満月の夜が訪れる直前、レミリアはフランドールの部屋を訪れていた。
「フラン、いつだったか話していた吸血鬼の愛し方について教えてあげるわ」
「お姉様? いきなり現れてどうしたの? 頭打った?」
「私は今夜、楓と一騎打ちをする」
唐突に現れて不思議なことを言い始めた姉の姿にフランドールは怪訝そうな顔を隠さないが、レミリアは気に留めず話を続ける。
「……一騎打ち? 楓とお姉様が? どうして?」
そして話の内容にフランドールは目を見開く。彼女にとってその行動の意味がまるで理解できなかったからだ。
フランドールの知る楓はいつも誰かと一緒にいて、呆れたり困った顔をしたりしながらも面倒見が良くいつも誰かの世話を焼いているか、誰かに世話を焼かれている青年だ。
自身にとっても顔を合わせれば普通に会話し、寺子屋に通うフランドールたちに時々差し入れや面白い話をしてくれる兄のような存在に近い。
「約束なのよ。私とあの子の」
レミリアは妹の疑問に何も答えることなく、己と彼の間でのみ完結している想いを込めてうなずくのみ。
「フランにも見てほしい。吸血鬼の――私なりの誰かの愛し方を見せてあげるから」
「…………」
「理解できない時は――悪いことは言わない。紅魔館を去りなさい。後の面倒は霊夢にでも魔理沙にでも土下座してあげるから」
さらりと凄まじい発言をするレミリアにフランドールは驚きっぱなしだが、その言葉のどれ一つとして冗句は混ざっていなかった。
「……お姉様は楓を愛しているの?」
「――生まれた時からずっと、ね」
星々が煌めく夜空に一際美しく、煌々と輝く満月が地上を明るく照らす。
楓は二刀を携えて紅魔館への道を粛々と歩いていく。
「…………」
一歩を踏みしめるごとに意識が鋭く研ぎ澄まされるのがわかる。
まだレミリアと直接相対しているわけではないのに肌が粟立つ。心臓が嫌な早さで鼓動する。
しかし、腹の底に沸き立つような何かがある。
「……ワクワクしているのかな、俺は」
『ん? 楓、気づいてないの?』
独りごちた楓のつぶやきに椿が律儀に反応する。
ふわりと楓の後頭部の辺りに腕を乗せ、覗き込むように楓の顔を逆さまに見ていた。
「何がだ」
『――笑ってるよ。ほんの少し』
「……そうか」
やはり自分はどこかこの瞬間を楽しんでいるらしい。
父ならまず抱かなかっただろう。楓から見ても合理性の化身としか思えない姿で、笑った姿など一度も見たことがない。
「……これが終わればレミリアにいきなり殺されかけることもなくなるから、ということにしておくか」
『あはは、それでも良いんじゃない? あの人、楓が物心ついた頃から顔を合わせる度に不意打ちしてきたからね……』
「あれで怪我したこともないがな」
手加減が上手かったのか、楓の成長がレミリアの予想を上回り続けたのか。答えは闇の中である。
どうあれ肩の力もほぐれた。楓は軽く調子を確かめるように肩を回し、息を吐く。
「……そろそろ紅魔館だ。お前の力も借りるだろうから、油断はするなよ」
『油断させてくれるほど優しい相手じゃないでしょ。いつだって一緒だよ』
頼もしい椿の言葉にうなずき、楓は森を抜けて姿を表した紅魔館の前に到着する。
魔法でも使ったのだろう。森の中では金色の輝きを放っていた満月が紅く輝き、紅魔館をより一層紅く染め上げている。
門の前には美鈴が立っている。ただし、その表情はこれまで見たことがないほど厳つく、恐ろしいものだった。
「美鈴、入れてくれ」
「……満月の夜にお嬢様に勝負を挑むなんて、幻想郷に来る前を入れても初めてです」
「…………」
「吸血鬼は特に環境の影響を受けます。条件が整えば整うほど、飛躍的に強くなる。昼と夜だけでも異次元の生物と呼んで差し支えないほどに」
「今挑むのは自殺行為。そう言いたいわけか」
「誇張抜きに。今のお嬢様なら一つの勢力を相手取って余裕で勝利するでしょう。国が相手であっても殺し切ることは難しいです」
