阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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先週すっかり忘れていましたが本作も丸二年書いています。
ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございます。

さすがに三年……はかからないと思います。
話も終盤に差し掛かってきた拙作、楽しんでいただければ幸いです。


魔界の親子

 今度こそ来ることはないだろうと思っていた魔界に三度来ることになってしまった。

 楓は若干見慣れた気すらしてくる、魔界の広大な景色を眼下に収めながらため息をつく。

 

「……怒ってる?」

 

 それを怒りと捉えたのだろう。隣を歩くアリスが恐る恐るといった様子で楓を伺ってくるが、それは否定しておく。

 

「いや、魔界なんてそう何度も来る場所じゃないはずなのに、もう三回目だと思うと自分に呆れてな」

「怒ってないの?」

「あれぐらいで怒るやつがいるのか?」

 

 楓にとっては日常茶飯事の一部である。これぐらいで怒っていたら毎日頭の血管が切れている。

 自分の日常をかいつまんでアリスに話すと、アリスは一転して同情に満ちた視線を向けた。

 

「あなたの人生、よっぽど騒動に愛されてるのね……」

「今回の件もその一部だぞ」

「私は霊夢たちとは違うわよ?」

「…………」

「その目はなに!?」

 

 問答無用で魔界に連れてくる時点で楓の中ではアリスも霊夢たちと同じ枠に入っているが、わざわざ明言する必要は感じなかった。

 

「ここまで来たんだ。アリスの御母堂にまた会うのも承知した。というか以前一人でどうにかすると言っていたが、無理だったんだろう」

「まあ……その……はい、ダメでした」

 

 顔をうつむけてしょんぼりしているアリスを責める気はなかった。

 

「俺が関わっている問題で俺が手を離すと大体ロクなことにならない。それはこれまでの人生経験で実感している。この際だからアリスの問題も終わらせてしまおう」

「楓の優しさが沁みる……。でもなんだか私も楓の中で問題児枠に入っている気がして正直複雑……」

 

 嬉しいのか嬉しくないのか判断に困る微妙な顔をするアリスに肩をすくめ、楓は魔界の都市への道のりを見上げる。

 

「それでわざわざ神綺のところではない場所に来たのは理由があるのか?」

「え? え、えぇ。道すがら事情の説明をと思って。ぶっつけ本番は嫌でしょう?」

「選べるならな」

「選ぶ余地がない時も多々あるって聞こえるんだけど?」

 

 その通りなのでこれ以上の説明は避けることにする。

 いくら自分の境遇を受け入れたからと言って、懇切丁寧に説明して己の傷を抉る意味はない。

 

「俺の話をこれ以上しても仕方あるまい。というか神綺の家までに絶対終わらない」

「私も魔理沙に付き合ってそれなりに異変に関わっていると思っていたけど、あなたには負けるわ……」

 

 人里の守護者となってからの目覚ましい成長にも納得できるものである。

 要するに彼はそれだけの修羅場に遭遇し続け、その都度対処し続けてきているのだ。

 

「ん、んんっ! とにかく私が母――神綺さまに話していたのは友達のことが主体よ」

「好きに呼んで良いぞ。親が子に他人行儀な態度を取られるのは堪えるようだ」

 

 昔、楓が阿求の側仕えを継いだ直後のことだった。

 自らが御阿礼の子に狂った阿礼狂いであることをはっきりと自覚した楓は、狂人の母親である椛に家を出た方が良いと勧めたのだ。

 火継の家は阿礼狂いが巣食う魔窟に等しい。すでに愛した人も消えた今、ここに留まる理由もないだろうと善意からの行動だった。

 

 結局は椛に諭されて彼女の意思を尊重する形となったが、あの時の母の顔は――できることなら、二度見たいものではなかった。

 

 アリスはそんな楓の心情を読み取ったのか、神妙な顔でうなずいて話し始める。

 

「……今回は楓に合わせるわ。それで母に送っていた手紙だけど、あなたのことも書いているのよ」

「それはわかっている。どんな内容で書いたんだ?」

「…………」

 

