「もうすぐロープウェーが完成するんですよ」
蛮奇の店で開口一番、フライドポテトをくわえながらつぶやいたのは東風谷早苗だ。
彼女に付き合っている楓は向かいに座り、唐突に発せられた彼女の言葉に返答する。
「知っている。というか安全運転の確認で試乗したじゃないか」
「ええ、何か起こっても大丈夫なように空を飛べる人だけで乗るというのは画期的でした。おかげでロープウェーが落ちても何とかなりましたし」
「絶対落ちないようにしろと河童に命じるハメになったがな」
妖怪の山に落ちてしまうなど、一般の人からすれば死と同義である。
ロープウェーが落下した時、まさにその場にいた楓は当時を思い出してげんなりした顔になる。
「まあ上手く行きそうで何よりだ。事故でも起きたらこちらも甘い顔はできなくなるからな」
「そこは気をつけます。ところで楓くん。間欠泉センターはご存知です?」
「前にお前と顔を合わせた場所か。ああ、覚えている」
「あそこから得られるエネルギーを使用しているわけですが、私はそのエネルギーの発生源を詳しく知らないんですよ」
そういったところは諏訪子様や神奈子様が全部やってしまいまして、と言って早苗は少し恥ずかしそうに笑う。
それを受けて楓もエネルギーとなっている地底の存在を思い出すが、同時に思い出したくない輩も思い出してしまい、顔をしかめる。
「……もしかして俺に地底の妖怪を紹介しろとでも言うつもりじゃないだろうな」
「おお、話が早い! 楓くんなら知ってるでしょうし、私もご挨拶ぐらいはしたいなって」
「嫌だ」
「即答で拒否された!? というか楓くん、今嫌だって言いました!?」
頼めば大体のことは快く引き受けてくれる上、難しいときでもちゃんと理路整然とした理由を話してくれる楓が珍しく自分の感情全開で拒絶してきたため、早苗は目をまんまるにして驚きを隠せない。
「言ったがなにか問題でも」
「い、いえ……楓くんがそんな嫌そうな顔をするのは初めて見たなって……理由を聞いても?」
「あいつが嫌いだからだ。お前も覚えてないか?」
早苗の心にはさとりと一緒に入ったのだ。完全に覚えているかはさておき、うっすらとした記憶ぐらいはあるかもしれない。
「うーん……楓くんには悪いですけど、すごく曖昧なんですよね。楓くんが呼んでくれたのははっきり覚えているんですが、他はほとんど……」
「そうか……まあ人生そういうこともあるし知らない方が良いこともあるから俺はこれで」
「ちょっと待って! 今体よく逃げようとしてますよね!!」
うやむやにしようとしたのに気づかれてしまった。
楓は面倒そうな顔を隠さず席に座り直す。
「そ、そんなに嫌なんですか?」
「ここまで嫌いな相手は後にも先にもあいつだけだと思うぐらいには」
「それじゃあ会わせてもらえませんか?」
「そもそも地底の話は天子に任せて――む」
地底の話は天子にしてくれと言おうとしたところで、楓の腕が急に後ろへ回りなにもない背後を掴む。
何事かと首をひねると楓の手が掴んだ先には無意識を揺蕩う第三の閉じた瞳を持つ少女――古明地こいしがいた。
「ありゃ、バレちゃった。お兄さん、よくわかったね?」
「お前みたいなのがいるとわかってから無意識の警戒もする稽古をしていたが、効果を実感したのは今が最初だ」
「うぇっ!? よく気づきましたね楓くん……」
「いや、俺も掴んでから気づいた」
腕が動いたのは完全な無意識である。
こいしの存在を知ってから常に周囲を警戒するようにしていたが、無意識の領域まで高まっていたとは思っていなかった。
ともあれ腕に掴んだこいしを自分の横の椅子にちょこんと座らせると、面倒そうに頬杖を突いて口を開く。
「で、何の用だ?」
「んー? ふらふらしてたらお姉ちゃんの名前が聞こえたから何だろうって思っただけだよ。というかお兄さん、私も覚りなのに嫌わないんだ?」
「……? なんでお前を嫌う理由があるんだ」
何を言っているのかわからない、と眉をひそめている楓にこいしはどこを見ているのかわからない瞳で天井を仰ぐ。
「だって私、お姉ちゃんの妹だし、嫌われものの覚り妖怪だし。この前はお兄さんに怪我もさせたじゃない」
「あの程度怪我のうちに入らない。それに俺は別に覚り妖怪自体が嫌いなわけじゃない。お前の姉個人が嫌いなんだ」
