人里を宵闇の帳が覆う直前、楓は稗田の屋敷で阿求に事の次第を話していた。
「――以上を持ちまして報告となります。この後博麗の巫女が異変解決に動くことを約束させました。動くのは私の眼で確かめます」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん。霊夢さんが動くなら異変は今日中に解決するかしら?」
「おそらくは。異変解決のスイッチが入っているあいつの相手は私でも厳しい」
「勝てない?」
「阿求様が勝てと命じるならば、誰が相手でも勝ちます」
ただ、生かして無力化は厳しかった。特に夢想天生を発動させた霊夢を相手にする場合、こちらも決死の覚悟で切り札を使う必要がある。
父は霊夢の霊力が切れるまで夢想天生の範囲内にいながら無傷で攻撃をいなし続けるという離れ業ができていたが、楓にはまだ無理な所業だった。
「そっか。うふふ、じゃあ今のお兄ちゃんの目標は霊夢さんに勝つこと、かな?」
「父上と同じ目標を掲げていますよ。――誰が相手でも鎧袖一触になぎ払い、阿求様を不安に思わせることなどない強さを求めております」
たった一人の目標など通過点に過ぎない。幻想郷の全戦力を一人で倒せるようになれば、阿求の安全は究極の意味で確保されるのだ。
阿求は楓の迷いない言葉を聞いて微笑み、楓から随所に見受けられる父を連想させる言葉にその面影を見出しそうになり――首を横に振る。
今、自分の側仕えは兄と慕う少年唯一人であり、彼は火継楓以外の何ものでもないのだ。彼を通して彼以外の誰かを見出すなど、不誠実である。
「……? 阿求様?」
「ううん、なんでもない。じゃあお兄ちゃん。今日の夜は里の警備をお願いしても良い?」
「御意のままに。慧音先生が里の歴史を隠すようなので、私は誰かが来た時に備えて里の外で警備しております」
「お願い。あ、それと異変に関する情報とかあったらあとで教えてね!」
「……かしこまりました」
異変の内容などもあわよくば入手したいと力説する愛しい主人に、従者はちゃっかりしているとやや困ったように笑い、そして平伏するのであった。
夕焼けが半分ほど山間に姿を消した頃、楓は一人で人里の外に立っていた。
すでに自警団の面々には説明して、早めに戻ってもらっている。
今は後ろに人里の姿が見えるが、それもあと僅かな時間の後にかき消えるだろう。
本来であれば一人で守れるほど人里は狭くないが――楓の眼は千里を見抜く。その眼をもってすれば人里の周辺までを見続けることは造作もなかった。
背負っている父より受け継いだ長刀と、腰に佩いた刀を確かめる。父と同じ轍を踏んでいたのではいけないということは百も承知だが、この戦い方が一番馴染むのだ。
それに普段から二刀を扱う人物であると印象づけておいた方が、彼の切り札は効果を発揮しやすいというのも理由にある。
「……よし」
いつでも戦える、と確認してから楓は後ろを振り返る。
そこには先ほどまで存在していた人里が影も形も消え、だだっ広い草原だけが存在していた。
人里の形は覚えているため、どこまでが踏み入られていけない領域なのか確認していると、不意に背中に衝撃を覚える。
軽く背中を叩くようなそれに始めは無視していたところ、だんだんその衝撃が強くなってくる。今では半ば叩くような衝撃だ。
さすがに鬱陶しくなってきたため、楓は嫌な顔を隠しもせず背中に回る手を掴んだ。
「いい加減にしろ――椿」
『だって暇なんだもん。今は誰もいないし話し相手になってよ』
楓の目に映る天狗装束をまとった半透明の少女――椿は楓に向かって屈託のない笑みを浮かべるのであった。
彼女は楓が物心ついて間もない頃、ふと見えるようになった楓以外の誰にも認識されず、楓以外の誰にも干渉できないナニかである。