 すっと視線をそらされた。

 どうせ会うこともないだろうと思って適当に書いたのだろうか。楓は呆れた半目で見ながらアリスの反応を待つ。

 

「……その、ボーイフレンドって特別だと思わない?」

「いや別に」

 

 アリスの理屈で言ったら楓など特別な友人だらけである。

 

「特別なのよ! 私は楓と比べたら友達も少ないんだから!」

「俺と比べて多いやつはそうそういないと思うぞ……」

 

 余談だが楓、何回か顔を合わせて話したら友達だと思うフシがあった。

 そこから無茶振りして良いか、無茶振りはしない方が良いかを考えている。閑話休題。

 

「まあアリスの言い分はわかった。それで俺のことを具体的になんと書いたんだ?」

「男の子の友達って楓だけだから、母がそれに興味を持ったみたいで……。私もちょっと調子に乗ってあることないこと書いたり、書かなかったり……」

 

 人差し指をツンツンさせながら言いにくそうに語るアリスの姿に、楓は頭痛を覚える。

 

「……まあ母親相手には良い格好を見せたいと思うものだな。誰でもそうだ。別に恥じ入る必要はない」

「その慰めが一番キツイわ……! ええそうよそうですよ私だってお母さんに見栄を張りたくなるのよ!」

「責めてないと言っている」

 

 そしておおよその事情を把握した楓は腕を組む。

 アリスもここまで来て見栄を張っていたことがバレるのは必要経費だと思っているだろう。

 ここでごまかすために演技してくれ、と言われたら神綺のためにもならないし、後々自分の首を絞めることになるという確信があった。

 

「彼女に頭を下げるのはアリスがやるんだぞ。嘘に付き合うのは御免こうむる。お互いのためにならないし、俺にも被害が来る」

「ううっ、こんな時は正論が痛い……」

 

 彼女はもっと冷静なイメージがあった、とは言わないでおく。どれが彼女の素であるのか、など考えるだけ野暮なことだ。

 人里で見かける人形劇をやるクールな少女も、今ここで慌てているアリスもどちらも同じなのだ。

 楓としては特に変わらない態度で接すること以外にできることはない。

 

「大体わかった。こっちは普段通りにするから後のことは任せる。婚約者だとか抜かさない限りはフォローする」

「そこは任せて。さすがにそんな風には書いてないから!」

 

 

 

「まあまあアリスちゃんが男の子を連れてきてくれるなんて! 今日はお赤飯ね!」

「手紙で見たし、色々な女に好かれてるとも思ったが、やっぱりお嬢様だよな。うんうん、お前は見る目があるぞ」

「ちょ、ちょっとお母さん、夢子も!」

「…………」

 

 ここでの最適解は沈黙である。三人寄れば姦しいとばかりに騒ぎ立てる神綺と夢子、二人を止めようとするアリスに割って入ることなく、楓は黙ることを選ぶ。

 

「あ、楓くんから見たアリスちゃんはどう? この子、手紙だと楽しいことしか書かないから、君から見たアリスちゃんはどうなのかなって」

「何事もテキパキとこなすが、決して他人との関わりを厭っているわけではない。むしろ面倒見が良くて俺もよく頼っている」

 

 魔女関連の話が出たら、とりあえず真っ先に候補に上がる存在である。片方が出不精、片方が勉強中なので、諸手を挙げて頼れる人が彼女しかいないとも言うが。

 そんな楓の話を良い方に捉えたのか、神綺と夢子の気分が否応なしに高まっていく。

 きゃあきゃあ騒がしい姿はとても魔界の創造神とは思えなかった。

 

「あ、夢子ちゃん、お茶出さないと! とっておきのやつでお願いね!」

「かしこまりましたー! 少年、上座に座ってよ!」

「いや、お構いなく」

 

