永遠亭に集まった面々は楓、霊夢、天子の三人だった。
永琳は彼らを一瞥すると、楓に人選の理由を問う。
「一応理由を聞いておくわ。彼女らに事情は話した?」
「幻想郷の侵略だから博麗の巫女は無視できない。天子は俺が誘った。どちらも信頼できる力量はある」
「……ならば信じましょう。事情は聞いているかしら」
永琳の言葉に霊夢が肩をすくめる。
「大体のところはね。純狐っていう迷惑千万な輩をぶっ飛ばせってことでしょ。月のためなんてお優しい理由じゃないけど……まあ、阿求のためなら私だって動くわよ」
霊夢を誘うにあたって、楓は自分の抱えている事情を全て霊夢に話していた。
この異変を解決できれば御阿礼の子の短命を解決することができると語られては、阿求と友達である霊夢も無視はできなかった。
「私は冒険がしたいから。月に行けるなんてそれこそ一生に一度でしょう」
「私は二度目だけどね……」
「やるべきことも忘れちゃいないわ。純化する程度の能力を相手に戦う。まさしく天人に相応しい敵手だわ」
霊夢のつぶやきを無視した天子の言葉に永琳は眉をひそめるものの、何かを言うことはしなかった。
楓が選んだのだ。仮に何かあったとしてもそれは彼の責任である。
「……わかったわ。私の方からのサポートとしてこの薬を用意したわ」
「これは?」
「紺珠の薬。強く念じることでごく短い間の時間遡行を可能にする薬よ」
とんでもない薬が出てきたと楓は目を見開く。
永琳が薬師として自分と鈴仙を足してもなお届かない領域にいるとは知っていたが、これは薬の領分を超えているのではないだろうか。
霊夢たちも同じことを思ったらしく、永琳の差し出した手にある薬剤を胡散臭そうな目で見ていた。
「副作用は?」
「目に見える限りではないわ。……正確に語るなら時間遡行によるタイムパラドックスの危険や、並行世界への移動による時間軸の熱量問題などなどあるけれど、語ったところで理解はできないでしょう」
月でも専門に学んだ人間じゃないとわからないわ、と言って永琳はこれ以上の説明を放棄する。
「あなた達に直接関わる副作用はない、とだけ言っておくわ。私が提示するのは飲むか、飲まないか」
「だったら飲むわ。私たちにメリットしかないっぽいし」
霊夢と天子が薬に手を伸ばす中、楓は考えをまとめた頭でゆっくりと口を開く。
「……一つ確認させてくれ。こういった薬は量産が可能なのか?」
「特注よ。私でも簡単に作れるものではないわ」
「……わかった、飲もう。使わないに越したことはないが」
三人が薬を飲むのを見届けると、永琳は念を押すように言葉を続ける。
「傷が再生する楓と天人は良いとして、博麗の巫女。あなたは傷を負ったらすぐに念じなさい。純狐との戦いではどんな小さな傷も致命傷よ」
「肝に銘じとくわ。……私が時間を遡った後、残された二人はどうなるの?」
「時間遡行して、傷を負わなかった霊夢がいる、という歴史に切り替わるだけよ。小難しい理屈はあるけど聞いていく?」
「遠慮するわ。聞いてもわからないでしょうし」
「要するに傷を負うな。負ったら念じて時間を巻き戻せということだ。わかりやすくて良い」
永遠亭で話すことも終わったと楓が立ち上がる。
それに続いて天子、霊夢も立ち上がると永琳が楓たちの耳に指を触れていく。
「これで私の声が届くようにしたわ。私と鈴仙はここであなたたちを援護する。必要なら月との仲介も」
「月の連中に私も良い顔はされないでしょうし、そこは任せるわ」
「お前、月で何やったんだ……?」
霊夢の悪評が永琳の評判を上回らないことを祈るしかない。
そしてそんな情報を含めても、空を飛べる霊夢は外せない。楓は二人を引き連れて永遠亭を出て、月への道を探し始めるのであった。
「アテはあるの?」
「見当はついている。最後の確認をするだけだ」
