阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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ワクチン二回目の副反応で倒れてましたすみません(土下座)


吸血鬼退治の下準備

 楓は片手に銀の塊――人里で扱っているものを一部買い取った――を弄びながら、レミリアとの戦闘を考える。

 

(俺の知る限りレミリアは最も周囲の環境に左右される妖怪だ。昼間なら間違いなく俺が勝つ。夜なら五分かやや不利。満月の夜なら――決死の勝負か)

 

 それ自体は構わない。彼が人里の守護者となってから決死の勝負だと思った勝負は結構ある。その中の一つにレミリアとの戦いが加わるだけだ。

 しかし、今回は相手の都合で突発的に発生するのではなく、こちらからお願いして挑戦する立場。準備をする時間も潤沢にある。

 

「できる限りの対策はするべきか……霊夢」

 

 場所は博麗神社。楓は腕を組んで呆れた顔をしている霊夢の前に、銀の塊片手に現れる。

 

「聞いたわよ。レミリアに勝負を挑んだって?」

「耳が早いな」

「文が号外飛ばしてたわよ。当日は大騒ぎなんじゃない?」

「だろうな。しかし号外まで飛ばすとは。阿求様にもご報告するか……私事だから不要と思っていたが」

「そうなの? 楓が勝ったらレミリアに協力しろって言ったらしいけど」

「……耳が早いな」

 

 当事者に聞いたとしか思えない精度である。

 ひょっとしたらレミリアが文に話したのかもしれない。

 彼女はこの手の勝負は二人きりで楽しみたがりそうなタイプだと思っていたが、予想が外れたか。

 考えていないようで深謀遠慮を張り巡らせ、誰よりも考えているようで何も考えていない。それがレミリアという妖怪であると楓も理解していた。

 

「まあ説明が省けて楽になる。お祓いを頼みたい。この銀の塊に、だ」

「レミリア対策ってわけ。言っておくけど、レミリアのところとは様式が違うだろうから同じ効果になるとは限らないわよ」

「顔も名前もわからんやつよりお前の方が信用できる」

 

 霊夢でダメだったら諦めもつく。楓の知る限り、最も巫女としての能力に優れた少女は彼女しか知らなかった。

 それを告げると霊夢はぷいとそっぽを向いて、本殿の方へ入っていく。

 

「やるだけやるけど、ダメでも恨まないこと。これしか頼れるものがないわけでもないんでしょう?」

「数撃ちゃ当たるの精神で行こうかと」

「当てなきゃ死ぬ勝負するんじゃないわよ」

 

 全くもって返す言葉もなかったが、これが彼にとっての通常なので首を傾げるしかない楓だった。

 別段、今まで大丈夫だったから今度も大丈夫と甘えた考えをしているわけではない。次は死ぬかもしれないとは常に思っている。

 しかし、それで死ぬならそもそも誉れある御阿礼の子の側仕えには向いていなかったのだ。楓が求めているものは父と同じ、あらゆるものを鎧袖一触に薙ぎ払う力なのだから。

 などと考えながら待っていると、霊夢が今ひとつパッとしない表情で戻ってきて銀の塊を押し付ける。

 

「……努力はしたわ!」

「だったら十分だ」

 

 努力嫌いの霊夢からその言葉が聞けたのだ。全力で臨んでくれたのだろう。

 楓が素直な気持ちを口にすると霊夢は言いたいことがあるけど言えないような微妙な顔になって、手をシッシッと振る。

 

「死ぬんじゃないわよ。あんたが死んだら諸々大変なんだから」

「当然だ」

 

 

 

 博麗神社を立ち去り、人里へ戻っていった楓は一直線に鍛冶場に向かう。

 普段はあまり足を運ばない場所でもあるため、楓は千里眼で姿形だけは知っていてもわからなかった熱気に顔をしかめた。

 普段使いの長刀は楓が自分で手入れをしており、もう片方の刀は割と雑に使い捨てたり、火継の家にあるものを適当に使っているだけなので、ほとんど思い入れがなかったのだ。

 だが今回は事情が違う。戦う相手が相手なのだ。徹底的に弱点を狙わなければ生き残れない。

 そのため楓は吸血鬼の弱点である銀を素材にした刀を作ってもらおうと鍛冶場を訪ねていたのであった。腕の良い鍛冶師についても針などを使う霊夢から確認済みである。

 

「失礼、誰かいるか?」

「はいはーい! いらっしゃいませー……って守護者さま?」

 

