幻想郷の閻魔大王。四季映姫に話の誘いを受けて、楓の取った行動は警戒でも歓迎でもなかった。
「えぇ……」
「……不躾な誘いであったことは認めますが、そこまで嫌そうな顔をするものではありませんよ」
「先ほどまで戦っていたので帰りたいんだ」
しかも死線をいくつもくぐる危険な戦いである。もう正直、すぐにでも帰って阿求の顔が見たい。疲労ならそれで消し飛んでくれる。
「そうお時間は取らせませんよ。私も御阿礼の子とは常より縁のある身であり、その流れであなた方とも縁を持ちます」
だが映姫は無情にも首を横に振った。こちらの都合を考えてくれるような思いやりのある輩は幻想郷にはほとんどいないのだ。
がっくりと肩を落としながら、今まで見たこともなかった閻魔大王が自分に接触してきた理由を考える。答えはすぐに出た。
「どうせ父上絡みだろう」
「その物言いは感心しませんが、事実なので否定もしないでおきましょう。あなたは……ふむ」
映姫は困ったように笑いながら、悔悟棒に口元を隠し楓を見上げる。
楓はその眼差しに背筋の冷える何かを感じ取る。この目を前に隠し事はできず、何もかもを詳らかにされてしまうような目だ。
「……なるほど、あなたも彼に負けず劣らずの因果を背負っているらしい。その瞳については私ですらも影響があるでしょう」
「……この目の本質がわかったのか」
楓はさり気なく身体の位置を変え、いつでも刀が抜けるようにしておく。
魂縛りの瞳までなら良い。誰に吹聴されようと、痛くも痒くもない。
だがそれ以上を知られるのは非常に不味い。それが知られた場合、楓は彼女を殺す選択肢も視野に入れねばならなかった。
「…………」
「そう殺気立たずとも良いですよ。その能力の危険性は私も理解しましたが……それを使ったとて、使わずとて、結局最後は変わりません」
「どういう意味だ?」
「人も妖も皆、閻魔の前では等しく衆生でしかないということです。私の役目は変わりません」
「……そうか」
正しく価値観が違う、としか言えなかった。彼女の見ている視座は自分のそれとはまるで違う。
穏やかに微笑む映姫の瞳の奥に、底知れない何かを覚えた楓は冷や汗が背筋を伝うのを実感する。
「だったら信じるしかないな。……そもそも俺がこの場で殴りかかっても勝てる気がしない」
「さて、どうでしょう。あるいはその目で睨めば効果はあるやもしれませんよ?」
「冗談を」
「ふふ、私も少々浮かれているようですね。先ほど博麗の巫女と弾幕ごっこをしたので、気分が高揚しているのかもしれません」
おや、と楓は不思議そうな顔をする。確かに花映塚は異変と呼んでも過言ではないが、これに関しては黒幕がいない。いわば自然現象の一種だ。
霊夢ならその辺りの勘もあると思っていたのだが、と首を傾げた楓に映姫は軽く笑って答えを出す。
「これが厳密に異変ではない、とわかっているのはそういった知識を持っている人だけということです。たとえポーズであっても、何かしらの仕事をしている姿を見せたかったのでしょう」
「なるほど」
映姫に説明されて楓も合点がいったようにうなずく。
霊夢がそんな真面目なことを考える性格であるかと言われれば全くもって違うと答えるが、あれの勘の良さは無意識に正解を選ぶ。
ならば今回も彼女が動いたことが正解で、その道程にいた映姫と戦ったのだろう。
「結果はどうなったんだ?」
「それは当人の口から聞くのがよろしいかと。私としては、とても楽しめましたよ」
「…………」
よく見れば映姫の服にはほつれが見受けられた。勝ち負けは横に置いて、彼女も白熱した勝負をしたのだろう。
……自分が戦って勝てる絵面が浮かばない彼女を相手に、弾幕ごっこで勝利を収めたであろう霊夢へくだらない嫉妬を覚えそうになるが、そこは受け流す。
「それは良かった。じゃあ自分はこれで」
