阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

134 / 143
永遠を踏破せし者

 この戦いを続けたら間違いなく自分が先に潰れる。

 今もなお四肢を撃ち抜かんと迫る光の矢を二刀で切り払いながらの結論だった。

 

(このペースで戦ってたら先に武器が壊れる。その前に打開しないと俺の負けだ!)

 

 レミリアが鈴仙を抑えているのは千里眼で把握済みだ。鈴仙が勝つかどうかはさておき相応の時間は稼いでくれるはず。

 楓が最も自由に動けるのは今しかないのだ。

 足を狙った一射――と見せかけて直前で跳ね上がって腹部を狙う一撃を超人的な反応で防ぎ、楓は地面と平行になるように地を這う斬撃を放つ。

 

「――っ!」

 

 放った斬撃に沿って火柱が立ち上り、あらゆる障害を焼き払いながら火柱が進んでいく。

 しかし本来なら地平線の果てまで焼き尽くす勢いで放った炎は、永遠亭を半ばまで進むと消えてしまう。

 火柱がそこを通ったことを示す灰を見て、楓はこの空間に対する確信を得る。

 

(灰が深い場所と浅い場所がある。この空間は接続がおかしくなっているだけじゃない。正しい道順を通らないと永琳のところにたどり着けないループ構造だ!)

 

 椿を先行させていて正解だった。彼女なら誰にも認識されず、自由に永遠亭を動き回って正解の場所を虱潰しに探すことができる。

 

 楓がループの仕組みに気づいた瞬間、攻撃の苛烈さが増していく。

 もはや驟雨にも等しい矢の雨に楓は足を止めての防御に徹するしかなくなる。

 剣で切り払い、風で屈折率を操り、さらには鋼体の術で強化した肉体で弾く。

 あらゆる術を総動員し、楓自身も全力で守りに入ることでかろうじて防げる攻撃。

 

(近づけなければ術も剣も意味がない! しかしループの法則を見抜くには動かなければならないのに、永琳の矢がそれを阻む!)

 

「――っ!」

 

 楓が選んだ手段は前後左右でも上でもない、下だった。

 地面を割り砕き、砂煙で自身の姿を隠すと同時、地下に身を潜めたのだ。

 当然、永琳の矢はどこまでも追ってくる。しかし来る方向さえわかっていれば炎で薙ぎ払える。

 勝負はここからだと気合を入れ直し、楓は次の術を準備していくのであった。

 

 

 

「呆れた手数の多さね。屋敷の仕組みにも気づいたようだし、あまり時間をかけるのは不味い」

「手加減はしていないのよね?」

「当然。放つ矢全てが必殺につながるものです」

 

 一つでもまともに受ければ体勢を崩し、為す術もなく蜂の巣になるしかないように矢を放っている。

 それでもなお楓が呼吸をしているのは彼の技量に他ならなかった。

 

「とはいえそろそろ放つ種類も底が見え始めています。手を変え品を変え、とは言いますが私のは全て技術でやってますから、限度がある」

「慣れたら終わり?」

「まさか。慣れさせないように射っていますよ。とはいえ――敗北は考え始める必要があるでしょうね」

「……永琳?」

「屋敷のループ構造の仕組みに気づかれた瞬間、彼がこの場に乗り込んできます。そうなったら私では対抗できない」

 

 ここまで一方的な展開を許しているように思えるが、これで意外と状況は拮抗しているのだ。

 近づけなければ楓には何もできない。言い換えれば、近づけさえすれば彼の勝利はほぼ確実となる。

 

「永琳の新たな手は何かあるのかしら?」

「使い所を考える必要のある手ではありますが」

 

 そう言って永琳は矢を放つ手を止めずに懐から別の矢を取り出す。

 今までの光の矢とは全く違う、光を吸い込むような漆黒の矢。

 

「端的に言うと即効性の麻痺毒です」

「致死毒にしないのはなぜ?」

「用意はしていました。ですが妖怪相手の致死毒はどうしても効果を発揮するのに多少の時間がかかる。彼の手札を考えると毒を無効化する術を持っていてもおかしくない」

 

