阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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九尾の狐の計算式

「助けて子分ーっ!!」

 

 真っ先に駆けつけてきた橙が勢いのままに楓に引っ付いてくる。

 楓は鍛え抜いた己の体幹で衝撃を受け流し、顔面に引っ付いてきた橙に口を開く。

 

「もごごもごもご」

「何言ってるかわかんないから剥がしなさい」

「藍さま強すぎ! 私たちも強くなったのに全然歯が立たないの! 助けて子分!」

「先に俺を助けてほしかった」

 

 顔から橙を引き剥がしながら、楓は半泣きの橙を見やる。

 後に引くような傷は見えず、泣きべそをかいてこっちに来たことから体力も有り余っている。

 見立てではまだまだ戦えると思うが、そこは他人である橙。自分と彼女では考え方が違うのだと思ってツッコミは入れないでおく。

 

「……他の連中はどうした?」

 

 こっちに向かっているのは知っているが、あえて橙に聞いてみる。

 すると橙は今気づいたとばかりに弾かれるように背後を見て、自分の後ろに誰も来ていないことを知って愕然とした顔になった。

 

「え、あ、嘘、誰も来てない……! 探してこないと!」

「まあ落ち着け」

「ぐぇっ!?」

 

 さっと顔を青ざめさせて走り出そうとする橙の首を引っ張って止める。

 橙の子分思いのところが見たくて言っただけなので、動こうとする様子が見られるだけで満足な楓だった。

 

「ちょ、何すんのよ……」

「俺を頼って良いだろ。俺の目が何か忘れたか?」

「あっ、千里眼!」

「そういうことだ。影狼たちはこっちに来ている。間違いない」

「それで? 下剋上するって息巻いてたのに、ボロ負けして逃げてきたわけ?」

「最強の子分の出番が来たわ! 今まで隠していたあんたの実力をさらけ出す時よ!」

「そんな隠し玉の扱いだったのか俺……」

 

 そして別に実力を隠している覚えもないので、楓の実力は今や幻想郷の誰もが認めるところであった。

 などと話していると後ろから橙と同じように半べそをかいた影狼たちがやってくる。

 影狼と蛮奇の後ろに球体の水を浮かべ、そこから上半身を出しているわかさぎ姫があっという間に楓の後ろに隠れる。

 

「おい下剋上したんじゃないのか」

「夢を見た私がバカだった! あの人めっちゃくちゃ強い! 楓、身代わりになって!!」

「慎ましく生きていきたい願いを忘れたばかりに友人が犠牲になるなんて、楓……!」

「楓さん、私たちの代わりに殿を務めるなんて……!」

「今のセリフ覚えたからなお前ら」

 

 勝手に突っ込んでいって勝手に負けて、しかも自分が身代わりになって犠牲になっている体で話を進められている。

 影狼ら草の根妖怪ネットワークの面々に青筋を浮かべて文句を言った後、仕方がないと横の天子に視線を向ける。

 

「……天子」

「こっちもお家騒動で迷惑かけたんだし、気にしないわよこれくらい」

「助かる」

 

 付き合いの良い天人に感謝を告げた後、楓は後ろを振り返ってビクビクと怯えている三人を安心させるべく笑顔を浮かべてやる。

 不思議なことに三人の怯え方が酷くなったが、きっと近づいている九尾の狐に怯えているのだろう。そうに違いない。

 

「おい蛮奇、助けてやるからこれまでお前にかけた迷惑をチャラにしてくれるか?」

「は? いや待て、それとこれとは話が別――」

「お前たちは良い部下だった」

「待って待ってばんきっき! これ本気の顔だ! なんだかんだ付き合いの長い私の勘が言ってる! これ本気で私たちを見捨てる顔だ!!」

「しかもさり気なく私たちを部下扱いしてる……」

 

 狼女だけあって、非常に勘が鋭い。ぜひその勘を役立てて正解の選択をしてほしいものだと楓は切に願っていた。

 それはそれとして選択を間違えたら容赦なく藍に差し出すが。殺されることはないのだ。好きにやってもバチは当たるまい。

 横に立つ天子がこいつ好きにやり始めたな、と半目で見ていることを無視して楓は話を続ける。

 

