満月の夜、永遠亭はにわかに物々しい雰囲気が漂っていた。
それもそのはず。無謀にも輝夜の語る永遠に異を唱える狼藉者が現れたのだ。
同じ不老不死である妹紅と殺し合い、殺され合い、変わることなく、変えることもなく、ただひたすらに同じことを繰り返す美しさを解さないものだ。
どんな答えを秘めているかなど知ったことではない。愚かにも彼は永遠に挑もうとしているのだ。その代償は命をもって支払われるべきである。
「――だから殺して。私と妹紅の間に入る存在は必要ない」
「……姫の御心のままに」
輝夜の言葉に従者である永琳が断る言葉は持たない。
たとえ優秀な弟子だと思っていても、姫が決めた以上は敵対者となる。
しかし永琳は輝夜の予想に反してむしろ楽しそうに戦いの準備を始めていた。
鼻歌交じりに久方ぶりの戦闘に備えた武器を用意し、調子を確かめている。
「楽しそうね、永琳」
「ええ、楽しいですね。久しく射ることがなかったこの弓矢を持ち出す程度には」
今から約千年前。輝夜が月の使者から逃げ出す際、月の使者を皆殺しにした弓である。
月の技術が使われており、幻想郷ではまず見られない機械と機械が複雑に噛み合って弓の形を成しているそれを、永琳は楽しそうに調整していた。
「月で使っていた弓。それってどんな代物なの?」
「大したものではありませんよ。矢の不足という事態が起こらないよう、光を矢に変える性質を持つだけです」
「驚いた。月にそんな低機能の武器なんてあったのね」
振るえばあらゆる物質を難なく切り裂く刃。撃てば自動で相手に命中するまで飛び続ける銃弾。ボタンを押すだけで眼下に広がる風景を軒並み荒野に変えることのできる砲撃。
月の技術は兵器にも及んでいる。今の輝夜たちには扱えないが、そういった武器を持っていれば今回の狼藉者を返り討ちにすることも容易いはず。
そんな輝夜の疑問に永琳は首を横に振る。
「姫様、武器とは常に陳腐化していくものです。扱いに技術のいる刀から並べて突くだけの槍に。槍からつがえて射るだけの弓に。弓から構えるだけの銃に。武器の進歩はすなわち射程の獲得と扱いの陳腐化にこそある」
「それは認めるわ。だったら永琳が持っているそれはどう違うのかしら?」
「陳腐化するとはつまり、誰にでも扱えるようにするもの。技術がなくても使えるように。言い換えれば、技術があるなら別の道も存在する」
「……つまり、その弓が永琳の力を一番発揮できるということ」
「月の兵器に比べればちゃちな玩具に等しいでしょう。――ですが、私がこれを持っていればあらゆる月の兵器を上回りましょう」
扱いに習熟が必要で、習熟したとしてもその程度では到底使いこなせないが――極めれば何にも勝る武器になる。
「私は楓を過小評価していません。こと戦闘に関する才能は依姫にも匹敵、ないし上回るでしょう」
「そんなに?」
「この一年の成長を見たでしょう? 取るに足らない少年が今や幻想郷の名だたる勢力を相手に立ち回れるほどになった。成長速度だけで言えば依姫以上」
故に手加減も慢心もしない。永琳は自らの全力で彼を迎え撃つことを宣言する。
「姫様が殺せというのなら必ず殺しましょう。この弓にかけて」
「安心したわ。あなたは優しいから情けをかけるかもと思ったけど」
「御冗談を。私は姫様の従者ですから」
では準備があるので失礼します、と永琳が慇懃に頭を下げて部屋から出ていく。
輝夜が最も頼りにする従者はどんな時でも頼もしい。
「……これで彼がここまでたどり着く可能性は極限まで小さくなった。それでも来ると思うかしら――妹紅?」
輝夜は自分の隣で静かに眠る――手を差し伸べた時から眠り続けている白髪の少女を愛おしそうに撫でるのであった。
