阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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永遠亭の薬と花映塚の始まり

 その日、楓は永遠亭への道を歩いていた。

 案内を求めて妹紅の家を訪ねたところ、彼女がいなかったため仕方なく一人で向かっているところだった。道は最初に案内してもらった際に覚えている。

 

「まったく、道案内できる奴がいないとは……」

『もともと大勢が来るような場所でもないから、しょうがないんじゃない?』

「それもそうか」

 

 むしろ永遠亭は過度な干渉を望んでいない様子だった。付かず離れず適度に付き合う分なら良いが、それ以上を求めるのはお互いにとって良くない結果になるだろう。

 楓はこれから待っているであろう永琳との対話を考え、憂鬱なため息をつく。

 

「……あの人と交渉するのか。胃が痛い」

『あはは、まあこれも経験だって』

「他人事のように」

『他人事だもん』

 

 軽やかに笑う椿を半目でにらみながら、楓はしくしくと痛みを発している……ような気がする胃を押さえる。

 楓が永遠亭に向かっている理由――それは人里と薬の取引をして欲しいという要望を伝えるためだった。

 

 以前に霧雨商店で話が出たように、人里では現在薬がやや減少しつつある。

 今すぐ目に見えて影響が出るというほどではないが、このペースで異変が続いて人里から動けない期間が続いてしまうと、さすがに怪しくなるといった具合だ。

 

 異変が起きている間などは妖怪も活発化しているため、正面からある程度戦える自分や慧音、椛ぐらいしか満足に外で活動ができない。

 その状態が長引けば薬の材料がどうしても枯渇する。妖怪の山付近でしか採れない薬草などは、数人程度では賄いきれないのだ。

 

「別段、強力な薬の材料ってわけでもないんだが……」

『風邪薬とかそのぐらいでしょ? でも人間って脆いからねえ』

 

 気をつけても人はあっさり死ぬ。気をつけなければさらに簡単に人は死んでしまう。

 人里の守護者として足と口を動かすだけでそれらを防げる可能性が得られるなら、使わない道はなかった。

 

「どちらにせよ本番は着いてからだ。話ぐらいなら付き合うぞ」

『えへへー。最近、楓は忙しくて全然かまってもらえなくて寂しかったよー』

 

 自力で飛んでいるのかふわふわ漂っているだけなのかわからない椿の透き通った身体が、楓の頭を抱えるように抱きついてくる。

 人の温もりはないが、触れられている感触はあるので首が傾ぎながらも楓は椿の好きにさせていた。

 

 椿には正しく自分しかいないのだ。楓は他人とのつながりがいくらでもあるが、椿を認識して会話できる存在は楓だけ。

 なので今ぐらい彼女の好きにさせても良いだろう、と楓は足を止めずされるがままとなっていた。

 

『じゃあ今日は何を話そうか。あ、草の根妖怪ネットワークについてとかどう?』

「ふむ、影狼とわかさぎ姫は悪い妖怪じゃない印象だったな」

『私もそう思う。……というより、大それた悪さをする度胸がないって感じ』

 

 椿の言葉が大体楓の思っている内容だったため、首肯して同意を示す。

 仮に彼女らに大妖怪と殴り合える力が降って湧いたとしても、せいぜいちょっと人を驚かせておしまいだ。それ以上の悪事を働けば周りから叩かれて潰される、という至極当たり前の法則をちゃんと理解していると言える。これがわかっていない妖怪は結構多い。

 

「椿の言うことがドンピシャだろうな。で、影狼が言うにはもう一人いるんだったか」

『ああ、らしいね。かなり前から人里で働いているんだっけ?』

「お前は何かわかったか? 俺が稽古している時は一人で動いているだろ」

 

 楓と椿は四六時中一緒、というわけではない。

 無論、大半の時間は一緒に行動しているが、時折彼女はふらりと一人で出かけることもある。

 とはいえ椿曰く、

 

『あんまり遠くには行けないよ。楓の中心を少し離れるのが精一杯。これ以上離れちゃいけない、ってここが警告してくる』

 

 自分の胸に手を当てて、静かな表情で語る椿のそれに楓は何も言わず、うなずいた。

 

