阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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心綺楼のその後

「ううぅ、全身が軋む……」

 

 人里中に自分と憎きあの野郎との関係が途轍もなく、それも修復不可能なぐらいこじれた理解を受けてしまったあの異変の翌日。

 認識の撤回を求めてあの男を貶めるべく動いたのだが、結局評価が変わることはなく日も暮れてしまったため、渋々こいしを背負って地底に戻ってきたのが昨日のこと。

 

「私は帰ります。ここにいても苛立つだけですから」

「さっさと帰れ。全く、妹探しだけのつもりがとんだ災難だ」

「こちらの台詞です。……ですが、あなたの提案でこいしを見つけられたことには感謝してあげます」

 

 それだけを言って別れたのだが、なぜ楓の後ろにいた面々は何か納得するように自分たちを見ていたのか。

 あの時は彼女ら全員の心を読む余力も残っていなかったので、一日経った今でもわからないことである。

 

 そんなことより、今のさとりには切実な事情があった。

 具体的には今でもベッドから起き上がれないほどの身体の痛みである。

 

「ぐぬぬ、あの男にはバレているでしょうが、やはりあれは連発するものではありませんね……」

 

 他ならぬ自身のトラウマ――楓の幻影を作り上げ、それを自らに憑依させることで身体能力、体術の底上げを行う、さとりの妖怪としての能力をフル活用したもの。

 これを使うことである程度の相手であれば圧倒できるようになり、なおかつ憎い相手である楓とも多少は殴り合うことができる。

 

「確かに覚り妖怪は直接の殴り合いに向く妖怪ではありません。ですがそれでも妖怪。その私の身体にここまでの痛みを残しますか……」

 

 再生力だって人間の比ではなく、四肢がもげた程度では致命傷にならない。

 だというのに、今のさとりの身体は全身が引きつったような痛みに襲われ、身を起こすだけでも震えるしびれと痛み――要するに筋肉痛が身体を覆っていた。

 それもこれもあの男のせいであると強引に結論づけ、さとりはままならない身体を無理やり動かして着替え、信頼するペットの名前を呼ぶ。

 

「お燐、少し来てもらえるかしら」

「はいはい、さとり様。昨日は盛大に遊んでこられたようですね。もうお昼ですよ?」

「こいしを連れて帰ったこと以外、思い出したくもない出来事だからやめて頂戴。こいしはどう?」

「まだ眠ってますよ。無意識で動かれるとマズイんで、お空と一緒にいます。あの子は無意識でもわかるときがあるんで」

 

 三歩歩くと大切なこと以外全部忘れるんじゃないかと思うほどの知能だが、だからこそと言うべきか、たまに彼女はこいしを普通に捕捉することがある。

 それを聞いたさとりは満足そうにうなずいて微笑んだ。

 

「そう。あの子には色々と話したいこともあるし、目が覚めたら呼んで頂戴。私は紅茶の準備をして待っているわ。あと動きがぎこちないのは触れないで」

「はぁ……。地上で何かあったんです?」

「普段はやらないようなものすごく激しい運動を少しね」

「激しい運動!?」

 

 本当なら弾幕ごっこをやるにも作り出したトラウマに任せて、自分は優雅に高みの見物を決め込む方が好きなのだ。

 だというのに昨日の異変では弾幕ごっこもあったものの、ほとんど身体を動かしての戦闘ばかりで疲れる出来事ばかりだった。

 そういう意味も含めて話したところ、燐は戦慄したような顔でさとりを見てきた。

 

「激しい運動ですか!? さとり様、あの男と一緒に動いてたんですよね!?」

「言葉にできない色々なことをやってきた……? ええ、まあ一言で語るには多すぎる出来事でしたね。あんな体験、後にも先にもないでしょう」

「後にも先にもない体験!?」

 

 それはそうだろう。こいしを探しているだけだったのに何故か異変に巻き込まれ、しかもその解決役まで担ったのだ。

 地底で暮らしていた頃からは想像もできない激動の時間である。

 しかし燐はそう受け取らなかったようでわなわなと口元を震わせると、やがて感情を爆発させたように走り出して部屋を出ていく。

 

「さとり様がグレたあああああぁぁぁぁ!!」

「ちょ、お燐!? あ、速い! 何考えてるかもう読めない!?」

 

 一体何だったのか。さとりは最近奇行が増えている燐を心配し、今度二人で話す時間でも設けようかと考えながら、さとりはお茶会の準備を始めていくのであった。

 

 

 

