阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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いつも誤字指摘ありがとうございます(土下座)


守矢神社の幻想入り

 楓、文、はたての三人は突如として現れた広大な湖を伴う神社に呆けていた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 突拍子もない出来事が起こることでは他の追随を許さない幻想郷だが、中でもこれは群を抜いている。

 物や人の幻想入りだけなら珍しくはあっても、驚きはしない。しかし、いくらなんでも限度がある。

 などと考えていると、先んじて我に返った楓が一歩前に踏み出す。

 

「――」

「あ、ちょっと坊や!?」

「誰かが行かなきゃ話にならん。それに俺は人里の所属だ。ある意味一番公平に……いや待て、誰が坊やだ」

 

 理路整然と自分が向かう理由を説明しようとしたところで、楓ははたてが自分をどう呼んだかに気付いてじっとりと湿った視線を向けた。

 はたてはきょとんとした顔で理由を説明する。

 

「え? だって君、私より遥かに年下でしょ?」

「妖怪と比べたら誰だって子供だろうが」

「じゃあ坊やじゃん。頭撫でてあげようか?」

「……なぁ、人見知りじゃなかったのか?」

 

 度し難いものを見る目ではたてを見ながら、横にいる文を小声で問い詰める。楓の目に映る彼女の姿は控えめに言って変態だ。

 文は困ったように首を傾げ、どうだっただろうかと必死に記憶を掘り起こす。

 

「うーん、人付き合いが少ないから人見知りなんだとばかり思ってたけど……はたて」

「なに?」

「小さい子って好き?」

「大好き!」

 

 はたての満面の笑みを見て、こいつはやべー奴だと全てを理解した楓はついさっきまで彼女に抱いていた仕事熱心な新聞記者という印象を忘却の彼方へ放り投げ、彼女の心象を関わってはいけない輩にまで格下げする。

 そんな楓の視線に気付いたのだろう。はたては慌てて両手を広げながら弁解するように話す。

 

「あ、ちょ、ちょっと待って!? 天狗攫いとかも昔はあったけど、今は違うから! そもそも私、友達とか全然いなかったし周り年上ばっかりで子供が新鮮なのよ!!」

「なお悪いのでは?」

「ごめんはたて。私も擁護しかねるわ」

「気兼ねなく話せるの文と坊やぐらいなのよぉ!!」

 

 会ったばかりの自分まで含まれていることに絶句していると、頭上に一つの気配が降りてくる。

 それが誰かは見なくてもわかった。楓がわざわざはたてとの会話に付き合った理由にもなったその人物とは――

 

「文、オレの権限をやるから何人か見繕って状況を把握してこい。血気に逸るやつがいたらブチのめして一時的で良いから黙らせろ」

 

 千年、妖怪の山を治めてきた天魔以外にあり得ないのである。

 天魔は到着と同時、矢継ぎ早に文へと指示を出す。

 

「承知しました。天魔様は?」

「楓、オレと来い。今からあの神社へ殴り込みに行く」

「その前に阿求様へ言伝を頼む。俺も無事なので心配なさらぬよう」

 

 これが引き受けられないなら、楓は妖怪の山に新しくできた神社など知らぬ存ぜぬとしてさっさと戻るつもりだった。

 当然、天魔もそれは理解しているようで文の方を見やる。

 

「だ、そうだ。文、お前の足なら行けるな? 一旦そっちを優先しろ」

「お任せあれ! 幻想郷最速は伊達ではないとお見せしましょう!」

 

 その言葉と同時、文は凄まじい速度で人里の方へ向かっていく。

 黒翼をはためかせ、一直線に空を駆ける姿はさながら一筋の流星にも見紛うそれ。

 彼女がこの天狗社会で強い発言力を持っているのは天魔直属の部下であること以上に、彼女の持つ速度が天狗社会において有数のものであるからだと納得できる速度だった。

 千里眼で文の姿が稗田の屋敷に入るところまで見届けていると、天魔ははたての方に向き直る。

 

「姫海棠、お前もオレと来い」

「へ、私も!?」

「この中で一番冷静そうだからな」

 

 天狗社会から浮いているからか、今の状況もどこか他人事のように感じていたはたてだが、天魔に腕を掴まれてそんなことも言っていられなくなった。

 楓はすでに人里の安全は確認できている以上、次にすべきは脅威となりうる輩の確認である。千里眼で見ているが、少女が三人いること以上の情報はつかめていない。

 多少ゆっくりと飛ぶ天魔に合わせて楓とはたても空を飛ぶ中、天魔は状況の確認と説明を兼ねて口を開く。

 

