阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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全般的にシティアド風味のお話です。なお大体見抜く主人公。


忘れるなかれ、彼は阿礼狂いである

 早苗の言葉を受けてから、すぐに自警団の人が楓を見つけて報告に来た。

 そこで楓は早苗を連れたまま現場に向かうと、すでに自警団の手によって周辺の人々が遠ざけられ、状態維持が行われていた。

 人が来ないよう見張りをしていた少年がこちらに気づくと、手を振ってこちらに呼んでくる。

 

「楓!」

「待たせた。状態は?」

「人が来ないようにしてあるのと、遺体は運び出した。内部はそのままだ」

「助かる。遺体の状態は?」

「あーっと……」

 

 楓の質問に少年は言い淀み、楓の後ろにいる早苗へ目配せする。

 どうやら彼女がいる中では話しにくい内容のようだ。

 それを察した楓は後ろに向き直ると、早苗に離れるよう頼む。

 

「早苗、ここから先は人里の守護者の――言い換えれば俺の領分だ。悪いが立ち入らないでほしい」

「む……見られると困るものがあるんですか?」

 

 楓が関わらぬよう忠告すると、早苗は不服そうに頬を膨らませる。

 

「私は楓くんの友達です! 友達ですから、困っているなら力になりたいと思うのは当然です!」

「この先で見られるものは決して楽しいものじゃない。友達だからこそ、見せたくないものがある」

 

 それに神道の教えとして死は穢れである。安定しているとは言え、現人神である早苗を不用意に近づけて何が起こるかは予測できない。

 

「むむ……確かに私が見てお役に立てるものはないかもしれませんね」

 

 早苗は残念そうに肩を落とすと、楓に真剣な顔で問いかけてきた。

 

「……これから先、私がこういった場面に出くわす可能性ってあると思います?」

「ないだろう。たまたま居合わせる程度ならまだしも、この手の調査は巫女の役目じゃない。俺も霊夢に話すつもりはないからな」

「なるほど。では楓くん! 私は忠告通り自分のお役目に戻りますので、お仕事頑張ってください! 後でお団子差し入れます!!」

 

 ビシッと額に手を当てて――敬礼と言うらしい――元気よく去っていく早苗に軽く手を振って見送り、楓は事件現場の方に向き直る。

 

「先に遺体を確認しよう。案内してくれ」

「おう。……あんまり先入観与えるのもどうかと思うけど、かなり特殊な状況で見つかった遺体だ。念のため天子さんに見てもらってる」

「特殊な状況?」

 

 楓が聞き返すと少年は周囲の目を気にするように目配せし、声を潜めた。

 

「陣、って言うのかな? みたいなやつの中心で死んでたんだ。明らかに普通じゃなかったし、死体に何か細工がある可能性もあるだろ?」

 

 幻想郷では何が起こっても不思議ではない。

 死体が動き出すぐらい、まあ起こり得ることの部類に入ってしまう。

 少年は楓たちの異変や騒動を見て学んでいたのだろう。先入観に捉われることなく、素直に天子を頼っていた。

 楓はその判断に目尻を緩め、少年の肩をねぎらうように叩く。

 

「正しい判断だ。わからないものが一番怖い。生きる屍になって襲われでもしたら洒落にならんからな」

「おっかないこと言うなよ……」

「そうなったら骨も残らず焼いてやるから安心しろ」

「そういうとこ躊躇しないよなお前ホント!?」

 

 などと話していると丁寧に敷かれた筵の前に天子が立っているのが見つかる。

 天子は楓の姿を見つけるとこちらへ来るよう手招きした。

 

「遅いわよ。こっちの方で大体指示は出してあるわ」

「助かる。指示の内容は?」

「交友関係と直前の行動の洗い出し。自殺なのは間違いないだろうけど、色々怪しいところがあるから調べてる。こっちが遺体」

「確認する。お前は見たか?」

「気分の良いもんじゃないけどね」

 