いつも朗らかな美鈴の顔から笑顔が失われ、楓に心底からの警告を促すほどに今の彼女は脅威のようだ。
だが楓も承知の上で挑んでおり、勝機もあると見込んでいる。美鈴の言葉で怯む理由はなかった。
「美鈴、門を開けてくれ」
「……警告はしましたよ。ああ、お嬢様の計らいで門をくぐったらしばらく出られません。結界を張っています」
「意図は?」
「お嬢様がお話になるかと」
楓は驚きもせずうなずいて、重々しく開かれる門を通る。
門が閉められると同時、確かに魔力で構成された結界が紅魔館全体を覆う。
そして同時、紅い月を背に蝙蝠の翼を広げる少女――レミリアが上空より来訪者を睥睨する。
おぞましい妖力を隠しもしない。月の玉座に足を組んで腰掛ける彼女の姿は、正しく夜の女王だった。
「よく来たわね、楓。この国で言うところの一日千秋の思い、というものを実感したわ」
「…………」
「美鈴と少し話していたようだけど、警告でも受けた? 私の本気を本当の意味で知っているのって付き合いの古いあの子ぐらいなのよね」
「パチュリーは知らないのか?」
「パチェは親友だけど、付き合い自体は百年程度なの。あの子の前で満月に戦った覚えがないわ」
「…………」
「そうそう、今だから言うけど、私が本気で殺そうとしてるのはあなただけなのよ」
「……なんとなく予想はしていた」
かつて父とレミリアが戦ったという話を思い出す。
その時に父が条件を飲ませたというのであれば話は通る。
しかし楓にもわかっていないのだが、父は無駄だと思ったり避けられない勝負以外は避ける人間だと思っていた。レミリアの挑戦を受けた時、父は何を思っていたのだろうか。
楓と同じことを思ったのだろう。レミリアは夜の女王としての笑みを苦笑に変えて話し始める。
「まあ不思議よね。私も何で私の挑戦をおじさまが受け入れたのか未だにわかってないもの。ただ事実として私は老年のおじさまと勝負して、負けた」
「…………」
父が勝利したこと自体は驚いていない。彼は御阿礼の子の前で死んだのだ。そこで死んでいない以上、全ての勝負に勝ってきたことがわかる。
どうせレミリアのことだ。真剣勝負を挑むからには負けた方が死ぬことも織り込んでいるだろうし、父はか弱い人間なのだから吸血鬼に負けていたらその時点で死んでいる。
「その時におじさまは一つ条件を飲ませたの。――私は本気で怒った時以外、あなたを例外に一切の武力を振るわない、って条件」
「そういう条件か」
ようやく合点が行った。レミリアは霊夢たちと遊ぶ時は常にスペルカードを使用していた。
弾幕ごっこが好きというのもあると思うが、それ以上に彼女は父との約束を守っていたのだ。
「おじさまも言ってたわ。たとえ加減を間違っても、その程度で死ぬぐらいなら諦めがつくって」
父と自分で全く同じことを考えていたらしい。
変なところで自分と父の阿礼狂いとしての共通項を見出した楓を他所にレミリアは話し続ける。
「あの勝負は本当に最高だったわ……。時間こそ昼だったけど、パチェを頼って満月の夜を作り出して、戦って……あ、パチェを貶すわけじゃないけどまがい物の夜と本物の夜じゃ違うわよ。一緒だと思ったら瞬殺よ」
「……何が言いたいんだ?」
「――私が始まりってこと」
レミリアの空気が明確に変わる。
組んでいた足を揃え、月を掴むように片手を天に上げ、不敵な笑みを浮かべて地上の楓を見下ろす。
「吸血鬼異変を境におじさまは英雄の道をひた走った。最後まで道を走り抜けたおじさまの姿は今も私の心に焼き付いている」
「……俺にも英雄になれ、というのか?」
「見届けたいのが正確ね。私は見届けたいの。私という壁を乗り越えて、あなたがどこまで至るのか」
「…………」
「そのためなら私はいくらでも礎になりましょう。さあ、あなたという器を私に見せて頂戴」