「楓、相手は?」

「少女三人。一人は巫女のように見えるが、二人は……なんだろうな。見た限り、人間には見えないが妖怪にも見えない」

「あんなバカでかい幻想入りだ。スキマだけの力とも思えん。となると……だいぶ限られるな。よもや、と言いたくなる可能性だが」

「思い当たる節でも?」

「最低限、こちらにここまで大規模なものを持ち込める力を外の世界で有していた、というのは確実だろう。オレは神代の神がまだ生きていた可能性を推すね」

「神?」

「言葉通り、八百万の神の一柱さ。人里だって流し雛で厄神に祈ったり、豊穣神を迎えたりするだろう?」

 

 天魔の言葉の通り、人里では秋の季節に豊穣神の姉妹に来てもらうことや、流し雛の儀式を執り行うことはある。

 しかしそこで楓が目にしたことのある神というのはどれも零落し、力など微々たるものでしかなかった。

 楓が疑問に思っているのを察したのだろう。横からはたてが口を挟んでくる。

 

「幻想郷に今いるのは、ほとんどが外の世界でやってられなくなった存在なの。だからか知らないけど、幻想郷では力を相応に落としているって聞くわ」

「なるほど。詳しいな」

「ま、妖怪歴長いですから」

「姫海棠が言ったのは全員、拠点が妖怪の山にある。今回の一件が終わって興味があるなら紹介してやるよ」

「機会があればぜひ」

 

 話が終わったところで、天魔は表情を引き締める。

 

「そろそろ到着だ。姫海棠、お前の目から見て不味いと思ったらオレを止めろ。楓は好きにやれ」

「なんで私にそんな責任重大な!? というか楓の方雑じゃないです!?」

 

 楓は一緒に行動こそしているが、所属している勢力が違うのだ。天魔から彼に指図することはできないし、楓も天魔の行いにどうこう言う権利はない。

 ただ、楓の見立てでは天魔は相当頭に来ていると睨んでいた。だからこそ自身が冷静であるための要員としてはたてを連れている。

 

(……俺にとっても大変な話し合いになりそうだ。そもそも話し合いで終わるのかどうか)

 

 頭の中でいくつか想定される対話と返答を考えながら、大変な一日になりそうだと嘆息する。差し当たり、今回の話し合いが終わったら真っ先に阿求のところへ顔を出そう。

 

 神社に三人が降り立つと、人の気配を感じたのか一人の少女が現れる。

 風を連想させる翠玉の髪を持つ、霊夢と微妙に似た巫女服とも見える服をまとった少女だ。

 少女は背中に翼の生えた天魔とはたてに驚いた様子を見せるものの、努めて明るい声を発して来訪を歓迎する。

 

「守矢神社にようこそ! 参拝の方々でしょうか?」

「オレは――」

「今回、これほど大規模な幻想入りが行われたことで幻想郷の各地で騒動が起きている。俺は人里から、こちらの二人はこの場所――妖怪の山からの代表となる。そちらの代表者と会わせて欲しい」

 

 天魔が口を開きかけたところを、楓が機先を制して先に話す。

 そして用件まで一息に言い切ってしまうことで、彼の怒りが表に出る余地を封殺してしまう。

 楓の言葉を聞いた少女は戸惑ったような表情になるが、すぐに奥へ引っ込み誰かを呼びに行く。聡明な少女なようで何よりだった。

 場に楓、天魔、はたての三人しかいなくなったところで楓は顔をしかめながら口を開く。

 

「見たところ彼女はこの神社に仕える巫女だ。彼女に当たり散らしても意味はないぞ」

「見目通りの巫女にも見えんが……まあ、ここは楓の言葉に従おう」

 

 瞑目して深呼吸を繰り返す姿は、ともすれば自制心を失いそうになるのを必死に堪らえようとしている姿に見えた。

 これは自分が舵取りを間違えると、妖怪の山とこの神社の全面戦争も有り得そうだ。ひょんなことから責任重大な立ち位置になってしまったことに内心でため息を吐く。

 そんな楓の方に、はたてが助けを請う視線を向けてきた。

 

「帰っちゃダメ?」

「俺もキツイから帰るな」

「坊やがお姉ちゃんって呼んだら考える」

「だそうだ、天魔」

「すいませんナマ言いました何も聞かなかったことにしてください!!」

 

