神霊廟と名付けられた仙界は幻想郷と外の世界とのスキマに作り出された。
尸解仙である彼女らがつなげたいと思った場所に任意に出入り口が作り出され、その気になれば彼女らはどこにでも行くことができる。
そして彼女らに弟子入りし、仙人としての道を歩まんとする決意ある者たちを出迎える入り口も存在する。
公になっている出入り口。楓は今回、そこを通って豊聡耳神子らが住まう神霊廟へと足を踏み入れた。
ここに来た目的は二つある。
人里からも何名か彼女らのもとで修行をさせているので、様子を見に来たというのが一つ。
そしてもう一つは、今まで見様見真似でどうにかなってしまっていたので放っておいてしまった、仙術をちゃんと学び直そうと思ってのことである。
仙界を訪れると、果ての見えない真っ白な空間にポツリと大きな神殿とも見える屋敷が鎮座しているのがわかる。
屋敷の方からは修行に来ている若者たちの掛け声が響き渡り、なかなかに活気のある様子だった。
さすがに人里からやってきた者たちを無下に扱いはしていないようだと内心で安堵していると、誰か来たのか確認に来た少女――物部布都が悪童じみた笑みを浮かべてやってきた。
「むむ? 新たな弟子入り志願――むっ、守護者殿ではないか。いつぞやは太子様共々世話になったのう」
「壮健なようで何よりだ、物部布都。本日訪ねたのは人里から修行に出した連中の様子見と、俺自身の鍛錬のためだ。御阿礼の子は関わっていないから安心してほしい」
「はてさて何のことやら。あの一件に関しては邪仙めにキツイ灸を据えて終わったこと。我らに含むところなどあろうはずもない! 太子様は人々との交流を望んでおり、其方はちゃんと叶えている。今後とも良い付き合いができるよう、我も屠自古も尽力するまでよ」
彼女らも神子の方針に異論を唱えるつもりはないらしい。
従者として主をもり立てる。その考え方には楓も同意できるため大きくうなずき、自分の用事を進める。
「しかし広い空間だ。迷い込むことはないのか?」
「よく見てみよ。これはあくまで見せかけ。実際の空間はこの屋敷の周り程度となる。歩けばわかるが、壁が張り巡らされておるのだ」
「なるほど。中を見ても?」
「太子様にお目通りするのであろう? 案内しよう」
布都の案内に従って開かれた門の中へ入っていく。
中では巻藁を相手に打ち込みを続ける少年たちの姿や、椅子に座るような姿勢になって両手に水の入った椀を吊り下げている姿などが見られていた。
どれも基本的な肉体作りの稽古である。楓は修行に励む少年たちを横目に歩いていると、ふと見慣れた顔を見つける。
「あいつも来ていたのか」
「うむ? 知り合いでもおったか?」
「いや、俺が修行に来るよう勧めたやつがいた」
「ほう。見込みあってのことかの?」
「女の子にモテたいらしい」
「……まあ、修行さえ真面目に取り組むなら動機の良し悪しは問わぬのが仙道ぞ!」
これ以上の言及は避けると布都の顔に書いてあった。
「それにあの稽古は見込みある者、または基礎の出来上がっている者にしかさせぬ。我も見ておったが、なかなか筋は良いぞ。肉体はできている」
「自警団では俺が稽古を施している。そこらの一般人よりはマシだろう」
モテたいと常々叫び、その一心でわざわざ修行にまで来るようになった少年は汗だくになりながら、木に吊り下げられた二枚の鉄板を殴り、首を傾げているところだった。
「うーん……」
「よう、やる気にあふれているな」
「あ、楓! お前も修行か?」
「それと様子見も兼ねてな。何をしているんだ?」
少年は意図を測りかねるといった様子で鉄板をカンカンと軽く叩く。
「ああ。なんでもこの鉄板を叩いて、この鉄板を揺らさずに奥の鉄板を揺らせっていう内容なんだよ。手本を見せてもらったとはいえ、実際にできるのかこれ……?」
「なんだ、また手本が見たいのか? ならば見せてやろう!」
布都はそういうと同時、飛び上がって回し蹴りを鉄板に叩き込む。
しかし鉄板はビクとも揺れず、代わりに奥の鉄板が狂ったように跳ね上がり、揺れまわっていた。
「おお……楓、術とかじゃないよな?」
「一から十まで身体の動きでやっている。仙人として修行を積んだのは嘘じゃないらしい」
「仙人の行いを信じぬのか? 我仙人ぞ?」
布都のジト目を少年は引きつった笑いでごまかしながら、楓に話を振る。
