阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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永遠亭のお薬訪問販売

 それは花映塚の異変が収束に向かい始め、咲き乱れる花もだいぶ四季の落ち着きを取り戻してきた頃の話だった。

 

「それでは師匠、行ってきます」

 

 永遠亭の薬師、八意永琳を師と仰ぐ鈴仙は背負う荷物を確認し、薬売りとしてそれらしい格好になって玄関に立っていた。

 先日、こちらを訪ねてきた人里の守護者である少年の提案に乗り、人里に薬を卸すという約束を結んだため、その商品である薬を人里へ持っていくところだ。

 

 鈴仙の見送りに来ていた永琳は鈴仙の呼びかけに首肯すると、改めて持っていく薬の説明を行っていく。

 

「今回持っていく薬はどれも簡単なものです。打ち身、切り傷に効く塗り薬や風邪、ちょっとした体調不良に効果のある薬などなど」

「はい、細かい薬効の説明はいらないんですよね?」

「相手が求めてきたら答えてあげて。あと、人里で使われている薬ももらってきてもらえると嬉しいわ」

「その方がこちらも合わせられるから、ですね」

 

 鈴仙の言葉に永琳はうなずく。

 永遠亭に住まう住人はてゐを除き元は月に住まう者であり、月の文明レベルは地上のそれを遥かに凌ぐ。

 外の世界と比較してなお月の文明レベルは隔絶しているのだから、外と隔離されて文明と途絶した生活を送っている幻想郷の住民では文字通り天と地の差が存在する。

 

「そういうこと。あまりに相手の程度を無視した医療というのは歪みも生み出すもの。……まあ、今回に限ってそれはないでしょうけど」

「師匠、あの少年をだいぶ買ってますよね。一目惚れでもしましたか?」

「戻ってきたら課題追加」

「しまった失言!」

 

 永琳の冷たい視線を受けた鈴仙が己の軽口を後悔していると、永琳は説明するように口を開いた。研究者気質なのか、聞かれたことへ答えるのは嫌いではないらしい。

 

「……あの少年を高く買っているのは事実よ。地上へ来て永いけれど、あそこまでの才覚を見たのは本当に久しぶり」

「へえ……」

「半人半妖であり、その上で多くに愛されているというまず見ない希少なケースであり、なおかつ天稟と呼ぶに相応しい才覚……ふふ、研究者としての自分を優先するか、教導者としての自分を優先するか、悩ましいわね」

「うわぁ」

 

 鈴仙は件の少年に割と本気の同情を向けた。永琳の向ける興味が前者ならモルモットとして、後者なら勝手に教育者面した人が自分を鍛えようとしてくるという厄介事が降りかかる身として。

 

「で、では師匠。そろそろ出発しますね!」

「あら、玄関で長話してしまったわね。行ってらっしゃい」

 

 永琳の見送りを背に、鈴仙は永遠亭を出発する。

 出発するとすぐに小柄な妖怪兎に遭遇した。てゐである。

 

「んぉ、鈴仙じゃん。なにその荷物?」

 

 俊敏な動作で鈴仙の後ろに回り込んだてゐが、無遠慮に荷物へ手を突っ込む。

 てゐのこの程度の悪戯には慣れっことなってしまったため、鈴仙も落ち着いて返答する。

 

「人里に卸す薬を運んでるの。勝手に触ったり中身を入れ替えたりしたら師匠にバラすわよ」

「うけけ、バレるのが怖くて悪戯ができるかっての」

「あとこれ、渡すのはあんたが執心の少年って言っても?」

「うぉっと、それじゃあ手を出すのはやめておこう」

 

 悪戯されまいと鈴仙が少年という言葉を使ったところ、てゐは潔くその手を引っ込めた。

 本当に気に入っているんだな、と内心ではかなりの驚愕に襲われながらも鈴仙が質問を投げる。

 

「なに、惚れてるの?」

「好ましいとは思うけど、そうじゃないよ。というかあたしゃ昔っからこうだよ?」

「え、これ笑うところ?」

「あんたたちはわからんだろうけどね」

 