 腰を直角に折って頭を下げる辺り、言って良い相手と悪い相手は分けているのだろう。いや、自分が言って良い相手に分類されていることは極めて遺憾だが。

 天魔は呆れた目をはたてに向けながら、肩をすくめて何も言わないでおく。下手になにか言うとお互い面倒な話になりそうだと察していた。

 

「……その態度が今はありがたいと考えるか。てか、仮にも妖怪の山に来た勢力なのによくまあそこまでいつも通りだな」

「え、だって私の生活と関わりなさそうですし。天魔様なら悪いようにはしないでしょ?」

「全面戦争になってもか?」

「まあ、それに従えば私たちは変わらない生活ができるってことでしょう?」

「……ったく」

 

 困ったように笑い、はたての頭に手を置いてぐしゃぐしゃとその頭を撫で回す。

 

「へ、わ、わわ!?」

「可愛い配下だよ、本当に。……ああ、気合が入ってきた」

 

 はたての言葉を受けて、天魔の瞳が怒りで濁りそうなそれから、楓も見た覚えのある値踏みする――あらゆるものを己の利益不利益で思考し、妖怪の賢者すらも欺ける知性を宿したものに変わっていく。

 

「楓にも心配かけたな」

「天狗とここが妖怪の山で争うだけなら、俺に止める理由はなかった」

「はっはっは、ここでその台詞が言えるなら及第点だ。……そら、お出ましだ」

 

 天魔の言葉と同時、神社の拝殿から二人の少女が顔を出す。

 ぎょろりとこちらを見下ろす目玉の飾りがついた市女笠をかぶった、蛙を連想させる少女が一人。もう一人は蛇を連想させるしめ縄を背負い、腕を組んでこちらを睥睨する少女が一人。

 どちらも尋常な存在ではない、と楓の直感でも理解できる威圧感を伴い、二人は楓らの前に現れた。

 その中でしめ縄を背負った少女の方が組んでいた腕を開き、大仰な仕草でこちらを歓迎するように声をかけてくる。

 

「さてさて、我が守矢神社へようこそ。私は八坂神奈子。この守矢神社の祭神だ」

「同じく祭神の洩矢諏訪子。さっきそっちが話していた子は風祝の東風谷早苗と言う。まあ、その様子で仲良くは難しいかもだけど、あんたは仲良くしてよ」

 

 そう言って市女笠の少女――洩矢諏訪子と名乗った祭神は楓の方を見ながら意味深に笑う。

 それに答えるべきか無視するべきか一瞬だけ迷っていると、天魔が先に口を開いた。

 

「歓迎のお言葉どうも。オレはおたくらが幻想入りしてきた場所――妖怪の山を統べている天魔だ。こいつは部下の姫海棠はたて」

「ほほぅ、まず頭領と会えるとは痛み入る。んん、ではそちらの少年は?」

「俺は人里の代表だ。名を火継楓という」

「ふむ、人里からも来ている、と。先の話では我々は妖怪の山に来てしまったと聞こえるが、人里の方でも騒ぎに?」

「いいや、俺が別件で妖怪の山に来ていた時にそちらが幻想入りした。尤も、ここほどではないが騒ぎにはなっているだろう」

 

 文が今、それを抑えに奔走しているがそこは伝える必要を感じなかったため、言わないでおく。

 ともあれ互いに状況を確認できたところで、八坂神奈子と洩矢諏訪子の二柱は困ったように腕を組む。

 

「幻想入りしたばかりで右も左もわからない我らへの説明に感謝する。で、一つ聞きたいんだが……」

「なんだ?」

「……私ら、やらかした?」

「…………」

 

 天魔は無言で微笑む。ただしそれは友愛のそれではなく、ここから何か変なこと言ったらこの場でぶっ殺す、という殺意の含まれたものであった。

 

「……ふむ」

 

 楓の方にも視線が向くが、楓から何かを言うことはなかった。そもそも妖怪の山から排斥されたら人里としても手の出しようがない。

 

「……よし! こうなってしまったことは仕方がない! 水に流せとは言わないが、私らに機会を与えるのが度量ってもんじゃないかい!!」

「そうだそうだ! 私らもどこに出るかまではわかってなかったんだ。人里に出なかっただけマシだと思わない!?」

「よくもまあ……」

 

 この面の皮の厚さも政治家に求められるものなのだろう。過ぎたことはこだわらず、未来を見据えなければならないと言われればその通りだが、彼女らに言われるのは納得がいかない楓だった。