「ところで仙人さまにできるんだったら、楓にもできるのか?」
「鉄板何枚ぶら下げようと狙った場所を揺らせるし、何なら刀でも同じことができるぞ」
つまり斬撃を通した鉄板は斬れず、狙ったものだけを斬れるということである。
楓の口調は誇る口ぶりでもなく、何だったらこの程度基本技能だとでも言いたげな様子だった。
「俺の一族なら程度の差こそあれど、大体同じことはできる。妖怪相手にも戦う役目の人間は多かれ少なかれこんなものだ」
「マジかよ……」
「確かにのう。我が人として生きておった時代にも、強い武辺者は皆抜きん出た技巧を持っておった」
「妖怪と戦うには良くも悪くも尋常ではいられないということだ」
「はー……俺が本気で妖怪と戦うってなったらこれぐらい必修技能なのか」
「絶対必要とまでは言わんが、できて困ることはない。コツぐらいなら教えてやろうか?」
「え、身体で覚えろ的なものじゃないの!?」
「間違ってない。身体借りるぞ」
楓が指を動かすと少年の身体が意に反した動きを取り始める。
戸惑う少年だが、自身の手足に風が絡みついていることに気づくと力を抜く。
「筋肉まで操るから逆らうな」
「そこまで風で操れるのか……?」
「大雑把な収縮ぐらいは何とかなる」
楓が指を動かす度に少年の身体が最初は角張った、徐々に滑らかな動きになっていき腰を落として拳を構える。
そして少年は真っ直ぐに正拳突きを放つ。
放たれた拳は見事に鉄板を捉え、しかし僅かにも揺らすことなく奥の鉄板を確かに揺らしてみせる。
「おおぉ……!」
「力を込めるタイミング、どの筋肉に力を込めるか。今の加減を身体に叩き込め。肉体の緩急は動体視力に優れた相手を誤認させるのに必ず使う」
応用するとこんな真似もできる、と楓は不意に布都、少年の目から消える。
「おわっ!?」
「我にも見えぬのか!?」
少年の目を誤認させるのは布都にもできるが、その手の心得がある自分まで容易く欺くとは。
つくづく二十歳にもならない少年が持って良い技術ではない、と布都が改めて楓の技量に慄いていると、楓が少年の真横に現れる。
「別に高速で動いたわけじゃない。動きに緩急をつけて認識をズラしたんだ」
「簡単に言ってるけどめちゃくちゃ難しいんだよな?」
そもそも楓は少年だけでなく布都の認識もズラしている。
一人にやってのけるのは理解できなくもないが、複数人を相手にやってのけるなどどんな体術なのか想像もできない。
「身体の使い方を覚えていけばこういうこともできる。使うかはわからんが、使えないで死ぬよりはマシだ」
「これだけできて使わないこともあるんだな……」
「見えないだけでいることは変わらないんだから、広範囲薙ぎ払われるとどうしようもないんだよ」
その時は素直に逃げた方が良いのだ。
できて困ることはないが、これだけで全てを決めることはないという技術でもある。
「まあ感覚は教えたから頑張ってくれ。俺はそろそろ神子の方に――」
挨拶に行って仙術を教えてもらえるよう頼み込もうと思っていると、後ろから楓の身体にしなだれかかってくる存在があった。
甘ったるい香を漂わせ、女を感じさせる柔らかく肉感的な肢体をこれでもかと擦り付けてくる少女が恍惚とした様子で楓の頬を撫でる。
「あらあらまあまあ! 私の心を絡め取った旦那様じゃありませんか」
少女――霍青娥は誰の目にも明らかなほど好意的な視線を楓に向け、艶を感じさせる手付きで彼の頬を撫で回していた。
「…………」
「我わかるぞ。これドン引きしているやつだ」
「モテたい俺に対する嫌味かと一瞬だけ思ったけど楓の顔見て消えたわ」
説明を求める視線が楓から布都に向けられるが、布都は自分にもわからんと肩をすくめるばかり。
「強いやつが好きな女だ。魂を変異させる瞳に魅入られたのかもしれぬ。お主の目を見て狂っただけの可能性も大いにあるが」
「頭おかしいんじゃないか?」
「元々まともな女だと思っておらぬよ」
布都の言葉にそれもそうだと思ってしまい、楓は渋面を作りながら青娥を引き剥がして距離を取る。
「……なぜ俺にすり寄る。消えない傷を残したつもりなんだがな」
「ええ、ええ、もちろん。邪仙と恐れられ、忌み嫌われた私めの魂は確かに旦那様に傷をつけられました」
「だったら――」
「ならば私は私を傷つけた者に惚れ込みましょう。力ある者。私ですら泡沫が如く薙ぎ払える者。――ああ、その力、なんて素晴らしい……」
