こころが突貫し楓と戦い始めるのを見て、神子と白蓮は走りながらやり取りを交わす。
「――トラウマを操る彼女ですが、ある程度のダメージを覚悟して懐に潜れば戦えます。あとこころも暴走状態ですが、製作者である私の言葉なら多少は聞くかもしれません。白蓮!」
「彼は舌を巻くほどの手札を持っていますが、あなたの仙術なら対処できると思います。神子さん!」
互いの相手を交代する。それが二人の決めたことだった。
本当なら三人がかりで楓かさとり、どちらかを潰しに行きたいのだが、そうなると片方がフリーになってしまう。
どちらも完全に手綱を離したら何をするかわからない。多分、相方もろとも消し飛ばす方向で攻撃を仕掛けてくる。
そのため多少でも相手をしておく必要がある。……それでも隙あらば相手を潰そうとしているのは本当に意味がわからないが。
白蓮はさとりと相対し、独鈷杵から放つ光の剣を彼女に向ける。
「ここからは私がお相手いたします。お覚悟を」
「構いませんよ。ふむ、本当なら仲良くなれるはずなのになぜ仲良くならないのか。私の声が届いてくれれば良い――ありえない未来ですね。どんな出会い方をすれども、あの男と私が相容れることは決してありません」
楓とさとりを仲良くさせたい、そんな願望を白蓮から読み取ったさとりは吐き気を催すといった顔で吐き捨てる。
自分はあいつの一挙手一投足が気に食わないし、楓も同様だろう。
目的はそこそこ一致しているので行動を共にこそしているが、さとりは煽れると思ったら煽るし、楓も殴れると思ったら殴ってくる。
なお余談だがこの二人を後のレミリアが見たところ、いきなり腹を抱えて笑い転げる一幕があったらしい。レミリアいわく、こんなに綺麗な糸で結ばれてるのに嫌い合っているのが訳わからなくて最高に面白いとのことだった。閑話休題。
さとりは白蓮の心を読み取って口元を嫌らしく曲げる。
言動こそ立派な尼僧のものだが、内面は神子以上にボロボロだ。
「へえ……あなた、その有様で良く私の前に出られましたね?」
「…………」
「トラウマ、と呼んでいますがこれは恐怖の記憶そのもの。要するにあなたが恐怖を感じたものなら何でも良いのです」
無論、恐怖の程度によって効果も変わりますが、とさとりは前置きして傍らにトラウマの幻影を作り始める。
「――弟の死」
「……っ!」
「は、使いません。いえ個人的にはそれで心が折れた姿も好みですが、そういうのは二人だけの時にするべきでしょう」
観衆もある中で見せるようなものではない。そういうのは場所も選ぶ必要があるのだ。さとりの好みが多分に含まれていることは否定しないが。
「なのでもう一つの方にしましょう。さあ、あらゆる生物が抱く根源的恐怖。正面から見据えてしまったあなたの恐れ、乗り越えられますか? ――死の恐怖」
さとりが召喚したものに形はなかった。かろうじて人型であることがわかる程度。
黒く、暗く、昏い。いっそ安らぎすら覚えてしまう無明の闇。それがさとりの傍に現れる。
根源的恐怖。人妖どちらも決して逃れること敵わず、全てをその裡に取り込み、安らかな眠りを与えるもの。
そんな凄まじいものをトラウマから読み取り、再現したさとりだが、彼女の顔に勝ち誇ったものはなかった。
「まあ、私程度に再現できる死の恐怖などたかが知れていますが」
せいぜい、本気で死と向き合ったものに対して恐怖心を呼び起こす程度でしかない。
本当に精度の高い死の恐怖が作り出せるなら、今頃人里は阿鼻叫喚の地獄である。
トラウマとして再現するにしても情報は具体的な方が良いのだ。神子はその点、自分にトラウマを刻んだ相手も刻んだ内容も克明で再現が容易かった。
「死の恐怖。まあ本物には程遠い贋作ですが、一度でも死の根源を覗き込んだ人なら効果はてきめん。さあ、上人よ――己が恐怖を乗り越えられますか?」
口元を隠し、厭らしく笑ったさとりに対して白蓮は構えを解き、あろうことか頭を下げる。
「――ありがとうございます。さとりさん」
「む……?」
「私にとってこれは与えられた機会に思えます。一度は屈した女が、次は打ち破れるという試練である、と」
「…………」
