「俺は付き合わんぞ」
阿求に見捨てられ、もとい見送られて霊夢と一緒に外へ飛び出した楓だったが、霊夢の誘い自体は憮然とした顔で断っていた。
彼女の要請は閻魔大王――四季映姫を倒しに行くので力を貸せというもの。彼女と戦う理由などこれっぽっちもない楓は指一本動かすつもりがなかった。
「阿求様より四季映姫のスペルカードを教えてくれとお願いされた手前、一緒に行くのは百万歩譲ってやる。だが、絶対に剣は抜かん」
霊夢の横を飛びながら楓は断言する。ここをなあなあにすると霊夢は楓の意思など無視して進むに違いないからである。伊達に幼少期から付き合っていなかった。
楓のにべもない言葉に霊夢はムッとした様子で口を開く。
「なんでよ、良いじゃない減るもんじゃなし」
「あの人からの俺の信用が目減りするわ。第一、誘うなら俺じゃなく魔理沙や咲夜を誘えば良かっただろ」
「パッと探した感じいなかったのよ。だったら阿求のところに行けば会える確率の高いあんたのところに行くのが堅実よ」
言い分には一理あるが、問答無用で引きずられた側としてはたまったものではなかった。
「俺を誘うのまでは良い。けど、俺はスペルカードなんて持ってない。弾幕ごっこの領分じゃまるで役に立たない自信がある」
「あんたも爺さんも遊びってものを解しなさいよ。風情の欠片もない」
「向いてなかったんだから仕方ないだろ」
しかも向いてないと烙印を押したのは当の霊夢本人である。昔に言ったことを忘れているのだろうか。
幼い頃は霊夢と一緒にスペルカードができないか色々と試したのだが、妖精相手に試した時は泣いて逃げられてしまい、魔理沙や霊夢を相手に試してもスリルとは違う恐怖が先にくると言われ、これは向いていないと悟ったのである。
「父上もそうだったし、そういう遊びに縁がないんだよ。普通のお手玉とかならできるのに……」
向き不向きは誰にでもある。楓の父も楓自身もそれは非常に少ないが、その数少ない不向きな物事に楓は弾幕ごっこが入っているというだけだった。
「あ、意外と気にしてたの……」
「阿求様が遊びたいって言い出すかもしれないからな」
遊び相手とはいかなくても、せめて試し打ちの相手ぐらいにはなりたい。
その思いを霊夢に話すと霊夢はこれみよがしにため息を吐いて、大仰に肩をすくめる。
「わかった、わかったわよ。じゃあいい経験だと思って私と閻魔大王の勝負の援護に努めてなさい」
「……一対一の状況を作る努力はする。一騎打ちができたなら多少の援護ぐらいに留める。この条件で」
スペルカードを持たない楓が弾幕ごっこに介入できるのは、せいぜい妖精と同程度が限界である。遊びを遊びにしておくためにも、これは譲れなかった。
そのことを伝えると霊夢は楓に冷たい目を向けながらも、不承不承といった様子で了承した。
「妖精と同じって……いや、良いわ。一対一になれるならこの際文句は言わない」
「ではそれで。ところで、俺はお前と映姫様は一度戦ったと思っていた。違ったのか?」
「合ってるわ。勝負としては私の勝ち……いや、半ば見逃されたようなもの」
「ふむ」
映姫自身は自分が戦うものではないとか言っていたが、そこはさすがに閻魔大王と言うべきか。
楓は彼女の佇まいを思い返し、一人で挑んだところで勝ち目が薄いことを自覚して霊夢の言葉にうなずく。
「今回の異変を起こしたのが誰であっても構わない。……だけど、舐められっぱなしは癪なのよ」
「巫女の言葉とは思えんな……」
そこらの
舐められたら終わり、という霊夢の言い分自体はわからなくもないのだ。まして彼女は幻想郷唯一の調停者である博麗の巫女なのだから、彼女が侮られるような事態が発生したら終わりである。
楓も人里の守護者として、人里が低く見られることになりかねない言動は避けるようにしている。今回の霊夢の行動もそれだと思えば筋は通った。
……これに巻き込まれる映姫はたまったものではないが、そこは博麗の巫女に目をつけられたのが運の尽きということにしておく。少なくとも楓はそう割り切ることにした。