 楓の声に軽やかな声で応えて出てきたのは、最近命蓮寺を活動拠点にしているはずの唐傘お化け――多々良小傘だった。

 

「む、小傘? 仕事か?」

「ええ、そうなのです。バレてしまっては仕方ありません。わちきはここで働いているのです!」

「そうか。それが人を驚かせることにどうつながるのかはわからんが、鍛冶師を呼んでくれ」

「? はい、ここですよ?」

「……丁稚みたいなものじゃないのか?」

「ひどい!? ここは正真正銘、わちきのお城ですよ!!」

「マジか」

「マジで!!」

 

 どうやら本当らしいので楓は受け入れることにした。

 霊夢がお墨付きを出す以上、ここで疑っていても時間を浪費するだけである。

 

「ならば仕事を頼みたい。こいつを刀にまとわせることはできるか? 刃の部分だけで良い」

「銀? あ、しかもこれ魔除けされてるやつ! これを刀に? 守護者さま、通常の手段では斬れない相手でも斬るんです?」

「そんなところだ。金銭については言い値で良い」

「……銀は鋼より柔らかいんで、刀としての強度はどうしても落ちるけど良いの?」

「承知の上だ」

 

 レミリアとの戦いに耐え抜けば良い。それにあくまで左の刀を補助する目的であり、本命は別だ。

 

「あと作業を見せてほしい」

「へ? なんで? 火を使うからすごく熱いよ?」

「構わない。熱さにも寒さにも人より強い」

 

 そう言って楓は適当な壁に背を預ける。

 動く様子のない楓の様子に小傘は呆気にとられていたが、すぐに気を取り直したのか炉に火を入れていく。

 

「んじゃ始めるけど……本当に良いの? 時間かかるよ?」

「いないものとして扱ってくれ。俺なりの目的もある」

 

 そこまで言うと今度こそ気にしないことにしたのだろう。楓を無視して鎚を振るい始めた小傘と刀を見ながら、楓は何を言うでもなくただ待ち続ける。

 待ち続けていると小傘の集中が深くなっていったのか、真剣な横顔から流れる汗も気にせず、ひたすらに刀を叩く鎚の音だけが響くようになってくる。

 そんな中、楓の肩に余人には見えない手が置かれる。椿の手だ。

 

『実際、何が目的なの?』

「……銀が通じるかの確認と、応用ができないか、という確認だ」

 

 椿の声に楓は鎚にかき消される程度の声で応じる。

 

『応用?』

「俺は二刀を使うが、主体は長刀の方だ。なんで左の刀だけにあれを施していると思う?」

『……私の方は別のアテがあるから?』

「当たらずも遠からず、だな。まあ蓋を開ければわかることだ」

『あ、言わない気だ!』

 

 ガクガクと揺さぶってくる椿に肘を入れつつ、小傘の仕事が終わるのを待つ二人であった。

 

 

 

「よし完成!! 銀で刀身を覆うようにしつつ、ある程度の切れ味も維持したよ。と言っても、普段より切れ味は落ちてるから過信はしないように!」

「もともと期待してない方だ」

 

 左の刀に求めている性能は最低限の切れ味と耐久性だけで、正直剣としての体裁があれば何でも良かった。

 別に銀に覆われていようといまいと、今の楓なら剣術だけで鬼の肉体を斬り裂くことも容易である。極論、木刀でもどうにかなる。

 

「剣士としてどうかと思うセリフ!?」

「ともあれ助かった。仕事は完璧だな」

「ふふん、これからも小傘の鍛冶屋をご贔屓にってね! ……あっ! でも試し斬りでわちきを退治するとかやめてね!?」

「そんな非道なことを誰が……」

「霊夢」

「あいつならやる」

 

 金銭の踏み倒しも兼ねてやるだろう。楓にも容易に想像ができたのでうなずくと、小傘はさめざめと涙を流しながらうなだれた。

 

「また何かあったら頼ろう。ところでお前、本業の驚かせる方はどうなったんだ」

「ぎくっ」

 

 用意しておくべきことは一通り終わったので、少しぐらい世間話をしようと話題を振ったところ小傘は大仰に肩を震わせて目をそらした。

 

「おい」

「だってだって! あそこの墓地ってまだできたばっかりだから誰も来ないんだもん!」

「そんな根本的な問題にようやく気づいたのか……」

「しかもなんか別の勢力も現れたし! あそこ安全じゃないの!?」

「うーん……」

 

