阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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天魔の仕事

 草の根妖怪ネットワークととりとめのない話をした後、楓は橙の案内のもとマヨヒガを訪れていた。

 

「今日は藍さまもいないし、紫さまは眠っているけど、多分楓が呼べば来ると思うわ」

「助かる」

 

 橙に見送られてマヨヒガに入り、適当な一室を目指してふすまを開くとそこには湯気を立てるお茶が二つ用意されていた。

 

「よく来たね、楓。橙から話は聞いていたよ」

「……橙に話を出したのは今日のはずだが」

「ふふ、壁に耳あり障子に目あり、スキマはどこにでもあり、だ。紫さまがお眠りになられている間のスキマは私が管理している」

 

 意味深に微笑む藍に楓は肩をすくめ、対面に座る。

 

「だったらここに来た用件もわかっているか」

「ああ、きみが永遠亭と刃を交えたことはすでに語り草になっているよ」

「…………」

「夜を昼と見紛うほどの光の雨を切り開き、永遠を動かしてみせた。語られることはなくとも、その偉業は称えられるものだ」

 

 紫さまが起きておられたらさぞ喜んだだろう、と言って藍はしみじみとうなずく。

 

「半妖の身でなければ死んでいたがな。母上には頭が上がらない」

「さて、その後の話までは私の関与するところではないが……永遠亭と我々に関連することとなると、月に関することかな」

 

 永遠亭の戦いをまるで見てきたように語った上でよく言う、と思いながら楓は首肯する。

 藍の言動が推測から来ているのか、はたまたスキマを介して知っていることなのか。答えはどちらでも良かった。

 

「俺は阿求様の短命を治すために動いている。そして永遠亭はその手段を持っている」

「知っているよ。かの薬師、どうやら月でも相当な地位にいたようだ」

 

 幻想郷でも対等な存在は紫や彼女と互角の格を持つ妖怪になるだろう。

 

「……だが、永琳は永遠亭にある設備ではどうにもならないと語っていた。阿求様の問題を解決するには月の文明が必要だと」

「魂の瑕。治す術があったことには驚愕を禁じ得ない。紫さまですら魂への干渉は先の読めない技術として封印しているのに」

「可能なのか?」

 

 紫が魂の瑕についてまで知っていたことは初耳である。

 確かに彼女のスキマなら魂への干渉すら成し遂げてしまいかねないものがあるが、実際にできるとは思っていなかった。

 しかし藍は楓の言葉に対し一瞬だけ彼の目を見た後、これ以上の言葉は語らないと口を閉ざす。

 

「これ以上は私の口からは言えないな。紫さまも長い時を生きるお方だ。相応に後悔や失敗もあるものさ」

「ふむ……」

「きみがもっと長く生きて、紫さまが話しても良いと思ったら聞けるだろう。紫さまの想定を最初に覆した人間の話を」

 

 それは自分たちのことを指しているのか。

 楓はそう聞こうとしたが、藍が道士服の袖に腕を隠しながら話を切り上げる。

 

「さて、私たちの過去は良いだろう。問題は月のことだね」

「ああ。お前は以前、霊夢たちと月に行ったことがあったはずだ。俺は当事者ではないから詳しくは知らないが、月に行く方法があるんじゃないか?」

「答えは是としよう。が、きみがそれを使う必要はないと思っている」

「なぜ?」

「すでに方法がある。月の侵略、我らが気づいていないとでも?」

 

 婉然と微笑む藍を見て、楓はさすが九尾の狐と口に出さず称賛する。

 やはり八雲に連なる妖怪たちは一筋縄では行かない。

 楓には想像もできない年月を幻想郷に費やした妖怪たちなのだ。幻想郷への愛という一点において、彼女らに敵うものはいないだろう。

 

「……それを探して月への移動に使えと?」

「そうだね。現時点ではさほど脅威でもないから見逃していたけど、放置して良いものでもない。良い機会だし、紫さまもお認めになるだろう」

「……月は本当に地上と違うのか?」

「別世界と表現しても差し支えないほどには。月の技術で固めた存在を正面から相手にするのは避けた方が良い。私や紫さまでも万が一が起こりうる武器を所持している」

「それほどか……」

 

 呻くようにうなずく。紫ですら警戒する存在と来た。

 実際に相対する時が来たら、どれほどの警戒を重ねてもし過ぎるということにはならないだろう。

 