 それなら一瞬でも効果を発揮する麻痺毒の方が効率的である。この状況下で全ての動きを止めることが自殺行為なのは自明の理だ。

 

「姫様、戦闘は佳境に入っていきます。何か言いたいことがあるのなら今のうちですよ」

「そう。なら、そうね――」

 

 

 

「――楓、聞こえているかしら?」

「……? ああ、聞こえている」

 

 地面の下に潜り、仙術による囮を増やして四方八方に放ち、総当たりでループ構造の解明に取り組もうとしていた楓は耳元に届いた輝夜の声に反応する。

 意図がどんなものであれ、時間稼ぎに付き合ってもらえるならそれはありがたいことだった。

 

「ああ、悪いけれど時間稼ぎさせるつもりはないわ? ほら」

 

 しかし楓が甘いことを考えたのを見抜いたのか、一瞬で囮が全て射抜かれて消える。

 大した精度を持たせていない囮とはいえ、多少は役立つと思っていた楓は苦虫を噛み潰した顔になるしかない。

 

「……何だ。俺の必死な姿を見てあざ笑いに来たのか?」

「それはもう笑ってるわ。……ねえ、ここから逃げる手はないの?」

「…………」

「私も永琳も逃げる相手を追うほど暇じゃないわ。尻尾を巻いて逃げて、金輪際永遠亭に近づかないなら見逃してあげる」

「断る」

「どうして? 妹紅がいるから?」

 

 心底からの疑問だと楓は直感する。適当に答えたら不味いものだと理解し、楓も慎重に言葉を選ぶ。

 

「……それもある。妹紅は俺にとって大切な友人だ」

「大切な友人程度なら捨てても良いでしょう? 恋人でもなし、友人ならあなたは大勢いる」

「大勢いれば友人一人の価値は低くなるとでも? そんなことはない。全員違って、どれも大切なものだ」

「命懸けでここまで来るほどに?」

「命を懸ける理由にはなる」

 

 楓にとって友人とはそういうものだ。誰もが皆、自分にないものを持っていて、自分と違うものを大事にしている。

 

「俺は生まれついての狂人だ。俺にとって人の価値は低く、ある方と比べれば全てが塵芥になる。――だけど、価値が低いもののために戦ってはいけない理由もない」

「それで死ぬのはバカバカしいと思わないの? あなたにとって価値の高いものに捧げれば良いじゃない」

「そうもいかないのが人付き合いだ。俺の友人が幻想郷の存亡に関わるような騒動を起こしたことが結構ある。俺にとっては友人を助けることが幻想郷を助けることに繋がる」

 

 早苗の時も、幽々子の時も、放置していたら幻想郷が滅びかねない大騒ぎだった。

 彼女らを助けることが御阿礼の子を助けることにも通じる以上、我が身惜しさに見捨てるなんて選択、できるはずもない。

 

「妹紅に関してもそうだ。本当に自分から望んでお前の手を取ったなら俺に止める理由はない」

「そう思うの? 今も妹紅は私の隣で眠っているのに?」

「それで妹紅は笑っているのか?」

「…………」

 

 楓の質問に対し、輝夜は沈黙を返す。

 

「永遠を生きることのない俺にはわからないことかもしれない。だが教えて欲しい。今の妹紅は以前、お前と殺し合っていた時のように笑っているのか?」

「……別に殺し合いの時だって笑っているわけじゃないわ。私もあの子もお互いに憎悪する相手であって、それ以上でもそれ以下でもない」

「俺の目には笑っているように見えた。長い時間が憎悪を超えた感情を生み出すのだろうと」

 

 違ったのなら謝る、と言って楓は話を続ける。

 

「人が何かを選ぶ時は自分にとって得が大きいものを選ぶものだ。人情であれ、実利であれ。お前と妹紅もそうだろう」

「……どうかしら。あなたが語った通り、永遠の命を持つものは時に不条理なことでも受け入れるものよ」

「そういうこともあるだろう。……それで、お前のもとにいる妹紅は幸せなのか」

「…………」

「そう思うならそう言えば良い」

 

 それで楓が納得したら、妹紅のことについては一切の言及をしなくなるだろう。

 ……尤も、楓がここにいるのは御阿礼の子のためでもあるので、引き下がる選択肢は最初から除外されているが。

 