「お姉ちゃんもそうだけど、この二人よくわかんない……」
「好きなのか嫌いなのかよくわかりませんね」
「見ればわかるだろ」
わからないから唸っているのである。こいしと早苗は顔を見合わせて首を傾げるしかない。
「じゃあお姉ちゃんのどこが嫌いなの?」
「全部」
「具体的にお願いします」
「まず目が嫌いだ。あのこちらを見透かすような思い上がりも甚だしい目で見られると虫酸が走る。次に言動が嫌いだ。わざわざ俺の神経を逆なでするような物言いしかしない上、隙を見せるとすぐ煽ってくる。あいつ絶対覚り妖怪云々以前に性格悪いぞ。次にあいつの戦い方が嫌いだ。俺の力を見てコピーするなど、自分で強くなることを忘れた大馬鹿者以外にありえん。次にあいつの手が嫌いだ。何故か見ているとムカムカしてくる。次に服のセンスが嫌いだ。あいつの隣を歩いていると俺まで変なセンスの持ち主だと思われかねん。次にだな――」
ペラペラと湯水の如く出てくる。楓が指折り数えては戻っていく数の垂れ流される嫌いな部分の話を、早苗たちは圧倒された面持ちで聞くしかなかった。
「緑のお姉さん、これ聞いちゃいけないやつだったんじゃない?」
「今痛感してます」
「……実は私もお姉ちゃんに似たような質問をしたらすごく長くなったんだ」
頭の上から足の爪先までとにかく相手の全てが嫌いで嫌いで仕方がないと、こいしは迂闊な質問をしたことを後悔しながらさとりの話を聞いていた。
やっぱりこの二人一周回っているのでは? という疑問がこいしと早苗の頭に浮かぶが、口に出すことはなかった。これ以上の面倒は嫌だったとも言う。
「――とまあ、俺がさとりを嫌いな理由はわかってくれただろう」
「うんわかったわかった」
「はいもうこの上なく」
「妙に生返事なのが気になるが良しとしよう。で、こいしの用が他にないならどこへなりとも行って良いぞ」
「そろそろお姉ちゃんのところに一回帰ろうかなって思ってたんだけど」
「一人で帰れ」
にべもない楓の返事にこいしは笑ってうなずこうとして、横合いから伸びてきた手に身体を掴まれる。
「え?」
「待ってください。確かこの子は無意識を漂うんですよね?」
「ああ」
「見つけるのは楓くんでも困難。違いますか?」
「いや、合っているが……何が言いたい?」
「この子を地底に連れ帰るのと一緒に、私もさとりさんと会わせてくださいよ。一石二鳥でしょう?」
「えー」
「その露骨に嫌そうな顔にも引きませんよ私は! これを逃したらダメそうな気がしますからね!」
「……一人で帰れないか?」
「いつになるかわからないよ?」
無意識を漂っている間、こいしは誰にも認識されない上、こいし自身も自分の行動を制御できない。
なのでその間に何が起ころうとも彼女は認識できないので、責任は取れないのだ。
「……念のため聞いておくがお前の趣味は何だ?」
「死体集め。あ、死体作成は趣味じゃないよ」
「あの姉にしてこの妹ありか……」
さすがにこれを放置はできない。楓は心底からやりたくないという大きなため息をついた後、こいしの身体を抱えて立ち上がる。
「地底に行くぞ。仕方がないからさとりを紹介してやる」
「やった! それでこそ楓くんです!」
早苗の言葉にもぶすっとした表情しか返すことなく、楓は蛮奇に支払いを済ませて外へ出ていくのであった。
里に出た楓が一直線に向かったのは地底への大穴――ではなく、鈴奈庵だった。
「ここには何かあるんです?」
「あいつとの取引で、定期的に小説を持ってこいという話になっている。この際だからそちらも済ませてしまおうと思ってな」
「なるほど……あれ? ということは楓くんとさとりさんという人は定期的に顔を合わせているんじゃ――」
「邪魔するぞ」
早苗の気づきを無視して楓は鈴奈庵の戸を叩き、こいしを伴って中に入っていく。
中では煙管から煙をくゆらせながら、ゆるりと安楽椅子に腰掛けて本を読むマミゾウの姿と、同じく店番の椅子に座って本を読む小鈴の姿があった。
小鈴は楓の来訪に気づくとパッと顔を輝かせて駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませ! 写本でしたらご用意できておりますよ!」
「全部くれ。金は後ほど女中に向かわせる」