「俺たちもさっきまで戦っててな。まだ消耗があるんだ。その中で人を盾にしようと言うなら出すもの出してもらわねば」

「楓半妖でしょ!? 怪我なんてすぐ治るじゃん!」

「疲れたから帰る」

「助けてよ守護者様ぁ!!」

「仕方のない連中だな全く。人が目を離すとすぐ騒動を持ってくる」

「いつも自分が言われてること他人に言って楽しい?」

「すごく」

 

 真顔になって聞いてくる影狼に大きくうなずくと、なぜか天子まで含めた全員にため息を吐かれてしまう。

 しかしまるで気にせず楓は肩を回し、彼女らの頼みを聞いてやることにした。

 

「さて、これで俺がトラブルメーカー呼ばわりされている不名誉極まりない評価は払拭されただろう」

「確たるものになったと思うよ」

「これも乗りかかった船だ。俺も力になって親分をもり立てようじゃないか」

「あんたのそういうところ、父親に全く似なかったのね……」

 

 しみじみうなずいている橙も無視して楓は天子と一緒にやってくる藍を待つ。

 やがて悠々と歩を進めて現れる九尾を持った、八雲紫とよく似た道士服に身を包んだ少女――八雲藍が現れた。

 目を細め、道士服の袖に手を隠した状態で堂々と歩いてきた藍は楓たちに気づくと軽く眉を上げる。

 

「おや……一目散に逃げ出す方向が決まっていたから意味があると思い追いかけてみたら、君たちがいるとは。評判は私の耳にも届いているよ。新進気鋭の守護者……はいささか遅いかな?」

「人の称賛を素直に受け取らないほどひねくれてはいないつもりだ」

「それは重畳。さて、私はこうして君たちと顔を合わせるのは初めてだね。人里で顔を見かける程度はあったけれど」

「そうだな、八雲藍」

 

 幻想郷において、八雲の名を名乗ることが許されている存在。

 名実ともに八雲紫の補佐を務め上げる大妖怪――九尾の狐、八雲藍である。

 楓が内心の警戒を引き上げて対応を待っていると、藍はどこか懐かしげに楓を見た。

 

「ふふ、親子ともども橙が世話になっているね。君たちのおかげで橙の成長著しく、私としても嬉しく思っているよ」

「父上も俺も、自分の意志で彼女と友達でいることを選んだだけだ」

「そこは橙の人徳、と呼ばせてもらおうか。彼女の主として、少しは娘贔屓なところを持ちたい欲目がある」

「それで? 偉い偉い大妖怪様が私たちの前に現れた理由はなに?」

「橙たちの行動の理由が知りたかったのが一つ。こうして顔を合わせた以上、紫様が目をかけておられる君たちと言葉を交わしたいのが一つ。やはり話で聞くのと実際に見るのは違うからね。私は理屈を重んじる主義ではあるが、それで実物を疎かにするのはただの白痴だ」

 

 そう言って藍はジロジロと遠慮なく楓たちを見定める。

 天子は居心地悪そうにするものの、楓は気にすることなく彼女の視線を受け止めた。

 もう彼女らの視線に気後れしない力量を身に着けた自負があるからだ。

 

「さすが、私の視線程度じゃ気にも留めないか」

「ここに至るまで相応の修羅場をくぐってきた。過度の謙遜は彼女らの侮辱になる」

「それでこそだ。なるほど、次代の幻想郷も安泰だと紫様が安堵するはずだ」

 

 うんうんと納得したようにうなずいた後、藍は挑発的な笑みを浮かべる。

 

「――では、私との勝負も受けてもらえるね?」

「そう来るだろうと思った」

 

 最初から尻尾が楽しそうに揺れていたのだ。今の言葉も楓の予想通りである。

 天子も緋想の剣を構え、楓の隣に立つ。

 