「違うのなら俺は前に進む。死なない妹紅に頼みたいこともあるからな」

「……何を頼むつもり?」

「――――」

 

 楓が発した言葉に対する返答は輝夜の歯ぎしりの音だった。どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。

 

「不老不死の人間に生きろと命じることがどれだけ残酷なことかわかる?」

「いつか終わるだろう。――だがそれは今じゃない」

 

 先のことは先になってから考えれば良いのだ。

 楓とてそこまで無責任ではない。相手に頼み事をする以上、自分も責任を果たす意思はあった。

 

「……それと俺は妹紅のためだけに来たわけじゃないぞ。俺なりの目的も別にある」

「それは何?」

「月の医療技術を使いたい」

「…………」

「どうしても癒やしたいお方がいる。そして可能性があるのはここだけだ」

 

 地上とは文字通り次元が違うのだろうと確信も持っている。なにせ永琳の攻撃がそうなのだから。

 生きたいという阿求の願いを叶える、たった一つの手段が月の医療技術だ。

 

「だから俺はここにいる。お前たちが永遠の停滞を受け入れていると俺が困る(・・・・)んだ」

「そう。あなたが賊であることはハッキリしたわ。私と妹紅の蜜月を奪い、永遠を打破しようとする狼藉者」

「何と言われようと、俺は前に進む」

「話としてはそこそこ楽しかったわ。じゃあ――死になさい」

 

 輝夜の言葉が途切れると同時、頭上から光が降り注ぐ。

 それが話の途中で上空から射られた矢であると楓は理解していた。

 一発一発が周囲を吹き飛ばす火力の矢を前に、楓もまた会話しながら準備していた炎の術で迎撃する。

 レミリアにも使った太陽の炎――紅炎が光の矢と激突し、空を昼と錯覚させるほどの光と爆発が広がっていく。

 その中で楓は地中から飛び出し、上空から迫る光の爆撃から逃れるように前へ前へと走り抜ける。

 

「――まだまだ。俺を殺すには足りてないぞ! 永遠とはその程度か!」

 

 

 

「永琳。あいつ、殺して」

 

 楓との話を打ち切った輝夜は酷薄な声で永琳に命じる。

 話を聞いていた永琳も思うところはあれど、迷うことはなかった。

 

「……御心のままに」

「あの男から得られるものはもうないわ。傲慢にも自分の都合だけで永遠を動かせると思い上がった小僧」

「…………」

「永遠とは不変。私たちはここで変わることなく過ごし、変わることなく生き続ける。これまでも、これからも」

「ええ、どこまでもお供いたします」

 

 永琳は片手に毒の矢を用意する。姫の願う男を確実に仕留めるために。

 視界の先では今なお彼が二刀を振るい、未だ無傷の状態で前に進もうとしている。

 その先に進んだとてループにハマり戻るだけだが――時間さえあればその仕組みも解き明かすだろう。

 

 毒矢を番え、狙いを定める。

 射線は暗闇から暗闇を通り、光の矢に慣れた目にとって最も見つけにくいもの。

 そして楓が必ず身体で受ける、ないしかすめる軌道を算出する。

 

「これを放ったらもう戻れませんが言いたいことはないですか?」

「ないわ。顔を見るのも嫌」

「またずいぶんと嫌われたもので」

 

 軽い世間話のように苦笑し、永琳はその矢を放つ。

 放たれた矢はこれまでの矢と同じく楓に向かって縦横無尽に折れ曲がりながら向かい――彼の死角からの強襲を成し遂げる。

 

「――っ!」

 

 が、永琳にも解明できないある種の超直感とも言うべき直感を発揮し、楓はギリギリのタイミングで矢に気づく。

 黒く塗られた、今までの光の矢とは全く違う矢に警戒を強め、しかし二刀は光の矢への対処に振り抜いた状態。

 必中を期して放たれた矢は、しかし楓の超人的な体捌きによってその腕を浅くかすめるに留まった。

 が、それで良かった。永琳は知らず緊張していた肩の力を緩め、放った矢が当たったことへの安堵の息を漏らす。

 

「当たりました。もう彼の命運は決した」

「……っ!?」

 

