阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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物語も最終盤に入っていることと、そのつなぎ的なお話です。やや短めで申し訳ない(土下座)


楓の一日の始まり

 西行妖の一件から数日。人里にもとうとう雪が降るようになり始め、本格的な冬が到来したと皆が冬ごもりを始める頃。

 楓は今日も今日とて変わらず朝から稽古を行うべく屋敷の庭先で構えを取っていた。

 

「…………」

『……楓、また腕上げたよね。とうとう目を瞑ってても私がわかるようになるなんて』

「純粋な死の概念と相対したからか、妙に感覚が鋭くなった。第六感に近いが」

『それでも凄いよ。殺意も敵意もない私の接近を全部看破するんだから』

「なぜかと聞かれると自分でも答えられないが、一歩前進したと考えよう」

 

 誠に遺憾ながら自分の周りでは騒動が事欠かないため、何かと経験を積む機会に恵まれている。

 父の背も間近に見えてきたと振り返りながら、楓は椿と向き合って稽古を再開する。

 

「そろそろ休憩も終わりだ。まだ時間はある」

『はーいっと。でもこの前の桜は力になれなくてごめんね?』

「良い。触れたら死ぬ相手だとお前もどうなるかわからなかった」

 

 楓にしか見えないとはいえ、そこにいるのは確かなのだ。死そのものと化した西行妖が触れることで何かが起きないとも限らない。

 それに楓が前に出ず魔眼に注力していたため、椿も動くことなく楓と一緒に見守っていた次第だった。

 

『でも凄いものもあるもんだよね。妖怪桜は人を美しさで魅入らせて死に誘う、ってのは知ってるけど人を死に誘いすぎて死そのものになった妖怪桜とか初めて見たよ』

「冥界の管理を幽々子に任せているのもうなずける話だったな。というより、西行妖の封印の楔に幽々子の死体が使われているから、彼女が管理者になっているんだろう」

 

 幽々子が今後も知ることはないだろうし、楓も実際に目にすることはないものだ。

 真実こそ伝えなかったものの、妖夢もあの桜の危険性は重々理解したはずなので、仮に幽々子が興味を持ったとしても妖夢が止めてくれるはずである。

 

「しかし幻想郷は恐ろしい場所だ。あんな桜まであるとは」

『それを目覚めさせた楓が一番おっかないんじゃ――痛っ!?』

「我ながら考えすぎだと思うような保険が見事に効果を発揮したからな……」

 

 余計なことを言った椿にげんこつを落としながら、楓も自分の間の悪さにはほとほと呆れている。

 後で笑い話にでもなれば良いと思っていた霊夢の同行が、西行妖との戦いでは魔眼に注力する楓の代わりに司令塔を果たして見せたのだ。

 自分は成長していると思っていたが、霊夢も霊夢で成長していたらしい。他者への指示の出し方が手慣れたものになっていた。

 

「……霊夢には負けてられない、か。椿、構えろ」

『はいはいっと。私も楓に置いていかれないように頑張るかな、っと!』

 

 言葉と同時、椿の長刀が楓の頭目掛けて振るわれる。

 予備動作の類をほぼ排した、無拍子に近い斬撃にしかし楓は首を微かに動かすだけで回避する。

 

『ひゅっ!』

 

 一息の間に繰り出される剣閃は数えて六つ。どれか一つでも身体で受けてしまったらそのまま主導権を握られ、詰められる。

 楓の使う剣術を汲んだ動きに楓はわずかに目を細め、自身も長刀を振るってその斬撃を受け流す。

 

『せいっ!』

 

 受け流された斬撃の勢いを損なうことなく、続けざまの連撃が四方八方から放たれるも、楓の身体をかすめるものは一つとして存在しない。

 僅かな足さばきだけで避けられるか、長刀で同じように受け流されるのだ。

 楓の作り出す刃の牙城は今や誰も寄せ付けない堅牢な城壁となっており、椿にはこれを単身で越えられるイメージが持てないもの。

 

 しかし諦める気はサラサラない。刀を握る手を引き戻し、顔の横に地面と水平に構え直す。

 突きの構え。それも防がれた場合を考えない渾身の一突き。

 数を増やしても全て見切られ、対応されるならば乾坤一擲の一撃で決める。そんな気迫の見える突きに楓は僅かに目を細め、次いで放たれた突きを紙一重で避ける。

 

