阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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人里で暮らす白狼天狗

 人里で暮らすようになって、それなりの年月が経過した。

 

「……ふふ」

 

 愛しい男と結ばれ、子を成し、そして旅立ちを見送った。

 哀しくないと言えば嘘になる。もう会えないことに胸が締め付けられることもある。

 だが――それが人間と妖怪の間にある隔絶した壁だ。互いに互いを尊重するがゆえに、どちらもその壁を越えようとはしなかった。

 

 夫となった人間は最期まで己の在り様を貫き通し、自身はそれを永い命を持つものとして見届けた。

 ならば生きよう。生きて、彼の軌跡を誰かに語り継ぐのだ。それは生涯を賭すに値する、気高い目標だった。

 

「……さて! 難しいことはここまで! 今日も一日頑張ろう!!」

 

 などと思考を巡らせ――椛はその思考を打ち切った。

 真面目に考えることが悪いことだとは言わないが、四六時中それでは気が滅入ってしまう。

 永く生きる妖怪だからこそ、気楽に生きなければ心が持たないのだ。

 

 布団からガバリと上半身を起こした椛は、いそいそと普段着に着替えて一日を始めていくのであった。

 

 

 

 目を覚まして真っ先に行うことは、楓が帰ってきているか確認することだった。

 阿求の側仕えとして働いていることもあるが、それ以上に人里の守護者としての立場が忙しない。当人の歩けば棒に当たる頻度で妖怪と出会う奇縁まで含め、あまり家に戻らないのだ。

 ……子がいつか親元を巣立つのは理解しているが、気づいたら妖怪に連れ去られていたなどという結末だけは勘弁して欲しいと密かに思う椛だった。

 

 自分が寝床に使っている離れから縁側に出て、息子にも多少形を変えて受け継がれている千里眼で火継の屋敷を見回す。

 すでに起き出して稽古に明け暮れる火継の若者や、朝餉の支度を始めた女中が椛の視界に入っては消えていく。

 楓が寝床として使っているのは当主の部屋だ。尤も、半妖の頑健さ故かあまり眠りもせずにまた外出することも多いのだが。

 

「……お、今日は戻ってるわね。しかも眠ってる」

 

 よしよし、と椛は年相応の寝顔を見せる楓に薄っすらと笑みを浮かべた。今日は息子を起こす母親ができそうだ。

 あの子は昔から可愛げがないところが可愛いのだが、それはそれとしてたまには子供を子供らしく扱いたくなるのが親心である。

 

 しめしめと足音を忍ばせて当主の部屋前までやってくると、そっと部屋へ入る障子を開こうとして――先に部屋の中から招かれてしまう。

 

「あ、あら?」

「母上、おはようございます。俺になにか用でも?」

 

 見ると寝間着ではあるものの、完全に目が覚めた様子の楓がそこに立っていた。

 

「え、えーっと……さっきまで寝てたみたいだから、お母さんらしく起こしてあげようかなぁ、なんて……」

「母上が千里眼でこっちを見た時に目覚めました」

「ここ自宅でしょう!? なんでそんな警戒心高いの!?」

「父上からそう仕込まれたので」

 

 あの人は一体何と戦っていたのだろうか、と亡くなった今でもたまに思う疑問を今また思う。

 

「あー、まあ良いわ……。楓は今日、どうするの? 朝ごはん食べてくでしょう?」

 

 椛の言葉に楓は素直にうなずき、服を稽古着に着替え始める。

 

「稽古の後で俺が作るよ」

「そこはお母さんに任せなさい。そりゃあ、もうあなたの方が上手かもしれないけど」

「……わかった」

 

 楓なりの優しさに端を発しているのだと椛にはわかった。わかったが、椛は楓にご飯を作りたかったのだ。

 楓は何も反論はせず稽古着に身を包むと、部屋の片隅に置かれている木刀を片手に外へ出る。そして稽古事の表情で椛へ剣を向けた。

 

「今日こそは母上から一本を取ります」

「うーん……」

 

 椛は楓の様子を千里眼で見ながら、顎に手を当てる。

 この間の花映塚の異変が収束に近づきつつある現在、人里も幻想郷も大きな騒ぎなどは起きていない。

 いないのだが、楓の佇まいから見える隙がほぼ消えていた。はて、一体彼の身になにかあったのか。

 

