「……彼が眼を使った?」
「ええ、そう」
霊夢の報告にスキマ妖怪――八雲紫は怪訝そうに目を細めた。
「状況が読めませんわね。ここ最近で異変は……まああるけれど、御阿礼の子に関わるようなものはなかったはずよ」
神霊廟と語られることになった異変があるにはあるが、あれは阿求がこの上ない決着をつけていた。
あれ以外に御阿礼の子が関わるような異変はなく、そうである限り彼が阿礼狂いとして力を振るう理由はない。そう考えていた。
しかし霊夢は力なく首を振って、紫の言葉を否定した。
「あいつ、状況が揃えば普通に使うわよ。そのことを呵責に感じた様子もなかった……というかあいつ、一番最初から特に悪いことしたとは考えてなかったと思う」
それに霊夢たちを巻き込んだことへの謝罪はあれど、力を行使したことへの謝罪は一切なかったはずである。
「ただ、擁護するつもりはないけど、あいつが阿礼狂いに変えた相手は変えなければ私が退治するつもりだった。あいつは幻想郷の掟を破っている」
「あら、どういう?」
「人間を辞めたのよ。死後に生まれ変わる術を使って」
霊夢の言葉に紫の眉が険しくなる。
「……どこからその方法が漏れたの?」
「魔道に傾倒して、独力で編み出したみたい。独力なのは大したものだけど、肝心の術式自体はお粗末なものだったわ」
「いやに詳しいわね」
「楓から報告を受けたのよ。多分、嘘はない」
霊夢は事件の詳細は知らない。ただ、下手人が誰でどういった手口を用いていたかを、楓から聞かされていただけだった。
本来ならそれだけで問題はないのだ。事件そのものの調査は人里の領分であり、調査の結果が妖怪に関わるものであれば博麗の巫女に報告する。
楓は人里の守護者としての仕事を過不足なく行っただけに過ぎない。その中で己の利益を最大限追求しているのはあるが。
「使った術式、資料の類はほとんど破棄したから今後同じ手口はないって。で、紫が知りたいのはそうじゃないでしょ」
「そうね。――彼が今後も眼を使うか否か」
「――使うわ。状況が許せば誰が相手でも使うと思う」
ただし、と霊夢は指を二本立てて、確信を持って楓が魔眼を解放すると思しき条件を口にした。
「あいつはよっぽどの状況が整わない限り使わないわ。本人が言ってたもの」
「……その内容は?」
「一つ、御阿礼の子が傷つき、穢された時。紫は知ってるそうね」
「ええ、身を持って理解させられましたわ」
補足するなら、御阿礼の子が使えと命じた時である。
スキマを破り阿求の前に参上した彼は阿求の命令次第で、あの場にいた全員を阿礼狂いに堕としてしまうこともできたのだ。
「もう一つ。徹頭徹尾楓の意思で使う場合――まず相手が死ぬべき存在である必要があるわ」
「ふむ」
「今回で言えばあの男は死ぬしかなかった。楓が手を出さなければ私が退治して二度と復活しないよう封印していた」
易者に未来はなかったのだ。阿礼狂いになってまで生き延びることを幸福と捉えるかは議論が分かれるだろうが。
「そして私よりも先んじて状況を把握して、楓自身が利用できると判断した時。今回に関して言えばあいつは良くも悪くも優秀だったわ。私や魔理沙みたいな弾幕ごっこの才能じゃなくて、別の部分で能力が高かった」
それがあんな結果になるのだから皮肉と言うしかない。
利用する価値なしと判断されていれば、楓はあの場に現れることなく霊夢に全て任せていただろう。
額に手を当ててため息をついた霊夢は真面目な顔で紫に語る。
「私から見た条件はそれだけ。ここからは勘になるけど――あいつ、能力云々じゃない部分で爺さん以上にヤバいわよ」
先日の異変で見せた年相応の姿と、今回見せた阿礼狂いの当主としての姿はまるで乖離しているが、どちらも楓の素である。