「話はまだ終わっていませんよ。いけませんね、あなたの父親もそうですが、ついつい話し込んでしまう。不思議な居心地の良さがあります」
「そうか……?」
今の自分は意図して硬い言葉遣いをしているので、近寄りがたい印象を持たれていると思っていたため、映姫の言葉は理解できなかった。
「他の衆生も辻説法時はちゃんと話を聞いてほしいものです。おっと、これも脱線ですね、失礼」
「別に気にしてないから本題を早くしてくれないか?」
このままでは埒が明かないと悟り、楓は話を急かすことにした。
ただでさえ疲れているのだ。それにそもそも阿求に帰りが遅くなることを伝えられていない。彼女にいらぬ心配をかけてしまうのは何が何でも避けたい。
「では本題に入りましょう。……火継楓。あなたは自分がどういった存在かはご存知ですね」
「人と妖怪の混ざりものであることか」
阿礼狂いであることかとも思ったが、それなら父親に聞いているだろう。楓にしかない特徴はこれぐらいしか思いつかなかった。
それは正解だったようで、映姫は真意の読めない瞳で首肯する。
「人と妖怪の逢瀬……まるでないとは言いませんが、逸話として残るようなものはありませんでした。そも、人を喰らうことを是とする妖怪と人間が愛し合うこと自体非常に稀ですが」
「…………」
父は別に自分の目の前や知り得る場所でない限り、相手が何を行っていようと気にはしない性格だった。なので母が人を喰ったことがあったとしても、それが自分の生まれる遥か昔であれば気にしたところで無駄だと考えたのだろう。
……まあ、楓は母の口から人を喰ったことがあるとか聞いたことがないため、これも全て想像に過ぎないのだが。そもそも母は父を愛していたが、父が母を愛していたかは楓の目ではよくわからなかった。
「魔法の森の店主、人里の半獣、冥界に住まう庭師の少女。私の知る限りでの半分人間はこんなところでしょう。そしてあなたと明確に同じと言えるのは、店主のみ」
「……そうだな。そしてあの人は両親の顔も知らないときた」
「人と妖怪の子なのです。残酷なことですが、それが摂理というものでしょう」
「閻魔の言葉かそれが」
「現世は苦海なれど、幸あれと願ってますよ。それはそれとして人と妖怪の在り様も理解しているだけです」
願いは願い、事実は事実。そこを分けているだけだと語る映姫の顔は先ほどまで浮かべていた柔らかい笑みとはまるで違う、硬質なものだった。
「ですがあなたは違う。半人半妖として生まれ、更に双方からの愛情を受けている。私も長い間幻想郷の閻魔大王を務めておりますが、それでも初めて見ます」
「…………」
父に愛されていたかは疑問を覚えるが、目をかけてもらえたのは事実なので否定しないでおく。
さらに、と映姫は話を続けて悔悟棒を楓の目に向けた。
「その上、その瞳。先の話で確信となりましたが、あなたは自分の能力を正しく理解していますね?」
「……ああ」
「いつ知ったのです?」
「魂縛りは父上との稽古中に発現した。父上は人間だったからほとんど効果はなかったが、俺の目の色が変わったそうだ」
「ふむ」
ちなみに映姫に言う必要はないため言ってないが、この直後に椿が見えるようにもなっている。
無表情にふわふわと、父の周りを当てもなくさまよい続ける楓と目が合ってから、彼女との付き合いは始まっていた。
「幼い俺にはどんな能力かわからなかった。だから父上の勧めもあって能力の検証を行った」
能力の性質が悪いものかもしれないため、なるべく他言しないよう言われたのもこの時だ。
そうして楓は退治する予定の妖怪などを相手に、父と一緒に能力の検証を行い――魂縛りの瞳の本質を知ってしまった。
「……これ以上は話せない。この能力は俺が俺の都合だけで使わないよう決めている。誰が相手でも、俺が死ぬことになっても、影響が俺だけで済むのなら使わない」
