冬が本格化し、人々が寒さから逃れるように暖を取り始める中、楓は命蓮寺に行こうとしていた。
彼女らの布教活動の状況が気になって――ではない。それは彼女らが頑張ることであって、楓の関与するところではないからだ。
気になっているのは彼女らに命蓮寺の土地を渡す際に頼んだ内容――田畑の開墾状況が気になったからである。
基本、畑の開墾は作物の刈り入れが終わった冬の時期が良いとされている。
冬ならば新しい草木が生えることもなく、人々も他の田畑に時間を取られることがない。
命蓮寺の勢力が幻想郷に来たのが秋口の始まりだったため、今冬いっぱいは人里の方で援助しつつ開墾を頑張ってもらう手はずとなっていた。
そういうわけで楓は現在、話の種になるような軽い手土産を持って命蓮寺へ――行く前に無縁塚を訪ねる。
無縁塚に居を構える少女の様子を、できれば見てきてほしいと星に頼まれていたのだ。
ぽつんと立つあばら家の戸を叩き、中にいるはずの人物へ声をかけた。
「ナズーリン、いるか」
「む? おや、人里の守護者殿じゃないか。こんな辺鄙な場所までよく来たね」
「お前は命蓮寺に住んでないと聞いてな」
「ああ。私は毘沙門天の代理を務めるご主人の見張りであって、あそこの連中と同士ってわけじゃない。付き合いはドライな方が好きなのさ」
「ふむ」
「とはいえわざわざ訪ねてきた客を無下にするほど擦れてもない。上がってくれたまえ。お茶を出そう」
手際よく入れてくれたお茶を飲みながら、楓は室内を見渡す。
無縁塚から拾ってきたと思われる用途のわからない道具が所狭しと並べられており、いくつかは綺麗に磨かれたものもある。
その視線に気づいたのか、ナズーリンが自身の生業について話し始めた。
「私は失せ物探しをするのが得意でね。能力もそれに由来しており、趣味でもある」
「趣味と実益を兼ねてここに住んでいるのか」
「あそこの連中も嫌いってわけじゃないけど、四六時中誰かと一緒は息が詰まる。私は一人が好きなのさ」
「なるほど」
大体いつも誰かと一緒におり、それでなくても椿が側にいる楓には理解し難い感覚だが、否定するものでもない。
「それにしても君が訪ねてくるとは珍しいこともあったもんだ。用があるのはご主人の方だとばかり」
「その星から頼まれたんだ。ナズーリンの様子をそれとなく見てきてほしいと」
「あー、まあご主人はこういった場所には来れないだろうね。克服したとはいえ、もとが人食い虎だ」
「……ふむ?」
「む、言ってなかったか? だったらご主人に聞くと良い。守護者殿なら問題なく話してくれるだろう」
「終わったことなのか」
「千年前の罪を裁ける人間などこの世にいない。……いや閻魔様はいるが、彼女もご主人の生き方は認めてくださっている」
「映姫とも繋がりがあるのか。いや、仏門である以上関わりはあるか……」
そういうことだとナズーリンはうなずき、いつか見たダウジングロッドを片手に立ち上がる。
「さて、何かと出会いや騒動に事欠かない君がいることだ。今日は大物が見つかるかもしれない。私は物探しに出るけど守護者殿も来るだろう?」
「……あまり来ることもない無縁塚だ。危険な妖怪がいないとも限らない。護衛で良ければやらせてもらおう」
「頼もしいね。ご主人以上の腕前の少年とは贅沢な護衛だ」
唇を釣り上げるナズーリンに楓も笑みを返し、あばら家を出て無縁塚の探索を始める。
常に薄暗い霧が立ち込め、身寄りのない外来人の遺体を埋める場所でもある無縁塚は理性のない妖怪の住処となっている。
腐肉漁りの妖怪がうろつくため、人々がこの場所に来ることは滅多にない。
墓場としての管理もずさんなもので、好意でやっている霖之助以外に墓標を作るものもいなかった。
「俺がいれば妖怪も襲ってこないと思っていたが、違うようだな」
涎をしたたらせて飛びかかってきた人の顔を持つ犬の妖怪を一息の抜刀で切り捨て、鞘に収めながら楓がつぶやく。
