秋が徐々に深まり、冬の寒さの兆しを見せ始める頃、楓は夏よりも高くなったような気がする青空を見上げながら隣を歩く天子に話しかける。
「……そろそろ機嫌を直せ。どうせ行くつもりもないのだろう」
「ええそうねそうですとも! 私は天界を追放された身ですし? 父に呼ばれて戻る義理もないってものよ!」
人里で機嫌悪そうに肩を怒らせて歩く天子に、楓は密かにため息をつく。
今朝方、衣玖を通して天子の父から再度天界に戻るよう連絡があったのだ。
つい先日、それで天界に戻って異変に首を突っ込み損ねていた上、特に話す内容もないような状況での命令だ。
意図をつかみかねた天子はこれを地上での人脈を築く自分への妨害工作だと判断したらしく、不愉快だと言わんばかりに腕を組み、これを拒否したのである。
「大体、なんでこの短い期間でもう一度戻れってのよ。話すことなんてなにもないわよ!」
「娘の顔が見たいだけかもしれんぞ」
適当に言った楓の言葉を天子は鼻で笑う。
「いい機会だから教えてあげるけど。七光りの天人ってのは私だけのあだ名じゃないのよ。私の一族がみんなそう呼ばれてるの!」
「ふむ」
「だってのにあの人は何も言わず天人として黙々と働いてばかり。報われもしない、粉挽きのない水車を延々と回すだけの役目をこなしているだけの人生。それの何が面白いのか」
「…………」
「口から出る言葉は天人の役目を果たせ、それだけ。そもそも天界にいた時すらほとんど顔を合わせてなかったわよ。どうせ食うに困ることはないんだし」
「……そうか」
楓は言葉少なに同意するだけに留めた。
あくまで今の話は天子から見た父親像であり、当人が実際に何を考えていたのかはわからないのだ。
相手を嫌っている人間からの心象だけで決めつけてしまうのは早計である。
「まあお前の機嫌が悪くなるだけだしこの話はやめよう。天界に帰られると困るしな」
「そうでしょうとも。私がいないと楓は困るわよね?」
「はいはい」
細かく理由を述べていくと天子が調子に乗りそうで癪だったので、軽く肩をすくめるに留める。
それだけでも天子には十分だったらしく、急降下していた気分が浮上していくのが目に見えてわかった。
「あんまり良い傾向とは言えないが、幻想郷の人脈は個人に依存している。俺が死んだら人里は立ち行かなくなりかねないし、お前も同じだ」
「仕方ないんじゃない? 勢力が勢力なわけだし」
突出した個人が何人かまとまるだけで勢力になりうる。そしてそれが成立してしまう、幻想郷の各勢力の人数が問題にあった。
要するに個人の嗜好が非常に反映されやすいのである。今でこそ楓が方々に好かれているため良いが、彼が嫌われ出したら交流自体が途絶えかねない場所もある。
もっとも、天子の言う通り仕方のないところだ。何より楓が気を揉んだところでどうにかなるものではない。
「……まあ、その通りだ。切り替えて見回りをするか」
「中心部は代わり映えしなくて退屈だけどね。ふぁ……」
つまらなさそうに欠伸をする天子だが、彼女は忘れていた。
楓が隣にいてつまらないことなんて、早々ないのだということを。
「む、慧音先生と早苗か?」
「あら、珍しい組み合わせね。行ってみる?」
「そうしよう。早苗は最近、あれこれ積極的に動き出したからな……」
目をつけていないと何をするかわかったものではない。
それはお前もだという天子の視線は気づかなかったことにして、何やら熱弁を振るっている早苗たちに近づいていく。
「ですから、今後とも我ら守矢神社をご贔屓にしていただくため、交通手段の整備は急務なんですよ!」
「言いたいことはわかったが、そういった設備を置くには土地が必要になる。私の一存だけではどうにも……」
「よう、早苗」
「慧音も大変ね」
早苗の熱に押されていたのか、困った様子だった慧音たちに声をかける。
