阿礼狂いの少年は星を追いかける   作:右に倣え

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蓬莱人の時間、人間の時間

 それはいつも通り、妹紅が輝夜を訪ねて殺し合いをした後のことだった。

 何度も何度も相手を焼き、引きちぎり、えぐり出し、絞め殺す。

 武器らしい武器も持たない二人の殺し合いは最初こそ術を使ったものになるものの、途中から飽きたのか肉弾戦に移行することが大半である。

 

 無論、肉弾戦と言っても練磨された体術を使ったものではない。

 相手の髪を掴み、服をちぎり、噛み付くといった優雅さなど欠片もないどこまでも泥臭い子供の喧嘩じみたものだ。

 互いに蓬莱人であるため、殺し合いに意味はない。どれほど凄惨に殺しても蘇り、骨も残さず蒸発しようと何事もなかったかのように存在する。不老不死とはそういうものである。

 

 故にこれは娯楽。壮絶な痛みを伴う死を以て生を実感する、矛盾した生命活動。それが彼女らの日課に近いやり取りだった。

 

「ねー、妹紅」

「んだよ、輝夜」

「飽きた」

「奇遇だな、私もだ」

 

 ……尤も、肉体的疲労がなくとも精神の疲労は存在する。肉体を動かす余力がなくなるとかそういった方向ではなく、ただ単に熱意がなくなる――要するに飽きる意味なのだが。

 

 永遠亭の中庭で殺し合いに興じていた妹紅は輝夜の言葉を聞くと、あっさりとその戦意を消して話し合いに応じる。

 輝夜と出会った直後は知ったことかと熱意を燃やしていたが相手も自分も死なない以上、その熱意は無駄にしかならないと悟ってからは強い感情を抱くこともなかった。

 

「少し話しましょうよ。暴力での殺し合いも嫌いじゃないけど、言葉でも人は殺せるのよ?」

「面白いことを言ったら死んでやるかもな。で、話ってなんだ?」

「そうねえ……」

 

 肉体の再生を待って、縁側にどっかりと座った妹紅の隣に輝夜も座る。骨の髄まで姫としての教養を叩き込まれているのか、その所作にもどこか気品を覚えてしまう妹紅だった。

 彼女もかなりの名家に生まれた記憶はあるが、いかんせん遥か昔の記憶。人間の頃だった記憶などもはや時の彼方である。

 

「じゃあ、私たち共通の知り合いについてはどう?」

「共通の知り合いって……永琳とか鈴仙の話か?」

「違うわよ。いるじゃない、最近知り合った半人半妖の珍しい少年」

「……ああ、あいつか」

 

 楓のことを思い出し、妹紅は嫌な顔になる。

 つい先日、全く折れるということを知らない彼の好きにさせた結果、自分の家が廃屋から真新しい家具の立ち並ぶ新居になってしまったのは記憶に新しい。

 どうせいずれ朽ちるのだから放っておいてほしいと何度言っても聞きやしなかった。

 人を駄々をこねる少女か何かのように扱い、のらりくらりとかわされてあれよあれよと家を建てられてしまった。なまじ大工としても優秀だったのが腹立たしい。

 

「彼、永琳とてゐが気に入ってるのよね。永琳は優秀な人間は誰彼構わず興味を持つ方だけど、てゐはどうしてなのかしら」

「さあな。ただ、楓には本当に悪戯を仕掛けてないみたいだ」

「好きなものには初心なのかも。うーん、長年付き合ってたけど知らなかったわ」

 

 状況が許せば永琳だろうと輝夜だろうと悪戯を仕掛けるてゐだが、どういうことか楓にそういったことをする素振りすら見せていない。どこまでも純粋に、老獪な年長者として振る舞っている。

 むむ、と妹紅と輝夜は首をひねるが答えは出ない。当人に聞いてもはぐらかされるだろう。

 

「わかんないなら良いや。彼、時折私の話し相手にもなってもらっているのよ」

「お前の? 薬の関係で永琳や鈴仙と話す姿は時折見ていたが……」

 

 どうやら楓にも医学の心得があるらしく、たまに永琳が楓と鈴仙に課題を出している姿を見たことがあった。ちなみにその時の課題については楓の方が優秀だったらしい。

 