 しかし微妙そうな顔になった楓とは別に、天魔は逆に面白そうな顔になる。

 

「ほぅ、まあ起きてしまったことは仕方ないわな。それにこの神社の後ろにある湖が人里に出ていたらヤバかった」

「…………」

 

 そんなことになっていたら、人里の水没すら起こり得ていた。もしその仮定が現実になっていたら、楓は迷うことなく彼女らを殺していただろう。

 

「だろう? うんうん、私らは仲良くなれそうじゃないか」

「かもしれんな。――で、そっちはこの状況に対してどう動くつもりなんだ?」

 

 相手の出方を伺いつつ、懐事情も探れる一石二鳥の手だ。楓は頭の片隅に今の言葉を刻んでおく。何かの機会があったら使ってみよう。

 そして天魔の言葉を受けた神奈子は腕を組んで胸を張り、自信満々に答える。

 

 

 

「――出世払いで頼む!!」

 

 

 

 言い切った、と楓とはたてが顔を見合わせる。確かに幻想入りしたばかりで何も出せるものはないのかもしれないが、ここまで臆面もなく言い切るとは思っていなかった。

 だが、さすがに一切何も出さずに許してもらおうと思っているわけではないのか、神奈子は不敵に笑ったまま言葉を続ける。

 

「私らをここで殺したところで、そっちに残るのは使いみちもそうないであろう湖と神社だけだ。この場所を潰しちまった代替にはならんだろう」

「……代わりを埋める何かがあると?」

「知識だ。ついこの間まで外の世界にいた私らは、外の世界の知識が豊富だ。なにせ時間だけは山程あったんでね。例えばそこの天狗の持つ長方形のやつは携帯電話、って呼ばれている外の世界の電話だ」

「ほう。電話?」

「離れた相手との通信ができるようになる便利な道具さ。しかも電話だけじゃない。カメラやら何やら便利な機能が盛り沢山だ」

 

 え、カメラはオマケだったの? とでも言うようにはたては自分の持っているカメラ改め携帯電話をカチャカチャといじり始める。

 その姿を見ながら、神奈子は流れが自分の方に来ていることを確信しながら口を開く。

 

「知識は刺激だ。ここに置いてもらえるなら、私らは多くの知識をそちらに提供しよう」

「なるほど。それは確かに悪くない。楓はどうする?」

 

 ここで自分に振るか、と思いながらも口を開く。いつ自分に振られても良いように思考は止めていなかった。

 

「……大きな被害を受けなかった身としての言葉になるが、俺は構わないと思う。ただ、この状況になってしまったことへの落とし前は必要だろう」

「具体的には何か考えているか?」

「守矢神社、天狗、ほか自由参加の大規模な祭り――異変を起こす。騒ぎたい奴らが弾幕ごっこのルールに基づく限り、誰が彼女らに挑んでも良い。その形式だ」

 

 おおっぴらに騒ぎが起これば、必ず博麗の巫女もやってくる。博麗の巫女がやってくれば、天狗も守矢神社もどっちも平等にぶっ飛ばすだろう。それをもって、彼女らがやってきた騒動も何もかもうやむやにしてしまう。

 厳密にケジメを付けねばならない、となると腹に据えかねるものが出るだろう。で、あれば騒ぎの中で全て曖昧にしてしまうべきだ。

 そもそもスペルカードルールとはそういった意義のもと作成されたものである。ならばこれが本来の用途だろう。

 

 楓の発案に天魔は我が意を得たり、と力強く笑う。その笑みを見て、楓は自分が天魔の思い通りの言葉を言わされていた(・・・・・・・)ことに気づく。

 恐らく天魔も楓と同様のことを考えていた。しかし、自分からそれを言い出すと天狗が彼女らに譲歩した形になりかねない。

 だから人里所属である楓に言わせたのだ。天魔の旧友でもあり、政敵でもあった男の息子である楓なら同じ結論に達しているだろうと信じて。

 

「――と、人里の代表が言っているんだ。そっちも何の事前準備もなしに来たわけじゃないだろ? スペルカードルールぐらい聞いたはずだ」

「知っているし、用意もあるよ。面白いこと考えるもんだねえ」

「……天魔」

「これが場数ってやつさ。ま、そっちの利益も考えているから安心してくれ。それと姫海棠」

「は、はいっ!?」

 

 話し合いではほとんど入れなかったはたてに話題が振られたことに、はたては背筋を伸ばして天魔の言葉を待つ。

 