 それだけ言って顔を背けた天子の横を通り、楓は筵をまくった。

 首をかき切ったのだろう。首の周りから血がぶちまけられ、盛大な苦悶に彩られた死体が楓の前に現れる。

 だが凶器と思しきナイフは彼の両手にがっしりと握られ、他人が後から握らせたものとは思えない。

 そして何より、楓の錯覚かもしれないが――男の顔は苦悶だけでなく、どこか目的を果たせられる達成感のようなものがにじみ出ているように見えていた。

 筵を下ろすと、それを待っていた天子が楓の所感を求めてくる。

 

「どう思う?」

「自殺と断定するしかないだろう。ただし、不可解な点が多々ある」

「でしょうね。踏み込む?」

「そうしよう。補佐を頼む」

「頼まれたわ」

 

 力強くうなずく天子を伴って、楓は現場である長屋――件の男以外誰も住んでいない――に踏み入っていく。

 部屋の内部は整然としながらもどこか雑多な空間だった。

 占術に使う道具と思しき水晶玉や道具は部屋の片隅にまとめられ、室内の大半はどこから調達したのかわからない本や草の根を干したもの、何かの生物の黒焼きなどが吊るされている。

 机の上にはなぐり書きと思しき紙面が乱雑に置かれ、軽く眺めた限りでも人体の模型図などが描かれているのがわかる。

 総じて、易者という人物らしからぬ、魔道に傾倒した人物の部屋という印象を与えるものだった。

 何より彼らの目を引いたものとして――黒く酸化した血がぶちまけられている部屋中央の魔法陣があった。

 

「うっわ」

「誰も住んでいないのを良いことに好き放題しているな……」

 

 天子はドン引きした様子で吊るされている木の根などを触ってみたりしている。

 楓も中に踏み入った後、部屋の内容を確かめるようにぐるりと顔を軽く動かす。

 千里眼を持つ彼はそれだけでおよそ確認すべきものを把握したのだろう。一直線に紙面の方へ向かいながら天子の方へ声をかける。

 

「室内の調査は俺が行う。天子、魔道の造詣が深い人物を連れてきてくれ。魔理沙、アリス、パチュリー、白蓮もいるか。四人のうち誰かを頼む」

「見ていて面白いものはありそう?」

 

 天子の言葉に対し、楓は何も答えず紙面を漁る。

 その中から説明にちょうど良さそうなものを見つけると、それを天子に手渡した。 

 

「いくつかの予想はある。それが合っているかの確認がしたいだけだ。多分、この資料を見ればわかるだろう」

「ふぅん……? 対価はどうする?」

 

 楓から受け取った資料を流し読みしながら問うてくる天子に楓も僅かに思案し、口を開く。

 

「守護者としての俺が支払える範囲で構わない」

「太っ腹ね」

「普段通りの無茶振りに応えるだけなんだ。安いと思う」

「日頃から無茶振りされてる自覚はあるわけ」

 

 天子は呆れたように肩をすくめると、陰気な空間にいても面白くないしとつぶやいて外に出ていった。

 後は彼女に任せておけば誰かしら連れてくるだろう。楓はそれを見送った後、部屋の調査を再開していくのであった。

 

 

 

 端的に言って、およそ大体の事情は把握できた。

 楓は魔法こそ扱わないものの、魔道への知識そのものは持ち合わせている。

 魔女が知り合いに幾人もいるのだ。彼女らへの対策を知っておいて損はないという理由だった。

 ……最近は自分が節操なく色々な術を覚えている自覚はあるので、魔法を使っても良いんじゃないかと思い始めてもいた。閑話休題。

 

 ともあれ、彼は散らばっている紙面や本棚の本をいくらか確認し、自害した易者の目的、ならびにこの場所で行われた術の種類に大雑把なアタリを付けていた。

 

「なんとも迂遠な方法だが……俺の推測が間違っていなければ物証が必ず存在する」

 

 残りは答え合わせと物的証拠の確保だけである。そこまで思考を進め、楓は天子が戻ってくるのを長屋の外で待っていた。

 

「楓、連れてきたわよ。アリスがちょうど人形劇をやっていたわ」

「連れて来られたわ。単なる自殺なら気にも留めないけど、魔術的要素のある室内だったんでしょう? それなら多少は興味がある」

「来てくれて感謝する。説明しよう」

 

 アリス、天子を伴って再び室内に入る。

 その中で楓は一直線に紙面の散らばっている箇所に向かい、いくらかの紙片をまとめて二人に渡す。

 