永遠亭を出た霊夢たちは楓の案内で一直線に魔法の森に向かっていた。
「これから見せるやつは他言無用で頼む」
「……? あんたが隠すやつなんていたかしら?」
「霊夢は知っているやつだぞ」
そう言って案内した先は魔法の森にある廃屋の一つで、およそ人が住み着いているとは思えない荒れ果てた場所だった。
「易者」
名を呼んだ楓の声を聞いて霊夢は思い出したくなかった記憶を思い出し、顔を思い切りしかめた。
天子は前後の事情を知らないのか、不思議そうな顔で楓に聞いてくる。
「前に調べた男よね。あいつ、生きてたの?」
「殺すには惜しいから手元に置いてある。重ねていうが他言無用で頼むぞ」
「おやおや、ここには当主以外に来ないものと思っていましたが」
廃屋の奥からぼんやりと現れた悪霊――今や阿礼狂いと成り果てた悪霊の易者は楓を見て口元を悪辣に歪めた。
「失せ物探しを頼みたい。今から言う情報で卜占を頼む」
「ふむ、人ですか、物ですか?」
「人だ。情報は――」
永琳、鈴仙、天魔らから聞き出した月の侵略者の情報を全て話し、易者はそれを真剣そのものな顔で聞きながら手元の水晶玉を輝かせる。
その様子を見ていた天子は霊夢に耳打ちした。
「あの占い師、こんなやつだったの? というか霊夢は知っていた?」
「ここにいるとは知らなかったわ。後で退治しておくべきかしらね……」
人を襲わず、妖怪にも馴染まない今の易者は幻想郷から見て異物である。
が、彼はもはや阿礼狂い。人でも妖怪でもない狂人だ。幻想郷の理に当てはめること自体が不毛な存在に成り果てている。
(……退治しても私の気が晴れるだけ、か)
胸中で様々な思惑が渦巻くものの、霊夢は嘆息一つで流すことにした。
今、易者を殺すことは単なる霊夢の自己満足であり、彼への慈悲に過ぎない。
所業の良し悪しはさておき、今の彼は楓の忠実な部下なのだ。楓が幻想郷にとっての不利益を行おうとしない限り、目くじらを立てる必要はないだろう。
などと霊夢が考え事をしていると、易者の占いが佳境に入っていた。
「む、むむむ、これは……」
水晶玉に浮かび上がったのは二人の玉兎と思しき少女らの姿と、彼女らが拠点にしていると思われる湖の姿だ。
妖怪の山の頂上付近に陣取っているらしい、という情報も伝えていたためか、浮かび上がった情報は非常に詳細で光景も綺麗に映っている。
少女らは奇妙な道具――月の技術の一端に触れたことのある霊夢と楓は月の道具であると察しがついた――を使い、触れたもの全てを枯らす作業に勤しんでいた。
「出ました。人数は最低でも二人以上。場所はこちらの湖付近で間違いないかと。当主ならばわかりましょう」
「ああ、覚えのある場所だ。人数がわかったのは嬉しい誤算だった」
月から地上への侵略行動なのだ。ある程度の頭数はいると思ったほうが良いだろう。
侵略とはすなわち、自分たちの土地に変えること。
そんな大事業、少数精鋭で行うようなものではない。
「これも当主の情報があってこそ。私の卜占は事前の情報があればあるほど精度が上がりますので」
「これからも励め。では行くか」
易者を端的な言葉で労った後、楓は霊夢たちを引き連れて廃屋の外へ出る。
そして場所もわかったため、楓が先導して妖怪の山の頂上付近へ向かう。
「この辺りのはずだ。あの道具が目立つから――いた」
楓の導きに従って山頂付近の湖に降り立つと、楓は周囲から向けられる視線の数に顔をしかめる。
認識阻害の結界でもあるのか、具体的な場所はわからないがそれなりの人数がいることはわかった。
「そこそこいるな。――おい、そこの妖怪兎! いるのはわかっているぞ!」
大きな声を発すると、楓たちの視線の先に一人の玉兎が現れる。餅でも突いていたのか、杵を担いだ青い髪を持つ少女だ。
少女は楓たちの姿を認めると、面倒くさそうな顔で口を開く。