永琳は永遠亭に住まう妖怪兎たちを束ねている因幡てゐと、もう一人の弟子である鈴仙を呼び出していた。
「今夜、大規模な戦闘がここで発生するわ。部屋にこもっていて巻き込まれない保証もできない。お互いに周囲への配慮なんてできない戦いになるでしょう」
「…………」
「てゐは私たちと対等の同盟者。あなたは危険な戦いには関わらないでしょう?」
「まあ、ね。私みたいなか弱い兎が生き残るのは危険に近づかないことだ。そりゃもう身に沁みてますよっと」
頭の後ろで手を組んで、てゐは気楽な調子で告げる。
「私は逃げるよ。あんたらの事情に深入りする気はないんでね。おっかない嵐は縮こまって過ぎるのを待つさ」
「そうしてくれると助かるわ。私も永遠亭で暮らす上であなたを敵に回したくないもの」
この戦いに勝ったとして、永遠亭には再び静謐で退屈な時間が戻ってくる。
その時にてゐがいなければ、妖怪兎の力を借りることもできない。それでは以前のような時間にはなり得ないだろう。
てゐが関わらない宣言をしたことにむしろ安堵しながら、永琳は固い顔をしている鈴仙に目を向ける。
「鈴仙。あなたに無理強いをするつもりはないわ。弟弟子を殺すかもしれないことに加担できないというのなら、それを否定はしない」
「……いえ、師匠。私も戦います」
「……逃げないの?」
「逃げた先にも居場所はあるって言ってくれたやつです。でも――いいえ、だからこそ。弟弟子に泣きついて逃げ出す姿は見せたくない」
そう語る鈴仙の目には強い決意が宿っており、逃げ出す心配をする必要はないと永琳に確信を抱かせるものだった。
「だったら戦力として数えるわ。あなたの能力は戦闘において希少なものだし、当てにするわよ」
「はい!」
力強くうなずく鈴仙に永琳は嬉しい誤算だと内心の評価を上げていく。
永琳の予想では彼女はもっと消極的に協力してくれると思っていたのだ。普通に考えて、弟弟子を手に掛ける可能性のあることに加担はしないだろうと考えていた。
「おー怖い怖い。かぐや姫を怒らせるとこうなるわけか。あたしゃさっさと一抜けさせてもらうよ」
てゐは二人の様子を茶化しながら部屋から出ていこうとする。
その背中に永琳は最後の確認をしようと声をかけた。
「……彼に幸運を授けるようなことは」
「しないよ。気に入ってるのは確かだが、それとこれとは別さ。しかし意外だね。月の賢者ともあろう者が、あの子との勝負は幸運一つで変わると思ったんだ?」
「私の見立てでは勝率は七割を超えているわ。でも八割には届かない。そして彼の勝負強さは直接見ていないここにも聞こえてくるくらいよ」
負ける可能性の方が高い勝負を幾度も乗り越えてきた少年なのだ。土壇場で発揮される力は永琳の予想を上回る可能性すら秘めている。
獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと語られているが――今回の相手は間違いなく獅子である。なにか一つ、彼に優位になる要素があればあっさりと逆転されるくらいには。
「ふぅん、月の賢者から高い評価を受けたものだね。でも安心しな。あたしは今回の勝負には関わらないよ。それでも幸運が降って湧いたとしたら――それはあたしが授けたものじゃなくて、少年自身の行いの結果さね」
もちろん、永琳たちに幸運が訪れる可能性もある。てゐは煙に巻くような物言いをして、今度こそ部屋を出ていく。
危険には近寄らない主義の彼女のことだ。手下の妖怪兎を引き連れて竹林のどこか安全な場所へ逃げるのだろう。
「……懸念していたことが一つ減って助かったわ。鈴仙、あなたにやってもらいたいことだけど――」
永琳と鈴仙の熱心な話し合いはまだまだ続いていく。
そして――夜が訪れる。