「独自に行われていた研究内容だ。天子に見せたものはほぼ概要だった」

「軽く見たけど門外漢でさっぱりだったわ。楓はわかったの?」

「やりたいことぐらいはな」

「私を呼んできたのもその答え合わせというわけ。いいわ、聞きましょう」

 

 アリスは術式を調べるように魔法陣に触れ、資料を流し読みした後、挑戦的な笑みを浮かべて楓の方を見た。

 

「調査の内容から順を追って話そう。まずこの男、占術を使う易者でありながら魔道に傾倒していた」

「部屋を見ればわかるわ。自殺の原因は?」

「男は魔道と合わせた占術を使って、外の世界を盗み見ていたらしい。外の世界の風景を書き記したものがある」

 

 ビル群が立ち並ぶ光景を書き記したのだろう。

 早苗の心を通じてとは言え、外の世界を知っている楓はそれが外の世界のものであると読み取ることができた。

 

「どうやら外の世界を人間の世界と信じ、幻想郷は妖怪に人間が飼われている世界だと思ったらしい。その辺りの思想が研究内容から読み取れた」

「あながち間違いでもないんじゃない?」

 

 力なき人間は人里から出ることを許されず、一生をここで終えることを強制されている、と書けば天子の言にもうなずけるものがある。

 しかし楓は気にした様子もなく言葉を返した。

 

「権力者に管理されている、という点で言えばどこも変わらんだろう。人が社会を構成する上で不可欠の要素だ。相手が妖怪か人間かの違い程度で」

「今話すことじゃないわね。調査の続きを話して」

 

 アリスに先を促されたため、楓は軽くうなずいて話の続きを再開する。

 

「外の世界が人間の世界と知り、幻想郷が妖怪の世界だと知った男は絶望した。絶望して、一つの案に行き着いた」

「単に自殺してこの世からの逃避……では済まないんでしょうね」

「状況から推察するに何らかの生まれ変わりを行う術だ。特殊な魔法陣、特殊な術式を使用して人間としての命を捨てることで、別の存在へ生まれ変わる魔法」

「――お見事。私たちはまず使わない魔法だけど、知っていたの」

「推察だと言った。室内、本、研究資料から総合してそういう術があると判断しただけだ。合っているか?」

 

 ここまでの話が全て推測であることに、アリスはむしろ驚いた様子だった。

 説明することも少ないと肩をすくめ、アリスは楓の推測を裏付けていく。

 

「よくまあそこまで推測だけで出せたわね。補足することも必要ないぐらいの正解よ。非常にマイナーな術だけど、楓が言った通りの術は存在するわ」

「やはりか。それが知りたかった」

「私の役目は終わり? だったら戻らせてもらうけど」

「いや、術について詳しい説明がほしい。男はどういった形で蘇るのか、とかそういった部分がわからない」

 

 アリスは楓の要求にうなずくと、書くものと紙片を用意して楓に使って良いか視線で尋ねてくる。

 

「使って良いぞ。出処が怪しいから後でまとめて燃やす予定だ」

「じゃあ遠慮なく。まずこの術において一番大事なのは己の思念を込めた道具よ。それが何であるかは問わないわ」

 

 細く白く、しなやかなアリスの指がペンを握って紙片の上を滑らかに踊る。

 簡潔な魔法陣の絵と、その上に人の身体。

 人の身体の上にバッテンが引かれ、そして魔法陣の先から何らかの道具の上に伸びる矢印が伸びていく。

 

「こうやって特殊な魔法陣の上で死ぬことで、思念を特定の道具に染み込ませる」

「染み込ませる先は装飾品、水晶玉、紙片、何でも有りってわけ」

「そういうこと。ああ、断言しても良いけどこの室内にはないでしょうね。楓の言った通り、破棄される可能性が高い場所に置くものじゃないわ」

 

 そうなると彼が死ぬ直前の行動が肝になってくる。

 どこかに埋めたか、あるいは隠したか。楓と天子は互いに目配せし、確認に向かわせていた自警団の面々が戻るのを待つことにする。

 