 幻想郷で究極的に安全な場所など存在しないのではなかろうか。

 それこそ人里ですら異変に巻き込まれる時はあるのだ。その辺りを考えたら幻想郷で生きられない。

 

「というか安全とか気にするなよ。妖怪だろ」

「痛いのは嫌でしょう!? わちきは相手を驚かせたいし怖がらせたいけど、痛い目を見せるのは主義に反するの!!」

「切っても切れない関係だと思うがなその二つは。驚きの閾値が低い相手を選ぶとかはダメなのか?」

「ふぇ?」

「例えば老人だと色々な経験をしてきたり、自分の命を安いものと思って驚きにくいと聞く」

 

 楓の知っている老人は父親ぐらいだが、彼が驚く姿など母親である椛ですら見たことがあるのか。

 しかし楓の例え話は小傘の琴線に触れるものがあったらしく、ふんふんと興味深そうにうなずいていた。

 

「な、なるほど……つまり驚きやすい人間は子供であればあるほど良い……!」

「……前にもこの話をした気がするが、赤ん坊や子供相手でも良いんじゃないか? 必要なら慧音先生に話を持っていくぐらいはするぞ」

「お、おぉ……! 守護者さまはどうしてわちきにここまで? はっ! もしや、わちきの身体が目当て……!?」

「この話はなかったことで」

「すいません調子乗りましたどうかこのダメ唐傘お化けにお慈悲をーっ!」

 

 半泣きですがりつこうとする小傘をひらりと避け、楓は呆れたため息を隠さず背を向ける。

 

「遊び相手の話には出しておく。これでダメならお前はもう鍛冶師として生きていく方が良い」

「わちきの存在理由の危機!?」

 

 鍛冶師としてなら良い腕をしているのがわかったので、そちらで生きれば良いではないかと思う楓だが、妖怪には妖怪の事情があるのだろうと思うことにした。深く考えるのが面倒になったとも言う。

 

「世話になったな。今度は……いや今度も鍛冶師の客として来よう」

「唐傘お化けはいらないの!? わちきだって妖怪なんだぞおどろけーっ!!」

「そら」

「あうっ」

 

 がおーっと両手を上げて向かってくる小傘の額を指で弾き、小さく笑ってから今度こそ楓は店を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 稗田の屋敷に戻るべく足を早めていたところ、楓は不意に足を止める。

 

「…………」

 

 何を思ったのか顔をしかめると、そのまま足早に人通りが少なくそこそこ広い裏路地の方へ向かう。

 そして裏路地に入ってある程度歩いたところで、不意に拳を振り上げてその手に仙術の輝きをまとわせる。

 すると次の瞬間、楓の拳と何かがぶつかり、楓の腕から硬質な音を響かせて身体が後ろに吹き飛ぶ。

 

「……っ!」

「っとぉ!!」

 

 何もない場所から拳を振るった少女はその腕にぶら下げられた鎖を現し、雄々しく天を衝く二本角と獰猛な笑みを湛えて――伊吹萃香が現れる。

 萃香の目には猛々しい輝きと同時、己の拳を同じ拳で防いだ楓への好奇心が揺らめいていた。

 

「へえ、避けるか刀で受け流すと思ったが、拳で受けたのか。しかも折れた様子もない」

「……肉体を強化する術を学んだ。鬼の拳が防げるかは五分五分だったがな」

「防げると思ったかい?」

「――いいや。遊びならまだしも、本気の拳を半妖の肉体で受けるのは無理がある」

「くくっ」

 

 愉しそうに笑い、萃香は戦意を解いて伊吹瓢から勢いよく酒を飲む。

 

「ぶはぁ! 私が襲いかかった理由、お前さんはわかってるみたいだね。おまけに疎になった私も完璧に気づいている」

「一度見せただろう。理解するには十分だ」

「その才覚、本当に父親譲りだねえ。しかもだいぶ磨かれているときた」

 

 しみじみつぶやいた後、萃香は一転して鋭い目で楓を睨む。

 

「号外、読んだよ。私らを差し置いて吸血鬼に粉かけたのはまあ許そう。あいつの方が先にお前さんに目をつけてたみたいだしね」

「ああ」

「だが、私らに何もないのはいただけない。私らだって、あいつからの本は受け取ってるんだよ?」

「……それも察したのか」

「勇儀は気づいた上で何も言わないみたいだけどね」

 