「さっき言った通りの手助けはする。そこから先は自力でどうにかしてくれ。お前が弾幕ごっこで勝てないやつに俺が弾幕ごっこを仕掛けたところでなんの力にもなれん」
「次までに弾幕ごっこ覚えなさい」
「向いてないって言ったのそっちだろ!?」
「んな子供の頃の話を律儀に覚えるんじゃないわよ。昔は昔、今は今!」
「傍若無人にも程がある!」
ワイワイと言い争うが、楓は霊夢の言動の理不尽さを指摘こそすれど、自分が弾幕ごっこを覚えるという言葉は頑なに拒否を貫く。
業を煮やした霊夢が鼻息荒く楓を指差す。
「あーもう、大の男がごちゃごちゃと女々しい! なんでそんなに弾幕ごっこを嫌がるのよ!」
「――それは、お前の領分だ」
今までの騒がしい声とは違う、決して大きい声ではないが霊夢の耳にスッと届く声だった。
「お前は幻想郷の調停をスペルカードルールを使って行えばいい。それの邪魔はしないし、させない。――俺に課せられたのはそれとは別の役割だ」
「…………」
「俺はそっちに行かない。――だからお前もこっちには来ない方が良い」
楓も霊夢も、改めて言葉にしたわけではないが彼女らなりの役割分担でもあった。
もし仮に楓もスペルカードを所持していたら……彼が父より学んだ旧態依然とした暴力と混ざったものになり、それはスペルカードルールを作成した者たちの意図にそぐわないものになってしまう。
故に楓はスペルカードの勝負は行わない。遊びと定義されているそれについてはいくら負けても構わないと本心から思っていた。
彼が剣を振るうのは負けたら死の危険がある時と、人里、並びに御阿礼の子に累が及ぶ時である。
「……稽古してたのは同じでしょうに」
「万一、というのは考えておく必要があるが、必要な時が来ないならそれに越したことはないんだ」
「……あー、もう!」
言葉を曲げる気がないことを察すると、霊夢はガシガシと年頃の少女らしくない仕草で後頭部をかいて前を向く。
「もういいわよそれで。人手があるだけマシって思うことにするわ」
「それぐらいの方がこっちも気楽だ」
「ったく、変なところで意固地なんだから……」
「なにか言ったか?」
「いーえなんにもー?」
何かと騒がしい霊夢に楓はじっとりとした目を向けながら、霊夢の指し示す方角――三途の川へ飛んでいくのであった。
三途の川。妖怪の山の裏側にある中有の道を通り抜けた先にある、およそ人の目には先を見通せない幅の大きな川だ。
比喩でもなんでもなく三途の川であるこの場所は、船頭である死神がよく死者の魂を彼岸へと運ぶ光景が見られていた。
「ふむ……」
「あんたの目でも見えない?」
「かなり遠くまで見ているが、見えないな。俺もここに来たのは初めてだが、三途の川の向こうに彼岸があっても生者の身には見えないようだ」
ひょっとしたら父もこの川を渡って向こう側へ渡ったのかもしれない、と思いながら楓は霊夢とともに周囲を見回す。
「で、どうしてここなんだ?」
「勘」
「それはわかってる。他の理由を聞いているんだ」
霊夢が行き先を勘で決めることは日常茶飯事なので、楓も何も言わない。
しかし、勘だけで人を連れ回すこともしない少女であると楓は知っていた。
霊夢も楓の質問は想定内だったようで、淀みなく口を開く。
「閻魔大王って言うからには、私たちの知る知識が正しければ戻るのはこの向こう側でしょう。で、ここに来てわかったけど、彼岸に行くのは正攻法では無理」
「お前だけならもしかするかもしれないが」
「帰ってこれる自信がないから却下。この先を知る機会なんて死んだ時の一回きりで十分よ」
同感だったのでうなずき、話の先を促す。
「この先に行かれたら追いかけられない。じゃあここで待ち伏せするしかない。闇雲に探し回るのも疲れるし」
「まあ、納得はできるな」
霊夢の言い分に理解を示し、楓は己の千里眼をもって広範囲を意識して見渡す。
大勢の鎌を携えた死神が死者の魂を船に載せて漕ぐ姿と、人の形をとっている魂が出店などを用意している姿が印象的だった。
見えたものを霊夢に話すと、怪訝そうな顔になる。
