楓が妖怪の山に踏み入ると、どこからともなくはたてが寄ってくる。
「やっほ! 今日は麓から来たんだ。前は頂上目指して一直線だったのに」
「あの時は天魔に用があった。今日は別件だ」
「ほーん、天狗の里に向かってるでもなし。私や文じゃないの?」
「……ちょっと厄神に厄を取ってもらいたくてな」
先日の一件で自分にまとわり付く厄が周囲に嫌な影響を及ぼすことが判明してしまった。
易者に呪うのをやめろとは命じた。今は自分こそが誉れある御阿礼の子の側仕えであり、その業務に悪影響が出るのは本末転倒だからである。
とはいえ楓も普段から厄神の鍵山雛に厄を取らないかと聞かれる程度には厄をまとっている。
それが原因でまた何か騒動があったと知れたら今度こそ霊夢に退治されかねない。
「自分だけに不運や不幸が訪れるならどうとでもなるつもりだったが、他人を巻き込むのは本意じゃない。で、不幸や呪い関係なら雛しかいないだろう」
「坊や、何かあったの? 前はそんなの気にしてなかったのに」
「……冥界でちょっとな。霊夢や妖夢もいたから事なきを得たが、俺一人だったら間違いなく詰んでいた」
「ふーん。……坊や、冥界、っと」
「おい検索するな」
「あ、出てきた。うーん、桜しか見えないし、あんまり面白いものでもなさそうね」
ある意味大当たりなのだが、はたてが特ダネの匂いを感じていないのかさほど興味を示した様子はなかった。
なので楓もこれに乗って大した面白い話でもないと切り上げる。
「ちょっと騒ぎがあっただけだ。身内で解決したし、そもそも冥界の事情なんて新聞にしたって興味が惹けないだろ」
「ま、それもそうね。冥界に行く連中なんてそうそういないんだし。あ、じゃあ他の話で面白いこととかないの?」
「新聞にするかはさておき、こっちであったことを話すだけなら良いぞ。まず人里では最近、貸本屋である鈴奈庵が羽振りが良くなってな。理由は俺が頼んでいる写本にあるんだが――」
楓の方で最近起こったことや、人里で変わったことをはたては面白そうに聞いていく。
やはり人里に対して作っている新聞であるため、人里の情報が一番受けるのだ。
そして楓の話すことは千里眼で見た情報も含まれ、間違いなく人里一番の情報通と言っても過言ではなかった。
「――で、蕎麦屋の老夫婦に言ったわけだ。愚痴をこぼす暇があるなら改善策を考えてみろと。そして俺が考えついた改善策を試してみろと」
「ほほう、坊やがそこまで肩入れするのって大丈夫なの?」
「空気は悪いが蕎麦は美味い。美味いものを出す店はなるべく長く続いて欲しいし、良い店になってくれれば俺としてもありがたい。店を畳んで露頭に迷われると治安の悪化にも通じる」
「そっか。けど意外と坊や、人里の運営に口出しているのね」
「全体としての運営には口出ししないが、個人の範囲で気になるところには顔を出すようにしている。守護者の前に俺だって人間だ。友達と話す店とか、飲む店ぐらい探しておきたい」
「お、これは良いかも! 人里の守護者御用達! 美味しい居酒屋特集! なんてどうよ!」
「同じことをやってる新聞はもうあるんじゃないか?」
人里中の食事処を網羅して広めたい、という食い意地の張った新聞だってあるのだ。はたての思いつくような内容は既に誰かがやってそうである。
「うーん、やっぱり私は念写で特ダネ探すか……。坊やの話は面白いけど、面白いからこそ他の誰かが先取りしてたら後追いにしかならないのがねえ……」
「さすがにそこまでお前を優遇はできないからな」
「わかってるって。こうして話してくれるだけでも助かってるわけだし、文句はありません」
「なら良い。さて、そろそろ……」
妖怪の山の獣道を歩いていた二人だが、やがて開けた場所に出る。
山の中腹辺り、河童や厄神、豊穣神の二柱もこの辺りを活動拠点としていた。
そしてその場所では丸太に腰掛けた雛が人を待っていた様子で立ち上がり、楓に微笑みかけてくる。