幽霊、亡霊の類ではない。それなら余人にも認識が可能なはずであり、つい先日知り合った冥界の管理人に話しても見えないとのことだった。
楓にしか見えない原因は彼の所持する目に起因すると思われているが、確かなことは何もわかっていない。
生物ではなく、霊体でもない。そしてスキマ妖怪ですら認識できない存在。それが椿という名を与えられた少女だった。
ちなみに名前は楓から容姿や雰囲気を聞き出した父親が、苦虫を噛み潰したような顔で与えたものだったりする。おそらく何か知っているのだと思ったが、それ以上は何も答えてくれなかった。
「お前な。俺が話題にすることなんてお前も見ているものだろ」
『でも感想は違うでしょ? じゃあ話そうよ。暇だったんだーよー』
椿はかまってかまって、というようにぐいぐいと腕を引っ張ってくる。うざい。
基本的に椿は楓の側で漂っている。
自分が誰かと話している時にちょっかいはかけてくるなと厳命しているため、その反面というべきか楓が一人になると騒がしくなるのが困りものだ。
とはいえこれから時間を持て余すのは楓にも予想できていたことであり、何より椿とは長い付き合いなので騒ぎ出すことはわかっていた。
なので楓はため息をつきながらも椿の話を聞く姿勢になる。
「で、何を話したいんだ?」
『うーん、やっぱり今はあれじゃない? 月がおかしくなるって異変』
「だよな。お前はどう見る?」
『すごいよねえ。月に仕掛けを施すなんて。発想のスケールが違うってやつ?』
「気持ちはわかる」
『案外、月に馴染みが深いやつが黒幕かもね。うさぎとか!』
「どうなんだろうな。このあと霊夢が動く予定らしいが――」
楓の目が見開かれる。紅玉の眼に捉えた幻想郷の中で、明らかにおかしい動きが見えたのだ。
迷いの竹林と呼ばれている場所。その中心部分で一瞬だけ何かが光り、それと同時に昇り始めていた月に違和感が発生する。
『どしたの?』
「……動きがあった。迷いの竹林で何か光った」
『誰がやったかとかは見えた?』
「いや、今も探っているが迷いの竹林の中が見えない。くそっ、何か結界が張られているな」
楓の千里眼を持ってすれば位置の特定など容易いはずなのだが、竹林の上空を見ても竹林内部に千里眼を走らせても見えるのは一様に生え乱れる竹ばかり。
認識を阻害する、ないし特定の順序で動かなければ目的地にたどり着けない。そういった類の結界が張られていることが推測できた。
『迷いの竹林ってもともとそういう場所じゃないの?』
「……あそこは竹林がひたすら続いてとにかく迷いやすいんだ。妖怪も出るし、人里ではほとんど入り口部分の竹を切って持っていく程度だった」
筍の採取も行われるが、それも常に目印を決めて見失わないように動くという決まりがある。
要するに人里では危険地域と認識されているため、あまり詳しい情報がないのであった。
「あの中に誰か住んでいたのなら気づけない。まして外界との関わりも絶っていたのなら、な」
『不思議な妖怪もいるもんだねえ。私だったら暇すぎて死んじゃう』
人間が住んでいる、とはどちらも考えていなかった。迷いの竹林は人間が暮らすには少々過酷な環境だ。
「まあいい。後で霊夢がこっちに来るだろうし、その時に話せば手助けにはなる。俺の役目はここまでだ」
『竹林はー?』
「そっちの方角で待機するだけで十分だ。万一を考えると里から離れられない」
『ちぇー、面白いと思うのに』
唇を尖らせる椿を無視して楓は竹林のある方向へ移動し、改めて周囲の警戒を続けていく。
『霊夢ちゃんは一人で来るのかな?』
「……いや、おそらく二人だ」
月の異常だ。影響が薄かったから気づくのが遅れた自分たちとは違い、幻想郷を手中に収める妖怪ならばすぐに理解するはずである。