「――好戦的な現地住民と遭遇。これより戦闘に入る」
「聞く耳なしね、これは……!」
周囲からの視線が一斉に殺気混じりのものに変わったことに霊夢たちも臨戦態勢を取る。
しかしそんな二人を楓が片手で制し、この場は動かなくて良いことを告げながら腕を上げる。
「俺一人で十分だ。そこの玉兎。俺はお前たちが月からの侵略者であると知っている。その上で最後の警告だ。話し合う気はないんだな」
「――かかれ!」
杵を持った玉兎の号令と同時、周囲から武装を持った玉兎たちが一斉に姿を現して銃口を向けてくる。
が、あまりに遅い。楓が上げていた腕を下ろすと同時、全方位に大熱波が広がる。
業火灰燼。玉兎と話している時点で術の準備を済ませていた楓が放った炎は周囲の玉兎を燃やし、彼女らは服や髪に燃え広がった炎を消そうと阿鼻叫喚の地獄絵図になっていた。
杵でかろうじて炎が身体に燃え移ることだけを防いだ正面の玉兎は、戦おうとしていた相手の思わぬ力量に目を見開く。
「――手加減した。こいつら全員、一気に焼き殺すことだってできた。もう一度問おう。話に応じる気はないか?」
「…………」
眼前の玉兎は忌々しいと黙りこくるが、楓の言葉に応えるように霊夢と天子も武器を構えると玉兎の反応は諦観のため息に変わった。
「……わかった。情報管理しているやつに顔をつなぐ」
「賢明な判断だ」
武装を解除した玉兎が先導して歩き出す。
その後ろをついて歩いていると、霊夢が楓に耳打ちしてくる。
「ねえ、信じて大丈夫なの? あいつら怪しくない?」
「怪しいが、月に行く道を知っている可能性があるのはこいつらだけだ。皆殺しにしてどれかもわからない道を探すか?」
「後々罠に嵌められたりは……」
「俺たちの目的は月を助けることだ。月に行くことさえできれば純狐と戦って、味方であると証明できる。こいつらの罠に嵌められたところで致命的なものにはならない」
それに彼女ら程度なら騙し討ちされたところで返り討ちにすれば良い。
楓一人でどうとでもなる相手である以上、変に戦って消耗するよりは消耗しない可能性を探った方が建設的である。
「天子もそれで良いか?」
「無益な殺生は望むところではないわ。それにまだまだ面白いところはこの先でしょう? 期待しているわよ、楓?」
期待のこもった天子の視線に楓は肩をすくめるに留める。
騒動を引き寄せるのは自分が好き好んでやっているわけではないのだ。
玉兎の後をついて歩いていくと、また一人別の玉兎が現れる。
先の戦闘に参加するでもなく、手頃な岩に腰掛けて自分たちを観察していたと思われる帽子をかぶって団子を片手に食べている玉兎。
「
「あいよ、
親しげな様子で一言二言言葉を交わした後、清蘭と呼ばれた玉兎はそそくさと楓たちの横を通って戻っていく。
鈴瑚と呼ばれた玉兎は団子を食べ終えると、楓たちの前に立って相対する。
「知っているかもだけど自己紹介しよう。地上調査部隊、イーグルラヴィの情報管理を担っている鈴瑚というものだ」
「幻想郷で暮らす住民だ。さて、ここに来たのは他でもない――月に行く道を探してのことだ」
「ほぅ? 月にどうして?」
「とぼけなくても良い。今現在、月が侵略を受けていることを俺たちは知っている」
楓の言葉に対し、鈴瑚は何を言っているのだと訝しむ顔になるものの、何か思い当たる節があったのか顎に手を当てて考え始める。
「は? 月が侵略? ……いや、だとすると今の状況にも辻褄が合うのか。地上調査なんて何の意味があるのかと思ったが……」
ぶつぶつと独り言をつぶやきながら考えていく鈴瑚は、やがて顔を上げて楓たちに胡散臭そうな信用できない笑顔を浮かべた。
「……どうだろう、お兄さんたち。私と取引しない? 私の知っている情報をあげるし、月に行くのも見逃してあげる。その代わり私の質問に答えてほしい」
「月に直接聞いてはダメなのか?」