「……やはりいない、か」
空に満月が煌々と輝く夜。
永遠亭に向かっている道中の楓は途中にある妹紅の家に寄っていき、彼女の姿がないことを確認する。
先日、輝夜と一緒に永遠亭に行ったっきり、戻ってきていないようだ。
『どうしたんだろうね。あの二人、不倶戴天の敵同士って感じだったのに』
「永遠を生きるということは、やはり俺たちの想像が及ばないこともあるのだろう」
憎悪だけに留まらない何かが、あの二人にはあるのだと楓は考えることにした。
ここでこれ以上考えても答えが見つかるわけではない。
場合によっては妹紅を取り戻すことも永遠亭を訪れる目的に書き加えながら、楓は永遠亭への道を進む。
迷いの竹林に入ったばかりの頃は月明かりが地面を照らしていたが、今はそれすらない。
空の光すらも遮る鬱蒼とした竹林が楓たちを無明の闇に誘っていく。
『レミリアさんは来るのかな?』
「約束は守るやつだ。どんな形であれ必ず来る」
きっと楓が考え得る以上の最高のタイミングで横槍を入れてくれるだろう。
だから彼女に関しては考えないことにした。気を揉んだところでレミリアは自分に配慮などせず、ただただ自分のやりたいようにやるだけだから。
そうして永遠亭にたどり着いた楓を出迎えたのは、明かりが全て消えて暗闇に覆われた屋敷だった。
「…………」
空気が明らかに違う。ここから先は殺し間である。
楓は何も言わず二刀を抜刀し一度だけ深呼吸をした後、永遠亭の中に踏み入っていく。
「……空間がおかしくなってるな」
内部に入った瞬間に思ったことだった。永琳に薬師として師事していたのもあって、楓も永遠亭の内部はある程度知っている。
しかしその知識が今はまるで役に立たない。玄関の次に応接間が続き、その奥は寝室になっていたり台所になっていたりと、空間の接続がおかしくなっている。
記憶にある永遠亭は全て捨てた方が良さそうだ。千里眼でどれだけ先を見通しても終わりの見えない空間を前に、楓は慎重に歩を進めていく。
「――来た」
永遠亭の空間を輝夜の能力で拡張した後、ひたすらに目を閉じて集中を研ぎ澄ませていた永琳が目を開く。
鈴仙はすでに別の場所で待機させている。隣にいるのは妹紅を愛でる輝夜だけ。
ろうそくの仄かな明かりがあるだけの中、永琳は矢をつがえることなく弦を引く。
月光を矢に変える機能を持つ月の弓は、永琳の構えに呼応するように青白い輝きの矢を作り出す。
「……姫様、合図を」
いつでも撃てる状態にありながら、しかし永琳は輝夜の言葉を待つ。
彼を殺すと決めたのは輝夜で、自分は彼女の武器であると言外に言っているのだ。
輝夜もその意味を汲んで、その細い腕を掲げて狼藉者の殺害を命じる。
「――射て。私に仇なす者を殺しなさい」
「――っ!」
射られた矢はあらゆる障害物を避けて飛び、少年のいる場所目掛けて曲がりくねった軌道を描いて飛んでいく。
「……お見事」
それは月の技術でも何でもない。ただ永琳の技巧だけで行われた絶技であると、輝夜は知っていた。
光速にも迫る速度で距離を一瞬でゼロにしたその一射は過つことなく少年の脳天を目指し――少年の振るう刃が矢を切り払った。
切り払った衝撃を殺しきれず、川に投げた石切のように錐揉み回転しながら吹き飛ぶ少年の姿を永琳は術で確かめながら、追撃の矢を複数番えていく。
「防がれました。追撃します」
「ええ、お任せするわ。私の弓」
西行妖と戦っていて正解だったと、楓は吹き飛ばされた衝撃を畳に刀を刺すことで殺しながら思う。
具体的に何かが見えたわけではない。ただ防がないと死ぬという直感があったから刃を振るっただけ。
(何かに攻撃されたが見えなかった! だが刀で防げた! これは単発? それとも連続してくるのか?)