余談だが、楓は定期的に人気の作品などを金に糸目をつけず写本を頼んでいる背景から、すっかり鈴奈庵の上客になっていた。
金払いが良く、時々写本に変な注文を挟むことこそあれど、それ以外に文句を付けることもない彼の注文は鈴奈庵にとって非常に嬉しい収入なのだ。
「かしこまりました! 持ってくるので少々お待ち下さい!」
「ゆっくりでいいぞ。怪我しないようにな」
店の奥に引っ込んでいく小鈴を見送り、楓たちもマミゾウが座っている場所の近くに移動する。
「お姉ちゃんが良く本を読んでるなって思ってたけど、ここで買ってたんだ」
「そういうことだ。向こうとの約束でもある以上、これは守る」
「……あれ? やっぱり楓くんの物言いから察するに、定期的に会ってますよね?」
「想像に任せよう。……まあ、読書自体を悪く言うつもりはない。ここは貸本屋であって、普段は本を貸すことで収入を得ている店だ。早苗も機会があったら利用すると良い」
「そうします。私の持ってきた外の世界の本も役立つでしょうし。……ところで、こいしちゃんはずっと腕に抱えておくんです?」
「そうしないといつ無意識に逃げるかわからんだろうが」
「私にもわかんない!」
どこか嬉しそうな様子で自信満々に話すこいしに、楓は腕に抱えたままため息を吐く。
そんな彼らの様子をマミゾウは本を片手に見ながら小さく笑う。
「ほほ、お主の周りはいつも騒動があるのう。守護者さまや」
「今回は俺も不本意だ。あいつの顔など用もなしに見てたまるか」
「あはは、お姉ちゃん嫌われてるー。まあ妹ながら好かれるタイプじゃないとは思うけど」
「そうだろうそうだろう」
「でもお姉ちゃん、お兄さんのことは認めていると思うよ。本当に嫌いなら視界にも入れないだろうし」
「は? 虫酸が走る」
蛇蝎のごとく嫌う、という言葉の意味を間近で見ていると、早苗はこいしと楓の話を聞きながら思う。
ただ、早苗も楓が本当に嫌っていたら付き合いすら持たないだろう、とは思っていた。彼の付き合いの広さなら人脈を活かせばそれぐらい問題なく行えるはずだ。
それをしない辺り、楓もさとりのことを認めてはいるのだろう。少なくとも自分が直接相対しなければならないと考える程度には。
基本、誰に対しても人当たりが良く、あまり感情を表に出さない割に人懐っこい印象が強い少年の意外な一面を見た気がして早苗もついつい笑ってしまう。楓に恨みがましそうに睨まれてしまい慌てて引っ込めるが。
楓の腕の中で楽しそうに笑っているこいしと、うんざりした様子でそれを眺めている楓と、そんな彼らを楽しそうに見ているマミゾウと早苗に囲まれて少し待っていると、小鈴が店の奥から風呂敷を抱えてやってくる。
「おまたせしました。注文を受けていた本の写本です。今のうちに他の写本も受けておきますか?」
「頼む。金に糸目は付けない」
「ありがとうございます! えへへ、お兄さんのおかげで私のお小遣いもちょっと増えたんですよ」
「売上に貢献しているのか」
「はい、とっても!」
喜色満面といった様子の小鈴に楓は微妙そうな顔になる。
ただでさえ嫌いな相手へ送りつける本で、誰かが喜ぶ姿を見ることになろうとは。
とはいえ本と、それを扱う彼女に罪があるわけではない。楓は小さくうなずくに留めて片手に本の詰まった風呂敷を。もう片方にこいしを抱えて立ち上がるのであった。
地霊殿までの道のりは一直線に向かった。
楓の両腕が塞がっているのでこれ幸いと襲いかかってきた釣瓶落としのキスメを岩窟内で蹴り飛ばして半殺しにし、両手に花かと勘違いして襲ってきた橋姫のパルスィには早苗が嫉妬に駆られる前に橋から蹴り落として地底湖へ落としたりといった出来事があったが、楓の中では些細な出来事の部類だったため割愛する。
「いやいや、私一人だったら結構な大冒険だったと思うんですが……」
「大して話もしてないんだ。先を急ぐぞ」
「楓くんは色々な妖怪に絡まれるんですねえ……」
本当に見ていて飽きない男友達である、としみじみ思っていると今度は見上げるほどの巨体を持つ一本角の妖怪――鬼の少女が空を飛ぶ楓たちの前に現れる。
「よう、楓! お前さんが地底に来るとは珍しいじゃないか! 普段は天人の嬢ちゃんに任せてるんだろ?」
