言うハーミーがあんまりにもかわいくて、僕はほっぺたにキスをした。平手打ちされた。ですよね! でもこれくらいはご褒美ってものですよ! お手紙書くよハーミー、またね!
その後ウッキウキでスリザリン寮に帰っていたら、無断外出と勘違いした管理人につかまってスネイプ先生に引き渡された。めちゃくちゃ呆れたスネイプ先生の顔が印象的だった。へるぷぅ…
だれもが一度はアバダケダブラのまねしたことがあるってマジ?
(たぶん)マジです。