「そのようだね。私も一人だったら気配を消すなり隠れるなりしていたが、今回は不要だ」
「なるべく目立たない方が良さそうだな。俺も無用の殺しがしたいわけじゃない」
ため息と同時に楓はそう告げると、途端に彼の存在感が薄れていく。
気配を消すという、公人として生きている彼にはおよそ不要な技能であっても修めていることにナズーリンは小さく目を見開く。
「お、気配の消し方も見事だね。誰かから教わったのかい?」
「父上からやり方だけは教わっていた。実際に使う機会が来るとは思ってなかった」
「ははは、これも経験だよ。おっと、そこの死体は掘り返された跡があるね。守護者殿がいる手前だ。埋め直しておこうじゃないか」
「普段はやらないのか。……いや、口うるさく言う筋合いはないな」
ナズーリンがネズミに指示を飛ばす前に楓が腕を振るい、風を巻き起こして外来人の遺体の上に土をかけてやる。
何度か足で踏み固め、墓標代わりの石を置いて両手を合わせれば無縁仏の墓標としては十分となる。
「掘り返されない程度には深くした。眠りが妨げられることもないだろう」
「慈悲深い守護者殿だ。外来人の死体が出るのは初めてじゃないのかい?」
「時折運良く人里に流れ着くこともあるが、大体はここの住人になる」
そもそも死体が出るだけマシなのだ。骨まで妖怪に食われてしまった場合、楓の千里眼でも見つけるのが困難になる。
どういった事情かは知らないが外の世界から幻想郷に事故の形で流れ着き、命を終えてしまったのだ。その末路に憐憫を覚える程度の感性は持っていた。
「それで探しものはあるのか?」
「まあ待ちたまえ。こういうのは釣りと同じだ。当たりを引くまで根気よく歩き続けることが大切だ」
「なるほど。ところで当たりを引いたことは?」
「…………当たりを引くまで粘り強く待つことが肝要だ!」
どうやら今まで当たりらしい当たりを引いたことはないようだ。
これは面倒に付き合わされたか、と楓が内心でため息をこぼしながら歩いていると、不意に見知った気配を察知する。
「ナズーリン、止まれ」
「おや、何かあったのかい?」
「いや、人がいる。――魔理沙、俺だ」
霧の向こうから現れたのは霧雨魔理沙その人であり、彼女は彼女でこんな場所に楓がいることに驚いている様子だった。
「楓がここにいるとは珍しいこともあったもんだ。今日は大物が取れそうだ」
「ナズーリンと同じセリフを言うのはやめてくれ。魔理沙も物探しか?」
「そんなところだ。面白いものがあれば香霖に押し付け、もとい売ってやろうと思ってな」
「となると私とは商売敵なわけだ。つまり、ここで倒れてもらうのが最も私にとってありがたい」
「弾幕ごっこをやるなら俺は戦わんぞ。それは二人でやってくれ」
「……運が良かったね! 私も今日は虫の居所が良いみたいだ!」
「いっそ清々しいくらいに虎の威を借るなお前……」
楓も魔理沙も呆れた目を隠さないが、これがナズーリンのスタンスらしく悪びれた様子もなかった。
「借りれるものを借りて何が悪いんだ。私はこれからもご主人の威光を笠に着て行くね!」
「あんまり話したことのないやつだけどわかった。こいつ面倒なやつだな?」
「俺に言われても困る」
「私はあっちの方を探すからお前らはこの辺を探してくれ。それで見つかったものにはお互い干渉せず。これで良いだろ?」
魔理沙の提示した方法にナズーリンも異を唱えることはなく、了承したため魔理沙は再び霧の中に消えていく。
ナズーリンは魔理沙の姿が見えなくなるまで見送った後、楓を糾弾するようにダウジングロッドで指差してくる。
「全く、君が力を貸してくれないと私が勝てないだろう。あそこで少しぐらい私に力を貸す素振りを見せても良かったんじゃないかね」
「失せ物探しを俺が頼んでいればそれぐらいやったが、今回はナズーリンの趣味だろ。俺が力を貸す必要がない」