「勇儀か。たまたまこいつを拾ったから届けに行くだけだ」
「ほう、無意識の妹か。よく捕まえたもんだね」
「俺も捕まえてから気づいた。組手の話なら帰る時にしてくれ」
「ん、そうしようかね。私もだいぶ身体の動きに自信がついたところなんだ。お前さんも萃香から聞いたけど、かなり腕を上げたそうじゃないか」
「まだ未熟だ――と謙遜するのが時に侮辱にもなると学ぶ程度には」
楓の答えに勇儀は期待以上だと思ったのだろう。挑戦的に口角を釣り上げると気持ち良さそうに星熊盃の酒を飲み干して道を譲る。
「後で私と戦ってもらおうじゃないか。どれだけ腕を上げたのか、この身で味わわせてもらうよ」
「覚えておこう。早苗、行くぞ」
「……楓くん、本当に良くも悪くも妖怪に絡まれますね」
今度は好奇心からの言葉ではなく、同情からの言葉だった。
しかし同情には当たらないと思っているのか、楓は何も言わず肩をすくめるだけに留める。これで自分の人生や生き方を後悔したことは一度もないのだ。
「ともあれやっと地霊殿だ。……早苗、悪いが開けてくれ」
「え? 楓くんなら蹴破って開けるとかじゃないんです?」
これまでの勢いから察するにそれぐらいやると思っていたのだが、と不思議そうにしながらも早苗は素直に地霊殿の扉を開ける。
「それをやると避けられない」
「は? 避けられないって――」
扉の向こうにはこいしとよく似た少女が立っており、その手には想像するのも怖いくらいの力が収束していて――
「よく来ましたね。死になさい」
「ちょ、これ私巻き添え――」
楓は少女の存在に気づいていたのだろう。一秒先の未来で弾幕に呑み込まれる未来を幻視した早苗の横から飛び出し、腕に抱えているこいしを突き出す。
「こいつがどうなっても良いんだな」
「……っ! 卑怯者!!」
歯ぎしりの音がこちらまで聞こえてきそうな形相でさとりは用意していた弾幕をかき消し、親の仇を見る目で楓を睨む。
「卑怯結構。地上でこいつを見つけてわざわざ持ってきてやったんだ。感謝の一つもあるべきじゃないか?」
「どうせそこの巫女に頼まれたとかでしょう。あなたが自発的に顔を合わせるような殊勝な神経を持ってないことは百も承知です」
「わかってるじゃないか。俺だってこいつを見つけなければこんな場所、二度と来ようと思わなかった」
「それでその風呂敷は……頼んでいる本ですか。……いつぞやに顔を合わせた巫女もいるようですし、お茶ぐらいは出してあげましょう。来なさい」
一方的に言うだけ言って、さとりは踵を返して地霊殿の奥へ向かう。
その後ろを楓たちが追いかけると、応接間のような場所に出た。
そこでさとりは手づから用意した紅茶を楓たちに振る舞い、自分の隣にこいしを招いて座った。
「毒は入れてありません。平伏して飲みなさい」
「俺が淹れた茶より下手だな」
「職務の一つとしている己と比べたがるとは、意識されすぎて困りますね。まああなたに意識されたところで虫唾が走るだけですが」
「負け惜しみもここまで来ると価値があるな。聞くに堪えないという一点も突き詰めれば面白いものだ」
『…………!』
こいしと早苗の二人を完全に無視してメンチの切り合いを始めた楓とさとりの姿を見て、早苗は妙な既視感に襲われる。
さとりと一緒に楓が自分の心の中に入ってきたことは聞いている。もしかしたらそこでも同じようなやり取りがあったのかもしれない。
しかしこれでは話が進まないと早苗は勇気を出して二人の間に割り込む。
「えっとですね! 今日ここに来たのは地上の間欠泉センターのエネルギーをこちらで担っているというお話と、遅くなってしまいましたが私を助けてもらったお礼をしたいと思いまして!」
「別に構いません。対価はこの男からもらってますし、地上のエネルギーに関してはこちらで飼っている妖怪の力を放出したものを勝手に使わせているだけです」
「人の感謝すら信じられないくらいひねくれてしまったんだな。ペットたちもさぞ苦労していることだろう」
「御阿礼の子ばかり考えて人との触れ合いも常に何かを模倣するだけの男が偉そうに囀ってますね。覚り妖怪が嫌われものであることすら知らないとは。あなたも本を読まれては?」
「知ってるに決まってるだろ。お前に限って言えば覚り妖怪の性質以上に素の性格が問題あると誰の目にも明らかだがな」