彼は一瞬の時間差もなく両方の姿に切り替えられるのだろう。
霊夢の報告を聞いた紫は扇子で口元を隠すと、ひとりごちた。
「阿礼狂いの結実、か……」
「紫?」
「ああいえ、何でもありませんわ。報告ありがとう、霊夢。私の方で何か考えてみますわ」
スキマに消えていく紫を見送りながら、無理だろうなと霊夢は直感で悟る。
今回の楓は持って生まれた力を活用しただけであり、阿礼狂いに変えた相手は幻想郷の一翼を担う存在でもなんでもない。
彼は使っても問題ない相手を慎重に選んでいた。今回についてもせいぜい苦言を言う程度で、それ以上の拘束はできないだろう。
なのでこちらにできることは――
「あいつが能力を使っても良い相手が出ないことを祈るか、先に殺せってことね……」
全くもって私の兄貴分は問題ばかり起こす問題児である。
霊夢は空を仰いで思いっきり息を吐いた後、意識を切り替えて日々を過ごすようにしていくのであった。
易者の住まいは火継の屋敷とは別にしてある。
屋敷に住まわせても良いのだが、あそこには母である椛が暮らしている。
自分の魔眼を使って阿礼狂いに変えました、と素直に言ったら慈悲で易者を殺しかねない。
阿礼狂いである自分を理解し、その上で愛してもらっている過分な立場である自覚はあるが、今回の件を許容はしないだろう。
つまり楓は自分の行いがそういうものであるとわかった上でやっているのである。それで悪いと思ったことは一度もなかった。
「お前は今日からここを使え。人里に姿は出すな。必要なものがあれば俺を通せば工面する」
楓はおよそ人が住むには不適切な――しかし悪霊が身を隠すだけなら十分な廃屋を魔法の森で見つけると、そこに易者を押し込んでいた。
易者の遺品は楓が廃棄するという名目で持ち出し、ほぼ全て用意してある。易者の顕現に必要な本も確保済みだ。
「では早速。占術、魔道に関する本を頂きたく。今の自分では御阿礼の子のお力になどとても」
「他は?」
「――呪いの本などを少々」
呪い殺す気か、と楓は冷たい目で易者を一瞥する。
別にそれを咎めはしない。彼も阿礼狂いになった以上、あの手この手で楓を追い落とし、己こそが御阿礼の子に相応しいと声を上げることは当然のことである。
「わかった。だが使い手がいるかわからない技術だ。本の入手に時間がかかる可能性がある」
「それは承知の上。しかし己は今や儚い悪霊の身。できることと言えば占いと呪うことばかり故」
「手足を整えるのも当主の仕事か。良いだろう」
紅魔館でパチュリーに頼むか、厄神である雛、あるいは祟り神である諏訪子に頼めば何かしらは手に入るだろう。
それより早速彼に力を発揮してほしい楓はとあることを口にする。
「まずは力を示せ。そう具体的な内容ではないから、返答ははいかいいえの二択で良い」
「ふむ、一体何を?」
「――次の満月までに異変は起こるか?」
楓の言葉を聞いた易者は商売道具である水晶に手をかざすと、そこにぼんやりとした光が宿る。
魔力による光であると、魔理沙やアリスの魔法を見たことがある楓には理解できた。
「――いいえ。幻想郷縁起に載せるようなものは何も起こらない」
「確かか?」
「さて、それは当主の行動次第かと。占いはあくまで道筋を示すのみ。示された道を諾々と進むだけの人など、幻想郷にはおりませぬ」
それもそうだと易者の言葉に納得するが、多分大丈夫だろうと楓の直感も易者の占いに同意していた。
占いの結果を瞑目して受け止め、やるべきことを頭にまとめた楓は易者に背を向けて廃屋を後にする。
「お前の占術は当てにしている。しかし、阿礼狂い以外の誰かが来たら姿を見せるな。お前が俺を呪う分には何も言わん。阿礼狂いなら当然だ」
