阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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Q.ノッブは永琳たちに勝てるの?
A.輝夜が作った空間と空間の継ぎ目を斬ることでループを無理やり突破して勝てます。晩年のノッブはそれぐらいできる。


永夜の明けた朝

「またこうして教鞭を執れることを嬉しく思うわ」

「一人だったら間違いなく死んでたんだが」

 

 永遠亭の永い永い夜が明けた翌日。

 永琳は本心から嬉しそうな顔で楓を迎え、楓はそんな永琳の様子に引いていた。

 しかし永琳は心外だと唇を尖らせる。

 

「従者が主の命令を全力で叶えるのは当然でしょう? あなただって同じ従者なのだからわかるはずだけど」

「……確かに」

「納得しちゃうんだ!?」

 

 従者としての心構えを説かれると楓も納得するしかなかった。

 だが話を聞いていた鈴仙は二人の考えが理解できないと悲鳴を上げる。

 

「主の願いは何をおいても叶えられるべきものだ。そこに私情を挟む余地はないし、必要もない」

「ええ、だから全力で殺しにいったわ。乗り越えたのは純粋にあなたの力量と縁によるもの」

「レミリアがいなかったら死んでいた。あの光の矢に射抜かれた時点で死を覚悟した」

 

 というか光の矢を耐えられる可能性は良くて二割程度だと見積もっていた。

 あれ以上一本でも多く矢が降り注いでいたら確実に死んでいただろう。

 仮に耐えたとしても楓の不可視は単純に光の屈折を操ったもの。そこにいることに変わりはなく、認識する手段は豊富にある。

 鈴仙が見ていれば波長の有無で楓の生存を察知できただろうし、そもそも永琳が気づく可能性も高いと思っていた。

 あの場面でレミリアが永琳の方に向かってくれたのは僥倖だった。楓の生存にも即座に気づいて動いてくれた辺り、本当に頭が下がる。

 そして勝利こそしたが、一夜明けた今でも楓の身体には永琳の矢による傷が残っていた。

 

「散々撃ち抜かれたせいで傷も治り切っていない。外側だけは取り繕ったが中はぐちゃぐちゃだ」

「大丈夫なの?」

「あと一日あれば流石に治るが、激しい動きは無理だろうな」

 

 戦闘なんてしようものなら治りかけの手足がちぎれる事態になりかねない。

 半妖の再生力を持ってしてもここまで追い込まれたのだ。つくづく自分を半人半妖に産んでくれた両親には感謝しかない。

 

「まあ過ぎたことは良いじゃない。楓も終わったことを蒸し返す趣味はないでしょう?」

「……そうだな。話を先に進めよう」

 

 楓は懐から一冊の本を取り出し、永琳に渡す。

 永琳はわかっていたと本の内容を見直し、楓の言葉を待った。

 

「……短命が宿命付けられた一族についての考察ね。非常に興味深いわ」

「その短命を直したい。俺の知る限り、可能性があるのはここだけだ」

「……ええ、今なら言えるわ。あなたの考えていることは可能よ」

 

 この瞬間が訪れることを何かで知っていたかの如く、永琳は何かを噛み締めるようにうなずいた。

 

「師匠、どんな本なんです?」

「幻想郷に生まれた一人の人間が、魂の概念と瑕をほぼ完璧に理解して書いた書物よ。存命でないのが残念でならないわ」

 

 永琳の語る内容に鈴仙は目を見開く。

 彼女の語っている内容が真実なら、その人物は文明レベルに文字通り異次元の差がある上で、月の最先端の技術に近しい知見を持っていたということになる。

 鈴仙は永琳より渡された書物を食い入るように眺め、楓は逆に首を傾げた。

 

「……? 父上の話をここで出したことあったか?」

「ふふ、有名人でしょう? 私たちも外に対して全くの無知というわけではないわ」

 

 だとしても妙に詳しい、という疑問は飲み込むことにした。

 ここで重要なのは父のことではなく、本に書かれている内容である。

 

「話を戻しましょうか。月の技術さえあれば魂の瑕を治すことは可能よ」

「本当か!?」

「ただし、本当に月の最先端技術を使う必要がある。期待を持たせてしまって悪いけど、今の永遠亭にはその機材がない」

「となると、月に行くしかないわけか……」

 