慧音は露骨に救いが現れたと顔を輝かせ、楓たちの方に駆け寄って楓の背中に隠れてしまう。
「すまない、助けてくれ。私も人里の守護者として長いが、ほとんど人里の運営には関わっていないんだ」
「むむ、楓くんに天子さんですか。いつぞやの仙人の異変以来ですね!」
「そうだな。息災そうで何よりだ。それでこれは一体?」
「はい! 間欠泉センターがそろそろ完成しそうなので、人里にロープウェーを作る話を持ってきたんです!」
早苗の話を聞いて、楓も記憶を掘り起こす。
そういえば間欠泉センターに行った折、作業をしていたにとりからそんな話を聞いた覚えがあった。
具体的にどういったものかは知らないが、彼女がこうまで熱弁するものだ。守矢神社にとって大きな得のある話なのだろう。
「にとりから名前だけは聞いた。一体どういうものなんだ?」
「そう言ってくると思って紙に書いてあります! どうぞこちらを見てください!」
楓が質問すると早苗は手際よく懐から何枚かの紙を取り出し、楓たちに手渡してくる。
天子と一緒に覗き込むと、そこには守矢神社と人里を一本の縄で結び、その上を大きな――人も楽々収容できる容れ物が移動している絵が書いてあった。
「ふむ……」
「要するに移動手段ね。守矢神社は場所があんまり良くないし」
「残念ですが認めましょう。しかし、この状況に甘んじていてはただでさえ宗教勢力の増えている昨今、我らが出遅れてしまうのは必定!」
「言われてみれば命蓮寺も神霊廟も行き来しやすい場所にあるわね」
「まあそうだな」
ある意味どこにでも入り口を作れる神霊廟と、寺そのものが変形してしまう命蓮寺を一緒にしてしまうのもおかしい気はするが、それが彼女たちの利点と言えなくもない。
「ですので! 我らは交通手段を整備しようと働きかけているのです。人里にも分社はありますし、それは大変ありがたくお世話になっておりますが、やはり直接参拝するのに比べるとどうしても得られる信仰は少なくなってしまいます」
「そんなものか」
話の概要は理解できた。
天子にも紙を渡しながら、楓は腕を組んで早苗の言い分を考える。
「……話に出す必要はあるが、まあ通せるだろう。しかし、工事の人手まで出せと言われると即答はできん。仕事になるし、細かい金勘定はさすがに門外漢だ」
「承知の上です。無論、その辺りの詳細な話を出せと言われれば神奈子様にご足労してもらう予定です」
「細かく考えてもいる、と。ところでこのロープウェー、妖怪の山から伸ばしているが、このルートの途中に妖怪の住処などはないんだろうな」
弾幕ごっこを理解しない妖怪の住処があって、運行中のロープウェーが撃ち落とされでもしたら大惨事である。
「あっ」
「…………」
「……これから見に行きましょう!!」
「作ることだけに頭が行ってたようね……」
呆れた天子の声が楓の代弁だった。
「……俺も一緒に行こう。天子も来るか?」
「退屈な見回りより面白そうだわ」
「慧音先生、すみませんが」
「見回りだろう? こっちで引き継ぐからそちらを頼む。お前ならなんとかしてくれるだろう」
突っ走りがちな早苗だけでは不安なので、楓もついていくことにする。
乗り気な天子もついてくるため、楓は申し訳無さそうに慧音に見回りを頼むことにした。
「話もまとまったので早速行きましょう! 現地の下見です!」
「そうだな。今までやってなかったのが驚きだが」
「細かいことを気にしてたら疲れちゃいます! さ、楽しんで行きましょう!」
誰のせいで細かいところを気にしていると思っているのか。
言い返すことも面倒になった楓は大仰にため息をついて、意気揚々と歩く早苗の後を追うのであった。
「妖怪の山ってやっぱり山ほど妖怪がいるの?」
「いる。俺たちを恐れて姿を見せないものまで含めると相当な数になる」