 上座とかお赤飯とか、魔界にもあるんだなと変な方向で感心しながら楓はアリスの隣に腰を下ろす。

 テンションの高い二人にすっかり参ってしまったのか、アリスは顔を赤くして縮こまるばかりであった。

 

「少しは気楽にした方が良いんじゃないか。持たないぞ」

「あなたは良く平然としてられるわね……」

「こう言ってはあれだが他人事だし」

 

 当事者はアリスたちである。楓は投げかけられた質問に正直に答えれば良いだけなのだ。

 

「それに娘を心配している良い母親じゃないか。見栄を張りたくなる気持ちもわかるな」

「からかわないで頂戴。それに母と言っても血の繋がりがあるとかじゃないのよ」

「うん?」

 

 軽い調子で放たれた言葉に楓は首をかしげるが、一見すると重大な真実を告げた様子のアリスに気負った様子はなかった。

 

「魔界で生まれたものは全部彼女の被造物なのよ。言うなれば私も夢子も広義で見ればあの人の娘ってわけ」

「……本当に全部なのか?」

 

 アリスの言葉を真に受けるには、いささか疑問が残った。

 例えば幽香はどうなるのか。彼女は魔界を知っている様子であり、神綺とも知り合いだった。

 あまり穏やかな知り合いでない以上、どこかで敵対した過去、ないし現在進行系で悪い関係があるのだろう。

 そんな彼女も神綺の被造物か、と思うと不思議だった。

 

「んー、アリスちゃんの説明には少し語弊があるわね」

 

 楓の疑問に答えたのはカチャカチャと歩行に合わせて茶器を揺らしながら現れた神綺だった。

 手慣れた様子でアリスと楓に茶器を置くと、澄んだ琥珀色の紅茶を注いでいく。

 

「はい、魔界でもとっておきのお茶よ! あ、こっちはお菓子ね!」

 

 クッキーが並べられ、どこまでも家庭的な神綺の姿に楓は目を細める。

 楓の知る紅茶とは多少違う味のお茶を楽しみながら、焼き菓子に手を伸ばす楓をアリスはどこか変なものを見る目で見る。

 

 楓は普段、母親と一緒に暮らしている。ならばアリス自身と神綺を並べた場合、アリスの方に実感を寄せてくれると思っていたのだ。

 しかし、楓の視線はどちらかと言うと一生懸命もてなしている神綺に向いていた。彼女の対応を嬉しく思っている様子だった。

 いや別にアリスも嬉しくないわけではないのだ。ただそれより照れが先立つだけで。

 

「……ねえ、母さんの方を見ているけどどうかしたの?」

「俺はあまり可愛げのある子供ではないからな。母上はこういうことをしたいのか、と思っていた」

 

 自分は阿礼狂いであるという一点で特大の迷惑をかけているのだ。

 これ以上の迷惑はかけられまいと楓なりに親孝行をしたり、極力彼女の手を煩わせないよう動いているが、それが母のためになっているのか。神綺を見ているとわからなくなる。

 

「あら、そんなことないわよ? きっとその人も、楓くんのことは可愛い息子だと思ってるわ」

「……なんでそう思う?」

「お母さんだもの。子供が悪いことをしてなければ、何をやっていても可愛いって思うはずよ」

「…………」

 

 椛でも許容できそうにない悪事もいくつか覚えがあるので、何も言えず黙ることしかできない楓だった。

 ただ、もし母に糾弾される時が来たら何も言わず受け入れるだけである。それでも道を違えることはできないのだ。

 

「それより楓くんにもお母さんがいるの? 見た感じ、混ざりものだから天涯孤独だと思ってたんだけど」

「ああ、それ私も気になった。お嬢様が言うには半人半妖だろ? その割に戦闘向けの魔界人として作られた私とも互角に戦えるし、すごい妖怪の血でも引いているのかい?」

 

 台所の奥から追加のお菓子を持って現れた夢子も楓に興味を示したのか、楓の出自について聞いてくる。

 特に隠すような内容でもないため、楓は口を開いて語り始めた。

 