「こういうところはご主人そっくりの堅物ぶりだ。少しは頭を柔らかくしたらどうだい?」
「虎の威を借るお前に言われたくない」
自分の力が今や幻想郷でもトップクラスに至っていることは理解しているが、その力を求めるナズーリンのような輩もいる。
彼女の場合はどこか遊びでやっている感じにも見えるのであまり真剣に対応しないで済むが、そうでない輩も今後出てくるかもしれない。
今までも気をつけていたつもりだが、今後は立ち居振る舞いに一層の注意が必要になるのだろう。自分の軽挙妄動がどんな被害を生み出すかわからないのだ。
『……でも楓が行く先々で問題が起きるわけだし、気をつけても意味ないんじゃない?』
「……っ!」
『いったい!?』
余計なことをつぶやく椿にそこそこ全力の拳を入れる。ナズーリンは虚空を殴った楓を不思議そうに見るが、深く追求はしてこなかった。
そうしてしばらく探しものをしていると、やがてナズーリンの持つダウジングロッドがブルブルと震え始める。
「お、おお! これは当たりが来た時の震え! やっぱり守護者殿がいると何かあるというのは嘘じゃなかったか!」
「誰だそんな噂ばらまいたの」
『みんなじゃない?』
懲りない椿にもう一発拳を撃ち込んでから、テンションの上がっているナズーリンの後を追う。
ナズーリンが見つけたものは一振りの古びた赤錆まみれの鉄剣であり、楓が横から覗き込む。
「こ、これは……! 今までのガラクタと比べればまともに剣の形をしているだけで立派なものだとわかる……!」
「お前のもの探しってガラクタばかりだったんじゃ……」
「守護者殿! 君の見立てでこの剣はどうだい!? 何かわかることはないかい!?」
「うーん……」
感極まった様子のナズーリンがものすごい視線を向けてくるのでやりづらさを感じながらも、楓は見つけた剣を手にとって見る。
持ち手から鞘に至るまで全てが赤サビまみれで、とても抜剣できる状態ではない。無理に抜こうとすれば刀身がすっぽ抜けてしまうだろう。
「この状態では判断できん。剣としての体裁を保ってこの古さだと相当な年代の代物だと思うが」
単に保存状態が極めて悪いだけの数打ちである可能性はあえて指摘しなかった。
「大業物である可能性もあるんだね!」
「可能性はある。可能性は」
「君と一緒に探して見つけたものだ。剣のようだし君にあげようじゃないか! ぜひとも活用してくれたまえ!」
「えぇ……」
こんなゴミ同然のものをもらっても扱いに困る。
しかし久しく見つけられなかった掘り出し物を見つけたからか、顔が輝いているナズーリンの期待を壊すのも気が引けた。
彼女と分かれてから霖之助のところに持っていって押し付けてしまおう。もしくは魔理沙に押し付けるか。
「……一つ見つかったようだし俺はそろそろ失礼しよう。この剣に関してはありがたく頂いておく」
「そうだね。その剣の感想も今度聞かせておくれよ!」
「……わかった」
売値で良かったら教えてやろうと言い返しそうになったが、彼女の期待を壊さない方を選んだ楓だった。
「なるほど、魔理沙もガラクタを僕に持ってきていたが、君もガラクタを持ってきたと」
「一応剣の形はしているので、錆落としをすればもしかするかもしれません」
「その可能性が低いことは君が一番わかっているのだろう? やれやれ……」
軽くため息をついた霖之助が片眼鏡を付け、錆びた鉄剣に目を落とす。
呆れた様子だった霖之助だが、道具に目を向けた瞬間にその色は消え失せ、道具を見るものとして真摯な姿となっている。
そういえば彼が仕事をしている場面を見るのは初めてかもしれない、とそれなり以上に長い付き合いにも関わらず新鮮な気持ちでそれを眺める。
「ふ、む……。これは……」
「何か逸話でもありそうなものだったんですか?」
「権力者の鉄剣だね。珍しいといえば珍しいものだ」
「権力者の?」
