阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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年末進行で忙しい……遅れて申し訳ありません(土下座)
実は話数的には前作超えを果たしていたりします。恐ろしい長さになったものだ……。


妖怪の山の天魔と厄神

 その日、楓は妖怪の山の頂上で人を待っていた。

 

「よう、お前の方から話があると呼び出すとは珍しいな」

「……来たか」

 

 楓の後ろに現れたのは年若い烏天狗の青年――天魔だ。

 艶のある黒翼をはためかせて楓の隣に立った天魔は意図を聞こうと口を開く。

 

「それで今日はどうしたんだ?」

「また修羅場をくぐることがあってな。そろそろ一つ区切りをつけようと思う」

「……ほう?」

「天狗の風、炎、礫。そして剣術と体術。俺は天狗として持つ技術だけを使ってお前に勝負を挑む。受けてくれるか」

「…………」

 

 ニヤリと片唇を上げる笑みが徐々に釣り上がり、楽しくてたまらないといった様子に変わっていく。

 天狗が所持する技能全てにおいて、天狗という種族の頂点に立つ男が天魔だ。

 所持している技能を全て使えば天魔相手にも勝つことができるが、天狗の技能に絞った場合、今なお楓は天魔の後塵を拝している。

 

「つくづくお前さんの成長速度には驚かされる。妖怪だったら数十年、数百年は待たされていたところだ」

「俺の身体は妖怪の時間にも対応しているが、阿求様は人間の中でも更に短いお時間しかないんだ。必死にもなる」

「たった一年足らずでオレすら追い抜こうって言うんだ。人間の成長速度には頭が下がる」

「……これはまだ誰かに話した内容ではないが」

 

 くつくつと楽しそうに笑う天魔に、楓はレミリアを打倒した頃から考え始めていたことを話し始める。

 

「最近、父上の背中がずいぶんと近くに来ていることを感じている。そう遠くないうちに俺は父に並び、超えるだろう」

「…………」

「今までずっと力を求めてきたのは、俺が父上より弱いからだ。――今の側仕えが過去の側仕えより弱いなどあってはならない。阿礼狂いの最強は常に唯一人。時代によって上下することはあれど、より強い人間がなることが掟だ」

 

 父から楓への継承がまず特異な事例なのだ。とはいえ楓はその後の総会などで己の最強を示し続けているので、楓が当主を務めることへの不満はないのだが。

 

「……父上を超えれば、俺の道もひとまずは区切りとなる。だからそうなる前に、天魔には今の自分を見てほしかった」

「……良いだろう。お前の言葉が大言壮語じゃないことぐらい、オレにもわかる。始めるか」

 

 両者の距離が開く。その気になればどちらも一瞬で踏み込める距離を挟み、楓は両の拳を握る。

 

「なんだ、剣は抜かないのか?」

「戦いはもう始まっている。違うか?」

「なるほど、剣を抜く前からか。――良いだろう。お前の挑発に乗ってやる!」

 

 天魔が叫ぶと同時、両者の姿が消える。

 そして次の瞬間には互いの拳と拳がぶつかり合う音が何も見えない空中に乱れ舞う。

 岩と岩がぶつかるような重厚な音が彼らの攻防の遥か後に生まれ、消えていく。

 

 剣を抜かせまいと猛攻を仕掛ける天魔と、彼の攻撃をいなしながら抜刀の隙を伺う楓。

 体術だけで言えば互角。天魔と楓は膠着した攻防を続けながらも同じ結論に達し、距離を取るのも同時だった。

 

「はっ!」

「っと!」

 

 楓の掌底が天魔の胸を捉え、放たれた風が天魔の身体を吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた天魔は後に引くダメージはないと即座に判断し、楓が抜くより早く抜刀。

 楓はその場で二刀を抜き放ち、天魔を切り刻まんと突進する。

 

 重く響き渡る音から硬質な何かが弾き合い、火花を散らす甲高い音が周囲に響く。

 音を置き去りにして行われる攻防の中、時折散らされる火花と赤い出血だけが彼らの居所を示すものとなっている。

 出血は天魔のものだった。二刀を手足と同等かそれ以上に使いこなし、数多の修羅場をくぐり抜けてきた楓の剣技はもはや天魔にすら手のつけられない領域に至っている。

 

(純粋な剣術勝負はもう無理! こっちが実力差にすり潰されるだけだ! この歳でオレを凌駕するか!)

