阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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あけましておめでとうございます。今年も拙作をよろしくお願いいたします。


一つの騒動が終わり、次の騒動がやってくる

 上空で繰り広げられる弾幕ごっこを千里眼で視野に入れつつ、楓は鞘に収めたままの刀を振るっていた。

 小町の振るう大鎌は本人の能力によるものだろう。間合いが全く読めない。

 

 こちらに届かない距離から一歩踏み込んだと思ったらすでに懐に入り込まれ、届くはずがないと考えていた攻撃が首目掛けて振るわれるなど当然のように行ってきた。

 

 しかし、どんな間合いの詰め方をしたところで最終的に自身を傷つけるのは大鎌による斬撃である以上、大鎌の動きに注視しつつ、攻撃を打ち込みやすい場所をあえて作ることで、楓は苦もなく攻撃に対処する。

 何度目かの攻撃を弾き、距離を取ると小町が大鎌を肩に担いで呆れた目を向ける。

 

「お前さん、どういう目をしてんだい。鎌さばきには結構自信があるってのに」

「さっき死線をくぐったばかりでな。動きがよく視えるんだ」

 

 幽香との戦闘が己を一段上の領域に押し上げた。今の彼にとって、小町の動きを全て見切ることは難しいことではなかった。

 

「それにそっちも本気じゃない。まだできることを全て行っている空気ではない」

「やれやれ、そこまで見抜かれちゃあたいが馬鹿みたいじゃないか。と言ってもなあ……」

 

 バツが悪そうに後頭部をかく小町。どうやら手立て自体は浮かんでいるものの、それを実行することに難色を示しているらしい。

 

「大方、俺の心の距離を操る類だろう。使わない理由があるのか?」

「うわ、能力までバレてら。いつ気づいたんだい?」

「足が動いて移動しているだけなら加速できる何か、と推測したんだがな。瞬間移動じみた速度だが、お前のそれはれっきとした移動だった」

 

 どんなに速くても、全く見えないわけではなかった。そのため時間を操る類でもないと判断し、残された可能性の一つを告げたのだ。

 

「足が動いた形跡はなく、されどこちらの認識がいじられた様子もない。となれば、物理的な距離自体をいじったんじゃないかと思っただけだ」

「ご明察。ご明察ついでに言うけど、お前さんの言ったとおりあたいの能力は心の距離もいじれる。……いじれるんだが」

「なにか問題が?」

「……昔、少年の親父さんにこれを使ってね」

「よく首がつながってたな」

 

 そんな命知らずな真似がよくできたものだ。楓には恐ろしくてそんな真似、思いついたとしてもできなかった。

 

「若気の至りってことにしておくれ。まあ、そういうわけで……というか、人の心を土足でいじくってお前さんは怒らないかい?」

「内容次第では殺しにかかる」

 

 具体的には御阿礼の子が関わる内容であれば、楓は躊躇なく剣を抜いて小町の命を奪いにかかる。

 だよねえ、と小町は同意してうむむ、と腕を組んで悩み始める。

 

「さてどうしたものか……。ぶっちゃけ、今の攻防でなんとなく察したけど、鎌振り回すだけじゃ手も足も出ないよねえ……」

「まあ、続けるならその鎌を破壊して終わらせるつもりだった」

 

 さっきまでは自分の推測が外れた時も考えて反撃はしなかったが、その心配ももうなくなった。

 同じ攻撃を繰り返すなら、容赦なく武器を破壊して返す刃で小町を気絶させることができる。

 

「こわいこわい。こりゃ本格的に正攻法での勝ち目はなさそうだ。だから――こうさせてもらうよ!!」

 

 小町が距離を更に開くと同時、楓は自分の心がいじられるのを感じ取る。

 

「――椿、俺が怪しい挙動を見せたら殴っていい。霊夢か映姫さまへの心の距離が変わるはずだ」

『で、私は認識されてないので対象外、と。全力で殴るけど避けないでよ』

「努力する……む」

 

 上空で弾幕ごっこを繰り広げている霊夢を見る。――なぜ自分は彼女なら大丈夫などと信頼をした? 