 ずいぶんと昔に霊夢たちが月に行くとか言って色々やっていたのを見た覚えがあったが、あの時は人里の守護者である自分には関係のないことと無視していたのだ。

 とはいえあの当時は阿求も生きたいと願うことはなく、楓も父の遺した本を知らなかったので月に行ったとしても意味はなかっただろう。

 しかし話半分だったとしても、結果は聞いている。

 霊夢たちは月の使者に全員負かされ、ほぼ何もできずに逃げ帰るしかなかったと。

 

 そんな強大な相手を前にどうすれば良いのか。そもそも霊夢たちが月に行った方法がまだ使えるのか。

 考えることは山積みであると難しい顔をする楓に、永琳は穏やかに微笑みかけた。

 

「月に行く必要があるのは肯定するわ。でも、渡りに船とも言うべき状況でもあるの」

「どういうことだ?」

「先日の異変は覚えているかしら? オカルトボールがどうこうで騒いでいた異変」

「ああ、俺も参加していたからよく覚えている」

「あの時のオカルトボールがどこから来たのか、全てを把握している?」

「……いや、黄泉比良坂のオカルトボールもあったことと言い、どうやら様々な場所が由来のボールが存在することぐらいしか」

「あれ、月のオカルトボールも混ざっていたのよ」

「……なぜだ? 月が幻想郷にオカルトボールを送る必要があったのか?」

 

 オカルトボールはパワーストーンと呼ばれるものがオカルトの力をまとい、変異したもの。

 いくつかは現実世界側の黒幕が用意し、いくつかはその土地由来のパワーストーンが力を持って生まれていた。

 月からのパワーストーンなど偶然、しかも文字通り天と地の距離がある幻想郷で発生するものではない。誰かが何らかの意図を持って送らない限り、そんな状況は発生しないはずだ。

 永琳は笑みを深めて楓の疑問を肯定し、次の疑問を投げかける。

 

「正解。そして月のパワーストーンは今なお幻想郷に留まり、効力を発揮しているわ。なぜかわかる?」

「……幻想郷に何らかのつながりを持ちたい? あるいは月のパワーストーンを媒介にして何かしようとしているのか」

「これも正解。私も月のパワーストーンが来た頃から不思議に思って月を調べていたの。端的に言うと、月は幻想郷に遷都しようとしている」

「……可能なのか?」

 

 どういった手段で、とは聞かなかった。永琳の扱っていた武器から考えるに、月の技術は楓の想像が及ばない領域のものである。

 考えてもわからない可能性の高い過程より、その結果として幻想郷がどうなるかの方が重要だ。

 

「このまま何もせず手をこまねき続ければ、幻想郷は一夜にして滅んで新たな月の都が地上に生まれるでしょうね」

「……侵略されているも同然じゃないか。しかもそうとわからないまま」

 

 幻想郷の内部の騒動だけでも手一杯なのに、この上さらに月からの侵攻もあると来た。楓は苦い顔で頭を抱えるしかない。

 

「……いや待て。渡りに船といった状況なのは?」

「それを話すには月の現状を知る必要があるわね。鈴仙も良い? あなたも今回は私の助手として力になってもらうわよ」

「は、はい!」

 

 鈴仙の返事にうなずいて、永琳は楓たちに月の詳細を語り始める。

 

「まず月は幻想郷に遷都する計画を進めている。ただし、これは向こうにとっても最悪の事態に備えた策である」

「……何か不都合な事態でも発生しているのか? 遷都とは言ったが、今の物言いだとまるで何かから逃げるような言い方だ」

「その通り。現在、月はとある勢力によって侵攻を受けており、しかも戦況は極めて悪い」

「災難だ、で済ませたいがそうもいかないんだろうな……」

「月は穢れを嫌い、穢れのない世界を築き上げた。それ故、月の民は生死を超越している。不老不死ほどではないけれど、極めて死ににくいと言えば良いかしら」

「妖怪みたいなものか」

 

 妖怪と一緒にされた鈴仙が微妙そうな顔をするが、永琳は構わず話を続けていく。

 

「ただ、生死を超越したが故の弱点も抱えている。例えば、生命力のみを持つような存在が相手だと、手出しができなくなる」

「……そんな生物、存在するのか?」

「とある能力を使えば可能になるわ。その能力は純化させる程度の能力。所持者は純狐という神霊」

「純狐……って月でも名の知れたテロリストじゃないですか!?」

 

 どういった能力なのか楓にはピンと来ていないが、鈴仙の慌てようを見るに相当な極悪人なのだろう。

 楓がわかっていないことに気づき、鈴仙が純狐について軽く説明を加える。

 