たとえ幽香との戦いで魂縛りが効かずとも、その先を使うつもりはなかった。それが自分の死に結びついたとしても、である。
これを使う時があるとすれば、それは阿礼狂いとしてどうしても看過できない場面ぐらいだろう。
そういったことを話すと、映姫は納得して頭を下げた。
「ふむ、失敬。そこまで決意していたのであれば、これは私が謝罪しなければなりませんね。申し訳ありません、あなたの覚悟を土足で暴くような真似をしてしまいました」
「謝らないで良い。あなたの言う通り、この能力は異質で危険なもの。使う機会がないに越したことはない」
楓がそう言うと、映姫はどこか明るくなった表情で顔を上げた。
「ありがとうございます。さて、となると……あなたが力を求める理由にも理解が及びます。無論、父親を超えたいという願いにも嘘はないでしょうけど」
「……そこまで視たのか」
「隠しているわけでもないでしょう。良いのでは?」
やっぱりこの人と自分では価値観が違う、と楓は感じるのであった。基本的に慈愛を持って接しているし、踏み込みすぎたと感じればすぐに謝罪する誠実な少女だが、どこか考え方が人間離れしている。
「しかし、ふむ……火継楓」
「何か」
「あなたはこれより先、時流の中心に立つ時が訪れます」
「…………」
「大きな流れです。あるいはあなたを呑み込むやもしれません」
「……待て、今以上か?」
今でさえ異変に次ぐ異変で大騒ぎしていると言っても良いくらいである。霊夢はもとより、人里に所属する自分でさえ忙殺されつつある。
その上さらに大変になるとあっては、楓は頬がひきつるのが抑えられない。
しかし現実は厳しく映姫は無情にも首肯した。
「今以上です。そして人間と妖怪の狭間に立つあなたは立ち位置を決めかねる時も来るでしょう。――それでもあなたは迷ってはいけない」
「愚問だ」
楓の言葉に映姫は口元を僅かに釣り上げる。どこか懐かしいものを見たように浮かべたそれに、楓は目を細めた。
「あなたは俺の父上とも知り合いなのだろう。だったら答えは知っているはず」
「ええ、存じております。ですが、閻魔として言葉にせずにはいられなかったのです。あなたにとってはつまらない質問でしたか?」
「……いいや、成すべきことが明確になって良い」
「なら良かった」
そう言うと映姫は背を向け、首を動かして視線を投げてくる。
「そろそろ失礼します。疲れているところに長々と失礼。次は、そうですね……人里で辻説法を大々的に行いたいと思っていたところです。あなたにお願いする時はまた会いに行きますよ」
「…………」
千里眼で彼女が人里に来たら逃げよう、と心に決める楓だった。誰もが嫌な顔をする辻説法を行いたいと、人里で提案する身にもなって欲しい。
「ああ、逃げたら御阿礼の子に確認しますのであしからず」
「こいつ……」
「だからといってその心底から呆れて言葉もないといった顔はやめませんか?」
映姫の言葉がその通りなので否定しないでおく。
だが、物怖じしない楓の態度がかえって良かったのか、映姫は機嫌良さそうに肩を揺らし、歩き出してしまう。
その後ろ姿に間違いなく面倒な輩に気に入られてしまったと直感し、楓は顔をしかめるしかないのであった。
『うん、まあ……ご愁傷さま』
「うるさい」
椿に言われるのは腹が立つので拳が飛んだ。
『私にだけ当たり強いのどうかと思うよ!?』
「うるさい」
『まったく、だから子供っぽいって言われ痛い!?』
懲りた様子がないのでもう一回叩くと、椿は涙目になりながらも黙ってくれた。
……もっとも、拗ねたのか人里に戻るまでずっと楓の頭をペシペシと叩いてきたのだが。
稗田の屋敷に戻ると、阿求がパタパタと走って出迎えに来てくれた。
「お兄ちゃん、お帰りなさい……ってどうしたのその顔!?」
「ちょっと、いやかなり、いや果てしなく面倒な輩に絡まれてました……」
