焦点が合っているのかわからない、そんな瞳で姉であるさとりと話すこいしの手に握られる金色のお面。
それこそが今回の異変の元凶。人々の希望を際限なく吸収し、溜め込み続ける希望の面。
「あれが私の手元に戻ればこの異変は収束する! 私はあれを探していたんだ!!」
「じゃあなんで俺たちに喧嘩売ってきたんだ?」
「お面は一から作ることもできるから、完全に紛失していた場合の次善策も兼ねていたんだよ! お前が騙したおかげで台無しになったがな!!」
話しているうちに怒りが再燃したのか、こころはブンブンと薙刀を振り回すが楓はその場から動かずに体捌きだけで全て避ける。
「終わりは見えたということか。――おいさとり、話は聞こえていただろう。何とかそいつからお面を取れないか?」
「…………」
楓の呼びかけにさとりは応えない。
というより、まるで聞こえていないのか反応すら返さない。
「さとり?」
「んー? もしかしてお姉ちゃんのこと言ってる、それ?」
楓の声に反応したのはこいしだった。
ぐるり、と折れているのではないかと不安になる勢いで首が動き、どこを見ているのかわからない目が確かに楓を射抜く。
「お姉ちゃんなら反応しないよ。少しの間だけ無意識に落としたもん。……ていうか、お姉ちゃんのことわかるんだ?」
「は? そこにいるんだから当然――」
こいしの言葉にすぐ反論しようとした楓だが、ふと隣にいる天子に問いかける。
「天子、あの少女の近くにいるのが誰か、わかるか?」
「……私には一人の少女しか見えないわ」
困惑気味な天子の返答を聞いて確信する。
今、さとりは霊夢の夢想天生に近しい状態なのだ、と。
無意識を揺蕩い、誰にも意識されず、誰も意識しない状態になっている。
つまり自分にさとりが見えているということは、それだけ彼女のことを意識して認識しているという事実に他ならないのだ。
それに気づいた楓は思いっきり顔をしかめる。本当なら意識の片隅にも置きたくないというのにどこまでも迷惑な女である。
「どういうつもりだ、さとりの妹」
「こいしって呼ばないんだ。私の名前はお姉ちゃんから聞いてるんじゃない?」
「お前から聞いていない。それにお前――俺のこと憎んでるだろ?」
「わかる?」
ケラケラと目の笑っていない笑みを向けられれば嫌でも自覚する。
いや、そもそも。張本人であるさとりが楓を嫌っているだけで済ませているのが特殊な話であり、こういった目を向けられるのが普通のはずだ。
彼の持つ魔眼は妖怪にとって、そういうものである。
「――お姉ちゃんをあんな目に遭わせておいて、よく一緒にいられるよね?」
木の洞の如き光のない瞳に確かな憎悪と殺意を宿し、こいしは楓を睨みつける。
楓は正面からそれを受け止め、しかし臆することなく言葉を返す。
「俺とさとりの間で話は終わっている。さとりは別に俺を許してないし、俺もあいつを許しはしない。だがそれはそれとして――」
「――どうでもいいよ、そんなこと」
こいしは楓の言葉を遮ると、楓にその手を伸ばす。
自分が何を言っても戦いは避けられそうにないと察し、しかし楓は諦めず口を開く。
「さとりはお前に危ないことをしてほしくないと言っていたぞ」
「お前がお姉ちゃんを語るなァ!!」
火に油を注いだだけだった。
「私一人じゃ勝てないのはわかってる。でも――これはどう?」
こいしはそう言っておもむろに自分の持っている希望の面を被ろうとする。
それを見たこころが慌てた様子で止めるよう叫ぶ。
「おいバカやめろ!! 感情を司る面は66枚揃ってないと極端な暴走を起こす!! 被ったらどうなるかわからないぞ!?」
「大丈夫だよ。私、そういう感情も閉じちゃったし」
「お面自体の暴走もあるから本当にマズイ――ああっ!」
こころの制止も虚しく、こいしは地蔵にも見える子供の面を被り――気配が変わる。