考えている間に今度は複数、それもあらゆる軌道を描いて光の矢が飛んでくるのを視認する。
半ば無意識に後ろへ下がりながら二刀を振るって光の矢を砕く。幸い、威力は最初の一射と違って大したものではなかった。
しかし物量が多い。一直線に楓を狙うもの。山なりの曲線を描いて狙うもの。直角に鋭く曲がる軌道を描いた矢がそれぞれ全く同時に楓を狙っている。
(全て防ぐのは無理! 仙術で逃れるかもしくは――いや、光の矢?)
「――っ!」
楓が取ったのは仙術による防御ではなく、妖術の風を自らの周囲に張り巡らせることだった。
風を操ることで光の屈折率をいじり、刃を振るうことなく光の矢を落とそうとしたのだ。
その試みは見事的中し、全方位あらゆる角度から楓を狙っていた矢は全てが地面に落ちていく。
「椿、先に飛んで永琳たちを探せ! 見つかったら戻ってこい!」
『楓は大丈夫なの!?』
「あいつらの居場所がわからない限り狙い撃ちされ続けるだけ――っ!?」
言葉の途中で楓が再び刃を振るう。
すると斬撃の軌跡に重なるように太い光の矢がぶつかり、楓を再び吹き飛ばす。
今度は楓も予測していたのだろう。吹き飛ばされはしたものの、その場で回転しすぐに着地して体勢を立て直しながら楓は歯噛みする。
(おそらく弓矢の攻撃! 矢は光の性質を帯びている。物量を重視した矢と威力を重視した矢で複数の使い分けが可能! 永琳の技量ならそれぐらいできてもおかしくない――不味い!)
「――っ!」
無我夢中で楓が後ろに飛び退る。するとその場所に今の今まで全く注意していなかった箇所――上空から光の矢が突き刺さる。
予め上空に矢を放っていたのだ。楓の移動先を予測し、物量と火力の矢で注意をそらして本命の矢を隠していた。
受けていたら戦闘不能どころか、そのまま死んでいただろう。楓は冷や汗が背中に流れるのを感じながら椿へ叫ぶ。
「早く行け! こっちは自分でどうにかする!」
『――わかった! 私が戻るまで死なないでよ!!』
椿が楓から離れると同時、再び楓に光の嵐が襲いかかってくる。
その対処に刃を振るい、楓は前に踏み出していくのであった。
「――よくもまあ。上空の曲射は気づかないと思ったのだけど」
永琳は一瞬も手を休めることなく楽器を奏でるように弦を操り、無数の矢を放ちながら楓への尽きぬ称賛を口にする。
最初の一射が防がれた時点で千年前の使者を皆殺しにした時とは違っていた。
視認できていたかも定かではない一撃を防ぎ、光の性質を持っていることを看破して追撃の乱射も耐え抜き、予め放っておいた曲射にも気づくとは。
やはり才覚は依姫に匹敵するだろう、と永琳は楓を褒めちぎる。仮に依姫と同時期に弟子入りしていたら良い好敵手として研鑽していたに違いない。
「指南役の性分ね。優れた才を見たら自分が育てる空想をせずにはいられない」
「ええ。恥ずかしながら、次にどんな手で私の意表を突くのかと思うと高揚せずにはいられません」
尤も、今のところは全て永琳の予想の範疇を出ないのだが。
曲射に気づくことも、今の今までの攻撃を耐え忍ぶことも、永琳にとっては予想された未来の内の一つに過ぎない。かなり善戦している部類の予想ではあるが。
「許すわ。狼藉者を殺す結末に変わりはなくても、過程を楽しみたいのは私も一緒だもの」
「姫の寛大な御心に感謝します。――あら」
永琳の視線の先には楓が屋根を突き破り、上空へ飛び上がる姿が映る。
「なるほど、射線を限定させて私の居場所を探ろうと。悪くない案ね」
言いながらも永琳の手は止まらない。直線の軌道を描くもの。曲線の軌道を描くもの。直角の軌道を描いて飛ぶものがあらゆる速度で楓に迫る。
無論、途中まで真っ直ぐ飛んだ矢が曲がるものも混ぜる。これで居場所を誤認させることが可能になる。