「とはいえ、扱う相手が人であることに変わりはない。月の民は肉体性能も妖怪を凌駕するが、玉兎と呼ばれる種族はそうでもない」

「鈴仙みたいな存在か?」

「月ではペットとしても扱われているらしいね。彼女らは月の文明に身を包んでこそいるけれど、付け入る隙はある」

 

 鈴仙がペット扱いなど、よくわからない世界である。永琳や輝夜は彼女を仲間として対等に扱っていたと記憶していた。

 

「まとめると正面から戦うのはおすすめしないが、付け入る隙が皆無というわけでもない、か」

「月の指揮官とかの大物が来ない限りはどうにかなるだろう。ああ、今言った人と相対したら戦いは全力で避けた方が良い。勝ち目がない」

「……わかった。話を戻そう。月の侵略者はどこにいる?」

 

 楓の質問に藍はクスクスと意味深に笑う。

 

「さて、それを探すのも守護者の腕の見せ所だろう?」

「……お前がそんなことを言える程度には余裕もある、か」

「ふふ、さほど難しい問題ではないよ。きみの瞳なら問題なく発見できるさ」

「……月から戻ってきたら、阿求様の寿命の問題は解決する」

「ああ。少し早いけれど、心からの称賛を。紫さまが起きた時、真っ先に話すべき吉報だ」

 

 心底からの敬意を表し、藍は微笑む。

 紫ですら匙を投げた御阿礼の子の問題を彼は解決しようとしているのだ。

 これからの幻想郷は更に多くの妖怪がやってくるようになる。それらを記していく阿求の寿命が伸びることは紫たちにとっても大いに喜ぶべきことである。

 

「父君は我らの悲願である人妖の共存を成し遂げた。きみの行いは特に阿礼狂いにとっての悲願だろう」

「ああ。阿礼狂いの始祖からずっと願い続けたものだ」

「千年。言葉にすればほんの僅かなのに、ずいぶんと長く感じるものだ。きっとこれから先の方がずっと長いはずなのに」

「…………」

「紫さまの代行であり、きみとはあまり関わってこなかった私ですら偉業の達成に高揚を覚えるほどだ。きっと、紫さまは我がことのように喜ばれるだろう」

 

 あの方と御阿礼の子の付き合いも長いものだからね、と言って藍は主の喜びを想像して笑みを深めた。

 

「どうか武運を。きみが挑む脅威に負けないように」

「ああ。必ず生きて戻ってこよう」

 

 

 

 

 

 嵐が顎を向き、地面すら一秒先には砕け散り砂と化す空間を飛び交い、楓は二刀を構える。

 空気の僅かな熱を察知して炎の発生を読み取り、刃を振るう。

 妖術の解除術式を組み込んだ斬撃により炎は生まれる前に霧散し、楓は結果を一瞥することすらせずに前に飛ぶ。

 飛んだ直後、足場にしていた地面が砕かれ無数の破片が襲いかかるが、これも刃の一振りで当たるものを切り払う。

 

 次の足場となりそうな大きな岩へ向かっていると、黒い影が死角に紛れて飛びかかってくる。

 今なお黒い線としか認識できない速度の突進。速度を十二分に活かしたすれ違いざまの一撃に楓も応戦し、一瞬の交錯から遥かに遅れて火花と血しぶきが散る。

 楓の身体に傷はない。傷を負ったのは突進を仕掛けた方である。刀を握っていた右腕が切り飛ばされ、嵐の中に消えていく。

 

「チィッ!」

 

 突撃した天狗――天魔は舌打ちを隠さず、楓との距離を物理的に離すべく業風を放つ。

 同時に切り飛ばされた腕を拾う風を操り、自身の切断面に接合させようとする。放っておいても腕は生えるが、元があった方が治りは早いのだ。

 しかし楓は己の身体を容易に吹き飛ばす風を二刀で断ち割る。風をものともせず踏み込んで天魔の傷を治す暇を与えない。

 ならばと天魔は術を切り替える。一帯を薙ぎ払う嵐が切り裂かれるなら、圧縮した風による一撃を放つ。

 左腕に天魔にできる限界まで圧縮した風を集め、撃ち出す。

 天魔の扱う術の中で間違いなく最速の風弾。昔、刀の技量一つであらゆる大妖怪に伍した人間への対策として編み上げた術である。

 同時に炎の妖術も仕込んで仮に防いでも爆炎が楓を襲う。

 受け方を間違えれば楓が死ぬが――出し惜しみをして敗北よりは安いリスクである。

 

「――ッ!!」

 