 赤の他人などまるで信用できない――と疑念が広がる前に後頭部へ衝撃が走る。

 

「っ! 助かった!」

『どういたしまして。これ、放置するのは不味いね』

「そのようだな。御阿礼の子に関わっていない分、俺が自力で対処する必要がある」

 

 御阿礼の子に関する心の距離はいじられない確信があった。

 彼女を愛していても、憎んでいても、どちらにしても自分が御阿礼の子のために全てを捧げるのは当然のことだからである。心臓が動くことに疑問を覚える生物はいない。

 

 しかし他人が相手だとそうもいかない。心の距離を御阿礼の子と同等に変える、といった方向なら気にならない。たとえ霊夢の存在が己の命より大事な存在となったとしても、御阿礼の子と比べる余地はなかった。

 

「一息で距離を詰めるのも難しい。さてどうするか」

 

 と、思考を巡らせようと考える前に今度は映姫への強烈な親近感を覚える。まるで十年来の親友どころか、生涯をかけて御阿礼の子の次に守り抜きたいと思えるような感情。

 それに戸惑いを抱くと、感情の隙を突くように小町が急接近し、鎌による猛攻を仕掛けてくる。

 

「――っ!」

「ほらほら、動きが鈍くなった! 阿礼狂いの割にお前さんは心の動きが素直でわかりやすい!」

 

 威勢の良いことを叫びながらも、小町は数合打ち合うとすぐに距離を取る。あまり攻撃に集中させると、それで意識を切り替えることを危惧したのだろう。

 

「あたいの能力は本当に距離を操るだけでね。距離を操ったから心を操れるか、っていうとそうでもない。ほら、いるだろう? 親しい人間ほど憎く感じてしまうような輩も」

「なる、ほど……っ」

 

 親愛、疑念、友情、他人。上空で戦っている二人への感情が次々と揺れ動く感覚に吐き気を覚え、膝を付きそうになる。

 小町はあえて追撃はせず、にやにやといやらしい笑みを浮かべて楓の様子を眺めていた。

 

「阿礼狂い、ということで御阿礼の子に関しては感情の距離すら超越した場所にあるが――お前さん、普通の人への心はかなり素直だ。心の距離が近ければ信頼するし、離れていれば信用しない。中には全く逆の人間もいるんだから、人間ってのは面白いもんさ」

「…………」

「時間を置けば慣れる、なんて思っちゃいけないよ。これはあたいがいじくり回しているんだ。近いも遠いも全て思いのままさ」

「…………」

 

 楓は小町の言葉に答えず、ただ紅玉の瞳で睨み続けるばかり。

 それが抗う方法のない存在の行動であると勘違いし――足元から立ち上る爆炎から離れる。

 煉獄と見紛うばかりの大火力。視界全てを埋め尽くす炎の壁に小町は勇猛な笑みを浮かべた。

 

「おっと危ない! ただでは転ばないと思って警戒して正解だ! 剣術ばかりじゃあないみたいだね!」

「――そうだな。そしてお前は俺が視認できなくなる」

 

 荒れ狂う炎の中でも聞こえる、芯の通った声が戦いに高揚していた小町の心に冷や水を浴びせる。

 そう、この炎は小町の視界を全て遮っている。すなわち楓がどこにいるのかわからない。

 小町の能力は距離を操る程度の能力。――距離がわからない相手のそれは操れないのだ。

 

「あ、不味っ!?」

 

 炎から飛び出してきた影を反射的に見るが、それがただの炎弾であると悟り――次いで、炎の壁から次々と弾幕と称して良い密度の炎弾が発射される。

 仮にこの中から楓が飛び出してきても、咄嗟に見分けがつかなくなってしまう。再び懐に潜り込まれたら、今度こそ何もできずに敗北するだろう。白兵戦に関しての力量差はそれほどに開いていた。

 

「ちょ、これは不味い!?」

 

 一旦炎の壁から大きく距離を取り、体勢を整えるしかない。

 小町の判断は素早く、そして次の起こるであろう状況の変化を見逃さないよう離れすぎず、近づきすぎない距離を選択して移動した。

 

 

 

 ――そして、移動した先にすでに立っていた楓が双刃を小町の首に突きつける。

 

 

 

