阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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死を蒐集する桜

 楓の魔眼の有効射程はおよそ千里眼で見渡せる距離全てとなるが、ここで問題が発生する。

 

「いかん、離れると抵抗が強まる。逃げようと思ったが逃げられん」

「もっと目について知っておきなさいよ!?」

「こんな状況想定できるか! 機会がなければ一生使う予定がなかった目だぞ!」

 

 皮肉にも能力の特性以外を解明していなかったため、相手の強弱に応じて術者――楓の距離が離れすぎると効果が薄れることが今判明してしまう。

 まして相手は死の概念と化した、八雲紫や西行寺幽々子ですら封印という手段しか取れなかった妖怪桜。

 楓たちは魔眼に全てを任せて離脱するわけにもいかず、その場に留まって戦う以外の選択肢が消えていた。

 ズキズキと針を刺すような痛みを訴え始めた目から意識を外し、楓は今すぐわかったことを伝えていく。

 

「抵抗がかなり強い。全力でかけているが時間がかかる! あと俺が距離を取ると魔眼の効果が千切れかねない! こんな暴れる魂初めてだ!」

「具体的にヤバさを説明して!」

「俺の魔眼は基本、発動できたらスキマでも抵抗が無理」

「それに抵抗して暴れまわってるこいつは途轍もなく強いってことですよね!?」

 

 振るわれる枝を間一髪で避けた妖夢の質問に首肯を返す。能力や技量はさておき、妖怪としての格で語るなら西行妖は紫や幽々子を凌ぐ領域にあるのだろう。

 

「とにかくこいつから一定の距離を保って耐える必要がある。あと繭の中の幽々子を引きずり出すのも考えねばならん」

「そっちは私と紫、妖夢でなんとかするわ。あんたは魔眼に集中して」

「集中は切らしていない……っと!」

 

 楓は槍の如き鋭さで伸ばされた枝を避け、振るった手刀に風をまとわせて枝を切り落とす。

 切り離された枝葉に死の力は付与されていないのか、みるみるうちに枯れ果てて消えていく。

 紫や霊夢、妖夢らにも枝葉の魔手は伸ばされ、うねうねとした不規則な軌道を描いて迫り来る。

 理性のない本能に従った動きだが、触れれば即死であり、防御は通じない。霊夢たちは冷や汗を浮かべながらそれらを避けることに注力し、避ける場所がなくなることを避けようと懸命に動いていた。

 

「今どのくらい終わったのよ!?」

「まだ半分も終わってない! ここまで強い魂なんて見たことないぞ!?」

 

 楓の魔眼から発せられる不可視の魂を縛る鎖は西行妖を捉えているが、西行妖は楓をして恐ろしいと言わしめるほどの抵抗を見せていた。

 すでに楓の両目からは魔眼の過負荷による血が流れ、赤い筋がいくつも生まれている。

 

「この魔眼、相手次第だと負担があるってことも初めて知った」

「そっちが途中で潰れたりしないでよね!? その目、視力がなくなったら終わりでしょ!」

「目を開けて相手の位置さえわかっていれば魔眼は何とかなる。死んでも目は閉じないからそこは安心しろ」

 

 それに血の涙が流れていても視界には問題ない。

 むしろ冴え渡っているとすら言えた。本来の用途で使える魔眼は西行妖の魂を完璧に捉え、その枝葉の動きまで隅々まで見切っている。

 今も全方位へ広がるように伸びた枝を全て紙一重で避けていた。

 しかし同じく回避に専念している霊夢たちからは冷や汗モノだったようで、非難の声が上がる。

 

「ちょっと! あんたが死んだら終わりなんだからもっと後ろ下がってなさいよ!?」

「これ以上下がると魔眼の効果が落ちる。回避と防御に専念するだけなら自分でどうにかするから、幽々子を引っ張り出す方法を考えてくれ」

「死んだら末代まで呪うわよ……!」

 