(順当に押し勝てる。間違いなく天魔の剣術は父上にも届く可能性があるものだが――もう俺の方が上だ)

 

 両者の考えることは違い、狙う行動も別のものだった。

 すなわち、楓はこのまま勝利を拾うために白兵の距離を保つことを狙い、天魔は負けないためにも距離を取ることを選んだ。

 

「剣術はオレを超えている。では術はどうだ?」

「――っ!」

 

 眼前に放たれた天狗礫に対し、楓は戦闘で高まった集中力を維持したまま岩ごと斬り裂いて前進する。

 しかしその先に天魔の姿はもうない。瞬時に地上へと移動した天魔はその手に天狗の扇を構えて大きく振るった。

 途端、吹き荒れる竜巻に楓の身体は呑み込まれ、木の葉のように舞い上がるも両手の刀を振るって風すらも斬り捨て己の安全圏を確保する。

 

「お見事。だがそれは正解じゃない」

 

 楓の剣技を称賛し、しかし情け容赦なく天魔は自らが生み出した風に炎を混ぜ込む。

 炎を伴った竜巻は一部の安全を獲得しただけでは何の意味もないと、楓の身体を猛火に包み込んでいく。

 

「――炎は俺の得意分野だ」

 

 しかし楓の身体は一部も燃えることなく、むしろ天魔の放った炎の主導権を奪い取って自らの炎に足し込んでいく。

 

「直撃したら死ぬぞ。吸血鬼を倒した炎だ」

「――っ!」

 

 楓が反撃に放った炎は天魔の操る炎とは色が違う、紅の焔を見て天魔も血相を変える。

 あれは不味い。直撃したらと言うが、かすめた部分が影すら残さないほどの超高温であると見抜いたのだ。

 天魔がなりふり構わず距離をとった直後、楓の放った小さな炎が破裂して周囲に高熱をばら撒く。

 さすがに気を使ったのか地上への被害が出ない空中での爆破だが、熱の余波をかすめた地上が硝子化しており、天魔が頬を引きつらせる。

 

「……地上に使うなよ。天狗の山がハゲ山になっちまう」

「今のは見せ札として使っただけだ。満月の吸血鬼だろうと戦闘不能に陥る炎。直撃でもしたら跡形も残らん」

「ロクな死に方はできないとわかっちゃいたが、それで死ぬのは願い下げだな」

「まあこれには一瞬の溜めも必要になる。戦闘で連発できるものじゃないし、そうそう当たるものでもあるまい」

 

 それが手札にある、という時点で恐ろしいというのは天魔もわかっていたため指摘はしなかった。

 

「続きを始めようか。俺が剣術だけでないことは理解できたはずだ」

「認めよう。だが、勝負の決め手はそれだけじゃない」

 

 例え全能力を相手が上回っていたとしても、勝敗を決めるのは戦いを上手く進めた者だけだ。

 体術、剣術、妖術とそれぞれの練度は天魔が身を持って確かめた。後は――全てを組み合わせてどう勝利を掴むかである。

 

 天魔が腕を振るうと同時、楓も呼応するように腕を振る。

 振るわれた腕の軌跡から風の弾丸が無数に生み出され、ぶつかり合って小さな気流を生み出す。

 その結果を見ることなく楓は二刀を振り抜き、刃の動きに合わせた炎の波を天魔へ放つ。

 