「……仮に復活した場合、どんな存在になる?」

「術式次第だけれど……極端に人間を上回るものにはならないわ。要するにあなたや鬼のような規格外にはなり得ない。元が人間だもの。どれだけ下駄を履いたところで、ある程度止まりよ」

「ふむ」

「ただ、術者がそれを理解している場合、保険をかけておくのがセオリーになる。人外として復活しました、無力だったのですぐに死にましたでは話にならないでしょう?」

 

 しかし、先にアリスが言った通り人外になっても劇的に強くなるわけではない。となると保険にするものは――

 

「――極端に死ににくくなる、ないし死んでも復活できるようにする、ね」

「話が早くて助かるわ。天子の言った通り、何らかの保険は用意されていると見るべきね。肉体を持たない思念体として復活する場合、用意するリソースも少なくて済むもの」

「リソースとはどんなものが必要になる?」

「これもセオリー通り。妖怪が必要なものよ」

「畏れ――いや、少なくて済むなら何かしらの感情であれば何でも良いのか」

 

 正解にたどり着いた楓にアリスは目を細めて微笑む。

 天子はアリスが微笑む理由もわかると内心うなずきながら、楓に呆れた目を向けていた。

 真面目にやれば誰よりも手早く真実にたどり着くというのに、先日のあれは何だったのだろうか。

 

「そういうこと。ここから先は物証と現場を押さえるだけよね。私はもう戻っていいかしら」

「ああ、この後は俺と天子でどうにかできる。来てくれて感謝する」

「私にもメリットのある取引だから良いわ」

「そう言えばメリットは何なんだ?」

「あなたが私と一緒に魔界に行くことよ」

「――――なんだって?」

 

 聞き間違いであって欲しい言葉がアリスから発せられたため、思わず聞き返してしまう。

 そんなことはない。どうか嘘であってくれ。楓の願望はアリスの諦観に染まった瞳で否定されてしまった。

 

「私と一緒に魔界に行くこと。お母さ――魔界神様が会いたがっているって言えば通じるわよね?」

「…………」

 

 ものすごく酸っぱい梅干しを食べたような顔になるが、アリスの顔は変わらなかった。

 

「……何も聞かなかったことにとか」

「今日のことがあろうとなかろうと遅いわ。今度連れて行くって言ったもの!」

「事後承諾かよ!?」

「ええそうよ事後承諾よ悪い!?」

 

 開き直られてしまった。

 羞恥に頬を染めながらも迫り寄ってくるアリスに楓はかえってたじろいでしまい、それが隙となってしまう。

 

「そういうわけだから、今度連れて行くからね! じゃあまた!」

 

 止める間もなく飛び去ってしまったアリスを楓は呆然と見送るしかなかった。

 そんな楓を呆れた横目で流し見た後、天子はパンパンと手を叩いて意識を切り替える。

 この少年と一緒に行動していて、このぐらいの騒ぎに心乱していてはやってられないのだ。

 

「……行ってしまった」

「止める間もなかったわね。じゃあ次行きましょうか」

「俺に何か言葉とかないのか?」

「事前に知っておくかいきなり巻き込まれるかの違いぐらいでしょ、あんたに限って言えば」

 

 身も蓋もない天子の言葉に何も言い返せなかったため、楓は憮然とした顔で情報収集に放っていた自警団の面々が戻ってくるのを待つしかないのであった。

 

 

 

「まず、男に親類縁者はなし。天涯孤独の身になる」

 

 天子と一緒に長屋の前で待つことしばし。情報収集を頼んでいた少年が戻ってきたので、長屋の壁に背を預けて報告を聞いているところ。

 自警団の少年は手際よく聞いてきた情報を慣れた様子で楓に報告していく。

 事件こそ少ないが、こういった形で楓に日々の内容を報告することはよくあるらしい。

 

「続けてくれ」

「占術は師匠がいたっぽいんだけど、魔道に傾倒して道を外れたため破門扱い。占術の業界じゃ鼻つまみ者みたいな扱いだったらしい」

「よく調べてきたな」

「易者の同業者に片っ端から聞いてみたんだよ。あ、ちなみに師匠の方はすでに亡くなられてる。だいぶ高齢だったらしい」

「なるほど。身辺情報はこのぐらいか?」

「これ以上掘っても大したものは出ないと思う。俺の方はこのぐらいだ」

「助かった。詰め所の方に戻って人を呼んできてくれ。部屋の中身の廃棄と遺体の焼却を頼む」

「あいよ。共同墓地の方で良いか?」

「そこしかあるまい。ああ、いや……道具は一旦まとめておくだけにしておいてくれ。下手に破壊するとマズイものがあるかもしれない」

 

