楓とレミリアが紅魔館の上空で壮絶な一騎打ちを繰り広げ、数多もの剣戟と爪撃。術と術の打ち合いの末に膝を折ったのはレミリアだった。
レミリアの対策は楓の父に対するもので、楓の対策はレミリアへのものだった。勝敗を分けたのはこの一点だろう。
仮にレミリアが楓への対策を取っていたら――それでも彼のずば抜けた対応力を封殺できるのかはわからないが――勝敗は逆になっていただろう。
あの戦い、紅魔館で見ていないものは一人もいない。
敬愛する主のため、尊敬する親友のため、あるいは、愛を教えると語った姉のため。
三者三様の思いを抱いて戦いを見届けた者たちは戦いが終わった後、我先にとレミリアの部屋に駆け込み――
「うふ、うふふ、うふふふふふふ……!」
変な笑い声を上げながらベッドでゴロゴロ転がっているレミリアの姿を目撃することになった。
『…………』
「うへへ、うへへへへ……あんなに激しく戦うなんて、もう愛し合ったも同然じゃない。うへへへへへへ!」
ニヤニヤと締まりのない笑みを浮かべてゴロゴロしていたレミリアだが、ふと扉の方に立つ咲夜たちに気づくと真顔で無言になる。
「…………」
『…………』
「……私のこと心配してくれちゃった? いやー、悪いわねえ。さすが私! よっ、紅魔館の主! 愛されちゃってつらいわー!」
「ふんっ!!」
勢いでごまかそうとしたレミリアへの返答はフランドールのレーヴァテインだった。
ベッドごと消し炭にされてレミリアは身を焼かれる苦痛でゴロゴロと転がる。
「痛ぁっ!?」
「お姉様をほんのちょびっと……小指のつま先分ぐらいだけは尊敬してあげようかなって思ったけどやっぱりやめた」
「私もお嬢様に一層の忠誠を誓おうと思いましたが取りやめます」
「あ、私門番戻りますねー」
「私も読みかけの本があったわ」
「ねえちょっとみんな!? 私の格好いい姿は今の姿で帳消しになるの!? ねえ!?」
レミリアが手を伸ばして戻ってくるよう懇願するものの、美鈴とパチュリーはさっさと出ていってしまう。なんて薄情な部下だ。
残った咲夜とフランドールにはレミリアなりのキメ顔をして残ってくれたことを褒める。
「……ふふ、部下の躾がなってなくて困っちゃうわね。ああでも、あなたたちが残ってくれただけ私にもまだカリスマが――」
「ねえ咲夜、私とお姉様、仕えるならどっちが良い?」
「平時は妹様。いざという時はお嬢様に仕えたいですね」
「いつも私に忠誠誓ってるでしょう!?」
「じゃあいつかずっと私に忠誠を誓わせるぐらいになってあげる」
「お姉ちゃんのもの取らないでフラン!?」
半泣きになってきたレミリアの姿にフランドールは嘆息するものの、伝えるべきことは伝えておこうと口を開く。
例え今の姉がどれだけバカっぽく見えても、先程までの激戦が消えるわけではないのだ。
認めよう。吸血鬼としての戦い方では姉に一日の長がある。例えありとあらゆるものを破壊する程度の能力を使用したとしても、姉に勝つことは難しいだろう。
「お姉様。吸血鬼の愛し方、なんとなくわかった気がする」
「……そう」
「私にもいつかそういう人が現れるのかしら」
「現れるわよ。私なんてここ数十年の間に二人も現れたのよ? 私自身、ここまで愛せる人が出るなんて諦めてたのに」
だから安心して待っていなさい、とレミリアは穏やかに微笑む。
「私たちの愛は人間とは違う。人によっては拒絶されるでしょうし、非難もされるでしょう。――でもそれがどうしたというの? 吸血鬼が人に配慮なんてする必要ないじゃない」
「…………」
「貞淑である意味なんてないわ。強欲に。吸血鬼らしく傲慢に、強欲に、全部手に入れてしまえば良いの」
その手に世界を掴んだかの如く握りしめ、レミリアは宣言する。
どこまでも吸血鬼らしく、妖怪らしい。やはり自分の姉は吸血鬼としての誇りに満ちた、恐ろしい大妖怪なのだとフランドールは実感した。
「……もしもその愛で相手が死んじゃったら?」