「父が人間、母が白狼天狗の半人半妖になる。妖怪の血としては十把一絡げとまで言うつもりはないが、大妖怪といえるものではない」

「ほお……それであの実力か。人間の血が混ざっている以上、成長するのは驚かないけどあれはどこからだい?」

「俺の剣や体術は全て父から教わったものだ。術は俺が独自に覚えたが……今なお、剣術で父上に勝てるイメージは描けない」

「親父さん人間?」

「人間だ。老衰で死んだわけだし」

 

 死ぬ前日まで稽古していたが、一度も二刀を抜かせることすらできないまま負けていたが人間である。

 ……楓も今なら本気の父とも戦いが成立するところまで来ていると自負していた。おそらく、万に一つ程度の勝ち目なら存在するだろう。

 死んだという情報も楓がサラリと流したため、神綺も夢子も驚くことなく受け入れる。

 

「そうなの。だったら一度思いっきり甘えてみると良いわ。甘えられて嬉しくない母親なんていないもの!」

「覚えておきます。それよりアリスの説明についてはなんと?」

「ああ、そっちね。あんまりお客様が来ないものだから、久しぶりにアリスちゃんたちが帰ってきてつい嬉しくなっちゃってたわ。ごめんなさいね」

「いえ、自分も話せて嬉しく思います」

 

 神綺の謝罪を穏やかに受け取る楓を見て、アリスは楓が神綺みたいなタイプに弱いのだと思っていた。

 

「それで話を戻すけど、私は確かに魔界に存在するものを生み出した創造神。でも少し考えてみてほしいの――じゃあその魔界は誰が作ったの?」

「そこが自分も気になっていました。あなたが全てを作ったにしては居住区があまりに小さい」

 

 魔界は広大だ。楓の千里眼を持ってして僅かにしか見渡せない。

 そしてその見渡せる範囲に街や集落と呼べるものは神綺が暮らすこの近辺ぐらいしか存在しないのだ。

 

「その通り。だから私がやったことは魔界という広大な――私の力を持ってしても全容の把握ができない世界にほんの一部、私の力が及ぶ世界を作ったというのが近いわ」

「ではやはり幽香は……」

「魔界の中でも私の知らない場所から来たわ。本来の力は私にもわからないけど――こと戦闘に限って言えば夢子ちゃん以上なのは間違いないでしょうね」

 

 一人一種族の花の妖怪という、情報の少なさで言えば八雲紫にも匹敵する彼女の謎がまた一つ増えてしまった。

 炎の術を得意とする関係上、相性は良いが幽香にとってその程度の相性などいくらでも覆してきたものだろう。

 いつか彼女と戦う時が来たら、また命がけの修羅場を超える必要があると思うと今から憂鬱だった。

 

「幽香ちゃんのことはさておき、アリスちゃんや夢子ちゃんは私が魔界人として造ったわ。お腹を痛めたわけじゃないけど、どっちも――ううん、誰もが可愛い私の子供たちよ」

「ちょ、母さん!」

「うわ、私まで!」

 

 ニコニコ笑いながらアリスと夢子の両方を抱きしめる神綺に、楓は目を細めるのであった。

 

 

 

「それで少年とお嬢様は普通に友人で、お嬢様に一緒に来るよう頼まれたからここに来たわけか。付き合い良いねえ」

「頼まれたのは事実だが、連れて来られたのは半ば強制だがな」

「でも帰れるだろう? 少年、戻る術は教えたはずだ」

「イタチごっこになるだけだ。それにアリスには日頃から頼み事をしている身だからな。恩を返せるなら動くさ」

「アリスちゃん、この子とっても良い子だと思うわよ! 逃さないようにね!」

「そういうのじゃないから!! あとこいつ猫被ってるだけよ!」

「仮にも魔界の創造神を前だぞ。猫の一つぐらい被るだろう。あとこれは素だぞ」

「んんんんんっ!」

 