「……まあ、人里の残り一人については俺も少し気にかけておく。接触したくないっていうんなら、なおのこと最低限の情報は必要だ」

『当たりは付いてるの?』

「今度影狼に聞く」

 

 長い間人里で暮らしていて、なおかつ素性を隠しているという情報があれば多少の予想は立てられるが、所詮は予想止まり。それに頼るぐらいならさっさと知っている存在から聞き出した方が早い。

 

『影狼ちゃんも大変だ。楓に目をつけられちゃうなんて』

「人聞きの悪いことは言わないでもらおうか」

『いやあ、事実だと思うよ? 楓の周りって騒動が絶えないし、霊夢ちゃんとか魔理沙ちゃんとか幻想郷の有名人とも大体知り合いだし』

「あいつらから庇うぐらいはする」

 

 良くも悪くも楽しいことや刺激が大好きな少女たちだ。人畜無害な妖怪などすぐに忘れてしまうだろう。

 

『ところで影狼ちゃんたちとはどういう感じに付き合っていくの? 気を使う友達?』

「そんなところだ。こっちの事情に巻き込まれるのは嫌がっているんだし、そこは気をつける」

 

 彼女らの力がなければ立ち行かない事態などがあれば、巻き込むのに躊躇はしないがそうでない限りは注意を払うつもりだった。

 お世辞にも戦いに向いているとは言えない二人の性格を思い返し、楓は肩をすくめる。

 

「まあ、気楽な奴らなんだ。それに父上を知らない妖怪の知り合いというのも珍しい。大切にするさ」

『そうした方が良いよ。多分、楓に必要なのは君のお父さんを知らない人だから』

「どういう意味だ?」

『誰しも比較と無縁ではいられないってこと。絶対に比べちゃうんだよ』

 

 椿は達観したようにつぶやきながら、楓を見て花開くような笑みを浮かべた。

 

 自分を認識し、今なお相棒として扱ってくれる少年を、椿はもっと正統に評価してほしかった。

 しかし、彼の周囲はどうしても彼の父親と比べがちになってしまう。そうならないよう気をつけていても、察してしまう時があるのだ。

 特に最も比較をしているのが楓自身だというのだからタチが悪い。少しは自分を褒めても良いというのに。

 

『私の楓はもっと自信を持っていいってこと』

「お前のものになった覚えはない」

『じゃあ私が楓のもの?』

 

 そう間違っていないと思ったが、肯定すると彼女が変に喜びそうなので曖昧にうなずくだけにしておく楓だった。

 

 そして永遠亭が見えてきた頃に楓の耳が爆音を捉える。

 

「……ん?」

『なんか空気が震えたね、今』

「この距離なら視える。――なるほど」

 

 千里眼で何が起こっているのかを把握した楓は軽く息を吐く。

 

『何が見えたの?』

「大したものじゃない。妹紅と輝夜が殺し合っているだけだ」

 

 楓が至極あっさりと語ったため、椿もそういうものなのだと認識して首肯する。

 ちなみに楓の目から見えている二人の光景は、手足が欠けようと、頭が吹っ飛ぼうとお構いなしに続けられる極めて凄惨な光景だったが、楓は大して気にしていなかった。御阿礼の子じゃないので割とどうでも良い。

 

『ふぅん、不死身だと殺し合いも娯楽なのかな?』

「そんなところだろう。俺にはわからんが」

『まあ、正しく娯楽なんだろうね。文字通り命の危険はないわけだし』

「不満そうだな」

『勝負ってもっと真剣であるべきだと思うよ。いや、弾幕ごっことかその辺の否定はしないけどさ』

「真剣に、とは?」

 

 いつもお気楽で何も考えてなさそうな椿から出てきた言葉は、思いの外真剣そうなそれで楓も思わず足を止めてしまう。

 

『上手く言えないんだけどね。私にとって勝負は真剣で、妥協なんてなくて、一度きりのものであるべきなんだよ』

「一度きり、ということは……」

『うん、殺し合い。自分か相手、どちらかは死ぬような勝負』

「今の幻想郷でそんなものできるわけがない」

『だよねえ。それに私、楓にしか触れないし』

 

 椿の力で楓を殺せるのか、と言えばそれは否である。首を絞めることぐらいならできるが、曲がりなりにも半妖。首の骨が折れたところで致命傷には至らない。

 