「簡単よ。――その死すらも愛でなさいな。心から愛せる人が現れたらフランにもわかるわ」
「そっか」
「そうよ。愛せるもの、好きになれるものを探しなさいな。この紅魔館は私が好きなものだけを集めて作った館。いずれあなたも自分だけの館を作ってみるのも良いかもね」
「じゃあ咲夜、いつか私がお屋敷を作る時は来てくれる? お給料はお姉様の倍出すわ」
「お嬢様、今までお世話になりました」
「お金で買収される安い忠誠だったの!?」
「いえ、どちらかと言うとそれでショックを受けるお嬢様の顔が見たくて」
「やだメイドの趣味が悪い」
「お姉様の影響じゃない。お姉様の近くにいて趣味が良くなる人なんているの?」
フランドールの言葉にそれもその通りだとレミリアは思ってしまう。
「……確かに!」
「納得しちゃうんだ」
「そりゃ私自身、趣味が良いとは思ってないもの。いえ、男を見る目は最高にあると思ってるけどね?」
「ふぅん」
「生返事! ねえちょっと咲夜? 私の威厳大丈夫? なんかこのやり取りで地の果てまで落ちてない?」
「後は飛ぶだけですよ、お嬢様」
「地に落ちてるって言ってるじゃない!?」
また半泣きになりそうなレミリアは放っておいて、フランドールはどこか楽しそうに笑う。
いつか自分にもあそこまで愛せる誰かが現れるのか。あるいはすでに現れていて気づかないだけか。
いずれにせよ、そんな人といつか互いの命を賭けた勝負ができる。それはきっと――とても素敵なことだと思うのであった。
「はぁっ!!」
「まだまだ!」
天子の振るう緋想の剣と、椛の振るう大太刀が微かな音を立てる。
緋想の剣とまともに打ち合わせてしまうと、受けた剣の方がダメになってしまうため、天子と戦う時は必然的に攻撃を受け流すしかなくなるのだ。
天子は自身の持つ武器の強みを理解しており、狙いすました一撃以上に数多く攻撃を放ち、一つでもまともに捉えればそれで勝負を決められると猛攻を仕掛ける。
しかし、考えのない動きこそ椛の望むところ。肉体の動きから次の動きの予測程度、今の椛に難しいものではない。
当たらないものはそのままに、容易く避けられるものは体捌きで避けてしまう。そして受けるとマズイものだけ見極め、最低限の打ち合いで受け流す。
髪をかすめても眉一つ動かさず、椛は踏み込むことなくその場に佇んで次の攻撃を待つ。
――と、そのやり取りがある程度繰り返されたところで稽古を見ていた楓が砂時計を片手に声を発する。
「そこまで。時間だ」
5分を測る砂時計を二度。計10分間、天子がひたすら攻撃に徹し、椛はそれを防ぐことに徹する。天子の攻撃面を磨くための稽古であった。
楓の声を聞いて二人は動きを止め、天子は悔しそうに歯噛みして椛はそんな彼女の様子を見て朗らかに笑う。
「あーもうっ! 今日も勝てなかった!」
「あはは、こればっかりは私の取り柄ですから」
「一朝一夕に行くとは俺も思ってない。というか俺だって守りだけを考えた母上を突破するのは面倒になる」
「でもあんたはできるじゃない」
「修羅場ばっかりくぐらされたからな」
恨めしそうに見てくる天子に楓は肩をすくめる。
椛も楓に同意するようにうなずいてきた。
「そうですよ。天子ちゃんには天子ちゃんのペースがあります。第一、楓はこの歳でもうあの人そっくりなところまで至っているのがおかしいんです」
「自分でもここまで早く来るとは思ってなかった」
「……でも、私と差が開いているのは事実でしょう」
「差のあるなしで相方は選ばない。俺と冒険するのはお前以外にいない」
「……っ! ……っ!!」
「左腕を叩くのはやめろ、痛い!」
傷の治りが遅くなる毒をしこたま受けたので、見た目は塞がっていてもまだ内部に毒が残っているのだ。
レミリアとの戦いが終わった直後など、見た目上は無傷のレミリアと身体のあちこちに穴を開けて血を流す楓でどちらが勝者かわかったものではなかったぐらいである。
照れ隠しに叩いていた天子も気づいた様子で、心配した様子で左腕を撫でてくる。