 言いたい。この男は外面は良いし、優しいところがあるのも事実だが、とある一点に限って紛うことなき狂人に変わり果てるのだと。

 アリスも楓のことは良き友人だと思っている。それは地霊殿での異変で上海人形越しに全てを見た今でも変わらない。

 だがそれで彼を良い人にしたいか、と言われれば話は別である。アリスにだって選ぶ権利があるのだ。

 

「そ、そういう楓は何かないの!? あなた女の子の友達ものすごい多いでしょ!」

「ほう?」

 

 好意的な視線から一転して剣呑な目で見てくる夢子の視線を受け流しながら、楓は憮然と答える。

 

「幻想郷の名だたる人外が大半少女なのが悪い。あと普通に男の友人もいる」

 

 寺子屋時代の同期とは顔を合わせれば話すし、自警団にも入っている少年たちとは親友とも呼べる付き合いだ。

 さて、と楓は律儀にアリスの言葉に従い、そういった視線で誰かを見たことがないかを思い出していく。

 

「ないな。適齢期になれば一族から誰かを娶る話は出るだろうし、俺がそれを受ける気もない」

「あら、結構厳格な一族の生まれだったりするの? 楓くん」

「主人と仰ぐ一族に代々仕えてきた一族です。最も強い人が側仕えの誉れを頂戴し、一族の当主も拝命する」

「となると今は少年か」

「これから先も、だ。俺が人の身だったら後継を考える必要があるが、幸いにも妖怪の血が流れる俺は永い時を生きられる」

 

 故に楓は誰かとそういった関係になるつもりはなかった。

 友人とは友人のまま、楓は幻想郷で生きていくつもりである。

 その辺りの理由を話すと、神綺は納得した様子だったが指を一本立てた。

 

「でもそれじゃあもったいないわよ?」

「もったいない?」

「だって知りもしないうちに必要ないって決めているんでしょう? それが間違いだと言うつもりはないけど、少し早計じゃないかなって思うの」

「…………」

「君はまだ若いんだから、色々と決めるのはまだ早いと思うわ。まずは体験してみて、合わないと思ったら改めて切り捨てれば良いのよ。その方が自分の向き不向きまで含めて色々と知れるでしょう?」

「……なるほど」

 

 やはり神綺は母に通じるところがある、と思いながら楓は神妙な顔で話を聞いていく。

 思い返してみれば、父も何を思ったのか母と結ばれたから自分が生まれたのであって、そういったことを否定しているわけではない。

 父は自分と同じことを思い、母の想いを受け入れたのだろうかとすでにわからない答えを求める楓の目はここではない遠くを見る。

 ちなみに父が母に婚姻を申し込んだ可能性は排除していた。彼と自分は阿礼狂いである。そんな自発性など期待するだけ無意味だと知っている。

 

「だからアリスちゃんを彼女にしてみない? 私から見ても優良物件だと思うの!」

「いい話だと思ったのに!!」

「彼女をそういう目で見るのはちょっと……」

「楓も断らないで! というか私だってそんなのは願い下げよ!!」

「そんな断られ方をするとさすがに傷つくんだが……」

「やーいお嬢様泣かせたー」

「泣いてないでしょうが! あああああもう!」

 

 なんか楓が思いの外馴染んでしまった。

 アリスはいつの間にか自分がツッコミに回っていることに戦慄しながら、話を終わらせようとお茶を一気に飲み干す。

 

「あんまり長く話し過ぎると楓の時間もあれよね?」

「うん? いや別にもう少しぐらい大丈夫――」

「問題あるわよね?」

「――ということなのでそろそろお暇します」

 

 アリスの射殺すような視線に逆らうのは面倒だったので、楓も帰ろうと立ち上がる。

 と、そんな彼の袖を夢子が掴む。

 