「機密情報に足突っ込んでるからダメだね。下手に聞いたら私が消される」
楓は霊夢と天子に目配せし、鈴瑚の語る取引に乗るか否かを視線で問いかける。
どちらも考えることが面倒だったのか、楓に任せると言わんばかりに目を伏せたため、楓は頭の中で様々な可能性を考えながら了承することにした。
「……良いだろう。ただし、情報はそちらが先だ」
「良いよ良いよー。戦って勝ち目がないのはこっちなんだし、話だけで痛い思いが避けられるなら大歓迎さ。じゃあ早速話すけど――今の月の都って夢の世界にあるんだよね」
「……? どういう意味だ」
「言葉通りの意味だよ。現実の月の都は全員眠ってて、皆が月の都だと思っているものは夢の世界にある」
「可能なのか?」
「さぁ? 私は情報管理する玉兎だからたまたま知れただけで、普通の一般人なら誰も知らないはずだよ。自分の暮らしている都が夢の産物でした、なんて信じてもらえるはずがない」
月の玉兎がそう語っている以上、夢の世界にあることは異常事態の一つなのだろう。
念のため彼女が嘘をついている可能性を潰すべく、考える仕草のふりをしてこめかみに指を当てる。
「……永琳」
『夢の世界を操る協力者がいれば可能よ。ただし、長期間夢の世界に居続けることは精神を蝕む。月の侵略を夢の世界でやり過ごして、その間に地上をいただこうという作戦でしょう』
「……夢の世界にあることは納得しよう。では地上で使っていた先の道具は一体?」
「穢れを祓う道具だね。月の民は穢れを極端に嫌うから、地上の遷都するなら地上の穢れをすっかり綺麗にしておかないといけなかったんだ」
「穢れとは?」
「んー、一言での説明が難しいものだけど……地上の存在が地上に存在するためのもの、かな?」
「……その穢れを祓われたらどうなる」
「死ぬ。そこに例外はない」
やっぱりこいつらはここで殺しておくべきか。刀に手を添えた楓を見て鈴瑚は慌てた様子で弁解を始める。
「真面目にやってたのは最初だけだよ! 今はもう地上の方に興味がある! こんなこともうしないって!!」
「その言葉を信じる根拠は」
「地上の住民との交戦にも負けた以上、私たちの作戦は続行不可能だ。とはいえ月の都でミスは許されない」
「……天界にいた自分が言うのもあれだけど、地上が一番の楽園じゃない?」
楓もそんな気はするが、同意はしないでおいた。月の都にそれだけ余裕がないのかもしれない。
天子との内緒話に興味を示すこともなく、鈴瑚は自分の手元にあった道具を自ら壊しながら告げる。
「なのでほとぼりが冷めるまでは地上にいるよ。団子屋でもやって生きていくさ」
「……わかった。ただし先の道具は全て破棄しろ。何なら地上の民が無理やり壊したと報告しても良い」
「そうするつもりだよ。地上は地上で楽しそうだし、壊すなんてもったいないと思ってたんだ」
「…………」
鈴瑚の言を信じて良いかは微妙なところである。
だが先ほど清蘭たちが使っていた道具の範囲を見る限り、広範囲を一気に浄化する、とかそういった機能はないようだ。
いくつか残して浄化を進めていたとしても確実に気づけるだろう。そうなった時に対処を考えれば良い。
「そっちの話は理解した。次はこっちの事情を話そう。良いか――」
月が純狐の侵略を受けている、という話を聞いて鈴瑚は合点がいったとばかりにうなずき、そこで楓の話を遮る。
「こっちの知りたいことは知れたからもう良いよ。月への道を案内しよう」
「良いのか?」
「お互いの事情を全部知ったからって仲良しこよしできる間柄じゃないでしょ。一応私も月の民の端くれだし、手助けしてくれるってんなら諸手を挙げて大歓迎さ」
そう言って鈴瑚は何らかの装置を操り、上空遥か高くへ伸びる一本の空洞のような道を作り上げる。
「第四
「第四……他の道はないのか?」