「あ、っと……大丈夫?」
「何もなければ治る。痛みに関しても強く打たれないとわからないくらいだ」
「そ、そう! 仮にもこの天人の相棒を自称するのなら、もっと頑丈になってもらわないと困るわね!」
「全くだ。勝てたから良いものの、あれほど傷を負うなど未熟の証拠。もっと強くならなければ」
半妖故の頑健さに物を言わせてしまったところがあるのも事実。
少なくとも最後の攻撃は自分が人間だったら死んでいた。
レミリアとの戦いを乗り越えて強くなった自信はあるが、それでも課題が見えてくるばかりである。
天子がバケモノを見るような目で見ていることに気づかないまま、楓は自身も木刀を握る。
「休憩はこれぐらいにしよう。母上、次は俺が」
「わかったわ。私が見ていてあげる」
椛は楓が前に出てくると交代するように入れ替わり、砂時計の側に腰掛ける。
先程までは天子がひたすら攻撃を磨く時間だったので、次は防御のやり方なども含めて磨く時間となる。
「じゃあ――はじめっ!」
「木刀が壊れても責任取らないからね!」
「そうなったら褒めてやる」
呼吸を整えた天子が仕掛けてくるのに合わせ、楓も木刀を振るっていくのであった。
そうして天子の肉体にすぐ治る青あざをいくつかこしらえた後、荒い息でへたり込む天子に声をかけていく。
「闇雲に攻撃するのはいただけない。緋想の剣がそれを許している部分はあるが、母上なら当たる剣筋だけ見切って受け流すことぐらい難なくこなす」
「さっき言いなさいよ……そういうのは……!」
「考えて攻撃しろ。お前の持ち味を自分で殺す必要はない」
天子の頭脳は楓にとっても脅威であり、敵に回したくないものである。
それを自分から放棄してしまうのはあまりにももったいない。
その辺りを話すと、天子は呼吸を整えてガリガリと頭をかいた。
「はぁー……わかったわよ。あのやり方もあんまり手応えなかったし、そっちの言葉に従うわ」
「それが良いですよ。大丈夫、天子ちゃんの腕はすごいスピードで上がってます。楓と比較したらダメですけど……」
「くぁー腹立つ! もう少し人のペースに合わせなさいよ!」
「そんなことしてたら途中で死んでいる」
などと話していると良い時間になったので、楓は屋敷の方に戻り始めていく。
「そろそろ朝餉にしましょう。俺は作ったらそのまま阿求様のところに向かいます」
「あらそう? その後の予定は?」
「アリスに頼まれて魔理沙の抜き打ちです」
「抜き打ち?」
何をやるのかと天子が首を傾げたので、楓は言いたくなさそうに顔をしかめるも、言葉に淀みはなかった。
「あいつがちゃんと生活できているのか、定期的に確かめるよう頼まれているんだ」
「……彼女、そんなダメなの?」
「俺にはこれ以上彼女の尊厳を傷つけることは言えない」
「その言葉がこの上ない答えよね!?」
おおよそ察してしまった天子はこれ以上の言及を避けることにする。
「乙女の尊厳を踏みにじるのはやめておくわ……」
「そうか。俺は乙女じゃないから踏みにじるが、あいつ一人だと掃除も洗濯も全くやらないんだよ。室内がおよそ人の住む空間の臭いじゃなくなる」
「私の気遣い返しなさいよ!?」
「魔理沙に多少痛い目を見てもらった方が良いと思ってな」
「こっちはもらい事故なんだけど!?」
今後魔理沙にどんな顔をすれば良いのか。
爆弾を放り込むだけ放り込んでいった当の楓は言いたいことも終わったのか、さっさと厨房に向かっていってしまう。
残された天子が呆然としていると、後ろから椛が苦笑交じりに肩を叩いてきた。
「まあ……うん。あの子、だいぶ愉快な性格してるから、天子ちゃんも慣れて、ね?」
「私があのポジションほしかったのに……!」
真面目な少年を振り回す天人の少女の組み合わせ。それがいつの間にか逆転していたのだ。天子としては歯噛みするしかない。
しかし、楓がそんな姿を晒すのも肩の力が抜けてきた証拠だろう。
そう前向きに考えることにした天子は気を取り直し、楓の作った朝餉を食べて今日も一日を始めて行くのであった。