一度家に戻って服を着替え、疲れた様子は極力隠したものの、それでも阿求には見抜かれたのだろう。色々と察した顔で口元に手を当てていた。
「え、えっと……とりあえず、お疲れ様?」
「その言葉だけで報われます……」
そうして場所を移し、楓の淹れたお茶を一啜りしてから阿求は楓に何があったのかを問う。
「ふぅ、お茶が美味しい……。それで、何かあったの?」
「霧雨商店の帰り道に妖怪に絡まれました」
「どんな妖怪?」
「風見幽香と四季映姫です」
「げふっ!? げほっ、けふっ!?」
むせた。最近、この少年はちょっと出歩くと妖怪と遭遇してくるような気がしてならない。しかも今回は大妖怪と評しても過言ではない二人である。
「阿求様!?」
「だ、大丈夫。そ、それでどうなったの?」
「話に付き合わされた後、風見幽香とは戦う羽目になりました」
心底嫌そうな顔で語る楓を阿求は改めて観察する。
肩に焼け焦げたような跡があったり、服に返り血はついているものの、尾を引く傷らしいものは見受けられなかった。彼は半妖のため、大体の傷はすぐに治ってしまうというのもあるが。
「結果は?」
「いくらか運が良い方向に働いたおかげで、どうにか勝利をおさめることができました。もう一度、と言われたらお恥ずかしながら難しいですが」
なるべくなら隠し通したい手札の大半を吐き出しての勝利である。知られていないことに意味のある術や能力ばかりだったため、次に戦ったら順当にすり潰されて終わりだ。
とはいえそれでも勝利は勝利。阿求は自分と歳もさほど変わらない少年が、近寄ってはいけない部類の大妖怪を相手に勝ちを収めたということに感嘆の思いしかなかった。
「ううん、お祖父ちゃんもあの人は恐ろしい妖怪だってずっと言ってたもん。それに勝ったのは誇って良いと思う」
「身に沁みました。直感ですが、あれの戦い方は父と相性が悪かったのでしょう」
父は徹底して二刀流による白兵戦と、多少ながらできる結界術を利用した三次元の動きで相手を翻弄する戦法を行っていた。
対策が取られようと、その上からぶち抜く。それが許されるだけの隔絶した白兵戦の力量があったのだ。彼に懐へ踏み込まれて、打ち合いのできる存在は幻想郷全体を見ても数えるほどしかいないだろう。
楓もそれに踏襲した戦い方をするが、椿との連携、炎の術、魂縛りの瞳と、風見幽香との戦いで覚えた行動の先読み、発動前の魔法であれば発動を阻害する術を覚えるなど、状況への対応力はかなり高い。
「そっか。お兄ちゃん、お疲れ様。そんなすごい妖怪を相手に戦って勝って、私も鼻高々です」
「身に余るお言葉です。これからも一層、精進いたします」
阿求より賜ったねぎらいの言葉に頭を垂れ、次に戦う時が訪れたら二刀流で勝ち切ってみせると決意を固めながら顔を上げると、阿求はいそいそと筆と紙を用意していた。
そして好奇心にキラキラした目で楓を見る。
「阿求様?」
「――ところで、風見幽香さんの戦い方ってどんなものだったのかな? あ、これは決して幻想郷縁起がまた分厚くなることに喜んでるわけじゃないのよ? そう、これは妖怪の戦い方を知りたいという純粋な知的好奇心です!」
「本音は?」
「弾幕ごっこじゃない妖怪の戦い方、しかもこれまでの幻想郷縁起で誰も載せなかった花の妖怪の戦い方を私の幻想郷縁起に記せるなんて幸せ!!」
大変素直でよろしい、と楓は困ったような笑みを浮かべながら彼女の戦い方を上手く伝えられるよう、言葉を選ぶのだった。
「あ、映姫さまとはどんなお話をしたの?」
幽香に関する話が一段落すると、阿求はさっきの話を思い起こしながら聞いてみる。
楓はなんてことないと首を横に振った。
「とりとめのない話で終わりました。私の出自や能力についてがほとんどです」
「出自は……そうね、香霖堂の店主が半人半妖なのは知ってるけど、お兄ちゃんみたいに両親もいた半妖は私も初めて」