「こいつに喧嘩売ろうって言うなら、私も相手になるわよ」

「ふむ、緋想天の娘よ。君の享楽の邪魔をするつもりはない。幻想郷を乱さない範疇であれば私も目をつむろう」

「お生憎様。私の娯楽はこいつと一緒にいると向こうからやってくるのよ。こいつがいなくちゃ始まらないわ」

「だそうだ。それに俺も――いや、やめておこう」

 

 途中で自身の言葉を切って腰の刀を抜き放ち、一刀を青眼に構える。

 これから戦う相手に自分が弱体化していることを伝えるなど愚の骨頂である。

 長刀を抜かなかったことに藍は訝しげにするものの、それを聞くことはせず自らの双掌を楓に向けた。

 

「これ以上の言葉は無粋だね。では、確かめさせてもらおうか」

「――様子見は俺がやる」

「本命は任せなさい」

 

 踏み込みは三者が同時に。激突は楓と藍だった。

 様子見をすると言いはしたが、自分だけで勝てるなら決めるつもりでもある。

 一撃必殺。その意気を込めて放った斬撃は、しかし藍の薄皮一枚を斬るに留める。

 

「――っ!」

「良い斬撃だが、計算通りだ。私の計算と寸暇の狂いもない」

 

 身を捻って攻撃を回避した藍は近づく勢いを殺さず、楓の懐に入り込んで打ち上げるように掌底を放つ。

 腕を引いて受けるものの、楓の身体は重力に抗って打ち上げられる。

 すると楓は上昇する勢いを殺すことなく身を反転させ、刃を振るう。

 そこには追撃を入れるべく上空へ舞い上がっていた藍が、少し予想外といった様子で楓の刃を片手で掴み取っていた。

 

「おっと危ない」

「白刃取りして言うセリフか!」

 

 左の拳を握り、上空にいる藍を落下させようと拳を振るうが、それも紙一重で避けられてしまう。

 

「体術、剣術ともに良く練られている。父親譲り、と褒めるべきかなこれは」

「――っ!」

 

 楓の返答は無言の斬撃。

 これも髪一筋を斬るに留め、そこで楓は藍の動きのカラクリを看破する。

 

(――計算。俺の剣筋、藍の動き、天子の動き、全てを計算し尽くして得た動きだ。俺や父上の観察眼と同じ、いや精度だけならそれ以上と見るべきか)

 

「だったらこれはどうよ!」

「む、これは……」

 

 横から割り込んできた天子の斬撃を藍は受け止めようとするが、緋想の剣による斬撃であることを思い出して手を引っ込める。

 そしていとも容易く二人の攻撃から逃れると呼吸を乱すこともなく距離を取る。

 

「天人の方も侮ったものではないね。わざと私が掴みやすい速度で攻撃したな?」

「どうかしら、たまたまかもしれないわよ」

 

 減らず口を叩きながら天子は楓の方に視線を寄越す。

 その視線を受けて、天子も自分と同じ答えに至っていると楓は直感する。

 同じ考えに至っているなら答えは簡単。楓と天子は視線を交差させてニヤリと笑う。

 

「――天子」

「考えていることは同じようね。私の案もあるけど聞きたい?」

「ああ、聞きたいね」

「良い――」

 

 一言二言程度の言葉。しかしそれだけで意思の疎通ができたのだろう。

 次の行動は天子が前に出て、楓は後ろに下がっていくのを見て、藍は片眉を上げた。

 

「ふむ? ……いや、お手並み拝見と行こうか」

「その上から目線! たたっ斬ってあげるわよ!」

 

 横薙ぎの一閃をしゃがんでかわし、楓にしたのと同じように腹部へ掌底を打ち上げる。

 

「――」

「む!?」

 

 しかし驚くべきことに、天子はまるで痛痒を感じていないように緋想の剣を振るってきたのだ。

 そも天人の身体は並の妖怪と比較してさえ、群を抜くほどの頑健さを誇る。

 今や鬼さえも一刀で斬り裂く楓の斬撃の前では濡れた紙に等しかろうと、人間を相手にするのと同じように打ち込まれた一撃程度、天子には何の意味もない。

 