「――いいえ、射線を見ての判断じゃないわね。軌道と弾速から場所の候補を算出するつもり」
永琳の射撃は速度や軌道こそ違えど、最終的には全てが同時に楓へ到達するものだった。
その方が対処が難しく、楓に負担をかけることができることから選択していたものだが、見方を変えることもできる。
つまり――軌道と速度から居場所をある程度計算できるのだ。
彼の瞳は千里眼。ある程度までわかれば後は視界を広げることで強引に突破することが可能になる。
事実、上空で全ての射撃を切り払った楓は流星の如く飛び出して一直線にとある場所を目指す。
そして二刀を振るい屋根を破壊しながら永遠亭に降り立つ。
「――っ、いない!」
「お見事。でもまだ届かないわ」
居場所を割り出そうとした時点で永琳は射撃を切り替えていた。
すなわち、全く別の場所を居場所と誤認するように軌道と速度を調整したのだ。
楓は見事に永琳の誘いに引っかかり、見当違いの場所を攻撃した。
無防備な楓の背中に曲射で放った矢が幾本も突き刺さる。
しかしその肉体は矢が刺さった瞬間、ドロリと溶けて消えてしまう。
「消えた?」
「ハリボテね。本人は姿を隠して囮を突っ込ませた。どんな術かは知らないけど、策を練っているのは私だけではないってこと」
本当に楽しませてくれる。永琳は知らず舌なめずりをしながら次の矢を構えるのであった。
仙術が使えなかったらとっくに死んでいた。
上空から突っ込んだ室内の一角に、風を操り不可視になって潜り込んでいた楓は止まらない冷や汗を拭う。
囮を突っ込ませたと判断した永琳の考えは正しい。――ただし、囮と一緒に楓も
理由は明快。あのまま上空にいても狙い撃ちされ続けてジリ貧になる可能性しか見えなかったのだ。
(それに居場所を誤認させたってことはそこに誘導したい何かがある。罠だろうと食い破って進むしかない!)
後ろに下がっていたらいつまでも永琳の元にはたどり着けないのだ。危険を承知の上で前に進むのが楓の出した結論だった。
それに上空からの曲射も警戒し続ける必要がある。どうやら彼女も自分も考えることは同じだったらしい。
そして前に進むのならこのおかしくなった空間も敵である。楓は自身の周囲に炎をたぎらせて周囲を薙ぎ払う。
「邪魔をするなぁ!」
「居場所を自分から教えるとはね!」
「っ!」
紅蓮の業火を纏った剣閃が楓の周囲一体を全て灰燼に焼き尽くす。
するとそこに赤い瞳を光らせた少女――鈴仙が人差し指を銃口のように向けて飛び出してくる。
「魔眼持ち同士の勝負と行きましょうか! 狂気に落とす瞳はお嫌いかしら!」
「落とせるものなら落としてみろ!!」
楓は振るっていた二刀を手から離し、風で操って周囲に浮かばせる。
今この瞬間も降り注ぎ続ける永琳の矢を刀で防ぎながら、空いた両手で妖術の印を組んで鈴仙を倒そうというのだ。
永琳を相手にしながら自分まで倒せるというのか。鈴仙は強気に笑いながらも流れる汗を自覚しながら、指先から弾幕を放つ。
同時に鈴仙の瞳が輝きを増し、楓の波長をかき乱す。
視界に頼る存在ならば誰であろうと一瞬は効果を発揮する。生物全てが持つ波長を操作し、整えるも破壊するも自由自在な魔眼が楓を射抜いた。
「――っ!」
「うそ、引きちぎった!?」
魔眼の効果は確かにあった。だがそれは鈴仙が叫ぶほどに一瞬で、永琳の射撃が楓を射抜く間すら与えないもの。
どんな性質の魔眼かは知らないが――鈴仙がかき乱した波長を楓は自らの魔眼で強引に戻したのだ。赤く輝く魔眼とは対象的に碧玉に輝く魔眼が鈴仙を射抜く。
途端、魂を鷲掴みにされた悪寒で鈴仙は楓の魔眼の性質を体感する。
(こいつの魔眼――波長を自分のそれと同じにする魔眼だ! それで乱された波長を無理やり引き戻した! 不味い、私の魔眼は楓に効果がない!)