「過去に何度も月の都襲撃の前科がある人よ。何でも月のお偉いさんの奥方だった、という話も過去にあったみたいだけど」

「今は逆恨みに等しい恨みを抱いて月に襲撃を繰り返す怨念に成り下がったわ。それでも能力は破格としか言いようがないのだけど」

「危険な相手なのはわかった。それに襲われて月の都が不味い状況にあるのもわかった。幻想郷への遷都もそれから逃れるため。……ではどうしてこの状況が渡りに船だと?」

「この状況を私たちの手で解決すれば、月に多大な恩を売ることができる。そう思わない?」

「……つまり永琳は俺に月まで行ってその純狐とやらを倒してこいと?」

「やるべきことをまとめるとそうなるわね」

 

 楓の顔が苦虫を噛み潰したものに変わる。

 死ぬ思いをして永遠亭の面々を動かしたのに、また死ぬような思いをする必要が出てきてしまったのだ。

 とはいえもはや毒を食らわば皿までという心境である。楓は矢でも鉄砲でも持って来いという気持ちで大きくうなずいた。

 

「やるべきことは承知した。誰か誘って良いか?」

「もともと一人でやらせるつもりもなかったわ。あなたが信頼できる人を呼んで頂戴。私の方で対策した薬も持たせるから」

「薬?」

「話した通り純狐の能力は純化させる程度の能力。毛一筋でも傷つけば、その傷を純化させて一瞬で殺すことも可能な能力よ」

「……厄介な」

「勝てそうにない、とは言わないんだ」

「傷を受けずに戦えば良いんだろう。それに無理でも何でも勝たなきゃならん」

 

 阿求のためには月の道具が必要になるのだ。それを手に入れるためであれば是非もない。

 

「これは月に恩を売る千載一遇の好機。私たちは月の逃亡者だし、尋常な手段での入手は不可能と言っても良い」

「正面から言っても門前払い、か」

「対等だと思われていないもの。でなければ遷都計画なんてやるはずないわ」

 

 事実、幻想郷と月では対等にはなれないのだろう。

 土台に乗るだけの技術、武装、何もかも足りていない。

 

「話は理解した。いつ動くんだ?」

「楓の傷が治って準備が終わったら、としましょうか。あまり時間を与えて月に対処されてしまったら本末転倒よ」

「わかった」

 

 この異変を乗り越えれば阿求の寿命問題が解決する。

 千年、阿礼狂いの誰もが挑み続け、道半ばに斃れていった悲願を己が果たすのだ。

 連綿と紡がれ続けた命が自分の代で結実する。そのことに楓はわずかに震えを覚える。

 と、そんな楓に永琳が新たな話を持ちかけてきた。

 

「それでは話を少し変えるけど――楓、あなた私に師事しない?」

「うん? 薬ではすでに師事しているも同然では?」

 

 弟子にさせてくださいと明言した訳ではないが、鈴仙と同じ扱いを受けているので事実上の弟子と言っても過言ではない。

 永琳はそれもあるけど、と首を横に振った。

 

「薬だけじゃないわ。戦闘に関しても、昔は人に教えていたことがあるのよ。私の知識と経験をあなたという器に注ぎたい」

「……どういう風の吹き回しだ? 前は興味を持ってなかったじゃないか」

「少し違うわ。前々から興味は持っていたわよ。ただ、私も姫様の従者である以上、出過ぎた真似は控えていただけ」

「輝夜は良いのか?」

「永遠を動かした以上、私も好きにやらせてもらおうと思ったのよ。それで返事は如何に?」

 

 妙に押しが強い。楓は永琳の瞳の中に煌めいている好奇心の輝きを理解し、軽くため息をついて了承の返事をする。

 

「……わかったよ。俺も強くなれるならありがたい話だ」

「承ったわ。ふふふ、あなたという宝石、どこまで磨けるのか楽しみね……!」

「永琳、こんな人だったか?」

「この人、研究者が本業よ」

 

 だから今の姿が本来の姿ってわけ、という鈴仙の解説に楓は諦めて肩を落とすしかないのであった。

 

 

 

 

 

 さすがに怪我が治っていないのでこれからすぐは無理だと固辞し、口惜しげな永琳の視線から逃げ出すように離れた楓はふて腐れた輝夜とてゐの二人組に遭遇していた。

 

「あ、私のことを手籠にした男」

「誤解を招く物言いはやめてもらおうか」

「久しぶりだね。生きてるってことは見事にあの夜を越えたってことかい」

「一人だったら死んでいた。仲間の助けがあってこそだ」

 