話は終わったとばかりにレミリアが両手を掲げる。
それに応えるように楓も抜刀する。鋼の鈍い輝きと、燦然と輝く銀の煌めきが紅い月光を弾く。
「ふうん、銀を使ってるわけ」
「霊夢に頼んでな。霊力が使えないんだ。突ける弱点は狙うぞ」
「それぐらい当然でしょう? そこにある弱点を狙わないのを正々堂々とは言わないわ。ただの無策と言うのよ」
レミリアは紅い月を背に片手を上げたまま不敵な笑みを崩さない。
それに楓は怪訝な顔をする。
もうすでに勝負は始まっているはず。だというのにレミリアは攻め込む様子も見せず、ただ腕を掲げるのみ――否。
「――っ!!」
彼女はすでに攻撃している。それも今すぐ対策を考えなければ問答無用に負ける内容。
そもそも――なんで月が紅いのか疑問に思わなかった時点で彼女の術中にハマっていた。
「
彼女の背景――紅い月そのものがレミリアの術。
いや、正確には月ではない。月と見紛う形をしたれっきとした妖術である。
楓の千里眼すら欺く大きさで徐々に紅魔館へ迫るそれに、楓は思わず声を張り上げる。
「紅魔館を更地にするつもりか!?」
「そこはパチェが守ってるから大丈夫。結界で区切ったのも楓を逃さないためだし」
やられた。この場所に入った時点で楓は罠にかかっていたのだ。
歯噛みしながら大きくなる月を見上げると、レミリアはとっておきの笑みを浮かべて告げた。
「まあ私も受けるけど私は治るから。さ、月下の舞踏と洒落込みましょう?」
その言葉と同時に地表へ紅い月が落下し、結界で区切られた紅魔館以外の全て――術者であるレミリアすら例外ではない――を等しく破壊の月光に飲み込んでいくのであった。
レミリアの傷は皆無に等しい。
紅い月は消え去り、金色の月を背にレミリアは傷一つない肉体で紅い月がもたらす破滅を油断なく見据える。
楓の父を必ず殺すという観点に基づいて作られた
極めて広範囲を一気に破壊し尽くす――人間ならば発動した時点で射程範囲に逃れることがそもそも不可能な術。
どんな攻撃も避けて無効化するのなら、絶対に避けられない広範囲を破壊してしまえば良い。
単純明快、それ故に対処できなければ詰みというわかりやすく強力な術である。
とはいえ制約も多い。いかに吸血鬼と言えどこれだけの規模の術を瞬時に用意できるものではなく、その上満月の夜でなければ十分な範囲を殲滅できない。
今日この時。事実上、楓と戦うためだけに編み出した術と言っても過言ではなかった。
「――っ!」
「っ、やっぱりあなたは避けるわよね!!」
しかし、レミリアの術に対する返答は背中に突き刺さった銀の刃だった。
銀の痛みが胸に走る中、口から血を吐くのも気にせず振り返ると、そこにはレミリアが期待した通り、無傷の楓が刀を振り抜いていたのだ。
この胸に走る高揚感の前に銀の痛みなど毛ほども感じない。
レミリアが背中越しに爪を振るうと、紅い魔力をまとわせた爪が空間を切り裂いて紅い三日月の軌跡を描く。
後ろに下がって回避を選んだ楓にレミリアはその爪牙を閃かせて追いすがる。
「よく避けたわ楓! それでこそ私が愛した人の息子!!」
「避けなきゃ死んでいた! だから結界の外まで逃れただけだ!」
月が迫ってきた時点で楓は千里眼を使用し、安全な場所を見極めて転移を発動していたのだ。
結界によって移動は封じられていたが、転移はその場所への出現である。
霊夢の亜空穴と同じ性質を持つ転移の術は点と点の移動を可能にする。
しかしあくまで移動先の座標がわかってなければならない。闇雲に移動した先が壁の中という事態を避けるためだ。
楓は千里眼を持つためほぼどの位置であっても座標の指定ができる。それによって範囲外に逃れて攻撃を回避した後、再び転移を使用してレミリアの背中を取っていた。
「――っ!」
「ああ、素敵! なんて素敵な時間なんでしょう!」
紅い残光を残す爪と銀の剣閃が無数に絡み合い、火花を散らす。