「え、嘘……!?」

「疑問に思わなかったか? あの規模の炎の壁を作って、なぜわざわざ後ろを開けておいたのか」

「……あっ、おびき寄せられた!」

「そういうことだ」

 

 炎の壁を作った時点で楓はあの場所を移動し始めていた。

 居場所の目くらましも兼ねて、時間差で飛んでいく炎弾をいくつか作り、あとはこれまでの戦闘で収集した小町の情報を元に、彼女が逃げるであろう場所に待機するのみ。

 時間差で飛んでいく炎弾に関しても、火力を度外視して真っ直ぐ飛びさえすれば良かったので、大した難易度でもなかった。

 

「あー、参った。よくあたいの能力が見えてないと使えないってわかったね」

「あまり距離を離さなかったから、そうなんじゃないかと予測しただけだ。見えなくても使えるなら、俺だったらさっさと捕まえられない距離まで逃げて自滅を誘う」

「全く返す言葉もない。大したもんだよ、少年。あたいも本気じゃなかったけど、死神に勝っちまうとは。死後のお迎えまで殺さないでおくれよ?」

「その時になったら考えよう」

 

 小町の戦意がなくなったのを確認してから、楓も刃を収める。

 戦いなんてガラじゃない、とうそぶきながら小町は上空を見上げた。

 そこでの弾幕ごっこが佳境に入っているのを見て、最低限の役目は果たせたかと気の抜いた笑みを浮かべる。

 

「ま、言われた通りの仕事はこなしたんだ。クビには……ならないよね?」

「そんな目で見られても困るが……映姫の弾幕も見られたんだ。多少の口利きくらいはする」

「良い奴だね少年! ……んぁ? 映姫さまの弾幕も見てたの?」

「千里眼、なんでな」

 

 つまりこの少年は小町と戦いながら、上空で繰り広げられる霊夢と映姫の弾幕ごっこも全て見ていたということである。

 

「あーもう! 手加減されてたってことじゃないか! 感謝して損したよ」

「阿求様から頼まれていたんだ。こっちをないがしろにはできない。しかし嫌味と受け取られる意味も理解している。なのでもう自分は戻ってお前と顔を合わせないように――」

「それじゃあたいの弁護ができないだろう! 見捨てるのかい!?」

「面倒なやつだなお前!」

 

 勝負で手加減されていたことよりも、映姫からかばってもらえなくなるのが辛いらしい。

 文字通りすがりついてきた小町を嫌そうな顔で受け止めて、楓はため息をつくのであった。

 

 

 

 映姫のスペルカードを乗り越え、霊夢のスペルカードが映姫を打ち据えてとうとう勝負は決着となった。

 スペルカードの直撃を受けたため、ボロボロになった服装のまま地上へ降りてきた映姫が、やや悔しそうな感情をにじませた微笑みを浮かべる。

 

「うむむ……三日会わざればなんとやらと言いますか、あなたを連れてくるだけで見違えるほど動きが変わりました。今回ばかりは手も足も出ませんでしたよ」

「はんっ、博麗の巫女ナメんじゃないわよ」

「そのようですね。無意識に年若い巫女と侮っていたのでしょう。無礼をお詫びいたします」

 

 いくらか服にほつれは見られるものの、傷らしい傷のない霊夢が鼻息荒く降り立つと、そんな彼女に映姫が腰を折って頭を下げた。

 生真面目そのものな姿に出鼻をくじかれたのか、霊夢は戸惑いながらうなずく。

 

「え、あ、うん。わかればいいのよ、わかれば」

「巫女の広い心に感謝します。――さて、小町」

「ひゃいっ!」

 

 映姫に無機質な声で呼ばれた小町は背筋を伸ばし、罪状を受け入れる罪人の面持ちで言葉を待つ。

 

「……あなたがよく頑張ったことは認めます。結果が伴わなかったのはいささか残念ですが、博麗の巫女に勝てなかった私が言うことでもありません」

「じゃ、じゃあ……」

「ええ、この後も来るであろう魂を速やかに彼岸へ送り届ける。それで今回のことは不問にしましょう」

「はいっ! これまでのことも水に流してくれるんですね!」

「いえ、それとこれとは話が別です。そちらの沙汰は今回の現象が終わってからおいおい話します」

 

