阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

13 / 143
遅くなって申し訳ありません。ちょっと執筆のペース配分を間違えました。


少年の能力

 光線を避けた楓は二刀を構えて前に進み――即座に転進する。

 

「溜めを必要とする、なんて思われるのは癪に障るわ。この程度、呼吸するのと同じものよ」

「……っ!」

 

 楓を射抜いた光線と同等のそれが、避けた先にも置かれていたのだ。

 横に走って光線を回避しつつ千里眼で幽香を観察すると、ほとんど瞬きと変わらない時間で日傘の先端に魔力が集まり、光線として発射されている。

 溜める時間を有さないからだろう。一つ一つの光線の範囲自体は魔理沙のマスタースパークと比べると一段落ちる。落ちるが、溜めもなく連射できることを考えるとバケモノとしか表現のしようがない。

 

「――ふっ!」

「よく避けること。まるで羽虫ね」

 

 触れた部分が融解しそうな光線を無茶苦茶に放ちながらよく言う、と内心で毒づきながら楓は前に進む好機を慎重に探る。

 ここで逃げ回ったところでいたずらに体力を消費し、回避の傾向が割り出されていずれ当たってしまう。

 それに呼吸と同じように撃てることは間違いなく脅威だが――逆に言えば、呼吸程度の隙はあるのだ。

 

 ずっと息を吐き続けることも吸い続けることもできないように。極小ではあるが隙が存在する。

 ならば後はそれを見計らって進めば良い。今のように――

 

 放たれた光線を上空に飛び上がることで回避し、幽香が己に傘を向けようとする一瞬を見逃さず叫ぶ。

 

「椿!」

『死なないで、よっ!』

 

 椿と足の裏を合わせ、互いに蹴り出すことで加速。幽香が僅かに目を見開く速度で肉薄する。

 十二分に自身の間合いに踏み込んだ楓は刀を振りかぶり――背筋を悪寒が貫く。

 

「魔力を溜めて放つ。それだけの女だと思ったのかしら?」

 

 集まる魔力は先ほどと変わらない。矛先も変わらずこちらを向いている。

 だがどうしたことだろう。楓にはこの光線が他と違うと直感で悟る。

 攻撃しようと振りかぶっていた動作を全て回避に注ぎ、どうにか自身を狙う傘から逃れ――花が咲いた。

 

(今までのような集束ではなく、拡散する光線。避けきれない。なら――)

 

『楓っ!!』

 

 横合いから飛び出してきた影が楓を突き飛ばし、己を焼く光線からかろうじて回避する。

 しかし同時に体勢も崩れてしまっており、そこから踏み込むことができず距離を取るしかなかった。また振り出しに逆戻りである。

 

「あら、当たると思ったのに」

「…………」

「聞いたことがあるわ。――あなたにしか見えず、干渉もできない何かが常に付いている、と。なるほど、いまのが」

 

 無言を貫く楓に幽香は面白いと微かに笑う。

 先ほどの攻撃で戦闘不能になるようなら、大した器ではないと見切りをつけるつもりだったがなかなかどうして。

 結果は幽香に見えない何者かが助けた形に収まったが、楓はあそこで何かをする気配があった。要するに彼も独力でどうにかする術はあったのだ。

 

「今のところ及第点、と言ったところかしら。さぁ、次はどんな手を見せてくれるの?」

 

 その言葉と同時に再び光線の嵐が始まる。が、今度は時間を置くことなく楓は前に進む。

 回避に時間を費やしたところで、勝機が来ないことはさっきのやり取りでわかってしまったのだ。ならば多少の手傷を覚悟し、距離を詰めて白兵戦に持ち込む以外に勝ち目はない。

 

「椿!」

『りょーかい、合わせるから好きに動いて!!』

 

 そこからの動きは正しく縦横無尽と呼ぶに相応しいものだった。

 上空に飛び上がったかと思えば何もない場所を蹴り直角に曲がり、重力に従って落ちるかと思えばまた何もない場所を蹴って急降下する。

 かといって足の動きに注目すると、次は手を使って動きを変えてくる。

 しっかり光線の範囲に逃れ、予測のまるでできない動き方で確かに距離を詰めてくる楓に幽香は舌打ちを一つ。

 

「……面倒ね」

 