それでも動きがなかったのは霊夢を試す意味か、あるいは今回の異変の黒幕が彼女らをして手を焼くほどの存在なのか。
どちらにせよ霊夢は動き出した。ならば接触があると考えるのが妥当であると楓は考えていた。
『じゃあ魔理沙ちゃん?』
「なんでお前はさっきからそいつらに馴れ馴れしいんだ……」
『だって、君の幼馴染って私にとっても付き合い長いんだもん」
「まったく……」
『昔のこととか全然わかんないしねえ。私は君と一緒に過ごした時間が全てだよ』
あっけらかんとした顔で語る内容に楓は顔をしかめる。
そう――椿には過去の記憶が一切ない。
本人曰く、自我を獲得したらもう今の姿であり、そして楓の周りを漂っていたらしい。
椿を認識できるのも楓のみのため、彼に何かしらの原因があるとは思っている。
思っているが、そこまで気にもしていないのか、椿は割と毎日楽しそうに彼に付きまとっているのであった。
などと考えていると、楓の視界に見慣れた紅白装束が人里に近づくのを捉える。
「――来たか」
『霊夢ちゃん?』
「静かにしてろよ」
椿に黙っているよう指示を出し、楓はやってくる霊夢の方に自身も飛んでいき近づいていく。
「――そこで止まってくれ、霊夢」
「楓じゃない。人里はどうしたの?」
「お前が異変解決に動くことも含めて、何が起こるかわからないから慧音先生に人里を隠してもらっている。知らない人は驚くだろうし、見張りも必要だから俺が外で待機しているだけだ」
おまけに慧音当人は半獣の血が発現しており、気が立っているため見張りに不向きであることも話す。
「先生が、ねえ……気が立つってどのくらいなのかしら?」
「本人が見せたがらないし、先生をして興奮していると表現するぐらいだからな……かなり好戦的になっているかもしれん」
「ふぅん、まあ人里は関係ないだろうし良いわ。それで他には何か知らない?」
霊夢の言葉に楓は竹林の方向を指差す。
「夕日が沈みきった直後、あそこで何か光った。千里眼で見えないか試したが、結界だろうな。竹林しか見えなかった」
「肝心なところで役に立たないわねえ」
「大まかな方角はわかったんだからいいだろ。あとはお前の勘でなんとかしてくれ」
「はいはいっと。あんたも人里の守護、頑張りなさいよ」
「言われずとも」
軽く拳を握った霊夢に楓も拳をぶつけ、互いに背中を向ける。
幼馴染である魔理沙が指摘すると認めたがらないが、なんだかんだ言って信頼し合っている関係なのは間違いなかった。
そうして別れようとした彼の肩に誰かの手が置かれる。
僅かな警戒を抱きながら振り返り、そこにいた人物に頭を下げる。
「紫様もいらっしゃったのですね」
「こんなやつスキマで良いわよ」
「そこの人を敬わない不良巫女はさておき。お久しぶりね、楓。また腕を上げたかしら?」
何もかもを見透かすような目玉の蠢くスキマに腰掛けた少女――八雲紫が扇子で口元を隠し、小さく笑いながら楓を見る。
「未だ父の影も踏めぬ未熟者です」
「仕方ないわ。あの人の研鑽を十年と少しで追い抜くというのが土台無理な話。でも、追いかけるのをやめはしないのでしょう?」
「無論。必ずや父を越えましょう」
楓の瞳に迷いはない。自分の生涯をそれに費やすことに一切の疑問を覚えず、ひたむきに己の魂を燃やす輝きは紛うことなき人間特有のもの。
半人半妖であり、半分は人間でない楓だが、根底にあるのは父親から引いた血――阿礼狂いのそれなのだろう。
「ふふふ、青臭い決意ね。でも、あなたの言葉なら私も見届ける価値がある」
「恐縮です」
「じゃあこれは一つだけ。私からあなたへのアドバイス」
そう言うと紫は扇子を閉じて、楓に笑顔を向けて――耳元に口なき声が届く。
――その言葉は改めなさい。安く見られるわよ?