 小町の奮戦は認めたものの、それはそれとしてこれまでのツケは今回の一件で消化できるものではなかったようだ。

 

「…………」

「お前が頑張ったのは俺も認めるが、それ以上は関与してないのでなんとも言えない」

 

 助けを求めるような視線を受けても、楓はこのように答えるしかなかった。そもそも小町の普段の勤務姿勢が悪いのは楓の知ったところではない。

 これ以上の助けはないと察したのだろう。小町は大仰に肩を落とし、とぼとぼと鎌を担いで三途の川へ向かっていくのであった。

 それを見送り、映姫は改めて霊夢と楓の二人に向き直る。

 

「これでよろしいでしょうか? 多少はこの現象が収まるのも早まるかと」

「根本的な解決はできないの?」

「それはどうにも。外の世界の魂が流れ込んで起こる現象ゆえ、世知辛いことですが管轄が違うのです。私はあくまで幻想郷の閻魔ですので」

「だったら外の世界へ行けば――」

「それでも変わりませんよ。そもそも此度の現象の本質は、閻魔が捌ききれない数の魂が生まれる――つまり、それだけ大勢の人間が命を落としたことに他ならないのですから」

「……どのくらいなんだ?」

「とにかく大勢、とだけ言っておきましょう。少なくとも、幻想郷の人妖全てを足しても全く足らないほどです」

 

 映姫が明言を避けるほどの死があった、という事実に霊夢の眉が潜められる。たとえ自分の関与していないことであっても、そういった暗い話は好まない霊夢らしい感情だった。

 

「これを多少は早く抑えられるのです。誇りなさい、博麗の巫女。あなたは紛れもなく、異変解決に一役買った存在ですよ」

「……そう考えることにさせてもらうわ。楓、帰るわよ」

「わかったわかった。……それでは、また後日」

「ええ、また後日お会いしましょう」

 

 穏やかに笑う映姫に見送られ、霊夢と楓は帰路につくのであった。

 

 

 

 

 

「また会う用事でもあったの?」

「辻説法をしたい、と言われていてな」

「ふぅん」

 

 全く興味なさそうにうなずく霊夢だったが、次に思い出したことがあったのか、再び楓に声をかけてくる。

 

「ちらっと見えたんだけど、あの炎は何? あんた、あんなの使えなかったわよね?」

「永夜異変の時に炎を操る相手と戦ってな。その時に覚えた」

「私と稽古するときに使わなかったのは?」

「あんな危ないもの、稽古に使えるか」

 

 妖怪などの人外が相手であれば楓も容赦なく使うが、人間相手に使うつもりはなかった。

 ……使うつもりはないのだが、幽香や小町との戦いを通して術がどんどん練達しているのもわかってしまい、内心複雑な楓だった。

 

「やっぱり剣術だけで戦いたいってまだ思ってるんだ」

「当然だ。父上はそうして並み居る魑魅魍魎を相手に戦い抜いた」

「爺さん、使えるものを使うことに躊躇する人じゃないと思うけど」

「……だとしても、だ。これが意地でしかないことは承知している。剣で勝てないなら別の方法を取ることに迷いはない」

 

 父のようになりたい、という欲があることを楓は否定しなかった。

 霊夢はその姿を横目で見て、やれやれと肩をすくめる。普段は真っ当なことを真っ当に言ってくる鬱陶しい、もとい煩わしい兄貴分だが、父に関わることだけはひどく意固地になる。

 

「まあいいわ、私に関係あることじゃないし。でも、あれだけ炎が使えるならスペルカード作ってもいいんじゃない?」

「考えるのが面倒だし、被るので却下」

「被る?」

「炎の術を教えてくれた人が、そういうスペルカードを使うはずだ」

 

 実際にスペルカードを見たわけではないが、あの様子なら弾幕ごっこでも使うだろう。

 霊夢に妹紅の特徴を話すと、心当たりがないのかピンとこない様子で首を傾げた。

 

「んー? 会った覚えがないわね。ああでも、あの異変の時にあんたの方に行ってたんだっけ?」

「ああ。そっちとは入れ違いになったんだろう。知りたいなら今度紹介するぞ」

「別にいいや。向こうも私に興味なんて持ってないでしょ?」

「そう見えた」

 