「うふ、うふふ、うふふふふ……!」
阿求の鈴を転がすような機嫌の良い笑い声が漏れる。
猫を撫でるように撫でているのは今日発刊された文々。新聞である。
一面に大きく『吸血鬼と半妖の激戦! 制したのは半妖の少年!!』と見出しが載っており、筆の早いことだと文に感謝の念を送っていた。
もとより負けると思っていたわけではないが、それでも勝ったものは嬉しい。
この新聞は額縁にしまって稗田家の家宝にしよう。それで今後の御阿礼の子にもこれを見て思い出してもらうのだ。
自分の隣りにいる最愛の従者は、幻想郷でも随一の大妖怪を打倒するほどの存在なのである、ということを。
「それにしても文さんはどこから見ていたのかしら」
「結界の外に視線をいくつか感じました。細かく捉えてはいませんが、おそらくそれらかと」
「ふぅん……何はともあれ、お疲れさまでした。お兄ちゃんは大丈夫だった?」
「無傷とはいきませんでしたが、傷はすでに治っております」
「そっか。じゃあ今日は無理しないでね? 私も今日は一日これを眺めて笑っていようと思うから」
「それは……いささか、気恥ずかしいものがあります」
ニコニコと笑いが止まらないといった様子で新聞を撫でる阿求に、自分のことが書かれているものを褒められていると思うとどうにも視線を合わせられない。
そんな楓の様子すらも阿求にとっては楽しいもののようで、より一層の笑みを深める。
「隅から隅まで読んで心に焼き付けないと。お兄ちゃんの勇姿、本当はもっと近くで見てみたいんだけどなあ」
「申し訳ありません。ですが従者が戦う姿など、主人が見ないに越したことはないのです」
「お祖父ちゃんも昔、似たようなことを言ってたよ。従者が戦うということは、主が危険にあるということと同義だから、って」
「ご理解いただければ幸いです。我ら一同、阿求様に心穏やかにお過ごしいただくことが願いですので」
「うん、そこはわかってる。だから今後もお兄ちゃんが戦うことには何も言わないつもり」
「…………」
「私のためだって、自惚れじゃないと思ってるから」
「…………」
無言で頭を垂れる楓の姿が何よりも雄弁な答えだった。
阿求は一度目を閉じ、胸に去来する思いを噛みしめる。
楓が死地に飛び込むことに不安はある。心配もある。何より大きく、彼なら必ず戻ってくるという信頼がある。
生き抜きたいという思いに嘘はない。しかし、楓に自分のために傷つかないでほしいという思いも嘘ではない。
それでも、まっすぐ目的に向かって進んでいる楓の姿を見ると無理はするなと言うことはできなかった。
阿求もまた、阿礼狂いの主として恥じない自分でありたいのだ。
「……お兄ちゃん、一つだけお願いをします」
「阿求様?」
「私が命令をした時に、お兄ちゃんが嫌だと思ったら断ってほしいの」
「……阿求様、それは」
阿礼狂いに御阿礼の子の願いを断るなんて機能はない。水車に水の流れに逆らえと言っているようなものだ。
阿求はそれを承知の上で話していた。これから先、阿求は心にもない願いを口にする可能性がある、と未来を見据えていた。
「お兄ちゃんが今後も戦っていく時、いつか私は自分のことは良いから無茶をしないでと言うかもしれない。それがどんな状況かはわからないけど……いつかそんな日が来るかもしれない」
「…………」
「その時、どっちを選んでも私はお兄ちゃんを責めないし、恨みもしない。ただ受け入れる。でも、お兄ちゃんに選べる余地は残したいから」
「……かしこまりました。そんな時が来ないよう精進いたしますが、その時が来たら――恐れ多くも私が選択します」
これ以上の言葉は無粋と感じ、楓は何も言わず頭を下げた。
阿求はそんな楓の頭に手を置いて軽く撫でた後、静かに微笑む。
「もちろん、そんなことはないに越したことはないけどね。さ、お兄ちゃんの用を済ませてきて? それが終わって戻ってきたら今度はどんな冒険をしてきたのかお話してくれると嬉しいな」