 地霊殿は大きい屋敷だが、さとりが個人的に使っている部屋はそう多くない。

 執務を行う部屋と書斎、そして寝室ぐらいである。残りの部屋は物置にするか、ペットの部屋になっている。

 なのでさとりは執務室にお茶会の準備をし、こいしがやってくるのを待つ。

 どうせだからと昨日楓からもらった本を少しずつ、しかし没頭するように読み進める。腹の立つことに彼の選ぶ本でハズレは今の所なかった。

 それ故チラッと読んでしまった彼のネタバレを記憶の彼方に追いやり、本を読んでいるさとりは不意に顔を上げて扉に穏やかな視線を向ける。

 

「こいし、いるのでしょう?」

「ぎくっ」

「いらっしゃいな。せっかくの紅茶が冷めてしまうわ」

 

 さとりが優しく呼びかけると、こいしはおずおずと部屋の中に入ってくる。

 昨日の騒動の後遺症はないようだ。楓の斬撃も見事にこいしの被っていた面だけを斬り捨て、彼女には切っ先の傷すら残していない。

 その点については彼の力量を認めている。さとりもそれなりに長く生きているが、彼以上の剣士は見たことがなかった。

 だからこそ彼をして己をまだまだ未熟であると言わしめた、彼の父親はどんな人物だったのか気にもなるが、それは今関係ないので横に置く。

 

 さとりの対面に座ったこいしの分の紅茶――地上から戻る際に楓からかっぱらってきた――を注ぐと、こいしは両手でカップを持ってちょっとだけ飲む。

 

「あ、美味しい」

「良かった。とっておきを用意した甲斐があったわ」

「……お姉ちゃんは、怒ってないの?」

「あら、一体何を?」

「その、私が色々と騒動を起こしたこと」

「そこに怒ったことはないわ。私、あの男が苦しむことは別に構わないし」

 

 むしろ大歓迎まである。さとりが見ている前であの男が苦しみにのたうち回ったら、さぞ良い気分で酒が飲めるだろう。

 こいしの顔が明らかにホッとしたものに変わったのを見計らい、さとりはこいしに怒っていることを教える。

 

「でも、こいしがあの男と戦うためにあんなことをしたのは怒っているわ」

「うっ、でもあれぐらいしないと……」

「あの男が苦しむのは良いけど、そのためにこいしが痛い思いや苦しい思いをするのはダメ。またあんなことをやったら、私は何度だってあの男に頭を下げてあなたを助けるわ」

 

 大切なものの順番を違えるつもりはなかった。

 こともなげに言い放つさとりの姿に、こいしは彼女の本気を見たのだろう。素直に小さく頭を下げる。

 

「……無茶してごめんなさい」

「よろしい。ああ、あの男にちょっかいをかけるのは止めないわよ? 私もあいつのこと大嫌いだもの」

「じゃあなんでお姉ちゃんは地上であいつと一緒にいたの?」

「好悪と力量は別問題なの。本当に腹が立つけれど、あいつ以上に腕が立って地上に顔も利く輩を私は知らなかった」

 

 それに認めるのは癪だが、考え方も似通っているので話しやすいのだ。認めるのは癪だが。

 こいしにその辺りのことを説明すると、やっぱりよくわからないという顔になってしまう。

 

「んー、嫌いなの?」

「嫌いよ」

「でも一緒にいたの?」

「いたわね」

「喧嘩するの?」

「するわね。次勝つのは私だけど」

「……やっぱり仲良いの?」

「なんでそうなるの!?」

 

 さとりのツッコミにこいしは白けた半目を向けるばかり。どうやらこの少女も色々察したらしい。

 こいしは少し冷めて飲みやすくなった紅茶を飲み、狼狽するさとりを見てどこか面白そうに笑った。

 

「んふふ、なんでもなーい。それよりお姉ちゃん、これ飲み終わったらまた出かけてきて良い?」

「良いわよ。でもこれは忘れないで。――あなたの帰ってくる場所はここよ、こいし」

「ん、わかった! ありがとう、お姉ちゃん!」

 

 心配が消えたのか、やっとさとりの見慣れたこいしの爛漫な笑顔が見られ、さとりは穏やかに微笑んでこいしが再び出かけるのを見送るのであった。

 

「ふぅ……紆余曲折ありましたが、こいしの顔が見られてよかったわ。いつかあの子の目を開く時が――」

 

 心を読み、口に出すのが覚り妖怪の習性。それ故に人妖双方から疎まれる嫌われ者が自分たちだ。

 さとりは自分の能力が素晴らしいものであると心の底から思っているが、そう思わず瞳を閉じてしまったのが妹のこいしになる。

 いつかは彼女の瞳が開く時も来るだろう。地上の人間は良くも悪くも図太くなり、心を読まれる程度では動じない相手も増えてきた。

 それに心底から嫌ってやまない男も、さとりが心を読むことに隔意を示さなかった。

 彼はさとりの性格の悪さなどを悪し様に言うものの、覚り妖怪の習性まで悪く言うことはない。それは言ったところでどうしようもないと知っているからだ。

 