うっとりと、熱望する童女の如き視線を向けられることに楓は明確な苦手意識を抱く。
この女、気を許してはいけないと同時、自分を通して全く別の何かを見ているのだ。
御阿礼の子に狂った阿礼狂いをして、おぞましいと言わしめる視座。青娥はそれを持っている。
「……まあ良い。俺は仙術について学びに来た。神子はいるか」
「案内いたしましょう。布都ちゃんは戻っていいわよ」
「我をのけものにするか? と言っても良いが……うむ! 守護者殿に任せるとしようか!」
「関わり合いになりたくないと顔に書いてあるぞお前」
「その通りだが何か問題でも?」
逆の立場なら自分も喜んで押し付けているので何も言えなかった。
偉そうにふんぞり返った後、そそくさと神霊廟の奥へ消えていった布都を見送り、楓は少年の方に自分も行く旨を伝える。
「俺もそろそろ行く」
「お、おう……相変わらず大変だな」
少年の視線がちらりと青娥に向かいかけたため、楓はそれとなく少年の視線を誘導しておく。
自分は大抵の無理難題があってもどうにかする自信があるが、少年は別なのだ。邪仙に目をつけられることは身の破滅に等しい。
「視線を合わせるな。腐っても邪仙だ」
「あらあら、私は今あなた様に首ったけですわ。凡夫に目をかける暇などありません」
「…………」
青娥の言うことが事実であっても、彼女が何をしでかすかわからない以上余計な口を開くことすら危うい。
視線だけで去ることを告げると、少年も意を汲んだのか首肯だけで返してくる。
それを受け取った後、腕に絡みつくように抱きついてくる青娥に鬱陶しそうな視線を向けて、事実腕から引き剥がしながら自身も神霊廟の奥へと向かうのであった。
「よく来ましたね。人里での異変以来ですか」
「そうなるな。こころは息災か?」
「あの異変以来、活発に出歩くようになりました。今日はここに――」
「お? 私を騙した男じゃないか! 私の真・暗黒能楽を受けてみろ!」
「はいガード」
「こいつ女を盾にした!?」
神子の後ろから現れたこころが薙刀を召喚して斬りかかってきたが、腕に引っ付いていた青娥の身体を迷うことなく盾にして防ぐ。
刃は潰してあったのか青娥の身体から鈍い音が響くが楓は無視して腕を振り、こころの薙刀を奪ってしまう。
「人の心はないのかお前!?」
「かける情けの量が決まっているだけだ。こいつに向ける情けはない」
「ああ、躊躇わず使い捨てられる判断力も素敵……!」
思いっきり薙刀を受けたにも関わらず、痛がった様子も見せない青娥を見て、こころは無言で一歩下がる。
そして無表情ながらどこか気遣いの色が見える表情で楓の顔をのぞき込んできた。
「……なあお前、良くないものに取り憑かれているんじゃないか? 私の能楽見ていくか?」
「また今度な。今日は大した用事があって来たわけじゃない。以前に見様見真似で覚えた仙術を正式に覚えたいというのが目的だ」
「なるほど。その飽くなき強さへの探求には恐れ入ります。誰を相手にするのやら」
「相手にならなければそれに越したことはない。後は人里から稽古に来ている奴らの様子を見に来たのもある。そっちは先程済ませた」
「皆、良く励んでおります。いずれ本当に我が神霊廟から新たな仙人が生まれるかもしれません」
「そうか。で、俺の稽古に関しては問題ないんだな?」
「必要なら人もお貸ししますよ。私は人里と事を構えるつもりはありませんので」
「利害が一致するうちは良き隣人でありたいものだ」
「ええ、全くもって」
含み笑いを交わし、そこで神子は意識して視界から外していた存在――楓にしなだれかかっている青娥に目を向ける。
「青娥、たまには芳香を構ってあげなさい。寂しそうにしていましたよ」
「あら太子様。ご機嫌麗しゅう。芳香のことも忘れていません。ちゃぁんと、旦那様がお帰りになってから構ってあげます」
神子のこともたった今気づいたと言わんばかりの様子に、神子は頬を引きつらせる。
相当なトラウマが刻まれたはずだが、彼女の変貌はどうしたことか。楓も青娥の態度にはうんざりしている様子だった。
「……好かれましたね」
「お前のものだろう」
「彼女は誰のものでもありませんよ。火に入る虫のように力ある存在に惹かれる女です。あまり神霊廟から出ないようにはしておきますから」
「頼むぞ本当に……」