 遺体の細工は考えなかった。楓もそれは視認して問題ないことを把握している。

 そして楓の読みが一から十まで当たっていた場合、道具は後で使う可能性が出てくる。

 楓の思惑がわかっていないのか天子は怪訝そうな顔で見てくるが、少年は特に疑問を挟まず首肯した。

 

「了解。……ところで聞いておくけど、これって危ないことにならないよな?」

「安心しろ。事態の九割方は把握している。どう転んでもこっちで処理できる範囲だ」

「ん、なら信じるわ。じゃあ後でな」

「ああ」

 

 自警団の詰め所に戻っていく少年と入れ替わりになる形で、もう一人の団員が近づいてくる。

 彼には男の最近の行動について聞き込みを頼んでいた者だ。

 

「こっちも大体聞けました。普段は大通りで易者として働いていたようですが、最近は本を執筆していたようです」

「なるほど」

 

 それ自体に驚きはなかった。楓が調べた室内でもそれらしき証拠は見つけられたからである。

 

「で、その本を鈴奈庵に卸していたみたいです。それが確認できた行動としては最後でした」

「わかった、よく調べてくれた。さっきのやつに遺体の回収を頼んでいるから、それに合流した後は最低限の引継ぎだけやって休め。良い気分のするものは見てないだろう」

「……はい、ありがとうございます」

 

 平常を維持しているように見えるが、楓の目は彼らの顔が僅かに青ざめているのを見逃していなかった。

 人の死とは同胞にも精神的動揺を与えやすいのだ。

 隣の天子は大して気にしていない様子だが、まだ楓たちとそう歳も変わらない少年たちには酷なものである。

 報告に来た男が立ち去るのを見送った後、天子は意外そうな顔で男たちを見ていた。

 

「人死で揺らぐものね。荒事慣れしていないの?」

「俺が守護者に就任してからはな。老衰死や病死はいくらかあったが、自殺や他殺体は見ていない」

「呆れるほど平和で驚くほど騒がしいわね、人里って」

「良いことだ。さて、最後の確認に行くか」

「了解、鈴奈庵ね」

 

 天子の言葉に楓もうなずき、鈴奈庵への道を歩み始めるのであった。

 

 

 

 

 

「はぁ、最近来た本、ですか?」

 

 小鈴は天子を伴って現れた楓の言葉を聞いて、不思議そうに顔を上げる。

 

「ああ、何かないか?」

「ええっと……どんな本ですか? 何か具体的に言ってもらえると助かるんですけど……」

「占いに関する本になる。おそらく二種類ある」

 

 楓の言葉を聞いて小鈴はこめかみに手を当てて思い出す仕草を取っていたが、やがてぽんと手を叩いて思い出したことを告げる。

 

「あ! 確かにありました! でもそれがどうかしたんです?」

「あるだけ全部渡してほしい。人里の守護者としての頼みでもある」

 

 聞かない場合は命令になる場合もある。言外にそう含んだ言葉を告げると、小鈴は楓の様子を伺うように上目遣いで見上げてくる。

 

「……えっと、何かあったんです?」

「知っても愉快じゃない事件がね。こっちはその調査で動いているわけ」

「……わかりました。お兄さんがそこまで言うなら協力します」

「助かる」

 

 楓の頼みが通じたのだろう。小鈴はパタパタと店の奥に引っ込むと、すぐに二冊の本を抱えて戻ってきた。

 

「こちらになります。まだ来たばっかりだったので、私が軽く読んだぐらいで写本もありません。……あっ! 私がもう読んじゃってたらダメですか!?」

「ふむ……」

 

 狼狽した様子の小鈴になんて言ったものかと思案していると、小鈴が抱えていた本を横から現れたマミゾウがひょいと本をつまみ上げる。

 