「認めましょう。私は死の恐怖に折れ、不死を求めた愚かな女です。ですが人は立ち上がり、間違いを正すことができる」
白蓮は再び構えを取る。今度こそ死の恐怖に打ち克つと、己に定めた決意を燃やして。
それを見たさとりはやってられないと嘆息する。どいつもこいつも簡単にトラウマに勝っていく。もう少しか弱くて嗜虐心を煽るような可愛い生物はいないのか。
「……全く、誰も彼もたくましくて退屈しませんね、幻想郷という場所は!」
死の恐怖が負けたらまた楓の幻影を作ろう。
ここまで連戦が続いたため、僅かに
「我が暗黒能楽を受けてみろ!」
「断る」
こころはさながら舞の如き優美な動きで薙刀を振り回し、楓に襲いかかっていた。
(舞のよう――というのは正確じゃない。これは
楓はひらひらと蝶が舞うように距離を詰め、攻撃を仕掛けてくるこころの攻撃を紙一重で避けながら彼女の力量を推察する。
そうして全てを避けられることに業を煮やしたのだろう。こころは一旦距離を取ると、空の上で器用に地団駄を踏む。
「むっかー! なんで避けるんだ!! 避けるな!!」
「嫌だ。痛いだろ」
「お前たちに騙された私の心は八つ裂きにされた時のように痛むぞ!! 責任取れ!!」
「……あいつが俺にそう言えと言ってきたんだ」
「同時に言っただろうがバレバレの嘘つくなや!!」
般若の面が鬼の面、さらに般若と鬼が合わさったような面に切り替わる。要するに怒髪天を衝く勢いで怒っているのだろう。
そこまで怒るとは思ってなかったので、楓も僅かに後悔を覚える。対応を間違えたという意味で。騙したことに対する罪悪感はこれっぽっちもなかった。
などと考えているとこころが再び構えを取る。
楓も応えるように拳を握る。すでに相手の出方はある程度読み取った。次は楓も反撃に出るつもりだった。
そうして両者が激突する――前にこころの隣に神子が並び立つ。
「待ちなさい、こころ」
「なんだ製作者! 私は今こいつをぶん殴るので忙しい!」
「それは一人で可能ですか?」
「む……」
「腹の立つことに彼は強いです。私とあなた二人がかりでも厳しいほどに。腹立たしいことですが」
「お、おぅ……二回言うほど頭にきてたんだな」
にこやかな笑顔のまま毒を吐く神子にこころは気勢を削がれたようだ。
先ほどまでの怒気がしぼんで神子の言葉に耳を傾けている。
「私とて負けたいわけではありません。――どうでしょう。策も見返りも用意していますが」
「乗った! というかあまりにもムカついてるからあいつを倒さないと希望の面も作れない!!」
「事が終わったら私が新たな希望の面を……え? 今あなた、自分で作れるって言いました?」
面霊気は能面の付喪神であり、それ以上でもそれ以下でもない。
普段は感情の均衡が取れた各種お面を侍らせ、静かに佇んでいるだけの妖怪である。
今のこころの感情豊かな姿の方が暴走状態であり、本来は微動だにしない表情と同じく、積極的な行動も行わない妖怪なのだ。
そして当然、自身で面を増やす能力などないはずなのだが、こころはなんてことないように額のお面を切り替える。神子の見た覚えがないものに。
「人々の希望を集めて形にすれば良いだけだろう? ちなみに今の怒りの面も私が作ってる」
「そ、そうですか……ちなみにできるようになったのはいつです?」
「あいつに騙されたってわかった時」
「…………」
神子はなんとも言えない表情で楓を見た。
こころが己の予想を超えた成長をしたことは嬉しいが、それが自分の手ではなく彼の手によるものだったのが切なかった。
あと楓は今のこころしか知らないので、自力でお面を作れるのが当然だと思っているのも腹立たしい。
「……言いたいことは色々ありますが、全て横に置きます。私が前に出て彼の攻撃を防ぎますので、あなたは渾身の一撃をお見舞いしてください」
「良いのか? 多分もろともやるぞ?」
「私のことは避けて攻撃してください!!」
「む? 信じていればさっきのあの二人みたいにもろとも攻撃して良いのではないのか?」
こころは困惑気味に楓とさとりを指差した。どうやら二人が同士討ちしていたのは見えていたらしい。
「あれから学んじゃいけません。反面教師にしなさい」