大体の人物には眉一つ動かさない自信があるが、変態と関わるのは御免被りたい。
「さて、仙術について学びたいとのことでしたね。誰か人を付けましょうか?」
「それでしたら私めにお任せください。じっくりたぁっぷり、手取り足取りお教えいたしますわ……」
「…………」
「すみませんが私には助けられません。ご勘弁を」
結構露骨に助けを求められてしまい、神子は困ったように微笑むしかなかった。
この泰然自若とした、主のためならあらゆる禁忌を喜んで犯すであろう少年が困り果てた顔を見せているのは新鮮だが、それはそれとして神子も今の青娥に関わりたくない。
「さ、では行きましょう旦那様。お腕をお借りしても?」
「やめろ。……ええい、ひっつくな!」
心の底から嫌そうな顔をして下がっていく二人を見送り、残った神子とこころは顔を見合わせた。
「……あいつの周りは騒動ばかりだと霊夢から聞いていたが、良いことばかりでもないな。創造主」
「いやはや全く。人の縁を多く紡ぐことのできるめぐり合わせを羨ましくも思いましたが、良縁ばかりではないようで」
「また一つ覚えた。後であいつには改良を加えた暗黒能楽で襲いかかってやろう」
楓にとって青娥は間違いなく悪縁の類だがこころはどうなのだろう、と神子は思うものの口には出さないで微笑むだけに留めるのであった。
「さて、願い出たからには仙人の端くれとして恥じない稽古をいたしましょう。旦那様、今時点ではどの程度まで可能です?」
「身体の強度を上げる術と、衣服を硬くする術、あとお前が使っていた自分そっくりの分身を出す術だ。分身に関しては動かすこともできないしすぐ崩れるが、一瞬の囮程度にはなる」
これだけでも十二分に便利なのだが、所詮は見覚えの猿真似。
自覚していない悪癖が身についている可能性もあるし、一子相伝の秘術というわけでもないのだ。覚えられるものは覚えておく主義だった。
「どこかで仙術を習われたことは?」
「お前と神子の見様見真似だ。誰かに教えを受けたことはない。歪な成長をして悪癖になっても困るのでちゃんとした教えを受けておこうかと」
「ふむ……猿真似でそこまで使いますか。素晴らしい才覚と言う他ありませんね」
「世辞は良いからちゃんと教えてくれ」
「はっきり申し上げますと、仙術で戦闘に向いたものはそう多くないのです。そも、仙人とは己の心気を合一し宇宙からの気を取り込み、不老不死を目指す者」
「戦闘自体が想定されていないということか」
青娥がうなずき、説明を続けていく。
「例えば、肉体の強化に関しては不老不死の過程の一部となります。単純に考えて、鋼も通さないくらい硬くなれば外的要因での死因が激減しますでしょう?」
「ふむ」
「こういった方が良いでしょうか。――存在するあらゆる死を己から遠ざけるために仙術がある、と」
「なるほど。確かに俺が使う仙術も身を守る分野になる」
「故に人間が使うには効果の大きいものが多いです。肉体を再生する術や、水中で呼吸する術などもあったりします」
楓は半妖なので肉体は再生するし、半身が幻想に属しているので呼吸や食事、睡眠も人間に比べると必要性が薄い。
息を止めていても一週間程度なら問題なく生活できるし、食事や睡眠もあくまで娯楽である。
「……妖怪は生きるだけならまず困ることはない。俺は人間社会で育ったが、妖怪が精神の刺激を求める意味がわかる気がする」
「だからこそ純粋な妖怪は精神の傷が何よりも大きいのでしょう。不老不死を目指す者として、旦那様の肉体にも興味が尽きませんわ」
妖怪ほど肉体の損壊に強くないが、妖怪のように精神の傷が肉体に直結することも少ない。
楓自身に言わせれば肉体面の性能で言いたいことは山ほどあるのだろうが、こと生存面において楓は幻想郷でも抜きん出た性能を持っているのは事実だった。
「ですので戦闘に応用できる術をお教えすることはできますが、それ以外は不要かと」
「……他者を癒やす術はないのか?」
「ありませんね。仙人の修行は基本的に一人、世捨て人となるのが通例です。あまねく衆生を導くために一度死ぬことすら受け入れた太子様らが例外ですわ」
便利なようで意外と不便な術である。楓が実際に見て覚えた以上がないのがわかっただけ収穫か。
「……つまり俺がお前に教わることは何もないということでは?」
「ああん、つれないことを言わないでくださいまし。まだ時間はたっぷりありますわ。さぁ、仙術の秘奥をこちらでお見せしましょう……」