 頭の後ろで手を組んで、カラカラと笑うてゐに鈴仙は意味がわからないと首を傾げる。

 こんなに個人に入れ込む姿なんて初めて見るのだが、てゐにしてみればいつもと変わらないらしい。

 

「素直でひたむきな子供に悪戯仕掛けるほど耄碌しちゃいないってことさ。ひねくれ者なら遠慮しないけどね」

「私がひねくれてるみたいじゃない」

「自分の胸に聞いてみたら?」

 

 捻じ曲がった性格をしているつもりはないのだが、てゐから見たらダメなようだ。鈴仙は微妙に納得行かない面持ちでうなずく。

 てゐは鈴仙がわかっていないことを承知で、むしろわかっていたら絶対に言わない想いをなんてことないように語る。

 

「――私が一番最初に力になりたいって思ったのが、そんな人だったからね。ついつい世話を焼きたくなるのさ」

「ふぅん」

 

 鈴仙の生返事にそれでこそだとくぐもった笑いを漏らし、てゐは一人満足して永遠亭に帰っていく。

 なんだったんだろうか一体、と最後まで鈴仙の知るてゐらしくない表情だったことを不思議に思うも、すぐに今ある役割を思い出し、鈴仙は先を急ぐのであった。

 

 

 

 人里までほど近くなってきた頃、輝夜の宿敵を自称する少女が拠点にしている廃屋を通り過ぎた時だった。

 竹林の向こうから一人の少女が歩いてくる。大工道具を片手に抱え、銀の髪を颯爽となびかせた少女は鈴仙の姿を見つけるとおおらかに笑って近づいてきた。

 

「こんにちは、良いお天気ですね」

「ああ、そうですね」

「失礼ですが、目的地を聞いても良いですか? ここは道を知らない人が歩くには危険な場所です。差し支えなければ案内しますよ?」

 

 丁寧な態度でこちらを慮る少女に、この人は良い人だなと鈴仙でも察する。

 しかし今回の目的は人里へ向かうことであり、鈴仙はこの竹林を半ば庭のように把握していた。

 なので永遠亭からの使いであること。先日訪ねてきた少年の提案に乗り、人里へ薬を届けに行く最中であることを話すと少女は思い出したようにうなずいた。

 

「ああ、貴方たちが……。楓から話は聞いています」

「そうでしたか。あなたは?」

 

 鈴仙が聞くと少女――慧音は慌てた様子で自己紹介をしたため、鈴仙も応えて自己紹介をする。

 それで打ち解けたと感じたのか、最初に会った時よりいくらか崩れた雰囲気で慧音はある方向を指差す。

 

「人里はこちらになります。細かい話は後ほど楓と話すでしょうから、その時にでも」

「ありがとうございます。……ところで、その大工道具はなんですか?」

 

 如才なく感謝を述べてから、鈴仙は先ほどから気になっていたことを聞いてみる。

 すると慧音は妹紅の家がある方角を見て、困ったような笑いを浮かべる。

 

「最近知り合った友人なのですが、家とも呼べぬ廃屋に暮らしておりまして。せめて人里に引っ越して、人間らしい生活を送って欲しいと説得を重ねたのですが上手く行かず……」

「上手く行かず?」

「こうなったら廃屋を建て直してしまった方が良い、と思った次第です。今日のところは道具を運ぶだけですけど」

 

 なんともまあ、積極的なことである。というよりあの人、押しに弱かったんだということが鈴仙にとっては新鮮な情報だった。

 

「はぁ……大変ですね」

「いえいえ、私一人では思いつきもしなかったことです。言ってくれた楓に感謝しないと」

「あの子が?」

「昔から妙なところで押しが強いというか、遠慮しないで良い相手だと認識すると距離を詰めるタイプなんですよ。おっと、これは本人には黙っていてくださいね?」

 

 そんな一面があったのか、と神妙にうなずく。鈴仙の知っている楓は永琳を前に緊張しながらも、なんとか対等に話そうとする姿ぐらいだった。

 ともあれ長話するのもよろしくないので、慧音と別れて鈴仙は改めて人里に到着する。

 

