阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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いつも誤字指摘ありがとうございます(土下座)


少年の戦い、少女の戦い

 天魔と楓が熾烈な戦いを繰り広げる少し前のこと。

 博麗神社では今日も今日とて暇を持て余した博麗の巫女――博麗霊夢が大きなあくびをしていた。

 

「ふぁ……平和なのは良いことだけど、ずっとこうだと眠くなってくるわ」

 

 夏が本格化しそうな一歩手前。やや暑くはあるものの、夏の夜長を苦しめるほどのものではない。

 妖怪退治の仕事もなく、博麗大結界の調子も良好。やるべきことは特になかった。

 

「小鈴ちゃんのところで借りた本もないし、新聞も読み終わった。娯楽が少ないと消費も早くてたまらないわ」

 

 文々。新聞は頻繁に発行される上、それなりに見応えもあるので暇つぶしの娯楽としてはかなり気に入っていたのだが、読み終わってしまえばただの燃料である。

 

 さて、と霊夢はもう一つあくびをして空を見上げた。

 曇ったものが何もない空は綺麗で、こんな空で弾幕ごっこをやったらさぞ気持ち良いだろうと思う。

 思うが、いかんせん相手がいない。頼まれなくてもやってくる魔理沙や紫も今日は気配がない。

 

「んー……よし、昼寝でもしよ」

 

 天気も良いのだ。縁側の日陰で寝転んで一日を午睡で終わらせるのもまた乙なものだろう。

 そう、これは決して自堕落に生活しているわけではない。むしろ全身で初夏の日差しを楽しむ風流なものなのだ、と理論武装したところでいそいそと部屋に戻ろうとする。

 

「号外ーっ! 号外だよーっ!!」

 

 しかし、そんな霊夢の耳に大きな声が届く。露骨に顔をしかめた霊夢が空からやって来る存在を見ると、普段こっちに新聞を持ってくる射命丸文とは別の少女が新聞の束を抱えて飛んできていた。

 なんか面倒事になりそう、と霊夢は持ち前の直感で察したので

 

「号外号外! 花果子念報の号外です!!」

「あ、私は取ってないのでこれで……」

「博麗の巫女には絶対受け取ってもらえと上司に言われているので!!」

「ちょっと強引すぎない!?」

 

 霊夢の拒絶も無視した天狗の少女が無理やり霊夢の手に新聞を握らせると、あっという間に飛び去ってしまう。

 ぽかんとそれを見送った後、霊夢は手に持っている新聞に目を落とす。

 

「なになに……妖怪の山に幻想入りした守矢神社が天狗と手を組んだ。証人はこの男……男ぉ!?」

 

 大きな見出しとともに貼られた写真を見て、目をひん剥いて驚きを露わにする。

 なにせその写真には霊夢も良く見覚えのある人物が出ていたのだ。

 

「あのバカ! なんでちょっと目を離したら妙なことに巻き込まれてんのよ!!」

 

 油断も隙もない愚兄である。霊夢は昼寝をしようと考えていたことなど忘れ、急いで陰陽玉や札、針の準備を整えて幻想郷の空に飛び出していく。

 

 

 

「一体全体何が起こってるのかはさっぱりわからないけど――妖怪の山に行って怪しいやつら全員ぶっ飛ばせば丸く収まるでしょ!!」

 

 

 

 

 

「初撃は防ぐか。まあそれぐらいはしてもらわないと――なっ!!」

「……っ!」

 

 黒い塊が自分に向かってきている。

 楓に見えるのはそれだけであり、天魔が握る刀の攻撃については半ば以上勘に頼って防いでいるようなものだった。

 

 目にも留まらぬ速さで接近し、一撃斬りつけて反撃を防ぐため距離を取る。

 言葉にすればただそれだけの攻撃を天狗の、それも千年誰にも譲らなかった頂点に立ち続ける男が行うだけで、必殺のそれに変貌する。

 なにせ近づく速度は楓の目でも追い切れず、振るわれる刃は防ぐことだけが精一杯で、よしんば反撃できたとしても斬撃を刀で受けた時にはすでに斬撃の射程外にまで逃げられている。