「母上?」

「ああいえ、楓は最近なにかあったのかしら? ずいぶんと自信があるようだけど」

「先日、父上の語っていたことの一端をようやく理解できました。今なら母上の剣も多少は見えるかと」

「言ったわね。じゃあ今日は私も本気で行こうかしら」

 

 椛もまた同じように稽古用の木刀と盾を用意して、楓の前に立つ。

 実際に立ってみて直感したのは、明らかに大きな飛躍を遂げた楓の力量だ。異変の前後でまるで別人と言っても過言ではない。

 

 本当に才覚は父親譲りである、と椛は内心で息子の成長への喜びと、もう彼に剣で教えられることはないだろう、と哀しみの混ざった笑みを浮かべる。

 そうして今日が最後になるであろう稽古を始める前に――楓が口を開いた。

 

「……始める前に言っておきます」

「何かしら?」

「俺に稽古を付けてくれたことへの感謝は忘れません。……それに自分にとって、親子というのはこういう形しか思いつかないので」

「楓……」

 

 もう楓には己が母を追い抜いたことがわかっていたようだ。その上で椛に稽古をお願いするのは、彼にとって親子の時間がこれぐらいしか浮かばなかったのだ。

 言われてみれば当然だ。彼は物心ついた頃から父親より自身の後継として、あらゆる手管を教え込まれていた。

 今でこそ全体的に小器用にまとまった印象が抜けないが、逆に言えば小器用にまとまるほどに全体的にあらゆる物事をこなせるということでもある。

 

「母上は父上がそういう(・・・・)人間であると知った上で俺を産んでくれました。俺も父上と同じ人種ですが……母上には本当に感謝しています」

「……ごはんを作ろうとしたのも?」

 

 楓は微笑みか、はたまた困惑か読めない表情で首を振った。どうやら彼なりに親子の時間、というものを意識しての行動だったようだ。

 そんな殊勝な考えが出てくることに椛は僅かに驚く。彼らはそういった情とは無縁だとばかり思っていたのだ。

 

「……ふふふっ」

「母上?」

「いいえなんでも。ただ、良い息子を持てて幸せだって思っただけ」

 

 なんともいじらしいことである。本当に優しい子に育ってくれた、と椛は笑い、剣を構え直した。

 

「さ、稽古しましょうか。私もまだまだやれるってところ、見せてあげないとね!」

「――残念ながら、今日限りで母上の天下は終わりです」

 

 

 

 

 

「本当に容赦なく終わりにしてくれたわね!!」

「そこは、まあ。稽古で手は抜きません」

 

 日が少し高く昇り始めた頃、椛はぜぇぜぇと荒い息を吐きながら楓を見上げていた。

 対する楓は汗こそかいているものの、両手の剣はしっかりと握りしめ、椛の剣と盾は両方とも地面に転がされていた。

 

 何度も組手を行い、全てで楓が勝利した。椛がどう動くのか、あらゆる行動が楓の予測の範疇であるかのように動かれ、手も足も出なかった。

 相手の佇まいから、その動きを全て読み切る。かつて楓の父親が到達し、椛もまた同じようなことができるそれを、楓はとうとう会得したのだ。それも椛を凌ぐ精度で。

 

「私も同じことができるんだけどなあ……」

「死線をくぐりましたので。そろそろ朝餉にします?」

「ああ、ちょっとまってて頂戴。すぐ準備するから」

 

 二人は手早く汗を流すと、椛の用意した朝食を二人で囲む。

 ここまで楓が付き合うのは本当に珍しい。普段なら稽古が終わったら早々に汗を流して阿求の側仕えに行くのが常であるというのに。

 

「今日は早めに稽古をしましたので、まだ時間に余裕があります」

「あらそうだった? 妖怪はどうにも、日付の感覚は消えないけれど、時間の感覚が曖昧になっていけないわ」

 

 妖怪にとって時間などさして重要なものではない。最低限、朝昼晩ぐらいがわかっていれば良い程度である。これは長く生きた妖怪ほどその傾向になる。

 楓は半妖だが、人間社会で生きているからだろう。時間の感覚にも正確だった。

 

「ところで、今日の朝ごはんはどう?」

 

 話題を変え、椛は楓に朝ごはんの出来を聞く。

 食卓に並んでいるのは炊きたての白米に大根と油揚げの味噌汁。それに焼き魚だった。

 楓は無言で味噌汁をすすり、ご飯を食べてポツリと口を開いた。

 