「承知しました。道具を放置しても?」
「良い。死ねと命じた時以外で命を捨てるな」
「わかりました」
うやうやしく頭を下げる易者に楓は何かを言うべきか唇を動かしたものの、それが音になることはなかった。
お前は幸福か、など――阿礼狂いに対しては愚問も良いところだと思い直したのだ。
魔法の森に易者をかくまい、数日が経過した。
時折千里眼で確認しているものの、彼の居場所が割れた様子はない。
楓の魔眼の危険性を知っている霊夢が紫に報告した可能性はもちろん考えているが、現状で何も起きていないなら問題はないと判断している。
なので楓は今日も日々を普段どおりに過ごしており、今日は妹紅の家を訪ねているところだった。
妹紅は唐突に現れた楓の相談内容にひとしきり呆れと納得を示した後、お茶――楓が予め置いておき、定期的に補充している――を出して話し始める。
「――火、って言うのは人類の進歩と常に共にあったと言っても過言ではないわ」
「ふむ」
「私は最初から強かったわけじゃない。……もともとは私、それなりの地位にあった人間だって知ってたかしら?」
「それであの生活か?」
「そのバカを見る目をやめなさい! 生まれは貴族だけど貴族で過ごした時間なんて今までの人生でほんのちょっぴりなんですから!」
生まれが貴族であることは初耳だったが、今の生活とは関係なさそうなので楓は記憶の彼方に追いやることにした。
妹紅は楓が自分に抱く認識が未だに要介護者からあまり変わっていないことに憤慨しつつ、心のどこかであれこれと世話を焼いてもらえる今の状態を快く思っている自覚があるからか、頬を羞恥に染めながら咳払いをする。
「んんっ! とにかくまあ、私が不老不死になった直後はそりゃもう大変だったわけよ。行くあてもなければ生きる術もない。獣に襲われて死ぬ、妖怪に襲われて死ぬ、賊に襲われて死ぬ、飢えて死ぬ、凍えて死ぬ、溺れて死ぬ、転落して死ぬ」
「…………」
「理解し難いって顔してるわね。でも最初は本当にこんな感じだったのよ? 蝶よ花よと愛でられ……てたわけでもないし微妙に冷遇されてたと思うけど、それでも食べるに困らなかった花の少女が外に放り出されて生きていけると思う?」
無理だと思ったので楓は首を横に振る。
「火に関しては死にものぐるいで覚えたわ。肉を焼ける、暖を取れる、濡れた身体を乾かせる、夜を照らせる、獣避けにもなる。楓は最初に炎の術を覚えたんだっけ?」
「お前と戦ったのが初陣だったからな」
厳密に言えば影狼なのだが、端的に言って勝負になっていなかったため楓の中では戦いに含まれていなかった。
妹紅の質問に素直にうなずくと、妹紅はニンマリと楽しそうに笑った。
「見る目があるわよ。私も無節操に色々取り込んだ自覚はあるけど、炎の妖術が一番思い入れもあるからね」
「お前の炎への思い入れは理解した。それで俺の相談した内容は可能なのか?」
楓が話を戻すと、妹紅は口元に手を当てて思案げな顔になる。
彼の相談内容は妹紅がこれまで考えたこともない炎へのアプローチであり、可能か不可能かという観点ですら簡単に口にすることができなかった。
楓は無言で考え始めた妹紅を急かすことなく、少し冷めてしまった茶をすすりながら彼女の返答を待つ。
やがて妹紅は顔を上げると、ゆっくりと自信はない様子で答えを口にする。
「……不可能ではない、と思う」
「それが聞ければ十分だ」
「でも一体何に使うの? ものすごく限定された状況な気がするのだけど」
「ああ、その認識で正しい。使わない可能性も大いにあるものだ」
使わずに済むならそれに越したことはない。
しかし、必要に迫られた場合に使えませんでしたが起きてはならない。それが起きた時、確実に命というツケを支払う羽目になる。