「古来より、剣には力のイメージ、すなわち権力と結び付けられていた。為政者と剣が一対で語られることもあるくらい、権力者と剣は切っても切れない関係がある」
「ふむ」
「君のように武器として振るうのではなく、ただそこにあるだけで権力者を表すための道具だ」
「実用は難しいと?」
「この錆を全て落としたとしても難しいだろうね。要するに飾るための剣だ」
であれば楓に興味はなかった。火継の一族が使うのは実用性の高い武具だけであり、見栄えのために剣を求める趣味はない。
「錆を落として実用性がありそうなら使おうかとも思ったんですが、それなら不要です。霖之助さんはどうです?」
「君にとって価値はないようだが、これ自体は珍しいものだ。ありがたく引き取らせてもらうよ」
「なら良かった。しかし権力者の鉄剣など流れ着くものなんですね」
「忘れられたものが流れ着く場所だからね。これもきっと外の世界で出土されることなく、忘れ去られたんじゃないかな」
「なるほど。では自分はこれで失礼します」
「ああ、気をつけて帰ると良い」
丁寧にお辞儀をして去っていく楓を見送り、霖之助は顔に貼り付けていた朗らかな笑みを消してため息をこぼす。
「権力者の鉄剣と言ったのは間違いじゃないけど、正確でもない。つくづく彼も悪運極まっているな……」
霖之助の目が捉えているこの鉄剣の正式名称は邪馬台国の鉄剣。
邪馬台国といえば霖之助も知っている太古の国だ。外の世界でも見つけられていないため、一部が幻想郷に流れ着くことはあり得ることとなる。
「邪馬台国の卑弥呼といえば卜占で有名な人物だ。それに道具を用いていた可能性を考えると……これを所持しているものには未来視の権能が付与される、なんてこともあり得たわけだ」
楓が興味を示さなくてよかったと霖之助は胸をなでおろす。
今ですら千里眼を所持している彼に未来視までできるようになったら、それは彼の分を越えかねない。
常日頃から御阿礼の子に仕えていたいと公言してはばからない少年にこれ以上の重責は不要だろう。
「これぐらいのお節介はしても問題ない――だろう?」
霖之助は今な亡き友人である楓の父親を思い浮かべ、独りごちるのであった。
無縁塚でナズーリンの様子を見てきた楓はその足で命蓮寺を訪ねる。
見れば田畑を耕している人妖もまばらにおり、村紗水蜜や雲居一輪の姿もそこにあった。
特に入道である雲山を使役している一輪の働きぶりは凄まじく、入道の大きな手が器用に畑を切り拓いていく様は開墾に携わる面々から頼もしそうに見つめられている。
騒がしくも一生懸命に畑を耕す彼女らを横目に境内の方へ進む。
中では説法を行っているのか白蓮の朗々とした声が響き、その隣に星もまた佇んでいる。
時間を改めて来るべきか。そう悩んでいると星が楓の姿を見つけ、白蓮に何やら話してこちらに駆け寄ってきた。
「よく来てくださいました。今は聖が説法をしておりますが、聞いていきますか?」
「それは遠慮しておく。しかし抜けてよかったのか?」
「聖のお付きをしていただけですからね。今日の説法で私が話す予定もありませんし、聖から了承も得ました」
「ならば良いか。ああ、ナズーリンの様子を見てきたぞ。無縁塚で問題なく物探しに没頭している様子だ。あまり心配せずとも良いだろう」
「ご丁寧にありがとうございます。彼女の様子も見てきてくださり感謝します」
「物探しに付き合わされた」
しかもそれで見つかったのは古びた鉄剣一本である。
ナズーリンは見つかったことを喜んでいたが、楓には単なるボロい道具にしか見えなかった。
それを話すと星はおかしそうに笑い、楓を寺の奥へ招いていく。
「こちらへどうぞ。楓殿には色々と便宜も図ってもらった上客ですから。良いお茶をお出ししますよ」
「ナズーリンのところでお茶はもらったから遠慮しておこう。畑の開墾は問題なく進んでいるか?」