 永琳の視界の先にいる楓の身体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。

 毒であることにはすぐ気づいたのだろう。楓の全身から毒気を抜く煙のようなものが出るが、あまりに遅い。

 すでに倒れ伏した彼を追い打ちする光の矢が頭上から雨と迫っており――楓の全身はとうとう光の矢に捉えられた。

 

「――!!」

 

 術による防御も圧倒的な物量の前には意味を成さない。楓の全身は瞬く間に光に貫かれて血に塗れていく。

 そうして容赦なく射抜き続け、下半身がほぼ消滅した時――楓の身体の消失が始まった。

 

 

 

 

 

 レミリアと鈴仙の勝負はある種の膠着状態となっていた。

 地力ではレミリアが大きく上回り、事実として彼女の攻撃が苛烈に鈴仙を攻め立てていたのだが、どこか攻め切れずやりにくい顔をしている。

 

「ああもう! その波長をいじる攻撃やめなさいよ!」

「冗談! あんたの波長をいじらないと私は即死よ!」

 

 レミリアは条件が重なれば重なるほど力を発揮する吸血鬼だ。

 そして彼女の性格的な面でも、勢いに乗れば乗るほど力を発揮する。

 だがそれは乗っていない彼女は多少御しやすいとも言い換えられた。

 つまりムラっ気があるのだ。ノリにノッている時は永琳にすら匹敵する反面、乗っていなければ鈴仙にもかろうじて時間稼ぎができるほどに落ち込む。

 

 状況は変わらず鈴仙が圧倒的劣勢。

 レミリアがノッてきたら鈴仙が魔眼で波長を無理やりいじり、ノッていない状態に引き戻す。

 反撃に出ることすらままならず、ひたすら足止めと逃げに徹するしかない状態だが、レミリアが上手く攻め切れないが故に状況は拮抗していた。

 

 無論、レミリアは自分が気持ちよく戦えないことに業を煮やし、憤怒の形相で地面を殴りつける。

 

「私に気持ちよく蹂躙……させなさいっての!!」

「っ! 不味い、砂煙!」

「こんな小賢しい真似、私の趣味じゃないんだけど……ねっ!」

 

 一瞬で周囲を砂煙が覆い隠し、視界を封じられた鈴仙に煙の向こうから紅の槍が幾本も飛んでくる。

 見てから回避などできようはずもない、音速を超過した衝撃波を伴って飛んでくる槍を前に、鈴仙は恥も外聞もなく地に伏せて当たらないことを祈る。

 

(怖いにも程がある! 本当なら私と彼女の力量差は吹けば飛ぶもの! というか私だいぶ頑張って時間稼ぎしたんだからもう倒れて良いのでは?)

 

 まずもって鈴仙がレミリアを倒すことは不可能だ。

 満月の吸血鬼を相手にダメージを通せる手段がない。魔眼で嫌がらせするのが限界である。

 その嫌がらせも度が過ぎればレミリアを本気で怒らせてしまう。仮に彼女のスイッチが入ってしまった場合、今度こそ鈴仙は詰む。

 命乞いすら通じなくなる前に土下座しておこうか。そんな弱気な考えが脳裏をよぎった時、その場に第三者の声が割り込んでくる。

 

「吸血鬼、あなたの役目は終わったわ」

「師匠!?」

 

 永琳の声が二人の間に割り込み、レミリアは怪訝そうな顔で腕を振るい砂煙を払う。

 

「ふぅん? どういう意味よ」

「楓は死んだわ」

「っ!」

 

 この時、鈴仙の心によぎったのは勝利の高揚ではなく、喪失の悲しみでもなかった。

 ただ、自分たちが取り返しの付かないことをしたのだという、奇妙な確信だけがあった。

 鈴仙は恐る恐るといった様子でレミリアの表情を伺う。

 楓の死を聞かされたレミリアの顔は絶望に彩られ――てはおらず、むしろそうこなくてはと言わんばかりの戦意が宿っていた。

 

「へえ、死んだ。死んだのあの子。満月の私に勝っておいて、あんな光の矢に屈したわけ。私の目が曇ったのかしら」

 