「他の道については知らないね。地上につながらなかったか、純狐に攻撃されて落ちたか……まあ考える必要はないと思うよ」
「この道を辿れば月に行けるんだな?」
「夢の月の都に、だけどね。そこから先は頑張ってくれ」
鈴瑚に見送られ、楓たちは月の都へ続く道に入っていく。
形容し難い不思議な空間――楓の知見で例えるならスキマに近い――を飛んでいると、霊夢がおもむろに口を開く。
「ここまでトントン拍子に来れたけど、ここから先のアテはあるの?」
「むしろお前をアテにしていたんだが……」
「夢の世界なんて専門外よ」
「巫女がそれを言うとは……」
予知夢などは巫女の領分だというのに、霊夢は胸を張って知らんと答えた。
楓と天子は呆れた顔になりながらも前を向く。
「やることは変わらん。月に行って純狐を倒す。それが果たせれば――待て、前を見ろ」
「へ?」
霊夢たちの視線の先に何かが映る。
妖精のようにも見えるそれは、しかし遠目に見てもわかるほどに生命の力に満ち溢れている。
こちらを敵と認識しているらしく、散発的な弾幕がすでに放たれていたが、楓たちは苦もなくそれらをかいくぐって武器を構える。
「あれは……」
「自然の産物じゃないわね。さっきの月の民風に言えば、穢れの塊ってところかしら」
「私たちには通じないけどね。軽めの準備運動と行きましょうか!」
霊夢は札を。天子は緋想の剣を。楓は一刀を抜き放つと、生命力の塊と化している妖精たちへと踊りかかっていくのであった。
妖精たちを蹴散らしながら進み続けることしばし、不意に妖精たちの流れが途絶える。
同時に大きく輝く金色の球体――月が眼前に広がっていることに彼らは驚きを露わにした。
「月にここまで近くなっていたとは……夢の世界もあながち間違いではないのかもな」
「月の窪みすらくっきりと見えるわ。こんな殺伐とした世界なのね、月って」
「これはいわゆる表側の月ってやつですよ。裏側には立派な都が建っています」
天子、霊夢のものとは違う声が混じった。
楓たちが声の方向に振り向くとナイトキャップをかぶり、黒白の泡にも似たものを身体の至るところに貼り付けた少女が佇んでいた。
「月の民ではありませんね。生身で夢の世界に足を踏み入れるとは」
「何者だ」
「ドレミー・スイート。獏です。どうぞよろしく」
「獏……夢を喰らう妖怪か。そんなものがいるということはここは本当に夢の世界か」
代わり映えのしない景色だったので実は疑っていた楓だった。
ドレミーと名乗った獏の妖怪は眠そうな顔で三人を見て、夢でも見ているような声で話しかけてくる。
「そうですね。月の都へ向かって?」
「そうだ。侵略されている月の都を一身上の都合で助ける必要があってな」
「なるほど。とはいえこのまま進んでも夢の世界の都に到着するだけですよ。どこかで夢から抜け出さねば」
「……獏であるお前ならなんとかできるのか?」
「ええ、まあ、できますね。私としても夢の世界にあんな大きな都があるのは不便ですし、何より夢の世界に長時間居続けるのは精神を蝕む。正直、私としては出て行ってもらいたいくらいなんです」
「だったら利害は一致するはずだ」
「その通りなんですが、ですが残念。今は私が処理することができません」
どういう意味だ、と問いかける前に楓たちは行動に移っていた。
上空から降り注いだ剣の弾幕を楓が二刀を抜き放ち、後ろの霊夢らの分まで安全になるものだけ見極めて切り払う。
後ろに下がっていたドレミーは楓の見せた絶技にぱちぱちと拍手を送りながら、視線を上に向ける。
それが誰の攻撃なのか、霊夢には心当たりがあるのだろう。うげぇ、と面倒な相手に出くわしたことを隠そうともしない。
楓たちがドレミーの動きにつられて顔を上げると、その先には藤色の髪を頭の上で束ね、一振りの刀を握った少女が楓たちを見下ろしていた。
「――依姫!」