 

「これは……!」

『ここで突っ立って攻撃を受けてる限り全く勝ち目が見えないね!!』

 

 椿の言葉が楓の思ったことを全部代弁してくれた。天魔が自由自在に動ける空中で、何の対策もなしに佇んでいるだけでは良い的になっておしまいである。

 早急に手を打たなければこちらの負けが確定してしまう。楓は自分にできることを脳内に羅列し、素早く次の一手を組み立てていく。

 

「さて、そろそろ動くか。ならこっちも一手指南してやろう」

「っ!?」

 

 次の天魔の突進に合わせて大きく動き、妖怪の山の森に身を隠す。それが楓の選択した行動だった。

 とにもかくにも天魔の動ける空間を削らなければ話にならない。近づく近づかない以前に、彼の速度の前では指さえ触れられない。

 だが、天魔はそんな楓の思考を容易く読み取り、あえて接近して白兵戦を仕掛けてくる。

 

 天狗の速度に物を言わせただけではない、確かな才を長い年月で磨き上げた熟達の剣。

 あるいは楓の父にすら匹敵しかねないその武技を、楓は二刀で全て切り払う。

 技量という点で言えば楓は天魔に劣るが――二刀を扱うことで手数だけは拮抗することができる。

 

「……っ、せいっ!!」

「っと、反撃までする余裕があったか! 武才は父親譲りだな!!」

「確かに速く、鋭く、熟れた剣筋だった。俺にはまだ到達できない領域だろう。――しかし、父上より遅い」

 

 剣戟の隙間を縫った楓の反撃が天魔の服を浅く切り裂き、それを見た天魔は改めて距離を取る。

 

「まったく、これでも天狗の中でオレに剣で敵うやつはいないんだがね。親子二代でこうも簡単にオレの技を超えるか」

「超えてないと言った。俺にはまだ真似のできない技だが……それより鋭く、反撃の余地すら許さない剣を俺は知っている」

 

 父に幾度となく見せつけられ、その度に土を舐めた。

 

「まだ、と来たか。いつかは超えるんだな」

「当然だ」

「その向上心、うちの奴らに見習わせたい。ではこちらもそろそろ――天狗の戦い方を見せてやる」

 

 再度の突進、そして胸めがけた神速の突きが放たれる。

 楓はそれを払って防ごうとして――天魔の刃にまとわりつく風に気づく。

 これに触れてはいけない。うかつに触れたらそれだけで戦闘不能になりかねない。電撃的な第六感とも言うべき直感が最適解を弾き出す。

 

「――椿っ!!」

『任せて!!』

 

 横合いから飛び出した椿が楓の体勢が崩れるのも構わずに、その横腹を蹴り飛ばす。

 そして楓自身もその手に丸い炎を作り出すと、身体の側で爆発させてその勢いを利用して距離を離す。多少の火傷はすぐに治るので必要経費として割り切ってしまう。

 そうして大きく距離を離し、ようやく安全圏に到達した楓が先ほどまで自身の身体があった場所を見る。

 

「……避けたか。当たれば必殺だったんだがな」

 

 そこには天魔の刀が突き出され――その刃を中心に渦巻いていた風があらゆるものを飲み込み、吹き散らす業風となって空に消えていく。

 楓は思わず絶句してしまう。もしも今の突きに何の対処もせず直撃していたら、命があったかも危うい攻撃。それを天魔は楓が対処すると信じて放ったのだ。

 

「風を操るのが天狗の本領だ。刀にまとわせるも良し。不可視の刃を放つも良し。今みたいに相手の体内に刃を埋め込み、それを起点に風を放って内部破壊を狙うも良し」

「…………」

 

 予想よりえげつなかった。少しだけ訂正しよう。先の攻撃を対策なしに受けていた場合、確実に死んでいた。

 