場にいる全員は元より、この戦いを観戦していた人々にすらわかるほどの変化。
毒々しい感情を載せた気配が撒き散らされ、天井知らずに増していく威圧感。それら全てが空中にいる楓ただ一人に向けられる。
「……感情がないなんて嘘だろ。随分とまあ、溜め込んだ殺意だ」
「言ってる場合!? どう見てもマズイわよあれ!」
天子の叫びに楓も同意の首肯を見せる。
希望の面の力によるものなのか、こいしの力は青天井に膨れ上がっていた。
お面を被る前であれば楓一人で問題なく対処できたが、その段階もすでに超えている。
「覚り妖怪でしかない彼女がここまでの力を得るか……。こころ、これはお面の力か?」
「ああそうだ! 人里の希望がなくなったのだってあの面一つ紛失したから起こった異変だ! それぐらい感情を司るお面の力は強いんだ! そうして集まった希望があの子一人に集中している!!」
「妖怪は良くも悪くも精神で力を左右される部分がある。……力の増大も道理だな」
要するに今の彼女は幻想郷から集められた希望を一手に引き受け、その感情を糧に果ての見えない力を獲得しているのだろう。
などと話している間にこいしが指を楓に向けると、音速を軽く超過する弾幕が吹き荒れる。
「こっちにもお構いなし!?」
楓の近くにいた天子とこころが慌てるものの、楓は双剣を抜刀し全てを払い落とす。
その際、完璧に受け流したはずだが僅かに腕のしびれを覚えたため、楓は顔をしかめた。
「俺でも長くはキツイぞこれ。彼女を長時間放置した場合は考えなくて良さそうだな」
そうなったら場の全員が戦闘不能になっているだけである。楓は死んでいるかもしれない。
無論、そんな状況に甘んじるつもりはないので、楓は矢継ぎ早に確認と指示を出す。
「こころ、あの面は壊しても良いやつか?」
「問題ない。もともと失くなったものとして新しく作る予定だった」
「俺が壊すから新しい面を頼む。天子、引きつけを頼む。その間に俺がさとりのところへ行って強引に目を覚まさせる」
楓が話している間も弾幕の密度は上がっていくが、彼の剣閃が侵入を阻む。
しかし弾幕の狙いは全て楓に定められており、余波が天子たちのところにも来るといった状況。
ここから楓が一人離れた場合、彼を集中的に狙うのは想像に難くない。
天子がその懸念を話すと楓も尤もだとうなずく。
「だから仙術と妖術で見た目をごまかす」
「待った。それどう考えても私の負担がシャレにならないのでは?」
「お前ならできると信じたい」
「信じてるって言いなさいよそこは!?」
「頼めるのお前しかいないんだよ頼む!」
「ぐむっ」
白蓮、神子はこころの援護に回ってもらう予定であり、霊夢は人間なので今の弾幕を受けたら死んでしまうし、楓を空に浮かせる必要がある。
そうなると楓がこの場で盾を任せられるのは天子しかいないのだ。
楓の懇願を聞いて天子も確かにと思ったのか口をつぐみ、気難しい顔になる。
しかし自分たちに襲いかかる弾幕の圧が増すのを見て、考えている時間はないと頭を振った。
「ああもう! その無茶振りに応えてあげようじゃない!! 上手く行ったら私の好物作りなさいよ!!」
「いくらでも作ってやる! 頼んだぞ!!」
それを最後に三人が動き出す。
楓は天子に素早く術を施すと左手の刀を天子に投げ渡し、自分は同じく風の妖術を操り光の屈折を変えて不可視になる。
双方をほぼ同時に行い、天子はすぐさまこいしから距離を取るように上空へ逃れたので弾幕はそちらへ向かう。
「ちょっ、思ったより弾幕強い!? というかこれなんであいつは反応でき――あああああぁぁぁ!?」
必死に弾幕を防ぐ天子の悲鳴が聞こえる気もするが無視。
楓がやるべきは彼女を心配することではなく、一秒でも早くこの状況を終わらせることである。
不可視の状態を維持したまま霊夢のもとまで向かう。
霊夢はこいしの放つ弾幕の危険性を即座に察知。この近辺を防ぐ結界を張り巡らせているところだった。