 傘に集まる魔力の質が変わったことを楓は目ざとく見抜く。距離を詰めれば拡散する光線を放ってくることを予測していた楓は、怯むことなく刀を振りかぶった。

 

「――っ!」

「あら」

 

 短い呼気と共に振るわれた双剣は仄かに白い輝きを帯び、幽香が集めていた魔力を切り散らす。すでに可視化されるほどに集まっていた魔力が淡雪の如く空気中に霧散し、消えていく。

 何度も魔力が集中し、光線となり、放たれるのを観察し続けていたのだ。魔力の集まる流れが見えてしまえば、後はそれを阻害する術を組めば良い。

 

 術の組み方は妹紅との戦いで覚えていた。幽香のそれも単純に魔力を集めて放つだけの単純なものであったため、邪魔をする術を用意するのは簡単だった。

 

「小器用なものね。半妖だからかできることが人間以上に多い」

「それを活かさない手はない」

 

 日傘をかいくぐり、懐に潜った楓を見て幽香はそれでこそだと言わんばかりに笑う。相手を見定めんとする澄ました目から、対等な相手を叩き潰す際に見せるような猛りが僅かに顔をのぞかせる。

 これ以上の勝負は本当に命がけになる、という直感を覚えながらも刀を振るう腕は止まらない。ここで手を抜いたら死ぬのは間違いなく自分である。

 

 逆袈裟に切り上げる斬撃。一歩も動かないならば両断する軌跡を描いたそれを、幽香は半歩下がるだけで避けてしまう。

 防御される想定はしていた。肉体そのものが堅固な想定もした。回避されることも考えなかったわけではない。

 

「な――っ」

 

 だが、自分の斬撃を完璧な軌道で避けられることは想定外だった。

 慢心して可能性を無意識に取捨選択していた、と気づいたのはその直後、幽香が好戦的な笑みを浮かべながら拳を握った時。

 

「舐められたものね。私が魔法だけの女だと思って?」

 

 侮っていた、と指摘されたら返す言葉がない。楓は迫りくる拳を前に歯噛みしてその事実を受け入れる。

 潤沢な魔力に物を言わせた砲撃の連射がある。花開くように美しい弾幕もある。そしてそれらを乗り越えた先に待ち構えるのは――風見幽香という長い時を生き抜いた大妖怪なのだ。

 

(もっと見なければ話にならない。大妖怪相手ともなると動きが読めなかったでは済まされない!)

 

 避けるのは難しい。かといって受けるのは刀で行うにしろ、腕で行うにしろ、確実にその箇所が破壊される。どちらも破壊されたらこの戦闘を覆す術がなくなるに等しい。

 切り札はあるが、今の状況の打開には役立たない。これから受けるであろうダメージを損切と割り切って使うなら良いが、可能ならこの切り札は必殺のタイミングで使いたかった。

 対策の立てられる部類ではないことは確かだ。しかし来るとわかっている攻撃への心構えがあるかないかで反応はまるで違ってくる。

 

 しかしもう背に腹は代えられない。せめて肉体の破壊だけは避けようと刀の柄で防御しようとして――

 

『楓、腕で防いで!』

 

 椿の言葉が幽香の立っている場所から聞こえたため、即座に腕での防御に切り替える。

 そして幽香の拳が腕に触れた瞬間、椿の足もまた伸びて楓の身体を蹴飛ばす。さらに楓自身も後ろに跳躍することで勢いを強めた。

 ここまでやって、ようやく幽香の拳は楓の腕を砕かない程度に威力を軽減させた。どれか一つの動作が噛み合わなければ腕が折れるか、もぎ取られていただろう。

 

 それでも頭の芯まで響く痛みに顔をしかめる。両腕の感覚が痛覚以外消え失せるような痛みだった。動くことは確認できたので、刀を振るう分には問題ないが。

 

「……ふぅん、少し認識を改める必要がありそうね。あなたにしか見えないそれは完全に一個の存在として独立していて、あなたの指示に従いもするし、勝手に動くこともある。そして私はそれをどんな状態であっても認識できない」

 

 幽香は自分の体を――椿の立っている場所を撫でるが、期待した感触はなかったのか大きな舌打ちをした。

 そうこうしているうちに椿は楓のもとに戻り、ひそひそと耳打ちしてくる。

 