「天狗礫。天狗火。天狗の名を冠した妖術はそれなりにある。無論、オレもそれらは大体扱える。しかし、それらが戦の決定打になることはまずない。なぜかわかるか?」

「――風より遅い」

「その通り。どれほど威力があっても、当たらなければ何の意味もない」

 

 文字通り風の如き速さで翻弄し、攻撃を行う。それが天狗の戦い方。天魔はあえてその戦法に則ることで、楓に天狗の戦い方を教えようとしていた。

 

「……俺の戦いへの考え方とは多少違う」

「ほう?」

「結局の所、一番の問題は当てることだ。攻撃とは極論、必ず当たって必ず倒せるならそれが一番良い」

 

 色々と策を巡らせるのは攻撃をより良い場所に当てるためである。楓も剣による攻撃が必殺であるため、その一撃を当てるためにあれこれと試行錯誤を繰り返す。

 ――しかし、確実に当てられるならそんなことは考えなくて良いのだ。

 

「天狗火、天狗礫。俺もそれらを見て使い方は覚えた。要はこれらをどう組み合わせて当てられるか、だ。……それを天魔相手にやってのけるのは大変だがな」

「それはお前が考えていたことか?」

「父上から教わったことであり、俺も常々そう考えている」

 

 楓が答えると、天魔はややくぐもった声で笑いを噛み殺し、顔をうつむかせる。

 

「お前さんの考えは人間が妖怪を殺す時の考え方だ。避けて、当てる。言葉にしてみれば天狗と大差ないのに、考え方は大きく違う」

「…………」

「さて、続きを始めるか。お前がどう俺の予想を覆すのか、楽しみにさせてもらおうか」

 

 再び顔を上げた天魔の顔は他の大妖怪に勝るとも劣らない、凄絶な戦いを楽しむそれになっていた。

 

 

 

 

 

 霊夢が妖怪の山に向かって最初に見たのは、天狗も河童も誰も彼もが好き勝手に弾幕ごっこに興じる姿だった。

 まさにお祭り騒ぎと言う他ない。霊夢が来たことにすら誰も気づかないまま、各々が楽しげに弾幕を撃ち合っている。

 

「また珍妙な……何が起こってんのよ」

 

 事態の把握ができない霊夢はとりあえず自分の方に飛んできた弾幕を軽く避けると、近くにいた河童に陰陽玉をぶつけて黙らせてからその首根っこを掴む。

 

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」

「待って、今のが人に物を尋ねる行動!?」

「妖怪が細かいこと気にすんじゃないわよ。で、これって一体何?」

「え、私もよくわかんないお祭り騒ぎ――へぶっ!?」

 

 とりあえず楽しそうだから混ざっていただけ、と言おうとしたら霊夢の操る陰陽玉が顔面に直撃する。ものすごく痛い。

 

「もう一回聞くわ。これって何?」

「本当に知らないんだって!? 天狗に聞いてよ!?」

 

 悲鳴のような河童の返事にこれは知らないんだと判断した霊夢は舌打ちを一つして、改めて掴んでいた河童に弾幕を浴びせて動けなくしてやる。

 

「横暴だぁぁぁっ!?」

「巫女が妖怪退治するのは当然でしょ」

 

 最低限、今日一日は動けない程度まで抑えたので慈悲あふれる行動だと霊夢は自画自賛しつつ、次の獲物――もとい生贄を探していると、後ろから見慣れた顔がやってくる。

 魔法のほうきにまたがって、自らも軽やかに弾幕を避けてミニ八卦炉からのレーザーをお見舞いする少女――霧雨魔理沙が霊夢の方へ近づいてくる。

 

「よう霊夢! そっちも号外を読んできたのか?」

「そんなとこ。あんたも?」

「まあな。楓も大概だよな。ちょっと目を離すとすぐ面白いことになる」

「同感。世話のかかる愚兄だこと」

「お前みたいな妹を持ってあいつも大変だ――危なっ!?」

 

 退魔針が飛んできたので慌てて避ける。弾幕としてならあまり痛くないが、今のは普通に突き刺さる軌道だった。

 