しかしそんな状態にあってもなお巫女の勘は健在で、楓が接近すると見えているはずもないだろうにそちらへ顔を向ける。
「――楓、身から出た錆でしょこれ」
「それはさておき協力してくれ」
「そこで一切迷わずそう返せる辺り、ホント面の皮厚いわね……」
霊夢が呆れ切った顔を向けるものの、楓は特に反省していなかった。
自分の所業が恨みを買うことはわかっていたし、それが表に出たところで阿礼狂いとしてはままあることの一つである。
そして阿礼狂いとして考えるなら、こいしの恨みや憎悪を叩き潰すべきなのだ。そうしなければ自分への憎しみが御阿礼の子に向かないとも限らない。
「――こいしを止める。俺の指示するタイミングで俺を浮かせてくれ」
だがそれは最後の手段である。この衆目の中、彼女を殺すことがどれだけの悪影響を及ぼすか、わからないほど愚鈍ではない。
霊夢は一瞬だけ怪訝そうに楓を見るものの、彼が勝利への道筋をしっかり描いていることを察すると何も言わずに嘆息した。
「……終わったら良い酒奢りなさい」
「面倒だから天子とまとめてでいいか?」
「あんたのそういうところ直した方が良いわよマジで」
何かおかしなことでも言っただろうか、と首をかしげる楓に霊夢はこれみよがしにため息をついた後、シッシッと腕を振ってさっさと動くよう命令する。
それを見て問題ないと判断したのだろう。楓は再び不可視になると今度はさとりの方へ向かって駆け出していく。
「これ、ホントキツイ……っ!」
一方その頃、天子は弾幕が人里へ向かないよう上空を陣取りながら、四方八方より迫る弾幕の対処に追われていた。
自分の見た目をごまかすと楓は言っていたが、天子の方で何かが変わった風には見えない。
しかし弾幕はこちらに集中しているので何かしらの術は働いているのだろうと考え、それ以上は考えないようにしている。そんな余裕がないとも言う。
楓から渡された刀と緋想の剣を二刀流に構え、無我夢中で両手を動かしてどうにか弾幕を捌いていく。
一つ弾く度に腕に強いしびれが走ることに天子は顔をひきつらせ、頬をかすめて上空へ消えるものに背筋が冷たくなる感覚を味わう。
(どうやって弾いてたのよアイツは!? 出だけならかろうじて見えるけど、まさかそこから全部の軌道を予想でもしてたわけ!?)
楓は自分のみならず、天子とこころにも当たるものを全て弾いていた。つまり弾幕の軌道を完璧に捉えていたということに他ならない。
だが天子にはわからない。肉体の性能で言えば楓以上なのは確実なのに、楓と同じ成果が出せない。
あまりにもバカバカしい想像が脳裏をよぎり、さすがにそれはないと切り捨てる。
……後日聞いてみたところ、天子の予想は見事に的中していたのでバケモノを見るような目で楓を見たのは別の話。
「こ、のぉっ!!」
剣だけで防ぎきれないものを要石も使って防ぐ。
およそ遊びのための弾幕ごっこなんて範疇に収まらない、
殺傷力を高めて逃げ道を全て塞げば相手は死ぬと言わんばかりの暴威に天子がかろうじて食らいつく。
真面目に稽古していて良かったと思う。
地上に降りたばかりの自分だったら、途中で避け切れずに受け止めようとして致命傷を負っていただろう。
楓のように二人まとめて庇うなどとは言えないが、それでも自分ひとりならば生存圏を確保できる。
「ふぅん?」
「――っ!?」
一瞬の油断。
相手は弾幕を撃つこと以外やってこないのだから、それだけに注力すれば良いと考えてしまったことの失態。
感情を失い、無意識を揺蕩っていた少女は無意識に敏い。
一度でも疑念を覚えれば後はあっという間だ。
こいしはその身に溜め込まれた感情を糧にどこまでも身体能力を引き上げ、瞬きの間に天子との距離を詰める。
「やっぱり、あいつじゃないんだ」
「まずっ!」
「私の邪魔するなら良いよ。――死んじゃえ」