 じゃあ気にしない、と言って霊夢は興味をなくした様子で再び前を見る。

 そうしてしばらくの間、両者は無言で空を飛び続けていると今度は楓が口を開く。

 

「次は異変解決に呼ぶなよ。俺は俺で忙しいんだ」

「阿求経由で話がつかなかったら諦めるわ」

「この女!」

 

 それは霊夢が必要になったら絶対に連れていくという意味ではないか。阿求から頼まれたら楓に断る選択肢など生まれない。

 非難の声を上げた楓の姿に霊夢はおかしそうに笑い、そして異変の時とは違う力の抜けた笑みで楓を見た。

 

「――ま、今回は助かったわ。ありがとね」

 

 気負ったものを全く感じない、それ故純粋な気持ちのこもった感謝の言葉に、楓も表情を緩める。

 もとより自分は全てに巻き込まれるばかりの異変であったが、それでも異変解決の一翼を担うことができたのだ。

 誉れある御阿礼の子の側仕えとして、恥じない働きになったと思いたかった。

 

「……まったく、手間のかかる妹分だ。お前が独り立ちするのはいつになるのやら」

「とっくに独り立ちしてるっての。そっちこそとっとと爺さん超えなさいよ。いつまでも引きずってて女々しいったらないわ」

「お前はどうなんだよ」

「一人で頑張らなくてもいいって爺さんに言われたもん。楽できる時は容赦なく楽して生きるわ!」

 

 霊夢に力強く言い切られてしまい、かえって言葉に窮してしまう。

 しかし、博麗の巫女のあり方としてはそれが正しいのだろう。幻想郷の調停は人妖双方が歩み寄って行われるものであり、異変解決もスペルカードルールに則っていれば誰が解決しても良い時代なのだ。

 どう言い返したものかと思索を巡らせていると、楓の視界で自分たちの方へ向かってくる人影を見つける。

 

「ん?」

「どうかした?」

「こっちに来る人影がある」

「誰なのよ。あんたの目なら見えてるんでしょ」

「鈴仙、と言ってわかるか?」

「ああ、永遠亭の……なに、あんた知り合いなの?」

「数えるぐらいしか話してないが、まあ」

「んじゃ対応は任せるわ。私は疲れたし」

 

 俺だって疲れた、と言い返すより早く鈴仙がこちらに気づき、動きを止めて待っていた。

 仕方なしに楓が前に出ると、鈴仙は親指を立てて人差し指を伸ばした奇妙な指の形を楓に向ける。

 

「そこで止まって」

「わかった、こちらに敵意はない」

 

 鈴仙の言葉に従って立ち止まり、戦意がない証明に両手を軽く上げる。

 それで気を緩めても良いと判断したのだろう。構えを解いて安堵の息を吐いた。

 

「ふぅ……この異変が起きてから、妖精やら何やらが狂騒してて、大変だったのよ。そっちは大丈夫みたいね」

「花の四季が混沌としているからだろう。妖精が理性をなくすのは不思議なことではない」

 

 自然の具現化でもある妖精は、特に今回の異変の影響が大きいはずだ。

 楓は自分が知り得た情報を鈴仙に話し、それの解決を求めて霊夢と一緒に三途の川まで行ってきたことを教える。

 鈴仙は自らの顎に細い指を当てて興味深そうに聞き終えると、楓に悪意のない笑みを向けた。

 

「……話は大体わかったわ。てゐに好かれる変なやつだと思ってたけど、意外とやるのね」

「知り合って間もないお前に変人扱いされていたのが心外なんだが」

「まあまあ、細かいことは気にしない」

 

 変人度合いではそっちの方が圧倒的に上だと思っていたので、甚だ不本意だという顔をする楓に鈴仙は気楽な調子で笑う。

 

「でもそっか、そっちには三途の川があるのか。適当に飛んでただけだから知らなかったわ」

「こっちに来たのは?」

「偶然よ。てゐがどっか行っちゃったから、連れ戻して来いってお師匠様から命令されたの」

「ふむ……この辺りにはいないぞ。ざっと見回したが、それらしい人影は見えなかった」

「え、なんでわかるの?」

「俺の目は千里眼だ。開けた場所ならほぼ全て同時に認識できる」

 