 そして振るわれる斬撃もひどく熟れたもの。

 先の楓の一撃と比較してほとんど互角と言っても過言ではない。むしろ緋想の剣で受けることを封じられるため、厄介さで言えば彼女の方が上とすら感じられる。

 さらに――

 

「要石!」

「術も備えているか……!」

 

 要石による術もある。四方八方を飛び交う小さな要石が次々と弾幕を放ってくるのだ。

 尋常の攻撃では揺らぐことすらなく、振るわれる刃は必殺のもの。そして術による小器用さもある。

 総じて、あらゆる要素が十全にまとまった高い力量だと判断せざるを得なかった。

 

「はっ!」

「くっ!」

 

 緋想の剣だけは受けられない。これの直撃はいかに藍といえど戦闘不能を避けられない。

 そのため要石による多少の被弾を無視してでも、天子の振るう剣への対処を余儀なくされていた。

 だが藍もやられっぱなしではない。乱反射するレーザー弾幕を撃つことで天子の目を眩ませ、一瞬の隙を突いて着実に攻撃を入れていく。

 

「目は守れないだろう!」

「それぐらいこっちも対策してるわよ!」

 

 直接目を狙ったレーザーは天子が首を傾けるだけで回避され――後ろに控えていた楓が刀を利用してレーザーを反射し返す。

 一部の狂いもなく万力で固定されたようにビクとも動かない刀が鏡の役割を果たし、目潰しをしようとした藍の目を焼く。

 

「っくぅ!」

「っと!」

 

 片目を潰された藍が苛立ち混じりに大規模な弾幕を放ち、楓たちを強引に引き離す。

 藍は鬼のような戦闘に向いた妖怪の部類ではないが、それでも九尾の狐。潰された目はすぐに治る。

 

「決めるわよ楓!」

「遅れるな!」

 

 だが治るまでの間、相手がのんびり待ってくれるはずもない。

 弾幕の隙間を縫って飛び越えてきた天子が、死角となっている潰れた目の側を執拗に狙って斬撃を放つ。

 片目だけで読み取れる腕の動きからかろうじて攻撃を回避することは成功するものの、それ以上の動きができない。

 無論――その時間こそが天子の狙ったものである。

 

「大技よ――天地プレス!!」

「むっ!」

 

 上空と地上から挟み込むように人間大の要石が現れる。

 何もしなければ二つの要石に挟まれて身動きが取れなくなってしまう。そうなれば詰みに等しい。

 目の治る時間を稼ぐためにも藍は後ろに下がることを選択し――

 

「――楓、決めなさい!!」

 

 

 

 ――要石が割れて中から長刀に手を添えた楓が出てきた瞬間、正しく度肝を抜かれる。

 

 

 

「なにっ!?」

「隙だらけだぞ……!」

 

 楓と天子が考えたこと。藍が楓たちの行動を計算で読み解いているのならば、読み解けない未知の式――彼女が初見となる技をぶつけて思考に過負荷をかけてしまおうというものだった。

 藍の傾向を読み取った二人は視線で大まかな作戦を決め、天子が要石の中に楓を隠すという作戦を楓に耳打ちして行われたもの。

 

 だから楓は後ろに下がったのだ。天子の援護を行って藍の目を潰し、その死角に潜り込んで天子の要石に隠れる。

 天子は先の戦い――すなわち自らの父親との戦いで要石の中から要石を生成するという技を見て、今回の作戦を思いついていた。

 あの戦いがなければ思いつかなかったであろう奇策だからこそ、藍にはてきめんに突き刺さる。

 

 眼前に迫った楓が本来の形となる長刀と刀による二刀流を振り回し、藍を追い込んでいく。

 その速度たるや、片目が潰れた藍では追い切れず計算する間すら与えないもの。両目が健在だった時に見たものとはまるで別物の速度。

 ――だが、その程度の逆境、八雲紫の式として彼女の傍らにいた藍に対応できないはずがない。

 

「舐めるなよ、若造――!」

 