「……ただ、少しだけお前のことが見えたな。生前……というのが適切かはわからんが、過去のお前もそういう考えを持っていたと推測できる」

『そうだねえ。私もこんなこと考えたのは初めてだよ。やっぱり異変で環境の変化があったのが大きいのかな?』

 

 自身を取り巻く環境が変われば考えることも変わる。その流れで思うことも変わるのだろう。

 楓はこれを良い方向だと考えることにした。これまでは何を聞いてもわからないの一点張りで能天気に漂っていただけの椿が、多少なりとも自分の意志をのぞかせるようになったのだ。

 

「……気になるところがあったら言えよ。俺一人でなんでもできるわけでもなし、お前の観点にも多少は期待しているんだ」

『はいはい。楓は私がいないとダメだからね』

「そういうことにしておいてやる」

 

 自分がいないとダメなのは椿だと思ったが、訂正しても無駄だと思い楓は適当にうなずき、改めて永遠亭に入っていくのであった。

 

 

 

 

 

「ちょっと外が騒がしいけど、そこはご勘弁願えるかしら」

「構わない。妹紅の家を訪ねてもいなかったので、なんとなく予想はついている」

 

 永琳と相対した楓が話すと、永琳は申し訳無さそうに頭を下げた。

 

「そう言ってもらえると助かるわ。あれが数少ない娯楽なのよ」

「外界との関わりを絶っていた、と聞いているので理解はできる」

 

 理由まで踏み込む予定はなかった。というより、今聞いたところで永琳にはぐらかされて終わりであることくらい楓にも察せる。

 

「それで、今日訪ねてきた理由は何かしら?」

「まず確認したいが、あなたは薬師をしていると言っていた。弟子と言われていた鈴仙も」

「……ええ、相違ないわ」

「今後は人里とも一定の関わりを持ちたいとも言っていた。間違いないか?」

「合っています」

 

 慎重に前提条件のすり合わせを行う。ここですれ違いが起こり、なおかつ気づくのが遅れると人里の不利益になりかねないので楓も必死だった。

 永琳は一つ一つ条件を確認していく楓に答えながら、どこかその目は穏やかなものだった。おそらく楓の心中まで読まれているのだろう。

 

「……では人里に薬師として来ることはできないか」

「ふむ」

 

 細い顎に繊手をあて、永琳は考える仕草をする。仕草だけで答えはほぼ出ているのだが。

 

「私たちの医術をそちらは知らないと思うのだけど、どうしてそのような提案を?」

「――そちらが優れた技術を持っている、というのは妹紅から聞き及んでいる。おそらく人里とは一線を画するレベルだろう。どの程度披露するかはそちらの判断に任せるとして、こちらとしてはぜひその力を奮って欲しい」

 

 千里眼で見た、とは言えなかったので妹紅を使うことにした。彼女はここと関わりがあるようなので、知っていても不自然ではない。

 それに最初に人里の薬が足りない事情を話したら、足元を見られる可能性がある。彼女らが金銭に興味を示すとも思えないが、なるべく弱みは見せたくなかった。

 

「なるほど、医術というのは相手があってこそ。およそ怪我も病気も知らない妖怪相手より、人間を相手にした方が有意義なのは確かね」

「無論、人里の方にも薬師や医者はいる。彼らの仕事を全て奪うようなことは許可できないが、人里に薬師として関わりを持ってもらえないだろうか」

 

 永琳は無言で目をつむり、言いたいことをまとめると柔和な笑みを浮かべて楓に手を差し伸べた。

 

「――良いでしょう。こちらとしても願ってもない提案だわ。どういった形で関わっていくかはまた話を詰めていくとして、永遠亭は人里と協力関係を結びます」

「感謝する」

 

 伸ばされた手を楓も掴む。およそ荒事とは無縁そうな顔だったが、手に伝わる感触は堅い武術を嗜んでいる者のそれだった。

 楓の思考を読んだのか、握手のまま永琳は楓に問いかけてくる。

 

「あら、何か不思議なことでも?」

「手が堅いと思った。……弓か何かを操る人のそれだ」

「ご明察。そういうあなたの手は剣を使う者のそれね。相当な努力を重ねていることがわかるわ」

「それはどうも」

 