 あくまで開けた場所のみであって、魔法の森や迷いの竹林といった視界を遮るものが多い場所は見えていないということも教える。

 そちらに集中すれば発見も不可能ではないが、発見できたとしても場所を正確に教える自信はなかった。

 

「はー、そんな便利なものがあったのね。とりあえずそっちにはいないってことで良い?」

「ああ。あとはまあ……私見だが、悪戯というのは相手がいなければ成立しない。ある程度騙せる相手のいる場所になると思う」

「へぇ……まあ参考にさせてもらうわ」

「そうしてくれ」

「情報提供どうも。てゐが好意的とかどんな奇人変人かと思いきや、案外素直で良かったわ」

 

 永遠亭内部で案内された時など、多少言葉も交わしていたはずなのにこの評価は何なのだろう、と思ってしまう楓だった。

 楓の横で控えている霊夢がそろそろ長話に飽きた様子だったので、楓は話を終わらせて人里へ戻ろうとすると、鈴仙が声をかけてきた。

 

「ああ、そうそう。さっき師匠と話していた薬の件だけど、近いうちに私が人里を訪ねるかもしれないわ。師匠の代理……というか、師匠はあまり人前に出たがらないから」

「わかった。人里で俺の名前を出してもらえば俺に話が行く。あとはまあ、その時の流れで」

 

 ちゃんと場所を整えられるなら楓としては人里全体の話にしたい。その方がちゃんと人里と永遠亭の話し合いという形になるからだ。

 相手がそれを望まなければ楓が一人で話をすることになり、楓と永遠亭という関係性になってしまう。

 楓個人の味方になる、と言えば聞こえは良いかもしれないが逆に言えば、楓が何らかの要因で死んだ場合、永遠亭との関係が途絶することを意味する。

 人里に属する者として、その結末は何とかして避けたかった。何より永遠亭の医療を受けられないのは御阿礼の子にとってもマイナスになるだろう。

 

「んー……そっちには悪いかもだけど、私はあんたを指名するわ。あまり大勢を前に話すのは苦手だし、医学の専門的な話も出すでしょうから」

「……わかった。では話し合いは俺とそちらで行い、俺は結果を人里に。そっちも永琳に持っていくという形で」

「異論なし。じゃ、お互い色んな事情に振り回される者同士、仲良くやっていきましょ?」

 

 そう言って鈴仙は飛び去っていってしまう。方角は迷いの竹林方面であり、一度戻るのか改めててゐを探すのか、どちらかだろう。

 楓はそれを見送り、人里に戻ってからも増えた仕事に忙殺される未来を考えてため息をこぼす。

 ほんの数時間前までは永遠亭との折衝だけ考えていれば良かったのに、今はそれとは別に映姫の辻説法まで考えなければならない。

 

 全部が全部丸く収まるとは思っていない。いないが、勢力が増えて複雑化しつつある均衡の天秤を可能な限り人里、ひいては御阿礼の子に傾くようにする努力はしなければならなかった。

 

「……頭が痛くなってきた」

「勢力の頭って大変ねー、私はこうならなくてよかったわー」

 

 脳天気な霊夢の言葉が何よりも羨ましかった。何も考えず目の前の脅威に対処していれば良い、というのがどれだけ気楽か。

 永夜抄に始まり加速度的に考えることが増えていく現状に、父の通った道というのはこんなものなのか、とやや現実逃避気味に思いを馳せながら、楓は帰路につくのであった。




対小町戦。近距離の殴り合いなら一方的に勝てます。父親ならそのまま一気に刈り取ってたけど、楓は負けて問題なさそうな戦いなら鍛錬を優先します。

殺傷力が高すぎてあまり使いたくないという本人の意思とは裏腹にガンガン習熟していく炎の術。頑張れ、今後も人間相手は数えるほどだからその術に頼る機会は多いぞ。

そして今回でほぼ花映塚は終わりますが、次回からは戦後処理という名の辻説法目当てで来るえいきっきと人里の薬認可をどうするかといううどんげと、あとあまり絡ませられてないアリスや魔理沙、咲夜が押しかけてきます。キャラ多い……多くない?(自縄自縛)

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