「――っ!」
楓は拳を振り上げると、地面に叩きつける。
叩きつけた衝撃波が爆炎と同時に広がり、鈴仙たちの視界を遮る。
鈴仙が爆炎を自らの弾幕で相殺し、煙の向こうから放たれる大岩――天狗礫を距離を取りながら回避する。
(私と楓が殴り合ったらすぐに潰される! というか師匠の本気の矢を防ぎ続けている時点で白兵能力の差は明白! ここは後ろに下がって――)
「――捉えた」
「っ!?」
天狗礫の後ろに隠れていた楓の姿を見た瞬間、鈴仙は自らの敗北を悟る。
両の手に刀が握られていることから、粉塵と爆炎で姿を隠した後に刀を再び握り直し、天狗礫に隠れて鈴仙への接近を行ったのだ。
逃げられない。鈴仙の全身を楓の双刃が刻もうとした瞬間だった。極大の光の矢が楓を吹き飛ばしたのは。
「――っ!?」
「師匠!?」
「鈴仙、距離を取って援護に徹しなさい。この盤面であなたを休ませる余裕はないわよ!」
驚愕に固まる鈴仙の耳に永琳の声だけが届く。
視線を楓の方に向けると直前で矢の防御は成功したのだろう。土埃に覆われながらも無傷の楓がその場で妖術の印を組んでおり――
「やばっ!」
なりふり構わず物陰に隠れた鈴仙を、物陰ごと強引に吹き飛ばす風が襲う。
「きゃぁっ!?」
空を飛んで急制動をかけてもなお吹き飛ばされる強風。目も開けられない風を前に鈴仙はその意図を読み取ってみせる。
(私を戦闘領域から飛ばすつもり! ここからでも師匠の援護ができる距離まで戻るのに時間がかかる!)
どうしたら風から脱出できるか。それを考える前に風が止まり、鈴仙の体が畳の上に放り投げられる。
視界の遥か先で永琳の矢の輝きが周囲を昼間の如く照らし続ける。
今すぐに戻らなければ。楓がいつ永琳の攻撃の仕組みを看破し、彼女のもとにたどり着くかわからないのだ。
接近することが鈴仙にとって極大のリスクであるとわかった上で近づこうとして――紅い魔力の槍が彼女の足元に突き刺さる。
「――っ!」
「良い夜ね。満月は地上を照らし、地上は月の光が飛び交っている」
鈴仙の耳に届くのは甲高い少女の声。
しかし一瞬でも油断すれば殺されると鈴仙の本能が警鐘を鳴らす。
血はまだ流れていないというのに、血と臓物の臭いが溢れている錯覚すら感じる。
「こんなにも良い月夜――血の一つも見なければ嘘というものでしょう?」
「吸血鬼……!」
レミリア・スカーレット。夜と満月を糧に飛躍する力量を持つ吸血鬼が永遠亭の上空に座し、鈴仙を睥睨していた。
「私の愛しい勝者の命令でね。少し付き合ってもらうわよ」
「師匠の元へは行かせない!」
レミリアのおぞましさはともすれば楓を上回りかねない威圧を伴い、鈴仙に叩きつけられている。
彼女と楓を一緒にさせたら不味い。永琳にどれほどの隠し玉があったとしても、万に一つがある。
絶望的とわかっていながら、鈴仙は勝ち目の薄い勝負に身を投じていくのであった。
――夜はまだ、始まったばかり。
永遠亭の戦いの前編です。次回が中編になるか後編になるかは私次第だ……(戦闘の筆次第)
超射程超火力超速度の矢をぶち込みまくる永琳ですが、まだまだ隠し玉はあります。楓はどう乗り越えていくのか。それは来週の私が考える()
そしてよしんば接近できたとしても不老不死の彼女らが戦闘をやめるだけの言葉を言わなければ楓に勝ち目はありません。改めて書くとクソゲー極まってるな……(真顔)