「そうですね。人と妖怪の狭間に立つ者として、どちらかしか味方できない時にどうするのか、といった意味合いのことも聞かれました」
「どう答えたの?」
「――私はいついかなる時も阿求様の味方をする、と答えました」
御阿礼の子は人里に住んでいるから人の味方をする。もし、彼女が遠い未来で妖怪の側に立つ時があれば妖怪の味方をする。
阿礼狂いとしてそれは至極当然の考えだった。半妖の楓以外の阿礼狂いでも、誰もが同じことを言うだろう。
それを聞いて、阿求は嬉しそうに笑う。自分の信じる人が自分を信じてくれる、というのはやはり心地よいものである。
「ありがとう、お兄ちゃん。あ、能力ってお兄ちゃんは何かあったっけ?」
「実は千里眼の他にもあります。普段は隠していますが、知りたいのであればお話しますよ」
「うーん……お兄ちゃんは言いたくないの?」
「あまり知られたい能力ではありません。少々危険な部類でして」
「暴走するとか?」
「単純に能力の性質が悪い、という類です。制御自体は問題なく行えます」
自分の知り合いである妖怪にも大体効果があるため、できることなら知られたくないというのが本心だった。この能力が由来で人が離れていくというのは、あまり想像したくない。
……御阿礼の子のためであれば仕方がないと思っている辺り、彼も大概救えない性格である。
むむ、と阿求は悩ましげに腕を組んでいたが、やがて決心したように組んでいた腕をほどいてぽん、と手を合わせる。
「……うん! お兄ちゃんがそう言うなら聞きません。いえ、本心では興味あるけど!」
「であればお話しますよ?」
「ダメダメ! きっとお兄ちゃんは色々考えて隠すことを決めたんだろうし、それを私が勝手に暴いちゃ良くないと思います! うん、なのでお兄ちゃんが話しても良い、って思ったら話して!」
「……かしこまりました。いつかこの力を話しても良いと思えるようになったら、お話いたします」
おそらくそれは父に並び、父を超えたと確信した時だろう。
だが、それはそう遠い未来ではないと、風見幽香との戦いを経て感じることができた。
まだまだ父の教えを全て消化し、己の技に消化できたわけでもない未熟者ではあるが――この調子で実戦経験を積み続けられるなら、間違いなく父の領域に到達できる。
「じゃあこの話はここでおしまい。お兄ちゃんもほんの少し外にお使いをお願いしたらこれで大変ね……」
「帰りが遅くなってしまったことは面目次第もございません」
「責めてるわけじゃないのよ? ただ、こう……お祖父ちゃんに似てるなあって」
「そんなところで似ていると感じられたくないです……」
「でも思わない? あの人も出歩くとすぐ妖怪やら何やらに出くわす人だったもの」
「…………少しは」
楓が不承不承といった様子で認めると、阿求は軽やかに笑う。
「やっぱり親子なのね。この調子だと椛さんにも言われるんじゃない?」
「……すでに言われてます。こういった縁まで父上と似たくはないのに」
「あはは、でもお祖父ちゃんは嫌そうな顔はしていたけど、本当に拒絶したことはなかったわ。嫌よ嫌よも好きのうち、ってやつよ!」
「そう、ですか……?」
楓の目には本心から嫌がっているようにしか見えなかった。ただ、本気で嫌がっても相手が気にしないので諦めたという感じに見えた。
ただ、阿求が自信満々に言い切ったので実はそうかもしれない、と楓は思うようにした。あれであまり自分の感情は表に出さない人、だと母も語っていたのだ。
「お兄ちゃんにはこれからもぜひ色んな妖怪と知り合って欲しいな。その方が幻想郷も賑やかになるし、私の幻想郷縁起も書くことが増えるから!」
「阿求様のお言葉とあらば是非もありません。私は私のまま、阿求様のお側におります」
「うん!」
目を細め、穏やかに微笑む楓に阿求もまた、満面の笑みを向ける。
かつて祖父が立っていた場所を受け継いだ少年が、受け継いだものをそれ以上にせんと走り続ける姿に自分たちのそれを重ねたのだ。