 ああいった人間――いや彼が増えるとか心底からゴメンだが――が増えていけば、やがてこいしも心を開いてくれるはず。

 さとりはそんな未来を想像し、少しだけ微笑んで中断してしまった読書を再開するのであった。

 

 

 

 

 

「――ということがあってな。私が新しく希望の面を作って異変は終了した」

 

 その日は朝から来客が稗田邸を訪ねていた。

 自分で作ったから気に入っているのか、新しい希望の面を飾り立てるように額に付け、相変わらずの無表情ながら身振り手振りでやたらと感情豊かに動く少女――秦こころが天子と一緒に来ていたのだ。

 楓の家に来ただけなら追い返していたのだが、ある意味元凶でもあるので異変について話したい、と言われては断れない。

 しかし家にやってきたこころは自分の知る限りでの異変の情報と一緒に、楓たちの行いにまで詳らかに語り始めたところで風向きが変わった。

 

「っく、あはっ、あははははははっ!! そ、それでお兄ちゃんはなんて言ったんです?」

「目立てば良いって言って白蓮と神子に襲いかかっていったわ。あれには全員がバカだと思ったわね……」

 

 目尻に涙すら浮かべ、笑いすぎて痛くなったお腹を押さえながら、それでも笑い転げる阿求が筆を片手にこころ、天子に話の続きを促す。

 側に控えている楓の本心は天子たちの口を塞ぎたかったが、阿求が笑っているしまあ良いかと思い直して無言を貫いていた。

 

「で、その後でこころが乱入。そうしたら楓たちに騙されたって怒ってて、私も好き勝手やってる楓に腹が立って戦ってたら、また別の妖怪が乱入って感じね」

「お兄ちゃんの中心で妖怪台風でも吹き荒れてるの?」

「あるいはこいつが起こしているのか、ね」

「私はこいつの行動が悪いと思う」

「人を指差すな」

 

 天子とこころに揃って指差され、楓は釈然としない顔をするしかない。

 そしてこれ以上余計なことを話されては敵わないと楓が話を引き継いで口を開く。

 

「こころたちと戦っていたところ、さとりの妹であるこいしが乱入。紛失した希望の面は彼女が持っており、それを被って暴走。私とさとりで暴走を抑え込んで新しい希望の面をこころが作成。それをもって異変は終了いたしました」

「これが新しい希望の面! 結構気に入ってる!」

「えっと……なんでお兄ちゃんの顔が入ってるの?」

「知らん。あくまで私は集めた希望を形にしただけだ。つまりあの場にいた人々はこいつとさとりの姿に希望を見出したのだろう」

「ホント、一度は殺しかけたのが嘘みたいに息ぴったりだったわ」

 

 余計な茶々を入れてくる天子を睨みつけるものの、天子は澄ました顔をするばかり。

 一方の阿求は笑いも収まったのか、なるほどなるほどと真剣な顔で筆を走らせていた。

 

「あー面白かった……。お兄ちゃん、普段は真面目なのに」

「いつも私は真面目です」

「だから余計にタチが悪いのよ……」

「むしろこいつが真面目なのが想像できん。愉快な性格じゃないのか?」

 

 こてんとこころが首を傾げて楓を見てくる。この少女、楓のことはかなり愉快な人間であると思っているようだ。

 

「そんなわけあるか。俺はいつだって真面目に考えて、最善の道を選んでいる」

「最善を選んで私を騙したのか」

「そのとおりだ」

「なぜ騙したんだ?」

「面倒くさかった」

「やろうぶっ殺してやる!!」

 

 こころが殴りかかってきたので軽くあしらっていると、天子が呆れた顔で阿求に視線を向けた。

 

「……ま、こういう一面もあるってことね。あいつなりに考えがあるのは確かでしょうけど、結構適当よ」

「あはははは……」

 

 阿求もこれには乾いた笑いを上げるしかなかった。

 しかし、と阿求はふとこれまで見てきた楓の姿を思い返してみる。

 阿求の前で側仕えとして振る舞っている時は祖父のようにすら思える姿が多かったが――よく考えずとも、彼と楓は違う人物なのだ。

 よく似ている親子であっても、決して同一人物ではない。楓には楓の考えも、好みもあるのだ。

 