「……っ」
失念していた。すでに自分は対妖怪という観点において人里の最強戦力であり、それはつまり妖怪と折衝を行う際の言葉は全て人里の総意と取られるのだ。
もう幼い頃のままではいられない。無理でも無茶でも、楓は人里の代表として幻想郷の並み居る魑魅魍魎と武力だけでなく言葉でも戦わなければならないのだ。
「さて、私はここで失礼するわ。そろそろ霊夢が怖いし」
「…………人里は一刻も早い解決を望む。それだけだ」
意識して心を鎮め、硬い言葉遣いにする。
父が誰に対してもこういった言葉を使っていた理由が身にしみた。彼は自分の言葉や態度が人里の趨勢を決めると理解して、常に気を張っていたのだ。
同じ立場になってから今まで、己の未熟を感じる場面ばかりである。表には出さないよう、心の中で恥じ入りながら楓は霊夢と紫が竹林に消えていくのを見送る。
再び一人になり、周囲に誰の気配もないことを確かめると、楓――の後ろに漂っていた椿がおずおずと声をかける。
『……今って話して大丈夫?』
「……なぜ聞くんだ。普段なら黙れと言っても話すだろうに」
『いや、君が自分を責めてる顔してたから』
「……別に話して構わん。自分の未熟を恥じ入るなんて毎日のようにやっている」
恥じ入りはすれど、それ以上のことは考えないのも楓という少年の特徴だった。
これに関しては阿礼狂いという狂人に生まれ落ちたことが幸運としか言いようがない。普段ならば重荷に感じるような、事実重荷であるそれを楓は特に苦悩などせずに背負っていた。
なぜって――御阿礼の子の側仕えは自分だからである。
『じゃあ少しだけ。君のお父さんと君を比べることに意味があるとも思えないし、やめたら?』
「いや、比較は続ける。俺が未だ成長の途上で、父上が完成したそれであっても。――俺の成長を阿求様は待ってくれないのだから」
父と自分との間に隔たりがあるのは嫌というほど理解している。
本来であれば追いつくのに十年単位で時間がかかることもわかっている。
だがそんな悠長な時間は御阿礼の子に許されない。楓には人間以上の時間があっても、御阿礼の子にそれは存在しないのだから。
阿礼狂いに生まれ落ちた時点で、楓の時間に余裕などない。父に匹敵する力が得られるのであれば、いかなる困難だろうと乗り越えねばいけないのだ。
『じゃあ霊夢ちゃんと一緒に異変解決したらいいじゃない。実戦に勝る経験はないでしょ?』
「それはそれ、これはこれだ。確かに力は欲しいが、それで本業をおろそかにするなど本末転倒だろうが」
『君のそういうところ、本当にお父さん似だなって思うよ』
「多かれ少なかれ、火継の一族は全員こんなものだと思うぞ」
個人差はあると思うし、楓のように側仕えをしていない火継の一族は本当に力のみを求めているかもしれない。
しれないが、楓は誉れある側仕えの役職に就いているのだから、まずはそちらの使命が優先である。
使命のために力が必要なのであって、力のために使命を果たすのではないのだ。手段と目的を履き違えてはいけない。
『だよねえ。君の一族は私もよく見てるし。君は虎視眈々と狙われてるけど』
「火継の当主とはそういうものだ。いちいち気にしてられるか」
そう言って楓は肩をすくめ、空を仰ぐ。
『どしたの?』
「なかなかに千客万来だ。魔理沙、咲夜、妖夢がこちらに来ている。説明の手間が省けて楽ではあるか」
楓が静止するように手を伸ばすと、それぞれ停止してくれた。一応話を聞く姿勢を見せてくれてありがたい限りである。
三人の中で魔理沙が箒にまたがったまま、楓の方に近づいて声をかけてきた。
「よう、楓。良い満月の夜に何してるんだ? 人里も見えないし、これはお前が?」
「違う。これは先生――人里の半獣、上白沢慧音様の能力だ。満月が続いて妖怪に悪影響が出ないとも限らないため、夜の間は里を隠してもらっている」
自分は魔理沙たちのように事情を知らない少女たちに説明をするために立っている、と話すと魔理沙は納得したようにうなずく。
ついでとばかりに楓は竹林の方角を指差してやる。