『私の存在が良い方向に作用してるのは良いけどさ、これやられっぱなしじゃない? このまま勝ち目ある?』

「ある。……さっきの攻防で一つ思い出したことがある」

 

 すでに楓の千里眼は幽香の一挙手一投足にしか注がれていなかった。

 かつて父に教えられた言葉――すなわち、相手の立つ姿から行うであろう行動を全て読み切らなければ勝てない存在がいるということ。

 風見幽香と戦って実感した。自分一人だったら何回死んでいたかわからないほど、彼女の実力は底が知れない。

 そんな存在を相手に、しかも一撃でも受けたら致命傷の人間の身で戦っていた。なるほど確かに、父の語っていたことは比喩でもなんでもなく、これができなければ大妖怪と戦うべきではないと言っていたのだ。

 

 楓は父の教えがまだ実践できていなかった。だからここまで綱渡りをする羽目になってしまった。椿がいなければとうに満身創痍になっていただろう。

 課題は見えた。ならば――この戦闘でものにしなければいけない。

 

「あの人の動き全てをここから見る。その上で接近して一撃入れれば勝つ公算はある」

『それ、失敗したら死ぬってわかってる?』

「大妖怪相手にリスクを取らない選択肢などない」

 

 自分は明確に彼女より格下だ。そんな自分が彼女相手に勝利をもぎ取るためには、リスクを受け入れる以外にない。

 ぶっつけ本番になる。多少の誤差は椿の助力、自分の切り札込で押し切ってしまう。ことこの領域に至って、出し惜しみをするつもりはなかった。

 

「…………」

「話は終わったかしら? 待ってあげたのだから感謝してほしいわね」

「ああ、感謝している。おかげで勝つ算段がついた」

「へえ、手も足も出なかった子供が言うじゃない」

 

 楓はその言葉に答えず、前に走り出す。

 それに対して幽香は無造作に光線を三本横に並べて発射する。これで上空に逃げるのは先の攻防で把握していた。

 故に上空にも光線を置く。彼女にとってこの攻撃は魔力を集めて放射しているだけに過ぎないため、込める魔力の量を増やすだけで光線を動かすことも長時間維持することも容易だった。呼吸をほんの少し長く続けることと大差はない。

 

 しかし楓はそれも回避する。否、回避するというより最初からそこに何が来るかわかっていたような動きだった。

 それを見て幽香は初めて眉を動かす。動き方が明らかに変わっている。

 今までは幽香の行動に反応して動きを決めていたように見えたが、今はすでに見えている動きに定められた動きをしているだけ、という印象を受ける。

 

(予め決められた動き、とはいうけど要するに一度何かしらの行動で見えた予知を実行に移しているようなもの。事実、動きの無駄が見違えるほどに減っている)

 

 ならば、と幽香には一つの可能性に思い当たる。それが実行可能か否かも脳裏に疑問として浮かぶが、すぐに消え去った。

 なにせ――あの男の息子なのだ。離れている相手には光線。近づいてきたら殴り飛ばすという極めて単純な動きをしている自分の動きを全て読み切ることくらい可能でなければ困る。

 幽香の口元に笑みが浮かぶ。相手を見下す嘲笑でも、喰らいちぎる獰猛な笑みでもない。本当に楽しげな少女のそれ。

 童女の如き笑みを浮かべたまま、しかし攻撃はむしろ苛烈さを増していく。

 

「じゃあこれはどうかしら」

 

 花びらとも見紛う魔力が球体の形になり、日傘の周りを展開するように広がっていく。

 そしてそのそれぞれから、光線を発射する予兆である魔力の集束が行われていることに、

 

『楓! どう見てもあれヤバい!!』

 

 わかってる、という返答の代わりに楓は己の眼に意識を集中させる。

 あれを発射させてしまったらこちらが詰む。椿の助力だけではどうしようもない。

 

ここまで(・・・・)は知られても良い――!)

 

 

 

 全方位への魔力を集中させていた幽香は、背筋に走る悪寒と全身を襲う束縛感に今度こそ驚愕で目を見開いた。

 

「っ!?」

 

 この自分に咄嗟とは言え恐怖を覚えさせたことに怒りと感嘆を同時に覚え、次いで答えを求めて思考が回る。

 

(あの子の能力? それとも私に見えないやつが能力を持っていた? どちらでも構わないが、この性質は――間違いなく私という存在に干渉しうる極めて厄介な能力!)