爪と剣。紅と銀が織り成す光はレミリアと楓から半々に形作られ、時に紅い閃光が楓の頬をかすめ、時に銀の剣閃がレミリアの身体をえぐる。
楓の振るう二刀には業風がまとわりつき、攻撃しようと迫るレミリアの矮躯を強引に押し止め、身体をえぐる役割を果たしていた。
しかし風の刃も長刀の一閃も意味はない。今のレミリアの再生力では斬った端から再生する。むしろ斬っている最中でも傷が治る。
レミリアは一切の距離を取ることなく、常に密着して爪牙を振るい、時に空間から鎖を召喚して薙ぎ払ってくる。
楓も応戦し、二刀で全て打ち払い、懐へ潜り込もうとするレミリアから適切な距離を維持して猛攻を続けていく。
「さあさあさあさあ! ここから日の出まで粘ってみる!? 私は構わないけどあなたが持つかしら!」
「……っ!」
レミリアの爪が楓の右腕を捉える。
回避はしているものの、魔力で強引に射程を伸ばした爪が切り裂いたのだ。
あふれる血と痛みに楓は僅かに顔をしかめるものの、すぐに治ると気にせず攻撃を続ける。
そして気づく――傷の治りが格段に遅いことに。
「気づいたようね! 今回は爪に毒を混ぜているわ!! 人間相手でも死ぬようなものじゃないけど、傷の治りが遅くなるのはキツイでしょう!」
「少しは慢心しろ吸血鬼!」
「あなたたち相手にそんな無礼、するわけないじゃない!! 私は! 愛する人相手には常に全力全開よ!!」
高らかに愛を謳いながらレミリアの攻撃は密度を増していき、傷を受けた楓の振るう剣閃が僅かに押され始める。
しかしこの程度の逆境、楓にとって数ある修羅場の一つに過ぎない。
紅い月を避けるためにしか使わなかった転移を積極的に使い始め、押された瞬間にレミリアの背中を取り、攻防を仕切り直す。
「その手広さ、見習わないといけないわね! だったらこれはどうかしら!」
背後に回って背中を斬りつけてもレミリアは気にせず振り返り、爪による一撃を見舞う。
それを刀で受け流そうとして――その腕に込められた膂力に押し負ける。
圧倒的な吸血鬼のパワーに押し負け、吹き飛ばされた楓の身体に追撃を入れるべくレミリアが爪を振りかぶる。
「――っ!」
「さっきまではスピード。今度はパワーで攻めてみるわ。さあ、これはどう捌くの!」
振りかぶられた爪に対し、楓が選んだのは正面からの突破だった。
右の長刀を持つ手を握りしめ、爪とかち合わせる。
するとレミリアの予想と違った硬質な感触が手に走り、反動で自身の腕が跳ね上がるのをどこか他人事のように感じる。
「あら」
「仙術は便利だ……ぞ!」
がら空きの胴体に左の銀閃を振るい、無数の傷を刻む。
銀の剣で入れた傷は長刀に比べて治りが遅い。ほんの僅かな差でしかないが、それでも効果があった。
(――必要な情報は集めた。仕掛け時か)
この時、楓の目に宿る光が剣呑な――状況の打開を狙ったものに変わったことをレミリアは見逃さなかった。
しかし同時に彼女の身体は天狗の風で大きく吹き飛ばされる。
「吹き……飛べっ!!」
「っ!?」
どれほど肉体に強大な妖力を宿そうと、身体の自重は変わらない。
そこらの幼子と大差ないレミリアの矮躯は木の葉のように舞い上がる。
無論、レミリアはすぐに体勢を整えて魔力を放出し、強引に楓に接近するだろう。
しかしその一瞬が楓のほしかったもの。楓は右手を振るいレミリアと自分の間に炎の壁を作る。
橙色の炎が巻き起こり、楓の顔が見えなくなったことにレミリアは最大限の警戒をしながらも、けれど距離を取って様子を見るという選択肢は夜の女王故に省いた。
「こんな炎!!」
爪の一振りで楓が作った炎はかき消える。
だがそれで良い。必要なのは一刀であり、二刀に対処される両腕を自由にさせないのが目的である。
炎の壁が消えた瞬間、楓はレミリアの眼前まで迫り双刃を振るう。
(右か左、どちらかの刀は受けるしかない。ここまでやって何もないわけがない――!)