人の手が入っていない獣道を、楓が先頭に慣れた様子で踏み分けていく。
その後ろを早苗たちがついてきているが、鬱蒼と生い茂る森に目を奪われている様子だった。
まだ比較的浅い部分に当たるため日光が完全に遮られることなく、冬に差し掛かり黄色がかった葉が地面に絨毯を作り、日光を柔らかく防いでいる。
早苗はため息をついてうっとりと眺め、自然が織り成す景色を満喫していた。
「綺麗ですねえ。他の人も来れば良いのに」
「人の足で踏み入るには深くまで来ているからな。いざとなれば飛べる俺たちだから浅いと思うだけで」
「人の手が入った景色も美しいけど、人の手が入らない景色も美しいものね。地上って最高だわ……」
見ていて飽きない景色に天子もご満悦らしく、楓はそんな二人を見て口元を緩める。
しかし歩む速度は落とさず、また方向もブレることなく一直線に守矢神社の方向を目指す。
「さっきの紙を見る限り、縄は一直線だ。となるとこの辺りの頭上を通るわけだが……」
「何か気配はあるの?」
「早苗ならわかるんじゃないか?」
楓はすでに気づいているが、早苗に話題を振ってみる。
気配を読み取る術は覚えておいて損のないものだ。不意打ちを防げるだけでも大きく違う。
「え、私ですか?」
「お前なら気づけると思う」
「むむ?」
頭の上に疑問符を浮かべながらも早苗は楓の言葉通り周囲の気配を探り、すぐにその正体を探り当てる。
「……あ、わかりました! この気配、私が以前お世話になった神さまがいるんです!」
「そういうことだ。この辺りで活動しているのかもしれない」
「……現人神の早苗がわかるのはまあわかるけど、なんでそれより早く気付けるのあんたは」
「最近わかるようになってきた」
千里眼以外の感覚を駆使することにより、目が届かない場所の気配も読めるようになってきたのだ。
無論、それとは別に千里眼も活用しているため、視界が届く開けた場所なら楓の独壇場である。
「私も椛の気持ちがわかってきたかもしれないわね……」
「母上の?」
「こいつに驚くだけ損ってこと。開けた場所か何かないの?」
「少し進んだ先にある。道を作るから待ってろ」
「じゃあそこで話しましょう」
以前は楓が成長する度に天子の機嫌が微妙に悪くなっていたのだが、慣れたのかそれもなくなっていた。
楓は不思議そうに目を細めるも、追及して機嫌が悪くなったらたまらないと黙っておくことを選ぶ。
早苗たちが楓の先導に従って歩いていくと、頭上から差し込む光が不意に強くなる。
思わず手で光を遮りながら歩くとそこは森の空間の中にポッカリとできた、広場となっていた。
「わぁ……!」
「天狗か人の手が入ろうとした場所なのかもしれないな。切り株まである」
生い茂る雑草も短く刈り揃えられ、腰掛けて休めそうな丸太も置かれていた。
誰かが何かを作ろうとして頓挫した場所を、そのまま誰かが利用している。そんな印象を受ける空間だった。
などと楓が場所を評していると、ガサガサと茂みが動いて楓たちが察した神々が香ばしくて甘い、焼き芋の香りと共に姿を表す。
「秋だぞ、我らを敬えー! ってあれ、現人神のお嬢ちゃんと信仰くれた少年じゃん。あと天人。なに、山ん中で逢引? 少年もお盛んだねえ」
「そんなわけあるか。だいぶ元気そうになったじゃないか、豊穣神と紅葉神」
豊穣を司る神、秋穣子と紅葉を司る神、秋静葉の姉妹だった。
早苗が暴走した折にも、厄神である鍵山雛と一緒に早苗に流れ込む信仰を奪って助力していた神であり、楓は以前に信仰を使い果たして力尽きた彼女らに手慰みの信仰を与えたこともある。
今は季節が秋ということもあり、彼女らの本領を発揮する時期のためか、いつか見た力を使い果たした時よりイキイキしており顔にも力が宿っていた。
「この時期は私たちの天下だもんね、お姉ちゃん!」