「あなた、厄いわね! 山に入った瞬間からもうわかったわ! ……天狗の方は大丈夫なの?」
「え、待って。そこまで酷い厄なの!?」
「距離を取るなんて寂しいやつだな」
「ぎゃーっ!?」
逃げようとしたはたての腕を掴み、逃げられないようにしてやる。
別に今まで話していて何ともなかったのだ。物理的に接触したところで大した変化はないだろう。
などと考えながらはたてを引きずって雛の方へ近づく。
途中で頭上から枝が落ちてきてはたての頭に直撃したり、腐葉土に足を突っ込んで靴下が汚れたとはたてが涙目になっていたが楓には被害がないので些細な話である。
「さて、今日は厄をある程度取ってほしい。俺も厄がまとわりつくとロクなことにならないと学んだ」
「ああ、ようやく理解してくれたのね……。あなたは人より遥かに背負える厄の許容量が多いけど、何事も限度はあるのよ?」
「色々あったからな……」
「けどさ、坊やの周りで何か悪いことでもあって、それの原因が厄にある! なんてすぐ言えるものなの? 坊やのことだから大体の物事には原因があって結果がある、とか言いそうなものだけど」
その原因に厄以外が当てはまらなさそうな騒動が起きてしまったのだ。
厄とは言い換えれば身体にまとわり付く、具体的な方向性のない悪意のようなもの。
そして悪意のようなものを鋭敏に感じ取る妖怪や何かがいた場合、楓の所持する隔絶した厄は悪影響を及ぼす。
「具体的な説明は省くが、人の感情を吸って成長する妖怪に俺が近づいて凶暴化した事件があった。考えられたのが俺にまとわり付く厄に影響を受けたのではないか、と思ったんだ」
「多分合ってるわ。強すぎる厄は自分はもちろん、他人にも悪影響があるものだから。楓自身は人並み外れて強いから厄を背負えたとしても、他がそうとは限らない」
「やはりか。俺も自分だけならまだしも、他人に迷惑をかけるのは本意じゃない。悪いが厄を吸い取って欲しい」
「もちろん。私の本来の役目が果たせて嬉しく思うわ」
雛はそう言うと楓の頬を一度撫で、くるりと踊るように回って楓から距離を取っていく。
それだけの動作だったが、確実に楓は双肩にかかっていた重みが僅かに軽くなった感覚を覚える。
「はい、おしまい。あなたの厄は私が受け取りました。しばらくは近づかないでね?」
「助かった。では距離を取って話すか」
「え、そこは普通戻らない?」
雛から何を言っているんだという目で見られてしまい、楓は心外だと唇を曲げた。
「厄を取ってもらうついでに話そうとも思っていた。距離さえ取っていれば良いんだろう?」
「え、ええ。けど常識的に考えてみて? 私は今厄を受け取ってるのよ? 近づくだけでも危ないのよ?」
「もとを正せば俺の厄だろ。感謝こそすれ、逃げるように立ち去る理由がない」
「そ、そう……。この子、結構強引なのね……」
「私の腕を見ればわかるでしょ」
はたても諦めた様子で楓に腕を掴まれるままになっていた。
その様子を見て雛も楓に立ち去る様子がないことを理解したのだろう。気の抜けた笑みを浮かべて木に座り直す。
「それじゃあお話しましょうか。前から気になってたんだけど、お二人はどういった関係で一緒にいるのかしら?」
「聞いて驚きなさい。この坊や、天魔様から直々に目をかけてもらってるのよ」
「あら、天魔に? 彼も元気でやってるのかしら?」
「いつになったら耄碌するのか気になるぐらいには元気だ。まだまだ天狗の頂は遠い」
「坊や、そんなの目指してたんだ。だから一生懸命天魔様に稽古を付けてもらっていたのね」
次期天魔として目をつけられている、というのは黙っておくことにした。機が熟したら天魔の口から話されるだろう。
「それでまあ私が坊やのお付きに命じられたわけ。四六時中一緒ってわけじゃないけど、坊やが妖怪の山にいる時はよく一緒にいるわ。見ていて飽きないし」
「そんなところだ。雛の方は何か変わったこととかなかったか?」
「私の方は何も。ああ、強いて言えば豊穣神の二柱がどちらも萎れているのを見つけたわね」