「そうなのか。形はどうあれ、あの二人が一番強い感情を向け合っていると思ったのだが」
「嫌ってるだけだ。心の底からな」
不思議そうに首を傾げるこころに、楓が苦虫を噛み潰した顔で口を挟んだ。さすがにさとりと強い感情を向け合っていると言われては黙っていられない。
「あいつは俺にとって許されないことをやって、俺はそれを許していない。同様にあいつにとっても俺は許されないことをして、許されていない。だから嫌う。それだけだ」
「それだけなのか?」
「そうだ」
「ふむむ……人間はよくわからんな。嫌っているなら避けたりしないのか?」
「殺した方が面倒そうだし、殺したいわけじゃない。できれば俺の目の前で苦しんでのたうち回ってほしいだけだ」
「製作者、これは私にもわかるぞ。こいつ面倒くさいやつだ!」
「そのとおりです。一つ賢くなりましたね」
無表情ながら瞳を輝かせたこころの言葉に神子は優しく頭を撫でてやった。
楓とさとりが七面倒臭い関係であることは観衆にすら察せられていた。
「人を教材にするな」
「っと、そろそろ始めましょうか! 我が仙術の真髄、お見せしましょう!!」
「おーおーやってるやってる。若い奴らは体力あるわねえ……」
さとりと白蓮。楓と神子とこころ。彼女らが空中で激突するのを眺めながら、霊夢は濃い目に淹れてもらった緑茶を飲んでほっと一息つく。
その隣では団子を食べていた天子が呆れた様子で霊夢を見ていた。
「一番若いのあんたでしょ」
「私はあいつらみたいにバカじゃないもん」
ちなみに一輪と布都はそれぞれの主の応援に回っている。あの戦いに割って入る気はないようだ。
尤も、そうなったら霊夢もまた参加するつもりだった。これ以上状況がコントロールできなくなるのは避けたい。
と、天子のツッコミに霊夢が唇を尖らせると、彼女らの話を聞いていた自警団の少年が不思議そうに首を傾げる。
「え? でも霊夢、割と楓のやらかしにノッていた気が――」
「おっと手が滑った!」
「いだぁっ!?」
腰の入ったストレートが少年の腹部に突き刺さる。
腹を抱えて悶絶する少年を見下ろしながら霊夢は手元の緑茶をひとすすり。
「私はもう大人になったの」
「そっすね……」
「あんたと楓が割と似た者同士なのはよくわかったわ」
心の中で楓と霊夢は同程度のバカに位置付けながら、天子は戦っている楓たちを眺める。
外套と笏を使って楓の拳を防ぎ、術をいなし、その隙を縫ってこころが側面、ないし背面から近づいて薙刀の一撃を見舞おうとする。
しかしその一撃は楓が無造作に振り上げた片腕とぶつかり、金属と金属がぶつかり合うような硬質な音を響かせる。
服すら断ち切れない――否、服が異常な硬度と柔軟性を保って薙刀を受け流したのだ。
「なんと!?」
「便利なものだな。仙術とやらは」
ただの布にすら金剛石に匹敵する強度を与える。神子が外套に行っているものと同じものを、楓も模倣したのだ。
相手が鬼なら布が金剛石になったとて、強引にぶち抜いて終わりだがこころや神子が相手なら防御手段として十分役立つ。
「今のやり取りで覚えたというのですか……!」
「術自体は何度か見ていたからな」
そう言って楓が神子へ反撃に出る。
振るわれた拳を神子が外套で受け止めると、拳から凄まじい力が襲いかかってくる。
「……っ!?」
「鋼体の術、だったか。おかげで俺も一端の力が発揮できる!」
今までの楓には技や速度こそあれど、身体能力は人間以上、妖怪未満の半端なものだった。
例えば腕相撲をした場合、楓は霊夢や魔理沙には勝てるだろうが、天子やはたてには勝てない。その程度の身体能力でしかなかった。
しかし、ここに来てそれが解消された。本当に楽しいのか、楓は珍しく口元に笑いすら浮かべながら神子と戦っていく。
そんな光景を眺めていた天子はポツリとつぶやいた。
「……あの顔、私がさせたかったのよ」
「天子?」
耳ざとく聞きつけた霊夢が彼女の名を呼ぶが、天子はわなわなと肩を震わせて反応しない。
「なんか腹が立ってきたわ。私が冒険に誘っても気乗りしない顔だったくせ、殺しかけた相手と一緒であの顔よ。何よ何よ何なのよ!!」
「ちょっと天子?」