 

 それが眼に起因する能力である、というのはすぐにわかった。見上げた幽香と視線のあった楓の瞳は紅玉のそれではなく――碧玉の空を映し出したような色に変わっていたのだ。

 これが原因だ、と直感で理解できた。できたが、それ以上の情報が得られなかった。

 

「っ、知ったことか――!!」

 

 全身を縛り付けられる感覚を無視して幽香は腕を振るう。

 呼吸と同じように行っている魔力の集束がまるで行えない。目に見えない鎖で肉体も魂もがんじがらめに絡め取られている感覚だ。

 だが強引に魔力を集め、血を吐くような思いで放った光線は急加速を見せた楓に回避され、幽香の真上に到達した。

 

「――っ!」

「こ、のっ!」

 

 肉体の重さが煩わしくて仕方がない。幽香は拳を握って上空から剣を振り下ろす楓をその刃ごと殺してしまおうと振るう。

 断言しても良い。この時、風見幽香は間違いなく本気だった。本気であるにも関わらず、幽香は今発揮できている力が、目の前の少年より低いことを感じていた。

 

「私の足を引くか!!」

「――悪いとは思っている」

 

 幽香の拳は空中で身を捻った楓に当たることなく、楓の刃は幽香の身体を深々と袈裟懸けに切り裂く。

 血が吹き出し、返り血が楓の顔にかかる。碧玉の瞳はいつの間にか消え、常と変わらない紅い瞳が幽香の顔を正面から捉えた。

 身体を切り裂かれた痛み以上に、肉体を覆っていた束縛感が消えたことが爽快で幽香は皮肉げに口元を歪める。

 

「……ふふ、この程度で勝ったつもり?」

「ああ、俺の勝ちだ」

 

 油断も慢心もせず、しかし戦意はすでに消えた楓はその場に立ち尽くす。

 ここで戦いを諦めたというなら、幽香に容赦する理由はない。半人半妖の肉体を日傘で引き裂き、これから先少年を襲うであろう苦難から遠ざけてやる。

 この程度で折れるなら、八雲紫らと同等の領域に至るなど土台無理な話なのだ。人里が変な期待を持つ前に、殺してやるのも慈悲だろう。

 

「諦めるつもり?」

「いや、勝ったと言った」

「一太刀入れた程度で――」

「一太刀入れれば良いんだ。――それで術は流し込める」

 

 その言葉に幽香は己の肉体に何が起こっているかを確認し――炎を起こす術式が全身を覆っていることに気づく。

 気づいた瞬間、幽香の全身から炎が吹き上がる。

 体内を、体外を、全てを焼き尽くす炎が幽香を覆い尽くす。

 妹紅との戦闘で学んだのは炎の術だけではない。彼女が行った体内で術を作り上げ、自爆に等しい火力を発揮する術も読み取っていたのだ。

 これを応用し、刀で切りつけた相手の体内に術を流し込み、任意で発動する方法を楓は編み出していた。生半可な相手では確実に殺してしまうため、今の幻想郷で必要な技ではないと位置付けていたが――自分を殺しに来る格上相手なら上等だろう。

 

「ぁ――」

「お前は特に効くだろう。なにせ花の妖怪だ。火に燃えぬ花などない」

 

 火達磨になった幽香の手が楓の肩を掴む。皮膚がただれ、肉の焼ける臭いが辺りに生まれるが楓は眉一つ動かさない。

 

「……切り札、というには剣呑に過ぎる。俺の持つ手札はどれも初見殺しのものが大半だ。だが、その分効果はあると自負している」

 

 誰の目にも見えず、触れられず、認識できない椿との連携。相手に凄まじい束縛感を与え、精神に根ざす魂にすら影響を及ぼすとされる瞳。そして一太刀入れたが最後、相手を焼き尽くすまで消えない炎。

 どれも必殺と呼ぶに相応しいものである。必殺であるがために、尋常の勝負ではまず使えないのが難点でもあるが。

 