 もはや藍も本気になっていた。

 様子見など甘い話ではない。眼前の二人は本気を出して潰しにかからねば自分が負けると理解していた。

 負担が増すのも気にせず血走った目を無理やり再生し、片腕が斬り飛ばされようと構わず楓の右手首をその牙で食らいつき、顎をしゃくって強引に噛みちぎる。

 

「――っ!」

「これでおあいこだな、小僧!」

 

 口元が楓の血で塗れ、凄絶な笑みを浮かべながらの言葉に、しかし腕を噛みちぎられた楓の顔は痛みと恐怖に喘ぐものではなく、勝利を確信したもので――

 

「――椿っ!!」

『任せて!!』

 

 吹き飛ばされた腕が握っていた長刀――楓にしか見えない付喪神の椿が唯一干渉を許されたもの――を椿が握り、今度こそ藍の思考は計算不能の空白が満ちる。

 空中を舞った長刀は椿の手に吸い込まれるように飛んでいき、彼女の手に握られた長刀が藍を背後から袈裟懸けに斬りつけた。

 

「がああぁぁっ!?」

「――勝負ありだ」

 

 背中を焼く斬撃の痛みに叫ぶ間もなく、片手だけで刀を構えた楓、緋想の剣を持った天子、姿の見えない誰かが長刀を三方向から首に向けられてしまう。詰みである。

 

「……参った。見事だよ本当に」

 

 

 

 

 

「藍さま、傷は大丈夫ですか?」

 

 戦いが終わった後、藍は真っ先に駆けてきた橙の頭を撫でていた。

 楓たちの戦いがあそこまで容赦を排したものになるとは思ってなかったらしく、その顔面は蒼白になっている。

 これは妖怪同士の戦い方というのも教えてやる必要があるな、と藍は頭の片隅で考える。

 藍も楓も天子すらも、この程度の勝負は真剣勝負に入らないと思うほどには自分たちの傷に無頓着だ。

 腕がちぎれようと治る以上、致命的に破壊されない限りはほとんどが遊びの領分になってしまう。

 

「ああ、私の方は大丈夫だから彼の方を見てやると良い。私より治りも遅いようだからね」

「そうでした! 楓は大丈夫!?」

「勝つための必要経費だ。それに腕はくっついた」

 

 橙が慌てて楓の方を見ると、彼は草の根妖怪ネットワークの三人に囲まれながら、天子と作戦が上手く言ったことを思い返していた。

 

「要石に隠れるのは考えてなかった。あれは見事だったな」

「でしょう? あの時の藍の顔は見ものだったわ。あんたこそ椿は最後の最後の隠し玉にしてたでしょう?」

「あれで不意を突けなかったらどうしようもない」

 

 楓の言葉に天子も肩をすくめる。

 彼にしか認識できず、彼と彼の持つ長刀以外に干渉することのできない存在など、知識で知っていたとしてもどれほどの意味があるのか。

 

「楓の戦いを見るのは久しぶりだけど、やっぱり凄いね! 私たちが手も足も出なかった妖怪に勝っちゃうんだもん!」

 

 影狼が腕をブンブン振って戦いを再現しようとしながら、興奮した様子で話しかけてくる。

 楓は再生した腕の調子を確かめながら憮然とした顔で答える。彼女は一番最初の頃、初陣の自分を知っているのだ。

 

「あれから俺も腕を上げたんだ。あの時みたいな無様な戦いはしない」

「うんうん! ばんきっきも見たでしょ!?」

「あ、ああ……。私はこいつを叩きまくってたのか……」

 

 蛮奇は自分が普段、彼が厄介な客を連れてきた時や普段の腹いせで叩いていた相手の実力を改めて実感した様子だった。

 

「……あまり叩かない方が良いかな、これは」

「うん? なら今度知り合った魔界の創造神を連れてきても痛ぅっ!?」

「やはりお前は叩く!」

 

 少しは身の丈にあった扱いをしてやろうと思った矢先にこれである。というか名前からして厄ネタの香りしかしない。魔界の創造神って何だ。

 楓が蛮奇に叩かれた頭を抑えていると、その頭を濡れた手が撫でる。見上げればわかさぎ姫が楓の頭を労うように撫でていた。

 