「ほほぅ、これはこれは」

 

 マミゾウは手元の本を一瞥すると、そこに込められた思念を読み取ったように小さく舌なめずりした。

 

「あ、マミゾウさん! これはお兄さんたちに渡すんですから取っちゃダメですよ!!」

「ほほ、すまんすまん。おヌシは……見たところどういったものかわかっておるようじゃの」

「ああ。だから回収に来た」

「ならば忠告も必要ないか」

「いや、年長者の意見を無下にはしない主義だ。拝聴しよう」

 

 楓は二冊の本を手に持つと、マミゾウが先ほどまで腰掛けていた安楽椅子の側に向かい、天子と一緒に腰を下ろす。

 そして小鈴に声が聞かれない位置になったことを確認した後、小声で天子に話す。

 

「マミゾウは妖怪だ。人を化かすことに特化している」

「やれやれ、おヌシを騙せぬ程度であったかと未熟を嘆いておるよ」

「……っ!」

 

 天子は大きく目を見開いた。マミゾウのことは鈴奈庵の常連である人間だと信じて疑っていなかったのである。

 その疑問に思わないことまで含めて、マミゾウの変化なのだろう。

 楓が一目で見抜けたのは、彼の持つ目の特性がマミゾウと相性が良かったためである。それがなければ楓も気づいた自信はない。

 

「……良いの?」

「今まで問題が起きてない以上、俺から何かを言うことはない」

「目こぼしに感謝しておるよ。儂も騒ぎはゴメンじゃからな」

「で、話とは?」

「んむ。この本に込められた思念についてじゃ」

 

 マミゾウは本を片手に持ち上げると、その表紙を眺めながら口を開く。

 

「こいつのキモは人が読んで面白い部分と詰まらん部分を分けているところじゃな。なぜかわかるか?」

「感情を集めるためだと調べているが……ふむ」

「ああ、なるほど。感情の指向を決めるためね。片方が詰まらない場合、それはなかったものとして扱われる可能性が高い――つまり、作者の嫉妬を買う」

「お見事。これは人々から感情を得る方法ではない。死後の感情を特定の方向に向けるためのものじゃ」

「道理で」

「そもそも占術とは世界の裏側を覗き見る行為じゃ。できるからといって、その方法が真っ当なものであるとは限らない」

「リスクでもあるのか?」

「深淵を覗き見れば、深淵もまたこちらを覗き返す。異端を知るとは、すなわち異端に魅入られるも同義よ。そうならぬよう占術は引き返す術や受け入れる術も学ぶものじゃが……どうやらこの男、それが意味を成さないほどに魅入られたようじゃの」

「なるほど。話の大筋は理解した」

 

 マミゾウの話にうなずいた楓はおもむろに二冊の本を同時に開くと、その内容を全て確かめた後で詰まらない方――子供じみた戯言が書かれている本を天子に渡した。

 

「これで男の復活条件は満たした。後は本人に直接聞くとしよう」

「え、いいの!? 封印とかじゃないの!?」

「術の成否も確認しておきたい。この術の結果がどうなるかだけは見ておくべきだ」

 

 天子とマミゾウが呆気に取られる中、楓はさっさと動き出してしまう。

 

「……あの小僧、何か別の目的でもあるのかのう」

「私もわからない。あいつ、何か自分のための利益でも――」

 

 

 

 ――追求しているのかしら。

 

 

 

 天子のつぶやきは誰に聞かれることもなく、また天子が真実にたどり着くこともなかったのであった。

 

 

 

 

 

 かくして男は復活する。己の本に込められた思念と、戯言の部分を無視するように仕向けた結果、生まれる嫉妬の感情をコントロールすることで暴走する危険のない怨霊として生まれ変われたのだ。

 男は自意識に目覚め、それが長屋の部屋で自害する瞬間の記憶まで持ち越していることを思い出すと、歓喜に震えた。

 

「やった……やった!!」

 

 確実に成功する見込みがあるわけではなかった。本に嫉妬の感情が向けられなければ復活の機会は永遠に訪れなかっただろうし、そもそもの話として自殺なんてやりたいものではなかった。