一瞬の空隙。一瞬の思考。レミリアはここに楓の秘策があると彼を信じ――左の銀剣を魔力を込めた腕で防ぐ。
――そして、パキリと軽い音を立てて左の刀は折れてしまう。
「は……?」
何故、という疑問がレミリアの脳裏を占める。
彼の剣術ならレミリアの腕を魔力ごと斬れるはずだ。銀製の柔らかい剣であってもそれが可能であるとレミリアは己の身を持って知っていた。
(――いや、違う!! 受けた腕に
銀、特に魔除けが込められたもので作られた武器はレミリアと言えど痛みを覚える。満月の夜だから痛みで済んでいるのであって、昼間に受けたら焼け爛れて身悶えするほどの効果を発揮し、通常の傷と比べて著しく治りが遅くなる。
だが、左の剣を受けた腕に痛みはなかった。僅かな切り傷など瞬きの間すら必要とせず再生していた。
答えにたどり着く前に楓の右の長刀が振るわれ、レミリアの胴体を刺し貫く。
この瞬間――炎で溶けた銀が体内に流し込まれる激痛でレミリアは目を見開いてカラクリを理解する。
(炎の壁は目くらまし! そこで左の刀にまとわせていた銀を溶かし、右の長刀にまとわせた!! そして柔らかい銀を私の体内に入れて――まだ終わりじゃない!!)
痛みはあるものの、今の彼女にとって銀は痛み以上にはならない。
たとえ体内に入ったところで致命傷にはなり得ない。
だが楓の攻撃がこれで終わるはずがない、とレミリアは信じていた。
彼は愛した男の息子――いいや、
自分が見初めた男がこの程度なわけがない。
銀の激痛に苛まれながらもレミリアは楓の姿を正面から見据え、体内に打ち込まれた銀を切っ掛けに思いついた術を発動させる。
「吹き飛びなさいっ!!」
「――っ!」
体内で術を組み上げ、体内で発動させる。
レミリアの紅い魔力に編まれた血と見紛う無数の棘が放たれ、とっさにかばった楓の左腕を串刺しにした。
本来なら己の肉体を爆散させて銀まで吹き飛ばしたかったが、忌々しいことにそれも銀に阻まれている。
しかし効果はあった。楓の左腕は今や傷だらけで刀を持つことすら覚束ない状態。そしてこのまま棘を伸ばせば彼の喉も狙える位置で――棘を掴まれた。
「――捕まえた」
「――マズッ!?」
左腕から真紅の血を流しながら、かばいきれずいくらか身体に棘を突き刺して穴を開けながら、楓は勝利を確信した笑みを浮かべていた。
あの場面で楓が最も困る――下手をしたら詰んでいた行動はなりふり構わず距離を取られることだ。
けれど同時に楓もレミリアを信じていた。――自分が知る夜の女王は相手の攻撃に対して様子見などをする相手ではない、と。
楓がこれから放つ術は一瞬の溜めが必要で、その時間を捻出するために銀の剣を用意した。
隙を見て銀を溶かし、体内に撃ち込むことで動きを止め、本命の一撃を叩き込む。
これより放つは楓が持つ術の中で文句なしに最高の威力を誇る炎。
妹紅より確かめ、楓もこの時のために開発した――太陽から溢れる炎の名を冠した術。
「焼け落ちろっ!!」
奇しくもその名を――
レミリアは一瞬の後、自身に到達する敗北を前に目を細める。
とうとうここまで来たのか、とレミリアは視線の先にいる少年に万感の思いを抱く。
初めて会った時はレミリアと同じぐらいの背丈の子供だった。
永夜異変の頃はまだまだ吹けば飛ぶ少年だった。
楓という原石は磨かれ、今まさに宝石として輝こうとしている。
「ああ、なんて綺麗な炎――」
焦がれてやまず、決して手に入らないとわかっていてなお手を伸ばさずにはいられない炎。
楓の父と、そして楓にも同じ炎を見出したレミリアは乞うように手を伸ばし、楓の放った炎に飲み込まれていった。