「私とてそう毎度冒険しているわけではありませんよ……!」
なお冒険をする羽目になった。
楓はアリスと並んで魔理沙の家の前にやってきていた。
どちらも口元を布で覆い、これから飛び込むことになる惨状への対策は万全である。
「手順を確認するわ」
「拝聴しよう」
「楓が戸を開けて、私が魔理沙を捕縛。そして室内に踏み込む。それでいいわね」
「異論はない。アリスがここまで乗り気になるのは予想外だったが」
元々は楓が魔理沙の父より頼まれていたことなのだ。そのため楓一人で行っていたのだが、どこからか聞きつけたアリスも協力するようになっていた。
「同じ女として、あんな生活を認めるわけにはいかないわ。魔女がみんなあんな感じだと思われたら自殺ものよ」
「そんなに嫌か……」
「あなただって咲夜が自堕落な生活を送っていて、従者ってあんなものだと思われるのは嫌でしょう?」
今ひとつ例えが微妙だが、言いたいことはなんとなくわかったのでうなずくことにする。
気炎を上げているアリスに反論したところで楓に得があるわけではないのだ。
「じゃあ踏み込むぞ」
「待ってるわ」
アリスの力強い激励を背に楓は霧雨魔法店という看板のかかった店の戸を叩く。
魔法の品を売っているらしいが、実際のところ客足があるのかは不明である。買っていても霖之助辺りだろう。
「はいはい、いらっしゃ――げっ!」
口元を布で隠している楓が来た時点で用件がわかったのだろう。戸を開けて出てきた魔理沙は口元を引きつらせて戸を閉めようとするが、すでに楓が足を挟み込んでいた。
「逃さんぞ」
「私もいるわよ」
「やばっ!」
魔理沙の判断は早かった。
楓とアリスがいる時点で目的は察した。そしてこのまま室内にいても二人のお説教を食らうだけである。
そう考え、魔理沙はすぐさま踵を返して窓から脱走を試みた。
だが当然、楓がその考えを読まないはずもなく。むしろ自分から背を向けた魔理沙を瞬く間に取り押さえ、床に転がしてしまう。
「よし確保。アリス、室内の様子を報告」
「惨憺。以上」
「……魔理沙」
楓はなんと言えば良いのか迷った様子で魔理沙を解放する。
彼女も観念したのか、力なく起き上がると二人に言い訳を開始した。
「まあ待ってくれ。私もそろそろ来るかなと思って掃除するつもりだったんだ。ほら、あそこに掃除道具まで用意してるだろ?」
魔理沙が指差した先には確かに掃除用のほうきと雑巾が置かれていた。
「話は最後まで聞いてあげるわ」
「それで掃除しようと思ったところで急に魔法で閃きが走ってな。急がないと閃きが失われちまうってんで急いで研究してたんだ」
「ふむ」
「それで掃除が後回しになっちまった。……てへっ」
「それなら仕方ないわね……なんて言うわけないでしょう!」
アリスの雷が落ちた。楓は肩をすくめると説教をアリスに任せて掃除を始めることにした。
「じゃあ掃除するぞゴミ」
「おい待てゴミって私のことか!?」
「部屋が汚いやつは人間扱いしないで良いって父上に教わった」
「ウソつけお前が今考えたやつだろ! 爺ちゃんに見られた時も怒られたけどそこまで言われてないぜ!」
「父上の下りは嘘だが、残りは本心だぞ」
「お前いつの間にそんな性格になった――いや元からだな。悪い」
「謝罪される謂れはないが、お前の状態は弥助さんに余さず報告してやろう。いや別に謝罪される謂れはないが」
「ちょ、真面目に掃除するからそれは勘弁してくれよ!? というか根に持ったなお前!」
「ははは何のことやら」
「はいはい、幼馴染の心温まるやり取りは後にしてくれる? 楓も手伝いなさい。ああ、服はこっちでやるから」
楓と魔理沙が話しているとアリスがパンパンと手を叩いて掃除に集中するよう告げてくる。
「別に気にしないぞ」
「せめてもの慈悲よ。楓に下着が汚いなんて言われたらさすがにキツイでしょう」
「汚いぞお前」
「言うと思った! 今のは言うと思ったよチクショウ!! こうなったら徹底的にやって今後も来ないようにしてやる!」