歴史を記憶し、綴り、託し、継承する。それこそが御阿礼の子の本義。
そして隣を歩む人間もまた、己の業を継承し続け、研磨し続けて御阿礼の子の側にいてくれる。
これを幸福と呼ばずして何を呼ぶ。阿求も楓もいつか死ぬ時が来るとしても、やがて彼らの意思を継ぐ誰かが必ず現れる。
それはきっととても素敵な未来の予想で――と己が死んでも続くであろう御阿礼の子と阿礼狂いの関係に思いを馳せていると、障子の向こうに女中の影が差す。
「阿求様、お客人です」
「あら? 今日は来客の予定はなかったけれど……」
「博麗の巫女様です。ご友人だと仰っていたので、客間に通しておりますが……」
女中の声が不安そうなものになったので、その不安を払拭すべく楓が口を開く。
「いや、ありがとうございます。阿求様、とりあえず行きましょうか」
「あ、うん。そうね、本人から聞くのが一番手っ取り早いか」
阿求が立ち上がるのに合わせて楓も立ち上がり、客間に向かう。
客間に着くと、出されたお茶とお茶菓子をすでに食べた霊夢が二人を見た。
「っと、来たか。いきなり訪ねる不躾な真似を失礼、阿求」
「いえいえ。博麗の巫女様とあっては無下にはできません。ところでどういったご用件で?」
「うん、要件っていうのは楓にあるんだけど……何よその顔」
「お前に謝罪するなんて殊勝な面があったことに驚いている」
割と心の底からびっくりした顔の楓に、霊夢は憮然とした顔になる。これでも遠慮しなくて良い輩とした方が良い人の区別はつけているのだ。
その点で言えば楓は遠慮も容赦も何一つ必要ない存在で、阿求はきちんと節度を持って接するべき友人という枠である。
更に言えば阿求は年下の少女なので、目の前の男に何かと妹扱いされる霊夢にとって姉のように振る舞える希少な存在なのだ。
「ここが阿求の家じゃなかったら今すぐぶん殴ってたわ、ってそうじゃない。来たのはちょっと異変についてよ」
「ああ、花が咲き乱れる状況のことか。これは――」
別に異変じゃない、と言おうとした楓の腕を霊夢が掴む。
「ちょっと来てもらうわ。あんたの助力が欲しい」
「は? いや、今回の異変に黒幕はいな――」
「いてもいなくてももうどうでもいいわ。――ちょっと閻魔大王殴りに行くわよ」
この異変にはちゃんとした理由があってそれは自然に解消されるため、動く必要などないと伝えようとしたところ、霊夢が落とした爆弾によって楓の顔が盛大にひきつる。
霊夢はすでに行動を決めており、楓の返事を待つことなく彼の腕を引いて立ち上がり、部屋を出ようとする。
「というわけで阿求、ちょっと楓借りるわ」
「あ、どうぞどうぞ」
「阿求様!?」
「博麗の巫女のお願いは断れません。……あ、それはそれとして映姫さまのスペルカードとかも後で教えてね!!」
好奇心のために主に売られてしまった。楓は遠い目になりながら霊夢に引きずられていく。
いってらっしゃい、と手を振って見送った阿求は、一人になると腕を組んで小さくつぶやいた。
「……お兄ちゃんもお祖父ちゃんも、一度お祓いを受けた方が良いんじゃないかなあ」
もっとも、今回はお祓いをする側が持ち込んだ問題なので意味がない気もするのだが。
えいきっき、本作ではもっと出せればと思ってます(思っているだけとも言う)
割と辻説法して人里に来たりする姿があるかもしれません。
綴り、託し、継承する。
これ、本作のテーマの一つでもあります。なのでこれから出てくる勢力の中で確定して阿求たちと完全に水と油な勢力が二つ出てきます。どこかはまだ明言しませんが、なんとなく想像できる人は想像できるかと。
そしてえいきっきとトークし、阿求とトークし、その後霊夢に引きずられて再びえいきっきと会いに行く楓。
彼の父親を知っている人妖は大体「(父親譲りの間の悪さ……)」と思ってます。