「美味しい」

「そう、良かった」

 

 目を細め、慈しむ笑みを浮かべた椛に楓はどこか居心地が悪そうにする。こうやって真っ直ぐ愛情を向けられることにはいつになっても慣れそうにない。

 食事を終えた後、お茶を片手に楓は居心地の悪さをごまかすように話し始める。

 

「……父上はあまりこういったことを言ってなかったと思うけど」

「あの人、変なところで照れ屋だったのよ。自分の感情を表すのが下手というか」

「うん?」

「どこが悪いとかどこが良い、とかは的確に言ってくるんだけどね。これが好きあれが嫌い、というのは全然言わないの」

 

 言われてみれば確かに、楓が思い起こす父の姿に己の好き嫌いといった感情を前に出した部分は、まるでなかった。

 

「だから何とかしてあの人の口から美味しいって言わせたくて色々やったのよ」

「へえ、結果は?」

 

 楓の言葉を受けて椛は過去を思い――困ったような、嬉しいような、とても幸せそうな笑みを浮かべてこうつぶやくのであった。

 

「……秘密」

 

 

 

 朝食を終えると、楓は阿求の側仕えへ向かっていった。

 それを見送り、椛もまた仕事場である自警団の屯所へ顔を出す。

 

「おはようございます。今日は……あら、にとり?」

 

 屯所に入って目に飛び込んできたのは、ゴザの敷かれた床に正座している妖怪の山の河童――河城にとりだった。

 何事かと目を瞬かせると椛の存在に気づいたにとりが振り返り、天の助けが来たとばかりに顔を輝かせる。

 

「おお、親友! ちょっと助けておくれよ!!」

「一応聞くけど、今度は何やったの?」

 

 人里で河童が自警団の屯所にいる場合、ほぼ確実に河童側が何かをやらかした側となる。

 商売熱心で商品の質も基本的に良好なのだが、三割ぐらいの確率でとんでもないものが紛れてくるのだ。市場での爆発事件が起きたらまず間違いなく彼らが犯人である。閑話休題。

 

「いやぁ、ちょっと人里に売ろうと思った機械が爆発しちゃって。やっぱ徹夜で組み上げたのを試験もせずに持ってきたのはまずかったかなあ」

「あ、団長さん、おはようございます」

 

 ちょっと!? というにとりの悲鳴は無視して、椛は自警団の団長を務める壮年に差し掛かりつつある男性に挨拶する。

 実直さと誠実さを併せ持ち、また人里へ貢献したいという気持ちも強い男性で若い頃から人里の会合にも出席し、椛の夫とも面識のある人物だった。

 

「ああ、おはようございます。そこの河童は気にしないでください。いつものあれなので」

「ですよね。ちなみに何回目です?」

「今回で二桁の大台ですね。まあとりあえず石を抱かせましょうか」

「サラッと拷問しようとしないでくれる!?」

 

 それで許すだけありがたいと思って欲しい、と考えているのは自警団に属する人間全員だった。

 やめろー!? と叫ぶにとりの膝に石を載せながら、椛は今日の仕事を聞く。

 

「本日はなにか特別なこととかありましたか?」

「花の異変の影響でしょうね。今は妖怪も身を潜めているようですから、今日は見回りだけで大丈夫ですよ」

「平和なのは良いことですけどねえ」

 

 椛の言葉に男性は軽やかに笑った。

 

「平和であっても、静かなのは幻想郷には似合いませんよ。河童の騒動に関してもこれがあってこそ、って一面がいつの間にかできていたのは否定できません」

「だったらもう許して!? 重くて痛いんですけどぉ!!」

「反省してないようなのでもう一枚追加どうぞ」

「反省した!! 霧の湖より深く反省したから!!」

 

 イマイチ反省したのかよくわからない謝罪を聞きながら、追加の石畳だけは勘弁する。どうせ妖怪なので、この罰も終わって数分もしたらケロッとしているに違いないのだ。

 

「じゃあ見回り行ってきます。にとりも適当なところで解放してあげてくださいね?」

「泣きが入ったら解放しますよ。もう少しぐらいは放置して」

「もう爆発しません! 絶対しませんから許して!!」

 

 この台詞を聞くのも都合十回目なので、二人は一切耳に入れることなく各々の仕事に取り掛かるのであった。

 