 巫女の霊夢が言うと洒落に聞こえない言葉を右から左に流しつつ、楓は変わらず目から血を流しながらも平静を保って状況を見直す。

 

「妖夢、あれに近づいて一太刀入れてこいと言われたら可能か?」

「今の楓よりは上手くやりますよ」

「その意気だ。スキマ、彼女の奪還に必要なものはあるか」

「封印を通じて彼女と西行妖の繋がりが強まっている、と仮定した場合、西行妖から引き離せないほどに癒着している可能性もあるわ」

「引き剥がす術は」

「――私を誰だと思っているのかしら。境界を操る私にとって、曖昧なものを二つに分けるなんて造作も無いこと」

 

 つまり紫がいなかったら詰んでいた可能性が高いのだ。

 つくづく彼女が冬眠する前で良かったと内心で考えながら楓は手早く頭の中で作戦をまとめていく。

 そうしている間にもムチのごとくしなる枝が振り下ろされるが、ただ速いだけで振り回される程度なら避けることに苦労もない。

 しかし西行妖は捉えられない彼女らに業を煮やしたのか、枝葉の数を一気に増やすとそれらを有機的に蠢かせながらこちらに殺到してくる。

 その勢いたるや、枝の津波とすら形容できるもので楓たちもこれには大きく距離を取らざるを得なかった。

 

「む……」

「近づくどころの話じゃないわよこれ! 楓、考察!」

「人の死を蒐集したと言っているが、妖怪桜に特定の感情だけを集めるような機能はないはずだ。となるとこいつは今まさに人の悪意でも吸い取った――あっ」

 

 洗濯物を取り込むのを忘れていたような、そんな気の抜けた声が楓から溢れる。

 普段から言葉を乱すことなく、冷静な楓が珍しい声を発したので三人の視線が集まるが、楓はすぐに咳払いをしてごまかす。

 

「――とにかく、やつは何かしらの学習をしているのだろう。理性による学習か、本能による察知かはさておき」

「ねえ、今のあっ、って何よ」

「今重要なことではない。それより目の前の問題だ」

「明らかに楓を狙い始めてますよね。それに動きにも読みが混ざりはじめてます」

「そうなる……っと」

 

 楓を取り囲むように覆われた枝を霊夢が札で薙ぎ払い、楓も刀を振るって風で切り払う。

 

「死ぬは死ぬけど、意外とやりやすいわね。術も使い捨てと割り切れば効果はあるわけだし」

「だが現状を維持しても状況が改善しない。というか早いところ幽々子を引っ張り出さないと彼女ごと阿礼狂いになるぞ」

 

 それはそれで楓に得がありそうだが、さすがに彼も冥界の管理者を阿礼狂いに堕とした影響は予想できなかった。

 幽々子は大切な文通仲間でもあるのだ。助けられるならそれに越したことはない。

 ……それに人の悪意を吸い取ったと考えて思い当たるフシがあったのだ。具体的には易者を好きにさせ、自身を呪うがままにさせている。

 万が一それが原因だとしたら、この状況も楓の招いた自業自得ということになる。さすがに自業自得に巻き込んでしまった挙げ句、阿礼狂いにまで変えてしまうのは罪悪感があった。

 

「大変じゃないですか!? は、早く助けに行きましょう!」

「霊夢、悪いが俺は直接的に動けない。この距離で魔眼に注力する」

「オッケー! じゃあ紫、私に合わせられる!?」

「冬眠前とはいえ、あなたに合わせられないほど耄碌した覚えはないわよ」

「妖夢も! あんたも要だからね!」

「おまかせを。今この一時、主のために全てを斬って捨てましょう」

 

 矢継ぎ早に声をかけた後、楓はその場に留まって魔眼に集中する。

 目から流れる血の量が増え、妖しく光る碧の目が真紅に染まっていく。

 よしんば全て上手く行ったとしても、しばらくは視力の喪失が免れないか。しかし半妖の身であるためいずれは治る。

 ならばこの程度の損失、安い出費である。楓は魔眼の出力を強めるとともに痛みが酷くなっていくのを無視して西行妖を睨む。

 