 楓が彼女らに阿求の事情を話さなかった理由は単純明快で、この二人が何か新しい情報を持っているとは思っていなかっただけである。

 彼女らに頼れそうなのは純粋な力だけであり、必要になったら頭を下げるが今ではないという判断を下していた。

 もう隠す理由もないので萃香に訳を話すと、萃香は理解した様子だったが納得はしていない様子で酒を飲む。

 

「ふーん……。私らには何のご褒美もなし、ってのは割に合わないと思わない? 吸血鬼には一騎打ちするってのに」

「勇儀と二人がかりでもするか? こっちはそれでも構わないが」

「ハッ――それが聞けりゃ十分だ。また今度勇儀の方も相手してやってくれ。私は霊夢たちにちょっかいかけるので間に合ってるからね」

「手間が省けて助かる」

「鬼にそれを言える胆力は大したもんだ。もちろん、請われりゃ力は貸す。私だって鬼の端くれ。私を打倒した人間の言うことは聞くさ」

 

 しかし、と萃香は遠い目で楓を見つめる。まるでその視線の先に、懐かしい背中を思い出すように。

 

「……お前さんはどうにも、あいつとは違う」

「俺は俺で、父上は父上だ」

「そうなんだけどね。私には見えちまうのさ。お前さんの姿にあいつの背中がね」

「……良いものか?」

「――ああ。自分の願いに真っ直ぐで折れることを知らない、見惚れちまうような英雄の背中だ」

「……大江に名高い伊吹童子にそこまで言わしめるなら、俺も捨てたものではないな」

 

 楓もようやく父の背が近く見えてきたところである。

 無論、戦闘力だけでなく超えるべきはまだまだ多くあるが――一つの区切りは近くまで来ていた。

 話すことも終わったと萃香は楓に背を向け、ひらひらと手を振る。

 

「私の話はこれだけだ。ああ、けど――西洋の鬼ごときに負けるようじゃ私らが目をかける価値もない。覚えておきな」

「……肝に銘じよう」

 

 萃香なりの発破に楓は肩をすくめ、彼女が疎に溶けていくのを眺めているのであった。

 

 

 

「ああ、良いタイミングで会えたわ。少し付き合いなさい」

「…………」

 

 裏路地から出た瞬間、誰かを探していた様子の日傘を差した少女――風見幽香に見つかり、肩を揃えて道を歩く。

 早く阿求に報告したいのに、こんな日に限って多くの妖怪に会う。普段でもここまでひどい時は10日に一度あるかないかである。

 ……割と頻繁にあると思ってしまったため、この思考には蓋をして思い出さないことが決定した。

 

「ふん、その顔はもう多くの妖怪に同じことを聞かれた帰りかしら?」

「そんなところだ」

 

 幽香の質問に答えると、幽香は片手を伸ばして楓の頬を下からなぞる。

 

「だったら説明する必要はないわね。――楓、あなたという花は今この時ですら蕾の状態」

「…………」

「開花するまで死ぬことは許さない。そして満開の花を咲かせた時、私がこの手で刈り取るの」

「花を愛する妖怪だと聞くが、そのまま愛でることはないのか?」

「花が枯れ、次代を遺すなら喜んで愛でましょう。けれど断言しても良い――あなたの次は現れない」

 

 この先何代もの阿礼狂いが現れたとて、楓やその父のような才覚は現れない。そんな確信に満ちた声だった。

 楓もそれには同意の首肯を返す。理屈などないただの直感だが、楓も幽香と同じ結論に達している。

 

「阿礼狂い。私も少し花に聞いてみたけれど、今まで何事もなく続いたのが奇跡なほど捻じ曲がった血筋じゃない」

「俺たちの狂気は御阿礼の子に向いたものだ」

 

 阿礼狂いが滅びる時は御阿礼の子が真にその役目を終えた時か、彼女らが自分たちに終わりを命じた時以外にない。

 その時が来ない限り、あらゆる手段を講じて血を残し続けるだろう。今でこそ人間同士の交配でどうにかなっているが、それがダメなら外法に手を染めることも厭わない。

 

「だからあの子たちが命じない限りは生きようとするって? おぞましい」

「余人の評価を気にする連中に見えたか?」

「全く。……でも合点が行ったわ。あなたが生き急いでいるとすら見える速度で強くなるのも」

「…………」

「御阿礼の子に恥じない力を手に入れるため……って何よ、その顔」

「いや、力を求めているのはその通りだが俺自身、別にここまで早く強くなるとは思ってなかったぞ」

「…………」

 