「私みたいな世界一の美少女が妹な時点でむせび泣いて感謝するべきよ。あいつはその辺の感謝が足りないわ」

「……おう、そうだな!」

 

 お前みたいな喧嘩っ早い妹分がいるんだから楓の苦労も絶えないなと魔理沙は思ったが、それを口には出さず話を合わせることにした。商売人の娘なのだ。空気が読めなければやっていけない。

 

「で、同じ新聞を読んだってことはあんたも詳しいことは知らないわけね」

「だな。私は新しくやってきた神社ってのを探すつもりだが、霊夢はどうする?」

「んー……」

「迷うぐらいなら競争しようぜ。どっちが早く神社について、この異変を終わらせるかだ」

「へえ、今度は勝算があるのかしら?」

 

 普段から魔理沙が自分に張り合って異変解決に臨んでいるのを霊夢は知っている。知っているが、直感に従うだけで異変の黒幕にたどり着ける霊夢と違って、魔理沙は自分なりに飛んでいくしかない。

 そのため、いつも異変解決には大いに貢献しつつも、黒幕退治まではたどり着けていないのが魔理沙だった。無論、彼女の行き着いた先で黒幕とは別の相手を見つけたりしているので、一概に霊夢に劣る活躍とは言い切れないのだが。

 

「おう。なんたって今回はひどくわかりやすい。守矢神社とやらに行って、新しくやってきた奴らをぶっ飛ばせばおしまいだ。だろ?」

「……ま、その通りね。よし、乗った!」

「よく言った霊夢! んじゃ、勝った方が負けた方の言うことを聞く罰ゲームな!!」

「負けたときの言い訳を先に考えておくのね!!」

 

 霊夢と魔理沙はとりあえず新しく来た神社の奴らを弾幕ごっこでぶっ飛ばせばこの騒動は終わるだろうと意見を一致させ、それぞれが別の道で幻想郷の空へ飛び出していくのであった。

 

 

 

 

 

 所変わって妖怪の山の頂上。誰の目にもつかない雲海を隔てた空間で、楓と天魔の戦いは続いていた。

 

「――っ!」

 

 楓がまず最初に取った行動は天魔に攻撃を浴びせることではなく、地表への退却だった。

 空中という天狗の得意な場所で戦う限り、楓には逆立ちしても勝つ未来が見えない。あるいは父ですら手を焼く状況だろう。

 

(最低でも森の中! なんとかして視界を遮って付け入る隙を作れれば――)

 

 千里眼を持つため視覚情報という点では楓が絶対的な優位に立つ。相手がこちらを見えず、こちらは相手を認識できる。その状況に持ち込めれば主導権を握ることができる。

 一目散に地上へと逃げ、雲海に頭だけのぞかせている山肌に点在する森に身を潜めた楓を、天魔は空から見下ろしながら背に持つ紅葉扇へ手をのばす。

 

「視界を封じる、か。なるほど、千里眼を持つお前らしい戦法だ。が、一つ認識が甘い」

 

 すでに楓がどこにいるのかはわからない。しかし、関係ないとばかりに天魔は紅葉扇を軽く振るう。

 

 

 

 ただそれだけで起こった天狗の颶風が、天魔の眼下に広がる森の一部をその大地ごとえぐり取っていく。

 

 

 

「――っ!?」

 

 幸い、自分のいた場所ではなかったことと天魔の風を起こす予兆が見えたことで、楓は安全圏に逃げ込むことができていた。

 だが、それでも今の風が脅威の一言であることは確かである。何よりこんな威力の竜巻じみた風が連続で放たれる場合、楓の隠れられる場所があっという間になくなってしまう。

 

「おや、ハズレか。次はもう少し範囲を広げよう」

 

 天魔の声がいやに大きく楓の耳に届き、楓は天魔の理不尽な強さに内心で毒づきながら必死に頭を回転させる。

 楓の手札は大雑把に分けて椿との連携、いくらかの妖術と、接近して相手の術を妨害、一回限りだが魂縛りの魔眼がある。

 魂縛りについては一度見せればそういう性質だと気づかれ、二回目以降に劇的な効果は見込めないだろう。

 