 

 

 人里の見回りと言っても、椛に関しては足をあまり動かすわけではない。どちらかと言えば人里の中心部で人里全体を千里眼で見ることが仕事である。

 そして何かしらの騒動があった場合はその付近にいる妖怪や人に合図を出すことで、素早く急行してもらうといういわば物見のような役割になっていた。

 

 しかし、この仕事はかつて椛が妖怪の山の哨戒天狗だった頃から何一つ変わっていない作業だ。かれこれ百年以上は見回りをしている。

 そのため椛にとって見回りなど片手間にできることでしかなくなっていたのだ。

 

「というわけなんで私の話し相手になってもらえませんか? 文さん」

「あなた結婚してから図太くなりましたよね……烏天狗を暇つぶしの相手に使う白狼天狗なんてあなたぐらいしかいませんよ本当に」

 

 茶屋の外で団子を食みながら、のんびりと千里眼で見回りをしていた椛は、折良くやってきた文を捕まえてお茶に付き合ってもらっていた。

 

「取材に協力している、ということで」

「では私もこれに応じて取材はさせてもらいましょうかね。あ、お団子五つください」

「食べますね、文さん……」

「いやぁ、ごちそうさまです」

「呼び止めたのはこっちなんで、まあ良いですけど」

 

 もちもちとしたつきたてのお団子にみたらし餡がまばゆいそれを食べながら、文は椛に近況を聞く。

 

「で、最近はどうなんですかね? 異変についての新聞はこれから嫌というほど出るでしょうし、私としてはその間になにか変なこととか起きてないか、というのが気になっているんですけど」

「ああ、でしたら最近、人里に新しい薬屋が来るようになったのはご存知ですか」

「おっと、それは初耳ですね。詳しくお聞かせ願っても?」

「私も又聞きみたいなところですけど、それで良ければ」

 

 ぜひぜひ、と文が手帳片手に聞いてくるので椛は楓より聞かされた内容を文に話していく。

 言って良いのか、などは考えない。楓が他人に話す時点で、それはその人の口から漏れても大して問題にならないと考えているはずだ。

 

 文は椛の口から語られる内容を真剣な表情で手帳に記し、満面の笑みになる。

 

「あややや、持つべきは情報通な友人ですね! 永夜異変の相手ともつながりを持っていたとは人里もやはり侮れませんねえ!」

「人里の、というより楓が動いて得たものみたいですけど。あの子も父に似て、すぐ妖怪やら何やらと知り合うので」

 

 母親として心配はしていないが、彼と友人になって巻き込まれるであろう存在には同情していたりする。特に楓は遠慮しないで良い、と判断したら相手が激発しようと距離を詰めに行くタイプなので苦労は耐えないだろう。

 

「ふむ……」

「文さん?」

「ああいえ、私も実は彼に要件があったりするんですけど、今はあなたとの時間が最優先です! 他にもなにかあったりしますか?」

「薬に関してはこれ以上はないですね。他だと……そうですね、この間人里に閻魔大王が辻説法に訪れたことなんかをお話しましょう」

 

 律儀なことに許可を得るために楓の元を訪ねており、応対した楓が微妙に嫌そうな顔になったのを目ざとく見抜き、その場で説法を開始したのは未だに椛の中で思い出し笑いの対象に入っている。

 そして辻説法できそうな場所を見繕いに出歩いていた楓と映姫が、人里でサボっていた小町を発見して大捕物になったことなど、その場にいた人たちからは語り草になっていた。

 

「おお、これまた特ダネの予感! ……というかあなた、新聞屋の私より幻想郷の事情に詳しかったりしません?」

「人里の事情にはそれなりに詳しい自信がありますよ。私の暮らす場所ですから」

 

 椛が知りうる限りのことを話すと、文は慣れた手付きで手帳に記入し情報をまとめていく。

 やがて話が一段落すると文は手帳を閉じる。それが公私を分ける合図であると、椛は人里で彼女の取材に付き合いだしてから学んでいた。

 

「――ふぅ、今日のお仕事おしまいっと。人里に敏い友人が一人いると、新聞のネタに困らなくて助かるわぁ」

「文々。新聞は人里でも大手の新聞だと聞きますよ。やっぱり大変なんですか?」

「天狗全体がほとんど商売敵だからね。特にウチが最初に始めた以上、私が独創性とかに走るのは負けたも同然だし」

「なるほど、一番最初だからこそ王道が外せないと。あれ? じゃあ私の話は微妙に王道を外してません?」

「異変の話はもう博麗の巫女から聞いているわ。それとは別のネタも欲しいってだけよ」

 