その一撃を天子が防御できたのは、皮肉なことに地上に降りてからこの感覚――死を身近に感じることが何度かあったからに他ならない。
胸に放たれた貫手に両手を刺し貫かせて胴体への到達を防ぎ、咄嗟に操れるありったけの要石を体の前に並べてレーザーを目くらましにしつつ、弾幕を放つ勢いで強引に距離を離す。
「舐めんじゃ、ないわよっ!!」
「むぅ」
こいしは僅かにひるんだ様子を見せたものの、特に追撃はしなかった。
そんなことよりも、とこいしは面をかぶったままの顔をぐるりと――それこそ骨がないように一回転させ、さとりの方へ向かう楓の姿を発見する。
そうなったら天子に用はない。こいしは踵を返すと楓の方に向かい始め、追いつけない天子は必死に叫ぶしかなかった。
「楓、そっちにこいしが行ったわよ!!」
天子の声は楓にも届いていたが、驚きはなかった。
妖術と仙術を組み合わせて見た目を作っていたとはいえ、少しでも疑問に持てばすぐ露見するものだ。
こいしの感情が暴走していることを踏まえてもいずれバレると思っていた。
むしろここまで粘ってくれた天子に感謝しているほどである。
(天子を直に見に行ったおかげで距離はある。すぐ詰められるとしても少しは動ける)
千里眼でこいしが迫りくるのを確認しつつ、楓はさとりの正面に回って肩を掴む。
やはり視線は茫洋と彷徨い、どこを見ているのかもわからない状態だ。こころなしか第三の目からも光が消えている。
さとりを起こす方法は特に考えてなかった。強い衝撃でも与えれば良いと思っていたし、ダメでもこいし相手なら盾にできる。
こいしは姉のために戦っているのだから、姉の身体を無闇に傷つけはしないはず。
霊夢が楓の内心を読んでいたらため息を連発しているであろう外道な考えをしながら、楓は腕を振りかぶった。
「早く起きろバカ!!」
「ぶへぇ!?」
本気の平手を叩き込む。さとりの首が曲がってはいけない方向に曲がった気もするが妖怪の首、特に嫌いな相手の首がどれだけ曲がろうと知ったことではないので気にせず追撃する。
「妹を連れて帰るんだろうバカ!」
「ちょ、一体何がへぶっ!?」
「お前がハッキリしないから大変な騒ぎになってんだよバカ!」
「いえ、目は覚めてますばっ!?」
「お姉ちゃんをいじめるなァァァァ!!」
何発か叩いていると後ろから手加減なしの弾幕が降り注いできたので、楓はさとりの身体を片手で持ち上げて盾にする。
こいしはそれを見て焦ったように弾幕の軌道を変え、人里の方へそれたものが霊夢の結界に阻まれて消えた。
訳もわからず楓に叩かれ続けた頬を痛そうに涙目でさすっていたさとりも、今ので状況を把握したらしく片手で自分を持つ楓にトラウマを憑依させた自身の腰のひねりだけで回し蹴りを放つ。
的確に腕を打たれた楓は痛そうに顔をしかめながら手を離す。
「ふんっ!!」
「痛っ、助けてやっただろうが!」
「覚り妖怪が私怨に気づかないとでも思いましたか愚か者が!! 無意識から拾い上げたことには百万歩譲って感謝してあげなくもないですがそこからは別です!! というかこいしの怒りが正しいですよどう考えても!!」
「じゃあ放置するか!? あのままだと間違いなくやつが死ぬぞ!」
もう感情の増大は楓にもわからないほどだ。
そしてこいしの身体は不安定な痙攣を起こし始めている。
希望の面からあふれる感情をこいしという器が許容し切れなくなりつつあるのだ。放っておいた場合、確実に彼女は良い結末を迎えられない。
さとりもこいしを一瞥してそれがわかったのだろう。思いっきり歯噛みをするも、選択を間違えることだけはなかった。
「私のみならずこいしにまで手を上げて……! 良いですか、壊すのは面だけですよ!! 面以外に毛一筋でも傷つけたら末代まで祟ります!!」
今と大して変わらないということである。