「つつがなく進んでおりますよ。楓殿が貸し出してくれた自警団の少年らもよく働いております。少々女性への視線が不躾な時はありますが、良い気骨を持った少年たちです」
「……視線に関しては年頃だと言うことで勘弁してくれ。しばらくすれば収まるところに収まる」
「おや、そういった仲の女性がいるのですか?」
「今はまだ、だがいずれそうなると同年代の中ではもっぱらの話だ」
楓でも知っているぐらいにわかりやすく彼を懸想している少女がいるのだ。気づかぬは当人ばかりである。
また、自警団の少年たちとは寺子屋時代からの仲でもあり、彼らのことを子供の頃から見知った間柄であることを話すと、星は嬉しそうに聞いていた。
「ふふ、楓殿の周りはいつも賑やかですね。聞いていて飽きることがありません」
「おかげで色々な情報が入ってくるから助けられている。ただ、それだけでは足りないこともあるからこうして足を運ぶこともあるわけだ」
「なるほど。しかしご心配には及びません。聖も復活し、我々は今がまさに絶頂期と言っても過言ではない。どれほど辛くとも、聖がいなかった日々に比べれば微々たるものです」
「そこまで言うか」
「あの千年に比べればどんな問題も些細ですよ」
「……お前たちの過去にも関わる話か」
「ふふ、気になりますか?」
「単純な好奇心だが、気にならないと言えば嘘になる」
隠すほどのことでもありませんが、と星は前置きして自分たちが白蓮に付き従うようになった理由を話し始めていく。
「私はかつて人食い虎としてそれなりに名を馳せた妖怪でした。無論、人を喰らったこともありますよ」
「千年前の罪を裁けるのは閻魔大王ぐらいだ」
試すような星の視線に楓は肩をすくめる。自分にその罪を裁けるなんて思い上がったことを言うつもりはないし、わざわざ過去の罪を掘り返して糾弾するような暇もない。
楓も必要があれば公人として振る舞うが、必要がなければ御阿礼の子の側仕えとして在りたいのだ。
「映姫様からはこの生命尽きるまで仏道に尽くすよう言われましたよ」
「彼女とも知り合いなのか?」
「同じ仏道を歩むものとして、顔合わせは済ませてあります。聖はなかなか耳に痛いことを言われてましたが、まあ当然の痛みでしょう」
「意外だな。白蓮を擁護しないのか?」
「私たちと永遠を歩む決心をしてくれたことは嬉しく思いますが、それはそれとして人が永遠を歩むことは摂理に反することです。非難は甘んじて受けるべきですよ。そこから目を逸らしたらロクなことになりません」
目を逸らしやすい部分を指摘してくれる人は重要です、と語る星にそんな考え方もあるのだろうと楓はうなずく。
それにしても映姫の辻説法は耳に痛い小言が多いので鬱陶しがられることが多いのだが、そのように受け止められる星はやはり人間ができていると思わざるを得なかった。
楓ですら辻説法中の映姫に声をかけようとは思わないのだ。それぐらい彼女の話は面倒くさい。
「話を戻しましょう。私は人食い虎として生きていましたが、生きることに飽いていました。自分で言うのもあれですが、私は色々と優秀なので」
「……まあ、認めるところではあるな」
星ほどの存在が全能力を人食いに傾けた場合、楓でも手こずることになるだろう。
まず確実に何人かは犠牲が出ると断言できた。
楓の考えていることを見透かしたのか、星が意味深に笑って話を続ける。
「人食い虎とは言いましたが、この国に虎はいません。屏風に描かれた虎から想像された妖獣というのが正確です。つまり――私も人々の畏れや信仰によって姿かたちを変える存在なのです」
「……ということはもう」
「ええ、人食い虎には戻れません。今の私は毘沙門天の化身ですから」
「なるほど。お前が敵に回らなくてホッとした」
「目をかけてもらいありがとうございます。ともあれ私が人食い虎として飽きていた頃に聖と出会い、彼女の説法を受けたのです」
「ふむ」