「今度こそ正真正銘の本気。これ以上はないっていう私で挑んだのに負けちゃったわね」
「……俺の勝ちだ」
楓の放った紅焔に飲まれた後、レミリアは黒焦げた人形じみた様相を晒していたが、そこは満月の吸血鬼。
みるみるうちに肉体が再生し、ほんの10秒後には普段通りのレミリアがそこにいた。
しかしもう決着はついた。レミリアにこれ以上戦うつもりはなく、また疲弊したのか己の身体を力なく椅子に預けている。
「ええ本当。おじさまと戦ったこともあるから絶対におじさまを倒せる布陣で戦ったけど、やっぱりあなたはおじさまとは違うわね」
「対応力は父上よりあると自負している」
「そうね。おじさまは近づいて剣で斬る以外何もしなかったもの。それだけで全部事足りたとも言うけど」
「全く、あの人の剣術はどれだけなのやら」
「今度こそ私の完敗よ。満月の夜に、誰かを倒すために精一杯知恵を絞って、それでも上回られた。完膚なきまでに打ち負けたわ」
「……俺に協力してくれるんだな?」
「そうね、ちょっと待って」
そう言ってレミリアは立ち上がると、楓の前まで歩み寄り膝を折る。
そして主に傅く臣下の如く、恭しく頭を下げた。
「――今日この日、この時よりレミリア・スカーレットはあなたの敗者として振る舞いましょう。さあ、私を打倒した英雄よ。これより吸血鬼の力はあなたのものよ」
そこまで言い切ると、レミリアは視線を別の方向に向ける。
楓も千里眼で気づいていた――己たちを注視する存在に向けての声だとすぐに気づく。
「我らの戦いを見ていた有象無象よ聞け!! 今この瞬間! 私は彼に敗北した! これより彼は私の愛する勝者であり、私が膝を折るただ一人の存在になった! 楓の敵は私の敵だ!」
紅魔館はこれまで、どこの勢力とも積極的に関わらなかった。
かろうじて中立。人里を除いて誰とも関わらず、手を出そうものならレミリアが睨みをきかせる。
立地が立地なだけに誰も手出ししていなかったが、彼女らは基本、どの勢力とも敵対しているようなものだったのだ。
それが今日、この日を境に変わる。人里――否、火継楓の指示に従い、彼とともに動くと宣言した。
大勢に広げていたのはこのためか、と楓はレミリアの宣言を頼もしく思いながら彼女に手を差し出す。
「今回は俺が勝った。……だがいつまでもそれにあぐらをかけば寝首を掻かれることぐらいわかっている。――これからよろしく頼む」
楓の言葉が予想外だったのか、レミリアはぽかんと口を開けて楓を見上げた後、おかしそうに笑って楓の手を握る。
「呆れた。満月の吸血鬼に勝って、また挑戦を受け付けるわけ。おじさま以上のバカね、あなた。――最高じゃない。どんなことでも言いなさい。夜の女王はいかなる時でもあなたの味方よ」
レミリアと楓との間に交わされた握手を、満月だけが静かに見下ろしているのであった。
レミリア「エリア区切ってマップ攻撃します」
楓「エリア外にテレポして逃げます」
ということでレミリアと楓の一騎打ちでした。
レミリアはノッブに対するガンメタ張ってましたので、ノッブだったら途中で詰みます。そもそも彼満月のレミリア相手に戦いませんが()
ただ、楓はスキルツリーが豊富なのでなんとかなりました。大体持っている技術の総動員になってようやく勝負になる感じです。
太陽の炎が決定打になるのは決めていましたが、名前は調べているうちに良いのがあったので入れました(真顔)
そしてレミリアは自分が負けたことを多くの勢力にわからせるために新聞を出させていました。なんだかんだちゃんと楓のことを考えて動いています。
この後少しだけ布石を打ったり場面を変えた後、輝針城が始まる予定です。お楽しみいただければ幸いです。