「出店ぇ? こんなところで何売ってるのよ」
「綿菓子やらりんご飴やら、そこらの縁日で見かけるものと変わらんぞ」
「え、なんで?」
「俺に聞かれても……」
心からわけがわからないといった顔になる霊夢に、楓も不思議そうに眉をひそめていると、不意に後ろから声がかかる。
「ここいらの景気もぼちぼちってことさ、少年少女」
「む」
「あんたは死神?」
気配そのものは察知していたため、霊夢も楓も驚くことなく振り返る。
そこにいたのは彼岸花を連想させる、波のようにうねった赤い髪を二房まとめた少女が朗らかな笑顔で話しかけてきたのだ。――その手に生命を刈り取る大鎌を携えて。
「おうさ、死神様さ。そういうあんたたちは人間と……混ざりもの? こりゃまた珍しい」
「自覚はある。というか、俺以外の混ざりものを連れて行ったことが?」
「そりゃあるとも。妖怪が人間を慰み者にするなんて話は昔からそこそこ聞くものだ。もっとも、ほとんど流れるか生まれた直後に親に殺されて終わりだがね」
「…………」
あっけらかんと話す死神の言葉に霊夢はうげぇ、と言いたげな苦い表情に変わる。
対し楓の表情は特に変わっていなかった。自分の境遇がいかに恵まれたものであるかぐらい、理解しているつもりだったし何より――阿礼狂いが知り合いでもない他者の境遇に心動かされることなどあり得ない。
「それに長生きできるとも限らない。生まれたばかりの混ざりものが力の使い方もわからぬまま生きるのは難しい」
「どちらからも迫害されるからか」
「そういうことさね。ああ、全く。現世は苦海なり、ときたもんだ」
「……この時代に生まれた幸運を噛み締めよう」
その方がいいよ、と死神は笑って大鎌を使い、器用に出店の方を指し示す。
「で、話を戻そう。あそこらに出ている店は地獄での刑期を終えるか、模範的に過ごした連中の最終試験場みたいな場所でね。外でやっていける立派な魂になったかを試す意味合いがあるのさ」
「立派な魂とは」
「転生前の一仕事ってやつさ。生まれ変わってもまた悪事をする、なんてことになったら裁く側も面倒だし、そうならないよう魂を矯正してやる必要がある」
「地獄落ちってよっぽどのことをやらかしたんじゃない?」
霊夢が聞くと、死神は肩をすくめて皮肉げに笑う。
「まあね。ただまあ、世知辛いことにこれも慈善事業じゃないんだ」
「はぁ?」
「地獄の運営にお金がかかるのさ。地獄の沙汰も金次第、とはよく言ったもの」
「なんともまぁ……」
そんな世知辛い話があるのか、と霊夢と楓は顔を見合わせた。
「なんでまあ、あの通りお金を稼ぎながら外でやっていけるか試す。一石二鳥の方法に出たというわけさ」
「な、なるほど……どこも大変なのね……」
「で、実際に売れているのか?」
「……一石二鳥の方法に出たというわけさ!」
売れてないんだな、と察した二人はこれ以上の言及を避けることにした。変に首を突っ込むと面倒になりそうな予感がしたのだ。
「ここで顔を合わせたのもなにかの縁だ。人里の連中にも来るように言っておくれよ。この辺は人里からも多少遠いけど、めちゃくちゃ危険って場所でもないだろう?」
「魔法の森や無縁塚ほどではない、と言っても妖怪の山付近だからな……一応、話には出しておく」
とりあえず霧雨商店の店主に話を持っていけば悪いようにはならないだろう。先日も永遠亭の話を出したばかりなので、続けて話を持っていくのは気が引けるがそこは……自分の間が悪いのが全ての元凶としか言えなかった。
「それでも助かるよ。っと、話し込んでたのに名前も聞いてなかったね」
「いや、まだ話すのか?」
「あったりまえだろ? 生者がここに来るなんて珍しいのさ」
長話する気満々の死神を見て、霊夢がそっと楓に耳打ちしてくる。
「あんまり話してると閻魔大王を見失うわよ」
「そこは常に見てるから安心しろ。どうせ二人だけで待つしかなかったんだし、良いんじゃないか?」
「見失ったら夢想封印じゃ済まないからね」
「人を引っ張ってきておいて理不尽な……」