「そうなの。私も外に出たいって言っているんだけど、永琳がなかなか許してくれなくてね。無聊を慰めるために楓から外の話を聞かせてもらっているのよ」

 

 言われてみれば確かに。妹紅も幻想郷の事情に詳しいわけではないが、楓が重要な立場にあることはわかる。

 おまけに本人の口や慧音から漏れ聞こえる内容を聞いているだけでも、大概波乱万丈な人生を送っているのが伺えた。

 

「……まあ、確かにあいつは相当面白い人生送ってるだろうな。こんな私にまで寄ってくるわけだし」

「そうねえ。聞く度に妖怪の知り合いを増やしているみたいだし、知ってた? 外ではちょっとした節目節目ですぐ異変が起きてるらしいわよ?」

「お前が起こした異変から全ての異変に付き合ってるわけか。そりゃ大変だ」

 

 しかも本人の様子から推測するに彼自身の仕事は異変そのものの解決ではなく、異変で新たに出現した勢力と人里との関係を取りまとめ、あわよくば人里の利益にすることだ。

 単純に異変を起こした相手をぶっ飛ばすこととはわけが違う。おまけに妖怪なんてものはおおよそ強い人間を好む傾向にあるため、武力も必要という厄介な連中である。

 

「……他の話はないの?」

「異変の話以外だと、日々の話をよく聞くわ。人里では妖怪とも商売する大商人がいたり、妖怪がござを敷いて人間相手に商売するのも当たり前に見られる光景らしいわよ」

「その辺りは慧音から聞いたことがあるわね」

「ああ、妹紅が最近知り合ったっていう教師」

「ここ数十年で急速に変わりつつある、という話ぐらいだけど。特に最近は異変も多いから、目が回りそうだと言ってたわ」

 

 目が回りそうな忙しさの一端に自分たちがいることは二人とも棚に上げた。

 一通り話し終えると、輝夜はつまらなさそうに縁側へ身を投げ出す。星すらも映さない夜空のような黒髪がさらりと縁側に広がる。

 同性であってもその美しさに嫉妬の欠片を覚えざるを得ない。蓬莱人として過ごすうちに女としての生き方など遠くに放り捨てた妹紅であってもそう思ってしまう。

 

「あーあ、退屈! 外のことも何も知らなかった時は気にならなかったけど、こうして知ってしまうと自分たちがいかに変化しない生き方をしていたか改めて思い知らされるわ」

「永琳に言ったのか?」

「何回も言ったわよ! でもその度に私のためを思って、と楓がいるからつまらなくはないでしょう? の一点張り。確かに楓の人生は聞いてるだけで面白いけど!!」

 

 他人の人生を面白がるとはひどい物言いだが、妹紅もそう思っているため何も言えなかった。

 しばらくパタパタと手足を動かして自分がどれほど暇を持て余しているか表現していた輝夜は、やがて思い立ったように上半身を起こす。

 

「――決めた。楓に人里へ連れてってもらおう」

「は?」

「だって永琳ばっかりずるいじゃない! 彼女、楓に薬とか作らせて育てるのが最近の趣味なのよ!? 私だって楓で遊ぶ権利があると思わない!?」

「そんな権利誰も持ってないと思う」

 

 というか楓がいい迷惑である。妹紅も楓に面倒をかけさせた自覚はあるが、輝夜は明らかに愉快犯だ。

 

「私も外に行きたーい!!」

「はぁ……」

「外で珍しいものを見つけたり、美味しいものを食べてみたい!! もうコソコソする必要なんて薄いわけだし、妹紅もそう思うでしょ!?」

「いや、私は別に……」

 

 どんな人やものと関わっても、それは永い永い時間の流れで儚く消えゆくものでしかない。

 楓や慧音は今を生きる者として必死に戦い、そうして獲得した何かを誰かへ託していずれ旅立っていく。

 今、関わることに何かを言うつもりはない。しかし、その結末がわかりきったものである以上、関わりは最低限にしておきたいというのが妹紅の本音だった。

 しかし、それについて輝夜は正反対の考えを持っているようだ。

 