楓は飲み干した茶碗に視線を向けながら、訥々と考えていることを話し始めた。
「俺の弱点はある程度以上の肉体強度を持つ相手だと、一気に倒す手段に欠けることだ。鬼が典型的な例だ」
楓が致命打を与えるよりも早く身体が治ってしまい、どれだけ斬り刻んでも痛手以上にならない。
故に他者の助けが不可欠となる。天子しかり、霊夢しかり、自分に代わって決定打を与えられる、ないし致命的な隙を作れる存在が必要になるのだ。
「へえ」
「理由は明白。俺は霊力が扱えないからだ」
「なるほど。私ならそういう相手はさっさと逃げちゃうけど、楓はそうも行かないわよね」
「それに負けた理由が霊力を使えないから、なんて無様にも程がある。負けるにしてもせめて己の未熟で負けたい」
他者の力を借りることにためらいはない。一人で勝てない相手に一人で挑むのは単なる無謀である。
しかし、負けた理由に他者を使いたくはないというのが楓の本音だった。
楓の言葉を聞いて妹紅は目を細めて笑う。
「男の子ねえ」
「で、考えを変えた。霊力が使えないと言っても、妖怪の弱点全てが突けなくなるわけじゃない。霊力以外で徹底的に弱点を狙えるようにしたい」
「それで自分が使える一番強い炎の術で、詳しい私のところへ相談に来たと」
「そういうことだ」
おそらく可能である、という言葉が聞けただけでも十分な収穫だった。
こと炎の術に関しては楓以上の知見がある妹紅が不可能と言わなかっただけ、十分希望が持てる。
「相談できて良かった。助かった」
「これぐらいで良ければいつでも良いわよ。一人だと色々考えちゃうし」
「ふむ?」
首を傾げた楓に妹紅は失言したと頭を振ってごまかす。
しかし楓はそれを見逃すことなく話を振ってくる。
「色々考えるとは何をだ?」
「あー、っと……私にも色々あるのよ」
「いやお前輝夜と殺し合いするか、ミスティアと屋台やるか、慧音先生に世話されるか俺に世話されるかぐらいしか日々の活動ないだろ」
「思いっきりぶった切ってきたわね!?」
「妹紅はこっちから行かないと全然話さないというのは知ってるからな」
言いたい放題言われているものの、楓の指摘が概ね事実のため反論が浮かばず、妹紅は悔しそうに歯をむき出しにしながら、渋々話し始める。
「私さ。生きてるのが楽しいって言ったの覚えてる?」
「屋台を始めた頃だったか」
思い出す素振りも見せずに返答した楓に目を細める。
「でも一人になるとふと思うのよ」
「何を」
「ああ、死にたいなあって」
「…………」
思わず絶句してしまうものの、楓の内心には納得があった。
ずっとそう考えていたなら、自暴自棄になっていた姿の全てに合点がいく。
「……それは今も変わらないのか」
「これから先もずっと変わらないでしょうね。一時の感情に流されて死の安らぎにすら見放された愚かな女よ、私は」
「…………」
これが妹紅の生きる理由か、と楓は言葉に出さず思う。
非常に単純で、それ故強固な意味だ。なにせ肉体が死なせてくれない。
絶対に生き抜く必要のある楓にとっては若干の羨ましさすら感じてしまうが、さすがにそのためだけに不老不死は楓としても熟考を重ねたい。
と、そんなことを考えているとふと心に湧いたものがあった。
楓は自分の心に浮かんだ気持ちを正直に話そうと口を開く。
「なあ、妹紅――」
「おおい。妹紅、いるか?」
しかし、楓の言葉は途中で戸を叩く音に遮られてしまい、最後まで言葉にすることはなかった。
誰かと楓は振り返るものの、妹紅は誰が来ているのかわかっているらしく一直線に戸へ向かっていく。
「はいはい、慧音がいきなり来るなんて珍しいわね」
「わかるのか」