「萎れている?」
「もうすぐ本格的な冬でしょう? あの子達、秋にしか元気にならないのよ」
「四季のうち秋だけ元気なのか……」
「今は冬ごもりの準備をしているんじゃないかしら。と、噂をすれば」
ガサガサと草むらが動く音とともに、二人の少女がのっそりと顔を出す。
豊穣神である秋穣子と、紅葉神である秋静葉が、どちらも元気のない顔で楓の前に現れる。
「あ、少年ー……。信仰ちょうだーい……」
「本当に元気がないな……」
「穣子はまだ良いほうよ。豊穣を願うことは冬にも行われるから。私の紅葉なんて一度葉が散ったら終わりよ! 冬にも紅葉がみたいなんて人はいないでしょう!?」
「どうどう、落ち着け。春にも夏にも紅葉が見たいなんて誰も考えてないとは言ってない」
「そこまでひどく言った覚えもないけれど!?」
「些細な行き違いだ。俺も正直紅葉に興味はないが」
千里眼の持ち主なので、秋になれば妖怪の山が紅葉に染まる様など嫌でも見てきたのだ。
今更紅葉に興味を持てと言われても困ってしまう、と素直にそのことを話すと静葉はわっと顔を伏せる。
「やっぱり私なんてどうでも良い神様なんだー! ショック過ぎて少年の信仰がないと生きていけなーい!」
顔を伏せて泣き言を言い始めた静葉を励ますように穣子が肩を抱き、しかし自分までもらい泣きしたのか悲しげな声音で励ます。
「お姉ちゃんはダメな女神様じゃないよ! ああっ! でも私も信仰がないとこれ以上の励ましが出てこないかも!」
ちらっ、と二柱の女神の視線が同時に楓へ刺さる。
無視しても良い、むしろ無視したいのだが、雛とはたてはにこにこと楓の方を見るばかり。
「……仕方がないな。前と同じ魚で良いか?」
「その言葉を待ってました! よっ! 大将!」
「誰が大将だ。雛も来るか?」
「私は良いわ。今日は私に厄を取らせてくれてありがとう。久しぶりに厄神としての本懐を果たすことができたわ」
「こっちも感謝している。ではな」
木に腰掛けたまま、雛はひらひらと控えめに手を振って楓たちと別れる。
厄があってもなくても彼の周りには人が寄ってくる。本人に自覚があるのかはさておき、それは得難い資質であると雛は知っているのだ。
「また私と話に来てくれると嬉しいわ……なんてね」
はたて、穣子、静葉の三人を引き連れた楓はほど近くにあった水場にやってきていた。
大きな滝の下、流れ落ちる水が池のように貯まっている場所で楓は一旦腰を下ろす。
透き通った水で水底まではっきり見え、魚がうようよいるのが楓には見て取れた。
「さて……お前たちは何が欲しい?」
「魚! 取ってくれるなら私たちもまだ残ってそうな山の木の実とか取ってきてあげる!」
「少しぐらいなら山も許してくれる……」
彼女らが許しを出す側ではないのか。疑問に思ったものの、口に出す前に穣子たちがガサガサと草むらに消えてしまったため、聞くことはなかった。
残されたはたてはその辺りの大きな石に座り、投げるのに丁度よい石を探し始める楓を見つめる。
「また前みたいに石を投げて魚取るの? あれ変人みたいだからやめた方が良いと思うわよ」
「そうは言うが、釣り竿を持ってきてないんだ。緊急時として大目に見てくれ」
話しながらも楓の手は止まらず、手頃な石をいくつか見つけると軽い調子で池に投げ込む。
手首のスナップだけで投げられたそれは、しかし水の中でも全く速度を落とすことなく飛び、見事に魚の腹に命中する。
ぷかぷかと水面に浮かんできた魚を風で取り上げ、同時に準備を進めていた焚き火に乗せる。
そして枝を口から腹に差し込み、至極簡単に焼き魚の準備が整ってしまう。
「はー、何度見ても坊やは術を器用に使うわねえ」
「むしろ何で便利に使わないのか疑問なんだが」
「だって面倒じゃない。術の制御とか火力の制御とか。そりゃ妖怪だから複数の術を同時に使うぐらいはできるけど、一つ一つの火力や威力を調整して手や足の指みたいに扱うのは練習しないと無理よ」