「誰であれこの一時は今しかないわ。そこに生者と蓬莱人の境はない。いつか消えると言われればその通りだけど、二度と戻ることのない輝きを目に焼き付けることも大事なことではなくて?」

「…………」

 

 輝夜の言葉に対し、妹紅は眉間にシワを寄せる。やはりこいつとはウマが合わない。

 話したい話題もなくなり、妹紅は自分の臓腑が煮えくり返るような苛立ちを再び覚えたため、立ち上がってその手に炎を宿す。

 

「――もっかい殺し合いだ。お前を見てるとなんとなく腹が立って仕方がない」

「――良いわよ、身体を動かすのは嫌いじゃないもの」

 

 そうして二人は殺し合いを再開する。ただ、これまでのどこか義務じみたものを感じるそれではなく、妹紅がひたすらに己の苛立ちをぶつけているようなものではあったが。

 

「庭の修繕もタダではないのだけれど……」

 

 ……ただ一人、永遠亭の管理を行っている永琳はまた壊れるであろう中庭に頭痛を覚えるのであった。

 

 

 

 

 

 人里において、楓に求められる役割は非常に多い。

 まず、自警団の指揮。火継の家はそもそも有事の際の戦力提供という形で人里に貢献し、禄を得ている。そのため、人里の戦力である自警団の指揮も行う必要があった。

 楓は自警団の団長である男性と顔を突き合わせ、人里の地図を睨みながら今後の話をしていた。

 

「昨今、異変に次ぐ異変により幻想郷全体が騒がしくなっています。人里でも浮ついた空気に当てられて何が起こるかわかりません」

「わかった。では当面の間、見回りの人数を増やそう。先日起きた妖怪の山の騒動で、今は天狗も手一杯だ。こんな時期に騒動が起きたら不味い」

「わかりました。何かあったらどうします?」

「こちらで声をかけるが、魔理沙や母上に頼むつもりだ。彼女らにしばらくは人里に意識を向けてもらう」

「承知しました。ではそのように」

 

 頼む、と頭を下げると団長は小さく笑う気配をこぼした。

 父が存命の頃から知り合っており、楓がまだ父の後を継ぐより以前から自警団の団長として良くしてもらっているため、楓は居心地悪そうにするしかなかった。

 

「……だいぶ人を使うことにも慣れてきましたか?」

「慣れようとしているところで……だ」

「あなたのお父上はどうだったのでしょうね。私が若輩者の頃、もう老齢だったあの人に引退を進言した時、彼はわざと私に意図を説明させようとしていました」

「それはどういう意味で?」

「私がどう考えているか、聞いておきたかったのでしょう。私だけの考えで留めるより、衆目に聞かせた方が周囲の反応もわかる」

 

 あの当時はわからず、時間が経ってから気づきましたと男性は恥ずかしそうに笑う。

 

「それと一緒に言われました。是が非でも通したい願いがあるのなら、前もって味方を増やしておくべきだと。私もこうして人と妖怪を束ねる一翼として、常に心がけていることです」

「覚えておく」

 

 勢力の増え続ける幻想郷において、多くの天秤を少しでも人里へ傾けるようにしなければならない。

 経験が浅いとか、まだ場数が足りないなど言ってられないのだ。楓は男性の言葉を胸に刻み、立ち上がる。

 

「では自分は妖怪の山に向かう。此度の異変でやってきた神社と話がある」

「わかりました。微力ですが、私も力を尽くします」

「……感謝します」

「こちらこそ、あなたのような子供に任せっきりですみません。私にもっと力があれば……」

 

 十二分に助けられている、と楓は首を振る。そもそも父の代では勢力こそ多くなかったものの、実際に動ける戦力が父一人という有様だったのだ。それに比べれば雲泥の差である。

 

「これが自分の為すべきことです。最近、少しだけ父上の気持ちがわかってきました」

「というと?」

「自分の手でどうにもならない状況はどうしてもありますが――逆に自分の手でどうにかできるなら、自分が掌握してしまった方が良い」

 

 かつて、幻想郷の変革を決めた父も同じことを考えていたのだろう。

 泣いても喚いても、この場所で生きていくことは変わらない。ならば少しでも良くして、自分の手で変えられるようにしてしまう。

 それが最も手っ取り早く御阿礼の子を守るのにつながっていくはずだ。

 