 音速を遥かに超過した風の弾丸を前に、楓は超人的な反応を見せる。

 左の刀で弾丸を切り払い、直後に発生する爆炎が広がる前に右の長刀による斬撃でかき消す。

 寸暇の狂いも許されない神業を苦もなく成し遂げ、楓は天魔の懐まで飛び込む。

 ここまで踏み込まれたら逃げるしかない。天魔は自らの身体にダメージを負うのも構わず風で己の体を吹き飛ばそうとして、その風さえも発生する瞬間を狙い澄ました斬撃に阻まれる。

 ならばと天魔は自身の胸を叩き、無理矢理に風を発生させて距離を取ろうとするものの、楓はその行動を読み切っていた。

 

「く、おぉぉっ!!」

「――甘い」

 

 振るわれた斬撃に術はなく。しかし見た目以上に伸びて天魔の腕を切り捨てる。

 かつて楓の父がたどり着いた境地。純粋な体術と剣術のみで構成された飛ぶ斬撃。楓はとうとうそれを物にしていた。

 もはや隠す意味もないとその場で双刃を振るい、天魔は片腕だけで刀を握ってかろうじて斬撃を受け流すが、やがて刀を弾かれてその攻防は終わりを告げる。

 

「っ!」

「――まだやるか?」

 

 今度は術を発動させる暇も与えない。刀が弾かれた瞬間に飛び込み、懐に入った楓が長刀を天魔の首に突きつける。

 腕も治り切っていない以上、ここからの大逆転は望めない。戦ったところでジリ貧だと判断し、天魔は力なく片手を上げる。

 

「……参った。とうとう剣術だけでオレに勝っちまうとは」

「大きな修羅場をくぐったおかげだ」

「それだけで並ばれちゃ溜まったもんじゃないっての。これでも剣才もあると自負しているんだがね」

「俺と同じ生活をしてみるか? 弱ければ死ぬ生活だが」

「遠慮しておく。お前が天魔を継ぐ時までは現役なんだ。危険ばかりに首を突っ込んでられん」

 

 やれやれと天魔は慣れた様子で落ちていた腕を拾い上げ、切断面にくっつけて腕を再生させる。

 傷の再生が一通り終わった後、天魔は見晴らしの良い場所へ移動して腰を下ろした。

 楓もそれにならって腰を下ろし、妖怪の山に来た本命の話を切り出す。

 

「今日来たのは天魔と戦うためだけではない」

「そうか。何かあったのか?」

「現在、幻想郷は月からの侵略を受けているというのは知っているか?」

「知ってるぜ?」

 

 こともなげに返ってきた言葉に楓は目を見開く。

 妖怪の山に来たのは幻想郷で一大勢力を誇る天狗ならもしかしたら、という淡い期待を持っていただけであり、天魔たちが確実に情報を持っているとは思っていなかったのだ。

 

「本当か?」

「こんなことで嘘ついてどうするんだよ。というかあいつら、妖怪の山の頂上に陣取っているからな。一応隠すことはしているみたいだが、あんな場所で隠せば逆に何かあるって言っているようなもんだ」

「……妖怪の山の頂上、か」

「コソコソと何かやっていることまでは掴んでいたが、なるほど月か。スキマが敗走するほどの場所だろう? なんで今さら地上に?」

「実は――」

 

 ここまで掴んでいるなら隠し立てしても意味がない。

 そう判断した楓が知っている限りの情報を話す。

 天魔はうなずいて話を聞いていたが、月の状況を話したところで表情を引きつらせた。

 

「どんな連中でも弱点ってのはあるもんだな。なるほど、月が地上に侵攻する理由はわかった。しかしあの連中、遠目に見る限りそこまで真面目にやっている様子はないぞ」

「そうなのか?」

「こっちの監視にも気づいているのかいないのか。……いや、月の文明とやらがある以上は気づいていると考えるべきか。見張らせてるやつを呼んでやろうか?」

「頼む」

 

 楓が頭を下げると天魔は上空へ飛び上がると軽く腕を振る。

 ただそれだけの動作で自分が呼ばれていると理解したのだろう。文が天魔の前に現れたのはすぐだった。

 

「あやや、呼ばれたので来ましたけど、何か用です?」

「頂上の連中の見張り、頼んでただろ。あれの様子を確認したい」

 

 天魔が地上の楓を指差すと、文も前後の状況を理解したのか天魔と並んで地上へ降りてくる。

 

「羨ましい右腕だな」

「自慢の右腕だ」

 