「くたばれ」
「死ね」
端的な言葉で殺意を表した後、二人は同時にそっぽを向いて黙ってしまう。
この空気を自分でなんとかしなければならないのか。早苗が一気に面倒そうな顔になっていると、不意にさとりが口を開いた。
「……あなたは能力以外何一つ褒めるところのない男ですが、こいしを連れ帰ってきたことには感謝してあげます」
「気持ちがこもってないな。そこに平伏しろ」
「人生最初で最後の感謝は終わりました。こいしも次にこの男を見かけたら容赦なくイタズラしなさい」
「無理だと思うな。この人、無意識の私に気づいたもん」
こいしの言葉を聞いてさとりは大きく舌打ちをする。会う度に面倒な芸を付けてくる男だ。
「だったらさらなる災難に遭うよう祈ります。……次は持ってきた本を検めましょうか」
「今回は突発的な訪問になったから中身の確認はしていない」
「それは素晴らしいことを聞きました」
さとりは風呂敷の中を確認し、本がちゃんと揃っていること。またその内容がバラバラになっていないことを確認する。
やはり選定する本に関しては楓の目を信じても良さそうだ、と楓本人には絶対に言わない評価を下していると、第三の目から読み取れる楓の心に面白いものが浮かんできた。
「ほう? 時間があればいくつか黒塗りにして肝心な部分だけわからなくするつもりだったと? 残念でしたねえ、悪巧みができなくて。うふふ、それなら今回は何の心配もなく――」
「濡れてしまえ」
「――危なっ!? 熱い!?」
言われたことが図星だったのか楓は恥も外聞も投げ捨てて紅茶のカップを本に投げつける。
それは咄嗟に本をかばったさとりに当たるが、楓はそれすらも笑って眺めていた。
「良いザマだ」
「恥って言葉を知らないんですかあなた!?」
「お前が苦しむことと引き換えにできる恥はない」
「苦しみ抜いて死ね……!」
さとりから発せられる射殺すような視線を心地よく受け止め、楓は茶を飲み干して立ち上がった。
「こいしは連れてきたし本も渡した。これ以上の用事もないし俺は帰る。早苗と話していってくれ」
「ええそうしなさい。地底では二度と見たくありません。脳が疼く」
「俺も怒りが再燃しそうだ。お前の顔を見ているとな」
飽きもせず睨み合った後、楓は踵を返してさっさと出ていってしまう。
それを見送るしかなかった早苗は、同じく残されていたこいしから話しかけられる。
「お姉さんも大変だね?」
「今回に限って言えばこいしちゃんも大変では?」
「なんかもうこの二人はずっとこうなんだろうなって思ったら力が抜けちゃった」
お互い蛇蝎のごとく嫌っているくせ、不思議と波長が合っているのかやり取りが淀むことはなく。
こいしは仕方のない姉だとばかりにどこか大人びた笑みを浮かべる。
「お姉さんも気にしない方が良いよ? お兄さんもだけど、誰が何を言っても変わらないと思う」
「それは実感しました」
「わかっていただけて何よりです。私はあの男を生涯許しませんし、あの男も同じでしょう」
「あ、落ち着いたんです?」
「私はもともと落ち着いてます。まるであの男と一緒だと冷静さを失うみたいな物言いじゃないですか」
実際そのとおりでは、と指摘するのが余計な面倒事を招くことになるのは早苗にもわかっていた。
「改めて言いますがそちらの感謝は不要です。私も私なりのメリットがあった行いでした」
「それでも助けてくれたのは事実ですから」
「……あんな男の友人であることが信じられない人ですね。何か弱みでも握られてます?」
早苗の感謝が本心であることを知り、目を丸くして驚いているさとりに早苗は何も言わず困ったように笑うだけに留める。
「あはははは……。そ、それで話は変わりますけど間欠泉センターのエネルギーがあるじゃないですか。あれを使ってですね――」
そしてある意味今回やってきた本題である――間欠泉センターのエネルギーを使った新事業をさとりに持ちかけるのであった。
かくして日の目を見ることになった早苗渾身の力作である巨大ロボット――非想天則は河童が当然のように盛り込んだ自爆システムで幻想郷に一悶着を起こし、楓たちが総出で爆弾の解除に臨む一幕が生まれたらしいが――これは楓の物語が一段落した後の話となるため、筆を置こう。