 得意げに語っていた幽香の顔が赤くなる。

 そして照れ隠しと思しき動きで楓の肩を殴る。大して力は入ってなかったが、鋼体の術で防がなければ砕けていた。

 

「と、とにかく! 私が見込んだ男がこんなところで死ぬなんて許さないわ! もっと長く生きて私を愉しませることね!」

 

 話したいことはそれだけだったのか、幽香は頬を赤らめたまま歩調を上げてぐんぐんと楓から離れていく。

 楓はやや微妙な心持ちながらもそれを見送り、今度こそ愛しい主の元へ帰るのであった。

 

 

 

 

 

 稗田の屋敷に戻ると、阿求が真剣な顔で待っていた。

 傍らには号外と思われる新聞があり、そこには一面に大きく人里の守護者と吸血鬼の決闘、と刻まれていた。

 

「お兄ちゃん、私も号外を読みました」

「はい」

「……理由を聞いても良い? この新聞はほとんどレミリアさんのことばかりだから」

 

 やはり情報の出所は彼女からか、と楓は内心で納得しながら阿求へ報告する言葉を選ぶ。

 阿求のためというのは間違いないが、それを素直に口にしたらこの優しい主のこと。気に病んでしまうだろう。

 最悪の場合、自分の願いを諦めて楓の生を願うかもしれない。

 そうなったら今の楓に選択権はない。ただ何も言わず、彼女が死ぬ時まで側に侍るだけである。

 故に口にするべきは――自分の理由であることが望ましい。

 

「己自身のためです」

「自分の、ため?」

「はい。レミリアとの付き合いは長く、私が幼い子どもの頃からでした」

 

 父親との稽古に次ぐ稽古の合間、時折顔を出していたのだ。

 その時は父と話すことが主目的だったのだろうが、ある日を境に楓にもちょっかいをかけてくるようになった。一つ対処を間違えば命を落とす、危険なものを。

 

「その時から彼女は私を測っていた。何の目的があるのかは不明ですが、彼女の目はずっと私を捉えていた」

「レミリアさんとお兄ちゃん……」

「少々の自惚れになりますが、私は腕を上げました。あるいは一つの勢力を相手にしても勝ち目が見えるほどに」

「お兄ちゃんのそれはもう自惚れじゃないよ。私のお兄ちゃんはとっても強くなった」

「恐縮です」

 

 阿求の前で戦ったことなどないが、それでも断言してくれる愛おしい主に頭を垂れた後、楓は決意を宿した瞳で前を見る。

 

「これは証明です。私はもう一廉の存在になったのだと。あの吸血鬼に証明したいのです」

「……うん、お話はわかりました。それって危ないこと?」

「命の危険があります」

「お兄ちゃんは帰ってくる?」

「必ず」

 

 楓の言葉を聞いた阿求は嬉しそうに目を細め、万感の思いを込めて目を瞑る。

 

「――わかりました。私はお兄ちゃんの戦いに何も言わないことにします」

「身に余るご配慮、ありがたき幸せにございます」

「帰ってきてくれるって約束してくれたもの。でも今日はもう一日、家にいてくれるのでしょう?」

「無論」

「だったら今日はたくさんお話しましょう? お兄ちゃんが考えている未来とか、お兄ちゃんは将来どんな人になりたいのか、興味あるなあ」

「……さて、それを語るには少し飲み物が必要ですね。お茶を用意してからお話いたします」

「うん!」

 

 楓は阿求と共に生きる未来以外を考えてなどいないし、どんな人になりたいかも阿求の側仕えとして恥じない人間になりたいことしかない。

 しかしそれをそのまま伝えても味気ない。それに愛しい主との会話がそれだけで終わるのも寂しい。

 楓は手際よくお茶を用意しながら、阿求が楽しんでくれそうな話を考え、穏やかに笑うのであった。

 

 

 

 

 

 ――そして満月の夜。楓は紅魔館の中庭でレミリアと相対していた。




大体タイトル通りの下準備フェイズ。なのでやや短めです。
おぜうが何故新聞の取材に応じたのか、などは諸々次回にネタバラシ予定。

次回はレミリアと楓の一騎打ちになります。ノッブとの決戦も経ているのでそれ用の対策も完備しているレミリアに勝つ方法や如何に。



……まあ未来の私が考えますよ(他人事)
あ、次回は普通に日曜日の24時更新予定です。
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