「面白い戯れだ、と感じました。どれほど暴れたとしても所詮は一匹の妖獣。どうせいつかは退治される運命。ならば聖の語る人妖共存の理念に力を貸しても良いと思ったのです」
「……お前らしい」
優秀故に自分の末路を理解し、優秀だからこそ自分にない考えを持つ相手に注目する。
楓は今の話を聞いて、星はやはり星らしい理由で力を貸しているのだと納得していた。
「褒め言葉と受け取ります。理想とは大言壮語なぐらいが丁度よい。実現までの道のりが長ければ長いほど、良い暇潰しになる。ああ、今はもちろん心から本気で取り組んでいますのであしからず」
「それぐらい見ればわかる」
「それで戯れに力を貸して――やがて、聖は私を毘沙門天の化身に推薦し、その重責を担うことで今の姿になったというわけです」
ナズーリンとはその頃からの付き合いですね、と語る星に楓はふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「……お前の口ぶりだと白蓮の活動はある程度続いていたのか? 正直、思想が思想だからすぐに封印されたのだとばかり」
「いえ、楓殿の言う通り、私たちの活動はそう長く続きませんでした。村紗や一輪といった仲間も増え始めた頃に聖が封印され――そこからの千年は大して面白い話でもありませんので省略しますが、復活の折に楓殿に接触した、という次第です」
「その割に一輪たちは待ち続けたんだな」
「聖の人徳、とさせてもらいましょうか。彼女の理想に共感した妖怪は少なくありませんでした」
千年前の世界など楓には想像しかできないが、それでも人妖平等を掲げる白蓮の理念に共感する妖怪がいた事実に少なからず驚いていた。
なにせ幻想郷ですら本当に人妖の共存が果たされたのはここ数十年の話である。
それまでは争い合う時代か、不可侵の時代が続いていた。
楓の知る幻想郷の歴史を話すと星もそれはそうだろうと同意を示す。
「聖の理想に共感した妖怪もいましたが、大勢を決する程ではありません。そして当たり前ではありますが、力の弱い妖怪――要するに人間に退治される側の妖怪が多かった」
「大妖怪と呼ばれる存在は……」
「自分の優位を崩す理由がなかった。弱肉強食の世界を肯定するのはいつだって強者の側です」
「なるほど、共存の理を実現するのがどれだけ難しいかは理解できた」
「だからこそ、成し遂げた方たちの偉業は語られるべきです。その点で言えば私はあなたの父君を心から尊敬していますよ」
「成すべきを成しただけだ、と言いそうだがな」
楓の言葉に星は小さく笑うと、再び口を開いて話を締めくくる。
「我々の役目はこの共存の維持です。そのためならばいくらでも力を尽くしましょう。その点において私とあなたは同じ見解を持っていると思います」
「……そうだな。俺の役目も父上が築き上げた光景の維持だと思っている」
「認識が一致して何よりです」
そう言って星は手を差し出し、楓もそれに応えるように手を差し伸べる。
互いの手が固く握られ、星は同士とも呼べる理念を共有する相手に向けて微笑みかけた。
「ではこれからも仲良くやっていきましょう。できることなら神霊廟の彼女らよりも優先してもらいたいものです」
「それは別の話だが……幻想郷を維持する仲間ができて嬉しく思う」
「ええ、では戻りましょうか。聖とも挨拶していってください」
目を細めて喜びを露わにする星に、楓も視線を緩めて笑みを返すのであった。
相変わらず油断ならないという評価は変わらないが、それとは別に信用しても良い。なぜなら彼女は今の自分と同じ理念を共有している。
楽園の維持。その点で同じ認識を持てていることを実感できた一幕となるのであった。
星の過去話とナズーリンのお話でした。
ちなみにちらっと出ていた道具に関してはお遊び要素です。楓が自分のものにしていたら未来視まで獲得していた……かもしれませんが、興味を示さなかったのでそんな未来は来ません()