「それでは失礼します」

「ええ、お気をつけて」

 

 立ち去っていく楓の背中を見送り、自警団の団長は目を細める。

 未だ未熟なれどその背に多くのものを背負い、投げ出すことなくやるべきことをやろうとする姿勢に懐かしい影を見出したのだ。

 ――今はまだ、けれどいつか必ず。

 

 

 

 妖怪の山に足を踏み入れた楓を真っ先に迎えたのは、守矢神社の祭神――ではなく、先日の異変で知り合った姫海棠はたてその人だった。

 

「やっほー! 時間通りね」

「ああ、これから守矢神社に向かう」

「わかった。その時は隠れてるからよろしく!」

「なぜ」

「いやあ、知らない人が大勢って怖いし……」

「…………」

「あ、そのお前の人見知りって嘘じゃなかったのか? って顔やめてよ!? 坊やは別なんだよ!!」

「坊やはやめろと」

 

 率直に言って身の危険を覚えざるを得ない。

 自分に対しては初対面の時でもグイグイ来ていたのだが、はたての人見知りは本当らしく、知り合いの天狗も両手の指で数えるほどだとか。

 

「長い間妖怪の山で暮らしてよくその程度の知り合いで生きていけたな……」

「妖怪だもん。気の合う連中じゃなきゃつるまないし、最低限のことさえしていれば生きるのに不自由はないからね」

「つまりお前と気の合う輩はほとんどいなかったと」

「人を社会不適合者みたいに言うのやめてもらえる!?」

「誰がどう聞いても社会不適合者以外の言葉がないと思うが……」

 

 そんなはたてがなぜ楓に絡んでいるかというと、彼女の数少ない知り合いが来たから――ではなく、天魔の命令だった。

 命令の意図が読めないはたては混乱したものの、短い付き合いながら楓の側にいれば絶対ネタには事欠かないと思い、受け入れて今に至る。

 なのではたては今現在、花果子念報の記者と兼業して楓のお付きみたいな形になっているのだ。無論、お付きと言っても格式張ったものではなく、ただ楓が妖怪の山で行動する時は大体一緒に来るというだけで。

 

「…………」

「ん、どうしたの?」

「……いや、災難だと思っただけだ」

「ひどくない!?」

 

 はたてが非難するような目で見てくるが、これに関して楓が意見を翻すつもりはなかった。

 彼女の自覚はさておき、これは間違いなく天魔による楓への先行投資である。

 予め天狗を付けて、天狗の気質や性質について学ばせる。そして天狗を従える器量を示せれば、天魔は優秀な天狗として楓の存在を天狗の間に広めるだろう。

 楓が失敗した場合でも、将来への投資と言えば嘘にはならない。人を従え、多くのものへ指揮を執る。それもまた集落の長に必要な技能である以上、天魔が楓の成長を願って行動したと言えばいくらでも言い逃れできる。

 

 つまり、どちらに転んでも天魔に利益のある状態。出会いから今日に至るまで、どうにも天魔の掌で転がされている気がしてならない。実際そう間違っていないだろう。

 どこかで手を打たなければ傀儡になりかねない。天魔がそれをするか、という疑問は浮かぶがあれは必要だと感じたら何だって涼しい顔でやる手合だ。

 

「……なあ、はたて」

「どうかした? さっきから難しい顔してるけど」

「お前、俺と天魔どちらかを選べと言われたらどっちを選ぶ?」

「え、そりゃ天魔様よ。当たり前でしょ?」

「……まあ、だよな。つまらんことを聞いた」

 

 今の反応で自分のすべきことがわかった、と楓は内心で納得する。

 はたてを付けて、自分に次代の天魔としての下積みをさせようという天魔の魂胆は把握した。

 ――ならば彼の予想以上の結果を叩き出す。どちらかを選べと言われた時、自分を選ぶぐらいに心酔させる。

 

「――では行くぞ、はたて。俺と一緒に来るならまずもって退屈はしない」

「はいはいっと。楓のことは私がバッチリ記事にしてあげるから安心して騒ぎを起こしてね!!」

「…………」

 