 うず高い木の塀が里の周囲を囲い、見張り櫓の上から男の人が里の外へ目を光らせている。

 人間の集落が、と言うにしてはやや過剰とも思える備えだが、昔から妖怪を相手にして生活していたと思えばむしろ足りないぐらいだろう。

 そんな中、里への入口前で粗末な槍を片手に見張っている青年の二人組に鈴仙は声をかける。

 

「あのー、すいません」

「はい、ここから先は人里です。申し訳有りませんが、身元を証明できる何かか要件を提示してください」

 

 ハキハキとした口調の返答と同時、片方が重心を僅かに後ろへ下げた。

 もしも鈴仙が目の前の男を殺すなどの手を上げた場合、残った一人が即座に里へ戻って本格的に妖怪と戦える人間を呼ぶ腹づもりだと読み取れた。

 尤も、そんなことをするつもりはないので鈴仙は如才なく微笑みを浮かべた。

 

「永遠亭から薬売りに来ました。えーっと、火継楓さんから聞いていませんか?」

「ああ! それは失礼しました。今から彼を呼びに行きますので、少々お待ち下さい」

 

 素性がわかると青年は直ぐに頭を下げて、片方が人里の中へ走っていった。

 残された鈴仙はおとなしく楓が来るまで待とうとすると、自分の見張りで残っている青年が声をかけてくる。

 

「先ほどはすみません。大体こちらの方角には迷いの竹林しかないので、あまり外から人が来るということが少ないんですよ」

「へぇ、ところで楓は有名なんです?」

 

 話題を振ってくれたので、楓が来るまで暇な鈴仙も乗っておくことにした。

 

「自分たちとほとんど変わらない歳で、もう人里の守護者を務めてますからね。同じ寺子屋に通っていた頃から全然違う感じでしたよ」

「小さい頃は一緒に?」

 

 お恥ずかしながら、と言ってはにかんだように笑う青年だった。

 当たり前だけど楓にも子供の頃があって、その時に人里の人間とも友だちになっているのである。ただ、日頃から里の外へ出ることが多い楓はあまり接点を持つことができないでいた。

 などなど色々なことを話していると、話題の主がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。

 

「遅くなってすまない。二人もご苦労」

「おう、そっちも頑張ってくれよ! 薬だろ?」

 

 気安い様子で楓を連れてきた青年が楓の肩に手を置く。楓も鈴仙が見知っていた硬い笑顔とは別種のそれを浮かべる。

 

「そうさせてもらう。そっちも見張りに気をつけて。里付近とは言え、見慣れない妖怪が来ることも今後は増えるからな」

「無理せずやるよ。ダメそうならお前を呼ぶ」

「頼んだ」

 

 二言三言やり取りをすると、楓は鈴仙の方へ向き直る。

 

「ご足労いただき感謝する。今日は薬を俺の方で見る形で良いか?」

「ええ、こっちも師匠からお願いされたこととかあるんで、一度落ち着ける場所へ行きたいです」

「わかった。ではこちらへ」

 

 楓が先導し、人里の中へ入る。門前で相手してくれた二人組は仲良く手を振って見送ってくれる。楓の知り合いとはいえ、素性の知らない人外相手にいささか呑気過ぎる気がしないでもない鈴仙だった。

 ともあれ思考を切り替えて人里の中をキョロキョロと見回す。人妖が暮らす場所、ということで鈴仙にとっても興味深かったのだ。

 

 なるほど確かに、見ればそこかしこに妖怪と思しき姿がある。家の修繕を行っている大柄な妖怪は鬼に見えるし、屋根の上ぐらいの高度を飛び回る妖怪は天狗としか思えなかった。見ればゴザを敷いて商売までやっているツナギ姿の妖怪までいる。

 

「あの天狗は何をしてるの?」

「大半は新聞の配達だ。天狗の流行りでな。誰も彼も新聞作成に夢中になっている」

「一部は違うの?」

「妖怪も生活する空間だから、さすがに人の手だけじゃ余る。天狗の力も借りて内外の見回りを行っているんだ」

 

 よく考えられている、と鈴仙は感嘆の吐息を漏らす。これが人妖で共存を選んだ場所か。

 人とは全く違う風貌の妖怪であっても、人語を解し友好を望むなら受け入れる。無論、その友好が人を襲わないという前提に基づいているものであれば、と楓は語る。

 