傍若無人極まりない霊夢の態度に肩を落としつつ、楓は死神の少女の名前を聞く。
「俺は火継楓。こっちは博麗霊夢。そっちは?」
「小野塚小町。しがない死神の船頭さ。にしても年若い少年少女が来たから心中かもしれないと思って声をかけてみたら、まさか博麗の巫女と来たか」
「ちょっと用があって来たの。私の邪魔をしない限りそっちの邪魔はしないから安心なさい」
「おっと、だいぶ気を張っているみたいだね。くわばらくわばら」
霊夢の気配が張り詰めているのを察したのだろう。死神の少女――小町は視線を楓に戻した。
「で、そっちは……まさか、火継の一族が来るとはね。しかも混ざりものとは。お前さんの父親、つい最近来たあいつだろう?」
「知っているのか?」
父の話題が出たことに楓は驚いたように眉を上げる。霊夢にとっても父親代わりの人物だったため、彼女の視線も小町に向いていた。
「三途の川でも有名になるぐらいにはね。それに今の御時世で妖怪と結ばれる可能性のある人間なんてそういないだろう」
「……そうだな。父上ほど妖怪に好かれた人間を俺は知らない」
「私の見立てだとお前さんも負けず劣らずだと思うけどね」
「何を根拠に」
「死神の勘ってやつさ、少年」
そう言われると納得せざるを得ないなにかがあって、楓はうなることしかできなかった。
事実、小町のこちらを見る目は親しげながらもどこか超然とした雰囲気があり、人の死を見続けた死神の眼差しであると理由もなく直感できるものだった。
「二人の奇縁は相当なものだね。死神やって長いけど、私でも数えるほどだ。いやぁ、これから先の人生、絶対に退屈しないことを私が保証するよ」
「そんな保証いらないわよ」
「右に同じく」
憮然とした二人の反応にも小町は飄々と笑うばかりで、取り消すことはしなかった。
楓は大仰にため息を吐き、次いで後ろにいる霊夢に手で目当ての人物が来たことを教える。
「さて、二人の奇縁がわかったところであたいがここいらを案内でもしてやろう。なに、ここまで足労してもらったんだ。多少はもてなすのも務めさ」
「――ほう。私はそのような職務をあなたに任せた覚えはありませんが、自発的な職務ですか?」
「きゃん!」
小町の背後から聞こえてきた底冷えのする声に、小町はこれまでの余裕綽々とした態度が嘘のように震え上がる。
底冷えする声の主――四季映姫は小町の話し相手である楓と霊夢の姿を認めると、おや、と片眉を上げた。
「お二人とも、さっきぶりですね。何かこちらに用でもあったのでしょうか?」
「こいつの用事に引きずられてきた。俺たちはあなたを待っていた」
「ふむ。私を、ですか。そちらにはお応えしますので、今はこちらを優先してもよろしいですか?」
楓たちと話している間に逃げようとしていた小町を映姫が睨むと、蛇に睨まれた蛙のように動きを止めてしまう。
楓は霊夢と目配せして意思疎通すると、どうぞどうぞと言わんばかりに後ろへ下がった。
「ごゆっくり」
「待ってくれるんなら文句はないわ」
「あたいら親友だろう!? 助けてくれたって良いじゃないか!!」
ちょっと話し込んだだけなのに親友扱いされていることが甚だ心外だったため、霊夢と楓の二人は何も聞かなかったことにして背を向ける。
「三途の川は広いなー」
「大きいわねー」
「そこまで露骨に無視されると傷つくんだけど!?」
「小野塚小町?」
「ひぃっ!?」
底冷えするどころか、地獄の底から伸びた手が首元を這うような怖気の走る声だった。
霊夢は無意識に二の腕を寒そうにさすり、暖を求めてか楓の腕を掴んでくる。
「暑いから離れろ」
「あ、い、いや、これは違っ……乙女の手に気安く触るんじゃないわよ!!」
「照れ隠しで八つ当たりは乙女としてどうなんだか」
やけくそ気味に振るわれた手を避けることなど造作もなかった。
霊夢の平手を軽く避けた楓が小町の方を見ると、小町は正座をして映姫の説教を聞いている。
「あなたの日頃の態度はいい加減、目に余ります。私は閻魔大王として、あらゆるものに公明正大である役職を戴く者として、あなただけを贔屓することはできません」