「ねえ、お兄ちゃん」

「はい、なんでしょう」

 

 片手だけでこころを抑え込み、その顔面を握っている楓が顔だけを阿求の方に向ける。

 彼の手の中でこころはジタバタと暴れていたが、楓が黙らせるように腕に力を込めると静かになった。

 

「これからはさ。お兄ちゃんの考えも聞かせて? 私が意見を求めた時、側仕えなら、とか色々と考えて発言してくれるでしょう?」

「側仕えとして当然のことかと」

 

 楓の言葉に阿求はうなずくも、それだけではないとさらに口を開いた。

 

「それはそう。でも、私はお兄ちゃん自身の考えも知りたい。ダメかな?」

「……それが阿求様の願いとあらば」

 

 自分の性格などさして面白いものでもないと思うが、阿求が望むなら是非もない。

 楓は静かに頭を垂れ、阿求のためにさらなる精進を己に誓うのであった。

 

 

 

 阿求との話も一段落し、異変についての話も一通り終わったところで四人は休憩を入れていた。

 楓が用意したお茶とお菓子をうまいうまいと食べていたこころに楓が声をかける。

 

「ところでこころ。お前は今どこで暮らしているんだ」

「うん? 私は製作者のところだぞ。もともとあそこで生まれた面霊気だからな。あいつらは私を養う義務がある」

「ふむ」

「なかなか悪くない場所だぞ。最近は道士になりたくて修行に来る輩も少し見かけるようになった」

「自警団で話には出したな。良い稽古になれば幸いだ」

 

 他にも白蓮のところへ行く者もいる。彼女らも稽古はつけてくれるし、頼んでいる畑の開墾も手伝ってもらえるのでどちらにも得があるものだ。

 などと話していると自分の大福を食べ終えたこころが、手を付けていない楓のものを物欲しそうに眺めてくる。

 

「じーっ」

「自警団の方はどうだ? 人手が足りないとかはないか?」

「全員で一斉に動かれるとマズイから、外に行くやつは先に言っておくよう指示してあるわ。あとはまあ、命蓮寺の連中とかは言ってくれれば手伝ってくれるし」

「じーっ」

「助かる。人の力とはいえ、見回りは物量だからな……」

「見て回る、という行い自体に意味があるんでしょう? それぐらいわかってるわ。……ところであんたの大福、狙われてるわよ」

 

 極力無視していたのだが、天子に言われてしまい無視することもできなくなった。

 無表情なくせ、目だけは明らかに欲しがっている様子のこころに楓は呆れた半目を向ける。

 

「……そんなにうまいか?」

「甘いものは大好きだ!」

「……わかったよ。俺の分もやる」

「やった! お前良い奴だな!」

 

 大福が乗った小皿を奪い取り、戦果を誇るように掲げるこころだった。

 

「そう思うなら騙したことを忘れてくれ」

「それはやだ」

「返せ!」

「やーだーっ!!」

 

 楓が大福を取り返そうと手を伸ばすも、こころは素早く一口で頬張ってしまった。

 しかしそれが良くなかったのだろう。飲み込もうとしたこころが急に苦しみ始める。

 

「んぐっ!?」

「あ、喉につまらせた!? お兄ちゃん、お茶!」

「ちょうどお茶がなくなりました」

「今急須から飲まなかった!?」

「喉が乾いていたもので」

「だから面白い性格だって言ったでしょ。ほら、私の飲みなさい」

 

 こころに自分のお茶を飲ませながら、天子は困ったような嬉しいような、曖昧な顔で笑うしかなかった。

 ようやく喉を通ったのか、こころは涙目で何度か咳き込んだ後、楓を責めるように指差す。

 

「殺す気か!」

「妖怪だからすぐには死なんだろう。10分ぐらい放置してから水をやろうかと」

「苦しんでる少女を放置とか鬼かこいつ!?」

「自業自得の輩は助けなくて良いと両親から教わってる」

「お祖父ちゃんそんなこと教えてたの!? いやでも、あの人なら言う、かも……?」

 

 びっくりした様子で楓を見る阿求だったが、よくよく考えると確かに楓の父親なら言いそうな気がしてしまう。

 急に考え始めてしまった阿求を置いて、楓はまたも襲いかかってくるこころを片手であしらった後、彼女の今後について尋ねてくる。

 