「是非そうしてくれ」
楓の言葉に全面的に同意したのか、アリスも深々とうなずいているのが特徴的だった。
そうして家事が仕事でもある楓の主導のもと、魔理沙の家の大掃除は行われた。
魔法的に怪しいもの、服飾の類は魔理沙とアリスが。それ以外の床や棚といった部分や水回りの掃除は楓が一手に引き受けて終わらせていく。
そうして三人が一息入れる頃には魔理沙の家は元が廃屋だったとは思えないほど、綺麗に磨き抜かれているのであった。
「ふぃー……ここまでやると別の部屋みたいだな」
魔理沙はアリスが用意した紅茶を飲みながら、ピカピカになった部屋を他人のもののように見回す。
「本気でやったからな。これを維持しろとまで言うつもりはないが、ある程度は努力しろよ」
「へいへい。あ、親父には……」
「……まあ掃除したからしばらくは大丈夫と言っておこう」
我ながら甘いと思いながらも、魔理沙はそういうどこか憎めないところがある。
それに次も自分たちでまた抜き打ちをすれば良いのだ、と考えてしまう辺り、つくづく彼女が甘え上手だ。
「よっしゃ! 愛してるぜ楓!」
「はいはい。アリスも助かった」
「良いわよ。魔女が魔理沙みたいなのばっか、って思われるのは癪だし」
「ふ、私みたいに憧れる少女が増えても大変だからな」
調子に乗った魔理沙が格好つけるように帽子の角度をいじるが、アリスの返答は大真面目なものだった。
「魔女は不潔な存在、なんて噂が立ったらパチュリーと並んで燃やしに行くわ」
「ガチで言うのやめろよ!? 悪かったって!」
「アリスがいれば自堕落はできそうにないな」
「やれやれ、気ままな一人暮らしにゃしがらみも多いもんだぜ」
「そもそも食事もアリスや霖之助さん、霊夢にタカって成立している現状が驚きだがな……」
普通、そこまで他人に頼るぐらいなら自力でどうにかしようとするのが大半だろう。
「まあ良い。次ダメだったら問答無用で弥助さんに報告するからな」
「へーい。守護者さまは厳しいこって」
「気が変わったから今日報告する」
「いやー! 私みたいな魔法使いにまで気にかけてくれるなんて歴代一優しい守護者だぜ! よっ! 人里は安泰!!」
「それで良い。感謝しろよ」
「へへーっ!」
「良いんだ……」
調子の良い魔理沙の言葉と、それで機嫌を良くする楓に苦笑いを浮かべながらもアリスは紅茶を飲み干して立ち上がる。
「それじゃ私は戻るわ。ああ、楓。すぐそこまで付き合ってもらえるかしら」
「ん? わかった。良いぞ」
この時、楓はアリスを家まで送る程度のことだと思っていた。
いくら彼女が魔女とは言え、魔法の森には妖怪も出る。道中の護衛を求めるのも間違いではないのだ。
「ありがとう。じゃあ魔理沙、また今度」
「おう、じゃあな」
魔理沙に見送られて二人が外に出ると、先に歩き出したアリスの後を追う。
楓が隣に追いついてきて、アリスは柔らかい笑みを浮かべて感謝を告げてくる。
「今日はありがとう。魔理沙たちと話せて楽しかったわ」
「礼を言うならこっちの方だ。魔理沙の掃除に付き合ってもらえて感謝している」
「そう。なら感謝ついでに一つ頼みを聞いてもらえるかしら」
「できる範囲なら引き受けよう」
アリスへの警戒を完全に解いていたことを楓はこの日、割と後悔する。
なぜなら楓がうなずいた瞬間、アリスの手は楓の腕を掴み、術式を発動させていたのだから。
「そう。――だったら、私と一緒に魔界、行ってくれるわね?」
「――は?」
そういえばそんなことあったな、と楓がアリスの事情を思い出した時、すでに風景は見慣れた魔法の森のものから、まだ見慣れぬ魔界の場面へと切り替わっているのであった。
輝針城に関しては異変の本筋に関わる予定ではなく、なんか草の根妖怪ネットワークとわちゃわちゃやりながら天子の家族関連の話が進む予定です。
なので相方は天子になります。
そして次回は魔界に行ってまた神綺さまや夢子と話す場面です。こいつら意外と出るな……。