霊夢が依姫と呼んだ少女は油断なく楓らを見下ろしながらも、知己の存在にわずかに顔を緩めた。
「どこかで見た顔だと思えば、霊夢ではありませんか。他の面々に見覚えはありませんが、何か用事でも?」
「月が侵略を受けているんでしょう。慈悲深い私たちが助けてあげるって言ってんのよ」
「ふむ、それは地上の民が知る由もないはず……いえ、先生ならばあり得ますか」
先生、という単語を聞いて楓は咄嗟に耳元へ手を当てて永琳の判断を仰ぐ。
「見えているな。変な輩に絡まれた。お前の知り合いか?」
『綿月依姫。昔の教え子で、月の防衛を担う子よ。正面から戦うのは愚策。なんとか話し合いで帰ってもらった方が良いわ』
「――俺たちは八意永琳によって選ばれた地上の使者だ。俺たちに攻撃するということは彼女の選択に異を唱えると受け取る」
楓が依姫に声をかけると、彼女の視線が楓を射抜く。
それだけでわかる力の強大さに、楓は背中に冷や汗が流れるのを感じる。
幻想郷の誰に例えてもなお足りないと感じるほどの、文字通り比類なき力の持ち主だ。
今の自分が手段を選ばず戦って、ようやく一縷の望みが生まれる。そんな相手であることを楓はこれまでの戦いで磨かれた直感で察する。
「ふ、む。先生の使者ですか。確かに先生の慧眼ならば月の窮状を見抜き、その傑出したお知恵を貸していただけることでしょう」
依姫の言葉からは永琳への深い尊敬が伺えた。
月との関係は絶えて久しいと永琳は語っていたが、それでもなお尊敬されているのだ。彼女とは相応に深い関係なのかもしれない。
「こちらに敵対の意図はない。純狐からの侵略を受けた月を救出せよ、と永琳より指示を受けている」
「――下郎が。先生を呼び捨てるか」
面倒くさい、と思いつつも楓は素直に頭を下げた。少々の言葉遣いと頭を下げる程度で戦闘が回避できるなら安いものである。
「……気に障ったなら謝罪し、呼び方を改めよう。して、永琳様からの使者である我らへの返答は」
「事情は理解しました。しかし我らも先生の使者である、という言葉を鵜呑みにすることはできません」
「ならばどうすれば信じてもらえる」
「信じる信じないの次元ではありません。我らが純狐に対し、手をこまねいているのも事実。事態の打開には地上の力が必要でしょう、認めます」
「楓、嫌な予感がしてきたわ」
天子の耳打ちに大いに同意したい楓だったが、ぐっとこらえて後ろ手に回した指で合図を出す。
すなわち、いつでも要石で自分たちを守れるようにしてほしいというものである。
楓たちが密かに戦闘状態に移行しつつあることを知ってか知らずか、依姫はその身に宿る力を解き放ち、刃を向けた。
「――私が見極めましょう。あなたたちが純狐を倒すに値する勇者であるのか。構えなさい。そして抗いなさい。先生の見極めが間違っていないことを死にものぐるいで証明しなさい!!」
「ということなので、彼女に勝ったら私が直々に月の都まで案内しますよー」
気の抜けたドレミーの声と鋭い依姫の声を受けながら、再び頭上に展開された剣の海に対し、楓たちは大仰なため息と同時に立ち向かっていくのであった。
「――霊夢、天子。戦闘は避けられない、来るぞ!!」
「準備運動ばかりで気が抜けそうだったのよ。いつかの雪辱、晴らしてやるわ!!」
「天人と月の使者。相手に不足はないわ!! 比那名居天子の月の大冒険、開幕よ!!」
紺珠伝が始まりました。これが本作最後の異変になります。
本作最後の異変だし月の指揮官は出ないって永琳も言ってたので出しちまえ! ということで綿月依姫との戦闘が挟まりました。酷い話ですね()
とはいえ彼女の所持する祇園様(剣をいっぱい作れる)や愛宕様(超熱い炎を操れる)などのマップ攻撃への対策を持っている面々なので、勝負自体は可能です。依姫様相手だと特定の攻撃に対しての方策がないと詰みます(真顔)