なんかまた一人面倒な方向に走り出しそうなやつが出てきた、と霊夢はうんざりした顔を隠さず天子を見やる。
自分の考えを口に出していくうちに腹が立ったのだろう。天子は決然と立ち上がると緋想の剣片手に霊夢に顔を向けた。
「私も阿呆になってくるわ! 一発あいつぶん殴らないと気が済まない!」
「あーはいはい。あいつも愛されてるわねえ」
「あいつが好き勝手してるの見ると無性に腹が立つのよ!!」
それだけを言って天子は楓たちの方へ行ってしまう。
霊夢は呆れ切った様子でそれを見送ると、痛みから復帰した自警団の少年――寺子屋の同期でもある――に話しかける。
「あいつ、昔から気乗りすると変なこと言い出すやつだったわよね」
「最初は止めようとするんだけど、自分が乗り気になると一番やらかすやつなんだよなあ……」
うんうんと二人は寺子屋時代の事件を思い返しながらうなずき合う。
守護者の役目を引き継いでからは肩肘を張っていたのか、めっきりあの姿を見ることもなくなっていたが、割と根は愉快な方なのだ。
「自覚あると思う?」
「あったらやってないって。誰かに言われるとおかしいのかって思い直すみたいだけど」
「今回はそれがなかったかー……」
つまりさとりも楓と同じぐらいバカということである。
霊夢はこめかみの辺りを軽く叩き、自分の勘はこのままでも問題ないということを確認してからお茶を飲み干す。
「おばちゃん、おはぎ……は無気力だから無理か。ちょっとあんた、中に在庫ぐらいあるでしょうからいくつか持ってきなさいよ。お金はあんた持ちね」
「巫女が自警団員にタカるなよ!?」
「破っ!!」
短くも裂帛の気合とともに放たれた掌底は黒い無形の幻影――死の恐怖を正面から捉え、一撃の下に霧散させる。
油断なく掌を向ける白蓮にさとりは大して驚いた様子も見せず次の幻影を生み出す。
力というただ一点において、業腹だが誰よりも認めている少年――楓の幻影が生まれるとさとりは自分と重ね合わせていく。
「そのお姿、先ほども遠目に見ましたがあなたが編み出したのですか?」
「ええ、私に直接戦う力は皆無に等しいですが、こうすれば多少は無理ができる」
あくまで多少ですが、という言葉は軋みを上げている肉体を前に飲み込んだ。
しかし白蓮はそんなさとりの僅かな身動ぎを見透かしたように口を開く。
「――決して都合の良い力ではない。意識してか知らずか、あなたは自分の体をかばいました」
「それは自分の体で確かめてはどうです……っ!」
さとりの身体は白蓮が見ているものとは段違いの速度で動き、懐へ潜り込み拳を放つ。
「――っ!?」
「――やはり」
だが神子の体を殴った時と感触が違う。
腕で防がれたのだと気づくと同時、さとりの顔に反撃の拳が直撃してしまう。
吹き飛ばされたさとりが咄嗟に防御を固めるが、白蓮の追撃はさとりの防御をすり抜けて次々と命中していく。
「っ、痛ぅ……」
「あなたの動きは素晴らしいものです。達人が幾年もかけて到達する領域を簡単に実現する。ですが――あなた自身の判断が足りていません」
身体能力、体術は非の打ち所がない。楓を基にしたと言っていたが、先ほどの死の恐怖とは段違いの精度である。
しかしさとりには白兵戦を得手とする者にある、勝負勘と呼ぶべきものがなかった。
技術だけを獲得したところで、それらを適切に使えなければ宝の持ち腐れでしかない。
「それにそんな動きをして体がついて来れるはずがありません。体は大丈夫ですか?」
「あなたがっ、好き放題殴らなければ健康そのものですよ!!」
さとりはなりふり構わない弾幕を放ち、白蓮も深追いすることなく距離を取る。
そうして開かれた二人だが、満身創痍に近いさとりと、多少の消耗こそあれど戦闘に支障のない白蓮で対照的な立ち姿になっていた。
肩で息をしているさとりはちらりと楓の方に視線を向け、忌々しげに舌打ちする。
どうやら天子までが楓の敵に加わった三対一の状態らしい。
さすがに素手の状態で三人相手は厳しいらしく、彼女らの攻撃を防ぎながら散発的な反撃を入れるだけで手一杯の様子。
時間稼ぎならできるが、誰かの助力がなければジリ貧。そんな状態だった。
「…………」