 ここまでの関係を築き上げるのにどれだけの年数が必要なのか。

 楓には対等な仲間や相棒と呼べる存在はいくらか思い当たるものの、部下としてこういった忠誠を捧げてもらえる存在は思い当たらない。

 文も自慢げに胸を張り、天魔の忠臣であることを誇っている。

 

「ええ、ええ。天魔様の一の部下とは私のことですとも。楓もいるということは、あの連中の情報が出てきたんです?」

「ああ、月からの侵略者だそうだ」

「ははぁ。その割にあんまり動きはないですね。今日も今日とて餅をついているだけです」

「月に兎に餅つき。月にあると言われた逸話が大体再現されているな……」

 

 あるいは月の文明には、地上に生きる楓たちが想像もできない用途があるのかもしれない。

 単純に月の兎がサボっているだけの可能性も大いにある、というかそっちの可能性の方が高そうだと思いながら楓は天魔と文のやり取りを見る。

 

「どこかに連絡を取る素振りは?」

「それはまあ、定期的にありますね。詳しい内容まではちょっとわかりませんが」

「楽観的に見るなら単に進捗をごまかしている。悲観的に見るなら月からの救援が来るのを待っている、ってところか」

「月からの救援はどうでしょう。いっそこっちから接触を試みます? 指示をいただければたまたま見つけたことにして話すぐらいはしますよ」

「どう思う、楓?」

 

 天魔から話題を振られたため、楓は顎に手を当てて相手の出方を想像する。

 

「……やめておいた方が良いと思う。向こうも泳がされていることには気づいているだろう。それでも動きがないということは――時間が彼女らにとって得になっていると読み取れる」

「変に接触なんてしたら時間がなくなったと判断されて動かれる可能性がある、ということですか。私なら大抵の状況をどうにかできると思いますが……」

「必要ならオレが指示するが、今回は必要のない虎穴だ。無駄にリスクを背負う必要もない」

「解決する時に接触すれば良い。それは俺の役目だ」

「だそうだ。報告ご苦労、文。今後も遠間からの観察を頼む」

「お任せください! では、清く正しい射命丸文でした!」

 

 天魔の指示に従って元気よく飛び去っていく文を見送る。

 

「相手が捕まえたりすることはないのか?」

「文なら逃げ切れる。仮に捕まったら捕まったで速さでは逃げられない相手という情報が得られる。その時点で楓に押し付けるさ」

「……努力はしよう」

「ああ、頑張ってくれ。さて、オレも休憩は終わりにして仕事に――」

「ここにいましたか天魔様!」

「ん?」

 

 仕事に戻ろうとした天魔を引き止めたのは文とは別の烏天狗だ。

 焦った様子の烏天狗は楓が隣にいるのに気づくと、咎めるような視線を寄越してくる。

 それに気づいた楓が一歩後ろに下がり、身内の話なら聞かない姿勢を示すと天魔が口を開く。

 

「こいつなら良い。焦るってことは大方、守矢だろう」

「はい。祭神の一柱が天魔を呼べとうるさく」

 

 神奈子の方だろうと楓は口に出さず考える。

 守矢の祭神はどちらも政治的な考え方ができるが、表立っての交渉は神奈子が担っていると何かの拍子に聞いた覚えがあった。

 

「ふむ、年越しも近い真冬に話すことだと……なるほど、新年の行事か」

「そのようです。天狗の方でも何かやっているのなら噛ませろと言っております」

「なるほど、面白い」

 

 ここからは武力が物を言う時間ではなくなりそうだ。

 天魔候補と目されているとはいえ、楓自身はまだ天狗の仲間ではない。

 話に絡める様子もなさそうだし、ここいらで立ち去ろうと楓が更に一歩下がる。

 しかし、そんな楓の思惑は天魔に腕を掴まれることで儚く霧散した。

 

「おっと、良い機会だ。大人の話し合いってのを知っておくのも経験だぜ」

「……俺が入ったら人里も絡むのでは?」

「守矢がこっちに来るんなら遅かれ早かれ人里にも行く。順番が多少前後するだけだ」

「天狗の側で学べと?」

「そういうことだ」

 

 すでに天魔の中では決定事項になっているのだろう。

 思いの外ガッチリと力強く握られた腕を見て、楓は諦めたように肩を落とすのであった。

 

 

 

「待たせたな、守矢の祭神」

「ああ、待ったね。ったく、こっちは一分一秒が惜しい身だってのに」

「オレにはオレの都合があるんでね。ところで今回は身内の同席を認めても?」

 