「――っ!」

 

 頬に熱が走る。紙一重で避けたつもりだったが、見極めが甘かった。

 否、これは椿の成長だろうと結論づけ、渾身の突きを放った後の椿に自らの長刀を突きつけた。

 

「最後の突きは見事だった。きっちり避けたつもりだったが俺の予測を上回ったな」

『これがダメならどうしようもないって気持ちで放ったからね。全身全霊なら指ぐらいは届くわけだ』

「それも避けられない俺の未熟……よりはお前の成長と言うべきか。腕を上げている」

『使う機会は殆どないけど、やってないとなんとなく落ち着かないんだ。やっぱり楓と勝負したいのかも』

「なんでもありだと俺が圧勝するだけだろ」

『そうなんだけどね!! 楓がおかしいんだよ! 色々な妖怪見てきたけど、楓みたいに使える術を何でも覚える人なんていないじゃん!』

「取れる手段が多いに越したことはないだろう。まあ他の連中は俺ほど必要に駆られていないというのもあると思うが」

 

 楓には父親を越えるという、御阿礼の子の側仕えを受け継いだ時から掲げている大きな目標がある。

 目標があるためにその過程で助けとなり得るものは全て取り入れるし、己の血肉に変えてきた。

 幻想郷の他の面々にはそういった目標や目的が薄いか、目的のために武力が必要ではないものが多い。

 彼女らからすれば、今や幻想郷でも頂点に位置するほどに力を付けた楓が今なお、必死に力を追い求めている姿の方が不思議に映るだろう。

 

「俺が力を求めるのももうすぐ終わりだ。それが終わったらしばらくはみっちり稽古を付けてやる。喜べ」

『わ、わーい……』

「さて、朝の稽古はこれぐらいにして――む?」

 

 千里眼で見慣れないものが飛んでいるのを捉えた楓が怪訝そうな顔で空を見上げる。

 反物や黄金といった金銀財宝を山のように抱えた衣玖がよたよたと危なっかしい飛行でこちらに向かってきていたのだ。

 

「ああ旦那様。少しお手を借りてもよろしいでしょうか。よろしいですね助かります」

 

 衣玖は楓を見つけると一直線に向かってきて、いっぱいに抱えた金銀財宝を強引に押し付けてくる。

 

「いや何も言ってないが」

「そう言っても持ってくれる旦那さまのことが好きですよ」

「で、これは一体?」

「総領様からの贈り物です。あ、こちら私の方で受け取りました手紙です」

「手紙?」

 

 楓が術を使って宝物を浮かせると、衣玖から渡された手紙に目を落とす。

 

「総領様も何か思うところがあったのでしょう。地上に追放された総領娘様を養っている旦那様をいたく気にかけておられました」

「ふむ……手紙にも似たようなことが書いてあるな。しかし天子、あいつどれだけ放蕩娘だと思われているんだ……」

「相当ですね。ぶっちゃけ千年間天界で好き放題生きてきた人の手綱握れる人なんてそうそういませんよ」

「ちゃんと話せば普通に応えてくれるやつだと思うんだが……」

「特に旦那様は総領娘様が欲してやまない冒険を提供してくれますからね。あなたのためなら多少の労苦は飲み込んで協力しているのでしょう」

「…………」

 

 好きで冒険を提供しているわけじゃないと言いたかった楓だが、これまでの実績からして否定できる要素が何一つとしてなかった。

 しかめっ面になる楓に衣玖は相変わらず感情の読めない無表情で、先ほどの宝物についても説明を加えていく。

 

「なのでまあ、総領様は旦那様が地上でいたく苦労なさっていると思っているのです。金銭で代替できるものではないでしょうが、どうせ天界にあっても無用の長物。これだけ貯め込んでいたなら私の給料ももっと上げろよチクショウという内心の抗議も無視し、総領様がお贈りになったのです」

「なるほど、おおよその事情は把握した。そういう申し出ならありがたく受け取ろう」

「え、いらない? じゃあ私の懐に入れさせてもらいますねすみません調子乗りました無言の拳骨はご勘弁を」

「ありがたく受け取るって言ってるだろ」

 

 清貧を気取っているわけでもないのだ。消費に興味のある連中がいないから結果的にそうなっているだけであって、財があって困ることはない。

 