状況を打開する策は、ある。さとりも、おそらく口に出していないが楓も同じ結論に達している。
さとりは心底やりたくないと顔を歪ませるが、それで現実は変わらない。白蓮は未だ警戒した様子で拳を握っている。
「相方の私がやられそうですけど、人里の守護者様は手一杯ですかぁ!? たった三人に追い込まれるなんてダメな守護者もいたものですねえ!!」
しかしそんなことは知らぬとさとりはとりあえず楓を煽る。ここで自分から素直に折れるのは負けた気がして嫌だ。
すると楓も天子、こころの攻撃を何とか素手でさばきながら叫び返してくる。
「こっちが三人受け持ってやっているんだ! お前こそ何一人に負けてるんだ!! さっさと倒してこっちに加勢しろ!!」
「それが人にものを頼む態度ですかぁ? どうせそのままじゃジリ貧でしょう。お願いしますさとり様と――」
「そっちだって一人で逆転できないだろうが!! 今すぐ地に伏せてこれまでのこと全て謝りますとだな――」
お互いの売り言葉が中断されたのは彼らがヒートアップしたからではない。
眼前の相手から注意をそらしていたので、それぞれ相手からの一撃をまともに受けてしまっただけだ。
かろうじて防御は成功したものの、さとりの腕は折れてしまう。
楓は手加減していられなくなったのか、防御にのみ抜刀して攻撃を受け流す。
そうして吹き飛ばされた先は奇しくも二人の距離が縮まっている場所で――二人の舌打ちと拳を合わせるのは同時だった。
『――協力しろ!! この四人を倒すにはお前が必要だ!!』
最初に動いたのは天子と楓だ。
「ようやく剣を抜く気になったのね!!」
「お前相手だとさすがに加減できん!」
楓と手合わせを行い、勇儀とも稽古を行っている天子の剣術は凄まじい勢いで伸びている。
もともとの才能もあったのだろう。目端が利き、頭も回る天子の剣術は楓にとっても侮れないものになっていた。
無数の、しかし最初に刃を交えた時より熟れた剣閃に楓も慎重に刃を合わせて受け流す。緋想の剣と下手に打ち合うと緋想の剣によって弱点を突かれ、剣が折れてしまうのだ。
なんで彼女が敵に回っているのか。それが皆目見当もつかないが、何を言っても聞き入れる様子がないので仕方がない。
「それは重畳! 少しはあんたを本気にさせられているのかしら!」
「いつだって俺は本気でやっている!」
楓の叫びに天子はふっと表情を和らげ、場に似つかわしくないほど穏やかな笑みを浮かべた。
「今日思い知ったわ。今のあんたは遊びの範疇で本気。あんたが冒険を楽しんでくれて嬉しいわ」
「だったら――」
だが次の瞬間、天子は悪魔じみた笑みを浮かべて楓の眼前に要石のファンネルと本人の剣閃が迫る。
「でもそれが私の手じゃないってのが不満なのよ! 大人しく一発殴られなさい!!」
「理不尽だ!!」
風で後ろに下がり、要石のレーザーを切り払う。
そしてレーザーに紛れて近づいていたこころが楓の側面を取り、薙刀を振りかぶる。
「死ねぇっ!」
こころの凶刃に楓は反応しなかった。天子との戦いに夢中になっていたのか、はたまた本質的に静謐な存在であるこころの隠形が思いの外効果を発揮したか。
理由はどうでも良かった。これで楓を一発殴ればこころの溜飲も下がる。後はさとりを叩いて改めて希望の面を作れば良い。
そんなことを一瞬でも考えたのが間違いだろう。こころは横合いからの衝撃で攻撃されたことに気づく。
「げほっ!? 一体何に……」
「――守りなさい」
こころの戸惑いと同時、さとりの冷徹な声が場に響く。
それと同時――否、さとりの声が発せられる前から動いていた楓がさとりの背後から迫っていた白蓮の攻撃を防ぐ。
そうして背中合わせになったさとりと楓は自分たちを取り囲む四人を前に一言二言、言葉を交わす。
「言わなくて良い。お互いに面倒なだけだ」
「同感です。そのように」
ただそれだけ。今までいがみ合っていた二人はそれだけの言葉を交わすと、全く同時に動き出す。
そこから先の動きは別次元と言うべきものだった。
楓は攻撃以外のことを行わず、防御を全てさとりに任せ、さとりもまた幻影の楓を操り攻撃を仕掛け、それらをかいくぐって近づくものには目もくれず楓が対処するに任せている。