 しかし男はそれを行った。妖怪に飼われている幻想郷において、強者の側に立つには人であることをやめるしかないという結論に達したのだ。

 

 いくつもの綱渡りを超える必要があった。しかしそれだけの見返りが今、男の身体に現れている。

 これで自分は誰に言われることもなく、大手を振って妖怪として長い人生を――

 

「――そこまでよ」

「――は?」

 

 男の歓喜は無造作に草を踏み分ける音で中断された。

 視線を向けると、そこにはお祓い棒を肩に担ぎ、札を準備している紅白の巫女――博麗霊夢がそこに立っていたのだ。

 

「な、博麗の巫女!?」

「楓から大体のあらましは聞いたわ。なかなか考えた術を使ったようね」

「た、確かに俺は術を使って人間をやめた。だが人間を襲う気はないんだ! 怨霊の身体になっちまったが、悪感情である嫉妬はコントロールできる! だから俺は人を――」

「なおさら襲う理由が増えたわ。妖怪は人を襲うもの。その不文律を破る存在は許容できない」

「だ、だったらお前は違うのかよ博麗の巫女! お前の神社がなんて呼ばれているか知っているか! 妖怪神社だ! それにあの守護者だって混ざり物のくせに妖怪とばかりつるみやがって!!」

「一つ。補足するとすれば――私も楓もやってくる妖怪は全部一度は退治しているものよ。一度退治して、次襲われても問題ないやつと付き合ってるの」

 

 それに何より、と霊夢は怯えて逃げようとする易者の周辺に結界を準備しながら、彼が犯した最大の罪を告発する。

 

 

 

「――人間が妖怪になる。それは幻想郷において一番の大罪よ。私が出張り、狼藉者を滅さなければならないほどの」

 

 

 

「ひ、ひぃっ……!!」

「あんたの復活条件は楓が押さえた。恨まれたくもないけどここで仕留めて終わりよ」

 

 そう言って霊夢がお祓い棒を大上段に振りかぶった瞬間だった。

 誰も来ないはずの後ろから聞き慣れた足音と声がしたのは。

 

「ああいや、待ってくれ霊夢」

「楓!?」

 

 楓がそこにいたのだ。ご丁寧に二刀を背負い、易者が作ったと思しき本も二冊抱えている。

 男は楓の登場を確認すると、藁にもすがる思いで楓の方にすり寄ってきた。

 

「あ、あんた!? 人里の守護者様だろ!? な、なあ、助けてくれよ!」

「ふむ、お前は何ができるんだ?」

 

 それが助かるための条件に聞こえたのだろう。

 易者はべらべらと自分の能力について話し始めた。

 

「お、俺は占いができる。と言ってもそんじょそこらの占いじゃない。占星術に魔道を絡めた俺独自の占いだ。当たるも八卦当たらぬも八卦なんてもんじゃない! 調べたい情報の精度さえ正確なら、何だって見通すことができる。失せ物探しにはピッタリだと自負しているんだ!」

「それは今の状態でも行えるのか?」

「道具さえあればすぐにでもやれる! だ、だからな? だから、頼むよ。見逃してくれ。見逃してくれたら旦那を上客にするから!!」

「――ちょっと」

 

 易者の命乞いを遮り、霊夢は易者に話しかけた。

 怯えた様子で振り返った易者は、霊夢の顔が最初に出会った時以上に厳しいものになっていることを知り、全身に怖気が走る。

 しかし霊夢の口から出た声音は剣呑な内容に反して、彼を気遣うものだった。

 

「――悪いことは言わないから、私の手にかかって死になさい。今この時、そいつは悪魔の誘惑よ」

「――は! 何を言うかと思えば! いいさ、たとえ悪魔の誘惑に乗っても、今死ぬより(・・・・・)遥かにマシだ! さあ、旦那!! 俺の能力は優秀だろう? 俺を生かしてくれ!!」

 

 まくしたてるように易者は叫び、楓は瞑目して考えていた様子だったがやがて決心した様子で目を見開く。

 

「ああ、悪くない。悪くないから、その能力――御阿礼の子のために役立ててくれ」

 

 

 

 

 

 ――霊夢も久しく見ていなかった、狂気の碧眼が易者を射抜いた。

 

 

 

 