(楓の魔眼が頼りだけど本人もよくわかってないことが多い魔眼だし、負担は本人が言うより重いでしょうね。そもそも魂を縛るなんて破格の効果をあいつが軽く扱いすぎてんのよ)

 

 霊夢はほぼ直感に依るものだが、楓の魔眼について正確なところを察していた。

 しかし楓が言い出さない以上、霊夢も聞かない。これは兄妹として育ってきた彼女なりの兄への気遣いでもある。

 

「――妖夢! 幽々子までの道をどうにかして切り開いて! 紫は桜と幽々子の切り離し! 引っ張り出すのは私がやる!」

「わかりました! ――いえ、待って!」

 

 妖夢が制止すると同時、西行妖は何らかの意思を持って明確に楓に狙いを定める。

 これまでただ無規則に揺らされていた枝葉まで全てが楓に殺到していく。

 楓に避ける素振りはない。既に視力を失っているのか、両目だけが奇妙な輝きを放って西行妖を睨みつけるばかり。

 

「楓!!」

「心配するな、まだ見えている」

 

 言葉と同時、楓は両腕を枝葉に向けて差し出す。

 その腕に枝が触れた瞬間、楓の両腕が黒く変色して砂塵の如く散っていく。

 

「後で治る部分ならくれてやる。邪魔をするな!」

 

 両腕を差し出して西行妖の攻撃を誘導、集中させる。

 そして自らの風で両腕を斬り落とし、自身は動かずに攻撃をいなしきってみせたのだ。

 なおも楓に追いすがる枝を避けながら楓が叫ぶ。

 

「こっちに気が向いているうちに急げ!」

「妖夢、先陣任せた!!」

「行きます――!」

 

 楓は魔眼による西行妖への束縛と変化。霊夢は全体の司令塔をこなしつつ、幽々子を引きずり出す隙を虎視眈々と狙っている。紫は霊夢らの奮戦に頬を緩めながらも、自らもスキマを操って自分たちを援護している。

 皆が皆、それぞれの役割を理解して果たしているのだ。

 妖夢もまた自らに課した役目を果たすべく、足に力を込める。

 

 

 

 即ちこの身にできること――唯斬ることだけを突き詰めるのだ。

 

 

 

 もはや前以外見ない。思考も全て道を切り拓くことの一点に集中し、主である幽々子のことすらも一時外に放り投げる。

 周囲を蠢く、触れたら即死の枝葉も視界から外す。眼前に広がる、これから切り拓く繭以外は全て些事と割り切って良い。

 

「――っ!」

 

 短い呼気とともに楼観剣を両手で握り、大上段に構える。そして何もかもを置き去りにして――一閃。

 

「――四生剣。衆生無常の響き」

 

 未だ半人前で楓にも大きく差を開けられてしまった身なれど、この一太刀だけは影を踏むことすら許さない。

 天狗の目をも欺く、これまでの生涯で紛れもなく最高の一太刀。結果を気にすることすらせず、妖夢は悠然と楼観剣を収めた。

 今の一太刀でダメなら自分が全霊を注いだところでできることがない。失敗に終わっていたら潔く死のうとすら思うものだったのだ。

 

「――道は切り拓きましたよ」

「――よくやったわ妖夢!」

 

 次に飛び出したのは霊夢だ。自らの身体を空に浮かせることで西行妖の枝葉も意に介さず前進を可能にする。

 妖夢の一閃が幽々子を取り込んでいた繭を切り拓き、彼女の姿を露わにしていた。

 胸や身体のそこかしこから西行妖が伸びる姿は痛々しいの一言だが、今はそんな感想を浮かべている状況ではない。

 慎重に幽々子の身体だけを抱き留め、全力で後ろに下がって彼女の身体を繭から引きずり出していく。

 

「紫!!」

「――木と身体の境界、なんていじるのは後にも先にもこれだけでしょうね!」

 