「戻って号外を作れ。今回の話はお前が独占スクープだ」

「へ、え? 良いんですか?」

「連れてきた時点でそのつもりだ。見出しはそうだな……新たに幻想入りした守矢神社と天狗が手を組んだ、で良い。そしてそのお祭りに異変を起こしている、とな。んで、それを真っ先に博麗の巫女に渡してやれ。今代の巫女は才能もピカイチだし、何より異変なら必ずやってくる」

 

 激変する状況について来れなかったのか、はたては呆然とした顔で天魔を見ていたが、やがてその身体が震え始める。

 これが歓喜と興奮のそれであると気付いていた楓らが眺めていると、はたては顔を輝かせて大きくうなずいた。

 

「はいっ! 私にお任せください! やっぱり天魔様についていくのが一番よ!!」

「わかったら行って来い。オレらはもう少し話していく」

「それでは早速行ってきます!!」

 

 その言葉と同時、あっという間に飛び去ってしまう。その速度たるや、文に及ぶことはなくとも十二分に速いと表現できるものだった。

 

「ふむ、あいつあんな速かったのか。性格も性根も把握できたし、少し突いてみるか……?」

「それで話って何があるんだい? こっちはこれから来るであろう天狗とその博麗の巫女? を迎撃する準備があるんだけど」

「ああ、博麗の巫女について話しておこうと思ったんだが、多少は知っているようだな」

「幻想郷の調停者、ということぐらいはね。口ぶりから推測するに、早苗とほぼ同年代のようだしライバルになれると良いんだけど」

 

 諏訪子の口ぶりは娘を想う母親のそれで、天魔と楓は胡乱げな瞳を向ける。

 特に気にしていなかったが、今の話し合いには先ほど楓と応対した巫女の姿が見えない。

 それ自体は別に良い。こういった小難しい話というのは知るべき人と知らないで良い人がいる。楓の知る中で言えば楓は知っていなければならないが、霊夢は知らなくても良い存在だ。

 しかし、そう考えるともう一つ別の疑問が浮かんでくる。

 

 

 

 ――だったらなんで彼女も一緒に幻想入りしてきたのだ?

 

 

 

 神に仕える巫女だから? あながち間違いでもないと思うが、一から十までこれであるとは考えにくい。先の諏訪子の表情がこの可能性を否定した。

 勢いで一緒に来てしまった? これも可能性としてはあるが、だったらもう少し動揺なり何かがあるだろう。楓は問答無用で外の世界に連れ出されたら、阿求と己を引き離したとして連れ出した下手人を無言で殺す自信がある。

 つまり、まだなにか事情がある。そしてそれは守矢神社の祭神二柱がなんとかして隠しておきたい部類のもの。

 

「そっちの巫女さんについてはお好きにどうぞ、だな。楓は?」

「……この異変が終わった後、そちらは人里とも関わりを持つだろう」

「うん? まあそうだね。私らは信仰ってやつがないと生きていけないからね。分社を建てさせてもらえないかと考えているよ」

「であれば、俺がまたそちらに足を運ぶことも、そちらがこっちに来ることもあるだろう。俺が言うべきは一つだ」

 

 楓は手を差し出し、穏やかな顔で微笑みを作る。

 

 

 

「――幻想郷は全てを受け入れる。これからよろしく頼む」

 

 

 

 天狗が受け入れるのだ。人里もなるべく友好的な関係を作りたい。作れずとも、険悪な関係は避けるようにしたい。

 それになんとなくだが、彼女らとの付き合いは深くなる気がする。具体的に考えると寒気がするので深堀りは避けるが。

 楓の差し出した手を神奈子が力強く握り、楓と同じように微笑む。

 

「……お前さん、子供かと思っていたがなかなかどうして胆力がある。人里とも仲良くやっていけそうだよ」

「それは良かった」

「うんうん、早苗とも同い年ぐらいだし、あの子とも仲良くしておくれ。男の子の友達は今までいなかったからねえ……」

 

 神奈子の言葉には素直に喜べたものの、諏訪子の言葉には言外の意味が含まれている気がしてならない。なぜって、背中に怖気が走ったのである。

 前言を撤回しよう。彼女らと深い関係になるのは非常によろしくない気がする、と楓が自身の直感による判断をグルグル変えていたところ天魔が楓の肩を掴む。

 