「で、ついでに話すが里の外側部分は妖怪が来ても受け入れる人が暮らす居住区になっている。ここから中心部に向かうほどに……まあ、外からの妖怪が信じられない人も暮らすようになっている」

「ふぅん、やっぱり全体じゃないんだ」

「人里もそれなりの規模だ。一つの意思に統一なんて土台無理な話だ」

 

 それはその通りである、と鈴仙も納得する。

 

「そちらに向かうことはないだろうが、一応念のため教えておく。こればかりは長い時間をかけていくしかない」

「覚えておくわ。わざわざ自分たちが嫌いな相手に顔を出す理由もないし」

 

 それがお互いのためだ、と楓も同意して歩みを再開する。

 鈴仙の見立てではこの人里は円状に作られており、円の外側に居住区など。内側には人里にとって大切なものが置かれていると睨んでいた。

 しかし楓が向かっているのは円の中心部だとは見えなかった。どちらかと言えば外側をぐるりと回っている感じだ。

 

「ねえ、どこに向かってるの?」

「火継の屋敷――言ってしまえば俺の家だ。火継は代々、有事の際に戦力を提供する形で人里への貢献を行っているため、屋敷自体が里の外れにある」

「なるほど、戦闘要員」

「そんなところだ。四六時中稽古でうるさい、というのもあるが」

 

 そう言って歩き続けると、段々と建物が少なくなっていく。その後すぐに永遠亭よりはやや小さいものの、それでも立派な屋敷が目に入ってきた。

 

「あれが?」

「そうなる。戻ったぞ」

 

 楓がひと声かけて屋敷に入ると、女中が駆け寄ってきて恭しく頭を下げる。

 

「お帰りなさいませ。その人が?」

「ああ。俺の部屋で話すから、しばらく誰も近づけないように」

「かしこまりました」

 

 静々と下がっていく女中を見て鈴仙はなるほどと首肯する。名家の人間というのもあながち冗談ではないようだ。

 そうして案内された楓の部屋で、鈴仙は重かった薬の箱を置きながら部屋の内装を見る。

 

「ふぅん、ここがねえ……」

「なにか目新しいものでもあったか?」

「殿方の部屋を見るのって初めてだから興味深くって。でも何もないわね」

 

 強いて気になるところを言えば、部屋の隅に書物が置かれていたり薬の材料が置かれているため、永遠亭で嗅ぎ慣れた薬と墨の香りがすることだろうか。

 

「私室、という意味だとここも微妙に違う。ここは火継の家の当主が使う部屋だ」

「ああ、そういう。へ、当主?」

「屋敷で一番強い人間が当主になる仕組みになっている。この家では弱いことが一番の罪なんだ」

 

 自分は半ばおこぼれだが、と楓は口の中でのみつぶやいて、思考を切り替える。

 

「そろそろそちらの話を聞きたい。八意永琳より預かった薬はそちらか?」

「――ええ、ご確認を」

 

 公人としての顔立ちになった楓に合わせ、鈴仙も己を仕事人としての意識に切り替える。

 薬箱を開き、中身を楓の方に見せる。

 

「人里で流通している薬の効能がどの程度かわからないため、今回持ってきたのは軽い症状への薬がほとんどです。詳細な内容についてはこちらの紙を」

「拝読する。……ふむ、確かに傷薬や風邪薬、滋養強壮の類が主か」

 

 鈴仙から受け取った紙を片手に、楓は箱の中にある薬から一部を取り出していく。

 

「この傷薬は家と自警団で使わせてもらう。切り傷、打撲への塗り薬は生傷の絶えない場所の方が良いだろう」

「……医術、薬学の心得が?」

 

 鈴仙は目を丸くして楓を見る。紙に薬の内容は記載したが、どれがどの薬かはこれから説明しようと思ったのに、楓はそれを受けないまま傷薬を手に取って、その用途を当ててみせた。

 ああ、それかと楓はなんてことがないと首肯して鈴仙の疑問に答える。

 