「私の家に来るの、あなたと慧音、ミスティアぐらいだもの。三人ぐらいなら音で聞き分けられるわよ」
「……いや、何も言うまい」
「それが何よりも雄弁に語ってるわよ!」
気の毒な生物を見る目で見られたことに怒りながら妹紅が戸を開くと、そこには妹紅の予想通り慧音が予想外に困った様子で立っていた。
「どうかしたの? そんな困った顔で……ってああ、なるほど」
妹紅が首を動かして慧音の後ろに視線を向けると、そこには何人かの人里の住人と思しき輩が立っているのが見えたのだ。
永遠亭への道案内にしては規模が大きく、切羽詰まった様子がない。なんだろうと慧音に説明を求める視線を寄越すと、後ろからやってきた楓が口を開いた。
「先生、輝夜の万博関連ですか?」
「む、楓も来ていたのか。ああ、その通りだ。宣伝を全くやっていないと輝夜が怒っていたぞ」
「むしろあれ始まっていたんですか?」
「そこから知らなかったのか!?」
輝夜がやるやる言って準備を進めているのは知っていたが、具体的な日時までは聞いていなかった。
永琳という分厚くて高い壁を越えてよくまあ実現までこぎ着けたものである。
予想以上の行動力に感心しながら楓は妹紅の隣を通って外に出る。
「案内なら自分が引き受けますよ。永遠亭の道はわかります」
「む、そうか?」
「ちょっと、永遠亭の道案内は私の仕事よ?」
「輝夜の万博と聞いて最初に思ったことは?」
「私に何も言わずにそんなことやってるのがムカつく」
「ということなので自分が案内します」
「よし楓に頼もう」
「私の信用なさすぎない!?」
今の妹紅と輝夜を一緒にさせたら周囲を考えず殺し合いを始めるに違いない。
その点だけは楓と慧音の意見が一致していたのだ。
「妹紅には相談に乗ってもらった礼もある。先生は少し妹紅と話して行ってはどうです?」
そして妹紅が一人にならないよう、慧音に妹紅と一緒にいるよう勧めてみる。
楓の思惑を読み取ったのか、慧音は朗らかに笑って楓の厚意を受け取った。
「そうだな。私も最近、ようやく生徒が眠る頻度が下がったような気がしていてな。誰かに自慢したくてたまらないんだ」
「え、それ聞かされるの私?」
「よしお前たち出発するぞ!」
どうやら大変な話になりそうだ。
楓は妹紅が眠って慧音の頭突きを食らう回数が少しでも減るよう祈りながら、人々を率いて永遠亭の道を歩き始めるのであった。
……ちなみに人里の住人も一人残らず妹紅に手を合わせていたのは余談である。
「しかしお前たちも来ていたんだな」
楓は薄暗い竹林の奥へ人々を案内する傍ら、顔見知りでもあった自警団の少年二人組に話しかけた。
彼らが今日、非番の日なのは把握していたため、私服姿の少年は後頭部で手を組みながら快活に笑う。
「あんな綺麗な人に来てくださいって言われたら男として断れないっての! 楓も罪な男だよなあ。絶世の美女って言葉はあの人のためにありそうだぜ」
「顔は洗ったか?」
「まだ寝ぼけてるって言いたいのかお前!?」
「造形が整っているのは認めるが、それ以外の部分で相殺しているだろう」
「それ以外ってなんだ? 俺はあの人に手を握ってもらって、万博に来てくださいって言われただけだぜ? ところで万博って何やってんの?」
「手段を選んでないな……」
弱竹のかぐや姫として謳われた美貌を容赦なく宣伝に利用している。
そして万博の内容は楓も詳しくは知らなかった。
「万博とやらの内容は俺も知らん。つまらないものでも覚悟しておけよ」
「あの人が案内してくれるなら例え石コロでも許す」
「楓が知らないなんて珍しいね」
「お前らは俺を何だと思ってるんだ」
「人里のど真ん中で痴話喧嘩してたやつぎゃああああああ!?」