 基本、天魔と神奈子の話し合いは周囲に誰も置かない形で行われる。

 神奈子たちは天魔にとって貴重な知恵比べできる喧嘩仲間であり、政敵である。

 それに本当に公式の場として話すのであれば、神奈子は諏訪子も連れてくる。

 二人で来た場合、天魔も配下の大天狗を揃えて相対していた。その場には楓もいられないだろう。

 

「ほぅ? 良いだろう」

「だそうだ。楓、入っていいぞ」

「無沙汰をしている。こういった場で顔を合わせるのは初めてか」

「少年!? おい、天魔。こりゃ一体どういうことだい?」

「どういうことも何も、楓は天狗の血を引く半人半妖だ。天狗の血が流れているならオレにとって家族も同然だ。ここだけの話、こいつをオレの後継者にしようとも思っている」

「……人里の守護者じゃないのかい?」

「兼任してはならないなんてルールもない。これはお前さんも同じ見識だと思うが――こいつの器はこの程度じゃない。場数を踏ませておきたいのさ」

 

 そう言って天魔は楓の頭を軽く叩き、神奈子の対面にどっかりと腰を下ろす。

 楓もそれにならい隣に正座する。

 

「今回は天魔の後継者候補として参加する。二人の話に公人として口を挟みはしないからそこは安心してほしい」

「というわけだ。こいつは気にしないでいいから、早速始めようぜ。十中八九、大晦日についてだろ?」

 

 ニヤリと笑う天魔に神奈子も観念したのか、ガシガシと後頭部をかいて意識を切り替えた。

 瞬間、場の空気が張り詰めるのを楓は感じ取る。人里の会合に参加している時に感じたものと同質で、それは自らが最大の利益を求めて相手を蹴落とさんとするものだ。

 

「――ああ、今回の大晦日は我ら守矢神社にとっても初めてのことになる。今までは博麗神社だったんだろう?」

「行きたいやつが行く、という形だったがな。共存が始まるまでは山の神に感謝を捧げていた」

「山の神、良いねえ。その調子で守矢神社を参拝する形にすることはできないかい?」

「さて、博麗神社も趣があって良い。下っ端まではわからんが、大天狗以上は大体歴史ある博麗神社を選ぶだろうな」

 

 嘘くさい。下っ端の状態を把握していない、など天魔の口から出たとは思えない言葉である。

 しかしあえて隙を見せることで、神奈子の反応を引き出しているのだろうと楓は考えた。

 

「博麗神社の歴史は認めよう。だが祭神が実際にいて、参拝する意味がある守矢神社の方が効果があると断言できる! どうだ、私たちで大晦日に大きなイベントをやるというのは」

「ふむ……」

「これで信仰が得られたら無論、妖怪の山に還元することを約束しよう。外の世界の技術と知恵がある我々の恩恵だ。決して悪い話ではあるまい」

「それは即答しかねるな。どちらかと言えばお前さんらに旨味が多い」

「話を持ち込んだ側だ。美味しい思いができるのは当然だろう?」

 

 ニヤリと笑う神奈子に天魔もニヤリと笑い返す。

 きっと二人の頭の中には多くの権謀術数が渦巻き、どう話を運べば自分たちが利益を貪れるのか考えているのだろう。

 喧々諤々と話し合いを始めた二人の横で、楓は自身が天狗の立場だったらどう話を持っていくのが一番美味しいかを考えていく。

 

(といっても大晦日の話なんて天狗にしてみれば大したものじゃない。外の世界の技術でもなし、どう転んだところで痛くはない。そうなると考えるべきは――守矢神社だけに美味しい思いをさせないこと、になるか)

 

 守矢の祭神二柱は今なお全盛期には程遠い、だがすでに大妖怪に匹敵するだけの実力を持つ。

 ここから更に信仰を蓄えた場合、天狗の手に負えなくなる可能性も出てくる。

 神奈子らがこれ以上の力を持つことは抑えたい。その観点で考えれば彼女の申し出は突っぱねるのが最適解に思えるが――そうなったら神奈子たちは別の勢力に声をかけるだけだろう。例えば人里とか。

 この場合、天魔は自分たちで守矢神社の手綱が握れなくなる。その展開は避けたいところのはず。

 

(守矢神社だって気づいていないはずはない。交渉を続ける以上、彼女らは天狗と手を組んだ方が一番美味しいと理解しているから)

 