 全く嬉しくない激励を受けて、二人は改めて守矢神社へ向かうのであった。

 

 

 

 守矢神社に到着すると、はたてはそそくさとその辺の森に身を隠す。その姿を見てようやく楓は彼女が人見知りであることを実感する。

 小さくため息を吐いて、境内への階段を登っていく。山肌を上書きするように石の階段が並ぶ光景は異様としか言いようがない。

 人や物が幻想入りすることは珍しくあっても、驚くことではない。しかし、今回のこれは規模が違う。なにせ外の世界の土地までこちらに来ているのだ。

 

 土地が幻想入りした場合、既存の土地に上書きする形でやってくる。場所はおそらく本人にも指定不可能。それが今回の異変でハッキリわかった事実の一つだった。

 改めてこんな大きな土地が人里に来ないでよかった、と思いながら階段を登りきると、守矢神社の風祝がこちらに背を向けて箒を動かしている。

 

「もし、失礼」

 

 楓は千里眼で把握していたが、彼女に気付いた様子はないので声をかける。

 霊夢によく似た巫女服らしきものを身にまとった少女は、霊夢に全く似ていない懐っこい笑顔を浮かべて振り返った。

 

「あ、参拝者の方……ではないですよね。確か先日来られたような……」

「人里からの代表で来た。火継楓という」

「これはご丁寧にどうも。当守矢神社の風祝を務めております、東風谷早苗と申します。お噂はかねがね」

「よろしく頼む……噂?」

 

 守矢神社との宴会では自分はほとんど顔を合わせてなかったはず。事実、楓が記憶している限りこうして言葉を交わすのは初めてである。

 首をかしげる楓を見て、風祝――早苗は楚々とした笑みを浮かべる。

 

「以前の宴会で霊夢さんたちと話してまして。私は手も足も出ないまま弾幕ごっこで落とされたのでちょっとビクビクしてたんですけど、あの人はそんなことお構いなしに私を誘ってくれて……」

「……嫌な気持ちにさせたのならあいつに代わって謝ろう」

「いえ、とんでもない! 嬉しかったんですよ。ああいう友達というのに憧れていましたから」

「友達……?」

 

 霊夢の兄貴分として言うなら、あれの友人になってもロクなことにならないと断言できる。できるが、早苗の幸せそうな顔を見ていると現実を教えるのもためらわれた。

 

「はい。それで霊夢さんからあなたの話を聞きました。小言ばかりで口うるさいくせ、霊夢さんと大差ないトラブルメーカーだって」

「…………」

 

 本人を前にしてそれを言うか、という気持ちがあったが自覚もあったので指摘はしなかった。

 

「……霊夢からどの程度聞いているかは知らないが、俺は人里で妖怪相手の折衝を担っている。守矢神社との話し合いも俺が矢面に立つ。今後は顔を合わせることも増えるだろう」

「はい、わかりました」

「その辺りも含めてよろしく頼む。今日のところはそちらの祭神と話す予定だから、また今度」

「では呼んできますので、こちらでお待ち下さい」

 

 そう言って本殿の方へ向かう早苗を見送り、楓は本殿へ背を向けて口を開く。

 

「――はたて、聞こえるか」

「うわっ!? え、どこから!?」

「風で音を届けてる」

 

 千里眼で位置だけは大体誰であろうと把握できるのだ。座標さえわかっていれば、このぐらいの小技は問題なく使える。

 口を動かす必要はあるので、本殿から背を向けたのもそのためである。

 

「聞こえているな。それが確認したかっただけだ」

「え、どういうこと?」

「これから話す内容次第では天魔に話を持っていった方が良い時もあるだろう。その時のためだ」

「楓の報告じゃダメなの?」

「どうせ裏とりやらなにやらで手間が増えるだけだ。お前の口から直接持っていった方が手っ取り早い」

 

 それだけ一方的に言うと、楓は振り返ってやってきた祭神を見据える。

 先日会ったときと同じく、神奈子と諏訪子の二人が威風堂々とした姿で歩み寄ってきた。

 楓が口を開く前に神奈子が先んじて声をかける。

 