「はい……」
「休むなとは言いません。誰であれ、動き続けるということは多大な消耗がある。ですが今は外の魂が多く流れ込み、船頭の忙しい時です。あなたは他の船頭と同等以上の仕事をしているのですか」
「いいえ……」
「ならばこれを機に――」
滾々と湯水のように湧き出る説教を受け続ける小町を見て、霊夢と楓は小声で耳打ちし合う。
「ねえ、あれいつ終わると思う?」
「……あと二時間」
「私は三時間ぐらい」
「人の説教は聞いてるこっちの気も滅入る。適当なところで割り込むか」
「この調子だと日が暮れるわ」
このまま放っておくと埒が明かないという意見は一致したため、楓は霊夢に背中を押されて二人の前に出た。
「四季映姫」
「……む、失礼。つい日頃溜め込んでいたものが出てしまっていた。いけませんね、公明正大であらんと心がけていたのですが」
「いや、俺はあなたほど誠実な人を知らない。ならばあなたが怒るのは九分九厘、こいつが悪いのだろう」
「助けてくれるんじゃないのかい!?」
「自業自得に出す助け舟はない。……が、そちらの説教に付き合っていては日が暮れてしまう。逢魔が刻に三途の川から帰るなど、何が起こるかわかったものではない」
そう言うと、映姫は口元に小さな笑みを浮かべた。
「……ふ、あなたと博麗の巫女の二人を脅かせる存在がそうそういるとも思えませんが、わかりました。要件はこの場で、小町を置いたまま聞いても良いものですか?」
「普通そこはもう行っていいですよ、という場面では!?」
「ああ、構わない」
「助けて!!」
なりふり構わない小町を無視して楓は霊夢に視線をやる。
楓の視線を受けて霊夢は前に出て、再び映姫と対峙して口を開いた。
「――さっきの勝負じゃ私が納得行かない。それにこの事態の解決には死神が魂を彼岸へ連れて行くことが大前提なんでしょう。次で諸々決着にするわよ」
「……なるほど、確かに今回の事象に関しては原因を取り除くことは不可能ですが、素早く解決することは可能です。そしてその方法は小町ら死神が大量に溢れ出た魂を在るべき場所へ送ること」
「ええ、だから私はあんたらに早く事態を収拾しろって言わなきゃいけない。今は少し、生死の天秤が傾いている」
「人と妖の調停者は、生と死の調停者でもある、と言ったところですか。この事象そのものは放置していてもさほど問題はありませんが、そこはあなたの事情と」
さて、と映姫は悔悟棒で口元を隠し、何かを思案するように視線を空へ向ける。
――その空気が警戒すべきものへ変わったことに、両者は気づいていた。
「なるほど、なるほど。今回の異変について私は積極的に動くつもりはなく、本当にただ辻説法と新しくも懐かしい顔を見に来ただけなのですが――なるほど、裁きが欲しいようですね」
「……上等」
「博麗霊夢。あなたは巫女でありながら神と交流をしない。むしろ時には神にすら牙をむく。よくその体たらくで巫女を名乗れるものだ」
「お役目よ。そこに善悪の関与する余地はないわ。人が妖怪に刃を向けるなら妖怪の。妖怪が人に牙を向けるなら人の味方をする。そして人も妖怪も私に決まってこう言う」
陰陽玉を従え、札と退魔針を構えた霊夢が総身にほとばしる霊力で身体を淡い光に包みながら答える。
妖怪はスキマ妖怪。人は今、隣に立つ少年とかつて己を鍛えてくれた少年の父親の言葉が、霊夢の胸に息づいていた。
「――好きに飛べ。それが唯一つの正解である、ってね!」
「良い啖呵ですね。今代の巫女はいささか問題こそあれど、稀代の巫女なのでしょう。もっとも、それはそれとして私はあなたに善行を積むことをおすすめしますが」
「私みたいな美少女は呼吸しているだけで世界の善行なのよ」
「片腹痛い」
霊夢の啖呵に茶々を入れたのは隣に立つ楓だった。意識を戦闘に切り替えているのか無表情のままそんなことを言ってきたため、霊夢は思わず顔を赤くしてしまう。
「あんた味方でしょ!?」