「本業はとあるお方の側仕えでな。衣食住のみならず全ての世話を任されているので、そういった知識も身につけている」

「はー……っとと、それは良いや。楓の見立ての通り、それが傷薬になるわ」

「わかった。それで今後の薬についてだが――こちらでは置き薬を提案したい」

「置き薬?」

「予め決められた場所に薬箱を置いて、それを里の住人が利用する。そしてそれを定期的に補充する仕組みだ」

「ふむ……私の一存では決められないので、一旦持ち帰っても?」

「もちろん。そちらで話し合って決めて欲しい」

 

 おそらくこれになるだろうな、と思いながら鈴仙は話を一度保留する。持っていくのは自分なので、自分の負担が減らせるならありがたい話なのだ。

 それに鈴仙からも提示したい条件があるので、楓が先に言ってくれたのはありがたくすらあった。

 

「じゃあこっちからも一つ。――今回持ってきた薬は我々永遠亭からしたら、非常に原始的なものになるの。本来ならこんな薬が目じゃないものだって作れる」

「……ああ、人里の医術がどの程度かわかってないからか」

 

 察しの良い相手というのは非常に助かる存在だ。永遠亭の持つ技術がどの程度かはわからずとも、自分たちと隔絶していることは理解しているのだろう。

 下賤で原始的な生活を送っている幻想郷の住民、と侮っていたら間違いなく痛い目を見るだろう。楓にはそれを見抜く知性があって、侮った相手の喉笛を食いちぎる力を持っている。

 

「そういうこと。なので人里で使われている薬をいくらか持って帰りたいのだけど、良いかしら?」

「構わない。となると……ふむ」

 

 楓は何やら思案した様子で立ち上がると、部屋の片隅にある棚を丸ごと持ってくる。

 

「こちらに火継の家で使っている薬がある。里で流通しているものと同じだ」

「ありがと。……と言っても、人里の薬師も一人じゃないでしょう? なるべく多くの薬を見たいのだけど……」

「……だったら後はこれぐらいか」

 

 楓が部屋を出て、程なくして戻ってきたその手にはまた別の薬が載せられていた。

 薬包紙の中にあるそれを見て、鈴仙は首をかしげる。

 

「この薬は?」

「俺の父が作った博麗の巫女宛の薬だ。父はもう亡くなっているが、なるべく多くの薬という意味なら間違っていないだろう」

 

 あいつもたまにここで稽古するから置いてあるんだ、と鈴仙が疑問に思う前に楓が答えを明かす。

 

「へぇ……じゃあこれらを預かるわ。そっちの要望はなにかある?」

「……ではしばらくは傷薬の類を多めに持ってきて欲しい。こう言っては失礼だが、そちらの信用を一朝一夕に稼ぐことは難しい」

「まあ、そうね」

「なのでそういったところに忌避感のない火継の家で使わせてもらう。質が良ければ評判を上げるよう動くので、それを見計らって他の薬も用意して欲しい」

「なるほど、承知したわ。じゃあそろそろ戻らせてもらうわね。ここに来るまでだいぶ時間もかかっちゃったし」

「途中まで送ろう。今日は助かった」

「こっちも助かったわ。――これからも良い関係でいたいわね?」

 

 

 

 

 

 仕事の話が一段落したので、鈴仙は楓に門前まで送られて帰路につく。

 永遠亭を出発した時よりいくらか軽くなった薬箱を背負って、いつも薄暗い竹林を歩きながら鈴仙は一仕事終えた感慨に息を吐いた。

 

「ふぅ……結構緊張するものね」

 

 普通の相手、ないし人里の住人程度なら鈴仙は気にしない。彼らの文明レベル、知能レベルは人里を見れば大体わかる。

 しかし、何事にも例外はある。その例外に該当するのが楓という少年である、と鈴仙は察していた。

 これまでは永琳と話すことを主目的としていたため、鈴仙と話すことは数える程度だったので気にしていなかったが、実際に相対して永琳が彼に執着する理由が何となくわかった。

 

「なんていうか……子供だと思うんだけど、そう思ったら危ないって思わせる何かがあるのよねえ」

 