「ではこれを機に私の給料を上げてください」

「どんな機なのか知らんが、働きぶりに見合った給料は支払っていると思うぞ。それ以外で何か入用なら言ってくれれば相談に乗るが」

「いえ別に言ってみて損はないかと思って言ってみているだけです。衣食住も担保してくれますし、旦那様の職場は割と理想的な環境です。仕事量の多さを除けば」

「そのペラペラ回る口は損だと思うぞ……」

 

 おかげで未だに衣玖の性格が掴めないのだ。

 掴みどころのなさで彼女以上はちょっと思い浮かばない楓だった。

 

「ところで旦那様はこの受け取った宝物の使いみちはすでにお考えで?」

「今の所天子は俺の家で目立つ不満もなく過ごしているが、今後もそうだとは限らないしその時の資金源にでもしようかと」

「ふむ、私が家を出たい場合にも援助はしてくれますか?」

「対応を変えるつもりはないぞ。お前と天子どちらにも助けられている身だ」

「私と総領娘様を同じ位置で見てくれていることが意外でした。さては旦那様、私の美貌にやられましたね。罪な女になったものです」

 

 なぜかくるくると回って踊り始めた衣玖を無視して楓は宝物を抱え直し、屋敷に戻り始める。

 

「宝物はこっちでしまっておくからお前は戻っていいぞ。天子の父君には俺から返礼の手紙を送る」

「私の報告だけで良いのでは?」

「娘の身柄を預かっている身だぞこっちは。それぐらい最低限の礼儀だろ」

「……旦那様、たまに子供らしからぬ発想をしますよね」

「公人としてやってきて一年以上経つからな」

 

 天子が知ったら怒るかもしれないが、その時はその時。

 朝から考える出来事が増えたが、楓はどこか楽しそうに宝物をしまいに行くのであった。

 

 

 

 

 

 宝物を丁寧にしまい、部屋に戻ろうとすると椛と天子が稽古をしている姿を発見する。

 どうやら楓たちが稽古していた場所とは別のところで稽古をしていたらしい。天子と椛、どちらの息も上がっている様子だ。

 楓が通りかかったことに気づいた椛が顔を上げたため、楓も会釈して二人の方へ近寄っていく。

 

「二人はここで稽古していたのか」

「あんたは椿とやってたんでしょ。一人で稽古する時は大体そうだし」

「まあな。ああ、一応伝えておこう」

 

 衣玖からもらった天界からの宝物について話すと、天子は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「私のこと何もできない子供だと思ってんじゃないでしょうね……。自分の食い扶持ぐらいなんとかするっての」

「まあまあ。親から見れば子供はいつまで経っても子供なんですよ。親からすれば何かしてあげたいって思うものです」

「もらって困るものでもないんだ。ここで突っぱねても子供らしいと言われるだけだぞ」

「あんたは時々大人っぽいこと言うわよね……」

 

 それは普段は子供っぽいと思われているのだろうか。

 楓の顔が微妙にしかめられたことに気づかず、天子はひらひらと手を振って宝物の扱いを一任してしまう。

 

「扱いはそっちに任せるわ。家の方で入用なら使っちゃっても構わない」

「わかった。返礼の手紙を書くが、お前も何か書くか?」

「良いわよ、面倒くさい」

「そんなものか。まあ無理強いはしない」

 

 二人の間に時間は腐るほどあるのだ。

 人間だった楓の父と違って両者ともに天人である以上、迎えに来る死神に負けない限り死ぬことがない存在である。

 椛もにべもない天子の様子には困ったように笑っているが、何か言うつもりはないらしい。

 

「ちょっと手紙見せなさいよ。何書いてあるのか気になってきたわ」

「ほら」

 

 楓から奪い取る勢いで手紙をもぎ取った天子は嫌そうなものを見る目で手紙に目を落とし、書かれている内容が予想通りだったのかどんどん顔がしかめられていく。

 

「……見るんじゃなかった。何もできなかった子供の頃から全く見方が変わってないなんて……」

「まあまあ。ところで楓は天子ちゃんのお父君と知り合いなの?」

「以前の異変で顔を合わせました。顔を合わせてみた限りだと巌のような人物だったのですが、手紙を見る限り普通に子煩悩な父親に見えますね」

「親はそういうものよ。どれだけ成長しても子供は子供。世話を焼けるなら世話を焼きたくなるものなの」

「ふむ……」

 