涙目のままながら、本当に心底嫌そうな顔で睨みつけるさとりの横に並び、楓も心底嫌そうにうんざりした顔で呼吸を合わせる。
「今だってそうだろうが!! 良いか、仕掛けるぞ!!」
こいしの前に飛び出したのは同時だった。
さとりに作戦も経緯も全く話していないが、そこは疑っていない。話す時間もなかったので彼女が読み取り切れてなかったらそれをネタに煽り倒して死ぬだけである。
「なんでなの、お姉ちゃん……っ!」
こいしは困惑していた。憎い男のはずなのに、殺しても殺し足りないはずなのに、なぜさとりは楓と肩を並べて向かってくるのか。
さとりの必死の形相が理解できない。姉が側にいては弾幕も放てなかった。
「邪魔しないでよお姉ちゃん!!」
「邪魔するつもりはないわ! 私だってこいつは大嫌いだもの!!」
こいしの叫びにさとりも応える。楓はすでに音を遮断するほどの集中に入っているのか、何も反応しない。
「こいしがこいつを苦しめるって言うなら大賛成よ! でもね――そのためにこいしが苦しむ方が私は嫌なの! こんなやつのためにこいしが苦しむ必要はない痛ぁっ!?」
「好き放題言ってくれるなキサマ」
楓が青筋を浮かべてさとりに蹴りを入れていたが、さとりも反撃の拳が楓の左腕にめり込んでいた。この二人、自分を止める気があるのだろうか。
一瞬だけ戸惑うものの、こいしの行動に迷いはなかった。
弾幕は撃てない――だからどうした。今の自分なら殴るだけであの男を殺すくらい軽く行える。
「死んじゃえ、お前――!」
「――霊夢!!」
楓の前に現れたこいしが拳を振るうと同時、楓が博麗の巫女の名を叫ぶ。
するとどうだろう。楓の身体が僅かに透き通り、こいしの拳を透過したのである。
こいしの無意識に落とす能力とはわけが違う。
こいしのはあくまで認識せず、認識されない、しかし存在することは変わらないものだが、霊夢のこれは違う。
文字通り全てから浮いている。しかも明瞭な意識を保ち、攻撃の意思を損なわないままに。
「っ!?」
「――終わりだ」
楓の放った斬撃は精妙にこいしの顔を傷つけることなく、彼女の顔を覆っていたお面だけを斬り裂く。
お面が砕かれ、こいしの驚いた顔が露わになると同時、彼女の身体を柔らかい姉の身体が抱き止める。
「もごっ」
「あの時言えなかったことをやっと言えるわ。――助けてくれてありがとう、こいし」
さとりが意識を失ったこいしを背負い、楓と一緒に戻ると、こころと神子が二人を出迎えた。
「戻ったか。よくあの状態の彼女からお面だけを壊したな。芸事を操る妖怪として、その剣術だけは認めてやろう」
「それはどうも。希望の面は作れるのか?」
手頃な場所にこいしを寝かせるさとりを横目に、楓は神子の方に確認を取る。
「人々がこれだけ集まり、先の戦いを見ておりました。十分かと思います。こころ、いけますか?」
「ん、問題ない。騙したことはまだ怒っているが、希望の面の紛失が異変になってしまったことは詫びよう。ごめんなさい」
「次からは失くさないでくれれば良い。こっちも急いでいたとはいえ、騙して悪かった」
「それは許さないからまた今度お前を倒しに行くぞ! 我が暗黒能楽でな!!」
無表情を維持したままのこころが頬を膨らませて指を指してくる。
また面倒な相手に絡まれることになるらしい。自分で招いたこととはいえ、楓は肩を落とすしかなかった。
「……そこは許して良いのでは?」
「怒っているわけではないが、私の武芸が全く通じないのが腹立つ! よって最強の座をかけて戦え!」
「俺が暇な時にな。それより希望の面を早く作ってくれ」
「失礼。では始めましょうか、こころ」
「任せろ製作者! ――新たな希望の面をここに!!」
こころが手を掲げると、そこに目に見えない何かが集まるのを一同は感じ取る。
溶けて消えてしまいそうなほど儚く、しかしどんな闇であっても食い破ってしまいそうに眩いものが集まっているのだ。