(視界を遮り、なんとかして接近する。一瞬の硬直は視界を奪った後の魂縛りでどうにかできるはず。残る問題は――空間の限定)

 

 視界を封じる。接近する。僅かな隙を作る。どれか一つなら今の状況からでも行えるが、全てを同時に行うには難しい。

 仮にどれか一つを実行したとしても、天魔なら距離さえ取れればそれで終わりだ。天魔の自由にできる空間を削り取る。これだけは急務だった。

 

『で、勝てる道は浮かんだ?』

「いくらかな。綱渡りになるが……まあ、風見幽香を相手にしたときと同じだ」

 

 なんてことはない。以前と同じく自分は格下で、勝つためにはリスクを許容しなければならない。

 これはただそれだけの話で――天魔もまた、楓にとっては等しく乗り越えるべき壁でしかなかった。

 

「――ハッ!」

 

 刀の軌跡に沿った風の刃を放つ。自分の位置が割れることも想定済みであり――そもそもこれだけで終わらせる攻撃でもない。

 斬撃と術を組み合わせた不可視の刃は、しかし風を読む天魔にとって探知することは造作もなかった。

 

「種は別にある、だろ?」

 

 迫りくる風は天魔に近づきながら三叉に分かたれる。安直だが、数を増やすことで天魔の移動を誘発する目的だろう。

 当然、乗ってやる道理はない天魔は紅葉扇を一振りするだけで楓の放った風とぶつかり合って一方的に楓の風を吹き散らし――その瞬間、爆炎が広がったことに目を見開く。

 

 斬撃の軌跡に沿わせた風は完全な見せ札。本命はその刃に潜ませ、天魔が苦もなく打ち砕くことまで想定に入れ、風の術が砕かれた時に起動する炎こそが本命。

 

「味な真似を!」

 

 天魔は舌打ちして翼をはためかせ、距離を取る。さすがの彼も楓の炎を相殺できる規模の炎を即座に作り出すのは難しかった。

 そうして動いた天魔目掛け、天狗礫がいくつも飛んできた。人間なら直撃したら死ぬような大岩も、天狗にしてみればちょっと重たい礫程度である。

 

 だが、天魔はこれに何かがあると察した。先の風に潜ませた炎を見て、楓のできることの多さを察したのだろう。

 本来なら紅葉扇の一振りで対処の終わるそれを、その場で身を翻すことで避けていく。

 

(さて、これも言ってみれば隙だ。ここまでお膳立てしておいて、何もしないなんてことはないだろう)

 

 やはりというべきか、天魔の読み通り天狗礫の岩が内側に仕込まれた術によって爆発するのを見て、天魔は口角を釣り上げながらそれも回避しきってしまう。

 ここまで複数の術を組み合わせ、己の動きをも計算に入れてどうにかしようと試行錯誤される、というのは久しく前線を離れていた天魔にとって新鮮な感覚だった。

 

 だからだろう。天魔がこれに気づけたのは正しく幸運であった。あるいは、この天狗礫を風で飛ばさないことを選ぶまで、楓の思惑に入っていたのか。

 

「――背後、取ったぞ」

「っ!?」

 

 天狗礫の陰に隠れ、二刀を振りかぶった楓が天魔の背後に迫っていたことに天魔は心底から驚愕し、同時に迎撃の意思を込めた笑みを浮かべる。

 これでこそだ。相手が誰であろうと諦めず、手練手管を尽くして勝利を求める姿。

 半人半妖なれど、その心胆は人間のものだ。天魔は退治されるべき妖怪として、立ちはだかる敵として愉しげに笑う。

 

「良い、良いな楓! お前は本当に良い英雄になれるぞ!!」

「――それが必要だと思ったことはない」

 