「――っ!」

 

 こと炎の分野において、楓は天魔を明確に凌駕している。

 最初に学んだ術が良かったのだろう。天狗の炎も取り入れ、自らの経験によって練磨された炎は精度、威力ともに幻想郷で匹敵するものはごく少数の領域に到達していた。

 故に炎と炎をぶつけ合わせる勝負はしない。負けが見えている分野では戦わないのも立派な戦術である。

 

 黒翼をはためかせて後ろへ下がり、地を舐める炎をやり過ごす。同時に腕を振るわずに作った風の弾丸をいくつか飛ばす。

 腕を振るったのは単なる引っ掛け。天魔は風ならいついかなる時、どんな状況下であっても常と変わらず操ることができる。

 

 自らへ迫りくる不可視の弾丸を、しかし楓は認識した素振りすら見せず一太刀で薙ぎ払う。

 千里眼を操る彼は空気の流れそのものを視認し、風の動きを捉えていた。

 そして反撃を行うべく楓の肉体そのものが弾丸となって天魔へ迫る。

 

 術の撃ち合いは半ば膠着。白兵での勝負は楓が有利。となれば、後はどうにか自分の勝てる土俵になだれ込むだけである。

 無論、それとは別の狙いも楓にはあるが、それはまだ天魔には読まれていない。これを見せる時までバレないよう立ち回るのも楓の役目だった。

 

「――っ!」

 

 全方位から迫りくる風を斬り散らし、風をまとわせた楓の斬撃が天魔の喉元に迫る。

 天魔が不可視の弾丸を使うなら、楓は不可視の斬撃と言わんばかりに振るう剣閃に無数の風がまとわされていた。

 紙一重で避けても風が天魔を切り刻む。すぐに再生する程度の傷ではあるが、その瞬間を狙った攻撃も楓は可能となっている。

 

(近づいても離れても厄介だが――離れていた方が決定打をもらうことはなさそうだ)

 

 しかしそうなると天魔も楓への攻め手に欠ける。遠距離からの攻撃など、楓にとっては止まっている的も同然だろう。

 事実、彼目掛けて放った攻撃は全て見向きもせずに切り払われている。まるで意に介していない。

 

「だったらこういうのはどうだ!」

「――っ!」

 

 天魔の声と同時、地面が隆起して意識の向いていなかった足元を狙う。

 だが楓は超人的な反射神経を発揮して全て読み切り、跳躍して回避する。

 そして回避の勢いを捨てることなくさらに前進し、ニヤリと強気な笑みを浮かべた。

 

「こんなものか天魔!」

「はっ、その台詞は千年早いぜ若造!」

 

 楓や彼の父親と交流するようになって、久しく考えていなかった技の練磨を行っていたのだ。

 その中には彼らのような卓越した技量を持つ相手にも確実に当てる技が存在する。

 

「上手く避けろよ?」

 

 腰だめに構え、風の塊を掌に作り出す。

 それを掌底の形で撃ち出すことで、天魔の持つあらゆる術よりも速い一撃が生み出される。

 天魔が持つ天狗の最高峰の術と、風を操る術において文すら敵わないと言わしめる技量から放たれる速度たるや、光に迫りかねない。

 見てから回避行動を取る、ないし避ける行動に入っていたとしても、それごと打ち崩す。人間の反応速度で避けられる技ではない必殺のそれを、天魔は迷わず楓へ放つ。

 

「くぅっ……!」

「ハハハ! きっちり反応して切り払うか。だがその風に込めた威力までは殺し切れなかったみたいだな!」

 

 天魔の放った弾丸に楓はかろうじて反応し、直撃を避ける形で切り払いこそしたものの、弾丸に秘められた威力を全て受け流せず、少年の身体が大きく錐揉み回転しながら吹き飛ばされる。