 紫が腕を振るうと一瞬だけ幽々子の身体にスキマが開き、閉じた時にはすでに西行妖の枝が残らず身体から消えていた。

 主を失った枝葉が狂ったように暴れまわり、幽々子に枝を伸ばすが霊夢の方が速い。

 身体を空に浮かせ、幽々子と触れている部分のみを浮かせないという器用な芸当をもって、幽々子の身体を西行妖から引き剥がすことに成功したのだ。

 

「――楓!!」

「言われずとも!」

 

 後顧の憂いがなくなれば楓に能力の加減をする必要はなくなる。

 もとより加減などしていなかったが、それでも効力を強めるため楓は前に出る。

 封印となっていた幽々子の依代を失い、力そのものが急速に消えつつある西行妖はもはや誰でも構わぬと枝葉を伸ばしているが、それに恐れることなく進んでいく。

 

「霊夢!」

「もう吹っ飛ばして良いのよね!」

 

 手加減をなくし、一度きりであると割り切った霊夢の札や針が乱れ飛び、楓に殺到する枝葉を撃ち落とす。

 そして楓は目と鼻の先まで近づいた西行妖を睨みつけ、目から血が噴き出るのも構わず目を見開いた。

 

「――死の蒐集は終わりだ。その命、御阿礼の子に捧げろ」

 

 

 

 

 

 西行妖が動きを止める。

 ゆっくりと速度が失われる動きではなく、時間が止まったが如くピタリと静止する。

 

「……終わった、んですか?」

「ああ」

 

 恐る恐るといった様子の妖夢に応えたのは楓だった。

 西行妖を睨んだまま微動だにしなかった楓が立ち上がり、妖夢の方へ目を閉じて振り返る。

 

「俺の魔眼は確かに効果を発揮した。もうこいつは死の概念を内包しているが、それ以上に阿礼狂いだ」

「……咲くことはないのね」

「御阿礼の子が来ない限り咲かないだろう。お前の美しさは死を惹き付けるものではない。御阿礼の子を楽しませるものだ。未来永劫、変わらずに」

「……本当にとんでもない魔眼ね。一度変えたら不可逆で、自害すらも許されなくなるなんて」

「今回で問題点も見つかった。妖怪としての力が相応に大きければ抵抗もできる。おかげで目が潰れた」

「そうでしたわ。あなたの傷は大丈夫?」

 

 紫の視線の先には両肩から先がなく、赤い筋を幾本も作りながら目を閉じている楓がいた。

 少しでも触れれば死ぬ存在が相手だったため、妖夢や霊夢には傷がないが、集中して狙われた上に魔眼の負荷もあった楓はほぼ満身創痍の状態となっている。

 両肩の傷も周辺が黒ずんでおり、遅々として再生が進んでいない様子だった。

 

「以前にこの傷は体験したことがある。極端に遅いが治ることは治る」

「どういったものなの、これ?」

「推測が混じるが魂が傷ついたときの傷だ。手足が飛んでも動じない稽古を積んだ俺でも痛いし、治りも遅い」

「痛むの?」

「叫ぶかうずくまりたいぐらいには」

 

 霊夢が楓の顔をよく見ると、潰れてしまった目の部分以外に額などにも堪えの汗が浮かんでいた。

 要するに今の今まで彼はやせ我慢をして必死に耐えながら戦っていただけなのだ。

 それがわかると霊夢はこれみよがしに呆れのため息をつき、楓の肩を叩く。

 

「痛っ!?」

「そういう身を削る戦い方はやめろって爺さんにも言われたでしょう。万が一治らない傷だったらあんた一生腕なしになるのよ?」

「しかしあの場で動かず攻撃を捌くにはあれ以外思いつかなかった」

「素直に下がれば良いじゃない。それぐらいで死ぬようなヤワな連中はいないわよ」

「……そうか、そうだな。すまない、気負っていた」

 

 楓は素直に認めて頭を下げ、霊夢たちを無意識のうちに侮っていたことを謝罪する。

 