「あ、ちょっと待った! 少年、最後に少し付き合ってくれないかい?」

「何にだ?」

「戦いだよ。少年に負けて以来、このままじゃマズイと思って練習を始めたんだけどいかんせん、魔界人って戦闘向きじゃなくてね」

「夢子ちゃんが戦闘向き過ぎるのよ。私の護衛も兼ねているからうんと強くしたつもりだけど」

「でも、少年に負けた。負けっぱなしじゃいられませんよ」

「……あの時は三人がかりだった。それは理由にならないか?」

「今の少年なら一人で余裕って顔に書いてあるよ」

「…………」

 

 楓は何も言わず立ち上がる。

 それを了承と捉えたのだろう。夢子はニヤリと笑って立ち上がり、その手にいつか見た大剣を携えて神綺とアリスに頭を下げる。

 

「すみません、少しだけ借ります」

「すぐ戻る」

 

 言葉少なに出ていく楓と夢子を見送り、アリスと神綺は顔を見合わせた。

 

「……楓くん、大丈夫かしら。あれから夢子ちゃんも成長したのよ?」

「多分大丈夫でしょう。あいつ、くぐった修羅場の数だけは本当にすごいから。私が知らないものもあるでしょうし」

 

 楓の才覚はアリスも認めるところである。培った経験が血肉に直結している上、本人の工夫もあって対応力という観点では自分に匹敵、ないし凌ぐほどにまで至っているのだ。

 アリスと神綺も楓たちに続いて外に出て空を見上げると、すでに二人の勝負は始まっていた。

 

 どちらも転移の術を使うため空ですら所狭しと飛び回り、互いの武器を背中に突き立てようと動く。

 神綺はぽかんと口を開けて二人の戦闘を見ていた。夢子と互角に戦ったとは聞いていたが、半妖に見合わない楓の力量までは知らなかった。

 対しアリスは二人のやり取りを見ると早々に戦いの趨勢を察して口を開く。

 

「――楓が勝つわ。もう殆ど決まりかけのようなもの」

「アリスちゃん、わかるの?」

「転移の術は夢子の得意分野でしょう? 楓にとって転移は便利な術の一つに過ぎない。それに――一度戦った相手の傾向ぐらい彼は当然のように読み切るわ」

 

 アリスの言葉と同時、上空の動きに劇的な変化が訪れる。

 夢子の姿が消えた瞬間、楓が左の刀をあらぬ方向に振り上げたのだ。

 楓が刀を振り上げた場所に夢子は寸分違わず現れ、その腹部に刀が埋め込まれる。

 

「が……っ!?」

「――終わりだ」

 

 左の刀から手を離し、長刀を両手で握った楓の斬撃が夢子の両手足を斬り捨て、達磨となった胴体に容赦のない蹴りを叩き込んで地面に落とす。

 そして地面に叩きつけられた夢子の身体を踏みつけ、長刀を突きつける。

 

「まだやるか」

「参った! あーくそ! ご丁寧に斬り落とした手足まで近くに持ってきやがって! 遊ばれてたのか!」

「遊んではいない。腕を上げているのはお前だけじゃないということだ」

「実感したよ。少年の才能がヤバいこともな。少し会わなかっただけなのに、私が手も足も出ないところに至るか」

 

 話している間に夢子の身体は治り、楓も足をどけて刀を収める。

 

「魔界人の自信がなくなりそうだ。私を殺しかけた責任でも取ってもらおうかねえ」

「強くなる以外、敗北の雪辱は果たせないぞ。いつだって挑戦は受け付けている」

「へっ――今度は私が幻想郷とやらに行くのも悪くないね!」

 

 好戦的な――およそメイド服に似合わない笑みを浮かべた夢子は立ち上がると土汚れを軽く拭い、楓の横を通って戻り始める。

 

「さ、戻るか。時間を取って悪かったね」

「こちらも良い経験になった」

「お世辞でも嬉しいよ」

「本心だ」

 

 楓の言葉に夢子は軽く笑い、アリスたちの元へ戻る。

 アリスは驚いた様子もなく楓を出迎えたが、神綺は夢子が手も足も出ないで一方的にやられた事実に心配を顕にしていた。

 