「ええ。もう紅葉の季節も終わりかけだから私の時代はもうすぐ終わるけど……」
「短い天下ですね……」
「私は豊穣神だから収穫期はほぼ私の時代だけど、お姉ちゃんはねえ」
「良いのよ、一枚一枚手作業で根気よく染め上げた紅葉が皆の目を楽しませるなら私も嬉しいわ……」
ある意味悲壮感すら漂う言葉に楓たちは何も言えなかった。というか紅葉が彼女の手作業によるものだということ自体、初耳だった。
「それで三人はここで何やってんの? 私たちは信仰たっぷりもらえたから、来年も実り豊かになりますようにって祈願しながら歩いていたけど」
「ああ、実は――」
早苗から聞かされた話を二柱にすると、両名ともに気の抜けた声を発する。
「はー、そんなものができるんだ」
「まだ予定だがな。それで予定地に凶暴な妖怪の住処があってもマズイので、俺たちで歩いていたんだ」
「私たちがいる通り、この辺りにそういうのはいないよ」
「今の季節だけは安全、とかじゃないよな」
「いや、私たちも四六時中この辺にいるわけじゃないからそれはなんとも……」
「結局、歩いて調べるしかないわね。必要なら結界も」
天子の言葉で早苗が思いついたとばかりに手を叩く。
「ロープウェーを結界で保護すれば良いんですよ。こっちで定期的に整備するんですから、その時に結界も作り直す形で」
「結界術なんてできたのか?」
「最近諏訪子様に覚えさせられました!」
自信満々に胸を張るので、そこそこ腕に覚えはあるらしい。
彼女らの事情にあれこれ言うこともないと思い、それでも見回りだけは最後までやろうと決める。
「……まあ念のため、このまま守矢神社まで向かって最低限の確認はしよう。今の所こっちの目でも何もないし、この先に何かあるとも思えないが」
「お、じゃあ私たちもついていこうかな。お姉ちゃんも良いよね?」
「ええ、信仰をくれた少年に新しい私たちの同胞だもの。喜んで一緒に行くわ」
「地上に降臨した天人もいるわよ。神相手にふんぞり返る気はないけどね」
二柱の神も連れて再び楓を先頭に歩き始めた一行。
その中で楓がふと感じた疑問を口に出す。
「そういえば天人は仏教の考え方だったな」
「ええ、そうね。六道に住まう存在を指し、人間が住む世界が人間道。天人が住まう世界が天道と呼ばれているわね」
「神は含まれないだろう。この場合の神はどう扱うんだ?」
「良い質問ね。他の天人は我らこそ至上、他は悟りに至れぬ愚物共だと心から思っているし笑っているけど、私は違うわ」
そんな連中を天人と呼んで良いのか甚だ疑問な楓だったが、口には出さないでおく。
「私は神々も同格の相手だと思っているわよ。元がなんであれ、信仰を受けて化性した存在。人々にかくあるべしと願われた姿で人々を導いている――地上の民を導く天人と似ていると思わない?」
「私たちにそんな大仰な意識ないけどね。昔のことなんてもう覚えてないし」
「今は秋しか力を発揮できない、零落した神よ」
「……そう卑下したものでもないと思うぞ」
楓の言葉が意外だったのか、静葉と穣子はおやと視線を向けてくる。
「祈りがどれほどの効果をもたらしているのかは知らないが、祈ってくれているだけでもありがたい。だからこそ今の今まで、人里は致命的に飢えることなく恩恵を享受しているんだ」
「……私たちの力が大したことないってわかってても?」
「運の絡まない農業はないんだ。ならば実った理由ぐらい、気分の良いものであっても良いだろう」
無論、その理由で全て終わらせてしまうのも問題だが、ここは幻想郷。豊作ならば神に感謝を捧げ、凶作ならば次こそはと神に祈る。それで良いと思えるのだ。
祈ればそれが形になって応えてくれる何かがいる。それが幻想郷という世界なのだから。
楓が考えていたことを話すと、二柱はニンマリと笑って楓に抱きついてくる。
「何するんだ」