 やがて炎が消えると、そこには黒焦げとなった人型の何かがあるだけだった。何もかも燃え尽くし、人の原型を留めているのが奇跡と呼べるほど、全身は炭化している。

 とはいえそこはさすがの妖怪。火が消えると再生はみるみるうちに行われ、五体はあっという間に人の肌の瑞々しさを取り戻し、先ほどまで見ていた姿と何ら変わらないそれに戻っていく。

 程なくしてもとに戻った幽香は不機嫌極まりない、という顔で楓の肩を掴んでいた手に力を入れる。

 

「…………」

「……勝ったのは俺だが」

「わかってるわよ。あんたが火を止めなければ私は死んでいた。これはあんたの狙いと切り札に気づけなかった自分への怒りと……乙女の柔肌を見てるあんたへの怒りよ……!」

 

 そう、幽香の肉体はもとに戻った。だが着ている服は別物だったらしく、今の彼女は一糸まとわぬ姿だった。

 とはいえ楓は別に気にしていなかった。御阿礼の子じゃないので、誰の裸だろうと特に動揺はしない。

 なので落ち着いて欲しいと言ったところ肩を握る力が強まり、一度肩が砕けてしまう。痛い。

 

「眼鏡には適ったと見て良いか」

「……業腹だけど、認める認めないの領域ではないわね。手加減していた私を、あんたは殺せるところまで追い込んだ。――あんたは立派に、この私と戦うに値する力量は手にしているのよ」

「褒め言葉と受け取ろう。それにおかげでわかったこともある」

 

 大妖怪との戦い方をついに理解できた。父の言葉の意味を実際の感覚として身体に覚えることができた。

 

「父上の教えがようやく一つわかった。その点は感謝している」

「あいつの教え?」

「相手の佇まいから次の動きを全て予測しろ。言われた当時は本当に何を言っているのかと思ったが、何のことはない。あなたのような大妖怪を非力な身で相手取るというのなら、その程度できなければ話にならないというだけだ」

「……ふん」

 

 命がけの勝負で窮地を何度も椿に救われ、それでついに理解できた。今の己であれば、大妖怪が相手でも持ちこたえ、勝利の機会を待つことができるだろう。

 一つ、大きな山を超えたという実感を抱き、楓は上着を脱いで幽香に羽織らせる。

 

「肌を晒すのが嫌ならこれでも着ていろ。襲ったのはそっちなんだし、謝るつもりはないが」

「肩の部分が血まみれ。服も焦げててボロボロ。こんなのを淑女へ贈るつもり? 全く躾がなってないわ」

 

 服が汚れた原因は全てそっちである、と言うだけ無駄だと察して楓は大きくため息をつくだけに留めた。

 ブツブツ言いながらもしっかりと前を隠した幽香は、ふと思い出したように指を楓の眼に向ける。

 

「それともう一つ。――あの眼は何?」

「……検証して得ることのできたおそらく、という但し書きがつく内容で良ければ」

「話しなさい」

「……俺の眼は視た者の魂を縛るらしい。実験は父や退治する予定だった妖怪を相手に行い、確認した」

 

 退治する予定の妖怪は実験に使った後に倒しているので、詳細まで理解していたのは父親だけである。母親にもこの能力は話していなかった。

 楓の話に幽香は無言で首をしゃくり、続きを促す。

 

魂縛り(たましばり)。父上は俺の眼をそう名付けた。だから俺の眼は千里眼ではなく、魂縛りの瞳、というのが正確だ」

「普段からその眼を使わないのは……」

「喧伝する必要もないし、これは能力の性質上、相手の存在が魂に依っていればいるほど効果が強くなる。精神に依存する妖怪には効果が大きい」

 

 特に人間の肉体を持たない亡霊などが相手だった場合、楓が魂縛りの瞳を発動させた時点でその存在はほぼ何もできなくなるだろう。

 逆に肉体に依存した存在――人間が相手になると、この能力は極端に効果が落ちる。父に発動させて試しはしたが、その状態で長時間戦闘したら悪影響が出るかも、程度の効果に落ちていた。

 

「それにこれは俺が持って生まれた力というだけで、無敵でも最強でもない。必要なら使うが、必要ないなら使わない。それだけだ」

「確かに、強力なのは実感したけど対策は立てられるわね」

 