「天狗に参拝してもらえるならこちらも今後の技術交流で積極的に外の世界の技術を放出するつもりだ。神社の参拝なんて極論、お前たち天狗には何の意味もないだろう」

「そうだな。信仰が糧になるそっちとは違う」

「天狗がダメなら人里に話を持っていく。こっちは守矢神社謹製のロープウェーを知らしめる良い機会になる」

「お好きにどうぞと言いたいが、天狗とて一枚岩じゃない。オレが行くなと命じたところで守矢神社に行くものも出るだろう。ということで――音頭はオレがとる。天狗を率いてそっちに参拝してやるから、人里に話は持っていかない、でどうだ?」

「ほう、大きく出たね。良いだろう、それで獲得した信仰は双方の利益になる形で使うことを約束しよう」

「いや、信仰の用途について指示はしない。その代わり――守矢神社はオレたち天狗の神社になることを明言してほしい」

 

 人間たちの参拝を拒みはしないが、主たる信仰の利益は天狗が持つということか、と楓が頭の中でまとめる。

 しかしその提案は乗ったが最後、守矢神社の信仰を天狗に握られる形になる。天狗が応える間は良いが、彼らが一度でもそっぽを向いたら何もできなくなる。

 

「それはお断りだ。生殺与奪を誰かに委ねるつもりはないね」

「おいおい、今後も天狗が仲良くやっていくって言っているのにか?」

「お前さんに命を預けたくないってだけさ。私たちは天狗の下につく気はない」

「ま、当然だわな。じゃあ天狗の方は行きたいやつが行く。多少の宣伝はする。得られた信仰の使い道は河童と相談、ってところが落とし所かね」

「河童との相談に天狗が口を挟まなければ良いよ」

「今まで口を挟んだことがあったか?」

「間欠泉センターはどこからか嗅ぎつけただろう? 全く、よく言う」

 

 神奈子の言う情報は自分が天魔に話したものである。楓は内心で冷や汗をかいていた。

 しかし天魔は楓の気持ちを知ってか知らずか、楓に一瞬だけ視線を向けた後でうなずき了承の意を示す。

 

「良いだろう。妖怪の山の天狗はそっちの話に絡まない。これでいいか?」

 

 楓は人里の天狗である。妖怪の山とは関係ないので、自分に調べて来いと暗に言われていると楓は理解していた。

 天魔相手に一歩も引かない神奈子も大したやり手だが、手札の数という点で天魔が圧勝している。幻想郷への理解も含め、千年ここで暮らしてきたのは伊達ではない。

 

「それなら了承しよう。さて、話はこのくらいかね」

 

 神奈子が告げると同時、室内の空気が変わる。張り詰めていたものからどこか緩んだものに。

 天魔も凝った肩を回して親しげな空気を発しながら神奈子に話しかける。

 

「そっちも大変だ。大晦日なんて神道の一大イベントだもんな」

「わかっているなら譲歩しておくれよ。早苗もまだまだ青いし、あと千年は現役でいるつもりだ」

「はっは、オレが生きた頃より遙か太古から生きている神々にそうまで言われちゃ、オレもまだまだ引退できそうもないな」

「早く引退してくれ。その方が私も楽できる」

「どうかな。次の天魔はこいつだぜ?」

「今の天魔を相手にするよりはマシだと思いたいね」

「褒め言葉と受け取ろうか。楓、お前が将来相手にする神様だ。よく覚えておくんだな」

「人里での姿とまるで違うのは理解した」

 

 これからも覚えていくことが多くて楽はできなさそうである。

 それにしても、と楓は久しく忘れかけていた日付感覚を思い出す。

 

「新年か。その時までにこちらも一段落付くな」

「おや、何かやってたのかい? 験担ぎにお祓いでも受けていく?」

「気持ちだけ受け取っておく。天魔、近いうちに頂上のやつには接触する。後は報告を待ってくれ」

「ん、任せた。お前さんの手でしっかりケリをつけてこい」

 

 何の話かわかっていない神奈子を尻目に楓は天魔の激励に首を縦に振る。

 今年は自分、御阿礼の子双方にとって様々な試練が降りかかる一年だった。

 来年にはきっと――希望に満ちた未来を語れるようになっているだろう。

 

 

 

 阿求と将来を語ることができる。そんな素晴らしい未来予想図を描き、楓は微笑むのであった。




楓もいよいよ晩年のノッブに剣術、体術ともに迫りつつあります。
かつてはどうやってんだこの技(ドン引き)していたものも大体実現可能になりました。

次回から紺珠伝が開始予定です。ここで楓が最後の飛躍をする予定です。楽しんでいただければ幸いです。
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