 レミリアを仲間と呼ぶべきかは楓の中でも議論が分かれるが、今の彼女は心強い存在と言えた。

 しかし仲間の助けを借りたことを臆面もなく語る楓に輝夜が指さして叫ぶ。

 

「そうよ、仲間の力がないと何もできなかったじゃない! 永琳の矢だって防戦一方だったくせに!」

「全くもって返す言葉もない。しかしたらればを語ったところで俺は生きてお前の前にたどり着いた。それ以上の事実はないぞ」

「ぐむっ」

「それに永遠の命を持つお前がたった一晩の出来事に拘泥するのか?」

「くーやーしーいーのー! 永琳は最強なんだから!」

 

 地団駄を踏んで悔しがる輝夜だが、この姿は全力であの夜に臨んだからこそ見られる姿でもある。

 永遠を続けるために本気で自分を殺しに来た。そして自分はそれを返り討ちにして立っている。

 

「永琳が強いのも認めよう。だからこう言おう。――俺はもっと強くなる。永遠を動かせるのだとお前が認めるぐらいに」

「……ふん! 言い出さなかったらどうしようかと思ってたところよ! あんたは永遠を動かしたんだから、幻想郷中の誰も勝てないぐらいに強くなりなさい!」

「言われずともそのつもりだ」

「……野垂れ死にしないようにね! したら永遠の笑いものにしてやるわ」

 

 そっぽを向いた輝夜の言葉を彼女なりの発破であると解釈し、楓は静かにうなずく。

 それを見たてゐは輝夜が嫌うのも無理はないと苦笑しながら楓を見た。

 

「うーん、こりゃ隙がなさ過ぎる。姫さんが好きなのは適度に脇が甘いやつだからね」

「嫌われていたのか」

「てゐうっさい! こいつは……認めるしかないけど、認めるのは癪なやつなのよ!」

「ね? まあ姫さんのことだから言ったことは翻さないよ。見事だったね、少年。まさか月の住民を倒して説得するなんて」

「何度も死ぬ思いをしたがな。絶対に必要なことだった」

「……あんたの主のため、か」

 

 輝夜はほんの少しの間、遠い目をして過去に思いを馳せる。

 自分の願いのために何もかもを投げ出して月の使者を殺し、今なお尽くしてくれる従者の姿と楓の姿は重なるのだ。

 彼もきっと主のためなら全てを投げ出せるのだろう。

 いや、投げ出した結果として永琳を退け、この場に立っている。その事実は認めるしかない。

 

「……ねえ、あんた一万年生きるって言ったわよね。あれ、どうして?」

「お前と妹紅の千年に釣り合うにはそれぐらい必要かと思って」

「どうして長く生きる必要があるのかってことよ。万年生きるなんて、妖怪でもそうそういないわよ」

「そういえば話してなかったか」

 

 あの時は約束を取り付けることしか頭になかった。

 前々から考え自体はあったのだ。精神だけで耐え抜けるほど時間は軽くなく、それでもなお生き続けるならば相応の楔が必要であると。

 

「俺の主は短命だが、代々転生を繰り返す。仮に――いや絶対に短命は俺の代で終わらせるとしても、人間なのは変わらない。どれだけ長く生きても百年が限界だろう」

「その後はどうするのよ」

「次に現れるお方を待ち続ける。転生と転生の間はおよそ百年。大体二百年が経過すれば次の代に移行すると言えるだろう」

 

 当然ながら人間は一人でそこまで同道することはできない。楓の父が三代に渡って仕えることができたのは、単に彼の生まれた時代と情勢が上手く噛み合ったからである。

 

「どれだけ先の代でも、あの御方の隣には俺が良いと言ってくださった。これほどの誉れある役割、他者に譲ることなどできるものか」

「だから生きようってわけ」

「そうなるな。……そして俺はあの御方の死で魂に傷を負うほどのダメージを受ける」

「…………」

「一度や二度は気合でなんとかなるだろう。……だが、あの傷の痛みを一部でも知っている身として、恥ずかしい話だが永遠には耐えられない」

 

 痛みを無視する稽古を受け、全身が穴だらけになっていようと動ける楓をして、何度も受けることは耐えられないと断じる痛み。

 

「どんな痛みよ?」

「例えが難しいが……魂が直接えぐられるような痛みだ。不思議とその傷は治りも異様に遅い」

「痛いの?」

 

 うなずく。四肢が吹き飛ぼうと痛みを無視して動けるよう稽古を受けた身であってすら、あの傷を多く受けたら痛みにうずくまって動けなくなる可能性が高かった。

 

「あれと比べれば今の傷だって極楽だ。何度も受けたら文字通り心が折れる」

「だから外からの要因で耐えようってわけ」

「そうなる。楔は多ければ多いほど良い」

「……ん?」

 

 楓の物言いに違和感を覚えた輝夜が眉をひそめる。

 今の言い方だと先の生きてほしいという約束は自分たちだけに投げるものではなく、複数の人物に投げるものになるのではないか?