 受けたところで肉体、精神の倦怠感、束縛感があるだけだ。来ると理解して、心構えができていれば効果の減退は見込める。

 幽香がそれを話すと、楓はその通りであると隠さずうなずいた。

 

「なるべくこの力を知っている者は少なくいて欲しい。あなたは他者に話すとも思えないが……」

「言わないわよ。それに普段使わない、ということは尋常な勝負で使えない理由もわかっているのね」

「相手の足を引っ張って勝つ、という結果に納得できる人は少ない。それはわかっています」

 

 わかってるなら良い、と幽香はうなずいて楓に背を向ける。

 身体から火が出た時に手放していた日傘を拾い、振り返ることなく楓に言葉を投げた。

 

「……せいぜい励みなさい。それでいつか父親を越えなさい。そして――その時が来たら、あなたは私が直々に手折ってあげる」

「……その時が来たら、俺はきっとあなたとの正面対決は避けるよ」

 

 あんな危険な光線を呼吸と同じ勢いでドカドカ撃ち込んでくるのだ。真面目に相手したら命がいくつあっても足りやしない。

 そう答えると、楓に背中しか見せない幽香の肩が僅かに揺れる。

 笑いをこらえているように見えたそれを追及する前に、幽香は再び歩き出した。

 

「またね、楓。次に会う時は将棋でも打ちましょう」

「……俺はそんなに得意じゃないぞ」

「良いのよ。最近、相手がいなくて指が寂しかったから」

「……もしかして、父上との?」

「どうかしらね」

 

 楓の質問をはぐらかし、今度こそ幽香の後ろ姿が太陽の畑に向かっていく。

 それを千里眼で見届けて安全な場所に来たとわかると、楓は大きく息を吐いた。

 

「……あれが父上の語っていた花の妖怪、か」

『おっかない妖怪だね。楓、私に感謝してよ?』

「わかっている。……全く、前途多難だな」

 

 あの力量が大妖怪のそれであるのなら、楓がこれから戦う相手は風見幽香と同等の力量の持ち主以外にいないということ。

 彼女らの脅威から御阿礼の子を十全に守り抜くには、父の教えを一つ理解できた程度で慢心する余裕すら与えられない。

 が、差し当たって今日のところは戻って阿求に事の次第を報告しよう。戻りが遅くなってしまったため、いらぬ心配をかけてしまった。

 

「一旦戻ろう。それで今度こそこの異変が終わるまで待って――」

「おや、この辺りの幽霊はいないようですね」

 

 軽い口調の言葉に振り返る。千里眼での警戒は怠っていなかったが、それでも気づかなかった。

 そこに立っていたのは悔悟棒で口元を隠し、厳格な空気を醸し出す一人の小柄な少女だった。

 

「大きな戦いの痕跡もありますが、どうやら死者も被害もなし。じゃれ合いの範疇とみなせますね」

「…………」

「む、何か言いたいことがあるのなら聞きますよ? 火継の新たな当主、火継楓」

「名前を知っているのか」

「私もそれなりにあの家とは縁がありまして」

 

 懐かしそうに肩を揺らす少女を見て、これも多分父上の知り合いだな、と半ば決めつける。実際当たっているのだが。

 

「私の名は四季映姫・ヤマザナドゥ。幻想郷の死者を裁く閻魔大王です。――少し、私と話しませんか?」

 

 またも帰りが遅れることに、楓は頭の中の阿求へひたすら叩頭しながらうなずくことしかできなかった。

 どうやら、この一日はずいぶんと長くなりそうである――。




通常攻撃(光線ブッパ(いろいろなパターンあり))
というクソゲーを乗り越えた先には殴り合いも鬼に匹敵するレベルでこなす存在。それが風見幽香です。実は戦闘スタイルが近接オンリーな前作主人公と楓に相性が良い。

ノッブが戦いたがらない理由? 相性が悪いので勝負として面倒だからだよ!

魂を縛る瞳を持つ程度の能力。それが楓の持つ能力の名称です。妖怪相手だと特に強力な効果を発揮する眼で、これまた初見殺しとして優秀な力です。





――楓の能力はもう一つ先があります。楓は知ってますが、こればかりは誰かに知られるわけにはいかない類です。少なくとも自身の命が危険にさらされた程度では使いません。御阿礼の子が踏みにじられた時? うん。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。