天狗の風や火を手足の如く器用に扱う楓にはたては感心のため息を漏らす。
「練習すればできるんだったら練習すれば良いじゃないか。手足と別に動かせると色々捗るぞ」
むしろ戦闘ばかりではなく、家事にも応用できることの方が楓にとってはありがたかった。
御阿礼の子の側仕えにこそ一番力を注ぎたいので、その助けとなる術は何だって取り入れる方針である。
「面倒くさいし、あんまり使う機会もないから結構。私はほら、坊やに頼めばいいし」
「人のことを体の良い召使いかなにかだと思ってないだろうな……」
呆れた様子で話す楓は一段落ついたのか、焚き火の前に腰を下ろす。
はたては手持ち無沙汰になったのか携帯電話をカチカチといじり始め、楓も話すことがなくなったのでしばしの間、滝の水が砕ける音と焚き火の爆ぜる音、魚の脂がしたたる音だけが辺りに響く。
そんな中、楓はおもむろに口を開き前から聞いてみたかったことを聞くことにする。
「……なあ、はたて」
「んー?」
「天魔と俺、どちらかを選ばないといけない場合はどっちを選ぶ?」
「何よそれ、どういう質問?」
「良いから。気になっただけだ」
楓の言葉が思いの外真剣味を帯びていたため、はたては何かしらの意味があるんだろうと勝手に納得する。
そして顔を空に向け、ほんの少し考えてから答えを口にした。
「どっちも、っていうのはダメ?」
「……なぜ?」
「天魔様はこの方についていけば天狗は間違えないって確信できる人。多分、全ての天狗にとってあの方がいてくれたことが最大の幸運と言っても良いくらい」
「……やはり天魔の存在は大きいか」
「千年前から私たちを導いた存在だからね。やっぱりあの方は別格よ」
文のように天魔の側近でないはたてですらこの心酔ぶりである。
やはり千年という時間は天狗にとっても長く、間違いを犯すことなく天狗の権勢を失わせず維持し続けた手腕は伝説と呼ぶにふさわしいものだ。
「でも坊やは坊やで捨てがたいかな」
「ほう」
「だって坊やと一緒だと全然飽きないもの。次は何が起きるんだろう、どんな景色を見せてくれるんだろうって予想がまるでできない」
「…………」
褒められているのか微妙な言葉だが、はたてなりに楓と一緒の時間に魅力を感じているのはわかった。
「間違いがないって意味なら天魔様だけど、見たことのない景色を見せてくれるのは坊やだと思う。坊やと知り合ってからこっち、私の新聞は特ダネだらけなわけだし?」
「……なるほど、その答えもあるか」
天魔と自分で比較になるところまでは来ているのだ。一年と少しでその成果なら良しとするべきだ。
いつか己が天魔の座を継いだ時、天狗の側近にははたてを選ぶだろう。
天魔にとっての文のように、確固とした忠誠がありながら年の離れた友人のようでもある、そんな関係になりたいのだ。
「満足した?」
「そうだな。俺も自分の巡り合わせには退屈しないで済むと思っている」
「へっへっへ、これからもその巡り合わせにはあやからせてもらいますよ、旦那」
下卑ていて、どこか親しみを感じる笑みで楓の肩を突いてくるはたてに楓も笑い返す。
「好きにしろ。俺も好きにしているだけだ」
「私も好きにしてるー。それにしてもあの二人、遅いわねえ。どこまで行ったのかしら」
はたての視線の先には良い具合に焼けた魚があった。これ以上火にかけていたら焦げてしまいそうである。
「いや、戻ってきたぞ。噂をすればだ」
「見よ少年たち! もう残り少ない秋の実りだけど集めればこんなにあるのだー!」
両手に抱え切れないほどの木の実やきのこを手に穣子と静葉が現れる。
二人は焚き火の近くまで寄ってくるとその手に持っていたきのこをドサドサと火にかけていく。
「食って大丈夫なやつだろうな」
半妖に天狗と神しかいない空間なので仮に毒に当たっても死にはしないが、痛い思いをすることには変わりない。
まだら模様のきのこもあったので胡乱げな視線を向ける楓だったが、穣子は気にせず胸を張った。
「そこは私を信じて欲しい。豊穣神だよ?」