「じゃ、そろそろ御暇するか。ああ、異変が終わったら宴会をするんだ。その時にまた話そうや」

「お、天狗秘蔵の酒を早速飲めるチャンスかい? 幻想郷ってのは素晴らしいね!」

「こっちも外の世界の酒が飲めると思っているよ。ではな!!」

 

 天魔は楓を引き連れたまま空高く飛び去る。天魔が天狗の頭領たる、全ての天狗を置き去りにする速度を持って。

 にこやかに見送った神奈子と諏訪子は表情を真面目なものに変えると、お互いに顔を見合わせた。

 

「……どう思う?」

「天狗の方はめちゃくちゃ。人里の方も一筋縄じゃいかない。出てきた場所が場所なのは事故だけど、あの二人はどっちも傑物だ」

「同じ感想のようだな。個人的には文武に優れた英傑を見るのは嫌いじゃないが……」

「見るだけなら良いよ。今回は関わるんだよ? あれを相手に上手く立ち回れる自信、ある?」

「ない。付け入るならまあ……人里の方だな。あっちは多少なりとも泣き落としが通じそうだ」

 

 政治家としての顔ものぞかせていたが、同時に心穏やかな優しい少年である一面も見せていた。

 とかく、若さとは感情の制御ができないもの。政治と感情のバランスを取るなど、あの年頃では不可能に近い。

 仲良くなって、最終的にはこちらに引き入れる。それができれば幻想郷での勢力としても大きくなれそうだ。

 方針が一致したのか、二人はうなずき合うと早苗の待つ神社の居住区へと戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

 …………この考えが全くの見当外れであったと理解するのは、もう少し未来の話である。実は気が触れていた少年だったなんて初見殺しにも程がある、と叫んだのもここだけの話。

 

 

 

 

 

 天魔と楓は空高く高く、雲海を突き抜けて妖怪の山の頂上まで一気に飛んでいた。

 人の気配どころか生物の気配すらない。そんな場所に到着した天魔はそこで掴んでいた楓を離す。

 

「よっと、到着。さっきの話し合いではご苦労だったな」

「……あれに関しては忘れないからな」

「はっは、そのぐらいでなきゃ張り合いがないってもんだ。悪くなかったぜ? 守護者に成り立てってのを考えれば十分以上。間違いなく破格だ」

「…………」

「おっと、悪かったよ。本題に入ろう」

 

 そう言うと天魔は楓から多少距離を取り、腰に佩いている刀に手を添える。

 ただそれだけの挙動で、楓は反射的に己の刀に手が伸びてしまう。総毛立つという言葉の意味を実感できるほど、天魔から発せられる威圧感が高まっていた。

 

「今回の一件がなくてもこうする予定ではあった。どこかでお前の成長ぶりは目で見ておきたくてな」

「……風見幽香と同じ類か」

「ま、否定はしないさ。とはいえオレはそれなりに本気で戦う」

 

 たまには身体を動かさんと本気の出し方も忘れちまうからな、とうそぶいて天魔は刀を抜く。

 

「手勢は使わない。純粋にオレの武技だけ。お前の力がオレの想定を上回るものであったならその時は――そうだな、今回の話を出した本当の理由を話そう」

「……どのみち、ここには力を求めて来ていた」

 

 楓にとっての本来の目的は天狗の里に赴き、その力と文化を見てくること。

 天魔直々の相手となればいささか驚きはあるものの――見方を変えれば、これほどわかりやすく天狗の力の頂点はいない。

 それに彼を倒せる領域にあると証明できれば、自分は間違いなく各勢力の代表であろうと戦える力量を付けていると証明できる。

 

「父上が最も戦いたくない相手の一人と言わしめた人の力であっても、俺が超えていく」

「よく言った。さぁ刮目しろ! ――これが妖怪の山を治める、天魔の力だ!!」

 

 楓の目であっても追い切れない速度で接近され、右腕を斬り落とす攻撃。それを楓は己の技で受け流し――勝負は始まっていく。




守矢神社が幻想郷にinしました。はたてがいたので提示できる利益もだいぶ変わってくる模様。まあ間違いではないよね!(トラブルの元になっていることからは目をそらす)

天魔とノッブがいたら根こそぎ事情を聞き出せますが、楓はまあ踏み込まなくても良いかなと考えるので守矢神社の事情は後回しに。なぁに、主人公とは地雷解体者の別名なのでどこかで出てきます(他人事)

そして次回は天魔との一騎打ちです。前作ではあんまり戦闘シーンは書けてなかったのでここで書けるのは結構嬉しかったり。

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