 天魔の懐に潜り込んだ楓の双刃から無数の斬撃が放たれる。

 どれも技量としてみれば超一流。並の天狗なら反応すら許さず斬り捨てる一撃が束となって押し寄せる。

 しかし天魔はこれらを捌き切る。天狗の頭領とは、全ての面であらゆる天狗の頂点に立つ者なのだと言わんばかりに。

 鋼と鋼がぶつかり合って火花を散らし、甲高い音が途切れずに響き続ける。一太刀でも浴びせれば術を流し込んで終わらせられる正しく必殺のそれを、天魔は一刀と風を巧みに操り時に防ぎ、時に軌道を反らして避けていく。

 

「馬鹿げた技だ……!」

「お前が父超えを掲げる限り、必ず踏破するものだ! もっとお前の底を見せてみろ!!」

 

 斬撃の隙間を縫って天魔が蹴りを放つ。

 楓は危なげなく腕で防ぐが、それこそが天魔の狙いだと気付いた時には遅かった。

 

「が……っ!」

「まだまだ発想が追いついてないな! 風を操るんだ。相手を吹っ飛ばすなんてお手の物さ!」

 

 痛打と呼べるほどのダメージはない。だが、風によって吹き飛ばされることで大きく距離が開いてしまった。

 楓は急いで制動をかけようと椿に呼びかけ――そこで不意に千里眼が捉えた光景を見て脳裏に一つ、手が浮かぶ。

 

「――椿っ!!」

『止めるんだよね!?』

「違う、押し込め! このまま雲海を抜ける!!」

『――わかった、考えがあると信じるよ!!』

 

 吹き飛ばされた勢いに椿の突進も付与され、更に勢いを増して妖怪の山の頂上から雲海へと楓の姿が消えていく。

 それを見下ろし、天魔は眉をひそめる。

 

「あそこまでの勢いを付けた覚えはないが……なにか考えがあるのか」

 

 確かに天魔が自由に力を振るえるのは、ほとんど人も天狗も来ないこの妖怪の山の頂上付近ぐらいである。

 地表ごと巻き上げて森の一部を粉微塵に砕く竜巻など、誰にも影響がないと確信できる場所でない限り使いはしない。

 

 楓の思惑に乗る利益はない。抜け目なく策を練り続ける彼のことだ。ついて行った場合、そこには天魔を必ず倒せる策を用意して待っているのだろう。

 だからこそ、あえて思惑に乗ることにする。天魔も思いっきり身体を動かし、あらゆる術技を駆使して勝利を求め合うこの時間を楽しんでいるのだ。

 

 スペルカードルールが流行る理由もわかるものだな、と内心で笑って天魔も雲海を貫き、妖怪の山に姿を現す。

 雲海から抜けた天魔の視界に飛び込んできたのは、多くの天狗が守矢神社に群がって我先にと弾幕ごっこを仕掛ける光景と、彼女らを背にした楓が二刀を構え、佇む姿だった。

 

「白兵戦で決める、ということか」

 

 天狗を背にした楓を術で吹き飛ばすことはできない。それで万一守矢神社に被害が出たら面倒なことになるからだ。

 同様に楓もこれ以上の術は使わない。褒められた行いでないのは彼にもわかっているのだ。それがせめてもの礼儀だった。

 

 故に、最後は不利とわかった上で剣術での勝負を挑む。楓が何よりも向上させたいのは術の技量ではなく、父と比較のできる剣術一つなのだ。

 天魔はその覚悟を正しく読み取り、彼の決意に乗ってやるかと剣を構える。

 楓はここまで自分を相手によく戦った。天狗の首魁と戦い、ある程度持ちこたえたのだ。まだ二十歳にもならない歳頃でその戦果は破格としか言いようがない。

 今は昔と違い、敗北が死と同義ではない。超えるべき壁を知り、至るべき道を示してやることが楓に行える指導であると天魔は判断した。

 

「負けを知るのも成長。勝つべき戦いで負けてなお、立ち上がれることも度量の一つだ。お前はよくやったよ、楓」

 