「まあ過ぎたことだ。それに俺の目も腕も一日あれば治る。……っと」

「ああもう、言わんこっちゃない」

 

 痛みによるものか動きがふらついた楓を霊夢がすかさず支える。

 その様子を見た妖夢はこの二人、なんだかんだ言って仲が良いなと思いながら自身も幽々子の方に駆け寄った。

 

「紫さま。幽々子さまの様子は……」

「軽く調べているけど問題ないわ。亡霊のまま安定している様子に見える」

「そうですか、良かった……」

「……そうね。楓や霊夢がいる時で良かったわね。誰もいなかったら詰んでいた」

「……そのことなのですが、紫さま。幽々子さまの事情や楓たちが知っていた様子については説明していただけますか?」

 

 妖夢の言葉に眠っている幽々子を見つめていた紫はゆるりと顔を上げ、言うべきか言わざるべきかを一瞬のうちに膨大な計算を行う。

 しかし紫が口を開く前に楓が口を開き、その機先を制する。

 

「重要な部分は話せない。性格的にどうこうではなく、知っている人間が少なければ少ないほど良い類の情報だ」

「む……ですが私も既に当事者です」

「俺も別の人から教えられたが、それだけでも相当なリスクになる。納得してくれと言う気はないが、理解はして欲しい」

 

 紫から教えられたことはあえてボカしておく。

 妖夢でも教えた存在が誰かぐらいすぐにわかるだろうが、それでも言えないほどの事情があると思わせたかった。

 

「……私以外なら話すものですか?」

「いや。幽々子が相手でも話すつもりはない。もう西行妖が復活する心配もなくなった以上、俺が知っていることは墓場まで持っていくつもりだ」

「霊夢は?」

「ん? 博麗の巫女としてのお役目、って言われりゃ納得するわよ。別に詳しい理由を知ったところで何か変わるってわけでもなし」

「むむ……」

 

 納得できないのは自分だけらしい。

 主である幽々子に深く関わっていそうなため、妖夢としては是が非でも聞き出したいのだが、この場で口を開きそうな人は誰もいなかった。

 やがて妖夢は大きくため息をつくと、仕方がないと諦める。

 

「……楓は身体を張りましたから、それで納得します。もう同じことは起きないと思いますが、冥界で何かあったらまた力になってくださいね」

「約束しよう。……そもそも今回の一件も俺が原因にありそうな気もするが」

「何か言いました?」

「何も。さて、そろそろ部屋に戻って休むか。俺もさすがに疲れた」

 

 眠っている幽々子のこともあるので、外ではなく客間に戻ろうとしたところで楓の背中を支えていた霊夢がその背をつねる。

 

「私は聞き逃してないわよ。ちょっとそこに正座」

「いや幽々子もまだ眠っているし場所を移してでも――」

「座れ」

 

 肩に思いっきり力を込められてしまい、両腕も治り切っていない楓には大人しく座る以外の道が残されていなかった。

 

「…………」

「あんたの知っている心当たりをキリキリ吐きなさい。考えてみればおかしいわよね、今回の花見にいきなり私を誘うなんて」

 

 光を失っている楓の顔が明らかに助けを求めるように動く。

 しかし今の霊夢に逆らおうという気は誰も起きず、また原因に心当たりがあるなら知っておきたいという意味もあって助け舟が出されることはなかった。

 

「……黙秘ではダメか?」

「そんなこと聞くんだ。さっきの幽々子の話だと話すこと自体が危ないって言い回しだったのに。てことはあんたが知っている事情はあんたが知られたくない以上のものではない。違う?」

「……先に言っておくが、合っているかはわからんぞ。単なる憶測だ」

 

 やがてごまかせないと観念したのか、楓が渋々その口を開いて語り始める。

 

「まず西行妖は人の死を惹き付けて死なせる妖怪桜だ」

「そうね。で?」

「だが、妖怪桜に特定の感情だけを蒐集する機能はない。人を魅入らせて死なせる習性があったとして、桜に向けられる感情も桜を美しくするために蒐集するだろう」

「ふむ」

「……実は最近、厄神から驚かれるほどに人の呪いを背負う機会があってな。西行妖の封印が弱まった原因は自分にあるんじゃないかと思った次第だ」

 