「先程霊夢も来た。あいつはスキマ妖怪と一緒にこの異変を解決するつもりらしい。向こうの竹林の方角に行ったぞ」
「おっと、こいつは良いことを聞けたな。足を止めてみるもんだ。アリス、行こうぜ」
「待ちなさい、魔理沙。こういうのは形式だけでも疑っておくものよ」
魔理沙と一緒に来ていた少女――アリス・マーガトロイドは瞳に険しいものを浮かべて楓を睨む。
「おいおい、楓だぜ? このバカ真面目なやつに嘘つくなんて発想あるわけねえよ」
「霊夢のために嘘をつくかもしれないわ」
「笑いそうになるからやめてくれ」
一応、今は仕事中なので気を張っているのだ。
平時だったら霊夢ともども笑い転げる自信があった。
平時はお互い平気な顔で煽り合い、罵り合う関係なのだ。彼女に利する行動を取るより害する行動を取る可能性のほうが遥かに高い。
その言葉を聞いてアリスも納得したのか、楓に向ける視線を和らげて友誼のこもったそれに変わる。
「そう、悪いわね。あなたにも満月の影響が出てないか、確証が持てなかったのよ」
「里で露骨に影響が出ているのは慧音先生ぐらいだ。疲れているから異変が終わったらそっとしてあげてくれ」
「人形劇の舞台にも使わせてもらっているからね。終わったら疲労回復のハーブティーでも持っていくわ」
そうしてくれると助かる、と告げると魔理沙とアリスは竹林の方へ飛んでいった。
千里眼で見送りながら、楓は自分の前に降りてきた咲夜とレミリアを見やる。
「私たちも向かいますか、お嬢様?」
「少し楓と話してから行くわ。はぁい、お久しぶりね、楓?」
「お久しぶりで――久しぶりだな、レミリア」
幼い頃から見知った存在であるため、つい敬語が出そうになるが意識して言い直すと、レミリアは面白そうに笑った。
「あらら、私が言おうと思っていたのに先を越されちゃってたわ。霊夢が先に来たって言ってたし、大方スキマ辺りでしょうけど」
「お嬢様?」
「咲夜も少しは意識なさい。友達付き合いにどうこうは言わないけど――彼はもう人里の代表なの。下手に誰かにおもねることは里の立場を悪化させかねない」
そういって薄く微笑む彼女の姿は正しく吸血鬼のそれであり、闇に輝く紅い瞳が楓を射抜く。
レミリアはそんな楓を見て艷やかに笑い、口を開いた。
「…………」
「そしてあの人の息子なのだから私の息子も同然――痛い!?」
図に乗らせるとロクなことにならないと父親から厳命されていたため、その通りにしておく。
頭を叩かれたレミリアは先ほどまでの空気を自ら霧散させて涙目になりながらも、どこか瞳の奥にそれでこそだと言わんばかりの挑発的な光が浮かんでいた。
「あなたには感謝しているし、尊敬もしている。――だがそれとこれは別だ。私人として来るなら歓迎するが、公人として動くなら俺もそう対処する」
「……ふふ、その可愛げのない優秀さもそっくりね。本当、あなたは父親似よ」
「よく言われる」
ただ、父親は母親似だと言っていたが。
楓と話して満足したのだろう、レミリアは気分良く立ち上がるとふわりと浮き上がり、咲夜とともに竹林の方へ足を向ける。
「そろそろ行こうかしら。長話して霊夢に追いつけなくなるのもあれだし、亡霊さんをあまり待たせるのも悪いわ」
「ではお嬢様」
「ええ――今宵は少々長い月夜になりそうね。たまには吸血鬼らしく、血の雨でも降らせましょう」
楓の方から見えた飛び去っていくレミリアの横顔は、凄絶な笑みを形作っていた。
最後に楓は妖夢と幽々子の――未だこちらを警戒した様子で見る二人組みと向き合う。
「……俺からなにかする気はない。それに妖夢に恐ろしい思いをさせたのは父上だと思うが」
「私はそこまで警戒してないわ。でも……」
妖夢はやや気安い様子で楓に声をかけながら、隣の主にチラリと視線をやる。
楓と妖夢は同じ剣術を使うものとして、それなりに切磋琢磨する間柄を作れているのだが、彼女の主人である西行寺幽々子は楓を妙に警戒しているのだ。
「……あなたは今回の異変、動くつもりはないのかしら」
「霊夢に任せれば解決するんだ。俺が動く理由はない」
「…………」