自分とさとりはお互い嫌い合っている関係であるというのに、なぜか勘違いする輩が多い。
不埒なことを言った少年の頭を握りながら楓は顔をしかめた。
「俺とあいつは言うなれば不倶戴天の敵同士だ。次言ったらお前のあらぬ噂を白蓮たちにぶちまけるからな」
「洒落にならない脅しやめろよ!? 最近やっと顔見知りになれてきたんだぞ!」
「意外と真面目に通ってるよね……」
「いや、貴重な男手だって言われりゃ頑張るしかないだろ。人里に卸すものだって言われてるから、頑張れば人里も潤うわけだし」
「欲望が前にさえ出なければ良いのに……」
悪いやつではないどころか、むしろ良いやつなのだ。ただちょっと女の子と仲良くなりたい思いが前面に出やすいだけで。
そんな少年の欠点にため息をつくものの、この欠点がなかったらなかったで別の問題が発生しそうな気もするため、やっぱり今のままで良いと思い直した楓は話しているうちに見えてきた永遠亭を指差す。
「見えてきたぞ。あれが永遠亭だ」
「おお……。ずっと同じ景色が続いていると思ったら一気に開けて豪邸が出てきた……」
「やっぱり術かなにかで隠れてるの?」
「正しい道順で進まないと戻される結界だ。だから一人で勝手に戻ろうとするなよ。俺が睨みを利かせただけで妖怪も出るからな」
「人里の外なんだからわかってるって。お前の指示に従うよ」
素直にうなずいた少年と人々に楓も首肯し、永遠亭の戸を叩いた。
するとパタパタという軽快な音と、床を擦る布の音が楓の耳に届く。
そして戸が開かれると同時、後ろの人たちが一斉にざわめくほどの美貌に満面の笑みが刻まれて――輝夜が登場した。
「ようこそいらっしゃいましたわ! ……って楓じゃない。全然宣伝しなかった裏切り者が何の用?」
「はいここが永遠亭になる。人里で対処しきれない怪我や病気はこちらに。なおこれ以上の滞在は妖怪が出て危険なので戻るぞ」
「待って待って待って裏切り者なんて二度と言いませんから帰ろうとしないで!?」
「ということでこいつが永遠亭の主、蓬莱山輝夜だ。見た目だけは、見た目だけは美しいのは認めるが、こういった性格になる」
足元にすがりつく輝夜を鬱陶しそうにしながら紹介する楓に、人々はどう反応して良いかわからず曖昧に笑うしかなかった。
どうにもこの少年、先日の異変から変な方向に一皮むけた気がしてならない。
「お前の宣伝していた万博見物したい連中を連れてきた。俺も見たいから案内してくれ」
「もっちろん! 私が月から持ってきた珍品名品をたくさん――」
そう言って胸を張ろうとした輝夜だったが、後ろから現れた永琳に首根っこを掴まれて持ち上げられてしまった。
「はいそこまで」
「ぅえっ!?」
「人里への外遊は百歩譲りますが、ここでは主として振る舞ってもらいます。もてなしは私どもにお任せください」
「やだやだやだ私が案内したい――はぅっ!?」
ジタバタと手足を動かしてダダを捏ねていた輝夜だが、永琳が首を握る手に僅かな力がこもると死体のように静かになる。あるいは本当に死んだのかもしれない。
この姿は従者としてどうなのだ、と楓以外の面々が密かに思っていると、永琳は動かなくなった輝夜の身体を大事そうに抱えて楓たちに背を向けた。
「楓、あなたの目なら万博の場所はわかるでしょう。師匠としての命令です。案内して差し上げなさい」
「……輝夜が楽しみにしていたわけだし、彼女にやらせては?」
「主催は奥で構えているものよ」
取り付く島もない永琳の言葉に、楓もこれ以上の言葉は望めなかった。
なんとも言えない表情で振り返り、これまたなんとも言えない表情で見てくる人々に楓はこう言うしかなかった。
「……案内するけど、見ていくか」
「……おう」