 素晴らしい足の速さである、と椛は感心しきりにうなずく。

 文はそんな椛を見て、フッと小さく微笑んだ。

 

「それにしても――もうすっかり人里の一員ね。妖怪の山で働いていた頃が懐かしくならない?」

「あはは、これでやっていることは今も昔もほとんど変わらないんです。日がな一日、里を見回ってやってくる子供の相手をして」

「子供?」

「楓ですよ。ついこの前までおしめを替えていた気がするのに、あっという間に成長しちゃって」

 

 そう言って笑う椛を、文は目を細めて見つめる。

 最初は何の気なしに話しかけた白狼天狗が、人間と妖怪の交流が始まった幻想郷において真っ先に人間と結ばれ、あまつさえ子供まで産んで母親の顔をするようになるとは。

 あの日声をかけた私の目は最高だった、と自画自賛しつつ口を開く。

 

「ふふ、子供というのはそういうものよ。異変解決役として有名な博麗の巫女や魔法使いも人間でしょう? 本当、人間の成長速度には驚かされてばかりよ」

「文さんもですか?」

「人間だから侮る、なんて気持ちがここ数十年で綺麗サッパリ消えるくらいには、ね。弾幕ごっこなら私にも勝てる人類が何人もいるなんて、昔だったら考えられなかったわ」

 

 数十年前にそれが可能なのは唯一人だった。いや、その人物は文どころか妖怪の山という勢力そのものを敵に回しても勝ちそうな何かがあったので、人間として数えるべきか謎な部分もあるが。

 

「そう、ですね……。そういう意味では妖怪であるからといって、幻想郷で安全に生きられるとは限らなくなったとも言えます」

「妖怪に安定なんて不要よ、不要! 常に新しい刺激がなくっちゃ! 今の幻想郷はまさしく私にとって理想郷だわ!」

「あはははは……」

 

 奔放なようでいて、その実非常に真面目。真面目だけど、精神に依存する妖怪らしく娯楽と刺激に飢えている。文をそう評したのは誰だったか。

 困ったように笑う椛に、文は不意に真面目な顔に戻って口を開く。

 

「――時に、椛の息子さんのことだけど」

「楓ですか?」

「そう、楓。彼の活躍も最近はよく聞くわ」

「そうですね。楓の口からもよく聞きます」

 

 大体望まぬ形で巻き込まれることが多いらしいが、貴重な経験として割り切っているらしい。

 そして成長速度は今の幻想郷を担う子どもたちの中でも、頭一つ抜けているものとしてすでに多くの妖怪から注目を集めている。

 

「デビューは永夜異変からだっけ?」

「そうですね。一人で前に出たのはそこが初めてだと思います」

「それであの反響。あながち父親譲りの奇縁というのも間違いないわね」

「あの、文さん……?」

 

 話の流れが読めない、と椛は不思議そうな顔になる。先程までの取材でも、楓についてはさほど興味を示していなかったというのに。

 椛の顔に気づいたのだろう。文は咳払いをすると、椛に向かって真面目な顔のまま話し始める。

 

「先に言っておくけど、これから言うことの返事はすぐには求めないわ。ただ、必ず返事はして欲しい。今から話すことは私じゃなくて、私の上司からの話」

 

 文の上司、と来て椛はすぐに話を理解する。奔放に振る舞いながらも根は忠実。そしてその忠誠を向ける相手のことを。

 

「天魔さまから、ですか……!?」

「そういうこと。ああ、人里に嫁いだことへの云々じゃないわ。そのケジメは妖怪の山からの追放でおしまいだもの」

「こうして文さんが変わらず訪ねてくる辺り、ほとんど何も変わってないですけど……」

「話がそれたわ。じゃあ、言うわよ――」

 

 

 

 

 

 ――あなたの子供、少しの間で良いから妖怪の山に預けない?




次の異変への導線を入れつつの椛のお話です。
楓は楓で母親となんとか親子らしくしようと色々頑張っていたり、阿礼狂いが絡みさえしなければ優しい少年です。











……さて、そろそろ優しいだけなのも飽きてくるよね皆(キラキラした目)

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