 地面に何度かバウンドした後、回転の勢いを殺しきった楓が再び天魔へ向かう。

 その肉体に目立つ傷はなく、地面を跳ねたことで服に多少の汚れが見受けられる程度。どうやら吹き飛ばされながらも受け身を取り、地面への接地部分を極限まで減らしていたらしい。

 

「そろそろ種明かしとしよう。――天魔、俺が天狗礫を使わなかったのはなぜだと思う?」

「オレに当てられないからだろう。速度を重視する天狗と岩を飛ばす天狗礫は相性が悪い。こいつはもっぱら、人を脅かすための術でもあるからな」

「まあ合っている。ただ、この前の戦いで着想を得た」

 

 要石を操る天人の天子と、彼女の父の戦い方を見ていて天狗礫の使い方を思いついたのだ。

 それが一つ――あらかじめ超上空に天狗礫を放っておき、重力によって加速させたものを着弾させる方法だ。

 

「――上を見ろ天魔。流れる全ての星がお前への攻撃だ」

「思いついたからってやるか普通……!?」

 

 楓の言葉通り上を仰ぎ見た天魔は、空を流れる赤い尾を引いた何かが無数に地上へ落下しているのがわかってしまい頬を引きつらせる。

 

「というかお前、これわざわざ用意しただろ! オレと戦い始めてすぐに作れるような状況じゃない!」

「正解だ。呼び出した時点であらかじめ放っておいた天狗礫だ。――ああ、そうそう。当然だが礫一つ一つにさっき放った紅焔も仕込んであるぞ」

 

 時間はいくらでもあったのだ。仕込めるだけ仕込んでおいてある、と言って楓は先程までの攻勢から一転して距離を取っていく。

 そうしている間にも隕石と見紛う天狗礫は迫り続けており、着弾まで間近となっていた。

 

「オレを倒すためにそこまでやるか!?」

「やるとも。俺にできる全てで勝ちに行かないと負ける相手だと認識している。そら」

 

 楓の声と同時、天魔に迫っていた礫の一つが破裂し、吸血鬼をも倒した炎を撒き散らす。

 十分な距離を取って回避したにも関わらず、紅焔の熱が容赦なく天魔を襲い、皮膚を焼く。

 

「次々行くぞ。――当然、俺は紅焔の範囲まで含めて全て把握しているが」

「ハハッ、ここまで追い込まれたのは何時ぶりだ? 上等だ。この程度の逆境、覆してこその天魔だと教えてやろう!」

 

 状況の悪化に一周して開き直ったのだろう。喰らいつくしてやろうという気概を込めた笑みを浮かべた天魔が、活路は前にしかないと楓の方に向かってくるのに時間はかからなかった。

 そうして、紅い炎が舞い散る空間で二人の天狗の剣舞が途切れることなく響き渡り続けるのであった。

 

 

 

 

 

「――とうとうオレを超えたか」

「卑怯な手を使ったと糾弾してくれても構わないぞ」

「言っても気にしないだろう? だったら言うだけ無駄だ」

 

 戦いの後。楓と天魔はいくらか見晴らしが良くなった天狗の山の頂上でボロボロになった身体を再生していた。

 追い詰められた天魔が守勢を諦め、攻撃に出たことで楓もいくらか手傷を負いはしたものの、最終的には剣術で上回っていた楓が天魔の翼を斬り落とし、地面へ叩きつけたことにより決着となっていた。

 傷が治った天魔は楓のやったことにそこまでやるか、という意味の感嘆をつぶやきこそするものの、恨み言をぶつけることはなかった。

 

「それに正々堂々が勝負だとは言わんよ。伝聞だが、吸血鬼のお嬢さんも似たような真似をしたんだろう」

「結界で空間を区切って、その空間全てを破壊する術をぶつけてきた。転移で逃げなかったら避けることも防ぐこともできない術だ」

 

 できることなら二度と拝みたくない術である、と楓が話すと天魔はくつくつと笑いを漏らす。

 