 少なくとも公人として話している時の彼は間違いなく一廉の人物だ。経験不足はあれど、侮りを後悔に変えるだけの力量は備えている。

 そんな相手とこれから商売するとなると、面倒だとも思うが楽しみも覚えてしまう。

 永遠亭の日々は安全ではあったが、いかんせん退屈でもあった。それが紛らわせられるならこの日々も悪くはない。

 

 

 

「――ということで、人里には定期的に置き薬という形で薬を提供しようって話になっています」

 

 永遠亭に戻り、事の次第を報告すると永琳は興味深そうに何度もうなずいて微笑む。

 

「薬の提供については任せるわ。それで人里で使われている薬はもらってきたかしら?」

「それもこちらに」

 

 薬箱に収めた薬を見せると、永琳は待ってましたとばかりに顔を輝かせる。未知の解明は永琳にとって最高の娯楽なのだ。

 いそいそと薬を取り出し、それぞれを少量取り出して解析を始めていく。

 永琳のスイッチが入ったため、鈴仙は黙ってその姿を見ていることにする。今の彼女に声をかけても反応がないことは実体験で確認済みである。

 

「ふむふむ、この薬は切り傷用の塗り薬ね。使われている薬草はこれで……なるほど、幻想郷で手に入る薬草を上手く使ってある。なかなか優秀な薬師の作成したものかしら」

「そちらは人里で使われている薬みたいです。多分、それが普通の水準なんじゃないかと」

「となると、こちらも加減した薬で妥協する必要は薄そうね。……それで、もう一つは……」

 

 鈴仙の差し出したもう一つの薬を手にとって眺め――永琳の目が見開かれる。

 

「……これ、誰が作ったのかわかる?」

「楓の父が作ったそうです」

「有名な医者とか?」

「すでに死んでいるそうですが、医術、薬学にも詳しい人だったと聞いてます」

 

 鈴仙の言葉に永琳は目を伏せ、薬を作った人への思いを馳せる。

 

「あの、師匠?」

「鈴仙、この薬がどんなものかわかるかしら?」

「へ? えーっと……」

 

 唐突に出てきた師匠の課題に驚きながらも、薬をよく見ようと顔を近づけて――永琳が気づいたことと同様の内容に気づく。

 

「……あ、これ――十代の女の子用になってる!」

「もう少し詳しく言えば、これは非常に健康な成長をした少女に対して使う薬。……驚いたわね、皮膚の状態まで考慮して作られてる。全くもって汎用的ではないけれど――特定個人にあてて作った薬なら間違いなく最上級」

「師匠でも、難しいですか?」

「技術的には人里の医者として見れば超一流だけど、私と比べられるものではない。……ただ、ここまで相手を思いやった薬、というのはよほど関係の深い人相手じゃないと難しいわ」

 

 私なら姫様になるのかしら、と言って永琳は手にとった薬を丁寧に薬箱へしまい直す。

 

「存命でないのが残念ね。多くを救うという医者の観点ではないけれど、特定個人をここまで考えて薬を作った人とは、さぞ情け深い人だったのでしょう」

「そうなんですかね」

「半人半妖の子が生まれを負い目に持つでもなく、素直にひたむきに成長できているってだけでもその優しさが見えると思わない?」

「そうなんですかね……」

 

 永琳の言っていることが正しそうに聞こえるのは間違いないのだが、鈴仙はいまいちうなずけないまま曖昧に首を振るのであった。

 

 

 

 ……なお、後日楓に聞いてみたところ、ナイナイと首を横に振られたのはここだけの話である。




鈴仙視点で永遠亭のお薬販売です。あとちらっと人里の構成などを入れたり。

薬の技術的には永遠亭メンバーに遠く及びません(技術以前に機材やら何やら違いすぎてどうしようもない)が、ピンポイントな人相手の薬が作れたりします。
ちなみに明言してませんが楓も阿求限定なら似たようなことができます。他人にもできる領域にはまだ達してません。

Q:実際ノッブは情で霊夢あての薬を作ったの?
A:人間が怪我したら治るのに時間かかるんだから、極力減らそうとするのは当然では?

あくまで合理的(本人視点)

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