 手を離し、話が上手く行ったことに内心で胸を撫で下ろしながら楓は永琳を見る。

 

「では詳細な条件は後日詰める。こちらも改めて人里に話を出し、案を用意する」

「こちらでもいくつか考えておきましょう。ああ、それとここからは個人的な話になるのだけど、良いかしら?」

「……何か?」

 

 正直なところ、いつ彼女の口から予想できない言葉が飛び出てくるかと思って気が気でなかったが、それを言うわけにもいかなかった。

 それでも何かが伝わったのだろう。永琳はクスリと小さく笑った。

 

「ふふ、そんなに身構えなくても良いわ。さっきの話もなかなか堂に入ってたわよ?」

「その評価が出てくる時点で子供扱いだと思うが」

「そう聞こえたなら失礼。ただ、あなたと良い関係を保ちたいとは思っています」

「どういった意味で?」

「いろいろな意味で、かしら」

 

 そう言って意味深に微笑む永琳の真意を、楓は全て見抜くことができず渋面になる。父が嫌な顔をしていた理由の一端がわかった気がした。

 

「ともあれ、これからもいらっしゃいな。あなたのことは歓迎するわよ?」

「……考えておく」

 

 絶対まともじゃない方向で永琳に興味を持たれてしまっているのはわかる。わかるが、彼女の技術と力を学べないのはあまりにも惜しい。

 たっぷり迷い、心底嫌そうに答えた楓を永琳は笑って見送るのであった。

 

 

 

「お、楓じゃん。なんか用事でもあったの?」

 

 今なお続いている妹紅と輝夜の殺し合いを横目に、永遠亭から出ようとしているとてゐが目の前に現れる。

 理由はわからないが妙に友好的な彼女に首肯を返すと、てゐは笑って後頭部で手を組む。

 

「ま、その様子だと上手くは行ったようだね」

「あれを上手く行ったと言えるかは微妙だがな……」

「なんかあったの?」

「……なんだか含みを持った目でまた来るように言われた」

 

 あれは確実に善意の申し出ではなく、自分の好奇心を何よりも優先させている顔だ、と楓は思っていた。

 曖昧な楓の言葉でも察するものがあったのだろう。てゐの顔が納得と同情のそれに変わる。

 

「あー……まあ、ご愁傷さま? 永琳は生粋の研究者だからねえ……」

「知り合って長いのか?」

「意外とね。この辺の竹林は大体あたしの庭さ」

 

 そう語るてゐの目は老獪なそれであり、ある意味永琳以上にこなれた雰囲気を感じさせるものだった。

 

「なるほど」

「帰りの案内はいるかい? あんたなら格安でやってあげるよ」

「道は覚えているから、気持ちだけありがたく受け取っておく。……ところで、あの殺し合いは止めなくて良いのか?」

「あー、いいよいいよ。もう少ししたら飽きて終わりになる。向こうは不死身なんだ。バカ正直に止めようとして怪我するなんて文字通り骨折り損のくたびれ儲けさ」

「そんなものか。いや、そちらの日常に口を挟むべきではなかったな。すまない」

 

 恥じ入るように頭を下げる。楓の父親ならそんなものか、で終わらせて深入りはしないところだ。永遠亭の面々とは価値観も違うのだから、その違いも理解せずに口出しすべきではなかった。

 沈黙は金、とはよく言ったものである。公人として動いている今は、一挙手一投足全てに気を払う必要があるのだ。

 

「こっちがお天道様に背を向けてる自覚はあるし、少年が気にすることじゃないよ」

「……そうか」

「それとあたしは別に気にしてないから、そんな気に病むのもやめな。最初っから百点満点なんて誰でも無理だよ」

「…………」

 

 てゐの慰めを受けて、楓の顔がさらに渋い顔になる。年若い自分が永遠亭にいると、全員が年長者であるからか居心地が悪くて仕方がない。

 

「……そんなこと考えてない」

「はいはい。そういうことにしといてあげよう。あ、ここに飲むだけで強くなれるお薬が――」

「そういうのはいらん。自分の力でたどり着くことに意味があるんだ」

 