 誰に聞かせるでもない楓への称賛をつぶやき、天魔は勝負を終わらせるべく楓に向かって最大速度で突進する。

 楓は自分と打ち合うことはできるが、剣技で自分を上回りはしない。手を間違えない限り、順当に己が勝つという確信が天魔にはあった。

 

 

 

 

 

 ――故に気づくのが遅れた。

 

 

 

 

 

「――かかったな」

 

 火継の一族に――阿礼狂いの少年に諦めるなどという殊勝な感情は存在していないのだ。

 当然、楓がわざわざ守矢神社近くまで戻ってきたことにも理由があり、ここに彼は唯一無二の勝算を見出していた。

 その理由とは彼が千里眼を持つからこそ気づけたことである。答えは――

 

 

 

「無双風神!」

「夢符『二重結界』!!」

 

 

 

 今、まさにこの場所で弾幕ごっこに興じている二人が自分と天魔の空間を削ってくれるからだ。

 

 四角の結界が複数連なって無数の札が乱れ舞う霊夢の弾幕と、そんな彼女と相対していた射命丸文の放った神速の移動によって生み出される無数の弾幕。

 二つの弾幕が重なり合い、絡み合い、自由になる空間が極限まで限定されるその場所に、楓と天魔はなだれ込んでいた。

 

「ここなら自由に動けないだろう?」

「お前、まさかこの状況を狙って!?」

 

 狙いに気付いた天魔は、しかしすでに楓との白兵戦の距離まで接近してしまっていた。弾幕の嵐に飲み込まれ、すぐの離脱はできそうにない。

 楓もそれは同じ状況だが――千里眼により自身の全方位を見ることに長けている彼にとって、弾幕を避け続けることはそう難しくはなかった。

 

 二人は一秒と同じ場所に留まることなく目まぐるしく位置を入れ替え、霊夢と文の弾幕を回避しながら剣戟を重ね、弾幕に火花の装飾を施していく。

 

「――魂縛り」

「――ぐぅっ!?」

 

 そして幾度かの交錯を経た後、再度両者は接近し――碧玉に輝く楓の瞳が今度こそ天魔の動きを縫い留める。

 戦いが始まってからずっと、虎視眈々と狙い続けた必中の好機。あらゆる術、あらゆる状況を利用し尽くしてようやく獲得した、一瞬の隙。

 

 当然、楓はその隙を逃すことなく、天魔の胸にその刃を突き立てる。

 溢れ出る鮮血が楓の頬にかかるものの、全く顔色を変えることのない少年はそのまま剣を振り抜き、天魔の身体を横に両断する。

 

 

 

 

 

「俺の勝ちだ、天魔」

「予想を上回ったか。ったく――見事也、人間よ! オレの敗北だ!!」




文「これ私土下座ものでは?(震え声)」
霊夢「私の前に出てくるということはこいつらもぶっ飛ばしていいのね(脳筋)」

ということでVS天魔戦です。こいつらできることが多い……! もっと剣一本で戦え(暴言)

天魔は天狗としてのスペック全てが天狗の中で一番高いというオーソドックスにヤバい性能な大妖怪です。速度だけなら文が迫るけど、他の分野はまだ先の話。
なお本領は手勢を率いての集団戦なので一対一で戦うこと自体が手加減に近い模様。しかも今回は楓の動きとかを逐一見ていたので、その辺りも手加減要因だったり。
本当に殺す時? 天狗の集団を超遠距離から突っ込ませるだけでだいたい死ぬよね()

風、炎、礫、魂縛りなどなど楓の手札はとにかく増えていきます。まあ天狗が大きく関わるのはこの異変なのと、これ以降のキャラは大体能力依存の戦い方が増えてくるのでラーニングも難しくなって手札の更新自体はそろそろ打ち止めだと良いな(希望的観測)

次話で天魔の意図なども明かされて、そろそろ守矢神社との絡みも増えていく予定です。もっと大勢のキャラを一度に出す力が欲しい(願望)
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