袖元で口を隠し、幽々子は冷たい目で楓を見る。
そのような目で見られるほど彼女と言葉を交わした覚えもないが、楓はなんとなく自分が嫌われる理由に心当たりがあるため、特に何も言わず彼女の好きにさせた。
「霊夢たちを後ろから追いかけたりもしないし、そもそも竹林の奥は特殊な結界が張られていて、俺の目でも見通せない。行くなら急いだ方が良いぞ」
「幽々子様」
「……はぁ。見かけた相手はとりあえず斬ろうとする妖夢に言われるなんて私もまだまだね」
「ひどくないです!?」
「どっちもどっちだと思うが……」
一方的に人を嫌う幽々子と、怪しいやつはとりあえず斬ろうとする妖夢。楓からしてみればどちらもはた迷惑極まりない存在である。
幽々子と妖夢が飛び去るのを見送り、楓は肩の力を抜く。
気を楽にすると同時、背中に慣れた重みが乗ってくる。椿が自分に体重を乗せている感触だ。
『ねえねえ』
「なんだ」
『なんであの亡霊さん、君を嫌ってるんだろうね?』
「原因は十中八九、この目だろうな」
今でこそ母親のそれと同じ千里眼だが、楓の持つ瞳の本質は別のところにある。
本来持つ能力に己で制限をかけると千里眼に落ち着く、と言った方が正確だった。
『私が見える目、ってのも関係してる?』
「ほぼ確実に。といっても、よほどのことがない限りこっちの目は使うなと父上にも厳命されている。俺もこの能力の危険性は把握している」
それでも時が来れば迷わず使うのが阿礼狂いに生まれ落ちた宿命だが――その際に自分が殺されないよう立ち回ることまで含めて、父の後釜になるということなのだろう。
「今使う話じゃないんだ。別に気にするほどのものでもない」
『でも嫌われてていいの?』
「向こうの警戒を解く術がない。まあ、妖夢とは話す関係だからその縁でどうにかなるかもしれん」
言いながら、楓は腰の刀に手を添える。
「それはそうと――やはり異変の夜か。まだ客が来るか」
『え、今度は誰?』
「わからん。竹林から見慣れない女が来ている。お前は黙っていろよ」
異変解決中の霊夢たちに周りを気にするなんて殊勝な心がけがあるはずもなし。
竹林を住処にしていた妖怪が逃げてきた可能性も否定できないが、ひとまず警戒は解かずに油断なく近づいてくる人影をにらみつける。
やがて月影に写った人は、狼のような耳と尻尾を生やし、月明かりに輝く赤い相貌を爛々と楓に向けていた。
白狼天狗、とも一瞬だけ考えたが身にまとう服装と毛の色から違うと判断。手足を覆い隠すような長いスカートや服は白狼天狗の着る天狗装束とはかけ離れていた。
大した脅威には思えないが、警戒は怠らずいつでも刀を抜けるようにして声をかける。
「そこで止まれ、妖怪」
少女は鼻をわずかにひくつかせると、怪訝そうな目で楓を見た。
「……きみこそ妖怪でしょう? いや、でも違うのかしら? 匂いが混ざってる」
「これより先は人里だ。お前も気づいているかもしれないが、今は異変の最中。危険なので里は隠してある」
「ああ、そう、そういうこと。お姉さん、わかっちゃった」
楓の話を聞いた様子もなく、少女はなにかに合点したようにうなずきながら口角が釣り上がる。
空気が変わったことを楓は直感で理解し、無言で腰を落として身構えた。
仄かに赤く煌めく少女の瞳に、楓は確かに見出したのだ。
――今の彼女はおよそ正気ではない。
「そんな異変の時に外に出ているってことは――妖怪に襲われちゃっても仕方ないってことよね!!」
人間の肉ぐらいなら容易く引き裂けるであろう牙をむき出しに飛びかかってくる少女に、楓は拳を握って応戦するのであった。
楓は幼少の頃からいろいろな妖怪を見ているため、割と目上の相手には丁寧な態度を取ります。取りますが、それだけではやっていけないのが守護者の悲しさ。
そして序盤から出せる設定は出していきます。この主人公、結構秘匿している情報が多い。千里眼?の瞳の詳細もそうですが、傍らを漂うなにかの情報もほぼ誰も知らないことです。
能力についてはおいおい出していく予定なので気長にお待ち下さい。
Q.影狼なんで出るの?
A.なんか面白そうだから()