 結局、この居心地の悪さも年少者として扱われるのも、全て己の未熟が悪いのだ。

 楓は一息で気持ちを切り替えると、てゐに軽く頭を下げてその場を立ち去ろうとする。

 

「余計な世話をかけた。次は気をつけよう」

「若人が気にすんな。あたしゃ一生懸命頑張ってるやつに悪戯はしない主義なのさ」

「いや、普段も悪戯はしないでほしいが」

「そりゃ無理だ。あたしに呼吸するなってのと同じだよ」

 

 困った兎であるが、これ以上ここで問答をしてもどうにかなるわけではないので、楓は諦めて今度こそ永遠亭を出る。

 未だに争いの音は続いており、これが頻繁に続くようでは確かに人里の近くでは暮らせない、と思いながら一様に同じ景色の竹林を歩く。

 

『年少者は大変だねえ』

「うるさい」

『痛っ!?』

 

 ニヤニヤと笑いながら肩に顔を近づけてきた椿の顔を、裏拳で殴っておく。

 椿は楓にしか干渉できないが、楓も椿に干渉はできるのだ。

 

「ったく、永琳さんと話してた時は本当に肝が冷えたんだぞ」

『あはは。君のお父さんもそんな感覚を何回も覚えていたんじゃない?』

「そんなまさか。何を言っても動じない人だった」

『顔に出さないだけだよ。君だって頑張って顔に出さないようしてたでしょ?』

「ふむ……」

『あとは月並みだけど、年の功ってやつ? 場数を踏めば考えられることも増えてくるんじゃないかな』

「場数であることを祈りたい。それなら追いつける」

 

 幸い、というべきかは微妙だが、場数には今後困らなさそうな空気を感じている。

 後はどれだけ自分が上手く立ち回れるかその一点に尽きるのだ、と楓は気合を入れ直す。

 

「戻って叔父さんと詳しい話を詰めよう。どうあれ薬のアテはできた」

『そうだね。人里の薬問題も解決するかな?』

「別の問題が生まれても困るが、そこは腕の見せ所というやつか」

 

 永琳も過度な関わりは持ちたがっている様子ではなかったので、上手いこと調整はしてくれるだろう。

 楓はそろそろ終わりとなる竹林の向こうを千里眼で見て――目を見開いた。

 

「……は?」

『どうしたの?』

「……花が咲いてる」

『そりゃ咲くでしょ。春だもん』

「向日葵に桔梗、野菊が咲き乱れるのがか?」

『はぇ?』

 

 向日葵と桔梗は夏、野菊は秋の花である。春雪異変の影響で春が遅れ、夏の到来が早まったにしても不自然にすぎる。

 何事かと焦りそうになる思考を深呼吸で冷やし、過去に類似の異変がなかったか一字一句覚えている頭の幻想郷縁起を掘り起こす。

 

「……そうだ、思い出した。花映塚だ」

『かえいづか?』

「およそ60年を周期に起こる、花が咲き乱れる現象らしい。霊が増える現象とも関わりがあると言われているが……さしたる実害はないそうだ」

『昔にもあったのかな。時間さえ経てば終わるんなら今回は楽ができそうだけど』

「一応確認だけして、あとは人里で待っていれば良いはずだ。ひょっとしたら霊夢たちが動くかもしれんが……」

 

 忠告に行くべきか否か、を一瞬だけ考えて楓は小さく笑う。

 

「いや、黙っておこう。その方が面白いものが見れそうだ」

『うわひどい。霊夢ちゃん、とんでもないところに行っちゃうかもよ?』

「どうせお祭り好きな連中しかいない。適当な騒動で新しい妖怪が顔を出したら、阿求様の幻想郷縁起にも厚みが増すというもの」

 

 そう言ってくつくつと笑いながら、楓は人里への道を再び歩き始めるのであった。

 

 

 

 

 

 ……振り返って、最も命の危険を覚えたのはこの異変だった、と楓は述懐するのだがそれはまた未来の話である。




次回から花映塚。なお今作は主人公以外の目線もちょくちょく入れていきます。霊夢達も動いているのでそちらも書きたい。

花映塚が一番楓にとって危ない異変になる理由? そこに勝ち逃げされた花の妖怪が(ry

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