「まずは足労に感謝する。宴会ではほとんど話せなくて悪かったね」

「いや、構わない。そちらは天狗との話が忙しかったのだろう」

「理解をもらえて嬉しいよ。お前さんもわかっているかもだが、天魔という男は恐ろしく抜け目がない。幻想郷に第二の人生を求めてきたのに、外の世界より気が休まらないとはこのことだ」

 

 やだやだまったく、と諏訪子はままならない現実を嘆くように――どこか楽しげにため息を吐く。

 

「それはそちらの事情だ。俺から言うことは何もない。それで――今日、自分が来た用件はわかっているだろうか」

「もちろん。我々と人里との関係を改めて決めたい、だろう?」

 

 その通りなのでうなずき、楓は相手の出方を見ることにする。

 そもそも神についてもあまり詳しいとは言えないのだ。どこでうかつなことを言うかわからないので、とりあえず相手の言葉を聞いてから判断しようとしていた。

 神奈子はそんな楓を見て鷹揚に腕を組み、胸を張って言葉を紡ぎ出す。

 

「まず、我々神とは誰かに信仰されてこそだ。妖怪は人の畏れを喰らい、神は人の信仰を喰らう。そして畏れを得る方法が一つでないように、信仰を得る方法も一つではない」

「水神、農耕神、武神、軍神、邪神、祟り神……神がなぜ単一でないのかもこれが理由さ」

「ふむ……」

 

 つまり、それぞれ異なる方法で人と関わりを持ち、信仰を得ることで暮らしてきたのだろう。

 となると、人里にどういう形で関わりたいかも読めてくる。

 

「人里に布教をするつもりか?」

「お、鋭い。その通り! ……と言いたいところなんだけど、完全な正解じゃない」

「幻想入りした場所が場所でね。こんなところ、常人の足で来れないだろう?」

「だが、知ってもらわねば信仰も何もあるまい」

「うむ。神社への参拝方法については別の方法を考えるとして、我々が人里へ望むのは当座の信仰の確保だ。よって――分社の設置を許して欲しい。無論、規模は小さいもので構わない」

 

 守矢神社を大本とし、小さな御社を人里に作ることでそこに人々に参拝してもらい、信仰を得る。それが神奈子と諏訪子の狙いだった。

 当然、守矢神社に参拝してもらうよりは得られる信仰も少ないが、背に腹は代えられない。

 楓は顎に手を当てて思案する表情を作りつつ、慎重に言葉を選んでいく。

 

「ふむ……それ自体は構わないが、布教自体はどのように?」

「早苗に任せる予定だ。最初のうちは見ていてくれたって良い。無理をさせるつもりはないさ」

「……わかった。分社を立てることに反対はしない。いや、資材ならこちらから出そう」

「良いのかい? そりゃ願ってもないことだが……」

「付き合いが長くなるなら多少の恩は売る。それにそちらも信仰のあった外の世界から来たのなら、信仰の確保は死活問題だろう」

「そこまで見抜かれているんなら、私らも取り繕わなくて良い分気楽だ。遠慮なく頼らせてもらうよ」

 

 諏訪子は気楽に笑って後頭部で腕を組む。ケラケラと笑うと同時、市女笠についた眼が不気味に動き楓を見つめてくる。

 それを見て直感的に不味いものを感じた楓は、眉をひそめて険しい顔になった。

 

「……言っておくが、人里に対して不利益になることをした場合の容赦はしない」

「こちらもそういったことはしないつもり――」

「――恐怖と暴力で人を支配する。邪神、祟り神といった部類はそういう方法で信仰を集めるのだろう。――お前たちがそうでない保証はどこにある」

「…………」

 

 目の前の二柱の力がどの程度かはわからない。わからないが、人の集落を壊滅させることくらいは可能なはず。

 諏訪子の視線が優しげなものに見えて――その実、人を獲物のように舐るものであると気づいた瞬間、連鎖的に今の発想に至ることができた。

 恐怖と暴力は最も手っ取り早い方法だ。素早く信仰を稼ぐのにこれ以上適した方法はない。

 

 それを指摘すると、二柱は気分を害するどころかむしろ楽しげに楓の話を聞く姿勢を示した。

 