 楓にはピンと来ていないし、天子もわかっている様子ではなかったが、椛の言葉には確信が込められていた。

 母親である彼女が言うならそうなのだろうと納得していると、椛の視線が不意に非難の色を帯びる。

 

「私はあなたが心配なのよ、楓。この間なんていきなり両腕を落として帰ってきてびっくりしたんだから」

「問題なく治ったじゃないですか」

「ちゃんと腕が治るまで半日近くかかったでしょう! どんな怪我をしたら妖怪の傷の治りがあそこまで遅くなるの!」

「……死の概念そのものになった妖怪桜に触ったら?」

「……どんな人生送ったらそんな妖怪桜を相手にするの?」

「俺に言われても……」

 

 あるものはあるのだから仕方がない。

 それに楓も治らないとわかっていたらあんな無茶はやらない。

 

「一緒にいた霊夢や妖夢は俺のように傷が治らない以上、無理を通せる俺がやるしかありませんでした」

「だからって傷ついて帰ってきたら心配します。母親なのよ?」

 

 そう言われると楓には何も言えなくなってしまう。

 いくら治るとはいえ、両腕を失くして帰ってきた息子を見たら心配の一つもするのが道理である。

 傷を負って戻ってしまった自分が悪い、と結論づけた楓は素直に頭を下げる。

 

「……すみません。次から気をつけます」

「ん、よろしい」

 

 僅かに下げられた頭を労るように撫で、椛は優しげに目を細めた。

 

「あなたが半妖だから大抵の傷が治るのは知っている。知っているけれど、それでも傷つけば痛いことには変わりないんだから、あなたも身体を大切にね?」

「肝に銘じます」

「一番強いのは母親、か。どれだけ強くなっても勝てないやつはいるものね」

「天子ちゃんもですよ! 楓と一緒に遊んでくれるのは嬉しいですけど、怪我はなるべくしないように!」

「おっと、私にまで飛んできた。ここは素直に逃げる!」

「あ、こらー!」

 

 自分も椛に叱られてしまい、天子は肩をすくめて要石に乗って飛び去っていく。

 どこか嬉しそうに飛んでいく天子を二人で見送り、楓はこれ以上母親を心配させないためにも言葉を選びつつ口を開いた。

 

「……まあ、俺の生傷が絶えないのももうすぐ終わると思います」

「あら、どうして?」

「そろそろ父上を越えますから」

「――そう」

 

 気負った様子のない楓の言葉を聞いて椛は一瞬だけ大きく目を見開き、次いで楓には読み切れない感情を乗せて細められた。

 

「才能ってやつかしら。私は一生かけて影を踏めるか、ってぐらいなのに」

「場数にも恵まれました。経験の点で言えば父上以上に積めたと自負しています」

「だとしてもここまで来れたのは楓が頑張ったからよ。正直生き急ぎすぎだと思ったこともあったけど、楓にはそれが全部必要だったのね」

 

 生き急いでいたとは自分でも思うので全く否定できず、困ったように笑うしかなかった。

 

「はい。父上を越えて一区切りがついたら、自分こそが阿求様の側仕えであると胸を張って言えると思いますから」

「そう。だったら最後までやり遂げなさいな。私はここであなたの道も見届けるから」

 

 柔らかく細められた目に乗せられている感情はいかなるものか。

 父を見届け、そして自分を見届ける母にしかわからないものなのだろう。

 

「必ずや」

「よろしい。それじゃあ天子ちゃんもいなくなったことだし、朝ご飯にしましょうか。今日は楓が作る?」

「自分が作ります。天子もいないので取っておいたものを出しますよ」

「あら、楽しみ! 息子のご飯が美味しいって良いわあ」

「これは仕事ですからね。手抜きはしません」

 

 側仕えに求められるのは御阿礼の子の日々を支える生活面での技能が多いのだ。

 戦闘や教養といった部類は時代によっては必要ないことすらある。無論、父親越えを掲げる楓には絶対必用なものではあるが。

 穏やかに、何も心配することなどないと笑う椛に楓も微笑み、火継楓の一日が本格的に始まっていくのであった。




この後ですが、妹紅のお話や白蓮たちのお話を綴った後、深秘録が始まっていきます。
深秘録が終わったらほぼ間髪入れず永遠亭の地雷解体に入り、終わり次第紺珠伝が始まり、本作は完結いたします。

……150話以内には終わると思いたい(小声)
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