「避けんなよ少年! 私は嬉しいんだよ? ちゃんと祈りが無意味でないと思ってくれる言葉なんて久しぶりに聞いたからさ」
「非合理的だとか言わないのね」
「人事を尽くして天命を待つと言うだろう。やれることを全てやった後の祈りが無意味だとは思わない。信仰だってそれが力になる存在を知っているんだ。自分の生活が破滅しない範囲なら誰を信仰したって良いと思っている」
八百万の神々全てに常に感謝を捧げろ、なんて言うのは無理だが感謝したい時に感謝することを咎めるほど狭量でもない。
だから楓は今の時期に現れた穣子たちに秋の実りを感謝していることを告げる。
「冬場で信仰が尽きたら来ればいい。暇なら供え物の用意ぐらいはする」
「今度からはそうするよ。代わりに君の家にいっぱい実りをあげる!」
「それは間に合っているから良い。俺の家は農業に関わりのある家じゃないし」
「武張った家ですよね。普段は何をやって生活しているんです?」
「今の時期はほぼ何もやってない。妖怪退治の依頼ももっぱら魔理沙やお前たちで間に合っているし」
昔は妖怪退治の人手が少なかったので、手が回らない時は火継の人間がやっていたが、今はそれも足りている。
霊夢に魔理沙、天子に早苗、この他白蓮たちも各々の理由で手を貸してくれるため、火継の人間が動く必要が減っているのだ。
「……そういえば私、こいつの家で寝泊まりしてるけどこいつ以外の人間を外で見た覚えがないわね」
「今は阿求様がおられるからな。誰も彼もあの方の側仕えの地位――要するに俺を倒すための鍛錬だけに注力している」
「月に一度の総会だっけ。そこで最も強いやつが側仕えをやるって」
過去には死人が出ることもザラにあったらしい、という情報は伏せておく。
楓と楓の父親が就任するようになってからは総会で事故が起きることはなくなった。つまり彼らが隔絶した強さを発揮し、事故が起こる要因すら踏み潰していたのだ。
「……え? じゃあ今、楓くんの家の人は誰も働いてないんです?」
「当主としての仕事がある俺と母上、あと天子ぐらいだな」
「ニートじゃないですか!?」
何だそれは、と首を傾げながらも楓は特に彼らを非難する言葉は口にしない。
御阿礼の子がいるのだ。彼女の隣に立つべく全力を尽くすのは当然のことであり、煩わしい雑務は自分に押し付けるぐらいで良い。
――それでもなお己が強い。それを証明し続ければ阿求の隣にいられるのだ。自己の最強が揺るがない限り、むしろ楽な家ですらある。
「なんかバカにしてるみたいだけど、こいつと私の仕事で一族分ぐらいは賄ってるからね。特にこいつはバカみたいな仕事量だし」
「それは私も知ってます。でも妖怪相手だとほとんど無償みたいなものでは?」
「人里から給金が出ている。妖怪相手の交渉をほぼ俺が担っている状態だし、今のところ人里に被害も出してないからな」
人里も楓の尽力は知っているので、彼の努力に対して報酬は惜しまなかった。
それに楓も日々の糧以上は求めないため、人里の財政が必要以上に圧迫されることもない。
「俺も逆の立場なら同じことをするし、当主が当主の責務を果たしている。だから俺から言うことはない」
「道楽で生きているような一族なのよ。早苗が気にすることじゃないわ」
「何でお前が訳知り顔で言うんだ……」
自分よりも天子が胸を張って言うので、楓は呆れた顔になりながらも天子の言葉に同意する。
「認めるのがなんか癪だが、天子の言う通りだ」
「そういうものですか。……なんか楽しそうですね!」
「気楽な家ではある」
誰も彼も考えることは同じだし、強ければ大体の無体が許されるのだ。
生きる目的を探す必要もなく、力の使いみちに悩む必要もない。楓に言わせれば自分の一族ほど気楽な一族はなかった。