「そういうことだ。正々堂々なんて言葉が似合うような生き方はしちゃいないんだ。何をやったところで恨むなんてお門違いだ」

「正面からの勝負で天魔に勝てたとは言い難いが」

「剣術でオレを上回ってんだ。どうせあのまま続けても千日手で膠着するのが関の山だ。オレはお前を倒し切る絵面を描けなかったが、お前はオレを倒せる絵面を描けていたんだろう?」

「……まあ、術の打ち合いでも剣の勝負でも勝つ道筋は付けていた」

「それがオレとお前の差、ってことになる。胸を張れ楓。お前はその歳でこと戦闘に関してなら天魔であるオレを上回った」

 

 そう言って天魔は労うように楓の肩を叩く。

 天狗の山に招待して戦った時はまだ危ういところのある少年だったが、いつの間にかここまで大成しているとは。

 これでまだ使っていない術も山程持っており、全てを組み合わせて使った場合、一つや二つの勢力を相手取って戦っても互角以上に戦えると来た。

 

「……天狗の次代も安泰だな」

「何か言ったか?」

「武芸でオレを越えたんだから、次は政治だと言っただけさ。良くも悪くも最近出てきた勢力は人間に対して友好的な連中ばかりだ」

 

 あまり腹芸をする機会もなかっただろう、と天魔が話すと楓は顔をしかめて嫌そうな顔をした。

 

「……覚えていかなければならないことか」

「天魔になるなら避けられないだろうな。人間が絶滅したら困るのは幻想郷共通だからある程度は譲歩するのもうなずける話だが、天狗は別だ」

 

 極論、天狗が滅んだところで幻想郷の大勢には影響が薄い。

 新聞がなくなり、最大勢力の一つがなくなるという大事にはなるだろうが、それだけである。

 

「人間相手なら譲歩する勢力も、天狗相手だとどうなるだろうな。わかり易い例で言えば守矢神社があるか」

「しょっちゅう議論しているとは聞いたことがある」

「ああ。あの手この手で神社の繁栄を狙って結構なことだよ。ありゃ政治家としては一流だな」

「天魔がそこまで言うほどか」

「オレ相手に一歩も譲らない、って時点で相当なやり手だ。今度、機会があったらお前をオレの後継ぎとして議論の場に呼ぶのも面白そうだ」

「……お手柔らかに頼む」

「それは向こうさん次第だな」

 

 まだまだ教えることが多くて何よりである。

 天魔はいつの間にか自分を追い抜いていた少年の、更に育てられる箇所を見つけて呵々大笑と笑い飛ばすのであった。

 

 

 

 

 

 天魔との勝負の帰り道。空を飛んで帰路についていた楓の足元から視線を感じ取る。

 誰からの視線だと思い千里眼で地上を一瞥すると、厄神である鍵山雛が細く白い手を楓に向けて大きく振っているのがわかった。

 何か用があるのかと思い、楓も地上に降り立って雛の前に姿を表す。

 

「手を振っていたから来たが、何か用か?」

 

 楓の質問に雛は答えず、くるくると腕を伸ばして回転しながら楓に近づいてくると、ビシと指差して口を開く。

 

「あなた、厄いわ!」

「開口一番にツイてないと言われる側の気持ちがわかるか? ん?」

「あああちょっと待って頭グリグリしないで痛い痛いぃぃぃぃ!?」

 

 いきなり失礼なことを言ってきた雛の頭を拳で挟んでグリグリした後、頭を押さえて涙目になっている雛に改めて聞く。

 

「で、厄いとは。俺が厄をまとっているのはいつものことだと思っていたが」

「そ、それはその通りなんだけど、今のあなたはちょっとおかしいというか、なんかもう死んでないと不思議なくらい厄が濃いというか」

「背負える厄の量には個人差があると聞く。それとは違うのか?」

「ううん、人それぞれの運不運とかそういう問題じゃなくて――なんていうか、人の悪意を溜め込んでいるような厄を背負っているの」

「……ふむ」

「何か人の恨みを買ったり、呪い殺されたりするようなことをしでかした覚えとかない? 今のあなたが背負う厄は私の領分よ」

 