 口でそのように話しながら、しかし彼女の口元には楽しくてたまらないといった喜悦が浮かび、甲高い笑い声を響かせる。

 

「あなたは彼に頼まれてきたのでしょう。もうこれ以上私たちに戦う理由は――」

「――弔い合戦」

「……っ!」

「は、やらないわ。敵討ちなんてガラじゃないもの。私は一度愛した者は死んでも愛するけど、死人のために、なんてことは言わないわ。私の行いは全て私がやりたいから行うもの」

「では、なぜ」

「満月だから」

「……は?」

「こんなにも素晴らしい満月なのだから! 血の一つも見ないなんて嘘でしょう? 私は吸血鬼! 白銀の月を血で紅く染めるもの! だから――不老不死の血とやらで月を紅く染めてみせましょう」

 

 凄絶に笑い、もはや鈴仙など顧みることすらせずにレミリアは駆け出した。

 楓以上に素早く、力強い。紅い槍を片手に進む彼女を前に永琳は舌打ちを隠さない。

 

「っ、これだから妖怪は!」

「良いわねえ、光の矢。これ月光でしょう? 月光浴させてもらえるなんて至れり尽くせりじゃない!」

 

 永琳の放つ光の矢をレミリアは避ける素振りすら見せない。無数の矢が身体を貫き、束ねた光の矢が四肢を射落とし、その全てが瞬きの間も与えず修復する。

 

「こんなものかしら永遠とやらは! 私を殺したければもっと力を込めなさい!」

「ある意味楓以上に厄介ね……!」

 

 多様な術があるわけでも、図抜けた技巧があるわけでもない。

 ただ単純に身体能力が高く、再生力が桁外れに高い。

 単純明快な強みが故に、正攻法以外での突破が難しいのだ。

 走り続けるレミリアはその途中、ちらりと楓が倒れたと思われる地面の窪みに目を向ける。

 そこには完全に壊れた刀と、未だ壊れず形を保っている長刀があるのみだった。

 

「……へえ」

 

 視界に入る情報の違和感を逃さず、答えにたどり着いたレミリアはむしろ笑みを深めた。

 永琳はこれを知らなかったのだろう。だから楓が死んだと誤認した(・・・・)

 

「ふふっ、アハハハハッ!! 楽しくなってきたわ! 良いわ、今日限りはとことん道化になってあげようじゃない!!」

「道化と戦わされるこっちの身にもなって欲しいわね……!」

「邪魔ぁ!」

 

 永琳の放つ光の矢がレミリアの操る妖力の嵐によって強引に薙ぎ払われる。

 そして次の瞬間にはレミリアが指先から放った紅い魔力の光が四方八方へ伸びていく。

 

「この屋敷、ループしているんでしょう? 正しい道は虱潰しに探せばいい」

「…………」

「その時までに私を殺せればあなたの勝ち。私が死なず、あなたまでたどり着いたら私の勝ち! シンプルで良いわねぇ!」

「鈴仙、彼女を足止めなさい!」

 

 永琳の返答はレミリアに対するものではなく、鈴仙に対するものだった。

 レミリアが首を動かすと視線の先に鈴仙が瞳を紅く光らせているのが見えて――

 

「言われずとも……!」

「ああ、その目は綺麗だから殺さないであげる」

 

 ――魔眼の効果を無視して、レミリアの放った魔槍が鈴仙の腹部を刺し貫く。

 口から血を吐き、崩れ落ちる鈴仙に永琳の焦った声が届いた。

 

「鈴仙!」

「そん、な……」

「さっきまではあなたに付き合ってあげてたけど、もう付き合う理由はないの。私に踊るよう求める人もいることだし、今はこっちが優先」

 

 鈴仙を一蹴したレミリアは再びその手に魔力を集め、屋敷中を精査していく。

 満月の夜の吸血鬼。その彼女が操る魔力はまさに無尽蔵というべきもので、身体から溢れるそれが縦横無尽に永遠亭を駆け巡り、正しい道順を導き出す。

 だが永琳とて無策ではない。確信を抱いたレミリアがニヤリと笑った瞬間、彼女の全身を極大の光の矢が夜の闇から降り注いで穿ち貫く。

 生半可な矢では痛痒すら与えない。ならば束ねて威力を底上げし、一息に彼女を殺し尽くすしかない。

 一瞬で塵すら残さない光の矢に貫かれ、レミリアの身体は一部だけを残して蒸発する。

 だがレミリアの顔に浮かぶ勝利の確信は消えない。一秒後に消え去るとわかってなお、レミリアは永琳に答えを教えてやるとばかりに口を開いた。

 