 その事実に輝夜が気づこうとする前に、てゐは何かを察したのかそそくさと立ち上がって部屋を出ていこうとする。

 

「おっと、わたしゃ用事を思い出した。ここいらで失礼させてもらうよ。少年! 一つ成し遂げたからって油断するんじゃないよ! 冒険ってのはちゃんと終わりまで迎えてこそさ!」

「覚えておく」

 

 てゐを見送って手を振っていると、後ろからものすごい力で肩を掴まれる。

 内側は治っていないのだ。あまり強く掴まれるともげてしまう。楓が抗議しようと振り返ると、輝夜がすごい形相で睨んでいた。

 

「……ねえ、楓」

「なんだ?」

「あなた、私と妹紅に生きてほしいって言ったわよね」

「ああ、言った」

「あれ、他の人にも言うつもり?」

 

 首肯する。一人や二人の約束ではまだまだ少ない。もっと多くの知り合いに言って回る予定だった。

 この身体を縛る約束が多ければ多いほど、きっとそれは土壇場になって楓を引き止める楔となってくれる。

 そういった楓の心情を話すと輝夜は怒りに顔を赤く染めていく。

 

「あんたねえ……!」

「おいまてやめろ、今殴りかかられると洒落にならん」

「一発殴らせなさい! 私と妹紅だけじゃ足りないっていう傲慢男への天誅よ!!」

 

 

 

「――で、それが輝夜に殴られた痕ってわけ?」

「治せる余裕が今はないんだよ」

 

 輝夜に一発殴られた帰り道、妹紅の家に寄ったところすっかり元の調子を取り戻した妹紅が、くすくすと笑いながらお茶を出してくれた。

 

「輝夜じゃないけど贅沢な話よね。そうまでして生きたいんだ?」

「石にかじりついても生きようと思ってる」

「ふぅん……ねえ、楓」

 

 妹紅は不意に艶やかな笑みを浮かべ、対面に座る楓の頬に手を伸ばした。

 

「死なない身体、ほしくない?」

「やめておこう」

「即答するとは」

「一緒に生きると言ったんだ。舌の根も乾かぬうちに前言を翻すつもりはない」

「そっか。……そっかそっか」

 

 伸ばしていた手を戻し、妹紅はじんわりと温かい何かを感じるように胸に手を添える。

 

「私は面倒な女だからいつまた死にたいとか言い出すかわからないけど、楓はその度に私を連れ戻してくれるんでしょう?」

「その予定だ。だからお前も俺が死にそうになったら手を引いてくれ」

「ええ、引いてあげる。あなたが約束した皆と一緒に、一人で勝手に死のうとするんじゃないって連れ戻してあげるわ」

「今度からはお前も異変に連れ出してみるか。俺と一緒にいれば死にたいなんて思う暇もなくなるぞ」

「それはきっと――傍目に見ていてもわかるくらい騒々しくて、煩わしくて、その何倍も楽しい日々なんでしょうね」

 

 目を細めて未来を楽しみにする妹紅の姿を見て、楓も同じように目を細めて彼女がいつもの調子を取り戻したことを喜ぶのであった。

 

 

 

 

 

 これより少し未来の話。楓が二刀を背負わなくなった先では、楓と妹紅が並んで異変解決に臨む光景も見られるようになるのだが、それを語るのはまた後日としよう。




楓が二刀を背負わないというのはノッブと同じ、常在戦場でいる必要がなくなったという意味になります。
そして楓が常在戦場の心意気でいた理由は単純で、自分が父親より弱いから力を手放す選択ができなかったからです。それができるようになったということは――?



これから少し阿求や霊夢、天子に橙たちとのお話を挟んで本作最後の異変、紺珠伝に挑みます。
そしてそれが終わったらエピローグに突入していきます。
本作も残りわずかとなりましたが、最後までお付き合いいただけると幸いです。
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