「豊穣は毒にもそうでないやつにも平等だと思う」
「……私も見ているから信じて欲しい。穣子はたまに間違えるけど、私は間違えない」
「あ、お姉ちゃんだって間違える時あるじゃない!」
どっちを信じてもダメな気がしてならない楓だった。
きのこは先にこの二人に食わせてから判断しよう、と心に決めていると穣子が魚に手を伸ばしながら朗らかに笑う。
「お魚の準備もしてくれて偉い! しかも丁寧に準備してあるから信仰もひとしお! うんうん、神様を敬ってるねえ」
「収穫の時期には世話になったからな。これぐらいで良ければ手間はかける」
穣子の力がどれほど有効に働いているかはわからないが、敬っておいて損はないはず。
ある意味打算まみれのもてなしになっているが、穣子も静葉も気にした様子はない。得られる信仰に差はないのだろう。
山ぶどうの実に手を伸ばし、甘酸っぱい匂いと味を口の中で楽しみながら自分の用意した魚が豊穣神らの胃に収まっていくのを眺める。
見ればもう日も暮れかかった時間だ。彼女らをもてなしたら自分も帰ろうと考えていると、不意に穣子がにんまりと魚の食べかすを口の端に付けた笑みを浮かべた。
「ところでさあ、私たちがこの場所を選んだ理由があるんだよね」
「む……魚が取れやすい場所だからじゃないのか?」
「それもあるけどハズレー。んふふ、もうそろそろ見られるよ」
「ここは知る人ぞ知る絶景スポットなのよ。少し前にはとても強い人間がお友達をこの場所に招いていたくらい」
「うん……?」
強い人間とは誰のことだろうか。それを楓が聞き返す前に夕暮れが水面に反射し、思わず目を細める。
「わ――」
一瞬だけ視界を封じられた楓の耳にはたての感嘆に息を呑む声が届き、光に慣れた楓の目にもその景色が飛び込んできた。
水底まで見通せる透き通った水面を夕焼けの光が照らし、雲霞の如き滝すらも茜色に染め上げていた。
この空間にいる誰もが同じ夕焼け色に染まっている光景に楓も思わず息を呑む。
この時間、この場所で、こんなにも美しい光景が見られることなど、千里眼を持っていても知らなかった。
いや、情報としては持っていた。ただそれは特定の時間、この場所が黄昏色に染まるという無機質な情報だけで、実際に間近で見て心が揺れることは知らないままだった。
「――すごい」
「へっへー! 少年の素直な言葉いただきました! ここが私たちのとっておき! 何もかもが夕焼け色に染まって秋の色になるんだ!」
得意満面な顔で語る穣子にしてやられたと思うよりも感嘆が先立つ。
「これが私たちからの贈り物! これから冬が来て、また春がやってきて、夏になって――秋まで私たちのこと、忘れないでね!」
「……忘れるつもりはない。雛も合わせて、妖怪の山の友達だからな」
「私たちも少年のことは友達だと思ってるよ。だからとっておきを教えたの」
穣子が自慢げに語っていた景色はすでに陰りを見せ始めており、本当に一瞬だけの景色だったことがわかる。
しかし茜色と黄昏の色が混ざった景色もこれはこれで良いものである。楓は目を細めてはたてや穣子、静葉たちの笑顔と合わせて風景を心に焼き付ける。
「――坊や」
「なんだ?」
「早速見せてくれたわね。私の知らなかった景色」
「……これからも違う景色を見せてやる。俺と一緒にいればな」
「そうそう、それでこそよ。出不精で人見知りの私だけど、坊やと一緒の時間は最高に楽しいって思ってるんだから!」
はたての言葉を受けて、楓は誰にでもなく微笑み、四人で同じ絶景を堪能するのであった。
厄神に厄を吸い取ってもらう(意味深)と豊穣神のお話でした。
はたてとの付き合いも長くなってきたので、はたては楓のことを一緒にいれば間違いなく楽しいものが見られる、という確信を抱いています。ある意味天子と同じで楓の巡り合わせに一番の信頼を置いている。
次回から深秘録が始まる予定です。あんまりシリアスにならないライトな異変解決の予定ですが、それはそれとして地雷爆発予定のキャラはいます()