「一つ、良いことを教えてあげる。――妖怪が死んだら肉体は消えるけど、着ていた服はその場に残るのよ」

「――っ!!」

「道は見つけたわ、楓!! 決めてきなさい!!」

 

 

 

 

 

 無傷で永琳の攻撃を防いだわけではない。むしろ今の楓は間違いなく満身創痍に等しい。

 全身から血を流し、身体の至る所に風穴を開けて、しかし確かに五体満足で生きていた。

 死んだと見せかけて消えた肉体は偽物である。本体はあの攻撃に耐え抜き、風で不可視になって隠れていたのだ。

 

(仙術を学んでいなかったら死んでいた。死因を遠ざける術――致命傷の許容範囲を引き上げる術を編み出しておいて良かった)

 

 死ぬまでの十秒を三十秒に引き伸ばすようなもの。人間に使用したところで苦痛が長引くだけだが、妖怪が使えばそれは一定の意味を持つ。

 死にさえしなければ再生する妖怪にとって、死の閾値を引き上げるとはすなわち生存範囲を広げるに等しい。

 先の攻撃は通常であれば間違いなく死んでいた猛攻。それを楓は死ぬまでの閾値を上げることでかろうじて耐えたのだ。

 そうして永琳に死を誤認させ、稼いだ時間で放っていた椿ないしレミリアが永遠亭のループ構造を見抜くまで待ち続けた。

 

『待たせたね、楓。道は見つけたよ。レミリアさんの付けた道筋を通って。私も案内する!』

「それを待っていた……!」

 

 かくして策は成る。

 これ以上何か一つでも傷を負えば間違いなく死ぬが、楓は走ってレミリアと椿の見つけ出した道を走っていた。

 その手に武器はない。武器を持てばその時点でバレてしまう以上、素手で近づくしかない。

 

「――っ!」

 

 永琳は楓の生存、接近に気づき、しかし矢を番える時間は存在しなかった。

 正しい道を駆け抜けた楓が血に塗れた拳を振り上げ、彼の射程範囲に迫っていたのだ。

 

「っ、火継、楓ぇっ!!」

 

 永琳の対応は弓を捨てることだった。

 月の技術が使われているこの弓は分離し、接近戦用の月光の刃を生やすことができる。

 弓手が接近戦の距離まで近づかれた時点で負けたようなものだが、永琳の思考はそれ以上に眼前の敵を倒すことに向けられていた。

 青白い月光の刃を二刀流の形で握り、永琳はここまで迫った楓への敬意を込めて刃を振るう。

 満身創痍。そして素手の楓にできることは臆さず前に進むことしかできず――それだけで十分だった。

 

「――椿ィィィッ!!」

 

 付喪神の名を叫ぶ。楓が握る長刀に宿り、他者に認識されず、さりとて――宿主である長刀にだけは干渉できる彼女の名を。

 楓の叫びに応えるように長刀は宙を舞い、走り続ける主の背を追って永遠亭を駆け抜け、愛しい主の手に収まる。

 そして永琳の操る双剣とぶつかり合い――一瞬の交錯の末、永琳はついに地面に倒れ伏す。

 

「――姫様をお願いするわ、楓。新しい風」

「――任された。俺の勝ちだ、永琳」

 

 

 

 

 

 勝負はついた。永琳は意識を失って倒れ、楓は全身血みどろで立っているのもやっとな有様ながら、意識を保っている。

 輝夜は信じられないものを見る目で、眼前の楓を見た。

 永琳に命じ、彼女が仕損じることなど一度もなかった。彼女の力量をこの世で最も信頼しているのは間違いなく輝夜である。

 

「……輝夜、やっと顔を合わせられたな」

 