 雛の言葉を聞いて一つ思いついたことがあった。

 先日、楓が阿礼狂いにした易者のことである。彼には楓が占術を求めた時などに力を貸すよう命じているが、それ以外は自由に過ごして良いと言ってある。

 そして彼から呪術についての本を求められたので、パチュリーの図書館からいくつか写本を作って渡した覚えもある。

 

「……あるな、心当たり」

「あるの? だったら詳しく教えてくれれば私が祓うこともできるけど……」

「いや、時間さえあれば俺を呪い殺せないか試している輩が一族にいるだけだ」

「どういう輩!?」

「それに多少実害が出ても構わないと言ってある。悪いが無視してくれ」

「そっちの狂ったお家事情を一方的に話さないでもらえるかしら!?」

 

 雛が涙目でツッコんできたので、楓は自分の目で阿礼狂いに作り変えたという点はぼかして易者のことを説明する。

 

「――とまあ、そういう事情で好きにさせているやつがいるわけだ。厄が濃くなったのもおそらくその影響だろう」

「え、ええ……。あなたそれでいいの?」

「実害はないんだろう?」

「うーん……首が絞まるとか息苦しいとかない? 普通の人なら発狂死しそうな濃さの厄なんだけど」

「全く」

「人にうつっている様子もない辺り、呪殺の念すら普通に背負い切れているから影響がないのかしら……ああもう、この子が特殊事例過ぎてよくわかんない……!」

「そんな手放しに褒められると照れる」

「褒めてないわよ!」

 

 ぜーぜーと息を荒げていた雛だが、呼吸を落ち着けると同時に考えもまとまったらしく、それでも怪しそうに楓を見上げながらも厄は取り除かないことを選んだ。

 

「……遺憾だけど。非常に遺憾だけど。あなたが問題ないなら私が厄を吸い取る必要はないわね。私は人の背負いきれない厄を背負う厄神だもの」

「そうだな。俺の分は他の人の厄を吸い取ることで相殺してくれ」

「でも良いこと? あなたは人より不幸になりやすい状態になっていることは忘れないで。今、厄を背負い切れているからといって、これからもずっとそうである保証は誰にもできないんだから」

「肝に銘じておこう」

「……私もあなたの家が気になってきたわ。確か人里の外れにあるのよね?」

「うん? ああ、その通りだが、見て面白いものはなにもないぞ」

「あなたみたいに厄が移っても気にしない人ばかりでしょうし、それはそれで面白そうだもの。私が人と気兼ねなく話せるのって珍しいし」

 

 そんなものかとうなずき、訪ねるならお茶ぐらいは出すと約束する。

 

「それじゃそろそろ俺は行く。お前も達者でな」

「あなたも、私がまた会う時まで死なないでね」

「気をつける」

 

 そう言って飛び去っていく楓を見送りながら、雛は顎に手を当てて思案を続けるのであった。

 

 

 

「でもあの子、呪われていることを加味してもあり得ないくらいの厄だったのだけど――これからあの子に苦難でも訪れるのかしら」

 

 

 

 だとしたら、願わくば彼が乗り越えられる試練であることを雛は祈るのであった。

 彼女は厄神。厄を受け取り、厄を貯め込み、そして――厄を背負いきっているものを祝福する者なのだから。




天魔超え(戦闘力)を果たしたお話と、厄神のお話でした。
楓くん、これでも常時呪いを受けている状態です。普段が普段なのであんまり変化はありませんが()

もう少しお話を挟んだら、深秘録に突入してお話も佳境に向かっていきます。
来年中には終わると思われる拙作、最後までお付き合いいただければ幸いです。
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