なお万博の評価については主催である輝夜の名誉のため、明言を避けることが万博を見学した者たちの総意だった。
「どうして……どうして……」
楓たちが一通り見て回った後、永琳が永遠亭の見学もある程度なら良いと許可を出したため、一旦解散して各々が好きに行動している時だった。
意識を取り戻したらしい輝夜に引きずられ、彼女の部屋に連れて行かれた楓はさめざめと泣いている輝夜の相手をさせられていた。
「あれだけ頑張ったのに……私が案内できないなんてあんまりじゃない……私が何したって言うのよ……」
「……今回は同情するが、俺にどうしろと」
「あ、そうだ! それで万博の感想は――」
「ああ、永琳に一応の説得は試みたぞ。取り付く島もない様子だったが、輝夜じゃないと上手い説明が難しいと話したら揺れている様子ではあった」
その後説明は作れば良いと言われたので輝夜が万博を楽しめる日は来ない可能性が高いが、それを言わない慈悲は楓にもあった。
「それはありがとう。あーあ、残念。あ、でも私が集めた珍品名品の評価は――」
「そういえば万博の宣伝をしていたのは知っていたが、輝夜自身が連れて来ることはなかったんだな。慧音先生に頼んでいたのか?」
「ああ、それ? 私は自由に往来できるわけじゃないからね。妹紅に任せようにも殺し合いになっちゃう可能性高いし」
「難儀なものだ」
楓がため息をつくと、輝夜は袖で口元を隠してコロコロと楽しげに笑った。
「そこが可愛いんじゃない。ああ、そうだ。妹紅が最近、屋台をやっていて人生楽しそうなのよ」
「それがどうかしたか?」
「――あの子、私のだから」
「…………」
「世話を焼くのも良いわ。楽しませるのも許しましょう。だけどあの子は――私を追って不老不死になった愛おしいあの子は私のものよ。永遠に」
輝夜が見せたその目には狂おしいまでの情念と執着が渦巻いている。
ともすれば呑まれそうな感情を見て、楓はようやく輝夜の本心に触れられた気がしていた。
今までただ仰ぎ見るだけだった月に手が届いたのだ。
「――それを決めるのはお前でも俺でもない。妹紅だ」
故に楓も返す言葉を持っている。
もうここで足踏みする理由はない。
妹紅は楓にとって命を懸けても良い友人であり、永遠亭は楓の手に届く領域になった。
「お前のものであり続けた結果が妹紅のあの廃屋なら、俺はお前のやり方に異を唱えよう」
「…………」
思いがけない楓の言葉に輝夜は目を丸くしていたが、徐々にその目を妖しくも激しい敵意と歓喜に染めていく。
とうとう風が吹く時が来たのだ。きっとそれは嵐になり、これまでを根こそぎ奪い尽くすだろうが、紛れもない変化の風が。
「……よく言ったわ楓。私たちの永遠に手を出す気になったのね」
「いつか必ず、なんて言葉でごまかす理由もなくなった。二度目の満月の時、お前たちを訪ねよう」
「万端の支度をして待っているわ」
お姫様らしからぬ猛々しい鬼の如き笑みを浮かべ、少女は決戦を心待ちにするのであった。
「……ところで何で二度目の満月なの?」
「一度目の満月は別件で動けない」
「それってどんな用事よ?」
永遠に挑むより先に挑むべきことがあるというのか。
その問に楓はなんてことない様子で答える。
「ああ――万全の吸血鬼を下してお前たちとの戦いの力になってもらおうと思っているだけだ」
永遠亭とのバトルが本作の大詰めになります。ラストバトルではありませんが、ここが物語上一番の山場となります。
そしてここからいくつかお話を挟んだら本気のレミリアとの勝負、輝針城、深秘録、チラッと出ていた西行妖退治を経て永遠亭の勝負に臨みます。
これらが終わったら紺珠伝をやり、エピローグが入って本作も終わります。
……いや終わりまで長くない?????