今もまた、楓の蹴りが神子を吹き飛ばすと同時、後ろを取っていた天子に楓の幻影が襲いかかっている。
そして次の瞬間にはさとりの横にいたこころが楓に薙ぎ払われ、楓の幻影は白蓮と神子をまとめて相手取っていた。
守りを考えない攻撃など、普通なら誰かが背後に回って終わりだ。数で勝っている現状、それは難しくない。
しかし、できない。お互いの動きが完全に連動し、一切の打ち合わせも視線でのやり取りすらなく、彼らは完璧な連携を行っていた。
さとりの方はわかる。彼女は心を読む妖怪である以上、楓の思考を読み続けて対応することは可能だ。それでもここまでタイムラグなく動けるかはわからないが。
楓の方は訳がわからなかった。さとりと意思を交わすでもなく、しかし彼女が攻撃される箇所を全て防ぎ、彼女が攻撃する箇所を全て読み切って動いている。
彼ら二人に怒りを燃やしていたこころも思わず見惚れてしまう連携。まるで双子のように言葉が交わされることなく以心伝心に動く二人を見て、やっぱりこの二人は仲が良いんじゃないかと確信を深めていた時だった。
「あれぇ? お姉ちゃんがいる、やっほー」
脳天気な、ある種夢見心地じみた声が地上から聞こえてきたのは。
「こいし!?」
「久しぶりー。あれ? 私地底にいるんじゃなかったっけ?」
「ああ、ようやく見つけた……!」
「んー? よくわかんないけど、お姉ちゃんが喜んでるからいっかー」
まるで要領を得ないやり取りだが、これが無意識を歩むものの特徴なのだろう。
自ら瞳を閉ざし無意識の住人になるということは、誰にも意識されず、誰も意識しないことを意味する。
ある意味において、霊夢が完全に空に浮いた状態とも呼べるのかもしれない。
それを察した霊夢は寒い時期でもないのに身を震わせるが、次に響いたこころの声でそれも吹き飛んだ。
「あいつの手にあるやつが私の失くした希望の面だ!! あれを取り戻せば異変は終わるぞ!!」
全員の首がさとりとこいしの方に向く。
姉妹の抱擁を交わしているこいしの手には、金色のお面が握られていたのだ。
「暴れてるだけで異変の原因が向こうからやってきた……!」
「いやあんた、暴れてる自覚はあったのね」
どうやらいつの間にか、この異変は佳境に入っていたらしい。
好き勝手やってたのに解決の鍵が向こうからやってきたことに驚いていた楓に、天子はあらゆる意味で力が抜けたツッコミをするしかなかった。
「――でもそれはそれとして一発殴るわ」
「なぜ!?」
訳もわからず天子に殴られながら、楓は不服そうな顔で異変の解決に歩を進めるのであった。
・第一次寺子屋戦争
切っ掛けはよくある些細な男女の派閥化。
小学生ぐらいの男女ならよくある話の一つだが、担ぎ上げるのにぴったりな二人――霊夢と楓がいたのが運の尽き。
あれよあれよという間に男女の代表になり、なんか話の流れで霊夢と楓の決闘騒ぎになってしまう。この時点ではまだどちらも巻き込まれただけ。
放課後、寺子屋生徒たちが見守る中いざ勝負。
負けず嫌いの二人が大人顔負けどころか人外に半歩踏み込んだ攻防を繰り広げる。
え? この二人人間? 自分たちヤバいの担ぎ上げたんじゃ? と一同がドン引く中、楓と霊夢は距離を取る。
千日手になったと察し、負けたくない楓は考えた。
後ろの男子たちけしかけて乱戦にすればワンチャンあるんじゃね? と。
行け。ビビっていた男子は動かない。
行け。無慈悲にも繰り返される。こいつに人の心はないのか。最初からなかった。
もはやヤケクソになった男子突撃。負けじと霊夢も女子に突撃指示。
大乱闘寺子屋ブラザーズ開始。なお乱戦になったので本気で殴れないことに気づいたのは同時だった。
そして当然、騒ぎが大きくなったので慧音が聞きつけ、男女平等頭突き3連発コースで決着。
寺子屋生徒全員に一日で頭突きしたのは初めてだと慧音はぼやいていた。
この一件以来、楓は寺子屋の同期に「勉強も運動もできるし人間じゃないとも思うけど、時々やらかすやつ」という評価をもらうことになる。
なおその評価は第二次寺子屋戦争で好きにさせると確実にやらかすやつに変わることになるが、それはまた次回。