そう言いながら青娥は蛇のように身体を絡みつかせ、人の目が届きにくい場所へ楓を連れて行こうとする。
楓はうんざりした様子で青娥を引き剥がし、外では絶対にしないよう厳命する。
「言っておくが、外の世界でこんな行動に出たら俺もなりふり構わないからな。阿求様はお前のことを嫌っている」
「外に出るつもりなどありませんわ。私の興味は今、あなただけ……」
「…………」
楓の顔が筆舌に尽くしがたいものに変わる。さっきまで真面目に仙人とはなにかを語っていたかと思えばこれである。
どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのか。大概の騒動をため息一つで受け入れてきたと自負している楓にも限度があった。具体的に言うと変態は嫌だ。
「……まあ良い。覚える術がないならもうここに来ることもない」
「あら、炎に身を投じても傷一つ負わずにいられる術などもございますが本当に不要で?」
「死因から遠ざかるとはそういう意味か……!」
不便なようで便利な能力もありそうなのが困りものである。
楓は誰の目にも明らかなほどの渋い顔で少しの間うなり、やがて渋々了承するのであった。
「……有用な術があるなら教えてくれ」
「ええ、もちろん。それでは芳香ともども、末永くよろしくお願いいたしますわ」
「そこまでよろしくするとは言ってない。神霊廟にいる間だけだぞ」
彼女と関わるとロクなことにならない。現在進行系でロクな思いをしていないのだから間違いない。
阿求には伏せておいた方が良さそうだと楓は判断する。父の墓暴きをしようとした女の話を持ち出しても不機嫌になるだけだろう。
無論、楓としても彼女に良い感情を持っているわけではない。
ないが、腹立たしいことに仙術は有用な術だ。自らを守るという点においては他の追随を許さない性能である。
戦闘における楓の肉体性能は決して高い部類ではない。頂点に位置する鬼や吸血鬼と比較したら雲泥の差が存在する。
それを補い、応用次第では他者を癒やす術になるかもしれないのだ。肉体が再生し、他者への回復など無頓着な妖術とはまるで毛色が違う。個人的な好悪で見逃す手はない。
「覚えるとなった以上、時間を無駄にはできん。さっそく始めよう」
「微力を尽くしますわ。そして術の会得が成った暁にはその目の秘密を私にもお教えくださいませ」
「断る。そもそもこの目は何かない限り阿求様にお知らせするつもりすらなかった」
何もなければ一生涯、誰に話すこともなく自分と椿だけが存在を知っている瞳として隠すつもりだったのだ。
「それに魂の掌握とは言うが、用途が一つしかないんだ。普段の千里眼の方がよほど使い勝手が良い」
「あら、ですが魂の形を認識できるのでしょう? ええ、ええ。認識することができず、多くの者たちが血眼になって見ようとしたものを、あなた様は苦もなく認識できる。それだけでその瞳の価値は万金にも値しますわ」
「…………」
青娥の語る言葉が理解できないわけではなかった。
むしろ術について理解を深めていけば、いずれ魂そのものに干渉する術も編み出せるかもしれない。
しかし、楓もそこまで術の造詣を深めるつもりはない。力があるに越したことはないが、それはそれとして持ってはいけない力もあるのだ。
「……良いから稽古を始めるぞ。お前の顔は見たくもない。なるべく早く終わるようにしてくれ」
「そう言われてはゆっくりやらざるを得ませんね。では――」
彼女はきっと自分の欲望にしか従っていない。自分に傅くのも、己の欲望がそう告げているからだ。
つまり、何の拍子にこの状況が終わるかわからない。いや、多分終わりは唐突になるだろう。
楓にできることはその時が来る前に覚えるものを覚えてしまい、この女との縁を切ること以外にない。
厄介な女に絡まれてしまったと、楓は内心で困り果てたため息をつきながら仙術の修行に没頭するのであった。
この後天魔と天狗の術、剣術のみで戦う場面も予定していたのですが、予想以上に仙人トークが長引いてしまったので次回に回すことになりました。おのれ邪仙()
拙作での仙人はとにかく己の身を守るのに長けた存在としています。神子とか政治に使おうとしているのが例外の存在で、基本は自分の身を守って不老不死に到達することを目指している。