 息をするのも辛いといった様子の楓が口を開く。

 全身穴だらけで、しかしゆっくりと再生しながら楓は輝夜とその傍らの妹紅を見た。

 

「ここまでたどり着いたことは褒めてあげるわ。でも私と妹紅は――」

「何年だ?」

「え?」

「お前と妹紅の関係は何年続いたのか聞いている」

「因縁が始まった時を数えるなら千年以上は続いているわ。それがどうした――」

「ならば一万年生きよう」

「……は?」

 

 輝夜が呆けた顔で楓を見るが、楓は大真面目な顔でそれを告げていた。

 

「千年、それを続けたのなら俺は一万年生きて、違った道を教え続ける。そうすれば殺し合っていた時間は十分の一だ」

「……何よそれ。子供でもそんなバカっぽい屁理屈言わないわよ」

「俺は長く生きなければならない理由がある。……だが、精神だけで耐え忍ぶのは膨大な時間の前には何の意味も成さないと教えられた」

「…………」

「約束だ。一万年、お前たちの生きる理由を一緒に探し続ける。だから――俺の生きる理由になって欲しい」

 

 楓はそう告げると、静かに頭を下げた。

 輝夜はその姿に何かを言うことができなかった。

 騒々しく、いつも賑やかで、静かにするということを知らない楓の近くにいたのなら、どれほど楽しい日々を過ごせるのか、ほんの一瞬でも考えてしまった。

 そしてその一瞬を狙いすましたように、起き上がっていた妹紅が楓の手を取る。

 

「っ、妹紅!?」

「信じるわ、楓。一万年、あなたのために生きてあげるから、私に生きる理由を教え続けて」

 

 そう言って妹紅は嬉しそうに楓の血まみれの手を握り、自身の頬に寄せる。

 

「……ありがとう、妹紅」

「それを言うなら私の方よ。不老不死で死ねない女に変わってほしくてここまでするなんて」

「全部が全部お前のためというわけじゃない。俺の理由も多分に含まれている」

「それでも、嬉しかった」

 

 妹紅は穏やかに微笑み、次いで輝夜の方に向き直る。

 もはや趨勢は決したとわかっているのだろう。輝夜はふて腐れたような不満そうな顔で妹紅を見た。

 

「……何よ」

「あなたを追いかけて、殺し合った時間は悪いものじゃなかった。きっかけは憎しみだけど、今の関係を疎んだことはないわ」

 

 語りながら妹紅は片手に炎を生み出す。

 最初は小さく、弱々しい炎。その上から楓も手をかざし、炎は小さいまま、しかしゆっくりと熱を高めていく。

 

「だったら教えてあげる。絶対、絶対よ。いつか必ずあなたは私のもとに来る。永遠の前には万年も億年も等しく塵屑に過ぎない」

「そうだな。いつかその日は訪れるだろう」

 

 その先の言葉を、楓と妹紅は同時に口にする。

 

 

 

『――でも、それは今じゃない』

 

 

 

「今の私は楓と一緒に生きたいと思っている。先のことはわからないけど、今はそれが全部」

「先のことは一緒に考えれば良い。必要ならいくらでも生きてやる」

「……なら、私も見届けてあげる。あなたたちが永遠の前に膝を折る時を待つとするわ」

 

 そう言って輝夜は両手を広げる。楓と妹紅の作り出した炎に身を投げ出すように。

 

「――今回は負けを認めるわ。あなたの勝ちよ、火継楓」

「俺の勝ちだ、蓬莱山輝夜」

 

 二人が同時に放った小さな炎は紅焔をも凌ぐ熱量を宿し――永遠の淀みを洗い流すように輝夜の肉体を焼き尽くすのであった。




輝夜は永遠を語りますが、楓は今を語るお話でした。
ただ、いつか永遠の前に全てが膝を折るとしても、その時がいつ来るかはわかりませんし、そうならないために楓も生きていくお話です。

楓は御阿礼の子のいない時代を生きるために自身を約束で雁字搦めにすることを選びました。妹紅が第一号ですが、似たようなことを他の連中にも言い始めます()

次回はまた永遠亭のお話になりますが、今度は戦闘無しで普通に話すだけとなる予定です。てゐももどってくるのでお話に入れられる……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。