「降りかかる火の粉は払うだけだ。四季映姫。先に断っておくが、そちらが霊夢との一騎打ちを始めた場合、俺はほぼ何もせず見ているだけに留める」
「それでは手持ち無沙汰でしょう。小町じゃありませんが、ここまでご足労頂いて手ぶらで帰すのは閻魔としてではなく、元地蔵として恩を仇で返すようなもの」
そう言って映姫は小町へ一瞬だけ目配せした後、霊夢に向けたものよりいくらか穏やかな視線を向ける。
「火継楓。お前は少し人に関心がなさすぎる。極論でもなんでもなく、お前にとって人妖の生き死になどどうでも良い」
「相違ない」
「にもかかわらずあなたは人への距離に遠慮がない。それを厭う人がいることをわかっていないとは言わせない」
「相違ない」
映姫の指摘に対し、楓は怯むことなく受け入れていく。自分が人に対して本質的に関心を持っていないことも、それでも人と積極的に関わろうとしていることも自覚しているからだ。
「俺は誰が死のうと知ったことではない。御阿礼の子に害がなければそれで良い。……だが、人の死自体はどうでも良くても、その死が周囲に与える影響は無視できない」
「ほう?」
「誰かが死ねば悲しむものがいる。故人が担っていた仕事が他者に向かう。これらが波紋のように回り回って御阿礼の子にたどり着く可能性は否定できない。なにせ幻想郷は小さい」
それに、と楓は懐かしい顔を脳裏に浮かべながら腰の刀に手を添える。
「俺は知っている。俺と同じ境遇でありながら、俺以上に他者と関わり続け、関心がないものを俺よりも大勢抱えて、それでも最期まで何も捨てなかった人を」
「今はまだ、かつて歩んだ道を走っているだけなんだ。――あの人の子である俺にできない道理はない」
楓の選択した他者との関わりについて、自分が絶対正しいなどと言うつもりはない。あるいはこれで傷つくものもいるだろうし、相容れないものも出てくるだろう。
――だがそんなことはその時になってから考えれば良いのだ。他者を傷つけることが怖いなら、始めから人と関わるべきではない。
どちらも己の選んだ道に対して誠実に、まっすぐ歩もうとしている。その姿に映姫は満足げにうなずき、そして悔悟棒を天高く掲げた。
「――よく言った。ならば試してやろう。この閻魔大王の裁定を前にその決意、儚く散ると知れ!」
「閻魔大王でも神様でも!! 私の邪魔するやつはぶっ飛ばすって決めてるのよ!!」
そうして霊夢と映姫の勝負が始まった。
またたく間に地上へ弾幕の届かないほどの上空へ飛び上がり、すぐに色とりどりの弾幕が空を明るく彩っていく。
それを見ながら、楓は振り返らず鞘ごと抜き放った刀を己の背中に回す。
背に回した腕に届いたのは、硬質な何かを弾く音と衝撃。
「俺の相手はお前か」
「まあ、少し付き合ってもらうよ。死神の戦い方が見られるなんて値千金だろう?」
楓の後ろに回り込んでいたのは、先程まで正座で映姫に怒られていた小野塚小町その人だった。
刀に防がれたとわかると、小町は素早く一歩下がり、その一歩でおよそ人とは思えない動き方で一気に距離を離す。
明らかになにかの能力。それがわかった上でなお楓は背負った長刀に手はいかず、刀を鞘から抜くこともなかった。
「どうだろうな。これでは学ぶものもないかもしれん」
「言ったな。悪いけどあたいは本気だよ。なにせ――」
「――ここで腑抜けた戦いしたらクビだって映姫さまに言われたんだからねぇっ!!」
「……俺、前世で何か悪行でもしていたのだろうか」
霊夢と違い、恐ろしくしょうもない理由で戦闘になった自分の境遇を呪い、楓は一瞬も警戒を怠らないままか細いため息をつくのであった。
えいきっきの台詞に対して、霊夢も楓も自分たちなりの答えはすでに持っています。
映姫の言い分はそのとおりだけど、それはそれとして役目を曲げるつもりもない。
映姫も彼女らの言い分は認めて、それはそれとして閻魔大王として裁定するわけです。それはそれ、これはこれ。結構大事な理論です。
次は楓の小町戦ですが、まあさらっと終わる予定です。一応決めてあるエンディングラインの紺珠伝までいくつ異変があると思ってんだ私!