「まあまあ蛮奇ちゃん。楓がこんなに強いなら私たちももっと大きく出て良いんじゃないかしら」

「やっても良いが俺がいない時に襲われても知らんぞ」

「ダメよ影狼ちゃん。そんな調子に乗っちゃ。人にも妖怪にも身の丈はあるんだから」

「今調子に乗ったの姫だよね!?」

 

 わかさぎ姫と影狼が笑いながら話しており、蛮奇も控えめながら付き合っていると、楓たちの方に再生を終えた藍がやってきた。

 すると三人は示し合わせたように楓の後ろに隠れ、橙が呆れた目を隠さない。

 

「あんたたちねえ……」

「こらこら、橙。相手の力量を理解して逃げるのも重要な才能だよ。それで死んでしまっては元も子もないんだ」

「それで、俺たちに用か?」

「ああ。侮っていたことの謝罪と、勝者への称賛をね。いや、見事だった。これでまだ二十歳にもならない少年だとは恐れ入るよ」

 

 幻想郷の将来も彼らが守るなら安泰である。

 しみじみとうなずいた藍に天子が補足するように口を挟む。

 

「言っておくけど、こいつかなり力が落ちているからね。今回の異変の影響が大きいみたい」

「うん? 橙たちは力が増大したと言っていたが……」

「俺は力が落ちた。術もほとんど使えなくなっているし身体も重い」

「……するとさっきの剣閃で全力じゃないと?」

「私とこいつで互角ぐらいに感じたでしょう? こいつの全力はあんなんじゃないわよ」

 

 十全の力を発揮できていれば、様子見をしようとしてた藍を初撃で沈めていただろう。

 日頃から楓と稽古をやって彼の剣筋を知っている天子は確信していた。

 

「……なんともはや。そこまでの力を身に着けていたのか」

「父上を超えるためにはこれぐらい必要だ」

「なるほど。かの御仁も傑物だった。君もそれを目指すのだな」

「御阿礼の子のためだ。苦にもならない」

 

 それに今回の戦いも楓の糧になっている。

 藍は自分を超えるほどの実力の持ち主が、それに驕ることなく牙を研ぐ意思を強める姿を見て、背筋に冷たいものを感じる。

 このまま行けば彼は父と同様、手のつけられない存在になる。いや、既にそうなっているのだろう。彼の能力については紫から聞かされていた。

 

 それでも彼を野放図にするのは――やはり、直接会って彼を信じられるに値すると信じたからなのだろう。

 藍は道士服の袖に自分の手を隠しながら神妙にうなずいた。

 

「……さて、私はそろそろ戻るとしよう。橙も夕食までに戻ってくるんだよ」

「はい、藍さま!」

「ではな、守護者殿。今度は人里で会おう」

「ああ、また」

 

 藍が立ち去るのを橙と一緒に手を振って見送り、楓は天子の方に向き直る。

 

「さて、時間を取られたが逆しまの城に――ダメだな、霊夢がもう到着している」

「じゃあ異変はこれで終わりかしら。んー……」

 

 顎に指を当てて天子は考える。

 自分の家の騒動もあったが、草の根妖怪ネットワークの面々を助けたりと、今回は少し冒険できた気がするのだ。

 欲を言えば未知の光景である逆しまの城を一緒に見てみたかったが、異変はこれからもあるのだ。また次の楽しみとしても良いだろう。

 

「……ま、良しとしましょうか。楓も冒険の楽しさってやつがわかったんじゃない?」

「そうだな。影狼たちに色々頼めそうだからな」

「え?」

「人を勝手に犠牲にしたこと、忘れたわけじゃないぞ。さて、何を頼もうか」

「これ根に持ってるやつだ! 逃げろーっ!」

「ははは俺から逃げようなどバカな真似を」

 

 一目散に逃げ出す三人を追いかける楓を見て、天子は困ったように笑いながらつぶやくのであった。

 

「全く、あいつに限っては好きに冒険できるのも良し悪しかしら、ね」

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