「夢子ちゃん、大丈夫!?」

「大丈夫ですよ。神綺様がお造りになられたように、私は魔界人でも最強のスペックがありますから。あれぐらいの傷、傷に入りません」

 

 ひらひらと完治した身体を差して答える夢子。

 楓も追随するようにうなずき、口を開く。

 

「彼女の頑健さは俺も知っている。以前、渾身の一撃で倒したと思ったのに、すぐ復帰してきた時はこっちも死を覚悟したほどだ」

「あの時みたいな本気でやれば多少は変わるかね?」

「さて――俺も手段を選ばなくなるだけだろうな」

 

 まだまだ底は見せていない。その意味を含めた楓の言葉に夢子は肩をすくめ、握手を求めて手を伸ばす。

 

「私は個人的に少年が気に入ったよ。今度は少年に勝てる私で挑戦させてもらおう」

「いつでも待っている」

「あ、私も私も! 今度は私が幻想郷に行ってアリスちゃんの様子を見に行っちゃうから! 楓くんのお母さんともお話したいし!」

「楓、良いの?」

「母上が喜びそうだし俺は構わないが……」

「私は困るわよ!? 幻想郷での私のイメージが崩壊するわ!」

 

 楓は自分がどう思われても気にしないし、最近どうにも自分が思っているのとは別の方向に評価が変わっている気がしてならなかった。

 昨今、皆が自分を面白い性格なのではないかと思っているが、ひどい評価である。自分は常に真面目に全力で取り組んでいるというのに。

 

「アリスはさておき、いつでも来てください。母も喜びます」

「ありがとう! じゃあまだまだ話すことは尽きないけど――またね!」

 

 ブンブンと手を振る神綺に見送られ、アリスと楓は幻想郷に戻る術を起動する。

 起動した次の瞬間にはアリスの家の前に戻ってきた二人は、今度こそ別れていく。

 

「じゃあ俺も戻る。阿求様にまた魔界に行ってきた報告をしないとな……」

 

 結局冒険してしまった。阿求に笑われてしまうが、事実を隠すこともできない。全て話して彼女の笑いに一役買おう。

 

「私も今日は帰るわ。母さんがここに来るなんて誰が予想できたかしら……」

「母上のご友人になってもらえそうだし喜ぶべきでは?」

「あなた羞恥心とかないの!?」

 

 居たたまれないとかそういった感情はあるが、羞恥まで覚えたかと言われると微妙である。

 楓は首を傾げて曖昧に笑ってごまかし、アリスに背を向けた。

 

「まあ来たらこっちの方でもてなす。心配しないで良い」

「それはそれで心配のタネが増える――あ、ちょっと待ちなさい!」

 

 ああ言えばこう言って面倒なアリスである。普段はクールな彼女も家族に関しては穏やかではいられないのだろう。

 色々面倒になってきた楓はアリスの言葉を無視して帰路につくのであった。

 

 

 

 

 

「母上」

「あら、楓。どうしたの改まって」

「いえ、先日出かけた場所で母上と話の合いそうな人と知り合いまして」

「そうなの?」

「ええ。子供を持つ親同士、話が合うのではないかと紹介されました」

「それは嬉しいわ。どんな方なの?」

「はい。魔界の創造神です」

「どんな人と知り合ってるのあなた!?」

 

 

 

 後日、楓の言葉を真に受けた神綺と夢子が本当に幻想郷までやってくる事件が発生。

 魔界の創造神などという大物がやってきて紫が腹痛と頭痛を同時に覚え、霊夢からも魔界の侵攻かと誤解を受けて異変扱いされかける騒動になるのだが――それは未来の話ゆえ、筆を置くとしよう。




魔界の創造神と見張りの白狼天狗が仲良くなるってマジ?(話の流れでそうなった)

次回は天子関連のお話を少しだけ出した後、早苗たちと話しながら輝針城の話が出てきます。そろそろ輝針城が始まり、それが終わったら白玉楼関連の地雷に行きます。やることが……やることが多い……!
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