「分社を建て、布教をして……それ自体に怪しいところはない。だが、この幻想郷で何かを信仰するというのはもっとわかりやすい利益がなければならない」

「昔からの博麗の巫女もいるわけだからねえ。いやはや、商売敵が幻想郷の調停者とは私らもツイてない」

「ではお前たちはどうやってその利益を証明するつもりだ?」

「…………」

「答えて欲しい。内容次第では俺も対応を変えねばならない」

 

 幻想郷は全てを受け入れるが、幻想郷での行い全てが許されるわけではない。人里に害をもたらすなら楓は脅威を払う者として彼女らを殺すことに些かの迷いも持たない。

 さり気なく足の位置を変え、いつでも動けるようにしていると八坂神奈子はくつくつと笑い始める。

 それと同時、二柱から発せられる空気が変わる。先ほどまでまとっていた神々しさすら覚える威圧とは別種の、淀みを孕みながらもどこからしい(・・・)と思わせるものに。

 

「ククク……いやいや、指摘は尤もだ。万が一があった時点で人間ってのは死ぬんだから、それを考えるのは当然だ」

「子供かと思ったけどなかなかどうして。意外に敏いじゃないか」

「…………」

 

 答えない。今の姿が彼女らの本性であるとするのなら――自分は侮られていたということに他ならないのだ。

 怒りがあるわけではない。人外のものはとかく人間を見下しがちである、と父より教わっていた。

 ならばその侮りはここで消しておかねばならない。でなければ今後の付き合いにも支障をきたす。

 

「さて、そちらの指摘に答えようか。そちらの懸念することを我らは――できる」

「できるけど、やらない。それが私たちの答えだよ」

「理由は?」

「一つ、人間が死に過ぎたら信仰を得るどころじゃない。二つ、私らは現在天魔のお膝元にいる状態で、奴さんの采配一つで生殺与奪は向こうのものだ」

「…………」

「私らだけだったらその博打も悪くなかった。でも、私らには早苗がいる」

 

 ここで早苗の名前が出てくるのは予想外だった。

 話の続きを促す楓に諏訪子が続きを語る。

 

「私らもそうだけど、早苗にも事情があってね。強硬手段は取れない」

「その事情とは」

「当人の口から聞くのが筋だろう。私から話すべきことじゃない」

「…………」

 

 そう言われると楓もこれ以上突っ込めなかった。

 が、彼女らに害意がないことは確かそうに思えたので、楓は臨戦態勢を解く。

 

「……わかった。事情に気になるものはあるが、早苗が関わっているところまで話したそちらを尊重しよう。信用できないから切る、では誰も味方にできん」

 

 難しいものだ、と内心でぼやく。父はこの辺りの見極めをどうやっていたのやら。

 楓の言葉を聞いた二柱は顔を輝かせ、神奈子が楓の方へ近づき手を伸ばす。

 

「こちらも侮っていたことを謝罪しよう。そういったつもりはなかったんだが、これからの付き合いになる人里の代表は見極めておきたかった」

「眼鏡には適ったのか」

「光る原石、ってところだね。もう輝きつつあるけど、まだまだ先がある」

 

 そう語る神奈子の眼光はどこかギラついたものであり、才気あるものを見るのが楽しくて仕方がないといったものだった。

 そして後ろで笑う諏訪子は舌なめずりをして先の話し合いではまるで見せなかった禍々しい笑みを浮かべる。

 

「若くて才気ある男の子……良いよねえ、邪神だった頃を思い出しちゃう」

「おい」

「大丈夫、まだ手を出すつもりはないよ。いつか――お前さんが完成したと思ったら、私が直々に祟ってあげる」

「…………」

「おっと、刀は抜かないでくれ。あいつなりの親愛の表現なんだ」

「…………」

 

 とてつもなく面倒な輩に好かれた気がしてならない。いや、そもそも面倒じゃない輩に好かれた記憶がないのだが。

 楓は苦虫を一万匹は噛み潰したようなしかめっ面で、神奈子と握手を交わすのであった。




永遠亭の面子も人里に関わりますし、守矢神社も人里に関わってきます。増え続ける勢力ですが、天秤は人里に向けておかないと後々大変という。

ここからしばらくはワイワイと最近出せてないキャラを出す予定です。
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