名付けるならばやはり希望と呼ぶしかない不定形のものが粘土のようにこね回され、一つのお面へと変わっていく。
「む、これは……」
「言っておくがデザインの保証はない。人々が抱いた希望を直接形にしているだけなんだ。面霊気として作る面に妥協はない」
「あわよくば私の顔に似せようかと思いましたが、難しいみたいですね」
「今回の希望は製作者ではないからな」
にべもないこころの言葉に神子は困った風に笑い、その面が作られていくのを眺める。
こいしを寝かせたさとりも楓の隣に立ち、淡く輝く希望が一つの形に収束する姿を見ていたが、段々と怪訝そうな顔になっていく。
「……ん?」
「どうした?」
楓の声に対し、さとりは微妙に震える指で面を指す。
「いえ、あの面……あなたに似てません?」
「む? ……いや待て、お前に似ているのでは?」
『…………』
楓とさとりは信じられないという顔で互いを見合わせるが、現実は変わらない。
「おいこころ、まさかこれ――」
「デザインの保証はないと言ったぞ。これは……うむ、お前たち二人が並んで戦う姿こそが人々の希望として映ったのだろう」
「実際、あの中で最も息が合って、最も強い組でしたからね」
そんなバカな。
訳知り顔でうなずく神子とこころの前で、楓とさとりはダラダラと汗を流すしかなかった。
「待て待て待て。ということはつまり……」
「お前たちが人々の希望ということだ。良かったな、誇っていいぞ!」
「冗談じゃありません! そもそも私は地底の住人で地上と交わることはない――」
「――本来交わるはずのない地底の住人と地上の住人が並び立ち、共に異変を解決した。いやあ、素晴らしい美談です!」
神子が爽やかながらも腹黒い笑みを浮かべて言い切り、楓たちは絶句する。
そうこうしているうちに希望の面は完成してしまう。
光の当たり加減によってはさとりの顔にも、楓の顔にも、はたまた二人が背中合わせになっているようにも見える金色の面がこころの手に収まった。
いくらか光の加減を変えて眺めていたこころはやがて満足そうにうなずくと、出来たての面を額に付けて楓たちの方を見て言い放った。
「これにて新たな希望の面は完成だ。これからも頼むぞ、人々の――いいや、幻想郷の希望よ!!」
絶対笑っている。無表情に、しかしこの上ない上機嫌なこころの様子に楓とさとりはそう確信するも、すでに作られた面が変わることはない。
いいや、そもそもとして。彼女は人々の希望を集めて作っただけである。そこに楓たちの意思が介在する余地はない。
つまり人里の人々は楓とさとりが仲睦まじく、並んで異変を解決しているようにしか見えなかったということであって――
「それもこれもあなたのせいですよ私もう人里来れないじゃないですか責任を取りなさい!!」
「ふざけんな俺だって人里を歩けんわ責任取れ!!」
「大体話が大事になったのはもとを正せばあなたの責任でしょうが!!」
「俺の行いが原因にあるのは認めるが、妹をさっさと見つけなかったお前の非が大半だ!!」
『ここで白黒つけてやる!!』
仲悪く――いや、人々にとっては微笑ましい仲睦まじくと言うべきか――飽きもせず喧嘩を始めた楓とさとりを見て、霊夢と天子はどう場を収拾したものかと頭を抱え、白蓮と神子たちは困った様子で笑うしかないのであった。
ということで心綺楼は終わりました(真顔)
楓とさとりんの関係がそういう方向だって認知されてしまいましたが、まあこの二人は大体こんな感じで登場したら喧嘩する間柄が続いていきます()
こいしちゃんについてはまた後日さとりんと話す場面を予定しています。楓? 出ると喧嘩始めるから……(小声)
次回からは心綺楼の後日談と、そっと出していた易者関連のお話。そしてぼちぼち楓が自分の命題に対して動き始めていきます。
なんだかんだ異変の度に力をつけており、楓は自分が定めていたラインに到達しました。