「それでこれからはどうするんだ? 以前とは違う状態だと聞いたぞ」

「む……誤解を受けないよう先に言っておくが、私は今の状態が異常なものだ。本来、面霊気は全ての感情の面が釣り合い、静かに佇んでいるだけの妖怪だ」

「置物みたいな妖怪なんだな」

「幸運を呼ぶ招き猫みたいなものだ。が、幸か不幸か希望の面が失われ、いわゆる暴走状態になった」

「今はどうなんだ?」

「落ち着こうと思えば落ち着ける。しかし、私はまだ今の状態を楽しみたいというのが本心だ。物言わぬ置物に戻るのはもう少し色々なものを見てからでも遅くない」

「なるほど」

「能楽を幻想郷に広めたいのと、私の能力をちゃんと使いこなせるようになりたいの二つが目標だ。お前に喧嘩を売るのはいわば能楽の稽古だな!」

「すごい迷惑」

 

 楓がうんざりした顔でつぶやくが、応えた様子は見られなかった。

 そうこうしていると唐突にこころが立ち上がり、帰り支度を始める。

 

「む、そうだ。この後博麗神社に行く用事があったんだ」

「霊夢に用事か?」

「能楽は舞台が必要になる。神社なら神楽殿ぐらいあるだろう。そこを使わせてもらおうと思っている」

「あそこ人来ないぞ」

「ならば私が呼べば良い! ではまた会おう! 次こそはお前を我が暗黒能楽の餌食にしてやる!」

 

 言うだけ言ってこころは去ってしまう。

 三人はそれを見送った後、阿求が書き物をまとめて笑った。

 

「表情は変わらないけど、動きが結構豊かな妖怪だったね。お兄ちゃんにも懐いているみたいだし」

「懐いている……?」

 

 控えめに言って絡まれているというのが正確な気がしてならない。あれは懐くと表現するには凶暴過ぎる。

 

「物怖じしない妖怪なのは確かね。楓も大概強くなってきたのに、全然驚かず襲いかかってるし」

「それは認める」

「お兄ちゃん、そんなに強くなったんです?」

「三人、四人がかりでないと剣を抜かせることすらできないぐらいにはね。阿求には見せたがらないけど、こいつ素手も術もすごい腕前よ」

 

 はー、と阿求は感心した顔で楓を見る。

 すると楓は顔から一切の表情が抜け落ち、真顔で何も言わず頭を下げる。

 それが照れているのだと察した阿求と天子は顔を見合わせ、ニヤニヤと笑うのであった。

 

「お兄ちゃん、照れてる?」

「過分なお褒めの言葉、恐悦至極に存じます」

「照れてるって言いなさいよ」

「照れてない」

「お兄ちゃんが強くなって私は鼻高々です。これからも頑張ってね」

「御意」

「ほらほら照れてるって認めれば楽に痛ぁっ!?」

「うるさい殴るぞ」

「今殴ったわよ! 私にはキツイわねあんた!?」

「遠慮してないんだ。嬉しいだろ?」

「できれば優しさの方が嬉しいわね!」

 

 あっという間に天子と言い争いになる楓を見て、阿求はやはり面白そうに笑うのであった。

 

 

 

 

 

 それから少しの時が流れ、秋が深まり始めた明くる日のこと。

 見回りをしていた楓は人々が冬支度を始めるのを見て、そろそろ阿求のところでも冬支度が必要だと思いながら歩いていた時だ。

 楓の方へ駆け寄ってくる足音が聞こえたため、足を止めて誰かを確認する。

 

「あ、楓くん! 探しましたよ!」

「早苗か。どうした?」

 

 やってきたのは早苗だった。

 それなりに急いで楓を探していたようで、息が上がり肩で息をしている。

 何かあったのかと思い、彼女の呼吸が整うのを待ってからもう一度話しかけた。

 

「一体どうした? お前がそこまで慌てるような事態でもあったのか?」

「やっぱり聞いてないんですね。自警団から何か来ていませんか?」

「特にないが……何かあったか?」

「はい。私もさっき聞いたんですけど……楓くん、以前に私と一緒にいた時に出会った人を覚えてますか?」

 

 言われて早苗と一緒に行動した記憶を思い返してみる。

 早苗は名前を知っていればその名を呼ぶので、この時点で彼女が名前を知らない人物であると読み取れる。

 であればもう絞り込む要素は時期の一つしかなく――

 

「……あの人々が無気力化する異変の直前に会った易者か。やつが一体?」

「驚かないで聞いてくださいね。あの人――」

 

 

 

 

 

 ――自殺したみたいなんです。




この辺りから楓も本格的に地雷解体等に動き始めます。易者? 彼がどうなるのか? はい()

こころちゃんは割と書きやすくて驚いてます。子供っぽいし、物怖じせず楓に突っ込んで行くので話が作りやすい。





あ、次週ですがワクチン接種のため投稿が遅れる可能性があります。ご了承ください。
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