「それで御阿礼の子がおられない時は普通に日銭を稼ぐ。自警団の見回りに協力したり、力仕事の類を請け負ったり、里の外での採集作業とかに従事したり」
「へえ、楓くんもそういうのってやるんです?」
「昔はあったらしい、としか知らないな。俺も里の外に出るのは何かしら妖怪に会うためだったり、採集目的だけで出ることはほとんどない」
永琳に頼まれた素材を集める時はあるが、それぐらいである。
薬学の材料ももっぱら、人から買ったものが中心だ。
「俺の話はこれぐらいで良いとして、早苗はどうなんだ。妖怪退治の報酬は渡しているが、あれで三人が食っていくには心もとないだろう」
「私たちは基本、信者の方々のご厚意に頼ってますね」
「人里ではそう多くないだろう。物資を運ぶのだって手間がかかる」
「妖怪の山の方ですよ。天狗の方々とか、河童にはそこそこ信仰があるんです」
「なるほど」
「それで河童の人たちに外の世界の技術を教えたり、天狗の方々の新聞に話を出したり。そういった形で貢献しています」
それだけじゃいつまでもとは行かないので色々やっているのですが、と言って早苗は恥ずかしそうに頭をかく。
「知らない部分だったから興味深い。神奈子と諏訪子は壮健か?」
「いつも元気ですよ。今日も今日とて、天狗の偉い人と大激論を交わしに行くとか」
天魔もしばらくは耄碌する暇もなさそうである。
彼女らが隙あらば自分たちの勢力を拡大せんと、虎視眈々と狙っているのは楓の目にすらわかるのだ。
天狗の勢力を第一に考える彼にとって、彼女らほど快い敵手はいないだろう。
「私たちは気にならないのー?」
「じゃあ聞いてやる。二柱は普段何を?」
「秋の間に集めた信仰でゴロゴロしてる!」
「休憩しすぎても疲労を感じやすくなる。そろそろ進むか」
「すいません待ってください冗談です! 普段は妖怪の山の危なくない場所でうろうろしてるだけです」
「さっきと大差ないぞ……」
「ごめんね。穣子ちゃん、秋の時期はテンション高いから」
「……冬は?」
「ものすごく暗くなる。私もだけど」
それはそれで少し興味がある楓だった。
と、そこで穣子は何かを思い出したのか楓の方を見た。
「あ、そういえばさ。最近、そっちで何か変わったことって起きてない?」
「人里は大体異変が起きてるし、俺で言えばつい先日また魔界に行ったくらいか」
「なにそれこわい。いや、なんか最近、暴れるような妖怪じゃないのが暴れている気がするんだよね?」
「ふむ?」
「いや、妖怪にもおとなしい妖怪はいるのよ。でもこの前見たら、見境なく暴れているような感じだったんだよ。少年は何か知らない?」
「……最近の話か?」
「うん。場所は違うけどね」
楓は何かを考える素振りで口元に手を当てるが、同時に天子が楓の肩を抱き寄せた。
「ま、何かあっても私たちに任せておけば万事解決よ。情報には感謝するわ」
「おお、心強いね。ところで天人のお嬢さんは少年が好きなの?」
「ええ、私の冒険の相方としてこれ以上なく認めているわ」
「……まあそういうことだ」
何かあったら自分を呼べ、という意思表示だろう。楓は次に何かあったら天子に声をかけることを心に決め、徐々に開け始めて守矢神社の階段が見え始めた道を歩いていった。
『おはよう、楓。そして驚かないでこれを見てほしい』
「椿? 刀がお前の手に……?」
そして翌朝、楓は自分が使っていた長刀をその手に持ち自在に操る、これまで見てきたどの彼女よりも濃くなっている椿を見て、異変が起きていることを察するのであった。
次回から輝針城が始まります。次回の相棒は天子と椿になる予定です。
なお異変の本筋にはあんまり絡まないと思います。天子の話とか草の根妖怪ネットワークとの話とかが色々あるので、そっちに行く予定です。
それが終わったら深秘録の準備をしながら西行妖の異変に行きます。なかなか出せてない冥界組はここで一気に焦点を当てます。