 

 そもそもの話として――易者は自分の身をよく考えるべきだったのだ。

 

「ア――アアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!」

 

 喉を引き裂き、口から顎まで全て開いて吐き出す拒絶の叫びを、楓は眉一つ変えず右から左に流す。

 横で聞いていた霊夢も表情は変えないが、その横顔には冷や汗が流れている。

 しかし、どちらも助けるつもりはない。

 のたうち回り、魂を染められる恐怖に喘ぐ易者への救いは、なかった。

 

 彼は人間をやめ、人外となり。人外となってなお人間を襲わないなどと口にしていた。

 それは人で在り続けるべき人間としての裏切りであり、人を襲うべき妖怪としての裏切りですらあった。

 両方を裏切った時点で霊夢からも抹殺対象であり、楓も積極的に生かす理由はない。

 つまり彼は霊夢にとって滅殺対象であり、楓にとっては死んでも生きてもどっちでも良い存在だったのだ。

 どっちでも良い存在だから利用する。楓は易者が復活する可能性がある、とわかった時点でこの絵面を描いており、あらゆる事象を掌で転がして成功させた。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ!! やめてやめて壊さないで殺さないで流さないで!! おれ、俺おれおれの価値を流さななな――」

「苦しみは一瞬だ。あまり抵抗すると長引くだけだぞ」

「――あ。おれ、が、なくなる」

 

 パキン、と軽い何かが折れた音がしたと同時、易者が暴れることはなくなった。

 それは決して彼の心が砕け散った音ではなく、彼の心が新たな価値観に染まり果てたものであると、事態を傍観していた霊夢は察していた。

 うつむき、顔を上げない易者に楓が問う。

 

「――我らの主は誰だ」

「御阿礼の子」

 

 返答は、これまでの易者の声とはまるで違う無機質なものになっていた。

 

「――我らは何だ」

「御阿礼の子の道具である」

「――我ら阿礼狂いの手足。お前がすべきことは何だ」

「当主の力となること。そして虎視眈々と当主の座を狙うこと」

「――我らの命はなんだ」

「無論、御阿礼の子に捧げるもの」

 

 易者の見た目は変わらない。どこか卑屈そうに易者の装束に身を包んだ怨霊のもの。

 しかし在り様が決定的に違う。もう彼はただの怨霊ではない。阿礼狂いに成り果てたのだ。

 

 楓は新たな手駒となった易者を伴い、屋敷に戻ろうとする。その背中に霊夢は警戒心を込めた声をかける。

 

「待ちなさい。――あんた、なんでこいつに阿礼狂いの目をかけたの?」

「放置したところでお前が退治するか、俺が討伐するかの二択だろう。あの男に未来はなかった」

「……それはそうね。認めるわ」

「――だから道を与えた。少なくとも生きてはいられる道を」

「…………悪魔の取引だと思わなかったの?」

「普通の相手には使わないし、今回みたいな特異な事例だけだ。――さて、帰って仕事するか」

 

 霊夢の糾弾にも楓はまるで堪えた様子を見せず、易者を伴って人里への道を戻っていくのであった。

 霊夢はそれを見送り、楓が新たな手駒を手に入れたことと、彼自身にあの目を使う状況が訪れたら躊躇なく使うことの意味を理解してしまい、冷や汗を流すしかなかったのであった。

 

 

 

 

 

 ――あいつ、精神のバケモノぶりは爺さん以上かもしれないわね……。




温度差で風邪ひきそう(直近と最近のお話で)

友達とはっちゃけながら、それとは別の並列思考で易者を利用できないか考え始め、利用できると考えたら迷わず魔眼使用で味方引込。なんだこいつ(ドン引き)

ノッブ以上に社交性持ってますが、同時にノッブ以上の狂気性ももってます。
厄介なことに楓の中ではちゃんとそれが両立している。自警団の面々を気遣うのは彼の優しさですし、易者を阿礼狂いに落とすのもそうしないと生き残れないなという優しさが混ざっています。まあ八割打算で得だと思ったからですが()

易者さんは仲間になったので楓がちょいちょい情報収集で訪ねる役になりそうです。普段は火継の屋敷で引きこもって占術勉強していると思います()
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