 霊夢たちは思わず顔を見合わせてしまう。

 今語ったことが事実と相違する可能性はあるが、概ね正しいと誰もが思っていた。

 人の想念を吸収して咲き誇る桜が楓のまとう悪意を吸い取ってしまい、幽々子の封印を上回ったのだ。

 

「あんたのせいか!」

「だから身体張ったんだよ! それに俺だって全部が全部予想できたわけじゃない!」

「故意だったら私があんたを退治してるわよ! 災難体質だとばっかり思ってたけどとうとう他人の災難まで起こし始めて!」

「気づいたのは途中からで、だからこそ解決に尽力したんだ! そもそも俺がキッカケだとしても、その程度で緩むような封印なら俺がいなくても遅かれ早かれだっただろ!」

「む……」

「俺と霊夢もいたからスキマを呼べて、スキマを含めた全員がいたから幽々子を助け出せた。誰か一人でも欠けていたら誰かが死んでいた。そう考えれば僥倖だと思わないか?」

 

 それは事実である。仮に妖夢と幽々子が二人だけの時に事態が起きていたら、誰もどうすることもできず西行妖が咲くばかりだった。

 楓の指摘に霊夢が黙ると、紫がスキマから取り出した扇子を弄びながら話を締めくくる。

 

「楓も故意でやったわけではありませんし、何より解決に尽力してくれました。その功績を持って相殺としましょう」

「私だけ巻き込まれ損じゃない?」

「食事に釣られたお前が悪い痛っ!?」

 

 思ったことをそのまま口に出した楓の頭上に陰陽玉が落とされる。

 腕を失くして力が落ちている楓なのでやりたい放題をしている霊夢を見て、紫は困ったように笑って博麗の巫女への褒美を提案した。

 

「だったら私の方から何か物を贈りますわ。それで許してもらえるかしら」

「それが聞きたかったのよ! いやー、紫は話がわかるわね」

「物欲の権化ね……」

 

 妖夢は呆れた顔を隠さず、紫から幽々子の身体を受け取って抱え上げる。

 肉の熱を持たぬ冷たい身体だが、だからこそ長年一緒にいた亡霊の幽々子であると実感できる。

 大変な騒動であり、一歩間違えば誰かどころか全員が死んでいたかもしれない事態だったが、無事に乗り越えて幽々子を救い出せたのだ。

 

「――楓」

「ん?」

「後で幽々子さまと一緒に言うけど、私から先に言わせて。――幽々子さまを助けてくれてありがとう」

「……どういたしまして。解決の一助になったのなら幸いだ」

 

 万感の思いを込めて微笑んだ妖夢に、楓もその顔が見えずとも察して笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 かくして、スキマ妖怪ですらも持て余す妖怪桜、西行妖の異変はここに終了する。

 残された桜は御阿礼の子が冥界を訪れる時まで未来永劫咲き誇ることはなく、人を死に誘うこともなくなり。

 動くこともできない妖怪桜はその時が来るまでひたすら待ち続けることしかできなかったが、そこまでが楓の意図したものだった。

 人の死を操り、奪い、咲き誇ろうとした桜への罰として似合いの末路だと思ったのだ。

 

 そして後日目を覚ました幽々子は不思議と心が軽くなることに首を傾げながらも、妖夢たちから異変の話を聞いては楽しむ日々に戻っていく。

 

 

 

 ――そして、今日も白玉楼では見事な桜が咲き誇るのであった。




西行妖戦でした。こいつ自分の身体が一番消耗のきくものだと思ってるな……。

また少しのんびりした後、今度は深秘録が始まります。
深秘録では阿求がお祭り騒ぎに参戦する予定です。楓たち視点の情報ではライトな異変となるため、楽しむ感じのお話にする予定です。
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